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22.出会いが出会いを呼び

 

 あいつが聞いて楽しめる話を求めてあちこち旅をするうちに、不思議な気配を感じた。それが神々が鍛えた剣だった。所有者である勇者は人の身にしては巨大な力を持っていた。こいつが有角の親玉を退治したのか。


 その町はそこそこ大きな規模で人口も多く、しばらく滞在しようと冒険者登録を行った。そこで出会ったコウは気配を感知できなかった。

 実に興味深い。

 一緒に行動をしてみると、言動が読めない。無知なのかと思いきや、妙に含蓄のあることを言う。

 この町出身ではなく、そのせいか、時折聞きなれない言葉が飛び出てくる。

 変わった考え方をするが、それが心地よい。


 危なっかしく、つい手を貸してやると、それに増長することなく感謝を忘れず、自分でできるようになろうと努める。学ぶ姿勢と方法を知っている。現状を把握したがり、なのに、ある程度を知るとそれ以上を求めない。

 特筆すべきは、他者を慮ることができることだ。それも自分の物差しではなく、他者の物差しで推し量ろうとする。これは誰にでもできることではない。

 これらのことから、コウは豊富な資源がある平和な国で高度な教育を受けていたのだと類推される。

 多分、あいつが目指したのはコウのような者ではないだろうか。

 そう考えると、放っておいて易々と死なれては据わりが悪い。それで、手を貸してやっていたら、大分、馴染んできた。


 コウが作るタレは肉につけると美味く、初めての味わいに驚かされた。そのうち作ってくれるというかれーとやらを食べるのが楽しみだ。

 作るのに複数の香辛料を必要とするコウの故郷の料理である。

 そのために金を貯めているらしく、目標があってよいと言っていた。

 ほとんどの者がその日暮らしで明確な目標を打ち立てる意識もないまま生きている。そんな中、小さなことでも喜びを見つけて生きている。コウは常に楽しそうだ。


 そんなコウは町人のいざこざで貴族から嫌がらせを受けた。

 親しくしていた者たちから冷淡な扱いを受けたコウが消沈していた。それが貴族の仕業でなかったら特に動かなかっただろう。しかし、俺は各地を回る短い間の中ででも王侯貴族の自分本位な考え方に辟易していた。全く度し難いやつらだ。

 例の国王がらみでちょっかいをかけてきた貴族の屋敷に忍び入った。

 この頃にはようやく床上げできたと聞いたのに、俺の姿を見て、魔獣の感触を思い出したのか、がたがた震えた。

 パン屋と縁があるという貴族のことを話す。

「貴族同士で繋がりがあるだろう。嫌がらせを止めさせろ」

 目に力を籠めて見やれば、がくがく頷く。初対面の時の尊大な様子は微塵もない。これだけ恐れおののいていれば俺の要求を叶えてくれるだろう。


 その予測通り、町の者の態度は軟化した。普段通りの態度に戻ってコウは安堵した。それまでのようにしきりに構われては本人は気づくことなく世話を焼かれている。

 そして、俺もまた、コウを助けている。

 それが彼の強みなのかもしれない。しかし、コウはぜい弱だ。

 勇者死亡後、その報がかの国の王に届くまで、別に放った手が襲ってこないとも限らない。沈静化するまで、手立てを考えるか。



 伸ばし伸ばしになっていた香辛料の店に行くというコウについて行った。貴族によるひと騒動が落ち着いて、気分が上向きになったのだろう。町を歩くコウは浮かれ気味だった。

「ここかな」

 こぢんまりした店は扉が開いていて。そこから覗き込む。内装は趣味が良く、掃除が行き届いている。

「ここって高級そうだからやめておこう」

 しり込みするコウの背中を押して中に入る。

 店側から売れないと判断されてそう言われたら出ればよかろう。


「知能の高い有角にあれほど大きなことを言えたのに、何故ここで怯むんだ」

「有角って魔獣のこと? まあ、あいつも性質が悪そうだったけれどさ。本当に怖いのは人間なんだぞ。しかも、そこらにいるやつ。普通だと思っていて油断していたら、何をどうしてか分からないうちに酷い目に合わされているんだ」

 俺はまじまじとコウを見やった。

 本当に賢者だ。

 その通りだ。

 見るからに怪しい者や明確に敵対している者ではなく、どう傾くか分からない者、中には味方だと思っていてもふとした拍子に牙を向ける。こちらに非があるないは関係ない。彼らの事情で簡単に人を踏みつけることが出来るのだ。


 コウはどんな風に暮らしていたのだろうか。

 そんな殺伐とした環境にいたとは到底思えない。ぬくぬくと過ごしていたように思っていたが、実は相当な苦労をしていたのか。

 そして、空漠たる俺の存在をも恐怖の対象とするだろうか。


 当の本人は物珍し気に工房の中を眺め、店員におずおずと質問している。香りや味、色合いから形まで多岐に渡る。初めはお愛想で聞いていた店員が徐々に身を入れて相談に乗り始めた。

 この様子では店員から上手く知りたいことを聞き出せるだろう。


 店の奥から誰かが出て来る気配がする。

「それでは頼みましたよ」

「お任せください」

 恰幅も身なりも良い商人らしき男に店の者が丁寧に接している。

「おい、ワレリーさんがお帰りだ。茶器をお返ししろ」

「はい、只今」

 コウと話していた店員に言いつけると、弾かれたように身を翻し、カウンターの奥の棚から木箱を取り出す。

「お預かりしていたものはこちらです」

 言って、間違いがないか確かめてくれというように蓋を開けて見せる。


 広くない店内で行われている一連の出来事を、俺たちは見るともなしに眺めていた。

「茶器? なんでだ?」

「この店って茶葉も少し扱っているんだって」

 俺の疑問にコウが答えた。先程話し込んでいた時にでも聞いたのか。

「だからって、茶器自体を持ち運ぶか? それにあれほど厳重に梱包するのか」

 半ば呆れ、半ば感心して言うも、コウは得心がいっている様子だ。

「あれだろう、茶器にもこだわるって。お茶の世界は奥が深いらしい」

「へえ。良く知っているな」

「むむ。適当に相槌打ちやがって。どんな大富豪でも、こだわりぬいたら家が傾くんだぜ! つまり、そのくらい奥が深いってことだ!」

 しまった、とばかりに口をつぐんだが、発した言葉は戻らない。

 大富豪を前にして財産失うなんてことを言ったら不愉快にさせるとでも思っているのだろう。


 事実、コウのささやきを聞き取った店員と彼に指図する店の者が不快気な表情を浮かべる。丁寧に接していることから、大事な取引先なのだろう。

「はっはっは。本当に良くご存じで! そうなのです。どれほど金銭を傾けてもはるか遠く、到達しない。あなたは何をお探しで?」

「こちらのお客様は香辛料をお探しでございます。中々に詳しいのです。こちらのワレリー様は手広く商取引を行っておられまして、香辛料も扱っておられます」

 如才なく話す店員に笑って頷きながらも、商人の目が探っている。

「いえ、俺は金もうけをしようとしているのではないんです。ただ、その香辛料を使って料理をしたくて」

 コウはどうやら商人の作り笑いが自分の商売に影響しないかと危惧していると捉えたのか、そんな風に言った。

「料理? まあ、本来、そのための香辛料ですが」

 商人としては金もうけのために扱う代物だ。意外そうな声音だ。


「あの、俺、訳あって郷里を突然強制的に離れることになったのですが、その郷里で食べていた料理を作ろうと思って」

 先の失言が尾を引いているのか。口は災いの門というのは本当だな。

 訳あって突然強制的に離れるなどという言い方は、犯罪を犯して逃亡したとも受け取られかねない。

 誤解を解こうとコウが口を開きかけると、商人はへえ、という顔つきになった。

「お母さんの料理を手伝っていたのですかな。いや、それにしても、香辛料をいくつも使う料理というのは豪儀だ。家庭料理ではありますまい。とすると、ご家族のどなたかがどこかの裕福なお屋敷の厨房を預かっておられたのかな」

 それか、香辛料をふんだんに使うことができる環境が一般的であったか、だ。商人からしてみれば、コウは全く有限会社裕福な家庭の子供には見えなかったのだろう。


「え、いや、その」

「おや、すばらしい。主人のことは外に漏らさないでおこうというのですな。実にすばらしい姿勢だ」

 口ごもったのを商人は都合よく捉えた。俺は容喙を控えた。恐らく上手く纏まるだろう。

「そういうわけでも」

「よろしい。あなたの人柄を見込んで、香辛料をお分けしましょう」

「え! いいんですか、じゃない、ありがとうございます!」

 ここではいいのですか、は感謝の言葉じゃない。チャンスを逃しかねない言葉だ。コウがすぐさま謝礼に言い換える。

「もちろんですとも。主人のことは言わずに、でも、咄嗟に嘘を付けない。誠実なところが気に入りました。私たち商人にはない気質ですからなあ」

 つまり、どんな場面でもその場に合った自分に都合のよいことを言うことができるということだ。


 商人は話を引き出すのが上手かった。コウもまた様々な香辛料を話したから、次第に熱中していく。

「コウさんは実に素晴らしい。よくご存じですね!」

「いやいやいや、ワレリーさんこそ、流石ですね。味だけでなく、形とか色とか香りとかで分かっちゃうんだからな! こんなに詳しい人に会えて嬉しいです!」

 コウは心底感心しての言葉だが、店員とその上の人間は大商人に対して失礼だと青ざめていた。当の本人は目を細めて莞爾となる。

「はっはっは。光栄ですな。いや、ぜひ、コウさんには故郷の料理を作ってほしいものです。私も食べてみたいですなあ」

「そうですね。試食してみて美味しく作れたら、食べてみて下さい」

「それは楽しみだ!」


 あながち世辞ではないようで、商人は自分が取り扱わない香辛料の情報も教えてくれた。

「獣人たちの村? へえ! そこに癖のある香りの草があるんですね」

「はい。入村するのに難しいのですが、一度試しに行ってみられるのも良いでしょう。私の店にも一度来て下さい」

「ぜひ。その時には香辛料を見せていただけますか?」

「むろんです。料理ができるのを期待していますよ」

 コウと商人はがっちり手を握り合った。


 店の前で商人と別れて歩き出す。コウは入れないかもしれないが、獣人の村へ行ってみないかと言う。

 それに頷きながらコウを見やる。

「コウはすごいな。力も財も権力も使わず、大商人との取り引きの約束を得た上、無償で情報を引き出すなどとは」

「あれ、そうなの?」

 無自覚で小首を傾げる。


 俺ではなし得ないことをいとも簡単にやってのけた。

 これは力も財も権力も関係なく、他者とのつながりを持つことができるということだ。他者の心を動かし、手助けを受けることができる。考えてみれば、コウは様々なものからそういった恩恵を受けていた。

「じゃあさ、獣人の村へ入れたら、何かお土産を持ってこようか。それに見聞きしたことを話してやったら喜ばれそうだよな」

「そうだな」

 こうやって得た以上のことを返そうとするから、皆も安心してコウに尽くすのだろう。



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