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21.異世界人間関係模様

 

 以前、教えて貰ったスパイスの店、というか薬を取り扱う店にはまだ行くことができていない。

 採取や討伐依頼を受けていて忙しいんだ。

 いや、本当。

 変態が怖くてあの道を歩けないというのではないよ。うん。

 Fランクに上がって魔法も色々試しているし、スウォルとの戦闘の連携も取れるから戦闘も無暗に怖いと思うことも少なくなったけど、やっぱり、まだ冷やっとすることがあるんだよな。


 順調にお金も貯まっているし、タレを色々作ってみたから楽しみが増えた。肉が焼ける匂いって引き付けられるんだよな。そこにタレの匂いが絡まる。じゅっと油とタレが炭火に落ちたりなんかすると、もうたまらないんだよな!

 野外の他にも町中でも俺のタレで肉を食べたいとスウォルに言われちゃったからなあ。そうだろう、そうだろう。美味しいごはんの方が良いよね。

 それで、宿の厨房を借りるようになった。


 こんな時くらいしか借りを返せないからな。スウォルには色々借りているものが積みあがって行って、返すのにどんだけかかるんだ、って感じになっている。

 そう言うと、わりと真顔で俺も借りているとか、十分に返して貰っているとか言われるんだけれど、俺、どこで役に立っているんだ?

 まあ、あれだな。

 完璧超人に見えてスウォルは天然だから。俺の知らないところでなんか感激することがあったんだろう。たぶん。

 だから、長く付き合っていけるんだと思う。

 ほら、人間、欠点がある方が魅力的に感じるって言うしな!

 俺なんか、欠点だらけだから、魅力的すぎるってことだよな。

 ……うん、色々頑張る。


 その時も宿の厨房を借りて、肉を焼いていた。焼き加減も重要で、炙りすぎたら固くなる。スウォルに必要なものを買いに行かせて、俺はかまどの前に陣取って集中していた。厨房を使わせてもらっているので、宿のおかみさんにも渡す焼肉を作らなければならない。

 初めは小銭を渡して空いた時間に使わせて貰っていたんだけれど、匂いにつられてお金よりも肉が良いって言われたんだ。

 俺、そのうち串焼きの屋台からスカウトきちゃうかも?


 クラウスたちパーティにもおすそ分けしたら、外へ行った時に見つけて来たっていう果物を持って来てくれるようになった。この世界ってさ、異次元空間収納とかはないから、持ち運べる荷物が限られる。その中で運んできてくれたので、ありがたく頂戴した。

 あとはギルドの人とかにも渡すこともある。初期の頃とか心配して色々アドバイスをくれたからな。

 今ではFランク冒険者ですよ。

 目指せ、Eランク!

 え、一流のDかCじゃないのかって?

 そういうのはコツコツといくのがコツだよ。って、ダジャレか。


 そんなどうでも良いことを考えながら炙り肉と向き合っていた時のことだ。

「だから、私は関係ないと言っているでしょう! 離して下さい!」

 嫌がっているという気持ちのこもった声がした。

 一階の食堂の方からだ。厨房はその奥にあって、扉を開けっぱなしにしていて、考え事をしていた俺に肉の焼過ぎを気づかせてくれた。

 おっと、危ない。

「お客さんですか?」

 宿屋のおかみさんが対応するのに、乱暴な声がかぶさる。

「うるさい! お前は黙っていろ! 関係ないとはなんだ!」

 えぇー! 人の家、って、店だけれど、そこへ入って来て騒いで、黙っていろはないだろう。うるさいのはそっちだ。

 なんか、えらい勢いでがなりたてている。


 ひとまず、肉を避難させると、かまどの傍に燃え移りそうなものがないのを確認して、食堂をそっと覗き込んだ。

「私はもう、あの人とは別れたんです!」

「離縁しても、嫁は嫁だ! 何故手伝わないんだ!」

「いやあ、元嫁は元嫁で、今は嫁じゃないだろう」

 ついうっかり突っ込んでしまった。

 先だっても変態に突っ込んで、もうやめようと思ったのに。

 その時に学習しておくべきだった。

「なんだと⁈ 関係ないのは引っ込んでいろ!」

「あ、奥さん、じゃない、元奥さん。関係ないから引っ込んでいて良いみたいですよ」

 俺は元々、そう口が回る方じゃない。でも、その時は何故かするっと出て来た。

 迷惑そうに、でも、どこか怖そうにしていた女の人がぷっと噴き出した。おかみさんも釣られて笑う。

「なんだ、この店は! 客に対してなっとらん!」

「あ、お客さんだったんですね。おかみさん、邪魔してすみません。対応をお願いします」

「はいはい。じゃあ、お客さんは私が話を聞きますね」

 流石は客あしらいに慣れたおかみさんだ。

 そっと女の人を俺の方に押しやって、ぎゃあぎゃあ騒ぐおじさんを連れて行く。

 カウンターで泊まりですか、あら、じゃあ、お食事だけ?と聞いておじさんが女の人の法へ行こうとするのを阻止している。


「こっちから外へ出られますよ」

 厨房の前を通った突き当りに裏口がある。

 そっちへ案内していると、女の人の腹が鳴った。厨房からは肉を焼いていた良い匂いがするからな。

「折角だから食べていきますか? あー、でも、さっきのおじさんが来ちゃうとまずいか」

「いや、おかみが上手く言いくるめて正面から出していた。裏口へ回る可能性もあるから、しばらくここで匿った方が良いだろう」

 お使いから帰って来たスウォルに、振り向いた女の人の目の色が変わっていた。

「そうさせていただきます」

 ふん。これだから、男前は。



 焼いた肉と、おかみさんがサービスしてくれたパンとスープで豪華な食事となった。

 女の人にがなりたてていた人は別れた夫の父親だそうだ。いわゆる舅ね。酷いことをされて離縁したのに、元嫁でも嫁は嫁、何故手伝わないのかと詰られているのだそうだ。手伝うというのはパン屋で、舅の店なんだって。夫は買い出しとかの口実を作って遊びほうけていて、女の人がせっせと働いていたんだそうだ。

 それで、浮気や暴力があって、離婚した。そうなると、もうそのパン工房では働かなくなる。すると、途端に労働力がなくなって、元嫁でも嫁なんだから働けと当たり前のように言われるんだと。

 もう関係のない者だと言っても聞かない。彼女の言葉など、取り合わない。自分が言っていることが正しいと聞く耳を持たない。夫を働かせろと正論を話そうが、どれほど説得力があろうと、「でも、自分が正しい」。「自分は目上の人間なのだから、正しい」。

 うへえ。

 そんな風に正当化っていうの?

 事実から目を逸らして良くできるよな。


「それより、これからの働き先を見つけなければならないのに」

「あら、そう言えば、知り合いの宿屋が人手が足りないって言っていたよ。紹介しましょうか?」

「お願いします!」

 心配事がなくなったからか、女の人はせっせと焼肉を食べた。

 新しい門出の焼肉だな!

 まだまだあるよ。


 それにしても、異世界でも嫁舅問題ってあるんだな。あれ、嫁姑問題だっけ?

 人間が暮らしていて、色んな関係を作っていて、その中のひとつに家族がある。皆がそれぞれの考えや立場があるから、問題がいっぱい出てくる。

 そういうのが嫌で冒険者になったやつとかもいそうだよな。

 ひと所に留まりたくない、ってやつ。

 ジェラルドとか、あちこちの町へ行って、色んな女の人と楽しみたいって言いそうだもんな。そういえば、最近、姿を見ていないな。

 そんなことを考えながら、その時の騒動はそれで終わったと思っていた。



 ギルドの依頼を片付けて宿屋へ戻ると、立派な馬車が止まっていた。

 こんなところに停めるなんて、邪魔だな。

 迂回しつつそんなことを考えた。

「コウ、下がっていろ」

 え、こんな町中で?

 壁の外に出たらよく聞くフレーズをスウォルが口にした。

 先に立って宿屋に入る。その背中の後ろからそっと顔を覗き込ませると、おかみさんが助かった、という表情でこちらを見ている。

「あの、スウォルさんとコウにお客さんで」

 そう、おかみさんはスウォルには敬称をつけるけれど、俺は呼び捨てするんだ。まあ、いいんだけれど。スウォルはなんか、こう、すごいぞ!って感じがするしな。俺なんか、親しみやすいもんな。うん、いいんだ。


「お前たちがここに来たパン屋を追い返した者たちか」

 パン屋?

 ああ、このあいだの女の人を追いかけて来てがなりたてた人か。

「喚いて大きな声で無関係の女を屈服させようとした男なら追い返した」

 わあ、ストレート。

 確かに、一方的だったけれどさ。

 スウォルは本当にこういう時も全く普通に返すよな。もうちょっと腰が引けたりとかしそうなもんなのに。


「自分が悪いと少しも思っていないんだな」

「そうだ」

 実際、悪くない。

 というか、スウォルさん、いつの間に、険悪ムードになっているんですか?

 この人も沸点、低くない?

 そこいらでは見かけない、汚れのない服を着こんでいる。なんか、かっちりしている感じがする。

「当家の縁の者に難癖をつけたのは許しがたい」

「難癖も何も、他者の店にやって来て自分本位に振る舞うからお帰り願っただけだ」

「そんな態度が許されると思うなよ」

 鼻で笑うと帰って行った。


「悪いな、どうも貴族とはどことも相性が悪いようで」

 当家って言葉を濁したけれど、馬車についていた紋章で貴族の家のものだってわかったんだって。すごいな。どこの家のものか分かるんだ。

 感心していたら、前に気になって色々調べたことがあるんだと言う。

「気にすんなって。向こうの態度は大きかったもんな」


 その時は予想もしなかったけれど、その日から、町の人が冷たくなった。

 スウォルが機嫌が悪そうに、きっとあの貴族が手を回したんだって言っていた。

 思い返してみれば、ここへ来て世話を焼いてくれたおばちゃんやその友達のおばちゃんたち、市場のおじちゃんたちに冒険者たち。皆、なんだかんだ言って、よくしてくれていた。


 折角仲よくなったのに、皆離れていく。

 素っ気なくてよそよそしくて、今までは世間話とかどうでもいい話をして笑っていたのに。話しかけようとしたら気づかなかった振りで行ってしまったり、買い物が済んだらさっさと行ってくれという態度だ。

 なんか、今なら変態の相手も律儀にしちゃいそうな自分が怖い。


 でも、スウォルは普段通りだから、つい、甘えたことを言ってしまった。

「こんなに簡単に手のひら返しをされるんだな。あー、あの元お嫁さんに被害がないと良いなあ」

「コウは本当に人が好い。裏で手を回して冷淡に接するように仕向けるなど、子供じみたことをされているというのに」

「『村八分』とかって、どこにでもあるんだなあ。権力者が気に食わないと冷たくさせるっての。子供の頃から精神的に成長していない感じなのな」

「むらはちぶ? それは良く分からないが、権力を握った者が力の使い方が稚拙なのはままあることだな」

 その日はそんな風にして宿へ帰った。

 宿のおかみさんもまた、目を合わさないようにするし、厨房も使うからと言って貸してくれることもなくなった。

 そのうち宿も取れなくなったらどうしよう。

 そもそも、パン屋が持つ貴族との縁ってなんだ?

 それに関してはスウォルが調べて来てくれた。

 俺が町から追い出されたらどうしようと青くなっていたら、ひょいと出て行って情報を持って来てくれた。

 チートが身に染みる。ありがたい。


 なんでも、あの女の人の舅ってパン工房の親方で、パン屋ギルドでも代表を務めるくらいすごい人だったんだって。町でパン屋は重要な位置づけにある。生活になくてはならないものだからな。粉ひき料とかの税金絡みで貴族と接することが多いらしい。それで貴族と何かと親しくしているんだってさ。

 それってまずいんじゃないの? こう、賄賂とか税金水増しとかさ。

 でも、そんな偉い人なのに、パン屋では元嫁を労働力にしようなんて。あの女の人、結婚している時はこき使われていたっぽいなあ。元夫は遊んでいたと言っていたのに。


 いや、でも、異世界でも元いた世界と同じっぽいな。こういう話、ありそうだもん。貴族を議員とか本家とかに置き換えたらさ。

 魔法はあるし、やたらと襲ってくる魔獣とかもいる。

 そういうものだと思ってしまえば、他は大差ない。

 喜怒哀楽もそうだし、優しさも憎しみも、欲望も様々な感情を持って暮らしている。

 異世界だからって、知能と個性を持つ者が集団で生活していればこうなるのか。つくづく、人間がいてくれて良かったと思うよ。



 それから数日はいたたまれない空気の中で過ごしたが、いつからか、だんだん前のように話すようになった。

「なにかあったのかなあ?」

「ああ、他の貴族に対処させた」

「は? 他の貴族? 対処?」

 それよりも何よりも、「させた」ですよ。

「スウォル、何をやったの?」

「以前、依頼を受けた貴族がいてな。魔獣を渡したら腰を抜かして喜んでいた。今回の件で貴族同士の繋がりがあるだろうから嫌がらせをやめさせろと言ったんだが、効果てきめんだったようだな」

「あー、蛇の道は蛇ってやつかな。依頼っていつ受けたんだ? 俺とパーティを組む前?

「まあ、色々な」

 はぐらかされた。

 スウォルも謎だよな。


 前にいた国でもDランクまで上り詰めた冒険者で、それを捨ててまでこの国へやって来て、いちからまたランクを上げた。聞いたこともない魔法を使うし、剣の腕もすごい。動植物の知識ももりだくさんだ。なんか、世界を見て回って面白い話を集めているらしいから、そのせいかもな。


 後はパン屋の元嫁だ。

 まあ、でも、宿屋のおかみさんから新しい職場を紹介されたみたいだし、新しい環境で舅のことなんか忘れて頑張ってほしいね。そっちにまで乗り込んで行ったら、もう、役所に駆け込んでしまえ!



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