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2. 一からアップル・パイを作りたかったらまず宇宙を作らなければならない。 (カール・セイガン)

 

 始め、空と大地はひとつだった。

 その中で火と水が生まれ、相反する性質は反発し合い、やがて大爆発を起こし、空と大地は別った。

 神々は新たにできた大きな空間に数多の動植物を生み出した。

 この時、一柱の神が作り出した動植物は次々に他者を屠り、その力を自分のものにしていった。強くなりたいがために他者を喰らう。

 それでは世界は成り立たないと他の神々は強く抗議した。

 神々は激突した。

 七日七晩、世界は嵐に覆われた。厚い雲から雷が降り注ぎ、火山は噴火し、津波が起こり、暴風が吹き荒れた。

 強力な力を持つ神ではあったが多勢に無勢、袂を別って一柱、地中の暗い世界へと居を移した。

 このままこの世界を見捨てて行っては、またぞろかの神がよからぬことを企みかねない、と神々のうちの数柱が残り、空の上に住まうことにした。

 神々は地上と空とを去る際に、かの神が作った動植物に印をつけることにした。


 その印、角を持つ者は魔物と呼ばれた。


 創世の古から今日まで、魔物は無暗に他者を襲った。

 一説には血肉を邪神に捧げることによって、その復活を願っているのではないかと言われている。

 魔物は世界各地に散らばり、いつしか統率を取る者が現れた。

 その者は甚大な力と魔力を持って、席巻し、すぐに各国の脅威となった。

 魔物の王、魔王と称されたかの者を討伐せんと数多の者がその居城に赴き、誰一人として帰らなかった。


 村の畑は荒らされ、多様な職人が集まる町は破壊された。

 他国が攻められるのを高みの見物を決め込んでいた国はすぐに自国の脅威となったのを知り、兵を募って送り込んだ。

 兵士たちも戻って来なかった。

 おっかなびっくり戦いに当たった兵士たちは前哨戦ですっかり戦意を喪失し、散り散りに逃げた。戦いの犠牲者は埋葬されることなく野ざらしとなった。

 少々離れた国々では同盟を結ぶ話もあったが、互いが漁夫の利を得ようとしたことが高じて連携が取れずに総崩れとなった。


 国や都市といった公的機関以外の武力もあった。

 傭兵や冒険者である。

 傭兵は契約で雇われる兵士だ。冒険者は畑を耕したり職人仕事をすることから外れた者たちで、なんでも屋を生業にする者だ。

 命をかけて金銭を手にする者たちは、一攫千金を夢見るやぶれかぶれな側面がある。

 国は彼らを動かすために、魔王城には金銀財宝がうなっているという噂を流した。

 魔物を統率する者という、ある種神秘的なイメージと相まって、人が持ちえない宝が眠っているだろうという認識は定着した。

 そうして、多くの者たちが魔王城に向かった。

 未だ魔王が倒されたという報はなされていない。

 もはや、人の身では魔王は倒し得ないのではないかと思われた。


 とある国で古くから伝わる剣が抜かれたと報じられた。

 神々が鍛えたその剣は大きな力を与えるが、それだけに、使い手を選ぶ。

 その剣を扱える者が現れた。

 国王はその者を勇者と称え、剣を授けた。

 神の剣を持つ者は導かれるようにして、膨大な魔力を持つ魔法使いと、百の剣技を持つ戦士と、神の守護篤い神聖魔法の使い手と出会い、パーティを組んで、魔王の居城へと向かった。

 峻厳な山を越え、毒の沼を迂回し、大河を船で渡り、その間に向かってくる魔物を倒し、とうとう魔王の居城がある死の谷へとたどり着いた。


 上空に飛ぶ鳥すらその瘴気で落ちると言われる死の渓谷に、鋭い尖塔が建つ。遠くから見れば氷柱が地中から伸びているようだ。

 正門の前に立つと見上げる首が痛い。

 近くの葉が全て落ちた樹の枝に梟が止まっており、その鳴き声で我に返る。

「行くぞ」

 勇者が声を掛けて門扉の中へ入る。


 予想していたことだが、手荒い歓迎を受ける。

 陰鬱な黒ずんだ灰色の石造りの城はあちこちに異様な化け物の石像があった。それらが不意に動き出す。

「石の門衛だ!」

「魔除けなのに、やっぱり襲って来るのね」

「大人しく雨どいの役割をはたしていれば良いものを!」

 石の翼が羽ばたくたびにばらばらと礫が落ちてくる。

 勇者が呼んだ稲妻が翼に直撃し、落下した。自重による落下の勢いで瀕死だ。

 戦士が戦斧を力任せに振り払い、横っ面を張り倒す。鈍い音がして首がへし折れる。

 魔法使いが長い呪文をものともせずに力強く言い切り、現れた火の高熱に溶かされる。

 石の魔獣の攻撃は神聖魔法の使い手が防ぎきる。

 石像を全て倒した一行はその勢いのまま、正面玄関へ向かった。


 扉を開けると、ちょっとした広間があった。壁際の松明の弱々しい灯りがひしめく魔物の目や剥きだした牙を光らせる。

「流石は魔王城。精鋭ぞろいだな」

「腕が鳴るぜ」

「敵として不足はないわね」

「無駄口叩いている暇はない。来るぞ」


 訪問客への手強いもてなしを切り抜け、青息吐息で廊下を歩く。薄暗い廊下の先の闇から今にも魔物が飛び出してきそうだ。

「なあ、さっき引っかかったんだが、死の谷には鳥すら飛来しないだろう?」

「なんだ、こんな時に」

 沈黙が耐えきれなくなったように神聖魔法の使い手が喋るのを、勇者が聞きとがめる。

「まあ、聞けよ。なのにさ、入口の所で梟がいたよな」

 陰鬱な空気に冗談口でも言っていないと気がおかしくなりそうなのだろう。それ以上は止めなかった。

「ああ、私も見たわ」

「あれ、普通の梟だったのかな」

 魔法使いの同意の声に力を得て、こわごわ尋ねる。

「なるほど。魔王の目だったのか」

 その意図を察して勇者が頷く。

「あり得る」

 そう言うものの、単純な戦士のことだ。どういう意味なのかは分かっていないだろう。彼は目の前の敵を倒すことに長けているが、物事の裏を読むことは不得手としている。


 玄関前と入った後での戦いとは打って変わって、長い長い廊下は静まり返っていて、逆に気味が悪い。

 長い廊下には部屋が隣接していないのも奇妙な感を与える。

 と、ようやく行き止まりが見えた。大きな扉がある。人間の王城であれば、兵士が両脇に立っていそうな立派な扉ではあるが、何の気配もない。

 戦士に合図すると、油断なく慎重にそろそろと扉を開く。重い扉も戦士の膂力でじりじりと口を開けた。


 そこは大広間だった。

 縦長で最奥は暗がりに沈んで見えない。

 人の身長の何十倍もの高さのある空間には太い円柱が幾つも並んでいる。中央に入り口から真っすぐに赤い絨毯の道が続く。

 ぼ、ぼ、と音をたてて壁に並んだ松明が手前から順々に火が灯る。

 緋色の絨毯がみるみるうちに伸びていき、視線が辿るその奥には玉座があった。黒々と何かがわだかまっている。そこだけ松明の光も届かないようだ。


 悠長に観察している暇はなかった。

 円柱の合間に立っていた巨大な甲冑が動き出す。それぞれ槍や戦斧、ハルバード、大剣といった武器を引っ提げ、それまでの静けさから一転、騒々しく動き出す。戦闘開始のファンファーレとしてはあまりにも武骨、不協和音の連続で、産毛が逆立つおぞましさがあった。


 先手必勝とばかりに魔法使いが大きく息を吸い込み、魔法の詠唱をする。

「おお、火の強靭なる迸りよ。時に猛々しく燃え、時に優しく温める。その力を用いて、我が眼前の敵に向かいて戦斧のごとく広がり、払えよ!」

 世界の力を借り受ける言葉を力強く言い切ると、ごう、と音をたてながら火が広がる。勢い良いそれはまるで火の戦斧が薙ぎ払ったかのようだ。

 火の魔法を追うようにして、戦士がハルバードを掲げて駆ける。神聖魔法の使い手は味方への補助魔法を唱え始める。

 勇者もまた、神々が鍛えた剣を鞘から抜いて走った。


 魔王の謁見場を守るだけあって、玄関口での闘いよりも骨が折れた。まず、堅い。戦士の武器をたやすく防ぐ。単純ではあるが、こと戦闘ではセンスを発揮する戦士は鎧と鎧の継ぎ目を狙い、屠っていく。

 魔法使いの魔法は時に牽制し、時に大きなダメージを与える。

 神聖魔法の使い手は長丁場の戦闘でもパーティを支えた。

 神々が鍛えた剣は魔物の固い鎧を容易に切り裂いた。


 ようやっと魔物を倒した後、魔王と対峙する。自分を守る魔物たちが屠られるのを面白い見世物を見物する姿勢であった魔王がゆらりと玉座から立ち上がる。

 伸ばした腕から放たれる黒い槍は複数で、前列で戦う勇者や戦士はもちろん、時に魔法使いや神聖魔法の使い手すらも生死の一線を超えそうになった。もはやこれまでか、と三人の心は絶望に染まった。

 けれど、勇者が高々と掲げた剣が、死の谷の狭間に光を呼び込んだ。天井を貫いて落ちた雷は剣を伝い、魔物の王の胸に吸い込まれた。

 敵もさる者、死に際、神聖魔法の使い手を道連れにして魔王は果てた。

 一人犠牲者を出しつつ、勇者たちは凱旋した。


 魔物を統率する者を倒したという誰もが待ち望んでいた知らせは大々的に報じられた。

 戦士は片眼を失った。遠近感が狂い、戦いの場に戻るのは難しかった。相当の訓練を擁する。魔王討伐という難題をこなしたのだから、もう良いだろうという気持ちが楽な方に傾いた。巨額の富を受け、美女をあてがわれ酒色に溺れる。


 魔法使いは神聖魔法の使い手の死を悼みつつも逞しく市井で冒険者になることにした。巨万の富を得たので、のんびりと受けたい時に仕事を受けるスタンスでいた。しかし、ある日指名依頼を受け、断り切れなくてギルドから強制的にダンジョンに向かわされて死亡した。彼女は安全策を取ってパーティを組んで行ったのだが、彼らが彼女の死亡を報告している。


 勇者は戦士が紐付きとなって囲われたのや、魔法使いが不慮の事故を装って殺されたことを知り、すぐさま逃亡した。国王は秘密裏に捕縛の手を放ったが、勇者の足取りは杳として不明だ。



 執務室に集められた者たちに向けて、国王は重い口を開いた。

「魔王は死に際に「堕ちたる神に栄光あれ!」と言ったのだそうだ。それが断末魔だったと」

 ごくりと生唾を飲み込む音がする。一つではなかった。

「も、もしや、それは」

「魔王が死を直面して称えるくらいだ。おそらく、いや、間違いなく古から語り継がれる創世の邪神だろう」

「邪神」

 ようやく強力な魔物の群れを統率する魔王を倒したというのに、邪神の存在が証明されたのだ。

 そんなものが巷に広まれば騒乱を招く。


「だからこそ、口を噤んでもらわねばならんのだよ」

 誰に対して、とは言わなくても分かる。そのくらい察することが出来なければ、宮中の権謀術数の最中を泳ぎ切ることはできない。

 魔王討伐の生き残りのうち、一名は死亡、一名は無力化に成功し、残る一名だが、その者が姿を消した。由々しき問題である。

 国家存続のためだ。いや、この世界のためだと言い換えても良い。邪神は堕ちたる神。天上の神々さえも手を焼くと言い伝えられている。そんなものが現れたとなったら、世界は血の海に沈む。


 無論、それだけでないことは居並ぶ者たちも分かっていた。

 土台、為政者からしてみれば、人気のありすぎる一般人というのは扱いづらいのだ。彼らの地位を脅かすとあれば、取り除く対象となる。

 だから、単純な戦士を酒と女で溺れさせ、小賢しい魔法使いのパーティを買収したのだ。後は勇者だけだった。


「忌々しきは勇者よ。我が美しい娘との婚姻を断って出奔するなど! 良からぬことを考えているに相違ない!」

 初老の国王の王女ともなれば、適齢期を超えている。血筋を絶やさぬために多くの子を儲けたが、未婚の女子は何がしかの問題を抱えている者ばかりだった。肥満がすぎて椅子に座れず、二人掛けの長椅子で丁度良い者、妖精の囁きが聞こえるといっては奇行を繰り返す者などだ。しかも、勇者よりも一回り年上だ。

 居合わせた者はだから逃げたのだなとは思ったが口を噤んだ。勇者は見目良い若い青年だ。そして、魔王を討伐せしめるほどに強い。難ありの王女を貰わなくても引く手あまただ。

 しかし、娘可愛さに目が曇った国王はそうは捉えなかった。

「兵士を出して捜索に当たらせているが、いっかな見つからん」

「なんと、出兵されたので?」

「心配は無用だ。ちゃんと身分を隠すように言いつけておる。しかし、精鋭部隊が見つけられぬとしたら、国外逃亡をしたのかもしれぬな」

 勇者ならば出し抜ける器量は十全にあるだろうということも、口を緘した。

 救世の英雄であっても、国家にとって邪魔であれば遇する礼などなかった。




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