17. 異世界は変態だらけ
どの国でも食って大事だよな。
だから、食材を扱う市場は活気がある町は健康的? ええと、そう、健全。
とにかく、この町は魔獣も何のその、商人が多くやって来て、物も色々あった。冒険者が集まるというのは魔獣を倒す者がいるということもあるし、それで食べていけるっていうだけ、余裕があるってことなんだって。
スウォルがカレーとその材料に興味を持ったことから、市場に連れて来た。
値切りの極意を見せてやるぜ。
「お願ぁい! しまぁす!」
大体これで相手は戦意喪失し、要求を呑んでくれる。
「きゃあ、嬉しい! おいちゃん、ありがとう!」
「……また何を始めたんだ」
「ふふふ。よくぞ聞いてくれました。これぞ、必殺コギャル値切りだ!」
スウォルもやってみてもいいのよ?
コツは値切るだけじゃなく、ちゃんと喜んで礼まで言う事だ。
あ、やらない? ちぇ。
「野菜や肉はそれっぽいのを使えば良いけれど、とにかく、『スパイス』! 香辛料って高いって聞くんだよなあ」
でも、調味料があるのとないのとでは、料理の味は全く違う。
遠くから運ばれてくる香辛料ってのは道中の危険が付きまとう分、高くなる。護衛料込みだ。それでも、危険を冒しても商品を持ってあちこち行くのって、商魂たくましいって本当だよな!
「高いからか、あまり大っぴらには店先に出さないんだよ。万引きされたら困るからかな」
レッドペッパーは見つけていた。あっちではカイエンペッパーとも呼ばれていたけれど、どちらの名前とも違った。でも、形も色もそのものだ。店のおじちゃんに聞いたところ、辛いって言っていた。もうこれ、決定だろう。これがなければ、辛さは出せない。重要なスパイスだ。お手頃価格だった。一応、味を試してみるために少し買っておくか。肉を焼くときにタレに入れても良いしな。
「それもあるが、香辛料は料理だけでなく、薬としても扱われる。どちらかというと、医薬品の一種だな」
「えっ、そうなの⁈」
決まった売り先を持っているとか、数が少なくて欲しい人間は多いからだと思っていた。
店先に山積みにされた玉ねぎっぽい野菜を見ていた俺は思わずスウォルを振り仰いだ。陽の光を浴びて、金茶の髪が黄金のように輝いている。高い鼻が白い顔に濃い影を作っている。緑色の目が鮮やかだった。
身長は俺の方が少し低いくらいだから、こんな風に仰ぎ見たことはなかった。
光の加減で男前度が上がっている。
なんか、見慣れていても、ふとした拍子に男前だなって思い知らされる。
「その野菜も薬用の用途を成すとされているな」
「そうなんだ。あ、じゃあさ、『ニンニク』は?」
「にんにく?」
「こういう形ので、すりつぶすと匂いがして」
言いながら、俺は地面に石で絵を描いた。
「ああ、それも薬扱いされているな」
「体に良いもんな。そっか。じゃあ、『生姜』もかな」
市場に出入りするようになって仲良くなった露店を出すおじちゃんから薬草を扱う店を教えて貰う。
大通りから一本道を入ったところに工房が並ぶうちの一つの建物だった。看板にすり鉢の絵が描かれている。
上半分の壁が取り払われ、せり出したカウンターに並んだ籠にありました! ニンニク! やっぱり生姜もあった! 他には干した果物とかもあって、これも薬品扱いなのかな。栄養価が高いものって感じ?
市場でも見かけたものもあれば、見つからなかったものもある。
俺、情報屋っていってもまだまだだったんだな。
こっちの世界の知識も少ないし、元々はカレーの材料を探してうろつきまわっていたってだけだもんな。
スウォルが他に香辛料はないのかって聞いたら奥の棚に並んだツボを持って来て、蓋を取った。香りを出すために、店員が手でもむ。
見なくてもふわりと漂う、スパイシーで食欲をそそる匂いで分かる。
「『クミン』だ!」
ヒマワリの種のように縦長の真ん中が少し膨れた楕円形で、縦に筋が入った茶色のものだ。
「この種みたいなのは、くみんと言うのか」
「これはそんな名前じゃない」
「あ、いや、故郷でそう呼ばれていたんだ」
店員に不審そうな顔をされたから慌ててごまかした。
「他のも見せてくれ」
「これはとっておきだ。とても甘い」
ツボの蓋を取ってちらりと見せてくれただけで、すぐに閉めて棚に戻した。大事なものを扱う手つきだった。
「『砂糖』かな」
見知ったものよりもまざりものが多いけれど、というか、白くなかったようだけれど、甘くて値段が高いとなったら砂糖じゃないかな。
「初めて聞くな。それも故郷の呼び名か?」
「あ、うん」
店員が戻って来たから説明するのは止して置いた。
「滋養に溢れ、病もたちどころに癒える」
砂糖で?
こっちの世界ではそういうものなのかね。
驚いたことに、香辛料よりも砂糖の方が高かった。いや、クミンも手が出せないけれどさ。だって、借金をようやく返し終えたところなんだ。傷薬とか冒険用セットを買っていたら、報酬なんてそんなに残らない。
他の香辛料は売っていないらしい。
でも、これで二つ目が見つかった。
あとはコリアンダーとターメリックだな。できればミックススパイスもほしい。これはその名の通り、色んなスパイスを配合しているんだ。作る人によってレシピが違う。
「扱っている店は知らないか?」
スウォルは干し果物をいくつか買ってそう尋ねた。
財布代わりにしている袋がたっぷり膨れているのを見て、店員は教えてくれた。きっと、わざと店員に見せつけたんだろう。買い物する時は財布は外に出さないのが鉄則だから。掏られたりふっかけられたりする危険があるからな。
何軒か教わって、うち、一軒に向かうことにした。
「町中は必要なものを買うのに歩くくらいだったから、こうやってあちこち見回って、買った先々で教わって尋ね歩くのも面白いな」
良かった、連れまわされたって思われていなくて。買い物でも、男の場合、スウォルが言うように目的のものを買うだけってやつは多いんじゃないかな。ぶらぶらするのが好きなやつもいるだろうけれどさ。
「そりゃあ、よかった。スウォルは面白いことが好きだもんな。楽しいことを見つける特技ってなんか、いいよな」
突然スウォルが足を止めた。反射的に視線をやると、驚いた表情で俺を見ている。
なんか変なことを言ったか?
「そんなこと、思ったこともなかった」
「ああ、そうなの? でも、しょっちゅう俺のことを面白いって言うよな」
「コウは面白いからな」
「また、そう言う?」
自分では分からないよ! というか、今まで言われたことないし。
「ま、人生が豊かになっていいよな」
「ああ。俺の人生はともかく、色々見て回って話してやりたいんだ」
「そうなの?」
なんかさ、スウォルが今まで見せたことのない表情をしたから、それ以上は突っ込んで聞くことができなかった。優しいんだけれど、どこか寂しそうでちょっと痛そうな感じ。
誰に、とか、なんで、とか色々思ったんだけれどさ。
「コウの世界への接し方は面白いから、参考になる」
世界? 世間のことかな。
「そりゃあ、良かった。じゃあ、頑張ってカレーを作らないとな!」
「なんでここでカレーが出てくるんだ?」
「食べてみてどんなだったかを話してやりゃあいいじゃないか」
スウォルがなるほどと頷く。
「では、植物採取だけでなく、討伐依頼も積極的に受けてみるか?」
そちらの方が報酬が高い。
「あー、……うん」
「俺もあいつに話してやりたいからな。フォローはするぞ」
歯切れが悪い俺にスウォルが笑った。
心強い。
本当に頼りにしています。
通り魔ってさ、通りすがりにいきなりやられるんだよな。
でもって、刃物でぶす、っというだけじゃあないんだよ。
「俺を見てくれー!」
異世界でもいたー! 露出狂‼
教えて貰った薬屋に向かう途中、路地の角を曲がった途端だよ。
「つか、見てくれってんなら、それなりの体形にしろよ! なんだよ、このデブ! 贅肉だるま!」
「失敬な! 俺はちょいぽちゃだ!」
「全然、ちょいじゃない! ぽちゃどころがダルダルじゃねえか!」
「いいだろう、このタプタプ感。君もやってみるかね? レッツ、タプタプ!」
両手で腹の肉を掴んでゆする。
見たくねえ。
「やらねえよ!」
俺はたゆんたゆんが好きなだけであって、たぷたぷが好きなんじゃない!
断じて、ない!
「俺も前は冒険者をやっていたんだが、怪我をしてな。だから、余計なものを脱いで裸一貫から始めたんだ!」
「っていうか、一貫して裸! 余計なのはぜい肉だ!」
いきなりしみじみと自分の過去を語り始めたが、ちょっと良い話風なのには騙されないぜ!
「ふむ。コウが短期間で多くの友人を作ったのは、こうやってどんな者にも誠実に対応しているからなんだな」
頭を殴られたような衝撃を感じた。
つか、スウォルさん、冷静に眺めて論評しないでください。
俺ははっとなって露出狂を無視して歩き始めた。
「行かないでー! 俺を見てくれー!」
ものすごい圧を感じる。だが、無視だ無視。
そっか、俺、いちいち突っ込んでやっているから、付きまとわれていたのか。異世界に来て変なやつらと関わることになったなあと思っていたんだよ。
幼女にはあはあしている太った男とか。
あいつは幼女と一緒に冒険者を目指して走り込みをしている。不摂生の体はすぐに音を上げて息切れを起こしていた。
あ、そういえば、あいつもデブ……じゃない、ちょいぽちゃだった。
あれ、それってセーフ?
ロリコンって言わなくてペドフィリアって言うのかな。
うん、アウトだよな。
後は、声を掛けるたびに女性が同じ名前だっていうやついたな。あっちの世界での「花子」みたいな、こう、書類に書く名前の見本みたいなやつ。
「お前、明らかに偽名を使われているってのに気づけよ! 名前すら教えて貰えないなんて、どんなだよ!」
あ、ここでも突っ込みを入れていましたね。
なんだか落ち込んできた。
「どうした、コウ」
「あ、うん、ちょっと疲れちゃって」
「宿へ帰るか?」
「ううん、大丈夫。それよりさ、俺、香辛料を手に入れるために、討伐依頼を受けようと思うんだけれど」
「分かった。じゃあ、ギルドでどんな仕事が出ているかだけでも確認しておくか」
ちょうどちょっと行ったらギルドがある。
昼過ぎだったんだが、依頼がないか聞いていると通りがかった顔見知りの冒険者にからかわれた。
「ようやくコウも討伐依頼を受けるのか」
「コウはあれだもんな。石橋を叩いたら壊れちゃった、だ!」
「ばっか、それを言うなら、石橋を叩いて渡らない、だ!」
うん、違うんだけれど、内容的には合っているな。
一言以って之を蔽う。それすなわち、異世界、変態だらけ、だ!
いや、たまにはちょっと難しいことを言ってみたかっただけ。
俺はその後、せっせと討伐依頼をこなした。
一人で外へ出て魔獣を倒していたのとは全く違う安心感があった。
撃ち漏らして近づかれても、スウォルがなんとかしてくれる。それだけで死ぬかもしれないという恐ろしさが薄れた。
そうなると、魔法の撃ち方もいろいろ工夫できる。
そう言えば、薬草採取の時から魔法の練習をしてたっけ。
討伐依頼が来るくらいの魔獣なら、そこらに出てくるのより強い。でも、魔法の威力も上がっていた。スウォルの手を借りなくても倒すことができた。
もちろん、スウォルがいてくれるっていう心強さがあってこそなんだけれどさ。
たぶん、スウォルは気づいていたんだろうな。討伐依頼も受けられるって。
なのに、急かさないでいてくれたのかもしれない。
俺、途端にしり込みしちゃいそうだもんな。自分からやろうという気になってやるのとは違うから。
そうして、俺はFランクに上がった。
スウォルはDランクだ。
だから、スウォルの提案に頷いた。
「ダンジョンへ行ってみないか?」




