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16. 権力は究極の媚薬 (ヘンリー・キッシンジャ)

 

 コウと共に行動すると、思いも掛けない発想や行動で驚くことが多い。

「かれー」もさぞかし刺激的な味わいの料理だろう。実に楽しみだ。

 面白いものを求めてあちこち旅をするうちに不思議な気配を感じてこの町にたどり着いたのは色んな意味で僥倖だった。


 以前、俺に接触し、以来付きまとっている者たちから聞いたところ、魔剣の気配に引き寄せられたのだという。

 彼らの雇い主は他国の王で、勇者を探しているのだという。ウェイスェンフェルトと並び称される神々が鍛えた剣ツヴィックナーグルかと思ったのだそうだ。

 付かず離れずで観察されていることには気づいていたが、取るに足りないと放っておいた。

 しかし、コウとパーティを組むようになって、行動を起こした。

 事情を聞きだし、ウェイスェンフェルトの銘を見せてやってから人違いだと放り出した。

 それで諦めてくれたら良かったのだが、勇者が偽装しているのではないかと、まだ俺のことを疑っているらしい。

 正直、面倒だと思った。

 人間、自分が信じたいことを信じる。事実でさえ巧妙に自分を騙して認知を歪ませる。

 実のところ、本来の得物を隠すための剣ではあったし、コウとの魔法研究をのぞき見されるのも上手くない。

 少々痛めつけたところ、姿を見せなくなった。

 ところが、諦めたのではなかった。


 権力は究極の媚薬だ。

 上から手を伸ばして圧力を掛けてきた。

 威圧的な集団が貴族の館に入っていったと聞いた。程なくして、貴族から呼び出しがあった。

 無視したら、ギルドを通して指名依頼が来た。これは仕事を請け負う冒険者を特定してする依頼で、ギルドに支払う手数料も報酬も跳ね上がる。

 ギルドからの指名依頼ではないからとか、当分は討伐依頼は引き受けないとか、元々護衛依頼は拒否しているとのらくらと躱した。業を煮やしてギルドに圧力を掛けて来た。

 ギルド職員がパーティメンバーのコウにまで波及しては、と懸念を耳打ちしてきたので、討伐依頼の方を引き受けた。俺が引き受けないからコウに受けさせるなんて、無茶も良いところだが、自分の思い通りにならなければ躍起になるのが貴族の常だ。


 貴族たちの中で魔獣の毛皮を飾って披露目をするのが流行っているそうだ。珍しいものを手に入れられる自分たちの財力や権力を誇示するのだ。

 魔獣を狩って直接屋敷に持って来いと言われたので、単独行動して狩りたてのまだ温かい獲物を、貴族本人に投げ渡してやった。正面から抱き留めてひっくり返って喜んでいた。魔獣の角も折らずにそのまま渡してやった。それも力を誇示する大切なアイテムらしいからな。

 血なまぐささや重さに慌てているうちに、執事に仕事完了の書面にサインをさせて屋敷を出て来た。

 大方、呼びつけて魔剣を奪い取ることと珍しい魔獣の毛皮を手に入れること、両方を手にしようとしていたのだろう。二兎を追う者は、とは言うが、一兎を得たので満足しておけばよい。

 また仕掛けてくるかと思ったが、魔獣と抱き合ったのがよほど恐ろしかったのだろう。貴族は人事不省に陥り、寝付いたそうだ。こちらに手を向ける余裕はなくなった。

 脆弱なものだ。

 死体に抱き着かれたくらいでその体たらく。同じ脆弱でも、コウは苦手な解体を積極的に頑張っている。



「なあ、あちこちで見かける偉そうなやつらってさ、誰かを探しているんだってな。でさ、それが勇者の出身国なんだって!」

 異国の国王の手勢の不審な動きはあからさまで、コウの耳にも入ったらしい。情報通からその国が勇者を輩出し、魔王を倒したと聞いて目が零れ落ちるくらい驚いた。

「魔王! そういえば、いるんだよな!」

「いや、既に斃された」

「あ、そっか。でも、だとしたら、その国の王様って飛ぶ鳥を落とす勢いを持っているんじゃないの? ほら、周囲の国に大きい顔ができて、貿易とかで有利に進められるとかさ。そんな国の王様がどうしてこんなに離れた場所にまで人を送って来たんだ?」

 やはり、コウは賢者だな。郷里では高度な教育を受けていたのだろう。その日暮らしの庶民では持たない考えをした。

 コウは情報を得たがる。自分が置かれた立場を知りたがる。他の人間とは異なる考え方だ。

 ただ、常識を知らないせいか、ある程度聞いたら満足する。知りたがりな反面、中途半端な一面を持つ。そして、妙なことに造詣が深い。

 変わっている。

 面白い。

 どんな考え方をするのか読めなくて、言動が楽しみである。


 国王は魔剣を持つ冒険者こそが勇者だと思い込んだ。俺のことだ。

 稲妻を呼ぶ魔法はない。

 稲妻を呼べるのは一部の神と角を持つ者だけだ。ただ、道具を用いればその限りではない。例えば、神々が鍛えた剣などでだ。

 だからこそ、国王は魔剣に固執したのだろう。人では持ちえない強力な力を呼ぶ剣に。

 魔法や魔道具があるからこそ、情報伝達は偏ったものになりやすかった。迷信も多く横行していた。そんな中、国王の思い込みは仕方なかったものかもしれないが、それに歯止めをかけるものがなかったのは不幸なことだった。また、いっかな勇者の足取りがつかめないのも、国王の挙動に拍車をかけたのだろう。



「あ、今日、俺、誕生日だ」

「誕生日?」

「あれ、こっちにはない?」

「いや、偉人や聖人の生誕祭ならある」

「個人のはないのか」

 肩を落として項垂れているから、どんな風にするのか水を向けてやる。

「ご馳走食べたり、プレゼントを貰ったり、かな。まあ、生まれて来てくれてありがとう、とか、年を一つ重ねる祝いみたいなもんだよ」

 ポチもいつもよりご馳走を貰って喜んでいたなあ、と懐かしそうな顔つきになる。弱い者が更に弱いペットを飼うなど滑稽だが、なんとなく、こいつにはしっくりくる。しかし、度々こう故郷を懐かしまれると心がざわつくな。


「じゃあ、今日は俺がご馳走してやる」

「本当⁈ ありがとう!」

 嬉しそうに笑う。

「何か欲しい物はあるのか?」

「えっと、甘いものが食べたいな」

「そっちじゃなくて、プレゼント」

「えー、あー、思いつかないかな」

「じゃあ、服でも買うか」

「や、いいよ、食いもんだけでも二人分だし、結構かかるだろう?」

「普段、大して使わないから」


 俺は思いついて、料理屋を貸り切った。

 金が掛かるというコウを説き伏せ、友人知人を呼び集めた。

 情報屋をしていたというだけあって、結構な人数が集まった。冒険者だけでなく、町の者やギルド職員までやって来た。

 街の皆に祝ってもらうコウは楽しそうで、俺も気分が高揚してくる。


 国王の手がコウの知人に及ぶことを懸念した。情報を流されるだけでも、大きな弊害に繋がることはあり得る。

 負の感情に引きずられるのは底なし沼に足を取られるのと似ている。もがいてもずぶずぶと沈んでいく。

 何かを得るための他人の手間や努力を度外視して「ずるい」「理不尽だ」という。

 そういう人間は多くいたし、成功した冒険者は彼らを嫌った。

 そして、自分は労せずして楽をするためには、他者を陥れるのを厭わない者もいる。そうする者はとんでもない悪人ではない。普通の人間だ。普通の人間が、自分は悪くない、こうするしかなかった、そうされる者が悪いのだ、と様々な理由をつけて正当化しながら、他者を陥れるのだ。

 それを防ぐには利益を与えてやることだ。

 何も金銭を与えなくても良い。

 気分良くさせてやれば良い。

 人間、自分が好ましく思う者を陥れることはそう多くはない。どうでも良い他人だからこそ、生贄に選びやすい。

 だから、呑み食いさせてやる機会を作ろうと思った。

 コウの誕生日祝いというのはうってつけだ。

 しかし、そんな俺の考えが浅はかだったと知らされた。

 集まって呑んで食べて歌って騒いで、そうすることで、親しみが生まれ、連帯感ができた。それは不思議と柔軟で強固なものだった。

 コウは俺が独りで世界をどれだけ彷徨っても見れなかったものを見せてくれる。


「スウォルの誕生日は?」

 多くの者に声を掛けられていたコウが俺を囲む市井の主婦たちに話しかけ、それをしおに話題が逸れて解放された。そのまま同じテーブルについてあれこれ話すうちに俺の誕生日を尋ねられた。

「あー、もう少し先かあ。その日も祝おうな!」

 楽しみだなあ、と言うのにそうだな、と笑う。本当に楽しみになった。

 コウの郷里の料理を作ってくれるらしい。元々、郷里の味が恋しくて、高価な香辛料を贖うことを目標にしていたらしい。


 以前、言葉が通じなかった外国人がストレスを強いられてノイローゼになったと聞いたことがある。

 言葉だけでなく、慣習も違うことも悪く作用した。食事はそこそこ口にあったようだが、最後にはやせ細り、髪の毛が抜け落ちた。

 だから、町の人たちはコウをあれこれと気遣っていたのである。


 コウにつられて同じテーブルについた冒険者が言う。

「コウはさ、ひょろっこいから皆心配していたんだ」

 視線は隣のテーブルの冒険者が身を乗り出してちょっかいをかけるコウに向けられている。耳を引っ張られて悲鳴を上げるコウには聞こえていない。

「でも、喋れるようになったら、えらい勢いで突っ込み出してさ」

「なんだこいつって言う者も多くて」

「なるほど、それで追いかけまわされたのか」

 情報屋をやっていた時に恐ろしい目に遭ったと言っていた。


「中には、良いところのお坊っちゃんだっていうのもいたよなあ」

「そうそう。喋れないのに紙をほしがったんだって? あんな高いもの、買う人間なんているんだねえって」

「どんなこところから来たのかねとかさ」

「だから、困ったときに親切にしてやったら、見返りは大きいだろうね。まだまだお母さんが恋しい時だろうしねってさ」

「子供扱いじゃねえか! 俺が恋しいのはポチくらいだ!」

 途中から聞いていたらしきコウが声を上げる。

「ポチ?」

「コウの心の友で故郷の飼い犬だ」

 説明してやると、冒険者たちがそっと涙をぬぐう振りをした。

「ちょ! 本当のことだけれど、なんか、納得いかねえ!」

「まあ、飲め! ぐっといけ、さあ」

「そういえば、コウは何歳になったんだ?」

「十九歳だ」

 むくれながらも言う。

「えっ」

 皆が驚いた顔をする。

 肉体の成長度合いからそんなものだと思っていたから驚かなかったが、他の者はコウの言動やその軟弱さから、もっと幼いと思っていたのだろう。

 コウのむくれ顔が更に膨れ上がった。



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