14. 鳥は飛べると思うから飛ぶのだ (ウェルギリウス)
コウが薬草採取の依頼を受けるというので、自分も受けることにした。しかし、採取内容は違う。
初歩的なものではなく、中堅ランク用だ。報酬は良いが、その分手間がかかるので引き受けたがらなく、ギルドとしても歓迎するところだ。
「これは大量採取するのが難しいんだ」
「なんで? 散らばって生えていんの?」
低木で葉は成人男性ならば手を伸ばせば採れる。コウが覗き込む。
「いや、千切り取られた薬草が揮発性の物質を大気に放つ。それを感知した周囲の同種の薬草は毒性の成分を分泌する。そうなったらもはや薬草として機能しなくなる」
「うわあ」
慌てて体を起こし、距離を取る。
「そうやって身を守る」
「自分は採られるのに?」
コウの言葉に虚を突かれる。植物はそうやって周辺の同種全体で種族の繁栄や生存を保つ。そういうものだと思っていたので、それ以上のことを考えたことはなかった。
独り強大な力を持つ者には持ち得ない考え方だ。自在に単独行動できる。
「コウは面白いな」
「またそれ? 俺、そんなに変なことを言ったかな」
首を傾げるコウはすぐに思考が逸れ、そんなに気難しい薬草をどうやって採取するのかと聞いて来た。
気難しいのではないんだがな。
「ああ、こうする。踊れ、回風」
威力を調整し、魔法を放つ。風が一気に切り取った薬草を巻き上げる。
そのまま方向性を持たせて眼前に積み上げる。
要らぬものも混じっているから仕分けする。
「うわあ」
先ほど薬草が毒性を持つと説明したのと大差ない声を発する。
「なんだ。これが一番手っ取り早いだろう」
「そうなんだろうけどさ。その空中に飛ばす危険を知らせるものも竜巻に散らされて毒性を出す間もないんだろうけどさ」
ぶつくさ言いながらも、俺の手法を真似て薬草を分ける。
コウは説明を受けずとも模倣するのが上手い。それまで高度な教育を受けて来たことが窺える。それに、少しでも自分の労力を減らそうというところがない。報酬の配分も平等になる方を考える。随分平和で物質が潤沢にあった場所で暮らしていたのだと推測される。
前にいたパーティでも自分があまりにできなさすぎたから気が咎めて抜けたらしい。それほど強くないのだから、強者を盾にして生きるくらいでなければすぐに死んでしまう。
なのに、逆の発想で、ある程度使えるようになったらまたパーティに入らせてもらうつもりなのだと言う。
「でも、スウォルみたいに色々知っていて、なおかつ難しいこともあっさり解決しちゃう人とパーティを組んだら、楽を覚えちゃって駄目になりそうだなあ」
「真面目だな」
白い面差しが脳裏に浮かぶ。
彼女もまた、受けた恩恵に応えようとしていた。傷つけられても、耐えていた。衝動的に暴力的な気持ちを抱いても、踏みとどまろうとしていた。最後には最悪の選択をしてしまったけれど。
「ええ? 『マジ?』 今、俺、真面目だって言われた?」
「まじ?」
「いや、そこは適当に流して。本当?ってくらいの意味だから」
「ふうん。楽な方を選ばないで自分でしよう、できるようになろうなんて、真面目以外の何物でもないだろう」
「うん、まあ、できないことをそのままにしておいたり、面倒なことを後回しにしていたらさ、結局そのつけは自分に回って来るんだよ。俺、そんなに頭は良くないけれど、なんて言うの? 経験? それからそう思うんだ」
「経験則からくる真理か」
「いやいや、そんないいもんじゃないけどさ」
案外、賢者かもしれない。
その賢者は照れ隠しに意味もなくぶちぶちとその辺の草を引き抜く。
「それは薬草じゃないぞ」
「し、知っているよ!」
「だと思った」
別の国で出会った貴族の彼女とコウが決定的に違うのは、その心の在り様だ。
コウは何でも楽しもうとしていた。苦労があれば、それを見ない振りするのではなく、どうやったら自分のものにできるか、楽しめるかを考えているように思えた。
俺と出会った時は不安に押しつぶされそうになって不安定にも見えた。だが、パーティを組む相手ができて、戦闘に余裕が生じたことが心の余裕に繋がったのだろう。本来の姿を取り戻しつつあるように思える。
苦労が全て楽しいことに変わることはない。
けれど、逃げ出さずに責任を果たしつつ、それを少しでも楽しいものにしようとしていた。呑気な気質がそれを可能にさせていた。そしてそれこそが、泥沼に沈むか、そこから抜け出ることができるかの違いのようにも思えた。
「お前と似たやつを知っているよ」
「俺と?」
きょとんとする。
「ああ。相当呑気だ」
「何だそれ!」
コウがこの世界を面白がって楽しんでいるのが、自分と共通点があると思った。けれど、自分と一緒というより、あいつと似ているのだと気づいた。
「あと、ねぼすけ」
「ぐぬぬ!」
コウが唸る。威嚇にもならない。
ははは、と声を上げて笑う。
村を出てから、いや、世界を旅したいと言ってから、こんな風に声を上げて朗らか一色で笑ったことはなかったかもしれない。笑ったとしても、そこには常に他の感情が付きまとった。
魔物には角がある。逆に、角がある物が魔物で、擬態していても、それで見分けがつく。
「人間だって、人間を襲うだろう?」
「まあ、そうなんだけれど。襲わないのって刑罰があるからか、倫理観から、かなあ」
「魔物も高い知能を持つ者がいる。人間よりよほど頭が良い者もいる」
「そういう奴らって擬態っていうの? 人間みたいに見えるもんなの?」
「ああ。でも、殺戮欲求が高いから、すぐに分かる」
「というと?」
「擬態していてもすぐに捕食者に変じる」
「怖ぇぇぇぇ!」
「自分よりも弱い種族の者と親しくする謂れもないだろう? それが狩る対象ならなおさらだ。だからあまり力の差がある他種族は交流しない」
力こそ全ての世界だ。
「それもそうか。つか、自分よりも弱い種族の者と親しくするのって、ペット感覚からか?いや、でも、意思疎通できるんなら、交流があってもいいもんじゃないか?」
ペットか。言われてみればそれに近いが、しかし、コウは自分の身の回りのことはできる。ただ、魔物などの脅威に対して無力に近いだけだ。高度知能を持って意思疎通をし、世話をしなくても良いならやはりペットよりも友人が近いだろう。
それに、力のあるなしで言えば、コウも他の者もそう大差はない。
そこいらに生えている薬草で傷薬を作ってやった。そう言うと、コウが目を丸くして傷に塗った薬をまじまじと見つめる。臭いを嗅いでぎゃっとばかりに顔をしかめる。やはり見ていて飽きない。
「これって採取してきたやつ?」
「そう。採取したことはあっても、自分で作って使ってみたことはなかったから。どんな感じだ?」
「すっげえ、染みる」
唇を尖らせる。
「そんなものか」
自分は頑丈な上に素早いので滅多に傷を負わない。自己治癒力も高いし魔法で治癒するので傷薬を使うことはない。
「でも、良くなりそう! ありがとな」
「ああ。コウは弱いから、試し甲斐があっていい」
本心からの言葉は、どこに琴線が触れたのか、コウがやや頬を染める。
「それ、褒めてねえだろう!」
予想通り、照れ隠しをする。だから、わざと真顔で見つめてやる。
「うん」
「ぐぬぬ!」
生来、頑丈なので健胃薬などは使ったことはないが、見かけたものが生薬として使えると教えてやると真剣な表情で聞いている。
「健胃薬の生薬には良い香りを持つものと苦みのあるものがある。こっちは便秘薬や下剤に処方される」
「ちょっと摘んでいく」
「これは薬効が穏やかなもので緩下薬となり、他に薬効の強いものもあって、そちらは峻下薬として処方される。逆に下痢を止める止瀉薬で止瀉整腸を助ける働きをする薬草がこれだ。他にこの地方で採取できる薬草で内蔵の平滑筋の異常収縮や痙攣による痛みを鎮める鎮痙薬も作ることができるな。岩石や貝殻から作られる鎮静薬もある」
「うう、覚えられるかな」
「何度でも聞け。他にも薬草を見つけたら教えてやる」
「ありがとう」
初めはおっかなびっくりだったが、徐々に解体にも慣れて来たコウは依頼分の獲物を狩った後、魔法の練習をしたいと言い出した。
習った魔法は採取で襲ってくるモンスターから身を守るためという認識を変えることにしたようだ。
「刺せ」
コウは短縮魔法をさらに短くし、案に反して、魔法は発動した。モンスターを倒すには至らなく、俺は驚きつつも短剣を放ち、止めを刺した。
予想通り攻撃力の低下が見受けられると言いつつも嬉しそうだ。
それはそうだろう。
短縮魔法を更に短くできるのならば、咄嗟に魔法を使うことが出来る。
呪文を短くするのは魔法使いの悲願で、だからこそ、本来の文言を改良に改良を重ねてどんどん縮めてきた。今のものがこれ以上ない短さだというのが共通認識だろう。
しかし、コウにはそれはない。だからこそ、やろうと思い、実際に更に縮めた。
一秒やその半分が命取りになる戦闘中では大きなアドバンテージとなるだろう。
面白い。
できることが多いと案外つまらないものだ。
コウと共に行動すると、思いも掛けない発想や行動で驚くことが多い。
更にあれこれと試し、最終的には呪文を唱えずに魔法を発動させようとした。
それをするには、まだまだこの世界の真理を知らなすぎるな。
「こうか?」
世界を取り巻く力を取り込み、解き放つ。魔法は世界の力を行使するための鍵だ。元々、俺は扉の構造を知っているので、鍵を自在に作ることができたが、鍵を使うことを心に念じることに代えることは発想したことすらなかった。
魔獣に風の刃が殺到し切りつける。
「おお! 刻み魔法を無詠唱で!」
刻み魔法?
くく。コウは本当に変わったことばかり言う。
おまけに、俺に随分安心しきっている。
だからか、つい、こちらも力を隠すことを忘れてしまう。
四属性全ての魔法でできるか試してみて驚かれた。
「コウも水の他に土が使えるだろう?」
「うん。すっごい便利」
「便利?」
「解体した後に手やナイフを洗えるだろう?」
「は?」
「やらねえ? こう、水の矢をやんわり出してそっと棒の部分を掴むようにしてさ。そうしたら、水になるじゃん。手に取って洗うの」
「……すごいな、お前」
戦闘用の魔法を違った用途で使う人間というのは初めて見た。俺も薬草採取に魔法を使うが、それは放つことによって得られる効果だ。留め置いて水として使うなど考えたこともない。
「えー、やらない? やってみなよ、スウォルも! 絶対できるって」
できた。
戦闘用の魔法でも水は水ということか。
いやはや、発想の転換だけでこんなに違うものなんだな。
しかし、そも、魔法とは世界の力を取り出すものだ。解き放つ時のタイミングや力の強さを調節してやればできないこともないのか。
「目から鱗が落ちるとはこのことだな」
「あれ、俺、今、役に立った?」
「ああ。とても勉強になった。礼を言う」
「え、そんな、いいってことよ!」
言いつつも照れくさそうに笑う。
コウは俺との実力差があることから、何をするにしても待たせることを気にしている風だった。
俺としては、コウだけでなく、誰に対しても力の差が開いている。コウも他の者たち、例えばAランクの者でも大差はないのだ。
それに、長く生きているので、少々待つくらい、なんてことはない。それよりも、またぞろ何かやらかさないか、楽しみで仕方がない。
「いや、コウは世界に変革をもたらすことを見つけ出したんだ。慣れないことに手間取って待たせることなんて気にすることはないぞ」
「あー、気にしているって気づいていた?」
「ああ」
できなくても俺が特になんとも思わないのが心地よいのだと言う。
コウは驚くほど脆弱だ。貴族の箱入り息子のようだ。
なのに、無謀だ。
考えなしにやって苦労している。貴族と違うのは自分でやろうという気持ちがあることと人の機微に敏く、慮るところだな。
そして、驚愕するほど突飛もないことを言い出す。
魔法短縮は多くの者が考えて来た。
それをイメージで補うことで更に短くするというのだ。
「威力が弱くても咄嗟に放てた方が良い時もあるだろう?」
その通りだ。
魔法とは世界に満ちる力を法にのっとって用いることだ。
指示を出さなければ通じない。
誰もがそう思っていた。
俺はもうこれ以上は強くなれないと思っていた。それがこんなに容易に、しかも、あり得ないことが起きるとは。
魔法を詠唱なしに使えるなど、どれほどのアドバンテージか。
「コウ、感謝する。いつかこの借りを返そう」
「いや、俺には結局できなかったことだしな。それだけスウォルがすごいってことだろう。まあ、何だな。スウォルが強くなってくれたら、パーティを組んでいる俺の生存率も上がるってもんよ!」
嬉しそうに笑い、俺が困った時に助けると言った。困った時というのは思い返す限りなかったので、意外に新鮮なものだ。
コウはそれまで、どこか緊張しているような、じれったそうな顔をしながら戦闘や解体を行っていたが、それらが一掃されて伸び伸びと魔法の改良に励んだ。
驚くほどに魔力も体力もないから頻繁に休憩を取る必要がある。
ふむ。冒険者となってパーティを組むことを考えたこともなかったが、そういうものか。
のほほんとしているが、環境変化のストレスを強く感じているだろう。
だから、遠い国の国王が妙な動きをしているのは黙っておこうと思う。俺が引き連れてきてしまった妙な連中だ。パーティを組んだ後、コウの方に手を出されたら厄介なので連中を捕まえて背後関係を聞いてみた。少々痛めつけたら口を開いてくれた。
コウは弱いので環境を整えてやらなくてはならない。さほどの手間ではない。やることなすこと俺が面白いと思うツボに嵌る。今度は何をしでかしてくれるのだろう。
楽しみが増えた。




