12. 見知らぬ人などというのはいない。それはただまだ会っていない友人にすぎない。(作者不明)
その町に近づくにつれ、不思議な気配がした。だから、幾つかあるうちの町の中からそこを選んだ。
ある予感があったから、俺を付け回す輩とぶつけてみれば面白いかもしれないと思った。
そこでも冒険者として活動しようとギルドへ行くと、以前した登録や実績は白紙に戻ると言われた。
国家間で緊張関係にあったり、遠方過ぎてギルド同士の連携が取れないなら、そうなるだろう。
ただ、以前のランクは考慮されるようで、仕事内容は雑用から始めなくても良いそうだ。
「地中から引き抜くときに悲鳴を上げ、それを聞いた者は死んでしまうのです。それで、死の悲鳴と呼ばれています」
初めて聞く。面白そうだと思っていると、声を上げた者がいた。
「あ、それ、俺、採取の仕方を知っている」
振り向くと、ほっそりした少年が立っていた。いや、成人しているようだな。体つきが薄くどこか頼りない。多分、うっかり考えていることが口に出たのだろう。
俺の視線を受けて慌てている。
「コウさん、知っているんですか? では、どうでしょう。一時的にパーティを組んで一緒に行ってみては?」
「え、いや、だって、その人、Dランクだったんでしょう? 俺、Gになったばかりだし。足を引っ張るよ」
珍しくギルド職員がそんな風に気遣うも、その青年は困った表情をする。遠慮深いな。それにこの気配は実に興味深い。短期間パーティを組むのは様子を見るのに打ってつけだ。
「俺はたった今Hランクになったばかりだ。だったら、大差ないだろう」
「そうなんだけれど、でも、俺、本当に戦闘慣れしている最中でさ」
自己申告の通り、戦闘能力は低そうだ。
「ああ。情報を貰うんだから、ある程度の護衛は務めるぞ」
護衛の依頼は受けたことがないが、怪我しないように守ればいいだろう。
「よかったですね!」
話はまとまったとばかりにギルド職員が満面の笑みを浮かべる。本当に珍しいな。そして、コウという青年もまた彼に背中を押されるようにして頷いた。
「俺はスウォル。あんたはコウって言うんだな。よろしく」
「あ、うん。よろしくオネガイシマス」
後半、片言のように言う。
「採取は今から行けるか? それとも、日を改めるか?」
「俺は大丈夫だよ」
採取のために必要なものを揃えに市場に行こうと言ったが、手持ちで事足りる。コウ自身も常にすぐに旅に出られる荷物は所持しているらしい。
頼りなげに見えてやるべきことはしているのか。
「スウォルはこの町に着いたばかりなんだろう? 休憩を取らなくても良かったのか?」
「ああ。ギルドに行く前に市場に寄って日用品や食料の補充は行ったから、特に問題はない」
「そうじゃなくて、体力的なことなんだけど」
「俺は頑丈で丈夫だから」
そんなものかと言いつつ、二人で町を出る。
「じゃあ、やっぱり戦士なんだ? 剣を持っているし」
「そうだな。剣でも戦うが魔法も扱う」
「魔法戦士!」
途端にコウの顔が輝いた。純粋に憧憬の眼差しを向けられて戸惑いと面映ゆさが心に浮かぶ。
「俺は魔法使いね。使うのは水と土」
「俺は地水火風だ」
少なく申告してうっかり使った方が不審を残すだろうから、正直に言っておく。正確ではないが。
「えっ、全部?」
「そう、全部」
思わずコウが足を止めて見つめてくる。
俺も足を止めた。コウに合わせてのことではない。
鞘から剣を抜き、横なぎにふるう。
コウが驚いて肩を震わせる。
どさりと魔獣が倒れる。
「あ、敵……」
「気づかなかったか。もう少し周囲に注意を払った方が良いぞ」
余計なことを言ってしまった。
頼りなげに見えて案外考えていることや、魔法剣士といったものに憧憬を抱いていることなどから、つい助言めいたことをしたくなったのだ。きっと、ギルド職員もこんな感じでコウの世話を焼いているのだろう。ひたむきに努力をしつつ無邪気なところもあって、危なっかしい。世話を焼きたがる者は多いだろう。話していても嫌みやてらいがないから、居心地がいい。
「あ、うん、ありがとう。ちょっと話に夢中になりすぎた。そうだよな、もう壁を出たんだものな」
冒険者にありがちな、侮られまいと自分の失態をごまかしたり逆上することはなかった。どころか、ぎゅっと背嚢の背負い紐を掴んで表情を硬くする。
「今回は俺が警戒しているから、気にするな」
「うん、心強いよ。でも、折角だから、スウォルのやり方から何かを学ばせてもらうよ」
驚いた。
手法や戦法を盗もうとする者はいても、学ぶという者はいない。口先でそう言っているのではないのは表情から読み取れる。
実際、解体する俺の手元を覗き込んでいる。
「おお、手早い。熱したナイフでバターを切り裂くようだ」
「上手い表現だな」
「いや、故郷ではよく言われていたから、俺の手柄じゃない」
褒められるとすぐに照れて謙遜する。照れたのを押し隠して平然を装う。
面白いやつだな。
「なあ、スウォルは護衛って言ってくれたけどさ、敵に気づいたら、俺も攻撃しても良い?」
遠慮がちに聞いて来る。
「構わないぞ。ああ、戦闘慣れしているんだっけか。さほど急がないし、コウが良いなら、野営をすることにしてゆっくり行くか? コウがやりたいように戦闘をやれば良い。撃ち漏らしたのは任せておけ」
「えっ、何、その破格な待遇」
「半ば無理やり連れて来たからな」
遠慮するのを押し切って来た自覚はある。
「いや、俺、あまり町から離れたことがないから、ものすごくありがたいけれど」
「では、それでいいな」
思った通り、コウは弱いながらも色々工夫しているようだ。
魔力の集結が速いように思える。そして、命中率も良い。必ず急所、特に、動物の前方にある目を狙うことが多い。視力に頼らない動物も多いが、そこは硬い皮膚で覆われていることはないから、よい狙いどころだ。
魔力の威力の調整ができるように訓練しているところのようだ。
「面白いな」
「うん?」
俺の呟きを拾ってコウが首を傾げるので思ったことを口にすると、頷いた。
「そうなんだよ。魔法使いでソロでやるんだから、結局遠距があるうちに仕留めるに越したことがないんだよな」
だから、先ほどのように気配を読み取れないと話にならないのだと表情を曇らせる。
コウは解体も苦手にしていて、遠慮がちに教えてくれないかと言った。
説明しながら実際に解体してやる。その次にコウに解体用のナイフをもたせ、あれこれ口を出す。
「こう? ……コウがこうって、ふふっ」
自分で言って笑っている。
「お、男前は笑顔も格好良いんだな」
釣られて笑っていたみたいだ。
「ああ、俺は男前なのか?」
「え、あ、はい、そうだと思います」
何故か敬語で返された。
多分、俺が本当に疑問に思って質問したのが分かったのだろう。
「スウォルって鏡を見ないの?」
「そんなにじっくりは見ない」
双方真顔で見つめ合うことしばし。おもむろにコウが視線を外して解体の続きを行った。
コウはやることなすこと面白い。
「目は自分の顔についているんだ。四六時中見ることが出来ないもののひとつだろう?」
「いや、そうだけどさあ。まあ、男前に生まれたらそんなもんなのかな」
「多分そうだろう」
「いやいやいや! スウォルが天然なだけだと思う!」
「天然? 不自然じゃないということか?」
「ちょっとズレているとか、そんな感じ?」
「ああ、確かに変わり者と言われればそうかもしれんな」
「認めちゃったよ!」
明るく笑うのにどこか安堵する。コウには不安定で不安げな雰囲気がつき纏っていた。本来の姿はこちらの方なんだろう。
「スウォルって面白いな!」
「いや、面白いのはコウだろう」
面白いなど言われたのは初めてだ。
だが、それも悪くない。
「っは、寿命が五分縮んだわ! ありがとう、助かったよ、本当に強いな、スウォル」
撃ち漏らした魔獣を切り伏せたらコウが礼を言う。魔獣に近寄られると身を守る術がないようだ。
それにしても、寿命が五分ばかり縮むとは。大したことのようなそうでないような。
「コウは魔力も多いから、使えるだろう」
水の紗を教えてやると真剣な表情で考え込んだ。
コウは教えてやったことを咀嚼し、自分のものにしようとする。丸のみにしないので、アレンジが効くようだ。
「囲め、水の紗!」
何度か繰り返すうち、できるようになった。
しかし、そこまでだ。
「魔力切れか」
幾度かの戦闘の後に初めての呪文、それも普段使うものよりも魔力を食う魔法を繰り返したのだから当然のことだ。
その時、俺は他の人間と戦闘を共にしたことがないから気づかなかったが、コウはそれでも魔力が高い方だった。普通は突然新しい魔法を使えないし、何度も撃てない。
早々に野営の準備をすることにした。
野営も初めてだという割りに、道具は持って来ていたそうだ。
「何があるか分からないからな」
焚火に魔獣避けの薬草を燃やす。
「え、こんなのあるの? じゃあ、この薬草を燃やし続けていたら、近づいてこない?」
「一度、松明をずっと持ち続けてみると良い。腕がこわばって泣きを見る」
俺はなんてことはないが、コウは小一時間も持ち続けていることはできないだろう。
「あ、じゃあ、ランタンみたいなのに入れて燃やしたら?」
「火力がいるから、ランタンに入れても煙は立たないな」
後は便利なものだから、やはり高価だと言ったら打ちひしがれていた。
食事は魔獣の肉にコウが薬草採取の時に摘んだハーブを振りかけて焼いたものだ。
「美味いな」
「だろう? って言っても、俺も外でこれを食べるのは初めてだけれどな。野外で食べるとなんか味が違うよな!」
言いながら、手持ちのハーブ類を見せてくれた。俺も見たことがあるものだ。簡単に手に入れられる調味料だと嬉し気だった。
魔獣避けの薬草を燃やしても、肉の焼ける匂いの方が魅力的なのか、時折魔獣が近づいてきたが、それは石を投げて仕留めて置いた。
その都度コウは肩を上下させた。
「ス、スウォルって本当に強いんだな」
「ああ。安全は確保されたと思ってゆっくり寝ると良い」
「じゃあ、先に寝るから。後で起こしてくれよ」
コウの見張りの交代の申し出に頷いておいたものの、朝になって自然に起きるまで声を掛けなかった。
「うわっ、ご免、寝過ごした」
「いや、起こさなかったのは俺だ。気にするな」
「スウォル、寝なかったのか?」
「いや? 寝た」
コウが驚いて目を丸くする。
「気配察知は得意なんだ。誰か近づいてきたら寝ていても分かる」
実際、一晩何事もなかったので、コウは半信半疑ながらも再び俺の強さを褒めた。
それは中指の先から手首までの長さの一つ半分ほどの薄緑色の葉と紫色の花をつけた植物だった。葉は放射線状に伸びている。
コウが背嚢から縄を取り出した。
「それで引っ掛けて遠くから引っこ抜くのか?」
「ちょっとそれでは距離が近すぎるな」
コウは輪を作った結び目の間を水の矢をひっかけ、それを葉に向けて飛ばす、というのを繰り返した。縄はきっちり飛んで行ったが、輪がうまく植物に引っかからない。
「やっぱり、やり方が違うからかなあ。あ、そうだ。途中までは一緒のことをすれば良いんだ」
「というと?」
「うん。あの植物に縄の端を巻き付けて逆の端に輪っかを作ってそれで魔法の矢で引っ掛けて飛ばすんだ」
「なるほど。その方が確率が上がりそうではあるが、全部一緒だとどうなるんだ?」
コウが言うには、植物の根元に縄の端を巻き付け、逆の先は犬に括り付け、安全な場所まで退避する。犬に餌をちらつかせて走らせる。後は安全な場所で抜けるのを待って回収すれば良いだけ、ということだ。
「何故、その方法ではいけないんだ?」
「犬が犠牲になるじゃないか! そんなのは駄目だ!」
聞けば、コウは郷里で犬を飼っていたそうだ。
「ポチは俺の心の友だ!」
ポチというのがコウの親友の名前らしい。胸を張って誇らしげだ。
「では、こうしよう」
遠く離れた場所で金切り声が上がった。
死の悲鳴だ。俺には聞こえるが、コウの耳には届かない距離に位置しているから、大丈夫だろう。
植物を引っこ抜いた魔獣がどうと横倒しになる。悲鳴の餌食となった。
「どうかな。上手くいくといいんだけれど」
離れすぎていてコウには見えないらしい。
「ああ、抜けたぞ」
「そうなの⁈」
コウがその場で何度も飛び上がる。
「見えるか?」
「見えない」
「だろうな」
「もう! スウォルさんったら。だったら聞くなよ!」
「ははは」
なんで文句を言いつつ敬称をつけるんだ。
本当にコウは面白い。だんだん、馴染んできた。思わず笑い声をたてるほどに。
「しっかし、魔獣を捕まえて気を失わせるなんてこと、できるんだな」
「相当力加減の具合を見定めないとできないぞ」
「やろうと思わないよ。やれるとも思えないしさ」
俺のすることを学んで採り入れて行こうとするコウならばこそ、真似はしない方が良いという意味を込めて言うと、呆れた表情をする。
「スウォルは本当に天然だな。もっと自分がすごいってことを自覚した方が良いぞ」
自覚があるからこそ、力加減をして擬態しているんだがな。コウに言わせれば、まだまだってことなのか。
町に帰り、ギルドに採取物を持って行ったら、仕事の早さに喜ばれた。ところが、コウは採取の報酬の折半を辞退した。
「だって、俺、正規の方法を使わなかったし」
「方法は教えてくれただろう」
「犬は使わないって言い張って、結局、スウォルが魔獣を捕まえて来たんじゃないか」
「でも、やり方は知らなかった。知らなかったら命の危険があることは多い。情報は大切で報酬に値する」
「それは知っているけれどさ」
コウは情報屋のようなことをして日銭を稼いでいたと話していた。自分のことを話しつつも俺の旅のことを聞きたがった。
目を輝かせて話に聞き入る様子にあいつの姿が重なった。
「珍しいですねえ。報酬の取り分を自分が多く取ろうとするのはしょっちゅう見ますが、相手に受け取らせようというのは滅多にないですよ」
「あるにはあるんだな」
報酬はギルドのカウンターに乗ったままだ。
コウが半分取らなかったので、俺も手を出していない。
「お二人は息が合った様子ですし、どうでしょう。パーティを組まれたら?」
「そうだな。俺は急ぐ旅ではないし。コウが良ければしばらくパーティを組まないか?」
コウが口を開く前に提案する。
「俺にとってはありがたいよ。でも……」
「じゃあ、決まりだな」
慣れるにしたがって、コウの扱いも分かって来た。
遠慮がちなので、こちらを気遣うことを言うようならそこら辺は押し通せば良い。
ギルド職員も心得たもので始終笑顔を浮かべている。
本人はどこか釈然としない、という顔つきだった。
コウは分かっていないが、俺にも十分メリットがある。コウと一緒なら、この世界はもっと面白く感じるだろう。それは旅の目的を果たす何よりのことだった。




