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11.ひとつずつ

 

 町の雑用を受ける毎日に戻った。

 その合間にギルドの訓練場で練習した。

 でもやっぱりさ、外のあのどこまでも広がっていく緑と青が見たくてさ。

 あれを見ちゃうと、町の中が狭くて息苦しく感じた。慣れていた臭いもものすごくきつく感じた。

 恐る恐る外に出てみた。すぐには魔獣に襲われなかったのをよいことに、少しずつ滞在時間を伸ばした。


 そうやって、時折一人で外に出るようになった。なるべく町から、正確には壁から遠ざからない位置で魔獣を見つけて魔法を使った。

 大体は初撃で急所を狙って倒せた。初めは威力が弱くて逃げられることも多かったが、逃げ去る前に短縮呪文で追撃して狩れた。

 前に一度、怒り狂ってこっちに向かって走って来た時はびびった。

 体力があるやつだったのかな。とにかく、短縮魔法を撃ちまくってなんとか近づかれる前に倒しきった。


 解体は相変わらずへたくそだ。

 角が売れるけれど、安い。町の近くに来る魔獣なんて、大した脅威じゃないから討伐依頼も出されずに放っておかれているんだしな。仕事を受けた冒険者が行き掛けの駄賃で倒すだろうってものだ。

 だとしても、やっぱり慣れるもんなんだな。何とかはぎ取った毛皮を売れるようになったよ。

 それが大きかったんだろうな。

 そのやり方に慣れて来た頃に採取の仕事を請け負った。


 町から少し離れた森のなかに生える薬草を採取して来ようと決めた。

 薬草採取!

 定番だね!

「でも、気をつけてね。中には毒のある植物もあるから」

 触るだけで鋭利な葉で傷つけられ、そのわずかな隙間から花粉とかに含まれている毒が体に入り込んで、下手したら死ぬこともあるんだって。

 恐ろしいな、異世界!


 ……なんでなんだ。

 どうしてこんな世界に来てしまったんだ。

 あれからも、クラウスたちからパーティに入らないかと誘われているが、言葉を濁して躊躇っていた。小さい蛙に手の甲の肉を持って行かれて物すごく痛かった。でも、あれってきっとちょっと噛みつかれた程度のことなんだな。

 怖くてたまらなかった。

 もっと怖いのは自分のミスで他人にあんな思いをさせることだ。いや、もっとひどいことになるかもしれない。

 そう考えると、どうしてもパーティに入ると言えなかった。


 クラウスたちは良いやつだ。

 俺のちょっとした思い付きを採り入れてくれてそれが役に立つと認めてくれている。そんなやつらの足を引っ張ることが怖くて、もう少しマシになってから、と答えた。

 それは本心だ。

 すっかり委縮していた。


 でもさ、人間って当たり前のことなんだけれど、食べて寝て、あとはなんだ、そう、服を着て、その他こまごまと必要になって来る。

 つまり、お金が必要なんだ。

 借金を返すなんて、いつのことになることやら。

 だから、雑用をして日銭を稼いで訓練をして、ちょっとずつ、戦闘に慣れた。魔獣に慣れた。

 この異世界に、慣れた。


 どうかな。

 きっと、他の奴らからしたら、何をやっているんだって鼻で笑われるだろう。

 でもさ、俺にはこういうやり方しかできないんだよな。

 笑われても、何とかやっていくしかない。


 森に入ってもすぐに魔獣が飛び出てくることはなかった。つい今しがたまで明るい日差しがあって、動けば汗ばむくらいだったのに、ひんやりとして薄暗かった。

 気持ちよかったが、気味が悪くもあった。

 ギルド職員がこれを持って来るのだ、と見せてくれた薬草を探す。もちろん、魔獣が出て来るのを警戒しながらだ。

 草原と違うのは、遮る物がありすぎて、近寄って来られてもすぐには気づかないことだな。だから、一応、解体用のナイフを抜身で持っていた。これでけん制しながら短縮魔法を連発することにする。草原で試してみたが、やはり木々が密集して下生えが埋め尽くす場所では勝手が違うだろう。


 あ、あった。

 これだよな。合っているよね?

 うん、特徴的な葉の形をちゃんと覚えていたもん。

 周囲を見回して何も飛び出してこないのを確認してそろそろと腕を伸ばして薬草を摘む。

 ん?

 これって根っこもいるの?

 まあいっか。

 そんなに大きくないんだから、全部持って行こう。

 お、あっちにも生えている。

 魔獣は……来ませんね。


 そうやって教えてもらった薬草を採取した。

 一度にいっぱい言われても覚えられないから、と教わって来たのは三種類だけ。うち一つはハーブみたいなもので、そんなに高くないけれど、あって困るものじゃないだろう。

 いや、困るか。持てる量は限られるし、荷物が重すぎたりかさばったら身動きとるのも大変だからな。


 はっと顔を上げる。

 息を詰めて周囲に気を配る。

 いる。

 多分、魔獣だ。

 こっちを窺っている。

 出て来たらすぐに魔法を放ってやる、と気負った瞬間、草を揺らして跳ね出てくる。


「穿て、水の矢!」

 眼前で水が発生し、するりと長く伸びてすう、と吸い込まれるように魔獣の片眼に飛び込んでいく。


 メルに見せてもらった風の魔法にしろ、ヘルマンに見せてもらった火の魔法にしろ、風や火が術者の目の前に出現して敵に向けて飛んでいく。タイムラグがある。

 しばらくソロでやっていくのだから、このタイムラグをなるべく短くしようと心掛けた。


 いや、何か具体的なことをやったのではないが、目の前に作られる水の矢や土の矢の形とかをよく覚えておいて、呪文を唱えたら強くイメージし、すぐに出来るように、と念じる。

 うん、阿呆なことをしているって思うだろう?

 でもさ、できたんだよ。

 短縮!

 一秒か二秒くらいだけれど、その短い時間が生死を分かつ! かもしんない。

 でもほら、俺ってトラックにはねられて走馬灯を見た男だよ?

 あれって脳が高速処理して記憶をトレースするとかじゃなかったっけ。だったら、緊急事態には脳がフル回転してゆっくりに感じられるって言うじゃないか。あれ、違ったっけ。

 ま、まあ、詳しいことは分からないけれどさ。

 とにかく、死ぬかもしれないという時の一秒二秒は重要ってことだ。


 それと、訓練の成果はもう一つ、「穿て」も楽に使えるようになった。タイムラグ短縮の練習をしていたら、慣れて来たみたい。

 あとさあ、ギルドの訓練場で魔法を使っていたら、通りがかったメルにそんなに魔法を撃てるのかって呆れられた。それに、連続して撃つのは疲れるから、戦闘の緊急の時しか撃たないんだって。

 へへへ。

 魔力、増えたかも!

 一人スパルタ訓練も馬鹿にできないね。

 でも、これってソロでやる俺には重要なことだ。

 連続で打ちまくって、とにかく敵を仕留めなきゃならないんだからな。


 あと、全体攻撃ってのはない。

 伝説では火の矢をいっぱい出した大魔法使いもいるらしい。

 天を蔽うほどの矢って表現だったけれど、たぶん、大げさだろうな。

 だって、そんなの魔力切れを起こして昇天しちゃうよ。

 そうそう、魔力切れが酷くて死んじゃった人もいるんだって。

 うへえ、気をつけなくちゃ。

 大体は気を失うそうなんだけど、戦場でそうなったら、そして、魔獣を倒しきっていない時に起きたら。

 想像だけで背筋が凍ったね。


 とにかく、魔獣を複数いっぺんに相手することがあったら大変だから、最低でも二本の水の矢を、違う方向へ飛ばして出来れば命中率を上げたい。

 そう言ったら、メルもヘルマンもそんなことは無理だと言った。

 そうかなあ。

 でも、やってみるだけやって駄目ならまた違うことを考えよう。

 メルもヘルマンも一度は皆やってみるのだけれど、魔法の矢を二本三本飛ばすのは皆できるんだそうだ。あ、いや、魔力が少なかったらできないけどな。

 で、まあ、同じ矢なら「刺せ」を二本放つんじゃなくて「穿て」を一本出して威力を上げた方が良いということだ。その方が使う魔力が少なくて済む。

 俺もそんなに器用なほうじゃないしなあ。


 あ、こんなのどう?

 時間差で二本出すとか。

 うん、そっちのがやりにくい。

 じゃあ、二本出して、片方はしばらくその場で待機。もう片方を飛ばして次の狙いを定める。

 よし!

 これは上手くいった。

 あれだね、発生のタイムラグをなくすのの応用だね。


 まあ、そんなこんなで、何とか森の入り口くらいには行けるようになって、薬草採取もできるようになった。

 何回か薬草採取をしたら、Gランクに上がることが出来た。

 やった!

 やったよ!

 思わず喜んだら、受付の職員の人が温かい笑顔になっておめでとうと言ってくれた。

 いや、まあ、その、いつもお世話になっています。

 クラウスたちに祝いだといって酒場に引っ張って行かれた。もちろん、単に酒を飲みたかっただけで、またぞろ恋愛相談をもちかけてきただけだ。

 でも、なんかさ、すごく嬉しかったよ。

 ちょっと魔獣に噛まれただけで心をへし折られてしり込みしていたけれど、なんとかなった。

 でもさ、皆、すぐにGランクになって、勢いのままFランクには上がるんだ。

 俺、まだまだだよなあ。

 そう思って次の日、気合を入れなおして仕事を受けることにした。


 冒険者ギルドに行ったら、クラウスたちが今度Dランクになるんじゃないかっていう噂を聞いた。差の大きさにへこみそうになっていたら、ギルドにいた人間がちらちら見ている人がいるに気付いた。

 その人は見かけたことがないし、服装もちょっと変わっているから、この町へやって来たばかりなのかもしれない。

 そして、結構な男前だった。

 背はそんなに高くない。俺よりは高いけれどな!

 この世界の男、特に冒険者をやっているやつは皆ゴツイからな。

 それと比べると、その人は少し細身にも見えた。


「以前はDランクだったが」

「そうですか。ですが、そちらの国のギルドとは提携しておりませんでして。そのため、最低ランクからの開始となりますが、良いですか?」

「ああ、構わない」

 えっ、Dランク?

 しかも、一人だ。もしかしてソロで? いや、流石に別の所で仲間が待っているんだろう。

 剣を腰のベルトにつけているから、戦士かな。


「スウォルさんは他のギルドで現ランクよりも認められた実力がありますので、ランクよりも高い依頼を受けることができます」

 お、そうなんか。

 ふむふむ。

 少し前に情報屋みたいなことをしていたので、集められる情報にはついつい耳を傾けてしまう。


「へえ。何かあるのか?」

「そうですねえ。あ、こちらなら報酬は弾みます。ただ、その分、危険度も高いですが」

 Dランクの仕事かあ。やっぱり危ない魔獣が出たりするんだろうな。あ、うっかりクラウスたちの仕事に付いて行った時に見た卵びっしりの蛙を思い出しちゃったよ。鳥肌立った。

「どんな内容だ?」

「とかく、採取が困難だとされている貴重な薬草の採取です。生えているのを確認されたのですが、死者が出ました」

 えっ? そんなにデンジャラスな採取があるの?

「地中から引き抜くときに悲鳴を上げ、それを聞いた者は死んでしまうのです。それで、死の悲鳴と呼ばれています」

「あ、それ、俺、採取の仕方を知っている」

 しまった。食いつきすぎた。ついうっかり口に出してしまった。

 頭の中にはファンタジーではお馴染みの人型植物が浮かんでいた。



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