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10.忍び寄る災厄

 

 口を酸っぱくして言われた。

 見つかれば、武器持て追われ、最悪の場合、命の危険があるだろうと。

「俺を命の危険の瀬戸際にまで追いつめられるやつがいるというのか?」

 笑って取り合わなかったが、訓練され統率された大人数である軍隊の恐ろしさや私利私欲によって練り上げられた権謀術数の恐ろしさを説かれた。

 それも人が作り上げたものだと思えば、興味があった。どんなものか知っておくのもいい。


 一応、心配してくれたこともあるし、本来の得物を咄嗟に使わずに済むように、そして、自分の力に耐え得る頑丈な武器を手に入れるつもりでいた。

 期せずして新たに手に入れた剣は魔獣の体内から発見した代物で、不死の者を倒すことができるほどの力を持っていた。無論、不死者が死を願ったからこそできたことではある。


 その剣は感応能力に長けた者をして驚嘆せしめる力を持つようで、鞘の上から布で包んでいても呼び止められた。

「そこの方、卒爾そつじながら、その剣を見せてはいただけまいか」

「何故?」

 足を止めて見やると、大柄な男が立っていた。異国風の服を身に着けた体は鍛えられているということが分かる、引き締まったものだった。

 相手が警戒露わにしているのが不思議だった。

 突然声を掛けて来たのは先方の方だ。


「貴殿はどちらの出身か」

 俺の問いには答えず更に質問を投げかけてくる。使っている言葉はこの国とは少し離れた周辺諸国で用いられるものだ。この国では解する者とそうでない者とで半々に分かれるだろう。物言いが固いことから、予想される職業や環境が狭まって来る。

「ずっと先の小さな村から来た」

「この国の者か」

 とりあえず答えておくと問いを重ねる。

「いいや」


 剣を手に入れて町に入ってから、誰かの視線が纏わりつくのを感じていた。それはこの男のものではない。この男は訓練を受けている。鎧兜といった物々しい装いはしていないものの、腰に剣を下げ、いつでも抜けるようにしている。そして、物陰に潜む仲間が複数いる。そこから向けられるものも町で感じていた視線ではない。

 とすると、視線の主が情報を売り、それを基にやって来たというところか。


「貴殿は姿変えの魔法を使っているな?」

「いいや」

 確信を持っていれば問うこともあるまい。

 そう断じて嘘を吐いた。

 誰かを探していて、その者は訓練された人間が警戒するほど強く、姿を変えている可能性があって、恐らく、魔剣を持っている。

 だから、俺が持つ魔剣に反応したのだ。しかし、魔剣本来の力がどんなものか分からないかもしくはそこまで読み取る能力はないのだろう。

 そこいらに魔剣が転がっているとは思えない。

 これは早々にこの町を出た方が良いと判断した。


 のらくらと問いを躱していると相手は一旦引いた。人目に付き始めたからだ。

 流石に長く足止めして注目を浴び始めた。

 ということは、秘密裏に事を運びたいのか。

 俺は特にこの町で親しく交流する者はいない。誰かを通じて近づくという手法は取れなかったのだろう。

 代わりに彼らは俺のことを聞いて回ったようで、町の者たちがこそこそと噂し合った。遠巻きにしてこれみよがしに囁き合う。

 流石にギルドでは露骨な態度を取ることもなかったが、これもまた、俺がそこそこ貢献しているからだろう。


「大規模討伐隊?」

「はい。複数の魔物が確認されています。恐らく、強力な類のものと推測されます。そのため、ギルドでは今、高ランクの方々に声を掛けて討伐隊を募っているんです」

 低ランクの者では犬死どころか足を引っ張るというのだろう。それを高ランクだ、選ばれたのだと持ち上げて良い気分にして危地へ向かわせようというのだろう。

「いや、俺は止しておく」

 第一、大勢の者たちと徒党を組んで戦うのは歓迎しない。

「報酬も高額で、ランクを上げる考慮がなされますよ」

 職員が食い下がるも、断った。

「よろしいのですか。この依頼を受ければ、町の噂も払しょくできますよ」

「噂?」

「あ、いいえ、評判も良くなるということです」

 魔剣を持つ者を探しているやつらのせいで立った噂のことだろう。

「いや、俺はそろそろこの町を出る予定だ。討伐している時間はないな」

 指名依頼ではなく、任意の依頼だから、職員も引き下がった。

 さて、これで食いついて来るかな。

 町を出ると聞けば、何かしらの行動に出るかと反応を待った。

 実際に町を出るつもりでいたので、旅装を整えるために市場を回って必要なものを買いそろえた。

 特に別れの挨拶をする者もいない。

 しばらく宿を取れないことも考えて、のんびりすることにした。



 意識が浮上する。

 昼寝していた寝台から身を起こし、外の気配を窺う。

 魔獣だ。

 町中にいる。

 生きたままで。

 悲鳴と怒号が上がった。

「魔獣だ!」

「討伐隊が捕縛した魔獣が逃げたぞ!」

「食われる!」

「建物内に逃げろ!」


 窓の外から見下すと、長い白髪をなびかせた小柄な者が通りを駆けていた。

 被っている赤い帽子がひときわ目を引く。

 その帽子から嗅ぎ取った臭いに鼻に皺を寄せた。

 鉄のブーツを履いているのに、すさまじい速度で駆け、獲物を見つけては屠っている。 通りには転々と被害者が横たわっている。

 普段から、いつでもすぐに出られるように荷物は纏めてある。ブーツに足を突っ込み、上着を羽織り、背嚢を背負って剣をひっつかむと窓から飛び降りた。


 人の姿に似た魔獣はそう遠くへ行っていなかった。

 獲物から吹き出た血に頭を寄せている。

 赤い帽子は獲物の体液で染めているのだ。

 遠目にも鮮やかですぐにそれと知れるが、あの速度で追い掛けられれば逃げることは難しいだろう。


 そちらへ足を向けた途端、顔を上げた。

 良い反応だ。

 血染めの帽子から赤い筋をいくつも垂らす顔は老人のそれだった。手に大振りの鉈を持っている。それを横なぎに払い、血糊を飛ばした。

 威嚇だろうか。

 冷徹な目には何の表情も浮かんでいない。


 徐々に好戦的な気持ちになっていくのを感じる。その高揚感に似た気分のまま、にやりと笑う。体中を魔力が駆け巡るのが分かる。指先にまで熱い蒸気で充填されるような感覚だ。蒸気は膨れ上がり、身体がひと回りもふた回りも大きくなったような気分になる。

 魔力が見える者には、俺の体から陽炎のように立ち上っているのが感知できるそうだ。

 これには、強くて高度知能を持ち、特に気配察知に長けた者は怯える。

 老人に姿に似た魔獣は異様に怯えた。視線をやると途端に逃げ出した。慌てふためいて、鉈を取り落とし、足がもつれてじたばたと腕を動かす。

 混乱の頂点に達した様子だ。

 あんなに見事な速度で駆けたのが、人を切りつけてその血で帽子を染めていたのが、見る影もなく恐怖に喘いでいる。


 魔獣はあっけなく切り伏せたが、それらを見ていた者たちは安堵した後、疑心暗鬼になった。

 あれほど凶悪な魔獣が対峙して怯えたのだ。それも常軌を逸した怯え方だった。

 冒険者といえど、つい最近来た者で、そう言われれば、異例の速さでランクを上げた。

 実はとんでもないやつではないか。

 とんでもないとは?

 とにかく、魔獣が怯える危険な者だ。

 そう言えば、あいつの情報を聞きまわっている余所者がいた。

 やっぱり、危ないやつだったんじゃないか。

 そういった話が回るのは早かった。


 元々、魔剣を持つ者を探すやつらのお陰で噂されていた。冒険者ギルドでもそれを持ち出して大規模討伐隊に加わるように迫られた。

 もしかすると、魔獣が町中で暴れまわったのも、俺を嗅ぎまわっていたやつらの手引きかもしれない。

 どのみち、この町は出ていくので俺には関わりのないことだ。

 道中に襲ってくるのなら返り討ちにすれば良いだけだ。


 ただ、ふと、耳に胼胝たこができるくらいに聞かされたことを思い出す。

「もう少し力を加減するか」

 それを可能にする剣も手に入れたことだ。

 不審な者が周囲をうろつきはじめた。

「面白くなってきたな」

 どういった目論見があるのか分からないが、退屈はせずに済みそうだ。

 人が為す不可解な出来事によって、この先どうなっていくのか、楽しみにするつもりで旅を続けた。



 あちこち旅をして様々なことを見聞きした。

 魔獣は破壊の方を好むらしく、群れを作ったり徒党を組むことがあっても後世に残る有形無形のものを作り出すことはない。

 やはり人間の集落が面白いと感じる。他に獣人などといった人間とは異なる種族の集落の噂も聞いた。一度は行ってみたい。

 人間は自らが生み出した物を交換したり金銭という媒介を通じてやり取りする。国が違えば物品も作法も外見すら違いが出て来る。

 土地土地を巡るのは物品や人だけでなく、情報も出回った。

 どの商品がどこでよく売れるとかどの国で採れる何が美味しいとか、どの地方で出没する魔獣が強力かとか、堕ちたる神とは別の神々を崇める者たちがいたり、角が欠けた者が描かれた壁画を目にしたこともあった。言った先々での有名人の噂に混じって勇者の話も聞いた。

 人というのは自分の見たいようにしか見ないんだな。


 面白いものを求めているうちに、不思議な気配を感じた。迷わずそちらへ向かう。元より当てのない旅だ。

 そして、とある町にたどり着いた。

 ここでは、あいつが喜びそうなものを見聞きすることが出来るだろうか。

 背後から付かず離れずでついてくる気配を感じながら、口元を歪めた。



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