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1. 物事はたいてい唐突に起きるもの

本日より毎日更新します。


 

 トラックが迫りくる。


 ヘッドライトに見開くはずの眼を細める。眩しいからな。

 ヘッドライトって距離がある方が眩しいんだな。近づくにつれてくっきりと動物の目のように見える。


 体は竦んで動かない。風圧に、衝撃。吹き飛ばされて浮遊感を覚える。すぐ後に痛み。


 走馬燈って本当にあるんだな。

 父さん、母さん、亡くなったじいちゃんにばあちゃんはともかく、ポチまで。

 全員イイ笑顔でサムズアップでお見送りなんて、それ、本当に走馬燈なの?

 まあ、ポチは雑種犬でも兄妹同然、心の友だからな。黒い毛並みの優しい犬だ。


 目を覚ました途端、まず真っ先に思ったのは走馬燈のことだった。

 固い台の上に寝ていた。明り取りの窓が高いところにあって光が入って来るけど、それでも薄暗い。

 台しかないがらんとした部屋だった。


 とりあえず、上半身を起こすと体のあちこちが痛い。

 喉乾いたなあ。

 って、そうじゃなくて。

 俺、トラックにぶつかられて良く生きていたなあ。

 それに、病院でもなく、自分の部屋でもない。初めて見る場所に寝かされているってことは、ぶつかって間もないのか?

 荷物が見当たらない。

 上着やズボンのポケットを見てみても、財布もスマホも入っていない。盗られたとしても、別の場所に寝かす必要はあるか?


 これはあれだ。

 扉の向こうへ行ってみないといけないやつな。

 台しかない部屋に一つだけ自己主張する扉を見た。

 田舎の納屋にあるような板の扉を引いてみたがびくともしない。

 一瞬焦ったが、押したら開いた。

 なんだよ、もう!

 驚かせんなよ!

 閉じ込められたかと思っちゃったじゃないか。

 大体、なんで俺……なんじゃこりゃあ!

 心の中の文句が吹っ飛んだ。


 薄暗かった部屋から明るい日差しを受け、眩しくて目を細めつつ、外の光景に驚いた。

 そこはまるでゲームの中の世界だった。テーマパークな町並みが広がっていた。

 ふおおおぉぉぉ!

 これはやはりあれですかね。

 異世界ってやつですよね。

 だって、トラックと衝突して目が覚めたら昔のヨーロッパ風な町にいました、ってなったら異世界転生でしょう!

 定番ですな。


 これこれー!

 やっぱり、このオレンジとか茶系が似合う落ち着いた可愛い感じだよな!

 後になって振り返って見て、よく怖さを感じなかったなあ、と思ったものだが、俺は海外旅行、ましてやヨーロッパなんて行ったことがない。テレビかそれこそゲームやアニメでしいた見たことがないから、夢中になって眺めた。

 当たり前に異世界は人が住む現実なんだ。おとぎ話の世界じゃないんだよな。

 喧噪と人ごみであふれかえっていた。大きな町なのかな。こう、エネルギッシュなのな。

 生きている!がぎゅっと詰まっていた。

 通りでは道の端に連なる店の商品を物色する人や先を急ぐ人の歩調が違う。朝のラッシュのような規則正しさはそこになく、ぶつかりそうになりながらもすり抜けていく。

 店先にとりどりに並んだ品々を売りつけようとする者やあれこれ質問する者の活気と熱気にあふれていた。


 そう、人間がいっぱいいるんだ。

 よかった! 獣が闊歩する町とかじゃなくてさ。そうなったら文化が大きく違ってくるだろう。

 金髪ベースが多くて、顔の堀が深い。白人っぽいかな。白い肌なんだろうけれど、皆薄汚れている。


 異世界ってあれだな。

 こう、文字の中やアニメだとデフォルメというか、二次元な感じだけれど、三次元なんだな。現実っていうか、厚みがあるっていうか、熱量があるっていうか。

 アニメだと悪役以外は美男か美少女で、後者は目が大きくてたゆんたゆんでやたらと可愛い声をしているの。

 いや、いましたよ、たゆんたゆん。

 現実世界にもいたしな、たゆんたゆん。

 でも、そんなに露出度高くないのな。

 ちぇ。


 あと、文明。

 荷車とかを曳いているずんぐりした馬っぽいのもいるけど、馬車とかはあるんかな。車なんて発明したらひと財産できるかな? いやでも、俺、そんなのの構造分からんよ。

 ちくしょう、こうなることが分かっていたら、色々と勉強しておいたのになあ!

 やってりゃ良かった、現実世界知識ストック!

 そうしたら、がっぽがっぽだったのに!

 いや、自転車くらいなら、俺にでも作れるか?

 要は車輪二つで動けりゃいいんだろう?


「××××! ××××?」

 うを!

 異世界を噛みしめていたら、話しかけられた!

「え、ええと、その、何を言っているのか分かりません」

「××××? ××××。××××」

 ええー!

 そりゃないぜ、異世界!

 言葉通じないのかよ!

 おばちゃんはどこの世界でも良く喋って物おじしないんだな。

 俺、皆とは違う格好をしていて、明らかに別人種だってのに、がんがんしゃべりかけてくる。

 長袖に裾の長いスカートを履いている。何て言うのか分からないけれど、頭を包む布みたいなのは付けていないんだな。

 道行く男はチュニックみたいなのにぴったりしたズボンを履いている。


 首をかしげて困った表情を浮かべて見せると、ようやく言葉が通じないのだと分かってくれた様子でトーンダウンする。

 ジェスチャーと下手な絵で何とかする。そう、地面はアスファルトではなく、石畳でもなかった。そこいらにある小石でゴリゴリと文字を書いたが、反応が鈍かったので、絵を描いてみた。

 まずはコップ。

 うん、わからないか。

 じゃあ、傾けたコップからしずくが垂れるのでどうだ!

「××××? ××××」

 おばちゃんは笑って俺の背中をばしばし叩いた。

 思わず咽る俺に、更に笑う。

 頷く、首を横に振る、傾げる、それが共通認識のもとにあって良かった、とは後から気づいたことだ。やっぱり、テンパっていたんだな。

 おばちゃんは部屋に俺の背中をぐいぐい押して、さっきいた部屋へ戻した。

 なんだよ、もう。

 台を指さして行ってしまう。

 大きな音をたてて扉を閉めるが、あの様子じゃあ、怒っているのではなくて、静かに閉めるという意識がないんだろうな。


 おばちゃんが遠ざかるのを待って、そっと扉を開けて外を伺う。

 うわ!

 俺って学習能力なかったわ。

 眩しかったわ。

 一旦扉を閉めて、眼を閉じてしばし待つ。

 今度は大丈夫だった。

 よし、おばちゃんもいないな。

 大胆に、首だけ出してきょろきょろ眺める。

 そんな俺を母親らしき女性に手を繋がれた子供が指さして笑う。

 うん、お約束ですね。

 にっこり笑って手を振ってみると、小さな手を振り返してくれた。

 うわ、感動。

 元の世界では俺、大学に入りたてだったのよ。

 まあ、考えてみて。

 一般的な大学生男子がどれくらい子供と接することがあるか。

 今日日、お母さんと手を繋いで歩くくらいの子供に手を振ったら、不審者扱いされてしまいますよ。

 そう。俺が危険人物っぽいわけではないのだ。

 お嬢ちゃん、あと十年経ったらもう一度会いましょうね。


 とかそんなことを考えていたら、ぬっと影がさした。

「××××!」

 やべ、見つかった!

 仕方がないねえとばかりにおばちゃんがため息をつく。

 前髪がぴゅっとなったよ。

 肺活量すごいね。

 おばちゃんは木を彫って作ったらしきコップを差し出してくれた。

「ありがとう!」

 やっぱり、意思伝達は何とでもなるもんだな!

 喉を鳴らしながら水を飲む。

 水、美味いな!

 よかった、変なものがまじっているような濁った水じゃなくて。


 それから、おばちゃんは何かと俺に話しかけて来た。

 大きな身振り手振りや、最後には俺と同じく地面に絵を描いてくれた。

 家族の絵とか描いたが、首を振って、自分を指さした後、指一本を立てて見せる。

 眉をひそめたおばちゃんは、止める間もなく俺の頭を撫でた。

 肉厚の手のひらでぐいぐいやられ、ふらつく。

 すると、さっきの同情めいた表情はどこへやら、飽きれた顔をする。

 すみません、現代っ子で。力はないんです。


 どうも、おばちゃんが俺の面倒をみてくれるっぽい。

 おばちゃんは小さい丸い絵をいくつも描いたが、よく分からない。

 首をかしげると、ポケットから小さな貨幣を取り出した。

 綺麗な丸じゃなくて、少しいびつで、彫りも甘い。

 へえ、これがこの世界のお金?

 おばちゃんがつまむのを間近で見たら、やらないよ、とばかりに上に持ち上げられた。

 ちぇ、見ているだけだよ。

 お金を指さして何か言われた。

 ああ、そういうことか。

 俺は首を横に振って、ポケットの中生地を飛び出しして見せる。

 あからさまにがっかりされた。

 すみません、一文無しで。

 おばちゃんにはきっと異世界から来たってのは分からないだろうなあ。


 とか思っていたら、腕を取られて引っ張っていかれて、水汲みやら荷物運びやらをやらされた。

 いや、まあ、お金を稼ぐためには労働は必要ですよ。でも、早すぎやしませんかね?

 俺、異世界に来たばかりなんですよ?

 でも、まあ、やっていくしかないか。

 だって、本当に何も持ってないんだもん。特にやることもないしさ。


 俺はおばちゃんにひっついて、あれこれ雑用をしながら、片っ端から目につくものを指さして首をかしげて見せた。

 おばちゃんが話す言葉をひたすら繰り返した。

 時間があるおばちゃんが世話好きってのは、万国共通なんだな。異世界だけど。

 俺のやりたいことを察してくれたおばちゃんがにんまり笑ってゆっくりしゃべってくれる。それを復唱する、ってのを繰り返した。もちろん、音を頭に叩き込む。文脈とかなくても、まずは単語だ。

 店先でリンゴ!って言いながら貨幣を差し出したら、売ってくれるだろう。向こうも商売なんだし。


 店は殆どが台の上に山積みにされていて、その上に太い棒で支えている。簡易ターフみたいだな。だから、肉に小さいハエみたいなのが飛んでくることも多い。

 うへえ、な光景だが、物が溢れかえっているので、単語を覚えるには都合が良い。

 あれこれ指さしては聞きまくった。

 ×××の発音がうまく行ったみたいで、おばちゃんが満足げに頷く。

 ふん、上から目線め! あれも教えやがってください!

 ところが、次に指さす俺に、おばちゃんが×××の後ろに○○○?ってつけた。語尾が上がっている。

 これはあれだね。「なあに?」だね。

 俺ほどにもなれば、そのくらいの類推は事もないのですよ。

 すぐに「×××、○○○?」って言ったら、おばちゃんに満面の笑みで頭を撫でられた。

 あれ、俺、子供だと思われている?

 人通りも多くて、おばちゃんはさっきから頻繁に声を掛けられている。ボランティアしているのが珍しいのかな。言葉を教えてやっているのが目立つのか。白い肌の人だけでなく、暗い色の肌もいるし、黒い髪もいるのになあ。服装か? でも、結構色々あるよなあ。



 想像してみて欲しい。

 突然、言葉が通じない世界へやってきた。

 今日日、英単語でちょっとしたことが通じる世界からやってきたのだ。

 もうね、人間の形態をしていてくれていただけで、感謝しなくちゃいけないのか、って思ったよ。


 あと、行動様式。

 ちょっとばかりいきすぎた笑顔が、歯茎をむき出しにして威嚇したって受け止められる可能性もあるんだぜ?

 何それ、恐ろしい!

 それと、ご飯を食べるのに、手づかみじゃなくて良かったなあ。

 中世ヨーロッパって本当はフォークやスプーンってお貴族様くらいしか使わなかったんだろう?

 もう、こればかりは感謝感激雨あられ!


 とか言っても、やっぱり、言葉が通じないってストレスなんだよなあ。

 でもまあ、言葉が通じないから、何も知らなくても誤魔化せているんだけれどな。

 なんかほら、同じ無職でも、言葉が通じなくて困っているやつになら、ついつい手を貸してくれるっていうか。どこの世界のおばちゃんもそうなんだよなあ。

 ん? 

 俺がナイスガイだからか?

 惚れるなよ!

 ははっ。


 なんて、まあ、能天気かもしれないけれど、正直、何のチートもないんだ。少なくとも、今のところ、何もない。これは詰みでしょう。だったらさ、難しく考えることないじゃん。

 一攫千金を狙うとかニッチを見つけ出すとかさ、日々のことで精いっぱいで、そんなこと、考えられねえよ!

 すごいな、ラノベ主人公。

 俺には無理だわ。

 そのガツガツ感。尊敬するね。

 まあ、とにかく、この環境に慣れることが第一だな。

 ほら、引っ越しした後、生活の動線が変わって、何をするにも時間が掛かってストレスがたまるっていうアレ。アレの重症版だな。

 その次はこの世界を知ることと、言葉を覚えること。

 そこだな。うん。

 後は、自分の生活費を稼ぐこと、かあ。

 しっかし、独り言が多くなるよなあ。心の中で、だけど。

 これは早く言葉を覚えねば!

 あっちの世界は翻訳アプリだの、翻訳機だの、電子辞書だの、充実していたんだな。異世界言語なんて、入っていないだろうけれど。


 ん?

 ちょっと待てよ。

 俺、神様にも、ましてや美少女女神様にも会っていない!

 くっ!

 折角の異世界なのに、そこからかよ!

 そこからもはやお約束を無視していたのかよ!

 どうりで、チートもない筈だよ。

 がくり。

 あっ……。

 それ以前に、トラックにぶつかられて異世界に来たのに、転生していない。




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