Girl Clockworks007
「アレン、貴方は“ナノマシン”という言葉の意味を知ってるわよね?」
アリスの超ストレートな不意打ちエアーブローをもろに喰らったアレンの、思わずブフォッ!と吹いた音が、麗らかな昼下がりの森の中に響いた。今日一番の致死的美少女ミサイルが発射されたのだ。回避は不可避。クリティカルヒットする前にいかに受け身の体勢を取るかだがーー……。
「…………僕は…………」
何か口にしようとするが、突然のパンチの衝撃に頭が揺れて、考えがまとまらない。
(どうする?素直に知ってる、って言ったほうが良いのか……?それともよく分からない、って誤魔化したほうが良いのか……)
そもそもまだこの世界での自分の立ち位置や、目的なども全く分かっていないのにどうしろと言うんだ。いきなり深い、この世界の仕組みみたいな話をされてもはっきり言って困ってしまう。アリスが尋ねたいこと、またこれからしようとしているであろう話は、きっとそういうことだろう。この世界の根幹に触れるような、非常に繊細で、壮大で、そして途方もないようなものなのだろうとアレンは思った。前世の科学に似た、それよりも更に超越した知識と力を持つアリス。何の因果か、それらの単語を知る自分がここに来たこともまた、関わらざるを得ない定めなのだろうとも。しかし、ただでさえ一杯一杯なのに。まるで小学生が大学生の教室に紛れ込んだみたいだ、とアレンは思う。例えばケーキの味を知らないのに、作り方を知ってるみたいな。受け止めきれない。それでも……。
(……何か、ここで誤魔化したり、適当にあしらうって態度を取ったら駄目な気がする……)
目の前の美少女、アリスは、輝く緑碧の瞳でアレンを見つめてくる。彼女の表情は、変化や感情が分かりにくいが、全く動かないわけではない。アレンには、今のアリスが真剣なまなざしで、何か大事なことを話そうとしているふうに感じられた。そんな時に茶化したり、適当に流したり、まして嘘をついてしまったらいけない。それに何となくだが、アリスには自分のことを話してもいいような気さえしていた。黒い瞳で見つめ返す。アレンは一つ大きく息を吸った。
「……そうだよ……僕は“ナノマシン”という言葉を知っている。そしてその言葉の意味も……」
アレンはアリスの瞳を真っ直ぐ見据えて、そう言った。短いはずの沈黙が、やけに長く感じられた……。アリスが微かに首を縦に振ったのが見えた。
「……貴方はこの世界で魔法と呼ばれているものがない世界を知っている……そうよね……?」
「……そうだね……」
次のアリスの問いに、アレンはどこまで答えていいものか分からなかったが、否定することもできず、素直に是と答える。
(……というか、異世界転生みたいなこの状況をどこまで話して良いのか、どうやって説明すれば良いものか……)
このままアリスとの質疑応答が続けば、自然、話はそちらに向いてしまう。ここまで来たら、途中でこの話をはぐらかすことは避けられない。アレンの中に焦りと緊張感が生まれる。ここでうかつなことを言って、ドン引きされて、白い眼で見られては敵わない。それだけならまだしも、自分というこの世界にとって恐らく未知の存在が知られることで、自分のこれからがどう転ぶかもまた未知なのだ。正体を明かすことに慎重にもなる。更にアリスの質問が、明らかに確かめる類のソレであることも、彼の中の不安を煽った。
(一体どこまで彼女は知っているんだろう?というかなぜ?)
不安と不信でアレンの表情が強ばる。そんなアレンの表情を見て、彼の心の中を読み取ったか、アリスが安心させるように淡く笑み、優しい口調で語りかけた。
「大丈夫……貴方のことをこれ以上深く詮索したり、貴方を傷つけることはしない。詰問のようになってしまって、悪かったわ……」
「そんなことはないけど……」
アレンの中の、謝られるとつい否定してしまう日本人の性が出た。咄嗟に彼女を庇ってしまったのか。彼の表情は硬いままだが、先程より肩の力が抜けたのが空気で分かった。アリスは少し瞳を伏せて唇を開く。長い睫毛が彼女の白い肌に影を作る。
「貴方もさっき見た通り、わたしの力の使い方はこの国の、この世界の人たちが思っているものとは違う……。貴方が知っている知識……そう、“科学”が発達した世界をわたしは知っている……」
「……科学……」
懐かしいその言葉。生粋の現代っ子でスマホだパソコンだ、テレビにエアコン冷蔵庫、洗濯機に車に飛行機に高層ビルだ、と様々な科学技術の恩恵にどっぷりと浸かって生活していたアレンにとって懐かし過ぎる響きだ。そして恐らくはこの世界には無いものでもある。代用品はあるかもしれないが、動かす原理が違いそうだ。だがしかし、先ほどアリスが火や水の魔法を見せた時に言っていたことがアレンのイメージ通りのものなら、この世界の魔法は“ナノマシン”で成り立っていることになる。そうするとまた、この世界の仕組みに対する見方が全く変わってくるのだ。
(“科学”と“魔法”の概念が入り交じった世界……)
アレンの中でこの世界に関する謎と答えが、現れては消えていく。明滅するその根本と真実の情報に、頭の中がチカチカする感覚に襲われる。アリスは再びアレンのほうに顔を向けて、真っ直ぐな緑碧の瞳で彼を映した。風が彼女の黒髪を揺らす。
「わたしは、この世界の仕組みを、成り立ちを知る者……『古の統治者』にして『聖女』、そして“七千年”の時を経てこの世界を“裁く者”でもある……」
「……聖女……裁く……?」
また大きなワードがぽろぽろ出てきてアレンの脳みそはすでにキャパオーバーしていた。反射的におうむ返しに聞いているだけだ。アリスもアレンの様子を見てそれを悟ったか、一度頷いて話を切り上げることにしたようだ。
「今日はここまで……全てを一度に知る必要はないわ……太陽が昇り、段々と光が辺りの景色をはっきりと照らし出し、陰影が濃くなり風景が明らかになるように……知識もその全貌を少しずつ露わにしてゆくもの」
アリスは、あまりの情報量に呆然と立ち尽くすアレンに改めて向き直り、歩み寄った。
「アレン、貴方にはわたしの側で、真実が明らかになってゆくそのさまを共に見届けて欲しい……」
「へ……?……え……?」
(それってどういう……いや、これってまさか、“逆求婚(プロポーズ)”……!?)
陽が傾き始めた森の中で、すでに頭から煙が出ているアレンにトドメが刺されたのだった……。
その真実、求婚(プロポーズ)?につき――……。