Girl Clockworks004
「おやおやまあまあ、アレンったら手が早いね!こーんな可愛い子ちゃんを早速連れて来ちまうなんてね」
「い、いや!違う!違うんだよ、母さん!!」
状況は違わないんだけども!!アリスを見たイザベラが驚いた顔をしたのも一瞬で、ニヤニヤしてこんなことを言うものだから、アレンは慌てて否定した。顔が熱い。しかし、イザベラも冗談だったのか、すぐにいつもの顔に戻った。
「なんてね。訳ありなんだろ?その娘も」
さすがアレンを拾ってくれた彼女である。話が早い。イザベラは二人に椅子をすすめて、自身も座った。温かい紅茶を淹れてくれる。アレンはカップから伝わるその温かさにホッとした。
「……そうなんだ……実は……」
アレンは息を一つついてから、森の中であったことを話していった。土魔法の練習をしていたら、謎の建物を見つけたこと。そしてそこに入り込むと、これまた謎の空間がひろがっていたこと。そして隣に座っている絶世の美少女、アリスがそこに横たわっていたこと。大まかにかいつまんで、分かりやすいように心がけて話した。アリスと地上に戻る時、どうしようかと迷っていたら、お姫様抱っこされて(正確には風魔法で浮かされていたのだけど)、そのまま天井を何か強力な攻撃魔法っぽいもので破壊して、地面からロケットのように飛び出してちびりそうになったことは言ってない。それに、アリスが某サイバーパンクアニメのメスでゴリラな少佐よろしく、光学迷彩かと思える隠蔽魔法を駆使して、村人に見つからないようここまで来たことも話してはいない。
(てか、お姫様抱っこて。風魔法あるやん。自分で最初から地上出れたやん)
淡々と表情変えずに術を行使するアリスに、唖然としてなされるがままお姫様抱っこされてしまったアレン。思わず白目で関西弁でツッコミたくもなるというものだ。
(それと、アレは本当に魔法なのか?アニメで見たあの光学迷彩そのものだった……いや、それよりも上の技術か……)
光学迷彩を現実で見たことはないのだけれど、アリスの使った術の雰囲気は、魔法というより、科学のそれだった。呪文などを使わず、右手中指の赤っぽい金色の指輪が光り輝いたかと思うと、電子の数字が周りに現れ、光の式を構築していく。まるで前世で扱ったプログラミングのコード式が舞っているみたいだった。
(……アリスって、ホント、何者なんだろう……)
アレンの隣で静かに、イザベラの淹れてくれた紅茶のティーカップに口を付けているアリスを、彼は横目で盗み見た……。白く細長い指でティーカップを持つ姿もとても優美だ。少し伏せられた睫毛が白磁の肌に影を作る。麗しい唇にカップが吸い寄せられる様は、アレンの瞳をも吸い寄せた。
(……本当に綺麗……って、ちゃうちゃう!)
ハッとなったアレンは、再び己に関西弁でツッコンどく。
「……なるほどねえ……」
イザベラの呟きで、一人ボケツッコミから帰って来る。イザベラはアレンの話を指を組んで聞いていたが、その手を解いて顎に手を当て、ふーむと、唸る。
「その娘を連れて来た経緯は分かったけれど、まだ肝心の部分が分からないままさね……」
「……だよなー……」
今一番知りたいこと。ここにいるアリスは何者なのか。アレンは自分も知りたいと思う。切実に。いよいよアリスに聞くのか、というタイミングで、イザベラは意外な提案をした。
「ま、本人に聞くのが一番だが、ちょいと女同士で話してみたいこともあるから、アレン、悪いけど少し席を外してくれるかい?」
「……二人で何話してるんだろー……」
あの後、戸惑いながらもアレンは頷いて自分の部屋に戻った。板を外して窓を開ける。空を見上げると、前世東京では見られなかった満天の星空。明かりがなくて、空気も綺麗とこんなにも違うのかと感嘆の声が零れた。簡素な造りのベッドに寝転んでぼんやりと思考を彷徨わせる。今日は色んな出来事があった。まずあの遺跡のこと。
「あれは本当に何だったんだろうな……」
不本意だが建物に入ってしまった時に起動した迎撃、認証システム。あれは科学技術で世界でもトップクラスを走っていた前世日本であっても、近未来を感じさせる遥かにオーバーなテクノロジー。正しくSF。
「……あの建物の感じからして、魔法か科学かは分かんないけど、高度に進んだ文明があったんだろう……」
そうだとしたら、一つ疑問が湧いてくる。
「でも、あれが遺跡だとして、じゃあ今のこの魔法がはびこっている世界は、その時代から後退してるってこと?」
疑問はそこだ。大体、魔法が発達している世界は、科学の分野は遅れているイメージがある。人々の生活水準とか衛生とかしかりだ。様々な技術が魔法に取って代わられてしまっているからだ。逆に言えば、魔法や魔術が前世の現代日本の科学を上回る技術があれば、遜色ない、否、その上をいく発展をしているのではないかと思う。
「アトランティスとかムー大陸みたいな超古代文明が栄えた時代があったとか……」
前世の知識を引っ張り出してみる。それにしたってなぜその文明が滅びたかは分からない。環境破壊による水位上昇によって水没したのか、はたまた空から隕石が降って来たのか、巨大な地震で大地が沈んだのか……。
「宇宙人の侵略か、謎のウイルスによる病気の可能性もあるな……」
前世の映画でよくある原因を述べてみるも、アレンは言っててそのいずれかでもないような気がしていた……。
「ここで寝っ転がって、自分一人で考えてたって分からないや。この村から出たこともないし」
そう言ってアレンは寝返りをうって思考を変えるように横を向いた。木でできた寝台が軋む。そう、アレンは転生して数ヶ月。この村からまだ出たことがない。アレンが知っているのは、ここがテラニウム王国という異世界転生でよくある設定の王さまと貴族たちが治める国だということと、近隣に幾つか宗教国家や軍事国家があるということ、そして魔法があるということだ。前の世界でも、日本は全体的に発展が進んでいて、各家庭に電気や水道があるのは当たり前だったけれど、アフリカとかアジアやアマゾンの僻地などでは、今でも川へ水を汲みに行ったり、火で灯りをとったり煮炊きをしたりと、ここと変わらない生活をしていることだろう。前世でも住んでいる所によって、これだけ発展に差があったのだから、今世でも国の辺境にある農村部と、王宮のある言わば都心部では、民の生活レベルにそれなりの差が出てもおかしくはない。つまり何が言いたいかというと、その全てを見たわけではないのだから、一概に発展しているしていないと言えない、ということなのだ。
「……この世界での生活に慣れてきたら、世界を見るために冒険してみてもいいよなあ……」
この世界にも、異世界転生チートなラノベでおなじみの、冒険者ギルドなるものがあるみたいだから、少し憧れはする。だがまあ、チートを持たない自分が冒険者なんて、うっかりあっさりお陀仏、なんてことになりそうだとアレンは思う。
「そんな遺跡にいた『アリス』か……」
自然と頭はそこにいたアリスのことへと移る。彼女は明らかに眠っていた。封印されていたか自主的にかは知らないが、そうせざるを得ない状況や理由があったのだろう。
「誰が、なぜ……何のために……?」
アレンの眉間が狭くなる。アリスが目覚める直前に聞こえた男性の声のようなものも気になる。『アリス』と、確かにあの時そう聞こえた。確実にその声で彼女は目覚めたのだ。アレンは彼女の姿を思い浮かべる。まだ会ってほんの少しの時間しか顔を見ることはなかったのに、瞳を閉じればはっきりと思い出せる。冬の夜空のような澄んだ黒色の髪、前世の童話の白雪姫のような肌、瑞々しい唇、そして鮮やかなグリーンアイーー……。
「見たことないくらい綺麗って、あるんだなー……」
ふっと笑ってアレンは呟いた。くさいセリフと言われようと、本当にそう感じたのだから仕方がない。アリスが何者であろうと、その容姿が完璧な造形の人形のように美しいことに違いはない。お決まりの異世界転生チートな主人公なら、これからアリスみたいな絶世の美少女と様々な物語が始まっていくんだろうけど、果たしてアレンは、いまいちピンとこなかった。もう一度寝返りをうってみる。窓から星空が切り取られて見えた。この世界の月なんだろうか、歪に歪んだ星が明るく輝いている。
「……『僕』は、何者なんだろうな……」
漠然とアレンが避けていた質問。この世界に来て数ヶ月、自分に問いかけることを無意識に、いや、意識して避けてきた問いだ。前世で読んだ異世界転生者のように、神さまにこの世界を救って!とか、勇者になって欲しいんだ!なんて言われたことはない。気づいたらここに来ていた。チートな力ももちろんない。死んだ時の記憶もあやふやだ。かろうじて、名前とか、社会人だったとか、どんな生活をしていたかは覚えているが、その他の記憶がなんだかおぼろげだ。そんなわけで、この世界で何をどうしたらいいのかさっぱり分からない。この世界での生きる目的というか、何を目標にして生きればいいのかが分からないのだ。絶賛人生という名の道の迷子中というわけだ。
「適当に楽しめばいいのかな……」
釈然としないが、今はとりあえずそうするしか他にない。イザベラには迷惑をかけるが、しばらくそうして一緒に過ごして、ゆくゆくはどこかに就職じゃないが、外に出て独り立ちできるようになりたいと思っている。
「はぁー……考えても仕方ない。答えが出ない。寝るか……」
考えてもどうしようもないことは考えない。これがアレンのモットーだ。思ったよりもーー色々あったせいもあってかーー疲れていたらしく、瞳を閉じたアレンは、すっと眠りに落ちるように誘われていった……。
その謎は、謎を呼ぶパターンにつきーー……。