Girl Clockworks003
次の日もアレンは森に魔法の練習をするために出かけた。彼女に拾われてから数ヶ月、午前中は畑を耕すのを手伝い、午後からは森の中で魔法の練習というのが日課になっていた。イザベラのほうはどんな仕事をしているのかと言うと、やはり畑仕事がメインで、家の裏にある大きくはないがよく手入れのされたそこの畑で野菜や薬草を育てている。ほぼ自給自足みたいだが、時々それを加工して売りに行ったり、村のほうにある食堂で人手が足りない時はお手伝いをしたりと、何でもこなすようだ。一応魔術も使えるみたいだが、それを使って仕事をしないのかと尋ねると、『面倒なことは嫌いでね』と肩をすくめて言っていた。良く言えばおおらか、な彼女らしい。
村から離れてしばらく歩くと、段々と緑が深まってゆく。そのうちに森の入り口に着いた。この辺りは魔獣と呼ばれる普通の動物とは違う凶悪な獣はほとんど出たことないとのことだが、野生の獣はもちろんいるし、当然確率ゼロではないので、充分に用心しておいたほうがいいのには違いない。
「気を引き締めて、と……」
アレンはイザベラからもらった“魔道具”と呼ばれるもの、指輪を確認してそっと撫でた。幾つか嵌めている指輪のうち、黒っぽい銀色の少し幅のあるそれはとてもシンプルなデザインで、薄らと菱形のような幾何学的模様が光の加減で見えるだけだ。この指輪は、魔法の発動をし易くしたり、術の効果を上げたり、自動で持ち主を防御する役割もあるらしい。更には、通話というか、念話機能も付いてるという、若干チート気味な指輪だ。試しに家の中と家の外にある畑でイザベラと話してみたのだが、きちんと声が聞こえた。何というか、頭の中に直接響くような感じが不思議だった。更に驚くべきことは、この指輪を作ったのがイザベラだと言うことだ。イザベラ自身、似たような指輪を左手の小指に着けていた。本人曰く、『大したものではない』のだそうだが、多分これは失くしたらヤバいやつだと思う。
「さて、行くか……」
その指輪が左手の中指にあることを確認したアレンは、表情を引き締めて真っ直ぐ森の中に入っていった……。
「……今日はどの辺りで練習するかなー……」
森の中に入ると当たり前だが周りは緑一色だ。まだ日差しがあるので、木々の葉っぱの間から零れる木漏れ日が、柔らかく辺りを包んで心地よい。この午後の穏やかな空気感が、アレンは前世の日本にいた時から好きだった。それでも森を奥深く進むにつれて段々と樹々が鬱蒼と茂り、入ってくる光も限られてくる。昼間でも薄暗く、何か出そうなイメージだ。どこか外界から遮断されたような独特の雰囲気がそこにはあった。
「この辺りにするか……」
迷子にならないように気をつけながら、前回よりは少し奥へとアレンは来ていた。
「毎回同じ所でするのもなー……木がかわいそうっていうか、何か良くない気がするんだよなー……」
アレンは自分の魔法で燃やしてしまったり、斬り刻んでグチャグチャにしてしまった木たちのことを思い浮かべていた。一応ヒールで治してはいるけれど、木の精霊とかいたら殺されそうだなー、と、背筋が少し寒くなる。怖気付きそうになる思考を、頭を振って振り払う。よし、と自分にかけ声をかけた。
「今日もここで練習させてもらいますよ、と……」
アレンはそこに精霊がいるかいないか分からないが、その辺りの樹々に向かってお辞儀をしておく。そして、よしっ!と、気分を切り替えて練習に集中し始めた。
「この前は火と水の魔法を練習したから……今日は“土”にしようか。それならあんまり傷まないだろう」
アレンは頭の中で魔法の種類を考えた。ちなみにこの魔法の呪文とか行使の仕方などもイザベラが教えてくれた。本当に何でも出来る。アレンは彼女がチートでTUEEE!!な転生者であってももう驚くまい、と思っていた。
「……よし……これにしよう!“グラウンドウォール”!!」
頭の中のイメージを魔力に通して、そして指輪をはめた左手から地面に伝わるように、手を伸ばす。魔力の流れがダイヤモンドダストのように、きらきらと光るのが見えた。
「よっしゃ!成功だ!!」
アレンの前には地面が大きく盛り上がって出来た、土の壁。手で触れてみると、思ったより硬い。
「これだと、“ストーンウォール”にも挑戦できそうだな……」
グラウンドウォールとは少し手順が違って複雑なストーンウォール。できた土の壁の出来に満足して、術をキャンセルし、新たな魔法を展開しようとしたアレンは、そのグラウンドウォールの後ろに気になるものを見つけた。
「……何だろう……?」
土がそそり立つ裏側に出来た穴。言うまでもなくグラウンドウォールに使われた土が掘れくれている訳だが、その穴の下に何かーーそう建造物の端くれのような物ーーを見つけた……。
「……何か埋まってる……?」
アレンはグラウンドウォールをそのままに、その白っぽい“コンクリートのような”何かに近づいて手で触ってみた。少し砂をどけたくらいでは何かは分からない。全体はもっと大きく深いのだろう。アレンは好奇心がうず、と疼くのを感じた。
「ちょっと掘ってみよう……」
今使えるのはグラウンドウォールだけ。というか土掘りにいい魔法なんてあるんだろうか。イザベラに聞いたら知ってそうだけども。
「“グラウンドウォール”!からの、“グラウンドウォール”!!またまた“グラウンドウォール”!!そして“グラウンドウォール”っ!!」
アレンはひたすらグラウンドウォールをかけ続けた。そうして段々と、土の山は大きくなり、穴も広がって、その様子を現し始める。
「……はぁ……っはあ……これでどうだ、“グラウンドウォール”……っ!!」
力を使い過ぎて疲れてくる。自然と上がる息を振り絞って、アレンは術を放った。彼の目の前には、白っぽくどこか無機質な、建物であろう物体の壁と、入り口のように四角に開いた口がぽっかりと現れていたーー……。
「……これは……遺跡、なのか……?」
アレンは息を整えながら、まだ大半は埋まっているだろう建物の一部に近づいて中を覗き込んだ。当然のこと、中は暗い。まだまだ奥があるのだろうが、到底見えない。四角い入り口はアレンが通れるくらいはある。
「これ、イザベラさんに相談したほうが良いよなあ……」
アレンは困ったように眉を寄せた。中は見てみたいが、何がいるか分からない。うっかり好奇心で入ってしまって、中は魔物の巣窟でした、なんて本当に笑えない。アレンにチートは無い。一人でゴブリンやらスライムやら竜やら悪魔やらを相手にして勝てる算段なんて無いのだ。
「それにダンジョンかもしれないし……」
言わずと知れた有名な冒険的アレ。時々中の魔物が溢れちゃって、街が危ない!!というアレだ。よくこのフロアにいないはずの魔物がなぜ!?とかになる。そして罠で飛んだ所にものすっごい強敵がいて、そこになぜかランクの低い冒険者が出会し、あっさり倒して皆がその実力を知り一転、持ち上げられるアレだ。これは商人の馬車の護衛に何人かの冒険者がついた時にもよく起こる。
要するにこの遺跡みたいな何かは、メチャクチャ怪しいということだ。
「というか、コレって……」
いやでもそんなわけないし、とアレンはウンウン唸っている。そう、アレンはこの建物に非常に既視感というか懐かしさを覚えていた。似ているのだ、雰囲気が“前世”の建物に。
(ああ、懐かしきコンクリートジャングル)
アレンは思わず瞳を閉じて思い出に浸る。目蓋の裏に蘇る、今は遠い故郷の記憶。日本という小さな国のさらに狭小な都市。しかしそこには人々が昼夜を問わずせかせかと忙しく働いている。そんな人々の街の空を切り取る四角い建物。ビル群に囲まれた前世の日本の首都東京ーー……。
(何ともないと思ってたけど、やっぱりちょっと寂しいな……)
じわりと記憶が溢れて、胸にグッとこみ上げてくるものがあった。鼻の奥が少し痛い。断片的なものだが、懐かしいふるさとの記憶の一部を思い出して、アレンははからずして感慨に耽るのであった。
「……それよりも今はこの遺跡だ……」
アレンは再び頭を振って感傷的な気持ちを振り払う。そして目の前の謎の建物に再度目を向けた。見れば見るほど不自然だ。アレンはこの世界に来てまだ間もないが、こんな建物はこちらでは見たことがない。自分たちの村は当然だし、王宮があったとしても、こんな建築物のようではないだろう。見たことないのではっきりは分からないのだが。
「この材質も何だろう……コンクリートみたいと思ったけど、金属かな?」
アレンはしゃがんで建物の角を撫でながら首を捻った。白っぽいそれは、はっきりとしない質感がある。総じてやはりよく分からない。
「う〜ん……やっぱりイザベラさんに一回相談してからにしよう……」
アレンは好奇心と恐怖心、冒険心と用心の狭間でしばらく揺れていたが、ここはひとまず置いておいて帰ることにした。やっぱり命は惜しい。そうして一旦、ここでの最善の結論を出すことにする。彼女ならきっとどうにかしてくれる。こんな自分のような身元も分からぬ、何の益にもならないような子どもを、無条件で温かい家に迎え入れてくれた慈悲深い人だから。それに彼女の持つチートな匂いが、アレンに『彼女に頼んでおけばきっと大丈夫』という、ある意味丸投げな思考を抱かせた。単純にアレンも能天気、良く言えばおおらかな人物だったのだ。
「とりあえず今日は帰るか……」
アレンがグラウンドウォールの山をそのままに、さて帰ろうかと立ち上がった時、ずるりと足を滑らせてしまった。
「……っ……ヤバ……!」
まずい!と思った時にはすでに遅く、四角く開いた口から下へと吸い込まれるように転げていった……。
「…………痛てて…………」
アレンが声を上げたのはどれくらい経ってからだったのだろうか。身体のあちこちを何かにぶつけたらしく、痛みに呻き声を上げながらアレンは立ち上がった。辺りを見回す。ここはあの建物の中のようだ。外で見たのと同じような白っぽい壁が広がっている。灯りがないのにある程度見えるのは壁が白くて反射しているからか。上を見上げると四角い穴が見える。そこから光が差し込んでいた。
「あそこから落ちてきたのか……」
穴は結構遠くに見える。下の床は硬い。よく骨折しなかったものだと驚く。
「……イザベラさんから貰った指輪のおかげかな」
アレンは自分の左手の指輪を見た。この指輪には防御の魔法もかかっていたはずだから、それが発動したのかもしれない。感謝しきりで頭が上がらない。それよりも。
「入らずに帰ろうと思ってたのに……」
うっかり足を滑らせて転げ落ちてしまったらしい。
(どうして、ここぞという時に僕はやらかしてしまうんだ!)
前世でも結構なやらかし記憶がある。納期間際の同僚のパソコンにコーヒーをこぼしたり、女性社員の髪に付いた塵を取ろうとしてつまずいて、押し倒してしまったり、上司が風に飛ばした重要な資料をキャッチしようとして、逆に上司の大事なヅラを飛ばしてしまったり……。
(……なんか僕、やらかしてしかいないんじゃないか……)
前世の自分に戦慄する。よくそれで世知辛い世の中を生きてこられたな、と称賛さえしたくなる。そんな自分のドジな過去にドキドキしつつ、今の状況を改めて整理する。辺りをよく見ると、無機質な壁が暗闇に呑まれて途中で途切れている。その先には何があるのか。
「……さすがにこの先には進みたくないな……かと言って戻れそうにはないし……」
アレンが不安そうに落ちてきた四角い穴を見上げた。そこで閃く。
「そうだ!この指輪でイザベラさんに念話で連絡を取れば……!」
名案だ!とアレンが早速行動に移そうとすると、唐突に聞き慣れない声が耳に響いた。
『ーー侵入者を発見しました、繰り返します、侵入者を発見しました。直ちに対象の脅威レベルのサーチを要請しますーー……』
「な、何だ!?」
途端に灯りがついて、辺りが地上よりも明るいんじゃないかと思うほどに明るくなる。暗闇に慣れつつあったアレンの目が眩しさを訴えた。SF映画などでよくあるこの警報音は、アレンの心を不安で満たし、パニックに陥らせるのには充分だった。心拍数は跳ね上がり、心臓が脈打つのが分かる。手足の先から全身まで、冷え切っていくのを感じる。それでも恐怖に支配されて動くことができない。何が来るのか。ただ怖い顔をして周りを睨むしか出来なかった。その間も警報は鳴り響いている。どこか機械的な声音の女性の声が警告音と共に聞こえてくる。それと共に魔法陣のような光の式が空中に浮かんで、アレンを取り囲んだ。アレンの身体が強張る。
『要請確認。侵入者のレベルサーチ開始……サーチ完了。対敵反応、レベル2。対象の脅威レベル更新。排除は必要ありません。引き続き監視の継続を求めます……』
『監視の継続要請、確認。実行します』という声を最後に、アレンの耳に鳴り響いていた、けたたましいアラーム音が静かになった。展開されていた魔法陣も消えて無くなっていた……。
「……大丈夫……なのか……?」
恐る恐る四方を見渡す。辺りはシン、と静まり返っていて、何かがやって来そうな気配はない。アレンはそっと、足を踏み出した。改めて周りをよく見る。
「……どこかの施設か、神殿みたいだな……」
何で出来ているか分からない白い壁、無機質なそれは何かの研究所のようにも見えた。だが、古代ギリシャの神殿の柱のような、彫刻がなされた柱廊は、ここが神聖な場所でもあることを指し示しているようにも思えた……。一歩、また一歩と、ゆっくりとアレンは歩を進めてゆく。最初のうちはゾンビパニックのように、何か得体の知れないモノがいきなり飛び出してくるんじゃないかと気を張っていたが、歩み進めるにつれて、段々とその心配も薄れていった。何せ生き物の気配らしいものが全くないのだ。それはそれで何だか不安なのだが、先ほど聞いた音声を信用するなら、すぐには排除されないということだろう。必要最低限の警戒心だけ残して、アレンは平常心を取り戻しつつあった。
「……それにしても……」
アレンは辺りの様子を窺いながら、さっきの機械のような音声と魔法陣のような電子の式に思いを巡らす。そうなのだ。アレは明らかに“電子的”な何かだった。この世界の科学というか、文明がどの程度まで発達しているかはまだよく知らない。アレンはこの村から出たことがないから、ひょっとしたら、街や国の中枢のほうではだいぶ発展しているのかもしれない。それでも、と思う。
「あんなシステム前世の日本でも無かったよな。それこそ魔法のような、でもSFの映画やアニメでよくあるようなイメージだった……やっぱりここが異世界だからかな……」
何でもアリなのかとアレンは思いつつ、足を進めてゆく。科学と魔法が同居する世界。うん、正しく“異世界”だ。
しばらく白い壁の柱廊の間を歩き続けていたアレンだが、また四角く切り取られた出入り口のようなものを発見する。
「……ここから別の部屋へ行けるみたいだ……」
彼は無意識に中指の指輪を手で握り締めながら、一歩をその入り口の向こうに向かって踏み出した……。
「ここ、は……」
少し階段を降りたその先には丸く切り取られた空間が広がっていた……。上を見るとアーチ状になっていて、天井も高く、床が下がっていることもあってか、広々とした印象を受ける。装飾の施された柱が何本か立っていた。そんな神聖な神殿跡のような部屋で、アレンの瞳を釘づけにしたものがあった……。
「……“人間(ヒト)”……?」
その白く清らかな空間の中央に、寝台のようなものがある。白い石で出来たみたいなそれの上に横たわっていたのは、人間のようだった。それはそれは世にも美しい少女だったのだーー……。
「……綺麗だ……」
思わずその言葉が口から零れる。ふらふらと無意識に、アレンはその少女へと吸い寄せられるようにして近づいていった。歳の頃はアレンより少し上くらいだろうか。近くでよく見ると更に美しさが目に飛び込んできた。纏う服は、肌触りの良さそうな長く白いドレスの上に、光沢のある複雑な黒色のドレスが重ねられている。そのシンプルだがとても良い品だろう衣服からのぞくのは、白い寝台と同化して見えるくらい白い肌。しかし滑らかなそれは存在感を失わない。同じく白い寝台を彩るように広がるのは、緩やかに流れる長く艶やかな黒髪。閉じられた瞳の色は見えないが、縁取る睫毛は長く影を作る。潔く通る鼻筋の下にある鼻は形良く、その下にある唇もふっくらと少女らしい瑞々しさを残しつつも、大人らしい品の良さも漂わせる。
一言で言うならとんでもなく美しい。いっそ作り物めいた美しささえ感じる少女に、ただただアレンは見惚れていたのであったーー……。
「……はぁ……どうしよう……」
しばらく彼女の美貌に魅了されていたアレンだが、小さく溜め息を零して、ぽつりと呟いた。目の前には神に造られた人形みたいな完璧な容姿の美少女。だが、どうしたらいいのだ。連れて帰るにしても、自分一人じゃ難しそうだし、起こしたほうがいいのかなとも思う。ここからの出口もまだ見つけていない。
(風魔法で浮かせれば……いや、背負っていけるかな……?)
アレンの知る物語のお姫さまと王子さまなら、王子さまのくちづけで、目を覚ますのだが。
(王子さまのキスか……っていやいやいや、何を考えてるんだ、僕は!)
少女の浮世離れした美しさに、アレンの思考があらぬ方向に向かおうとする。こんな非現実的な場所で、更に非日常的ものにさらされて、アレンの頭は現実逃避しているようであった。
(……冷静になれ……そもそもここは一体何なんだ。そして彼女はいったい“誰”なんだ……)
もう一度深呼吸して息を吐き出し、アレンは頭を冷やそうと努めた。そう、最初の問題がまだ全然解決していない。彼女が魔族であったり、果ては魔王でないとは言い切れない。目覚めた途端、こちらを攻撃してこない保証などないのだ。
(もしかしたら、“封印”されていたのかも……)
そうでなければ、なぜこんなふうに地下に眠っているというのだ。アレンはこの場所の特異性を思い出して、彼女から一歩距離を取った。辺りを見廻す。無機質に見える白い壁。装飾の施された立派な柱。意匠を凝らした天井や床のデザイン。
「どちらかと言えば、霊廟みたいだけどな……」
霊廟、つまりお墓。眼の前には美しいまま眠る少女。思い出したように胸元を見てみた。微かに上下している。なぜかは分からないが、ホッとする。しかし一向に謎は解けないままだ。このままでは埒があかない。アレンは最終兵器を使うことにした。
「……イザベラさんに連絡しよう……」
困った時のイザベラ頼みである。アレンは左手中指の指輪を右手で握り、意識をそこに集中して魔力を流し込むイメージをした。刹那、
『“アリス”』
静かな空間に突如男性的な機械音が響き渡った。突然のそれにアレンは思わずピタリと固まる。心臓が一瞬止まったかと思うほど。
(……っ……びっ、くりしたー!!)
何だ何だ、何なのだ?何が起こるのだ?とアレンが噴き出す冷や汗と恐怖に身を固くしているとーー……。
「……“誰”……?」
「……っ……!!」
横たわっていた美少女の瞳が、ぱちりと開いた――……。
(う……わ、キレイな緑色……エメラルドみたいだ)
鈴の音のような、高く可愛らしい中に凛とした響きを持つ声が、アレンの耳奥に響く。その声のしたほうを見ると、寝台から身体を起こした少女と目が合う。その瞳の色は鮮やかな緑碧色をしていた……。白い肌、黒い髪によく映える、透き通る緑の宝石のような少女の瞳に見つめられて、アレンは動けなくなってしまった。しばらく二人で見つめ合う。
「……貴方は……」
美少女が形の良い唇を開いて、何かを言いかけた。しかし、最後までその言葉は紡がれることはなく、途中で固まってしまった。そんな彼女にアレンは首を傾げつつ、動けないままでいた。だが、彼女の、アレンを見ているようで見ていない、アレンの向こうの誰かを見ているような、そんな視線にいたたまれなくなって、みじろぎした時、彼女は瞬きを一つして寝台に手をつき、そっと床に足を下ろした。ふわりと衣が舞う。身長は少し彼女のほうが高いだろうか。アレンをじっと見つめて言う。
「わたしの名前はアリス、『アリス・アストラル』。貴方の名前を教えて欲しい」
国を傾けそうなくらいの美少女にまっすぐに緑の瞳で見つめられて、アレンの心臓がまた速くなる。緊張で声が掠れているのを慌てて咳払いして治そうとする。
「……僕は『アレン』……ただのアレンだよ……」
アレンには前世の名前があるにはあるのだが、こちらでは何となく合わないというか、姓とか名とかの概念がよく分からなかったので、何となく思いついた名前を使っていた。それを名乗る。
アリスは『アレン……』と、口の中で彼の名前を確かめるように呟いた。そして彼の黒い瞳を見てはっきり言った。
「わたしを貴方の家に連れて行って」
「…………え…………?」
こうして数千年の時を経て、少年と少女は出会ったのであったーー……。
ボーイミーツ押しかけ美少女につきーー……。