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Girl Clockworks002


彼の名前は『アレン』。彼には前世の記憶とも呼べるものがあった。こう言うとちょっとアレな人と思われがちだが、彼は決して痛い人ではない。


(本当にこんなことってあるんだなー……)


森を抜け、小さな村の自分の家へ帰りながらアレンはいつものようにぼんやりと考える。


自分には“前世の記憶”があるーー。二千年代の日本という国で、普通にどこかの会社で働いていた。


(トラックにひかれた記憶はないけど、事故か病気で死んだんだろう……)


当時趣味で読んだことのある所謂、異世界転生モノのラノベやアニメ、漫画によくあるパターンだ、と目覚めた時は思った。神さまには出会わなかったけれど、気付いたら“ここ”に来ていた。死んだ時の記憶はない。あまりに悲惨すぎて神さまが消してくれたのかもしれない。日本での記憶は、もう何十年か働いていたと思うのだが、こちらではなぜか身体は十四、五歳の少年になっていた。


(幼く見られるけど、自分の感覚では十五歳くらいなんだよな……)


そんなとりとめのないことを考えながら歩いていると村に着いた。道行く人に挨拶しつつ我が家を目指す。アレンの家は村の端と中心の間くらいの場所にあった。木と土、石などで出来たこれまたよくある簡素な造りの家だ。それでもアレンはここを気に入っている。それにこの家はアレンだけのものではない。ここはーー……。


「ただいまー!」


「お、お帰り、アレン。もう魔法の練習は良いのかい?」


「うん、大丈夫!夕飯何か手伝おうか?」


「こっちももう出来上がるから大丈夫さね。そこで待っておいで」


「分かったー!今日は何かな〜……」


家に入ると、赤みがかった茶色の長い髪を持つ背の高い二、三十代くらいの女性が出迎えてくれる。瞳の色も同系色で、結構な美人だ。


彼女の名前はイザベラ。少し前にアレンを拾ってくれた人物である。アレンは先刻魔法の打ちっ放しをしていた森の中で、倒れていたらしい。服らしい服を纏っていなかったので、捨てられた子どものように見えたアレンを、イザベラは自分の家へと招き入れてくれた。家族として。彼女には夫も子どももいない。独りで暮らしていたのでちょうどいい、とアレンを養子にしてくれたのだ。


(……本当に良い人に拾われたよなー……)


木でできた食卓につきながらアレンは自分の幸運を噛みしめる。目覚めてここが“そんな場所”だと分かった時、正直途方に暮れた。


魔法が使える世界。ということは、それに伴って魔王だとか魔族だとか魔獣だとかがいる可能性があるわけだ。そして文化も言語も価値観も貨幣も宗教や法律も、そうした生きるために必要な制度すべても知らないわけである。


「ハッキリ言って、これ無理ゲー」


自分の置かれた状況が分かって思わず白目を剥いて呟いたものだ。加えて、自分に“チート”はない。先程のように、様々な属性の魔法を使えたり、適当な呪文で杖も無しでポンポン魔法を使えるのはある意味特殊で驚かれるが、極めて珍しいわけではない。それに何かすごい強力な魔術を使えたり、精霊が見えたり、竜を狩れるわけでもない。魔力と呼ばれるものが水晶の計測器が振り切れて壊れるほど多いわけでもない。訓練によっては将来有能な魔法使いになれるかもしれないが、まあそのくらいのレベル。そんなところだろうとアレン自身は思っている。


(彼女に出会わなかったら、野垂れ死にしてただろうなあ……絶対)


イザベラが食事を器に盛るのを眺めてそう思う。彼女は、そんな中途半端な魔法しか持たず、この世界の知識など全く知らないアレンを、自身の家に住まわせ、優しくこの世界の常識というものを教え込んでくれた。分からなかった言葉も、彼女の魔術と思われるもので通じるようになった。意思疎通が出来るって素晴らしい。感謝を込めて彼女を見ていると、食事を盛り付け終わったらしい、席につき、二人で温かい食事を頂く。


「さあ、食べようか。今日は南瓜の煮物と、豚肉とインゲン豆の炒めに、青菜のスープだよ。どんどんお食べ!」


「わーい!!いっただきまーす!!」


フォークを取り、皿に盛られた炒め物に手を伸ばす。一口食べれば、後はもう止まらなかった。


「うん、おいしい!ありがとう母さん!」


「そうだろう?腕によりをかけたからね。遠慮せずたんと食べるんだよ」


尊敬を込めて“母”と呼ぶその女性は、嬉しそうに頷いて自分も料理を取る手を進めた。


小さいながらも住みやすいきちんとした家。湯気の立ちのぼる、出来立ての素朴ながら文句無く美味い料理。身寄りのない自分を優しく見守り、温かな笑顔を向けてくれる存在。


(もしもチートがあるならば、彼女と出会ったことこそが、僕の“チート”なのかもしれないな……)


口の中に幸福の味をこれでもかと詰め込んでリスのように頬張りながら、アレンはお腹も心も満たされていくのを感じていた……。





その出会い、“チート”につきーー……。




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