Girl Clockworks001
「『 』、次に目覚めた時は、結婚しようね……」
無機質な寝台に横たわる彼がわたしの名を呼び、そう言う。その隣りの同じような寝台に横たわりつつ、わたしも言葉を発した。
「……目覚めることがあればの話ね……」
とうに廃れた習慣を語る彼に、思わず素っ気ない言葉が出る。それを聞いた彼の笑ったような気配を感じ取った。それがその世紀の最後の記憶だったーー……。
そして二人は眠る。歪んだ月が異常に大きく見える星空の下で、静かに時空を超える、瞳を閉じてーー……。
Girl Clockworks〜機械仕掛けの聖女様〜
ここはテラニウム王国。王族と貴族他官僚たちの治める比較的平和な国だ。周りには小さな国、大きな国、連合諸国に共和自治区など様々な形態のコミュニティがあるが、概ね上手くやっていると言えるだろう。他の国では小さな小競り合いなどもあるらしいが、それは今に始まったことでは無いのだから。
「……はあ……よし、集中して、と……」
辺りに人の気配の無い森の中、一人の少年が瞳を瞑って立っている。彼のいでたちは簡素な色と素材の上下の服に、同じような布か皮で出来たような質素な作りの靴。年の頃は十二、三か。幼く見えはするが、本当はもっと歳上かもしれない。髪の色は黒く、肌は焼けて少し小麦色だが、元々は割と白そうだ。瞳の色は閉じられて今は見えない。一言で表すなら至極平凡な容姿の少年がそこにはいた。
「よし……幾三!じゃなくて、いくぞ!ファイアボール!!」
彼は黒い瞳をカッと開くと、誰も聞いてないし誰も分からないだろうに、いつの時代かのギャグかなにかをかましてから定番の魔法の呪文を唱えた。左手を前に突き出して見えない力を操っているようである。よく見れば簡素な服にはしては両手に幾つもの指輪をしている。装飾品としては地味なものではあるが。
「よっし!ファイアボール成功だ!」
彼の目の前に現れた両手で抱えるくらいのファイアボールがゆらゆらと揺れている。それにしてもこんな森で火を出したらどうなるのか彼は分かっていないのだろうか?しかし、その疑問を吹き飛ばすほどの驚きの行動を少年は取る。
「じゃあこのまま!“ファイアストーム”!!」
あろうことか彼は火の球を大きくして投げつけるように森の木々に向かわせた。青々した木は火に包まれ、やがて派手な音を立てて燃え始める。だが少年は心得たように魔法の呪文を次々と口にした。
「次は“ウォーターボール”!からの“ウォーターフォール”!!」
彼の左手から水が生まれて燃えている木へと向かってゆく。勢いよく燃えていた木々たちは鎮火して、後には無残な焼け跡が残っていた。このままでは森林破壊だ。でもそこで終わる少年ではなかった。黒く燃え落ちて地面に黒い煤が残るほうに向き直って再び瞳を閉じる。そして短く一言唱えた。
「“ヒール”」
それだけで焼き焦げていた辺り一面が光に包まれ、みるみるうちに元の状態へと修復されていった。気持ち、焼ける前より生き生きしている気もする。もしも、正統な呪文や杖を使う魔法使いや魔術師たちが一連の彼の適当な魔法連発を見たならば、真っ青である。
「へへっ、やっぱ“異世界”ときたら魔法だよな」
まだ幼さの残る顔を綻ばせて、満足した様子で少年は森を後にした……。
その少年、異世界転生者につきーー……。