幽霊は本当か嘘か
「まったく、なんで自分まで行かないといけないの」
外は完全に暗くなり、学生は家に帰ってテレビを見ながらゴロゴロしている時間帯である。
「乗りかかった船だろう」
「佐藤さんがいてくれると心強いです」
「ほら、女の子に頼りにされているぞ」
店から出て向かった先は、久野の姉の元婚約者の家ということで。久野を先頭に、筑波に引っ張られる形で佐藤が歩き、その最終尾にお祓い屋の倉内が静かに後をついていく。
「あのおかしい男の家、かなりというか凄い高級な場所に住んでいるね。値段もビルの高さも高そうだ」
オートロック式で高層のマンションがずらっと並んでいる光景は圧倒される。
その圧倒される印象は、単に学生の安アパートに住んでいるために起きる生理的思考が来るものなのかもしれない。自身が場違いな道を歩いているように錯覚させられる。
「姉と同じ会社で働いている人なので、だいたいの給料はわかります。このような場所に住める給料ではないのですけど、何かこっそり裏家業でもしているかと」
「株かなぁ。だったら、俺に教えてほしいなぁ株のコツ」
久野の話を聞いて、筑波はにやりっと口元をゆがめる。
「こら、話が違う方向にいかない」
脱線する筑波を佐藤は叱る。
「あの、何かわかりますか?」
久野の問いに、倉内が静かに首を横に振る。
「直接家の中か本人を見ないとわかりませんわ」
「会わないといけないのですね」
久野は憂鬱そうな表情でマンションの1つを見る。
「みなさん、こちらのマンションです」
「まさか、最上階? これって最上階はけっこうな値段じゃ」
「筑波は詳しいな」
筑波は自慢気な表情を浮かべてた。
「この間女医集団と合コンしたときにさ、こんなようなマンションに住んでいる女性に話を聞いたんだ」
「もういい、お前は黙れ。このふしだら男」
「やだぁ、合コン嫌いだからってそう怒らなくてっぐあ」
筑波の台詞は途切れ、変な声が出た。
「どけっ、邪魔だ」
なぜならば、筑波をはねのけマンションに入ろうとした男が現れたからだ。
「ちょっ、筑波さん大丈夫ですかっ! ちょっとそこの貴方謝りなさいよ」
いきなり筑波をはねのけマンションに入ろうとした男を注意した久野が固まった。
その男は――
「あれ、昼間の」
昼間の騒動男、久野の姉の元婚約者である男が予想にもしないタイミングで現れたことに、佐藤は驚いた。
「久野 ゆずる? なぜお前がいる」
「なぜでもどうしてでもありゃしませんよ。アンタが姉の幽霊見えるとか言うから本当かどうか調べに来たのではありませか。じゃなきゃ、アンタとは裁判所で再会していることでしょうに」
久野は嫌そうに眉をゆがめた。
「この幽霊がニセもんだというのか」
「自分はストレスで精神的に疲労からくる幻覚だと思っているのですがね」
久野と男の間に佐藤は割り込む。
「こんな場所で立ち話をしても周囲の迷惑だと思いますから、部屋に入らせていただけませんか?部屋に入ったら霊媒師さんを連れてきてますから、見ていただきますよ。そしたら、納得できるじゃないですか」
場を落ち着かせる役は本来はしたくなかったが、久野と男の押し問答でこの場が騒がしくなって警察を呼ばれても嫌だ。
「霊媒師?」
男は怪訝そうな顔をする。
幽霊が見えると騒いでおきながら、霊媒師はうさんくさいと言うのだろうか?
男が何かを言いかけたとき、倉内が男の前へ進んで美しい姿勢の一礼をした。そして、名刺を差し出して自己挨拶をする。
「お初にお目にかかります。ワタクシお祓い屋の倉内マリアと申します。この度は、そちらのお嬢様のご依頼で参上いたしました。ここでは、他のマンションの住人にご迷惑をかけます故、お宅へ上がらせていただいてもよろしいでしょうか?」
丁寧な言葉だが、いささか事務的な響きがする。
「え、あぁ誰? お、お祓い? この外人さんが?」
男が思い描いていた霊媒師と違ったらしく、目を見開いて受け取った名刺と倉内を交互に見比べている。
「だから、さっさと部屋に行って幽霊とやらを解決しましょう」
久野の強い口調がする。
「わかった」
男はついてこいという風に手で合図し、マンションの玄関へと進んでいく。
ホテルかと思わされるエレベーターに全員で乗り、5階へと目指す。
このマンションは15階建てであるので5階という高さはそれほどのランクでもない、でもそれなりの値段はする。筑波が佐藤に小声で教えてくれた。
エレベーターが5階に停止し、男、佐藤、筑波、倉内そして久野の順に下りて案内された部屋は、505号室角部屋だった。