怪談つむぎ師
「仕事は終わったのかい? 怪談つむぎ師」
川上は飲み物を作り出す。
相手の好みを知っているのか、注文を聞くまでもなく抹茶リキュールとミルクを混ぜ合わせた。
「あの依頼は仕事ではありません。ふたを開けると、怪奇現象でもなんでもなく単に人為的現象でした」
ため息まじりで答えた女性が佐藤の左隣に座ってきた。
改めて女性を観察しようと目線を動かした瞬間、佐藤は息をのんだ。
「あなた達の依頼が正真正銘の怪談であることを願います」
薄暗い店内でも輝いて見えるようなプラチナブランドの髪。瞳はモリオンのようだ。ハーフタレントの数倍も日本人と外人のいいとこ取りが目立ち美しい。着物を身に着け髪をシニヨンでアップしても、なぜか違和感が感じられない。
「彼女はここの払い屋よ」
作り終わった飲み物をカウンターに置き、川上は女を紹介する。
「正確には払い屋ではありません」
女は佐藤ら3人に体を向け、たたすまいを直すと一礼する。
「わたくしは怪談つむぎ師をしてます倉内 マリアと申します。 一般的にいうと払い屋というカテゴリーに属するみたいですが、詳細に説明するのであれば、間違いですわ。払うのではなく封印をするのですから、封じ屋になります」
「怪談つむぎ師。詳細に説明をしたって、この子たちには理解できないわよ。あなたが払い屋と封じ屋のカテゴライズ分けをしたくても、うちはオカルト知識が詳しくない人も理解もできないお客も受け入れているんだから、ここの所属の能力者はわかりやすく全て払い屋で通すって契約したでしょう」
倉内がバックから名刺入れを取り出す。
「しかし、わたくしのスタイルは払い屋ではなくあきらかに封印屋の方。払い屋よりも解決方法は時間がかかりますし、時にはえげつないこともいたしますので、トラブルを避けるためにも説明を。はい、これはわたくしの名刺です」
真っ白い模様のない名刺だった。
シンプルだ。
そこに〝怪談つむぎ師 倉内 マリア”という文字と電話番号が書かれている。
「えっと、倉内さんが私の依頼を引き受けてくださるのですか?」
久野が不安気に聞く。
「あぁ、そうだわ。ここのシステムまだ説明してなかったわよね」
川上が思いだし、両手の手のひらを合わせる。
「ここのシステムはね、アタシが依頼の内容を聞いてそれに見合った払い屋を呼ぶのよ。この店に所属している払い屋は数名いるけれど、依頼費はみんな統一しているから安心してね。何かあったら、アタシに言って頂戴」
と説明され、川上はウィンクした。
どうやら、ウィンクは決めポーズのようであるみたいだ。
「川上マスター。わたくしが依頼を受け持ちます。理由は2つ。1つは、他のメンバーが空いていません。
もう1つは、わたくしの興味です」
「怪談つむぎ師あんたしかいないのかい」
川上は困ったというように、右手を頬にあてて首を傾げた。
「そりゃ、アンタだと時間はかかるねぇ」
「あの、お時間は取らせません」
久野が割り込んだ。
「本当に幽霊かどうか見てもらいたいのです」
川上は倉内に目配せする。
倉内は頷いて、久野に詳しい依頼内容を言うように無言で促した。
「私の姉は現在行方不明です。その件は警察に任せております。行方不明の原因は、姉の元婚約者とのいざこざだと思っています。しかし、ここは重要ではないので説明をはぶかせていただきます。数週間前からその元婚約者が現れて、姉は死んだ幽霊になって出てきて大迷惑なんだ! と苦情をずっと言われて困ってます。その幽霊がウソか本当かを判断をお願いしたいのです」
抹茶ミルクカクテルを飲みながら依頼内容を聞いていた倉内は、首を傾げて久野に聞く。
「それは、覚悟がおありでしょうか?」
「覚悟とは?」
カタッとグラスをカウンターに置く音が響く。
「本当に幽霊だとしましたら、貴方のお姉様は亡くなっていることになるのですよ。その元婚約者の方がうるさいから、1度だけその手のプロに見せよう。そしたら、落ち着くだろう。どうせ、その元婚約者の方が精神を病んで幻覚が見えるようになったのだ。と初めから決めつけないことです」
「お前が本物とは限らない」
両手をカウンターに叩きつけ、勢いよく椅子から立ちあがる。
両手をカウンターに叩きつけたため、グラスのコップたちがビクッと動く。
佐藤に無表情の顔を向け、倉内は言った。
「貴方は依頼者ではありません。決めるのはそちらのお嬢さんです」
佐藤が何か言おうとしたとき、久野のしっかりとした声が割って入る。
「あのあの。私は覚悟してます! 姉が行方不明になってしばらくたったときも、周囲から覚悟した方がいいって言われてました。現実を知ったら、確かに同様するかもしれません。ですが、まずは馬鹿元婚約者を黙らせるのが先ですから」
久野が頭を下げた。
「姉の行方の手かがりになればよいと思ってます。お願いします」
「わかりました。その依頼引き受けましょう」
「オッケー。はい、この契約書にサインしてちょーだい」
川上に出された契約書に久野がサインし終えると、さっそく事件解決のために動き出そうと筑波が言いだす。
最後まで立ち会う気がなかった佐藤は、筑波と久野に引っ張られる形で事件現場に行く羽目になる。引っ張られながら今日を厄日を改めて認定したのだった。