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事件の無い平穏な日常を

 佐藤 乱歩は不思議が大嫌いだ。

 彼の名前を知っただけで、人々は彼のことをミステリー好き・不思議好きと勝手に想像する。

 問題が起こると、彼に問題解決を頼む。

 それはまだいい。挙句の果ては、通報をしなければならない事件に、連絡先は警察ではなく、彼に通報してくる輩が出てくる始末だった。

 名前だけで多くの人々は、彼を大小問わずに事件を解決してくれる頭脳を持っていると決めつけにかかるのだ。

 だが、彼は人々の期待には応えない。

 事件を解決できる頭脳は、持ち合わせている。自他共に認めるクラスで頭の良い子であったし、読書家でもあったので幅広い知識を持っていた。

 さらに、両親の強制的な推理英才教育のおかげだ。推理アニメのキャラや有名な推理小説の登場人物ほどではないが、探偵並みの推理力を身につけられた。

 名前と両親の過剰なまでの推理狂い、周囲の決めつけ。それらが、彼がミステリー・不思議嫌いにさせ、中学校受験合格を機会に家を出る選択をした。

 ミステリー・不思議を卒業し、月日は流れて佐藤乱歩は大学法学部1年生になる。

 寮生活から一人暮らしになり、大学生活と共に慣れない生活が3か月過ぎた。少し慣れてきたかなぁと思ったら、今度は夏の暑さに慣れずに日々を過ごす。

 暑いのが不思議の次に嫌いな彼は、100円ショップの扇子片手に大学周辺を歩いていた。すると、女の子の悲鳴が聞こえてきた。

 普段なら悲鳴=事件と結びつけて警戒したが、この日に限っては暑さのせいで脳みそが働いていなかったのか、駆けつけてしまった。

 駆けつけた後、後悔遅し。

 女子大生が会社員風情の男性に手首を掴まれているところを目撃してしまう。

 どうしようか。

 二人は佐藤の存在に気付いていない。それなら、逃げるべきであろう。トラブルに巻き込まれるのはごめんだ。

 確か法律では、事件や行為に対してみて見ぬふりをして立ち去ったからといって問題にはならないはずだ。法律上の責任はないのだ。

 回れ右して、平穏の日常に戻ればいい。

 同じ大学生のよしみ、女が可愛い、かわいそう等々の感情はない。

 名前のせいで、とっくの昔に平穏の日常と引き換えに捨てた。

「姉さんが行方をくらましたからといって、自殺して幽霊になって出たって。あなた、頭おかしいんじゃないの?」

 女子大生の話の内容に、佐藤は動いた。

「おい、何やっている」

 二人に声をかけると、男は慌てて逃げ去っていく。

「あ、逃げ足の早い奴。せっかく、自分の弁を披露そようと思ったのに」

 女子大生は佐藤の出現に驚き、口をあんぐりさせている。

「被害届は出した方がいいよ。知り合いみたいだったし、たぶんストーカー行為で事件処理は進むと思うけど」

 佐藤に声をかけられ、女子大生は我に振り返って慌てだす。

「え、えぇ~と。め、めがね~」

「めがね? って、頭の上にある物?」

「あ、あった」

お決まりな行動を観察しながら、これはやっかいなことに巻き込まれると予感がした。

「助けていただき、ありがとうございました」

「さっきの人知り合い?」

「はい」

「警察に行った方がいいよ? あれじゃ暴行レベルだし、知り合いでも限度があるからね」

 客観的に見て、男が強引だった。

「君も言ってたよね? 姉が行方不明だからって幽霊になったとか。頭おかしいとか」

「そうなんですよ!」

 急に口調が強まり、佐藤は仰け反った。

「あの人、姉の元彼氏なんですけど。理由もわからず急に姉のことをふったと思ったら、姉をストーカー呼ばわりしたんですよ! そのせいで姉は行方不明になっちゃうし、その後に私のところに来て死んだんだろうとか言うし。だから、俺のところに幽霊になって出てきたんだろうと言うし。こっちは、姉の行き先を探しながら、パワハラで訴える準備をしていたのに。何が何でも姉が悪いというのが信条であっちは返すつもりなんです。でも、行方不明だからって死んだは失礼すぎるわ」

 佐藤は数歩下がって逃げる準備をした。

「仲の良い妹を脅して事なきを得ようなんて」

「今日の事も踏まえて、弁護士に相談しなよ」

「そのつもりで、iPhoneの録音機能で全部の会話録音してあるの」

「周囲周到だ。じゃ、自分はこの辺で」

「あ、待ってください」

「何か?」

「証人が必要かもしれないので、あなたの電話番号を」

「教えない!」

 避けんで、全力で走る。

 巻き込まれるのだけはごめんだ。





 授業はたいくつな哲学であったため、佐藤は隣の友人筑波と筆談していた。

 売店で売っているザラザラした質感の安いメモ紙に、先ほど遭遇した出来事を書く。

 品のよさそうなスーツに身を包んだ白髪の教授は、カントについて一生懸命語っている。カントの生涯を簡潔に要点だけを一生懸命語っている内容をバック音楽にして、先ほどの出来事をこちらも簡潔に要点だけをメモ帳に一生懸命書く。

 そして、筑波に渡す。

 隣の筑波はニヤニヤしながら、ダークブラウン色の少し長い髪をはねのけながら読む。

 読み終えたら、何やら書いてよこす。

“へぇ~、電話番号くらい交換すればよかったじゃん”

“嫌だ。事件に巻き込まれたくない。しかも、他人の家庭事情の深い深い問題だ。薄っぺらい事件でもめんどくさいのに、どろどろぐじゃぐじゃの予感が臭う”

“女の子にもっと良いところを見せて、いい仲を作るキッカケなのに。事件に巻き込まれたくない考えが強すぎて、機会を失うとは”

“お前が良いところを見せれば? 譲る”

“事件嫌いは相変わらずだな”

“当たり前だ”

 筑波 陽智。

 佐藤の小学生からの友人。佐藤の性格や事件嫌い、名前の由来で大変な目に会っている等々、佐藤の全てを知る唯一の人間だ。

 中学校を別々に進んだ二人だったが、疎遠になるなんてなかった。メールや手紙をお互いに送り、その中でも親交を深める。二人とも筆まめで、変に気が合う性質だったのだからだろう。

 たまたま同じ大学になり、学部は違うが共通科目が一緒だった。だから、一緒に授業を受けようかと申し合わせをし、退屈な授業はこうやって筆談をしあっている。

“事件に巻き込まれやすいのは、名前じゃなくて体質なんじゃない?”

“やめろ。まるで、某有名探偵漫画の主人公が歩くたびに殺人事件に出会うような感じじゃないか”

“将来、推理作家にネタを売る日が来るかも”

“絶対に売らない”

“自分で書く?”

“書かない”

“もったいない。ところで、幽霊がどうのって揉めてたんだろう?”

筑波が興味を持ったところが非現実的な部分だったので、ふざけてるのかとも思った。だが、顔を見るとまじめな表情だ。

“何?”

“お前は信じないかもしれないけど、幽霊がらみの事件って意外とあるよ”

“まだ、幽霊は怖いのか?”

 筑波の嫌いなものベスト1がお化けだったのを思い出した。小学生の頃、キャンプの肝試しは半泣きで参加していたし、修学旅行定番の怖い話は耳をふさいですぐに寝ていたことを思い出した。

“男女の仲ならなおさら。ストーカーとか怖い”

“ストーカーと幽霊ごっじゃにするなよ”

“この間テレビ番組で、ストーカーが死んで幽霊になってつきまとう話が怖くて”

“夜トイレに行けなくなった?”

“違う! んなわけあるか! ただ、似ているなって”

“それなら、お祓いに行けよって話になるだろう。その前に、精神病院におすすめするけどな。ストレスが最高潮になって幻覚が見えるらしいよ”

“病院よりもお祓いをオススメするけどね。俺さ、お祓い関係で面白い話を知っているんだ”

“筑波はオカルトマニアだっけ? 小学生の頃はそういう話は泣きながら拒否していたよな”

“苦手な物に対抗するため、あらゆる知識を取り入れただけさ”

 このメモを渡されたと同時に授業の終了チャイムが鳴る。

「筑波。知識を信じるのは科学的根拠があるときだけにしなよ。将来変な宗教に洗脳されるよ。某お笑い芸人や有名バンドマンみたいに」

「大丈夫。そんなのにひっかからないための対処法も勉強中」

「将来何目指すんだよ」

 筑波の話にあきれつつ、教科書とプリントを鞄にしまって背伸びをする。

「今日の講義も全部終わったし、これから夕食食べに行く?」

「オッケー」

 筑波も急いで教科書を鞄にしまう。

 二人は出入り口で我先にと出ていく学生の群れを見送って、ゆっくりと講習室から出ることにした。

 やっと出たところで、女の叫び声がした。

「見つけました!」

 二人に向かって、女性が指を立ててこちらを睨み付けている。

「佐藤の知り合いか?」

「うっ」

 昼間の女子大生であった。





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