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双子王と死の国  作者: 蒼銃
9/18

ヘル・ヴァリー~後編

●1

 八日目。

 来た時と同じ、巨大な門が突如現れた。

 鍵を取り出したサキが先頭に立ち鍵穴に挿す。

「山道を完全に封鎖しているのか」

 マハが呟くと、鍵を開けたサキが頷く。ハンディーサが間に入って扉を開けた。

「王家の道と言われてる。私も来る時に初めて聞いた」

「国交を封鎖してるとはいえ、これでは密輸も簡単にはできないな」

「……」

 サキが考えるように黙る。何かを察したマハが閃いた顔をした。

「いるんだな、国外のものを持つ一定の人々が」

 一瞬口を噤んで、サキは頷いた。

「一番、国交を絶っているところに近い人が」

 ニヤリ、とマハは何故か楽しそうに笑う。

「ふむ。とすれば、ヘル・ヴァリーから一番近い火の国に、相手がいるわけか」

「お喋りはそこまでですぜ、水の王」

 扉を開けて待っていたハンディーサが促す。サキとマハの2人は扉をくぐった。

 扉の先は平坦な道だった。

「ここからヘル・ヴァリー」

 サキが呟く。三人とも身を固くした。ユージンは相変わらずわからない。

「突っ切ると言っても、どれくらい歩けばいいんだ?」

「一日か、二日。来た時は一日で扉に着いたと思う」

「急ぐか」

 マハが誰にともなく問いかける。背筋を伸ばしたロウが、うっし! と声をあげた。

「最後の力を振り絞るか」

「残しといてくださいよ、火の王」

 冗談をいう元気がいるなら大丈夫、とマハは思い切りロウとハンディーサを皮肉る。

 しかし全体に疲れがでてきた。特に行きですでに疲労しているサキと、旅慣れしてない体力の低いマハとユージンの疲労は濃かった。

 体力だけはあるロウと、鍛え方が違うハンディーサはまだ余裕がある。

「今襲われたらやばいな」

「わしと火の王、二人でなんとかなればよいですが」

 この日は午後まで休みなしで歩いた。遅れがでている魔法使い二人とサキの歩幅に合わせてだが、少しでも進めばいいという二人の判断だ。

 午後一で休憩を取っているメンバーに水を配り、ロウ自身も水を補給している。

 ──と。

「グルルル」

 全員に緊張が走る。モンスターだ。

 進行方向、坂の上から、イノシシ型のモンスターが二体、ゆっくりとこちらに向かって進んでくる。

 後方で休んでいたサキが座っていた岩から飛び出しかけて、ロウに手で止められる。動くなという意味だ。

 ロウも、ハンディーサも、武器の柄に手をかけている。

 ロウは右に、ハンディーサは左に動く。

 その間も唸りながらイノシシ型のモンスターは近づいてきた。

 近づいてきてわかる、その体の大きさ。サキの小さな体をゆうに越える大きさだった。

 モンスターの一体が一直線に突進してくる!

 相手はロウ。ロウは素早く突進を避ける。間一髪だ。

 時間差でもう一匹! ハンディーサに向かって牙を向け突進する!

 ハンディーサも避ける。こちらは危なげなく。

「ロウ!」

 マハが声を上げる。避けたロウはうずくまり、脇腹を抑えていた。明らかに血が垂れていた。

「意識をモンスターから離すでない!!!!」

 ハンディーサの鋭い声に、マハはローブの服の中に手を入れて宝石のついた短杖を出す。

「詠唱を始める」

 ロウは脇腹を抑えて立ち上がり、短刀を振りかざす。なんとか突進を避けてモンスターの体に短刀を突き刺す。

 しかしそれだけは勢いは衰えない。

「っくそ」

「詠唱が終わるまで耐えるのだ!!」

「──おう!」

 一匹は完全にハンディーサが引きつけていた。

 問題はもう一匹。ロウの血に興奮して手がつけられなくなっている。

 その間もマハは詠唱は止めない。

 ロウは牙を短刀でいなし、左へ右へと弾く。しかしモンスターの力は強く徐々にロウは力を奪われて、後方にじりじり下がる。

 魔法の詠唱は時間がかかる。いや、この相手は時間をかけねばならない相手だ。

「お待たせしました」

 今まで黙っていたユージンが声を張り上げる。

 ユージンが持っていた短杖から黒い脈動が生まれる。

 闇魔法。ユージンの足元からうごめく闇が、長い手のような帯となって、ロウに襲いかかっていた一匹を飲み込む。

「ビギイイィ」

 断末魔を残して、ユージンの足元に吸い込まれたモンスターは跡形もなく消え去った。

 一度うずくまったロウは、しかしすぐに立ち上がるとハンディーサが相手にしているモンスターに走っていく。

「水の精霊ウンディーネよ、水の水面から生じた荒波に呼ばれ、竜を呼び起せ」

「待ってました!」

「行くぞ!」

 ロウが叫ぶ。マハの詠唱の完了の合図。モンスターを抑えていた二人は、マハの合図に横に飛び去った。

 モンスターの足元から生じた波に飲み込まれ、ダメージを受ける。まだ倒れない。しかし確実にダメージは入っていた。あと少しだ。

 マハの魔法は威力が低く、ユージンには程遠い。

「早く消えろこの!!!」

 ロウが短刀を振り上げ、切りつける。ふらりとモンスターがよろめく。まだ。

ハンディーサは両手に斧を持ち、構えた。

「退けい!!!!」

 ハンディーサの大きな振りかぶりに動けないほど、モンスターは弱りきっていた。ロウはよろけながら横に退く。

 大斧の無慈悲な一撃が、モンスターの胴を断つ。

 魔力の残滓を残し、モンスターは二体とも消えた。


 一同、疲労感に包まれた。

 ユージンが座り込んでいるロウに近づき、治癒魔法の準備をしている。

 サキは、サキは全く動けなかった。

 来た時もそうだった。一人怯えて恐怖に固まり、眺めていることしかできなかった。

 自分も力があるというのに。戦う力が。

 何かできることはないかと、ユージンの元に走る。

「お手伝いできることは」

 ユージンは首を横に振るだけだった。

 マハがサキの肩を叩く。

「ロウの手当てを終えたらすぐに出立することになる。準備を」

「は、はい」

 ハンディーサがロウの流した血に土を被している。それを眺めていたサキに説明するためにマハが近づいて来た。

「新たなモンスターが誘われないように。鼻がいいものもいるだろうから」

「……私、動けなかった」

「戦闘は初めてではないんだろう?」

 頷く。

 来る時、何度も戦闘を経験した。護衛役の望みで魔法を使用したこともある。

 でも違った。

 サキの護衛役は怪我を一度もしなかった。どんなモンスターがきても必ず無傷で勝利した。危なげさえなかった。

 けど、ロウは怪我を負った。血を流した。

「人が死ぬかもしれないのがこんなに怖いなんて」

 自分では人柱として常に命の危険を晒してるというのに。

「これからもこういうことは続く。……覚悟しておいたほうがいい」

「、はい」

 しばらくしてロウの手当てが終わると、一行は素早くその場を後にした。


 最後尾を歩くロウに、サキは歩幅を合わせた。ロウは顔をしかめて、明らかに体調が悪そうだ。

「大丈夫?」

「平気……って言いたいけど、あんまり」

 無理して笑うロウの額には汗が玉のように出ていた。それを見て思わず視線を外すサキ。

「あー鍛錬のときも骨折したりしてこういうことあったから、平気じゃないけど大丈夫」

 それに、とロウはくしゃっと笑った。

「サキがそんな顔する必要少しもないからな。旅は道連れっていうだろ」

 ロウはいつかハンディーサが言ったようなことを言って笑う。

「私、次からは戦う」

 強い意志を持って言う。ロウに言っても仕方ないし、サキがこれからも役に立つ保証はない。

「いいんだよ。戦える奴が守るのは当たり前。戦う術を持たないやつが戦場に立つのは話が違うからな」

 あまり困らせるのも悪いと思いサキはそれ以上言わなかった。

 でも守らなければならないという強い想いだけが、サキの心を揺り動かしていた。


●2

 それから一行はモンスターの襲撃に何度かあった。

 ヘル・ヴァリーを越える間の一日の間に、二回襲撃を受けた。

 一回目はイノシシ型のモンスター一体。勝手と動きがわかる相手に、難なく倒した。

 次は鳥型のモンスターだった。空を飛ぶモンスターに苦戦したものの、数が多くなくこちらも苦労なく倒せた。

 その頃にはロウの傷も治癒魔法を重ねだいぶ良くなっていた。

 サキは、ここに来て見慣れたものがあるのに気づく。歩いていた道を駆け、地平線の向こうを指差した。

「みて」

 先頭を歩いていたロウがすぐ隣にきた。

「お! マハ、来てみろよ!」

 ロウは嬉しそうにマハを手招きした。首を傾げたマハがロウの横に立つと、目を開く。

 建物が見える。まだ遠いが、それでも確かに人家らしき影があった。

「もう少しか」

 嘆息してマハも笑みを浮かべる。一行の中で一番、常に硬い顔をしていたのはマハだ。そのマハに笑顔が浮かんだことに、サキも嬉しくて笑う。

「あれは多分、都から少し離れた酪農家の集落よ。あそこまで行けば、首都までは半日でつく」

「宿はありますかな?」

 ハンディーサがそばに来てサキに問いかける。サキは首を傾げる。

「やど?それはなんですか?」

「旅人が金銭を払って家主の家に泊まるところだ」

 マハが説明するが、サキは首を傾げたまま。

「旅人がこないから、わからない」

「むう」

 宿屋がないらしいことを知ると、ハンディーサが唸る。よく見てみれば、ハンディーサの剃髪だった頭には少ないが髪の毛が生えてきていた。

「そろそろ剃りたいですな」

「旅は我慢だぜ、ハン」

「これは一本取られましたなぁ」

 髪の毛の生えた坊主頭を撫でながら笑うハンディーサ。

 旅の終わりに先が見えた一行は、疲れを知らずその日は日が落ちるまで歩いた。


 十二日目。

 朝食を終え、支度をしている一行に珍しくユージンが語りかけた。

「マナが非常に濃くなっています」

「それが?」

 ロウが聞き返せばマハは服の袖を引っ張ってロウを諌める。顔をしかめたロウに、さらにマハは首を振った。

 ユージンは淡々と続ける。

「これだけ魔力が溢れていれば、どこにいつモンスターが現れてもおかしくありません。しかもとても強力なものが」

 ユージンが何を言いたいのか悟ったロウは口をつぐむ。

「これまで以上に警戒を。もしもの時は、逃走も考えていただきたい。私とハンディーサ殿を置いて逃げることを頭に置いてほしいのです」

 ”サキを連れて逃げろ“。暗にそう言われた双子王は、一瞬だけ視線を交わす。

 次の瞬間、ロウがきっぱりと言い放つ。

「断る」

「火の王」

「お前たちは臣下の前に、火の国の国民である。王が先手をうって逃げるなど言語道断だ」

 ハンディーサは困ったように頭に手をやる。ユージンの様子はわからない。

「二度と自らの命を投げ出すようなことを言うのは許さん」

「……シュタイド王も、同じ意志でしょうか?」

 ユージンが珍しく問いかける。マハは頷いた。

「本来ならば、背を向けて逃げる必要もあるだろう。しかし、二人は火の国にとって無くてはならない人材。その二人を失うような策を取ることは私にはできない」

 二人とも王の口調であった。

「堅いことは言いっこなし。一緒に火の国に帰ろうぜ」

 砕けた口調に戻ったロウの言いたいことはシンプルでわかりやすく。マハはより王に近い言いようだった。

 ハンディーサとユージンが一瞬だけ顔を見合わせたように、サキには見えた。見間違いだったかもしれないが。

「仰せの通りに、双子王よ」

「敵いませんなぁ」

「弟分の言うことは断れねぇだろ、ハン?」

「聞き分けのない王ですまないな」

 三人が笑い合う。ユージンの顔はわからないが。サキはそこに積み重ねられた信頼関係を感じた。

「さて、行くか!」

 と、ロウがサキを見る。視線が合えばニッと歯を見せて笑ってくる。

(ああ……)

 ロウはそのまま、先頭を進む。それに続きながら、思わずにいられない。

(これが、時間を重ねた信頼)

 時が短いサキにも確かに感じられた。初めての感覚だった。胸が暖かくなる、不思議で素敵な感覚。

 死の国は、もう地平の先に見えていた。

 旅の終わりもあと少し。

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