ヘル・ヴァリー~中編
●1
四日目。
相変わらず悪路であることを除き、旅は平穏だった。いや少し急いでいたことも合わせておこう。
来た時ほどではないが、ロウたち一行も足を早めていた。
急ぐ理由もわかっていたし、サキも急ぎたかった。疲れはあったが、急く心が体を突き動かした。
今日はハンディーサが先頭を歩いていた。ロウは最後尾。サキは少し遅れてロウの先を歩いていた。疲れもあったが、男たちの足には歩幅が敵わない。
「サキ」
後ろのロウから呼びかけられる。ふり向こうとしたら、
「そのままでいいよ。そのまま聞いてくれ」
そう言われたら従うしかない。頷いたサキを見届けてロウが喋る。
「人が柱になるのって、どういう条件なんだ?」
「魔力が高い者、死の属性であること」
「身分関係なく?」
「ええ、私はそう聞いた」
サキは語る。
サキの家は城下にある農家。サキはそこの一家の末娘だった。その時の名前もあったが、名乗ることを許されていない。
確か見出されたのは八歳の頃だったように記憶している。何をどう調べたのか、ある日突然、あばら家に官吏と護衛役たちが来た。
人柱として見出されて、すぐに家を出て、身分の高い官吏の養女とされた。
サキの国では、苗字は特別な意味を持ち、身分が低いものは苗字自体存在しないと言う。
人柱にもある程度の身分が必要だったのだ。
サキ・イオリとなったサキは、人柱として身体中に古代タージルト語の印を刻まれ、人柱となった。
「私の他にも二人、人柱がいる。その年の降霊式のときに一番魔力が高まっている者が儀式を務める」
「……親御さんはサキのこと覚えてないのか?」
急に声を落としたロウに驚いて、サキは思わず振り向いた。
困ったような顔をしたロウと視線が合う。
「サキは淡々と喋ってたけど、サキを生んで育ててくれてた親御さんたちは、反対しなかったのか?」
「……」
サキは言葉に詰まった。考えたこともなかったからだ。生みの親がどう考え、今どうしているのか。
「人柱に選ばれたら、国からお金がもらえる。それであの人たちは生きやすくなる」
それだけしか言えなかった。
満足に育たない作物を市場に持って行っても売れやしない。土地を買うにも金がない。豊富な土地は金持ちが持っていく。
結果、不出来な作物しか残らない。そんな悪循環を、サキの家はずっと続けていた。
きょうだいたちは幼い頃から働き始め、勉強すらできない。サキもそうだった。
「私は、人柱になって恵まれてる。辛いこともあったし、元の家に帰りたいこともあったけど」
勉強も教えてもらったし、礼儀作法も叩き込まれた。立派な名前と苗字ももらった。
「私の親は、死の国そのもの」
心からの笑顔を作り、ロウを振り返った。
「ロウたちにも出会えた。こんなこと、農家の娘のままじゃ、体験できない」
だから後悔していないし、人柱でよかったと思う。心から。
ロウは立ち止まり、顔を背けた。沈んだ顔をしている。しばらく無言の間。先を歩いていた三人も足を止めて待っている。
「そっか」
ぱっと表情を明るくさせて、ロウは笑う。その笑顔は、たった数日の付き合いのサキにも無理しているのがわかった。
(嘘が下手なひと)
「サキがそう思ってるなら、いいか」
ロウは明るく裏表がなく、常に光を浴びて生きるひと。サキが生きて来た闇の道とは逆の生き方をしてきたのだろう。そんな人をサキ側に引きずり込んではいけない。
「ごめんな、変なこと言って」
サキは首を横に振る。
人柱のことに触れられたからには、いずれサキの生誕にも触れなければならない。恐らく、残りの二人の人柱にも。
元の人生に戻るのならば尚更だ。
サキはこの、歪んだ体制をどうにかして欲しくて遣いに立候補したのだ。
推進派の国造りを手伝って欲しくて、怖くてたまらなかった外の世界に飛び出した。
歩き出した二人を見て、他の三人も歩き出す。サキの胸には一筋の水滴が落ちた。それは波になり、荒波になり、そしていずれは─。
予感はあった。
●2
六日目。
ひたすら南東に向けた道は、突然ひらけた。
先頭を歩いていたロウがあまりにも突然のことに言葉を失う。
「ヘル・ヴァリーの中継点」
サキが言葉少なく、ロウを通り過ぎてから振り返る。
「死の国まであと半分」
一言ずつ説明しているのだとマハはいち早く気づき、次の言葉を待った。
「死の落とし穴」
待ち望んでいた、この場所を示す言葉。
サキはまっすぐ指差す。その先に全長30mほどの広さの大きな穴があった。黒く深く、底が見えない。奈落の穴。
側までいって覗き込むのは憚られた。怖いが、落ちたらそこまでだ。それだけは避けたかった。
「ひぇ~こりゃモンスターがいなくてよかった。こんなところで戦うなんて神経がりがり減るぞ」
「む、そのようなことで減らす神経、まだまだ鍛え甲斐がありそうですな」
「やめろよハン! こんなときに」
「ははは!」
和やかに冗談を交わし合うロウとハンディーサを横目に、マハとユージンはギリギリのところまで行き奈落を覗き見た。
これは魔法の類の奈落だ。物理では死なず、精神的にじわりじわりと蝕まれ殺される。そんな穴だ。
二人とももちろんそれがわり、お互い頷きあう。笑い合う二人には黙っておこう。
サキだけは離れたところで四人の様子を見守っていた。
「サキ?」
マハが声をかける。珍しくサキは怖がっているようだった。
「早く先に進もう。ここは、怖い」
「そうだな、居ても仕方がない。先に行こう、ロウ」
「あいよ」
素早く佇まいをただしたロウは、穴から少し離れた進路をとった。
その後をサキ、マハ、ユージン、ハンディーサが続く。
確認するようにロウが別れた道を指差した。
「ここから北東だよな?」
「ええ、平坦になったらヘル・ヴァリーの中だと思ってくれていい」
サキが頷く。みんなそれぞれ、ヘル・ヴァリーという未知数の土地に気を引き締めた。
「ロウ」
小走りにロウに追いついたサキが声をかける。それに気づき足を緩めたロウに、サキが続けた。
「ここからはモンスターがでると思う。気をつけて」
「お、いよいよか。了解。ハンディーサ!」
「聞いておりましたぞ」
「マハとユージンも準備しといてくれ」
頷く二人。まだ何か言いたげにサキはロウから離れない。しばらく待つ。
「それからあの、私も少し魔法が使える。けど、危険なものだから、私が魔法を使うときは離れてほしい」
「……戦力には使えるけど、物理的に離れる?」
「ええ」
「よくわからんけどわかった。三人もよろしくなー」
二人からそれぞれ了解の声が聞こえ、ユージンは頷くだけだった。
サキの言葉がどれほど重要なのか、三人はこのときあまり理解していなかった。
爆発や人を巻き込む類の魔法はいくらでもある。それだと思っていたからだ。
それから半日ほど歩いた。
死の落とし穴はすでに見えなくなり、見える景色は今まで通りの小高い山と灰ような荒地。
この先にある死の国がどんなところか想像がつかないが、少なくとも緑豊かな土地ではないだろう。
三人とも同じ感想を抱いた。
「死の国は国だけで自給自足をしているのか?」
マハが隣を歩いていたサキに問いかける。
「ええ、そのはず。私が知らないところで密輸をしてるかもしれないけど」
「国交は断絶してるはずでは?」
「保守派の中では狡いひともいる。保守派って言っておきながら、他国と密に国交するひともいるって……受け売りだけど」
サキが言う保守派は、国が滅ぶのは身から出た鯖。受け入れるしかないという自殺のような派閥だ。
「なるほど。確かにありそうな話だ。サキは国のことには関わってないんだな」
「ええ、そう、柱は基本的には国政には関わらない。王様じゃないから」
「おーまえらさー」
サキとマハの間に、ロウがおぶさってきた。
サキとマハの肩が触れ、更にロウと顔が近い。
「もっと頭の柔らかい話をしようぜー。頭が固くて肩が凝るわ」
「気になっていたことを聞いただけだ。重いから離れろ」
「……」
サキは二人の吐息が近いのに息を詰めた。ずっと死んでいた乙女心がときめいている。ラトからもらったペンダントを服の上から握りしめた。
「へいへい。もっと華のある話をしてくれよ」
パンパンと二人の肩を叩いてロウは離れた。後ろの護衛に戻ったようだ。
マハと近づいていたサキはさりげなく離れた。胸のドキドキが治まってきた。
「ロウは国のことに興味がないんだ」
ふうと大きなため息をついて、マハは首を振った。
「マハは色恋沙汰に興味ないんです~」
後ろからロウの大きな声が聞こえた。
瞬間、マハが横目でニヤリと笑みを送ってくる。
「ロウは片思いに気づかない」
小さな声で、サキはなんとなくわかった。そして、ロウに片思いしてる相手が誰なのかも。マハに微笑み返して、歩きに集中することにした。
穏やかな旅は、少しずつ終わりの足音を告げた。




