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双子王と死の国  作者: 蒼銃
7/18

いざヘル・ヴァリーへ

●1

 ヘル・ヴァリーに向かって歩く一行。

 先頭はロウ、最後尾にハンディーサが続く。

 ローブの二人は歩きにくくないんだろうか、と思うサキだが、どうやらそうでもないらしく普通に歩いている。

 平坦な道。馬車道を外れたほうに進むとヘル・ヴァリーはある。

「サキ、聞いておきたいことがある」

 マハが歩調をサキに合わせて問いかけてきた。

「死の国に到着した後、誰とどう連絡を取ればいい? 国の采配を握る中心人物と話をつけたい」

「城下に詰める兵士に推進派がいる。連絡はその人から、城の官吏へ繋がるはず。私を逃す手筈を整えてくれたひと」

「……なるほど、ありがとう。とりあえず死の国に着いたら、推進派との接触は君に任せる」

「はい」

 じわじわと先頭を歩いていたロウが歩幅を遅らせて、一行に追いついてきた。

 両腕を頭に回し組んでいる。

「なあ」

 首だけ振り返ってロウは続ける。

「サキって年いくつ?」

「……16です」

「ラトと同い年か。そんな変わんないんだな。俺ら18。サキ・イオリって変わった名前だな。死の国の奴らはそういう響きなのか?」

 ロウが問いかける。サキはちょっと考えてから、持っていた杖の先っちょで地面に字を書く。

 止まる一行。気にせず書き続けるサキ。

『咲希・伊織』

「私の名前、こう書くの」

「なんか」

 ロウがうずくまってまじまじと字を見る。マハもしゃがんだ。

「これは──」

「「古代タージルト語」」

 似ていた。それもかなり。サキは今気づいたという様子で、腕をめくってあらわにする。

 細部は違うが、かなり似ていた。

「死の国の言葉。今私たちが喋ってるのは」

「アーカーシャ語、だろ。成り立ちは知ってるけど、うーんこれは」

「要研究だな」

 ロウとマハが二人だけにわかる、うんうん頷き合いを見ていると何だかおかしくなってサキは一人苦笑した。

 サキの書いた文字を消し、再び歩き出す一行。ロウはまだ先頭に行っていなかった。

 いい加減、マハの視線が痛くなる頃だ。

「柱やってない時は普段なにしてんの?」

「えっと、読書したり、散歩したり……?」

「へー本好きなのか。本はさすがに鎖国されてないだろ。どんな本読むんだ?」

「え、えっと、本は昔に伝えられたものがあるけど、禁書指定されていて、普通は読めないの」

「徹底してんなぁ」

「ロウ」

 さすがに見かねたマハが声をかける。質問の意図がわからない。

「なにを話したいんだ、お前は」

 ロウは悪びれもせず、口笛をひゅうと吹いた。

「だって国だなんだって話しばかりで、サキのこと全然知らねぇんだから仕方ないだろ」

「個人情報だ」

「サキは答えてくれたぜ?」

 なっ! と歯をみせて笑いながら振り返った、ロウは後ろ歩きをする。器用なものだ。

 その気安さに、サキも思わず破顔する。ロウとマハ、二人はちょうどいい関係なのだと思う。

「で、さっきの続き。普通はどんな本を読んでるんだ」

「……え、絵本を」

「ほう」

 恥ずかしそうに俯いたサキは、それが本当に恥じているよう。

 笑われる、とサキは身を硬くした。

「どれがお気に入り?」

 しかし、ロウは気にした様子もなく会話を続ける。

 出会って本の話をしたほとんどの者に笑われてきたサキは、少しだけ嬉しくなった。顔を上げると笑みを浮かべたロウと向き合う。

「母親が月に行ってしまって、それを追う女の子の話。色んな不思議な生き物に助けられて、最後女の子は母親と再会する」

「不思議な生き物って例えば?」

「ユニコーンとか、ドラゴンとか、不死鳥とか……」

「どれも実在してるぞ」

「え!?」

「それ書いた奴、もしかして禁書破りしようとしてたかもな」

 冗談混じりな笑うロウに、サキは曖昧な笑顔を返した。

 昔から読み親しんできた絵本の登場人物が実在すると聞いて、サキは気が気でない。会えるだろうか、国が開かれたら。

「無駄話はそこまでた」

 マハが突然声を上げる。

 平坦だった道の先、マハの指差す先に、黒い雲が山々にのしかかる、ヘル・ヴァリーが現れた。

「いつ見ても落ち込む見た目してるよなぁ」

「お前のその感性がよくわからない」

「十八年も一緒にいるのに?」

「まだ、十八年だ」

「ここからは私が案内する」

 ロウに並んで、サキは先頭を歩き出す。ここから南下すれば、王族のみが使用できる山道がある。

 一時間ほど歩いた一行はその入り口をすぐに見つけられた。

 わかりやすく、頑丈で厳重な両開きの扉が佇んでいた。門は上にも高さがあり、鍵なしで通り抜けることは難しそうだ。

「なーんで巡回で見つけられねーかな」

「恐れながら……」

 小さい声が後方から聞こえた。ともすれば聞き逃してしまいそうな小さい声だった。

 ロウはきょろきょろとし、マハが視線で指し示す方を見る。ユージンが佇んでいた。闇のような御仁だ、ロウはそう思った。

「おそらく、人柱と呼ばれる者が傍にいるからでしょう。古代タージルト語で刻まれたそれは、特有の魔力残滓を生みます」

 ぼそぼそとぎりぎり聞き取れるか、という語り口でユージンは続ける。

「その扉には魔力が張られています。おそらくは保護魔法の類かと。それにより普段、人柱がいない間は見えないようになっています。そして、人柱が一緒にいることで一時的ですが、共にいる我々、魔法使い以外にも見えるようになっています」

「それ」

 なぜかロウは明らかに気分を害した様子だった。どこにそんな箇所があっただろうとサキは心の中で首を傾げる。

「サキのことを人柱というのを今後禁じる。サキは人だ。柱ではない」

「大変失礼いたしました。以後気をつけます」

「了解」

 急に王の顔になったロウに戸惑うサキに、ロウはにかっと笑いかけた。

 サキにとっては人柱という言葉は当たり前に使ってきたため、どこが失礼なのかわからない。

 戸惑いを残しながらサキはポケットから紐がついた鍵を取り出し、鍵穴に差し込む、

 最後尾にいたハンディーサが寄ってきて、重そうな門を軽々と開いた。

「ありがとう」

「旅の道連れはお互い様ですぞ」

 先に入ろうとしたサキを止めて、ロウが門の中に入る。しばらくして安全を確認したロウが手招きした。

 サキとマハ、ユージン、そして最後にハンディーサ。扉を閉めてから、内側から鍵を閉める。

「めんどくさいな。鍵を開けとくってのはだめなのか?」

「一応、王族のみが通れる道だから。今は緊急時だから許可してもらっているだけで」

「めんどくさいなぁ。魔法がかかってるなら必要ないんじゃないか?」

 まだいうロウの脇を肘で小突くマハ。

 ユージンへ問いかけたらしいロウは返答を待つ。しばらくしてユージンの細い声が頼りなく響いた。

「保護魔法と施錠魔法は違います。施錠魔法は非常に高度で難解、かけるのに時間もかかります。逆に保護魔法は施錠魔法に比べると簡単で時間もかかりません」

 フードの下から唇が覗く。そういえばサキはまだユージンの瞳を見たことがなかった。

「つまり?」

「施錠魔法をかけるくらいなら、金属の鍵を使った方が安全で簡易でしょう」

「魔法は万能じゃない、か」

 ロウは諦めたように頭をかく。

 山道は緩やかな上り坂だった。しばらく歩くと天に近くなる。ロウは駆け出して上からヘル・ヴァリーを見下ろす。下は濃い霧に覆われていて見えなかったが、時々巨大な蠢くものが見え隠れする。

 巨大モンスターだ。

 あんなものと対敵したらどうなるか。ロウはぶるりと震える。

「すげーな」

「あそこに蠢いている全てが死の国の大精霊からあぶれた残滓」

 サキは自分たちの責任だと下唇を噛んだ。

「全てってわけじゃないだろ」

「モンスターが集まる場所は、マナが濃い、溜まりやすいという習性がある。他国からのマナも含まれているだろう」

 マハも庇うように云う。

 誰ともなく歩き出す。今度は緩やかな下り坂だ。が、悪路は変わらず、注意が必要だった。

「適当なところで野宿の準備がいるな」

 その日は太陽が海に隠れる前に野宿の準備を始めた。

 食事当番はロウだった。サキの知る王族がそのような雑務をすることはなかったので、意外だった。

 顔にでていたらしく、ロウが笑っていう。

「食えねーもんは出さないから安心してくれ」

 返答は思っていたこととは別のことだったが、サキはとりあえず何がでてきてもいいように、腹をくくることにした。

 食事は、ほぐした干し肉と木の実を和えたもの。味付けはロウが持っていた密封瓶から液体がかけられる。

 配られた木の器を鼻のそばへ、匂いを嗅いでみる。酸いネギのような匂いがする。

(腐ってる?)

「隠し味」

 にっと笑ったロウは中身は秘密なと、聞いてもいないのにいってくる。サキの心配は、これが食べられるかどうかだ。

 マハとハンディーサはさっさとフォークをつけていた。ユージンでさえ食べ始めている。

 サキも、3人の口に食べ物が入るまで凝視してしまった。

 やがて何事もなく食べ進める3人。マハがサキの様子に気づいて苦笑した。

 慌ててサキは干し肉にフォークを突き立てる。一口。

「……!」

 よく咀嚼して飲み込む。同じく食べ始めていたロウが、期待を込めたキラキラした顔で覗き込んできた。

「どう?」

「おいしい」

「だろ!」

 にっかりと笑顔。

 干し肉の噛み応えがなくなったわけでも、臭さがなくなったわけでもなかった。

 酸い味と、ネギの香ばしい味が臭みを消し、さらに木の実のサクサク感が合わさり、干し肉と木の実の和え物はとても美味しいものと化していた。

「ロウが振りかけた液体にヒントがあるのね」

「そう、だから隠し味。ちなみに液体じゃなくてドレッシングな」

「どれっしんぐ?」

「風の国の名産品でさ、かけるとあら不思議サラダの味も変わるんだ」

「ロウが発明したのじゃないのね」

 ぐ、とロウは半目になった。口を尖がせらせて機嫌悪そうになる。

「まあ、そうだな」

「ははは、一本取られましたな火の王」

 ハンディーサが大きく笑う。マハも笑いをこらえていた。

「あーーもう、いいだろ。さっさと食って寝ようぜ!」

「都合が悪くなるとすぐそれだ」

「うっさい!」

「でも美味しかった。来るときはほとんど干し肉だったから、とても嬉しい。ありがとう、ロウ」

 サキが笑って礼を言うと、ロウは気を良くしたのか笑顔で頷いた。

 こうして旅の1日目は終わる。

 夜はハンディーサとロウが交代で寝ずの番をする。明日はマハとユージンが寝ずの番をするという。

 サキは自分もやると言ったのだが、

「サキはだめ」

「君はすでに来た道でやっている。途中でバテられても困るから、行く道は僕たちに任せてほしい」

 とロウには素気無く、マハに丁寧に断られた。言われてみれば、サキはすでに火の国への道すがら護衛と2人で寝ずの番を8日間続けた。

 正直、ヘトヘトだったので助かった。

「……ありがとう」

 だからこれ以上、余計なことを言わないように万感を込めて一言。

 ロウからは笑顔が、マハからも返礼が返ってきた。

 夜は何事もなく更けた。

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