死の国へ向かうは
●1
宰相室の真ん中に置いてある広いテーブルに、一枚の大きな地図が広げられた。
アーカーシャ大陸全土が描かれた地図だ。海の端まで、山の頂まで細かく計測されたそれは、全国共通だ。
集まった、ロウ、マハ、グィンド、ラト、そしてサキ。
グィンドは一同を見回してから、大陸の南を指した。
「ここが火の国です」
南東に流れるように指が動く。
「ここがヘル・ヴァリーの入り口です」
そこから先の地図は描かれていない。黒く闇のような靄が描かれている。
「ここから先の地図はありません」
じっと地図に目を落とすサキ。彼女が言うには、その先にあるという国から来たのだ。
「直接書いても構いませんか?」
サキの突然の申し出に、グィンドは驚くことなく頷く。奥の書斎テーブルから羽ペンとインク壺を手に戻ってくる。
グィンドから羽ペンを受け取り、インク壺に先を浸した。
カリカリとペン先が紙を削る音だけが響く。
サキの描いたヘル・ヴァリーの靄の先は大きな渓谷だった。全容を見たのは、火の国では四人が初めてかもしれない。
渓谷の南側、海にヘル・ヴァリーに沿うように山道がある。かなり長い。
ヘル・ヴァリーを越えた先に、ひらけた場所がある。森も川もない。荒野だ。
一通り書き終ったと見えるサキはペンを置いた。
「説明します」
一呼吸おいて、地図に指を置いた。
「この山道が王家だけが使える山道、私が通ってきた道です。そこからヘル・ヴァリーを沿うようにひたすら南東へ。一度ひらけた場所に出ます。【死の落とし穴】と呼ばれる場所です。そこにでたら今度は北東へ。ヘル・ヴァリーと交わる場所があり、とても危険です。ヘル・ヴァリーを抜けたらあとは遠くに見える建物を目指して北東に向かいます。死の国の首都に到着するはずです」
グィンドが質問する。
「死の国からここへ、日数はどれほどかかりますか?」
「およそ二週間。今回は強行軍だったので、八日ほどで来ました」
「死の落とし穴とは?」
サキは山道の途中にある大きな穴を指差した。
「ひらけたところに、巨大な縦に空洞がある場所です。落下すれば最後、助かりません」
「ヘル・ヴァリーと交わる場所、ということは、渓谷を越えるのですか?」
グィンドがヘル・ヴァリーと山道が交わる場所を指差した。地図的には渓谷を貫く形になっている。
「いいえ。交わる場所は平坦になっているので、十分徒歩で行けます。ただ、モンスターが徘徊している数が多いので、急いで渡る必要があると思います」
そこで一旦、グィンドは問いかけるのをやめて、地図を見ながら黙った。
「全体的に見てモンスターと遭遇する確率はどれくらいでしたか?」
サキはその問いかけにはすぐには答えなかった。考えている様子だ。
「…………わかりません。運、としか。ただ火の国側の山道にモンスターは全くいませんでした」
「死の国側は多いのですね?」
サキは頷く。どれほどモンスターが現れたかわからないが、長旅だけの疲弊ではなかっただろう。
「護衛役の方に国に帰ってもらったのも、それが原因です。これなら火の国内は安全だと思った私の落ち度です」
「町の中にも時々でるものね。モンスターって穴があったらどこにでもでるって感じ」
ラトが言う。それを補足するようにマハが口を開いた。
「モンスターとは、マナの残滓から生まれるものだ。マナが存在する場所ならどこにもで現れる」
「へぇー初耳」
「魔法を修めるか、王族に関わらなければ知らないで済むものだからな」
首を傾げ、知らなかったなぁと言うラトに、マハは柔らかく笑う。保護者が成長をみて喜んでいるようだ。
魔法と言えば、とグィンドがサキに再び問いかける。
「不躾ですみませんが、古代タージルト語の印を体につけているそうですね。見せていただけますか?」
「? はい」
グィンドはそこでマハと目配せをする。音もなくサキに近寄るマハ。
腕をめくるサキ。手首までびっしりと印字された様はやはり異様だった。
「失礼」
マハが一声かけ、サキの腕をとる。
腕を持っていない方の手には、手の平大の水晶が握られていた。
魔法道具だ。魔法を使用するには、マナと使用者を繋ぐ触媒となる魔法道具が必要となる。マハの手に握られているのは、ごく一般的な魔法使いが使用するものだった。
マハの手が印に触れると、水晶が淡く光を放つ。
その場にいたロウとラト、そしてサキは驚いて声もない。
しばらくして淡い光はすぅっと消えた。水晶はマハが初めて取り出した時と同じ無色透明に戻った。
「あの、これは」
「間違いなく魔法痕だ」
「そのようですね」
戸惑うサキの手を離し水晶もローブの懐へと仕舞ったマハは一歩下がる。
「騙すような真似をしてすまない。その印が、本当に魔法痕かどうかを確かめたかった」
「マハ!」
まだ信じてなかったのか! とロウには珍しく、マハに噛み付く。
ラトは慌ててサキとマハの間に入り、サキを遠くへ離した。
「落ち着いてください。私からお頼みしたことです」
「……」
息を吸って自らを落ち着けるロウの姿に、グィンドは言い募る。
「国を動かすには、それだけ証拠が多いほうがいい。サキさんからの死の国の場所の提供、それに儀式に際しての魔法痕の真偽。あとは死の国の場所が本当であれば、官吏たちを黙らせることができるでしょう。ただ問題は」
「死の国からの正式な救援要請」
「マハ様の言うものがなければ動きようがありません」
落ち着いたロウは、納得いかない表情ながらも力強く頷いた。
「俺が死の国へ出向こう」
「!?」
「そんな!」
驚かないのはマハだけだった。
一同を見回してロウは言う。
「言っておくが俺は冷静だし正気だ。王が出向く危険性は十分承知してる。でも二分された国内をまとめ上げる説得力を持つのは、王族しかいないと思うんだ。それにサキを助ける時に誓ったんだ。必ず助けるし、全力で助けるって」
「……」
「い、いけません。王自らが出向くなんて、死の国はいま危険すぎます」
サキが一番狼狽えていた。その様子に、大丈夫と力強く語りかけるロウ。
「俺こう見えて結構強いんだぜ」
マハもローブを翻して、ロウのそばに立った。
「王自らも、双子王となれば相手は断りにくくなろう」
「! それはいけません、マハ様」
グィンドが黙っていなかった。
冷静であるはずのマハも悪乗りを初めてしまった、グィンドにはそう見えた。
「……!?」
「片王ならまだしも、双子王は国の存亡に関わります。あなたに何かあれば、水の国に示しがつきません」
「僕に何かあれば、大精霊がすぐに次の柱を指し示す。大丈夫、僕も魔法には多少の覚えがある。それに、まさか双子王だけでは行かせないだろう?」
「それは、そうですが……」
黙ったグィンドに、パチンと指を鳴らすロウ。
双子王の命令に逆らえるものは、いない。
「決まりだな!」
「というわけだ、サキ。僕たちと一緒に死の国へ向かってもらう」
「は、はい、でも、よろしいのですか?」
ロウとマハは顔を見合わせる。
「「男に二言はない」」
ラトだけ置いてけぼりでぶすっつらをしている。
両腕を組んで、機嫌悪そうに三人を見ていた。
「いいなぁ。あたしも死の国に行きたかった」
「あのなぁ、観光じゃないんだぜ」
「わかってるけど! もう! 乙女心がわからないんだから!」
「???」
娘の様子にやれやれと頭を抱える父親グィンド。
意味がわからず首をかしげるロウ。マハはわかっているが知らんぷり。いつもの風景だった。
サキは、サキだけは不安な表情を隠しきれずにいた。
●2
翌日、旅支度を終えた一行は王城の門に集合していた。
火の国の朝は日照がないぶんひんやりとしている。
見送りに、グィンドだけでなく、将軍サーラもいた。
そしてもう1人。サキには見慣れぬ旅支度をした男とローブ姿の性別不明の者が待っていた。
そこへ遅れて、ロウとマハが到着する。
二人とも昨日とは打って変わり、旅支度だった。
「兄王のリクエストの者を用意したよ。……全く、危険な場所だっていうのにうちのエースを容赦なく持っていくんだからねぇ」
「悪い。けど、ハンじゃなきゃうまく連携できないと思ってな」
ロウが悪びれもせずいう。全く、と将軍は重ねて呆れたように呟いた。
それでも心底そう見えないのは、気安い相手だからか。
「魔法師からもマハ様ご要望の者を」
「感謝する」
サキが二人に戸惑っていると、ロウが剃髪の男を指し示した。
「こいつらはサーラ将軍の直属の配下だ。ハンディーサ・シュトラ」
ハンディーサと呼ばれた男は、サキが見上げるほどの体躯だ。日に焼けた肌は艶めき、筋肉は今にもはち切れんばかり。剃髪に青空のような綺麗な瞳が印象的だ。年は30台に見える。背中に背負った大斧も印象深い。
「ハン、とお呼びくだされ」
ハンディーサはにかりと白い歯を見せて手を出してきた。慌ててそれに倣い握手をする。
優しい力加減で握られた手は心地よい握手の余韻をもたらした。
今度はマハが一歩でた。
「彼はユージン。魔法師だ」
ローブの男は深々と被ったフードを取る気はないらしい。そのまま会釈して終わる。
「気難しい人だから、あまり気にしないでくれ」
マハがフォローするように言葉を重ねる。
四人には確かな信頼関係があるのだろう、視線一つを取っても相手を気遣っている様子が見て取れた。
死の国にいる仲間を思い感傷に浸るサキ。ハッとした。自己紹介をしていないことに気づく。
「私はサキ・イオリと言います。よろしくお願いします」
「これはご丁寧に。道中、よろしく頼みますぞサキ殿」
ハンディーサは豪快に笑う。
一方のローブの男は無反応だった。少しだけ気まずい。
「んじゃ、行くか。国のこと頼む」
ロウの一声で旅が始まる。
「ご無理をなさらぬよう」
「ハンディーサ、双子王を頼んだよ」
それぞれ思い思いに返答を返す。
一行が出発しようとした矢先、
「待って!」
街の方からラトが駆け寄ってきた。息を上がらせて、サキの前で上がった息を整える。
「間に合った……」
呟いてからラトは手に持っていたものをサキに差し出す。
サキは見たことがない、金の細工のペンダントだった。
「はいこれ!」
「これは?」
「お守り! 火の国発祥のタリスマンっていうの」
「私に?」
「もちろん! あげるわ」
「いいの?」
大きく頷くラト。
タリスマンと呼ばれた魔除けは、魔法師が魔力を込めて実際に持ち主に危険が迫った時に守護魔法を発動するというものだ。
サキが受け取ったタリスマンは、握ると暖かい感じがした。
サキはペンダントの紐を首にかけ、大事に服の下に仕舞った。服の上から確かめるように手を置き。
「ありがとう、ラト」
言葉の代わりににっこりと笑いかえすラト。
「それじゃあ改めて出発!」
ロウの一声で一行は歩き出す。静かな街はそれを迎え入れる。
「怪我して帰ってきたら、承知しないわよー!」
ラトが大声を張り上げ、手を振る。サキは見えなくなるまで手を振り、暖かい見送りにしばらく目に涙を浮かべた。




