日常
「おはよう! ごくろうさん!」
城門の護衛兵に元気よく挨拶するのはアルデリア・ロウ・フェアリーロンド。真っ赤な髪に同じ色の瞳の、気力溢れる少年。動きやすい肌の露出した服を着ていた。
「は! おつかれさ……あ、アルデリア王!?」
「声が大きい」
ぴしゃりと兵士をしかりつけたのは、水の髪色を湛えた長髪に、水面の瞳を映した少年、シュタイド・マハ・フェアリーロンド。くるぶしまでの長いローブを引きずるようにしている。
「は。え、あ、シュタイド王……?」
双子王の登場に戸惑う兵士に、一度通りすぎてから戻ってきたロウが兵士の肩をばしばしと叩く。
「新人か? まぁこういうこともあるから覚えとけよ」
「は、はぁ」
ぱっと離れて先を行くロウの背を見つめてから、マハは兵士に向かう。
「報告しても構わない。みな、どこにいるかは見当がついているだろうから」
「は、はい!」
「マハ~行くぞ~」
呼ばれたマハは兵士に一礼してから速足でロウの後を追っていく。
兵士は呆然とした顔でその二人の背中を眺めていた。
「護衛もつけずに」
ぼそっとマハが咎めるように半目になりながら、ロウに聞こえるように言う。
ロウは聞こえてないのか聞えないふりをしているのか、口笛を吹いて上機嫌だ。
「城下視察なんだから物々しきゃ民が怯えるだろ」
「モンスターか不届き者が現れたらどうするつもりだ」
「そこは俺の剣術と、お前の魔法でちょちょい! とな」
両手の人差し指で剣劇を、次に魔法をうつ仕草のようなものをしたロウ。反省はしていない。
はぁ、とマハは大きなため息をついた。ロウの前向きさは見習いたいが見習いたくない。
前を歩いていたロウが、くるりと後ろを振り返ってマハのほうを見ながら歩く。器用なものだ。
「さ、今日はどこいく?」
「どこでも」
「昨日は俺の番だったから、今日はお前の行きたいところ」
若干のめんどくささを感じつつ、マハはすぐに思い当たる場所をあげる。
「旧図書館」
「あいよ」
気前よく返事をして、ロウは前を向いた。
お互い、理由は聞かない、必ずそこに理由があると知っているから。
それがロウとマハ。二人で一対の双子。髪と目の色以外はそっくりだと言われる。二人は違うと思っていた。
動と静。
ロウとマハ。
火と水。
同じ顔じゃない、二人はこっそりお互いそう思っていた。そう思っていたのは、親にも内緒。
─旧図書館─。
建国当時からあると言われている図書館。
オアシス近くに作られた石造りの建物には草木が生え、暖かい陽射しが建物を照らす。石の隙間から輝く光は書物を照らしていたと思われる。
その立地から、もっと図書館に相応しい場所があることが後にわかり、場所が移された。新しい図書館は少なくと100年は経過している。
後に観光地となった旧図書館は、その後24代の火の国の王の代の時に遺跡として一般人は立ち寄らなくなった。
人気のない遺跡を、ロウとマハは進んでいく。
単純な作りとなっている旧図書館。入り口の門が南にあり、入っていくと中庭がある。そこから三方、北東西にそれぞれ本が収められているという小さなものだった。
今は蔵書は全て王立図書館に蔵書されているため、残っているのは価値のない石碑や当時の人々の壁への落書きや司書の走り書きなどだ。
マハのお気に入りの場所は西。午後にくるとちょうどいい日当たりで、石をくり抜かれた窓で昼寝ができる。ロウも気に入っていた。本当は南で日差しをたっぷり浴びて寝たいが、図書館にそこまで言うのはお門違いだ。
「!」
入り口の門をくぐったところでロウが急に足を止めた。仕草でマハを止める。大人しくロウの言うように従っていると、ロウは腰に差した短刀の鞘に手をかけている。
その異変が何なのかわからないまま、ローブの下で魔法道具を握りしめるマハ。
じり、と草を分けロウが進んでいく。
マハからも見えた。
中庭の中心にある壊れた像の下に、誰か倒れている。ここからではどのような人物かまではわからない。
ロウは更にマハを手で制した。
(ここにいろ)
視線は倒れている誰かに送ったまま、口の動きだけでマハに合図を送る。何を言っているかマハにはわかる。
静かに頷き、踏み出していた足を引いてその場に立つ。魔法道具から手は離さぬまま。
ロウは、最初は動物か何かだと思った。
そうここには野生の動物が入り込む。そんな時は追い出せばいい。あと、時には魔物も。そういう時は退治を─。
魔物。
ハッとした。ここからでは倒れている誰かしか見えない。気配は二つ。目の前の人物と、もうひとつ。
(まずい!)
舌打ちをして駆けだす。
走れ!
走れ!!!
背後の気配も駆け出すのを感じる。マハも異常を察したらしい。頼りになる。
門を飛び出し、開けた場所に出た。
倒れた人物に襲いかかろうとしているサル型のモンスターの姿。
「モンスター!」
「アプライクだ」
腰の短刀を素早く抜き放ち、アプライクに斬りかかる。一刀、深く抉り込んだ刃を返した。
生ぬるい血しぶきが頬にかかる。
「ギェーーーーー!!!!」
耳障りな声を発し、アプライクは二人が来たのとは反対側へ逃げていく。血の筋が道となって、後を追うことができるだろう。しかしあの傷では助かるまい。
短刀の血を振り払って落とし、ロウはマハが屈んでいる倒れた人物を見やる。
「──女の子?」
一転、ロウの瞳が丸くなった。色んな疑問がそこに詰め込まれている。
倒れているのは黒髪の少女だった。火の国では見たことがない髪色、変わった服を着ている。
少女の傍らで脈を診ていたマハは、無言でロウを見上げ頷く。息はあるということだ。
ロウがマハとは反対側に少女の傍らに屈むと、優しく壊れ物を扱うように肩を抱き上げる。
がくりと力なく目を閉じた少女は、次の瞬間ゆっくりと眼を開ける。黒い、ブラックダイヤのような黒い瞳だった。
「……けて……」
うわ言のように、繰り返す。
思わず聞き耳を立てて、少女の唇に耳を寄せた。
「なんだ?」
「……たちを、たすけて……」
少女はそれだけを言うと再び気を失う。揺り動かして強引に目覚めさせるわけにもいかず、抱き上げたロウは戸惑った顔でマハをみた。
困ったときのマハ頼み。マハは真剣な顔で頷くと、
「ひとまず身分がわかるまでは、城下に置いたほうがいいな」
てきぱきと喋っていく。
「いつも使っているマリーの酒場宿を使おう」
「怪我は?」
「わからない。ラトを呼んで調べさせる。運んでくれ」
「おう」
少女を抱き上げた。羽のように軽い、とロウは思った。力があるとかないとかは関係ない、文字通り羽のような軽さだった。
「?」
異様を感じつつも、少女をつれてロウとマハは城下の懇意にしている宿へと向かうのだった。




