死の祝福の行方
●1
翌日から降霊式の準備が特急で行われる。
ロウやマハは異国での準備に走り、アヤフミやサキは─ただ見守るしかできなかった。
もともとあつらえた舞台でただ降霊式をしてきただけなので、準備といっても何をするかサキにはわからない。
「僕は知ってるけどね」
面白げに肩をすくめるアヤフミ。手伝えばいいのにといえば、
「他国の王たちが自ら準備してくれてるんだから、見守らないと失礼だよ」
よくわからない言い訳にサキは思わず吹き出す。
「咲希、散歩しない?」
古い死の国の言葉で話しかけられた。
かろうじてわかるサキは頷く。離れるなとは言われてないし、別に構わなかった。
王族だけが入れる中庭にきた。
いいのだろうかと首を巡らせて挙動不審になるサキに、アヤフミは手招きした。
元は大きく立派な樹木があったであろう、枯れ木は見るも無残だった。
庭園は荒れていた。手入れをする者も、それを命じる者もいなかったからだ。
「僕は死ねる方法を知ってた」
突然のアヤフミの告白に言葉を失うサキ。それが聞きたくて次を促す。
「どんな方法?」
アヤフミは自嘲気味に笑って、
「古代タージルト語を刻まれた印の死の魔法で撃ち殺せばいい」
それはつまり、サキかユウキ、アヤフミの誰かで、呪いを受けたものを撃てばいいということか。
サキはその事実にショックを受けていると、自殺はできないんだけどね、と悲しそうに笑うアヤフミ。
「それに気づいたのは数十代前だけど、提案を受け入れてくれる誰も人はいなかった」
サキにもわかる。
アヤフミはとても魅力的で、明るくて周りを気遣っていてそれでいて決して輪に入ろうとしない悲しい人。
たとえ死ねないのを“殺せ”と頼まれたとして、サキは頷いただろうか。いいや、けして。
サキ自身がアヤフミのことを嫌だと思っていなかったのもある。
対した時間は短くとも、受け入れ難かった。
「みんなあなたを失うのは怖かったんだと思う」
「サキもかい? 先に言われちゃ頼めないなぁ」
参ったとアヤフミは両手をあげた。
サキはアヤフミが生き疲れているのもどこかで感じていた。しかしそれはアヤフミの性格からくるものだと思っていた。
違った。
アヤフミは本当にただ生きるのに疲れていたのだろう。
終わることのない生を生きるのに飽き、疲弊していた。
「私、あなたのことは好き」
言ってからアヤフミの驚いた顔に、サキもびっくりして言い直す。
「ひ、人として!」
「サキは時々言葉が足りないよね」
楽しそうににっこり笑うアヤフミに、サキも照れて笑い返す。
「……戻ろうか」
荒れた庭園だけが二人の会話を見守っていた。
●2
降霊式の準備は滞りなく済んだ。
儀礼服に身を包んだサキとアヤフミ。和装だった。
ロウとマハは旅支度を簡素にしたまま。
「儀礼服じゃなくていいの?」
サキが聞けば普段が儀礼服のようなマハが頷く。
「儀礼服はあくまで形式。着てないからといって礼を欠くわけではないから」
「着るにしても、この国のものだしな。どっちにしろ失礼になる」
なるほど、とわかったようなわからないような返事をするサキ。
「ま、細かいことは俺たちに任せてサキとアヤフミは立ってりゃいいから」
死の国の祭壇へ。
祭壇は丸い円の中心に儀式の品を置くという手法で執り行われる。それを触媒にして、大精霊を召喚するのだ。
ロウとマハは火の国での降霊式と、死の国に伝わる儀式を行う。
降霊官たちから儀式の品を受け取り(この場合、ロウは剣、マハは短杖だった)、祭壇に捧げる。
この場合は、儀式の品が火の国のもので、祭壇は死の国のもの。
儀式は厳かに進んでいく。
何十人と集められた降霊官たち。唱えられるのは祝詞。
ロウとマハが聴き馴染んだものではなく、古代タージルト語を含んだ古い死の国の言葉だった。
地の底から響く、嫌な感じのする祝詞だとロウは感じた。
マナが集まる。
凝縮されていく場は、まさに大精霊が降りる瞬間に向けて解き放たんとしていた。
「死の大精霊よ! 火の柱と」
「水の柱の願いによって現界を望む」
張り上げたロウとマハの声が重なる。
サキは知っている感覚に儀礼服をぎゅっと握り込んだ。
現れる死の大精霊。濃縮されたマナが凝縮されていく。
サキの知っている。
巨大な髑髏だった。
死を顕現したらガイコツだった。笑えない話だが、目の前にいる死の大精霊はまさにガイコツだ。
ロウはもっと死は厳かで神聖なものだと思っていたから、この現界には言葉を失う。
しかしすぐに首を振った。サキたちのこの先の人生を託されたのだ。惚けてはいられない。
『呼ぶのは誰ぞ』
「死の大精霊に告ぐ」
ロウが前に出る。その姿は精霊を目の前にして、一歩も引いていなかった。
逆にサキは後ずさった。怖い。何度か目にしたことがあっても、怖かった。
『無礼な。我は死の大精霊であるぞ。死の柱でないものが何用ぞ』
「歴代の柱にかけた死の呪いを解け」
サキも、隣に立つアヤフミすらロウの物言いに内心はらはらしていた。
精霊と会話するとき、アヤフミが柱になった時は敬語だったし、サキのときはすでに会話をすることすらしなかったが。
『我が祝福を破れと申すか。なんと図々しい人の子よ』
「火の大精霊の名代として告げる! 正式な死の柱を選出し、歴代の柱にかけた死の呪いを解け!!」
ロウは、ロウは怒っていた。
サキの目にはそう見えた。なぜ、と思うがロウは、そういう人だった。誰かのために怒れる人。国のために大精霊に物申せる。
サキは?
「し、死の大精霊さま!」
気づけばサキは恐怖を乗り越え、ロウの隣に立っていた。
「人柱のサキと言います」
『知っておる。我が祝福をかけた人の子』
「失礼なことを言っているのはわかっています。けれど、大精霊さまから頂いた祝福は私たち人にはとても重いものです」
人は、人として死ななければならない。傷を受ければ血を流し、疲労すれば疲れて眠る、当たり前のことをしていきたかった。
王妃もそうだっただろう。だから死にたいと言ったのだ。首になってもなお、言葉を発して死にたいと口にし続けるのだ。
「もう人じゃない柱の方もいらっしゃいます。行方不明の方の中にも、たぶんまだ……。でもまだ間に合います。どうか、私たちを人の身に戻してください。人として死なせてください」
「死の大精霊よ、"戯れ"はここで終わりにしよう」
サキは気づいてなかった。これは壮大な死の大精霊の遊びであったこと。
死の大精霊を睨み付ける、ロウとマハ、そしてアヤフミが死の大精霊の“戯れ”に気づいたことを。
『清らかである、人の子』
大精霊は骨の指でサキを指した。
サキは夢を思い出してびくりとする。しかし隣にいたロウが肩を掴んで引き寄せた。
横顔は今まで見たどのロウより、王の顔をしていた。
『そして勇壮なる王よ。汝らの願いにより、我は祝福を解こう』
「ありがとうござい──」
サキは思わず礼を言っていた、それをロウに遮られる。
「約定がまだである。正式な死の柱を選出しろ」
『カカカ、聡い、聡い。よかろう、現代の死の柱は──』
●3
死の大精霊は、不気味な笑い声を残して消えた。
儀式は終わる。
何十人もいた降霊官たちも、そそくさと逃げるように儀礼所を出ていった。
消えた大精霊のほうを見ながら、サキは踵を返し元の位置に戻ろうとした。
夢見心地のサキは肩をアヤフミに叩かれる。
「大丈夫?」
「うん」
「みて、サキ」
そう言ってアヤフミは指を歯で強く噛んだ。血が流れるほど強く。
アヤフミはそれを見せてくる。傷はどれだけ待っても治らなかった。
サキはそれが何を意味するのかわかって、声をあげた。
「アヤフミ!」
「サキが火の国まで行ってくれたおかげだよ」
嬉しくてサキは満面の笑みを浮かべた。アヤフミは静かにそれをみて、遠くを見つめる。
「これでどう死ねるのかな。楽しみだ」
「王妃様もこれで……」
「……だといいね」
答えは側にいるはずのジュウロウだけが知っている。
全てが終わってしまった今、ロウとマハがこの国にいる理由はない。
あとはリン王女と国同士のつながりが死の国を変えていくのだ。
何をしよう、サキは先を思って目を細めた。
「サキ」
そこへ突然、異様な雰囲気を含んだ叫び声が響く。唸るような恐ろしい声だ。
「お前が母上を殺したのか」
声のほうを見るとユウキが立っていた。
髪は乱れ、ぼさぼさになり、目も虚ろでサキしか見えていないようだった。
サキは指を指される。
死の魔法が詠唱なしで放たれた!
隣にいたアヤフミがとっさに応戦する。死の魔法が相殺し合い、消える。
ユウキはまだ諦めないのか、何度も何度も撃ってきた。
そのたびに相殺するアヤフミ。
一撃、二撃、三撃、まだ諦めない。
その上、ユウキの死の魔法の力は強大だった。
ロウとマハが動きだすが、ユウキはそちらにも死の魔法を放つ。余裕がある。
回避行動をとり、それ以上動けないロウとマハ。
アヤフミの魔法が弾かれる。
放たれたユウキの死の魔法がアヤフミに襲いかかろうとした瞬間──
「サキ!」
アヤフミを庇ったサキが倒れる。
撃たれた衝撃は強かった。しかし、そのユウキの一瞬の隙をついて、マハが捕縛魔法をユウキに放つ。
「ぐあっ! な、なんだこれは、離せ!! 離せよ!!!」
両手を見えない何かに縛られ倒れるユウキ。
それを見届けたロウとマハはサキに駆け寄る。
騒ぎを聞きつけたハンディーサとユージンが現れ、捕縛されているユウキに駆け寄る。
「取り押さえておけ!」
「サキ」
アヤフミが抱き起こしていた。サキからの返答はない、痛みに顔をしかめている。
胸に撃ち込まれていた。心臓近く。
黒く淀み、煤け、そこから生命が吸い取られるような。そんな紋様が服にびっしり描かれていた。
マハは顔をしかめて首を横に振る。
「どうにかなんねぇのかよ!」
「死の魔法なんて初めてだ。ユージンでもなければ初見で解くことなど」
「ユージン!!」
ユウキを抑えていたユージンが呼ばれ、こちらに小走りでくる。
「どうして庇ったんだ」
アヤフミが言う。悲痛な言葉だった。
「だって、死ぬのが楽しみだって言ってた。おじいちゃんになって、ちゃんと死んでほしくて」
「サキだってそうじゃないか」
サキは笑う。どこか儚くて、優しくて、悲しい笑顔だった。
「私、ひとりだから」
ユージンがサキの傍らにひざまずく。
サキの胸元の服を裂き、傷の具合をみようとして、全員が止まった。
サキだけが状態を把握できずにキョロキョロしている。
「タリスマン……」
「奇跡です」
サキは意味がわからない。
だから顔を上げてみた。そこには黒焦げになったタリスマンがあった。
火の国から旅立つ前、宰相の娘ラトからもらったタリスマンだった。
「これ」
「これがサキを守ってくれた」
マハが言う。今までみたマハの一番優しい笑顔だった。
起き上がるサキ。
「体はなんともありませんか?」
ユージンの問いに頷く。黒焦げになったタリスマンは確かにサキの命を守った。
短いが確かな友情をもって、ラトがサキを守ったのだ。。
サキは黒焦げになったタリスマンを握りしめた。
ユウキは駆けつけた兵士によって連れていかれた。その後彼がどうなるかは、王家を継いだリンの采配次第である。
新しい死の柱も選出された。
死の大精霊は最後まで戯れるつもりなのか、死の柱はユウキだった。
ロウ曰く、死の大精霊はわざと柱の選出を誤ったのではないか。そして泥沼の百年の試練を死の国に課した。
予想でしかないが、あの時のあの言葉は真実を指していると思う、とロウは語る。
どこまでも戯れの精霊だと吐き捨てるようにロウは毒づいた。大精霊に毒づけるのはロウくらいなものだ、とマハは冗談交じりに言う。




