泣く髑髏
●1
深夜、ロウとマハ、サキとユージン、ハンディーサ。死の国からはイズミとカズマが集まった。
目的地は王の寝室。
いきなり寝室には失礼にあたると最後までぼやいてたハンディーサだが、結局は丸め込まれた。
何よりロウの意志が強かったからだ。
イズミとカズマの手引きで、兵士たちが寝静まった兵舎に入る。
酔っ払ってそのまま寝ている兵士もいたが、これは起こさないように細心の注意を払った。
兵舎の奥、王家の寝室に繋がる扉にロウを助けてくれた、シュウが立っていた。
無言での敬礼に対して、頷いて応じる。
通路に出ると、ひやりとしていた。
夜特有の静けさと涼しさ。サキは身を震わせた。緊張からくるものもあっただろう。
カズマが先導して歩く。
物音はロウたち集団が起こす音だけで、虫の音すら聞こえない。底冷えする景色だった。
通路の途中で、リン王女が待っていた。一行に一礼すると、混じる。
「人払いしておきました」
この静けさはリンが行動してくれたおかげか、とロウは無言でリン──初めて見る──に手をあげて礼を言う。
「こちらです」
声を潜めてカズマがとある一室を指す。
先導していたカズマを通り抜け、ロウとマハは扉に手をかけた。
──と。
「……うう……ッ」
唸り声、すすり泣く声だった。王が泣いているのだろうか、と首を傾げ、ロウとマハは両開きの扉を開けた。
ギィと扉が鳴る。
広い部屋は、見たことがない緑の草のようなものが敷かれていた。
物珍しさに目を奪われそうになるのを堪え、ロウは目の前に座る老人を見た。
背の低いキングサイズのベッドに背筋の伸びた老獪が座っていた。
言われなければ王族とわからない、質素な服に身を包んでいた。死の国の皆が来ている、一枚の布で身を包む服だ。
しかしその威圧感に、ロウとマハは王であると確信する。
「来たな、双子王よ」
わかっていたような口ぶりの王ジュウロウ。
自己紹介は必要ないと、話を進めようとするロウ。余計な会話など必要ない、必要なのは人柱たちの解放ただひとつ!
「人柱の解放を願う」
「断る」
即答だった。
ロウとジュウロウでは話にならないと、頑なな老人にマハが柔らかく対応した。
「理由を聞いても?」
マハの言葉に、王はちらりと窓際に置かれた、月明かりに照らされた髑髏をみた。
「殺して……」
しゃれこうべが喋る。いやしゃれこうべが喋るわけがないのだが、そうとしか思えない状況だった。
びっくりして後ずさるサキ。
「ころして……あなた……」
「まさか」
イズミが信じられないといった顔でいう。心当たりがある口ぶりだった。
何も言わないジュウロウに、イズミは皆に説明するように語る。
兵士達の間でまことしやかに囁かれている噂があった。
王城警備、王室付近を担当する兵士たちがいうのである。
昼夜問わず時間も関係なく、とある部屋から女のすすり泣く声が聞こえてくるという。
「殺して……殺して……って囁くんだ」
脅かすように言う兵士。
冗談だろう、と笑っていた新人も、王室付近の警備をした後は真っ青な顔で口を閉ざす。
口を開くのは噂好きの兵士だけだった。
「兵士の間で噂されていたことですが、悪い冗談だと思っていました」
「喋るガイコツ」
ロウは顔をしかめる。目の前にある真実は受け入れがたく、しかし真実であった。
しゃれこうべの口がカタカタと鳴り、女性の声が木霊する。
何らかの魔法や呪詛であると、マハとユージンは冷静に見ていたが、実際目にすると言葉を失う。
黙っていたジュウロウが苦しげに話す。まるで自分が呪いを受けたような、そんな様子で。
「妻の呪いを、妻だけが受けた呪いを、許すわけにはいかぬ」
ジュウロウは頑なだった。頑なである理由があった。
それを見たサキが前に出る。誰も止めなかった。
「人柱のサキといいます。私、夢を見ます。死の大精霊が、私に死なない呪いをかける夢です」
誰一人としてサキを遮るものはいない。ただ皆黙っていた。
「今の王様やイズミさんの話を聞いたら、私も死ねないのでしょう」
「そのとーりだね」
突然、聞き覚えのない声が乱入してきた。
ロウはとっさに武器に手を添えて、声のした方──窓の方をみた。
はめ込みの窓を派手に壊して入って来たのは、二十代の青年だった。
見たことがない白髪黒目の青年にロウ以外も武器を構えた。
白髪の青年は慌てたように両手を振ると、武装していないのを主張した。
「おおっと! 俺は三人目の人柱だよ」
さらに両手をあげ万歳した青年は自己紹介する。
「俺はアヤフミ・シジョウ。話をややこしくしてごめんね。あんたの妻だけが呪いを受けたわけじゃないこと、証明したかったんだ」
そういうと、アヤフミと名乗った青年は自分が割った窓ガラスの破片を手に取ると、流れるような動きで首筋を切りつけた。
あまりにも思い切りがよく、普通の動きなので誰も止める間もなく反応できなかった。
飛び散る血。緑の床に飛び散り、しみこんでいく。
「アヤフミさん!」
サキの悲鳴のような叫び声に、アヤフミはしぃっと唇に指をあてる。痛みに顔をしかめているが、それ以外は入ってきたときと変わらない様子だった。
サキは後ずさって唇に両手をあてて言葉を失っているようだった。
「見てて」
穏やかで優しい声に、まるで目の前のことは嘘かというほど異様な光景だった。
ロウたちが駆け寄るのも、アヤフミは手で制する。
しばらくするとアヤフミの首の傷はみるみる塞がっていく。まるで時間が巻き戻るように。
跡形もなく傷はなくなった。
「……ありえない」
マハが絞り出すような声で唸った。
王はその姿をみて立ち上がる。驚いた顔をただアヤフミに向けた。
「俺にも恨み言のひとつ言わせてよ。この国の柱がいなくなったせいで、百年も生きてるんだ」
アヤフミはなんてことない風に王を見返す。アヤフミは百年前の、初代の人柱だった。
「あんたには、あんたたちには、俺やサキを治さなければならない、立場がある」
それが義務だ、とアヤフミは言う。リンは何か言いたげにしていたが、王の手前ためらっている様子だった。
王はそれを聞き、しばらく黙って考え込んだ。
「被害者である、そういうのか」
「そうだよ」
きっぱりと言い切るアヤフミ。
誰も彼もアヤフミの言葉に飲まれていた。突然の百年前の人柱と自称する青年、一瞬で治る傷。
「サキも俺も、王家の立場に生かされた被害者。もちろん、あんたの王妃もね」
アヤフミはそう言い、しゃれこうべを指した。
それが王妃だと言い切る仕草に、イズミが固唾を飲んでいる。イズミは生前の王妃を知っているのかもしれない。
王はただ天を仰ぐ。
アヤフミを見ると言いたいことは終わったと言わんばかりに、服についた血を気にしていた。
ロウは畳み掛ける。
「終わらせましょう」
「国交を開けというのだな」
頷くロウ。
「死の国からの要請があれば、すぐにでも救援の用意があります」
王はロウの炎の瞳を見つめ返す。王の瞳も黒かった。
「若い。しかし強い目だ。──リン」
「はい、父上」
王の呼びかけに、リンが王の前に出てひざまずく。
「ユウキから全権を取り上げる。全ての権利はリンに、また補佐をイズミが勤めよ。兵の権利はカズマに渡す」
「は!」
「「畏まりました」」
動き出す時間。
リンとイズミ、カズマはロウとマハにも頭を下げ、部屋を出ていった。
部屋に残されたのは、ロウとマハ、ユージンとハンディーサ、サキ、アヤフミと王。
王は疲れたようにうな垂れていた。その間にも、殺してほしいと懇願する女性の声が部屋に響く。
「王妃の頭はどう救えばいい?」
ロウはマハに聞いた。
マハは考える素ぶりも見せず、答えた。すでに何かしら考えていたのだろう。
「死の大精霊に謁見し、直接願うしかない。あなたの死の願いも」
アヤフミは笑いながら肩をすくめた。人柄が見えない男だ、とロウは思う。
すぐに思考を切り替え、ロウは部屋にいる全員に響き渡る声でいう。
「降霊式を行おう、俺たちが死の大精霊と話す」
「他の柱の呼びかけに応じるもんなの?」
アヤフミが見るからに興味がなさそうに、しかし目には光を宿らせて問いかける。
「降霊式っていうのは、その国の大精霊しか降ろせないもんなんだ。その方法はその国の王家にしか伝わってない」
例外ももちろんあるが、とロウはマハを見る。当事者であるマハは気にした様子もなく頷き、サキとアヤフミにいった。
「二人にもその場にいてほしい」
最初はただサキが火と水の大精霊に会いたいと言ってきただけだと言うのに、とマハは思う。
ちらりとロウをみれば目が合う。
お互い話しを大きくしてしまったものだ、と視線をかわしあった。




