凶刃
●1
ロウとサキはアジト近くまで戻ってきた。
立ち並ぶ民家に、それとなく思い出したことを問いかける。
「サキの家はそばにあるのか?」
何気なく聞いたロウに、サキは暗い顔で首を振った。そこに何か言いようの知れない何かを感じて、ロウはそれ以上問いかけなかった。
「産まれた家は別の人が住んでた」
サキはぽつりと遠くを見て呟く。それは偶然訪れたのか、誰かからの伝聞なのか、それとも。
「そうか」
生きていればいい。言外にそれを覗かせて、ロウはそういうだけで精一杯だった。
「平和になったら、見つけてもらえば──っと」
どん、と背中からロウに何かがぶつかる。
走り去ったのはロウと同じくらいの背丈のローブの人影だった。
謝りもしないとは、死の国はそこまで閉ざされているのかとぶつかられたところが嫌に痛むのを感じる。
感じて、触る。体の中心に近い背中あたり。
ぬるりとした何かが指先に触れた。
「──」
この感覚、感触。
「ロウ?」
先に歩き出したサキが、訝しんで振り向く。
刺された。
ロウはなんとかアジトまで行かなければと思って無理やり体を動かそうとし──膝から崩れた。
普通の傷ならどうてことはない。これは、毒が塗ってある。
傷口からじわりと痛みが広がっていく。ただの傷ではない。それ以外の異物を体が拒否している。
立ち去るローブ姿の人影が、キラリと光るものを見た気がした。
(星と、月)
最後にそれだけを目に焼き付けて、ロウは倒れた。
「──ッ」
「ロウ!?」
駆け寄るサキの不安そうな顔を見たのが、最後だった。
先に戻っていたマハとカズマが帰ったのは昼近くだった。
マハはいいようのない、嫌な予感がした。ロウに何かあったのではないかと。
先にサキの身を案じるのが常であろうが、片割れの身に危険が及んだのではないかという確信めいた予感。
それから周囲の見回りに出たハンディーサがロウを背負って血まみれのサキと共に帰ってきたのも、それからすぐだった。
サキは服を破ってロウの傷口を抑えていたようで、腕は印が露出し、手は生々しい血の色に染まっている。
駆け寄ろうとしたマハをユージンが手で制した。
「ロウ……!」
「カズマ殿、マハ様を頼みます。ハンディーサ殿、ロウ様を二階のベッドへ」
ユージンは冷静に各々に指示をだす。
各々も冷静に行動する。サキも落ち着いていた。
二階に運ばれたロウはすぐにユージンによって治癒魔法が開始される。
マハはカズマを振り切ってロウのそばにいた。傷口を抑えていたサキもいた。
サキは、震えていた。
ロウとサキ二人で行動していたのだ。そのロウが、凶刃に倒れさぞ不安だったに違いない。ハンディーサが見回りに行かなければ、サキ一人でロウをどうにかしなければいけなかった。
マハは寄り添いサキの震える手を握った。手が血で汚れるが知ったことではなかった。
サキがマハを見つめる。瞳は不安で揺れている。
大丈夫だというように、マハは力強く頷く。何も心配いらない。ユージンが治癒魔法をしてくれている、と。
ユージンの治癒魔法が終わる。
立ち上がったユージンは、マハとサキを外に誘った。後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にする。
「ひとまず容態は安定したかと」
静かな語り口調に、マハもサキもやっと一息つく。しかし次の言葉に息を呑んだ。
「刃に毒が塗ってありました。もう少し治癒魔法が遅ければ危険でした」
「……!」
マハはぞっとする。毒の解毒魔法はマハはまだ会得していない。ユージンがいてよかった。心からそう思った。
研鑽しなければ心に深く深く刻む。
「誰に刺されたかわかりますか?」
ユージンはフードの下からサキへ顔を向ける。
サキは汚れた手を握りしめて、首を横に振る。
「わからない。でもフードを被って、身長は私より高かった」
「狙われる見当がありすぎてわからないな。犯人探しより、先に進むことを考えよう」
ユージンは驚いた。マハはまだ狼狽しているかと思っていたからだ。
間違いに気づき、またマハも王であることを思い出す。
「賛同します」
「サキ、ロウと行った先で何があったか話してくれ」
そう言ったマハの顔は王の顔だった。
●3
深夜。
サキから話を聞き、今後のことをイズミと共に話し合っていたマハは遅くにあてがわれた部屋に戻った。
ロウは、うなされていた。
咄嗟にそばにより、顔を覗き込む。
治癒魔法はすでに限界まで使用していたから、マハにできることはない。
「ロウ」
呼びかける。答えはないとわかっていても。
昔、自分が怪我をしたとき、止める周囲を振り払ってロウはずっと付きっ切りだったという。
今はそういうわけには行かないが、気持ちだけはそばにあった。
どうして危険なめにあってまで、サキを助ける? マハは胸に沸いた気持ちを抑えられなかった。
「どうしてここまでする?」
俯いていたマハの手をロウの節々たった手が力強く握った。
驚いたマハは顔をあげる。真っ赤な瞳が、今や燃え盛らんと煌々と光っていた。
「俺たちが一番サキに近いからだ」
ロウの声は掠れていた。
「柱の辛さを知っているのは俺たちだからだ。だからそれから逃げられるサキは助けてやらなくちゃいけない」
「ロウ──」
マハは言葉を失った。
目の前のロウが傷ついたことにとらわれ、マハは真にやるべきことを見失っていた。揺れていた。
柱は、柱からは普通逃げられない。どんなに役目を拒んでもいずれやってくる。
覚えなければいけない儀式の手順。
自らに蓄積された魔力の最大限の解放。これには体力が必要だった。
大精霊を降ろす。何か粗相があれば魔力を渡してもらえない。国に行き渡る量の魔力を受け取らなければならない。
そして異物である大精霊の魔力の受け取り。痛みと脱力感が伴い、起き上がれなくなるほどだ。
役目でなければ逃げ出していた。
そうしなかったのは、同じ苦痛と悩みを分け合うロウがいたからだ。
サキにそれがいたかはわからない。
ただサキは逃げられる。
「必ず救おう」
マハは傷に障らないよう、静かにいった。炎の目がマハを見つめてくる。
「必ず」
ロウはそういうと、目を閉じた。
静寂が戻ってくる。マハは、静かに息を漏らした。
●3
翌朝、ベッドの軋む音で目が覚めた。
次の瞬間には扉が開閉する音。マハは体を起こして、隣をみた。
ロウの姿はなかった。
ため息をついて、ベッドから起き上がる。軽く身支度を整えてマハも部屋をでた。
ロウが階下に行く後ろ姿が目に入る。さらにため息を重ねて、マハは少し急いで後を追う。
「火の王」
「ロウ、まだ寝てなくちゃダメ」
ハンディーサとサキの慌てたような声が響く。一階に降りれば、一見いつも通りのロウがいた。
「おはようマハ」
「おはよう」
にっといつもの笑顔。顔色は悪かったが、普段通りのロウだ。
「水の王、まだ寝てないといかんのでは」
珍しくハンディーサが困ったようにマハに言った。止められるのはマハしかいない。と思っているのかもしれない。
しかし昨日の様子では、ロウは止まらないだろう。止めたとしても強引に動き出す。ならば目の届くところにいてもらったほうがいい。
マハはその思いを込めてゆっくりと首を振った。
ハンディーサは後頭部に手を当て、弱り切った表情をみせ、サキも同じだった。
「マハのほうはどうだったんだ?」
ロウが切り出す。もう体調の話は終わりと言わんばかりだ。
ユージンは部屋の隅で佇んでいる。
せめても、とサキが椅子をロウに差し出せば、これには応じて軽く礼を言いながら座った。
昨日までうなされていたのだ。
毒を体にいれた以上、魔法で解毒するのも限界がある。まだ体に残っているはず。
しかしマハはあえて触れずに会話を始める。そうするのがロウと自分のためだと思ったからだ。
マハは昨日の大まかな説明をした。カズサエはあくまで官吏であり、味方ではない。リン王女はもしものときは手伝ってくれる。
マハが入手できたのはそんなところだった。
「俺たちのほうも似たようなもんだな。もっとタチが悪いかもしれない」
頭をかいて渋面を作る。サキから聞いたユウキ王子というのは相当癖のある人物だった。
「次はどうするの?」
サキが問いかけてくる。
昨日二人が決意新たにしたことをサキは知らない。知らなくていい。
ロウとマハは大きく頷きあった。
「王に謁見する」
最終手段までに来た。
「普通に謁見を申し込んでも跳ね除けられるだろうな」
マハが案じ、ハンディーサも同意した。
「強引に行くか」
ロウの強引に、という言葉に顔をしかめたのはハンディーサだった。ユージンもおそらく何らかの意思を示しているだろう。
「深夜に乗り込むというのはありだな」
「水の王まで」
ハンディーサはいよいよ弱った声を出した。誰も反論するものがいないどころか、止めるものさえいないのだ。
火の王の強引さに水の王が同意すれば、止めるものは宰相と将軍くらいしかいない。
「イズミに頼もう」
「カズマにも手引きを手伝ってもらうべきだな」
まだロウは寝てないといけないのに、ハンディーサは剃った頭に手を添えて撫でた。
「お二方がお会いになられた方々はどうなのでしょうか?」
「「あてにならない」」
ロウとマハの声が重なった。
カズサネは話にならない。官吏としての立場が強く、現状に満足している。力にはなってくれないだろう。
ユウキは、──ロウは思い出して顔をしかめた。話にならない。
「あいつ俺が火の国のものだってわかった瞬間殺しにきた。敵とみていい」
断定するのは逆に危険では、と思ったハンディーサとユージンだが、会ってきたロウが言うのだから仕方ないと黙る。
「イズミとカズマだな、あとはシュウという兵士か」
うんうん、とサキが頷く。
パンッとロウが膝を打つ。
「それじゃあボスに会いに行くか!」




