ユウキというひと
●1
マハたちと別れたイズミを伴ったロウとサキは城内を歩いていた。
マハの時とは違う城の奥、王家に近い場所。
見張りは最小限に、鍵だけが多く扉にかけられていた。
イズミは持っていた鍵束で、ひとつひとつ扉を突破していく。その間無言だった。
ひとつ、門扉の脇にひとり兵士が立っている扉が現れる。
サキが小声でロウに囁く。
「あの扉の先が王家の私室がある場所」
もうひとりの王家の者、王子ユウキはこの奥にいる。恐らく王であるジュウロウも。
知らずロウの体に緊張が走る。
「待て」
槍を携えていた衛兵が扉を守るように槍で遮った。
「ユウキ王子に面会を」
イズミの言葉に兵士は更に言い募る。
「要件を述べよ」
「人柱の職務のことに関して」
今度は咄嗟にサキが言う。
「──」
一瞬の間。衛兵は後ろに立つロウを見咎めた。
「その男は?」
「護衛です」
「カズマ殿ではないのか」
「いけませんか?」
衛兵の詰問にサキは怯まず答えた。後ろで待つロウや兵士の傍にいるイズミのほうがハラハラしたほどで。
しばらく衛兵は怪しそうな視線をロウに向けていたが、あえて堂々としているとやがて槍をどけた。
「入れ。余計なことはするな」
「ありがとうございます」
サキは一礼して、静かに扉の奥へ。ロウも後に続いた。
「私はここまでしか入れませんので」
イズミは二人を見送った。気を付けてと言えなかったのは、兵士の手前があるのだろう。
扉の先はさらに静かだった。窓ははめ込みで、開けられないようになっている。太陽の差し込む廊下は、暖かったが、底冷えした。足音さえも響き渡り、一瞬、ロウでさえも歩くのを躊躇したほどに。
しかしサキは慣れていくのか先に進む。急ぎ追いつく。
しばらく直線の廊下を歩いたところで、サキは一つの扉の前で足を止める。
「ここよ」
小さな声で囁くようにいうサキ。
考えなしにロウが扉を開けようとしたのを遮り、サキが扉を開けた。蝶番の音が廊下にも響き渡る。
室内は、しんと静まり返っていた。
サキは先に入り、室内を見回している。
少し大きめの声で呼びかけた。
「──ユウキ王子」
室内をざっと見回すロウ。
調度品は華美で細工が凝っている、明らかに土の国が関わったものであると見える。
マハの好きなガラス細工の鳥も飾ってある。地球儀、あれは闇の国発祥のものだ。
ざっと見てもそこかしこに他国の匂いが感じられた。サキが言っていたのは、ユウキ王子だったか。
「何用だ、人柱」
妙に偉ぶった声音とともに、柱から現れたのはウェーブのかかった黒髪とつり目の黒目をした二十代の男だった。
(こいつが、王子?)
ロウが今まで会ったどの国の王子とも違った。土の国、風の国、水の国、思い出す限りにはない。
雰囲気とか言葉の端々とか、そこももちろんだが。
ユウキ王子は、ロウを見咎めるとぐしゃりと顔を歪める。そこに宿るのは明らかな嫌悪。
「なんだ貴様は」
「ユウキ王子、お話をしに参りました。彼は火の国の──」
「火の国?」
今度は、驚愕。ロウが自己紹介をしようと口を開きかけたそのときだった。
パン! と小気味よい音と共に、サキの頬が強かに叩かれる。ユウキによって。
「貴様は──」
手を振り上げるユウキ。ロウは慌ててサキと二人の間に割って入り、ユウキの手首を掴んだ。
「何をする!!」
「あんたこそ何してるんだ!」
ロウの手から振り払ったユウキは、自分の手首をさすりながら尚も見下してきた。
「人柱に僕が何をしようが勝手だろう! 他国の人間は黙れ」
「こっちは死の国を助けるために来たんだ。国のことを考えるなら、話しを聞くべきじゃないか?」
ロウはすでに頭に血が上っていた。
それを聞いたサキが変わりにロウの前に立ち、ユウキをかばうようにする。さっき叩かれたばかりの相手を。
「ロウ、落ち着いて」
「だいたい何もしてないサキを叩くなんて、何を考えているんだ? さっきから人柱、人柱って、サキは人柱じゃなくてサキだろう!」
「ろ、ロウ」
二人はにらみ合い、気づけばお互い手が届きそうな位置にいた。サキはお互いの手が出ないかハラハラした。
「な、貴様……、貴様などに国を助けてもらういわれなどない! そもそも我が国は順調に日々を暮らしている!」
「どこがだ! 正式な柱を立てず、王が柱でない、国中にマナが行き渡らないじゃないか!」
「貴様などがどうしてそこまで知っている!?」
「火の国の王だからだ!!!!」
「!?」
直後。
驚き、信じられないといった様子で、ユウキは後ずさる。やっとそこまで言って、ロウは冷静になってきたらしい、が表情は厳しいままだ。
「おう? きさまが?」
「そうだ。アルデリア・ロウ・フェアリーロンド! 現火の国の双子王のひとりだ」
後ずさっていたユウキが止まる。後ろにあるテーブルにぶつかったらしい。
呆然としていたユウキはしかし、その表情を今まで見せたどの表情よりも険しく怒りのものに変えた。
服の腕をまくるユウキ。その腕には、びっしりと古代タージルト語が刻まれていた。
「王か……ならば死ね!!!」
「ロウ逃げて!!!!!」
ユウキの叫び声とサキの悲鳴は同時に聞こえた。
ユウキは手をかざし、黒い魔法弾を撃ってきたのだ。
逃げろと言われる前にロウの体は動いていた。当たるものか!
しかし、サキが逃げろと言った本当の理由は別にあった。
サキが部屋の入り口付近にある柱に身を隠した。ロウも反対側に身を隠す。
そこに魔法弾が飛んできた。身を乗り出しながら同じく黒い魔法弾を撃つサキ。
魔法弾が弾けあった瞬間、部屋全体に広がる死の香り。
そのときロウはやっと気づく。魔法弾の真の恐ろしさに。
(やばい)
あれを受けたら、死ぬ。
「貴様たちを呼んだ覚えはない!! 去れ!!」
魔法が飛んでくるのをなんとか避け、物陰に隠れれば、サキは気まずそうにうずくまっていた。
(あんなのいるなんて聞いてないぜ)
(ごめんなさい)
「僕たちの国は僕たちがなんとかする! よそ者は去れ! そして裏切りの人柱も!」
ヒステリックに叫ぶユウキは手のつけようがなかった。
柱越しに覗き込めばそこを狙って魔法が飛んでくる。手のつけようがなかった。
そのとき、扉が開く。壁と柱の陰になって、向こうからは恐らく見えないだろう扉から、男が一人身を滑らせてきた。
敵か味方か判別する前に、男はロウに話しかけてくる。
「こちらへ」
サキをみれば、こちらを見て大きく頷いている。どうやら味方のようだ。
男は出てきた扉に入っていく、後をついて、サキ、ロウと扉に入った。
扉の先は静寂。
ひとまずほっと胸を撫で下ろすロウに、サキは頭を下げた。
「ごめんなさい。言っておけばよかったけど、あの通り話が通じるひとじゃないから」
「だから会って当日、肉体言語で語り合えと」
頭をかいてぶすっつらのロウにサキはしょんぼりと肩を落とした。怒らせてしまったのもそうだが、ロウを裏切るようなことをしてしまったことに。
「まあ、あんなんじゃサキも説明しようがないもんな。意地悪言ってごめん。気にしてねーよ」
「……」
「まぁ、今度から大事なことは判断がつかなくても説明してほしいかな。信頼の証として。さ、この話は終わり! で、あんたは誰?」
落ち込むサキを放って話を進めようとしたロウに、男──は自己紹介をせずに道を指す。
「とりあえずこの先へ。サキ殿が道をご存知のはずです。お急ぎを」
よくよく聞けば、その声は先ほどロウとサキと止めた、王家が住む住居へ行く扉を守っていた衛兵のものだった。
「あんた……」
「お急ぎを」
言葉少なく語る男の目は静かだった。
遠くからヒステリックな声が響く。外に出たと気づかれたようだ。
ロウとサキは頷きあい、廊下を走り去る。それを見届けた衛兵も反対側に走った。
サキがいる方向へ走るロウがサキに問いかける。
「さっきの魔法、なんだあれ」
「死の魔法。魔法印から詠唱なしで放てるの」
「それも言ってほしかったな」
「ごめん」
なるほど古代タージルト語なら、存在しない魔法を仕立てることも可能か。とわからないなりに納得するロウ。
「逃げても無駄だぞ!!!」
廊下の奥から、悲鳴のような声が響いた。
そのときには、新たな扉の前に立つ二人。
扉に手をかけたロウが思い出したように振り向く。
「この先話しておくことは?」
「ない、兵舎に続いてる」
「よし、行くぞ」
頷き、ロウとサキ扉を開ける。
扉の先は、汗の臭いがした。
休憩していたらしい兵士たちがロウたち二人に一斉に振り返っている。
サキが前にでて、頭を下げた。
「お騒がせしました!」
ロウも慌ててサキと同じように頭を下げる。
ちらりと見えた入り口が奥に見えた。すぐに出れる。そう希望を持ってでた二人をぞろぞろと兵士たちが遮る。
「王家の通路からでてきたな?」
「もしかして賊か?」
「でもこの娘、王家のお抱えじゃないか」
大男に囲まれ、萎縮する二人を遮り、一人の兵士が割り込んできた。
サキが呼んできて、一礼していった兵士だ。
「サキ様は尊いお方です。俺たちが気軽に話せる方じゃありません」
「なんだと? シュウのくせに」
「落ちこぼれが」
一人が振り上げた拳が兵士、シュウに当たらんとした瞬間、ロウが二人の間に割って入る。
兵士の拳を代わりに受けたのはロウの手のひらだった。
「人を落ちこぼれと言う前に、」
拳を持った手がミシミシと音を立てて捻る。
「自らの行いを正せ」
何倍も大きな男の手のひらを受け止めてひねる、そんな力がロウにあったことにサキは驚いた。シュウはいたく感激した様子でロウを見つめている、
「く、くそ、上に報告するぞ」
「お好きにどーぞ」
離した瞬間にはいつものロウに戻っていた。
サキはシュウに目配せして、三人は連れ立って兵舎の外に出た。
「ありがとな」
ロウは律儀にシュウに礼をいう。シュウは目を輝かせたまま、いえ! と元気よく返答した。
「こちらこそ、助けていただき感謝です。……作戦の成功を微力ながらお手伝いいたします」
こそっと小声でシュウは呟く。敬礼すると兵舎に戻っていった。
「大丈夫かな、あいつ」
「シュウさんは大丈夫。とても強い人」
大男たちに囲まれた状況で声をかけてきたのだ。よほどの勇気がなければできないことだ。
二人は頷き、兵舎を後にした。




