イズミというひと
●1
ロウが部屋に戻ると、マハがベッドに座っていた。膝の上に魔法道具一式を広げている。
それが遠隔通信魔法の類だと、見慣れたロウはすぐに気づいた。
水晶玉を媒体に、耳に水晶片を当て、遠方と通信するものだ。マハは最近会得したと喜んでいたが、こんなに早く役に立つとは思わなかっただろう。
ちょうど火の国と通信をしている最中であると予想したロウ。
マハは視線だけロウに一瞬送ってきて、すぐに宙を見つめた。
「つい先ほど、推進派のレジスタンスと名乗る者と接触したところだ。……ああ、今はレジスタンスのリーダーとやらを待っている」
ロウは向かいにあるベッドに腰を下ろして、通信の様子を見守る。
「王家の者が保守派であると聞いた。王家からの説得は難しいかもしれない」
死の国の王家とはどんな連中なのだろう? ロウはマハの持つ水晶片を見つめながら思う。もしかしたら、配下の官吏に懐柔されて言いなりになっているだけかも知れない。
そう都合のいい考えが過ぎる。
「とりあえずレジスタンスのリーダーと話をして、可能なら王家と接触を図ってみる」
概ねロウも考えていたことだ。さすがマハ。
「父上が? いや、そこはうまく誤魔化しておいてくれ。終わる前にバレるのはまずい」
父上、という単語にロウがびくりと震える。マハの声も若干上ずっている気がする。双子よ。
「ああ、また連絡する。そちらは問題ないか? ……そうか、ありがとう。引き続き頼む」
マハはそれを最後に通信を切った。ふう、と長いため息をつく。通信魔法にはそれなりに精神力を使うらしい。
膝の上から魔法道具をどかしたマハが、ロウを真正面から見つめてくる。
「まず、父上が帰国されるらしい」
「げ」
第一声はそれ。いろんなことが過ぎるが、とりあえずは。
「いつ?」
「わからない。双子王の政務の様子をみて、らしい。今は忙しいのを理由に宰相が断ってくれている」
「時間の問題だな……。他には?」
なぜよりにもよって国を離れた時に。頭が痛い問題だが、今から帰ってもわざわざ死の国にきたのが無駄足になってしまう。
「宰相が言うには、王家の中にも派閥がある可能性」
「俺は官吏に懐柔されて言いなりになってると考えた」
「その可能性もあるな。とりあえず王家の内部を調査したほうがいいだろう」
「サキから他の柱、そこから接触するべきか」
「これから接触するリーダーからでもいいかも知れない」
ひとしきり語り合い。
一瞬の間。見つめ合うロウとマハ。
「俺はサキから」
「僕はリーダーから行こう」
ほぼ同時に喋る二人。やるべきことは決まっていた。
「ハンとユージンにはどう動いてもらうか」
「ハンはもしもの時のためここに待機。カズマはついてきてもらおう」
「ユージンには連絡係になってもらうか。三股の通信魔法くらいできるだろ?」
それにはマハは顔をしかめる。
軽い気持ちで言ったが、案外大変かもしれない。
失言だったかとロウが考えていると、マハ渋々答えた。
「三股の通信魔法? あまり賛同しないが……仕方ない。ユージンが請け負ってくれたら認めよう」
「よし」
ロウの最後の一言で、ロウはベッドに横になり、マハは魔法道具をローブに包んでからベッドに横になった。ほぼ同時くらいの動きである。
とりあえず今は体を休めることが先決だった。二人は程なく、夢の中に落ちていく。
●2
夕刻。
階下の物音で、ロウとマハは目を覚ました。二人同時に起き上がり、身支度を整える。
部屋に一つある窓の外は橙色に染まっていた。
「お待たせしました」
部屋を出たロウとマハを待っていたのは、四十代の女性だった。艶やかな黒髪を三つ編みにし肩に垂らし、瞳らサキやカズマと同じ黒だった。
しかし瞳に宿るのは力強い炎のような気力。気品の中に気力溢れる女傑というのが二人が受けた印象だ。
一礼した女性は、ロウとマハを順番に見比べてから自己紹介をする。
「イズミ・ダテと申します。死の国の官吏の一人として、またレジスタンスのリーダーも兼ねております」
イズミと名乗った女性は、手を差し出してきた。まずはロウと握手をし、それからマハとも力強い握手を交わす。
「アルデリア・ロウ・フェアリーロンドだ」
「私はシュタイド・マハ・フェアリーロンドです」
「双子王自ら出向いてくださるとは、これ以上心強いことはありません。レジスタンスを代表し、心から感謝を」
「俺はロウ、シュタイドはマハと呼んでくれ。敬語でなくても構わない。俺たちもそうさせてもらう」
イズミは、困ったように首を傾けた。その仕草が若い女性のように見える。
しかし一瞬だった。イズミは力強く頷く。
「それでは遠慮なく、ロウ、マハ。死の国のために動いてくれてありがとう」
「礼は全て終わってからな」
「状況を説明してくれないか?」
「カズマの説明では不足でしたか。質問にお答えします」
イズミは二人を椅子に促した。
そこで階下からハンディーサとユージン、その後に続きカズマとサキが上がってくる。
二人が椅子に座るのを確認してから、イズミも椅子に座った。
「王家の内部は、保守派だけなのか?」
「いいえ。まずは現在の王家の状況から」
イズミは死の国の王家の説明を始めた。
王家は政に関わっている、王と呼ばれる民に向けたカモフラージュもしている。
現代の王は、ジュウロウ・シシオウ。
ジュウロウの子供、長男のユウキ。長女のリン。
ジュウロウの弟のカズサネ。
「このうちの、ユウキ・シシオウは、保守派の人柱です」
「!?」
「王家の者が人柱だというのに、正式な柱ではないのか?」
はい、とイズミは重々しく頷いた。
百年経った中で、王家のマナは薄まり、大精霊から認識されなくなったのではないか、というのが、降霊官たちの見解だという。
「そのほかに、保守派は王のジュウロウ」
イズミは指折り数える。
人柱のユウキ、王のジュウロウの二人。
特に王のジュウロウは頑固で、話を聞いてくれるかは不明であるという。話を聞いてくれる希望があるのは、長男で人柱のユウキ。こちらは癖のある人物だ。
「長女のリンと弟王のカズサネは推進派、私たちの味方です」
残りは二人。
長女リンは文武に優れ、先見の才もあるという。弟王のカズサネは、穏やかで気質の優しい人がらだ。
死の国の王家は真っ二つに分かれていた。
「もう一つ聞きたいことがある」
「どうぞ」
「もう一人の人柱は、どんな人物だ?」
「──」
イズミはすぐに答えず、目を伏せた。その表情からは感情が読み取れない。
視線をあげたイズミは、問いかけたマハに向けた。
「彼はどちらでもありません。どちらにも興味がないのです」
「戦力にならないってことか?」
ロウが言うと、イズミはすぐさま肯定した。
「はい。彼はただの人柱です。それ以上でもそれ以下でもありません」
人柱であれば、サキのように多少、政関係に人脈ができ、こちら側に引き入れやすくなるのだが。
イズミがそういうのであれば、あまりあてにしても仕方がない。
ロウとマハは一瞬、視線を交わし合う。
「どっちにしても王なしで話を進めるのは無理だ。過激なことを言うが、推進派にいいような人事異動も考えてもらわなきゃな」
「……というのがこちらの意見だ」
ロウの言葉にマハがフォローを入れる。
イズミは頷いて次の言葉を待った。
「俺は保守派に話をつけに行きたい。確か話を聞いてくれるのは、長男のなんとかってやつか」
「ユウキ王子」
「そう、そいつ」
「僕は推進派の二人の王族の話を聞きたい。両方から話を聞けば、糸口が見つかる可能性もある」
双子王は、火の国の王という立場を最大限活用する気でいた。
でなければ、同じ王族の説得などできないだろう。
話が通じるかは、運だった。
「推進派の王族には、カズマが引き合わせます」
「あいつも城に入れる身分なのか?」
「百人長です」
昼間の出来事を思い出し、ロウは渋面をマハは笑いを堪えた。その様子をみたイズミが、眉を寄せていう。
「まさか、もう何かご無礼を働きましたか?」
「いや、大したことじゃない」
そういうロウの顔から渋面はなくなっている。もうということは、前科があるのだろう。そう思ってロウとマハは横目で苦笑し合う。
しかしイズミは額に手を当てて、しばらく考え込んだ。
「やはり別のものを」
「いや、カズマがいい」
人となりを知り合ったからこそ、信頼できるというもの。マハはきっぱりと言った。
それを聞いたイズミは、頷く。
「で、保守派の柱には誰が引き合わせてくれるんだ?」
「サキと、城までは私が」
「サキが王家の人間と関われるのか?」
「大丈夫。任せて」
サキからは力強い言葉が返ってきた。
最初見た時より逞しくなった気が、ロウはした。
「では明朝」
イズミは立ち上がり二人に頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
作戦は静かに動き出した。




