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双子王と死の国  作者: 蒼銃
11/18

死の大精霊

●1

 サキの導きで来たのは、町中に入ったとある一軒家だった。

 しかしそれだけではない。掃除もしてあり小奇麗にしてあったが、それでも年月からくる、古く埃臭いに包まれた。

 建物に入ったサキは、開けた一階部分に人がいないのを見ると、右手にある階段を上に駆けていく。

 一階にはテーブルが一つと、囲むように四脚の椅子がある。奥と左手に扉がある。窓は少なく、閉ざされた雰囲気だ。

 ここまでの道中でサキはだいぶ持ち直したらしく、ぎこちないながらもロウの冗談にも笑顔がこぼれていた。

 旅に疲れていたのもあるだろう、これまで懸命に知らぬ土地を往復したのだ。批難をすることは決してしてはならないとロウは心に決めた。

 二階へ続く階段部分から、笑顔で体を乗り出したサキが玄関部分で待つ一行に声をかけた。

「二階にきて。会わせたい人がいる。あと休むところもあるよ」

「お、やっとか~! 待ってました」

 こちらもやっと心からの笑顔をこぼしたロウがいち早く二階に向かう。サキが先に上がり、全員も後に続いた。

 完全に油断していた。

 二階に上がったロウを、一筋の鋭い刃が出迎えた。

「!!!!!!」

 一瞬の差で避ける。

 髪の毛の先がはらりと舞う。階段を踏み外しそうになるのを寸でで堪え、背後にいるマハに当たらないよう、二階のひらけた部分に身を転がす。

 腰の短刀を抜き身にし、続く一閃に備えた。

「……失礼を」

 しかし。

 構えた次の一閃は訪れず、代わりに落ち着いた男の声が響いた。

 呆然と短刀を構え、膝をついたままのロウにサキが駆け寄る。

「大丈夫、ロウ!?」

「お、おう」

 呆然と返事をするロウ。

 サキはロウの無事を確認してから、剣を抜いた男─年は二十代か三十代。短い黒髪に漆黒の瞳─に叫んだ。

 変わった服を着ている。胸の前で合わせるようになっており、服が一枚の布から切り取られたようだ。

「カズマさん、どうしてこんなこと……!」

 サキの顔は真っ青だ、後に続いていたマハも、驚いてロウに駆け寄り。ユージンとハンディーサは階段のそばで待機している。

 カズマと呼ばれた男は、抜き身の剣を鞘に収めた。一礼すると、喋り始めた。

「初めまして、火の国の方々。拙はカズマ・シングウジと申します。先ほどの無礼をお許しください。実力のある方とお見受けしました。どうか力をお貸しください」

「ぶ、」

 マハが言葉を荒げそうになったのを、魂が戻ってきたロウが止める。

 一息に喋ったカズマと名乗った男からは、思い詰めた雰囲気が伝わってきた。……剣筋からも。

「いい、マハ。戦えるやつが欲しかったんだな、レジスタンスは」

「おっしゃる通り」

 ロウの言葉に、カズマは肯定した。

 睨みつけるような視線を、ロウはカズマに向ける。黒い闇のような目が無感情に見下ろしてきた。

「事情を話してくれるんだな?」

「そのために、お招きしました」

 ロウは埃を払って立ち上がり、納刀すると右手をカズマに差し出した。

 カズマは一瞬戸惑った様子を見せたが、ロウの右手をとって握手した。

 握手を終えたロウは、居住まいを正す。

「俺の名は、アルデリア・ロウ・フェアリーロンド。火の国の王である。死の国の柱の乞いに応じ、馳せ参じた」

 カズマの様子が一変した。目を見開き、その顔のまま停止してしまった。

 ロウの合図で立ち上がったマハが、納得いかない様子だが自己紹介をする。

「私の名はシュタイド・マハ・フェアリーロンドと申します。水の国の王として、火の国の王と連名しています」

「彼らは俺と道々する火の国の者たちだ」

 ユージンとハンディーサを紹介する。二人はそれぞれ頭を下げるにとどめた。

 改めてロウがカズマと相対する。

「火の王」

 確かめるようにカズマは呟く。心の底から驚いているようだった。

 ロウは大きく頷く。

「……とんでもないご無礼を」

「いいや。レジスタンスの活動を思えば、実力のある者を求めるのは当然のこと。許す」

 ロウの隣では、サキが先ほどとは違う慌てた様子で見守っていた。

「お怪我は」

「ない」

「もしや双子王」

「である」

 カズマは崩れ落ちた。土下座するような格好になり、先ほどの堂々とした剣士はどこへ。

「申し訳ありません……!」

 サキが苦笑している。何故かサキの顔が赤い。

「ご、ごめんなさい、カズマさんはちょっと、早とちりなところがあって」

「あーもういいよ」

 肩の力を抜いたロウがいつもの口調でめんどくさそうにカズマをみた。

「豪傑であるのに勿体無いですなぁ」

 ハンディーサがほのぼのと言う。ロウが危ない目にあったのに全然動じていない。

「とりあえずもう休ませてくれ。今のでどっときた」

 ロウが言いながら、二階の部屋に置いてあるソファーに座った。

 マハもテーブルに備え付けられた椅子に座り、ハンディーサは階段の脇に立ち、ユージンは座ることなく壁際に背中を向けて佇んだ。

「お茶いれてくる」

 サキは一階に降りて行く。

 やっと羞恥から立ち直ったカズマが立ち上がる。がっくりと肩を落とし、可哀想なくらいだ。

「とりあえず、今の死の国の状況と、俺たちはどうすればいいのか聞かせてくれ」

「はい」

 カズマは打って変わって大人しくなって、従順になっていた。

「まずは今の死の国の状況ですが、数代前に正式な柱が折れ、人柱を代わりに立て、しのいでいる状態です」

「人柱は三人いると聞いた」

 マハの言葉に、カズマは頷いた。

「サキ、保守派の柱、そしてもう一人」

 それに深く触れず、カズマは別の話を続ける。

「保守派と名がでたので説明します。国は保守派と推進派に分かれています。推進派から影となって活動するのが拙たちレジスタンスです」

「保守派には王家がついてるって聞いたんだけど、今でも王家の権力は働いてるのか?」

「はい。政は今でも王家主導です。そのため、拙たち推進派は、表立っては活動できません」

「そのためのレジスタンス」

 マハが思考しながら呟く。

 そこで一階からお盆を持って戻ってきたサキが、お茶を配って行く。

「レジスタンスと名はうっていますが、実際に行動に移すことができたのは今回が初めてです」

「サキを火の国に来させたことか?」

 サキから茶を受け取り礼を言うロウ。茶を配り終えたサキは、居場所がなく最終的にロウの隣のソファーに身を埋めた。

「はい。官吏、イズミ・ダテが手筈を整え、拙がサキを、火の国側の地獄谷の出口まで送りました」

 地獄谷とはヘル・ヴァリーのことだろう。特に質問なく話は進んでいく。

「護衛役はあんただったのか。あの長い道を一人で護衛するなんてつえぇな」

「拙は戦うことだけが使命ですので」

 バカ真面目に背筋を伸ばすカズマ。

「そのイズミ・ダテという人物は、信頼できる相手か?」

「ええ、恐らくこの国で最も信頼できる官吏です。何せレジスタンスの主導者ですので」

「その人物と会うには?」

「今、兵士のシュウさんが連絡に行ってくれてる」

 サキが言う。兵士のシュウとは、先ほど兵舎から一緒に出てきた青年兵士のことだろうか、とマハは視線をサキに送っていると。

「さっき会った人」

 と補足のように説明してくれた。

「官吏が鴉城を怪しまれずでられるのは、夕刻以降です。それまで暫し休息をとっていただきたい」

 カズマの言葉に、ロウは体を伸ばす。

「そうさせてもらう」

「一階と二階の奥にベッドが二つずつあるから使って」

 サキの言葉に我先に二階の奥の扉にさっさと入って行くロウ。

 警戒してなかなかいかないマハに、カズマが声をかける。

「恐れながら、皆さんがお休みの間、拙が護衛を務めます故。ゆるりとお休みいただきたい」

「……そこまで言うなら」

 まだ怪しんでいるような顔を見せながら、マハもロウが消えた部屋に入って行く。

「では一階はわしとユージン殿で」

 ハンディーサはユージンと共に一階へ降りていく。残ったのはサキとカズマだけ。

「サキは休まなくていいのか?」

「うん。ここで休む」

「うむ、お疲れ様だ」

 やっとでたカズマらしい言葉にサキはゆるく微笑んで。

 短いやり取りの後、ばたりとソファーに横倒しに寝たサキは、急降下するように眠りに落ちた。


 サキは夢を見た。

 いつもの夢だ。

 サキは人柱で、身体中に魔法印を彫られて、儀式をして、国中に行き渡らない量のマナを大精霊から受け取る。

 受け取った後はいつも高熱を出して寝込んだ。ひどい時は一週間以上起き上がれなかったこともある。

 マナの譲渡がどれだけ大変か、体に負担があるのか。サキは人柱になって初めて知った。

『我は見ておるぞ』

 いつもの声で死の大精霊が骨の指を向けてくる。

『偽ものじゃ』

 怖い、と思った。

『偽ものじゃ』

 死の大精霊は、わかっていた。気づいていた。知っていた。

 サキたち人柱が本来の柱でないことを。

 数代、百年近くも騙し続けていたことを知っていた。

『偽ものには死を与えぬ』

 どう言う意味だろう。死を与えないということは、"死ねない"ということだろうか。

 頭のよくないサキには理解できなかった。

 他の人柱にそれとなく夢の内容を聞いたことがあった。二人とも知らなかった。

 死の大精霊に話しかけられたのはサキだけだった。

 それは、夢ではなかった。

 降霊式のとき、死の大精霊、デスに実際言われたことだ。

 それを反芻してサキは夢に見ていた。

 夢から醒めたサキは、誰もいなくなった二階のソファーの上で体を起こし、恐怖に耐えた。流れそうになる涙を堪え、膝を抱えてうずくまった。

「サキ?」

 ハッとして顔を上げると、眠たそうな顔をしたロウが立っていた。

 サキは顔を見られた、と思った次の瞬間にはロウは真面目な顔をしてサキの隣のソファーに腰を下ろしてきた。

「どうした?」

 迷った。夢の内容を話すべきか。

 ロウはサキが初めて出会う"柱"だった。体に無理やり魔法印を刻まれたわけでも、偽者でもなんでもない。

 あんな大変な思いを、ロウたちもしているのだろうか。

 純粋な、生まれた瞬間から選ばれた。

「……ロウは、大精霊と話したことがある?」

 ロウはすぐには答えなかった。サキの目にはまだ涙が溜まっていて、とてもじゃないが人と顔を合わせられない。

「ないな」

 サキは落胆した。

 正式な柱であれば、大精霊と話すことも容易いと考えていた。今でも思っている。

「柱に選ばれて教わることは、大精霊は世界を創りし神の一柱である。だな。だから仮に大精霊に意思があっても話そうとは思わない。神様だし」

「一度も?」

「……」

 ロウは黙った。キョロキョロと周囲を見回してから、声を落として喋る。

「実はもっとガキの頃、一度だけ」

 それがどんなに馬鹿げたことであるか、とロウは吹き出した。しかしサキにとって、それは一筋の光だった。

「どうだった?」

「別になんにも? 自己紹介したけど、答えてくれなかった」

 肩を竦めて残念そうに語るロウ。きっと当時、周囲の人間が知っていれば大騒ぎになったに違いない。

 サキは夢を思い出す。その横顔を眺めたロウが、問いかけてきた。

「サキは大精霊と話したことがあるのか?」

 ハッとしたサキは、慌てて首を横に振る。恐怖が身に再び降りかかってきたようだ。

「言えない?」

「……夢をみる」

 夢の話なら、仮定ならば。

「死の大精霊は、柱が偽ものだってわかってる。なのに毎年マナをくれる。でも私に言う、『偽ものには死を与えぬ』って」

 骨の指を思い出す。あれは永遠の苦しみを味あわせる死の宣告だ。

「サキはその夢の何が怖いんだ? 死ねないの? それとも死の大精霊の報復?」

 考えたこともなかった。

 ただ存在して指を指され、言われること自体が恐怖だと思っていた。

 大精霊自体が怖かった。

 すぐに答えはでず、サキは首を振る。

「わからない」

「どれが怖いか絞るのも大切。何が怖いかわかれば、それなりに対処のしようはあるぜ」

 ちなみに俺は怒ったマハが怖い、とロウは冗談めかして言った。それには思わず吹き出したサキは、やっと笑える余裕が出たことに安堵する。

 いつも夢のあとは震えているしかなかった。

「ありがとう、ロウ」

 礼を言うと、キョトンとしたロウが笑う。太陽のような笑顔だ。

「また怖い夢みたら言ってくれな」

「うん」

 どちらともなく、頷きあった。

 そうしたあと、ロウは大きく伸びをした。

「さて、もう一眠りしてくるかな」

「ごめんね、付き合わせて」

「いいっていいって」

 体を伸ばしながら、ロウは部屋に戻っていく。

 サキももう一眠りしよう。今度はきっと、いい夢をみる。そんな予感を抱きながら、ソファーに身を埋めた。

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