Scene11:嬢さまの噂
「こんにちはーこんにちはー」
「うるさい」
通りかかる人達に僕は挨拶してるのに、アイカさんに止められる。
街道を歩くようになって、人がチラホラ見える様になったから、挨拶をしてるんだ。
「なんで……挨拶くらいしないと」
「そんな事やってると……ここじゃ……」
アイカさんは歩き続けて、僕は立ち止まってしまう。
行き交う馬車……まるで行列を成してるかのような人の群れ。
……だって……都市がこんなに人に溢れてるなんて……!
「喉枯れるわよ」
「うっ……わぁっ……! これじゃあ、全員に挨拶するのに一苦労だなぁ」
「しなくていいわよ鬱陶しい」
「また辛辣になる……!」
さっきまで優しいモードだったのに……!
僕はここ三日でアイカさんの事を少しずつだけれど知っていった。
誰に対してもかは分からないけれど、少なくとも僕に対しては普段は辛辣モード。
厳しい言葉を投げ掛けてきて、僕の精神力を削っていくんだ。
そしてたまに優しいモードになる。
……気分がいい時とか……僕がたまに常識的な事を言えばなるんだけれど、あまりそういう事を言えないからレアなモードなんだ。
……そう、気分がいい時もあんまりない。
何があったか……とか聞きたいけれど、多分、話してくれない。
勘だけれど、彼女はまだ話してくれない。
「辛辣になるわよ! うるさいんだから……」
「……ご、ごめん」
……こんなんだから僕には話してくれそうにないんだ。
「この都市に来るのは初めて……だろうから、あまり離れるんじゃないわよ」
「う……うん」
「だからってあんまり近づきすぎないで」
僕がアイカさんの服の袖に掴まってたら、そんな事を言われた。
……どれくらいが……丁度いいの……?
この都市は本当に大きいな……僕のいた王国よりも遥かに大きい。
王国と言っても人口がおよそ数百人しか住んでいないほどなんだ。
それで……大きいと思っていたんだけれど……でもここはもっと多いと思う。
千……数千くらいの人々が住んでいるんだと思う。
それに、他の場所から来た人達もいるし……うん、数えられない程いる。
「大きな建造物もあるし……地面だって舗装されてるし、人も多いし……凄いところだね」
僕は、この都市の感想を物凄く簡潔に言ってた。
その言葉になんでか、アイカさんが反応して嬉しそうに話し始める。
「凄いわよ! 特にコロシアムッ! あの大きな舞台で一人と一人が闘い合う、その姿ッ! やっていることは相手を倒すって言う事だけれど、でも、どんな技も、どんな姿になっても、勝つっていう心意気があってとにかく、綺麗なの!!」
……目をキラキラさせて、身を乗り出して、眼前にアイカさんの顔が広がってた。
鼻先がホント、ぶつかりそうな位の勢いだったし、まだ退いてくれないし。
「あ、あの……アイカ……さん?」
僕の一言にアイカさんは、ハッと我に返ったかのように歩き出す。
「……わ、忘れて……」
「え」
「忘れなさいよぉおおお!!」
「ちょっ……ゆさ……揺さぶらないで……!!」
アイカさんが僕の肩をガシッと掴んでぐわんぐわん揺さぶってくる!
うぇぇ……吐き気がするよ……!
「忘れてぇぇえええッ!」
「な、なん、なんで、なんでぇ――――」
「いいからッ!!」
「わ、わかった……! わかったから……!! ふべっ!?」
いきなり、手を離されて、僕は尻餅をついてしまう。
「イテテ……」
「約束よッ!? 絶対忘れてッ!!」
「わ……わかったって」
アイカさんは頬を赤くして物凄い怒ってくる。
……怒ってる……んだよねこれ。
いつものような怒鳴り方じゃないけれど。
「早く行くわよ! 早くッ!!」
「わかった! わかったから! 引っ張らないでッ!」
僕はアイカさんが向かう所へ引っ張られる。
「じ、自分で歩けるからッ!」
……レンガ調で三階建ての大きな建造物。
窓多いな……。
建物の目の前に来て、思った。
そういえばこんな建物、僕のいた街にもあったなぁ……確か、そこが宿屋だったっけ。
「宿屋って……僕、泊まれるお金ちょっとしかないんだけれど」
「宿屋じゃない」
ビシッと僕に対してアイカさんがツッコミを入れる。
宿屋じゃないって……じゃあここは……。
僕が考え込んでると、アイカさんは先に建物の中へと入る。
ついてきてと言われてるので、両開きの扉をグッと押して中に入った。
「……ここが、私の所属してるギルド『闘士の義』よ」
アイカさんは、僕に紹介するように振り返っていた。
そんなアイカさんの後ろには、机や椅子……談笑出来るようなスペースや、二階に上がるための階段、それにまばらまばらに人がいる。
床なんかみると、舗装された石みたいなのが敷き詰められて、その上に絨毯とか敷かれてる。
それに天井なんか見ると大きな光る石がこの場を照らしていた。
壁には掲示板とかあるし、それにとにかくデカい。
「う……わぁ……」
驚きで言葉が出なかった。
まるで城みたいだ。
こんな豪華な建物に入った事は数える程しかないから、かなり緊張するなぁ……。
「こっちよ」
「う、うん」
玄関口からさほど離れてない場所に、カウンターがあってそこには二人の女性が立っている。
「あら、早いわねアイカ」
「いつも通りよ。依頼が完了したって報告来たでしょう?」
「あのアイカがこんな短期間で達成するなんて、雪でも降るんじゃないかしら」
……なんか、アイカさんとカウンターの人で談笑が始まった。
僕はどうすれば良いんだろう……。
「あ、でも、ギルドに届いたお金は、報酬金の半分なのだけれど……どういう事かしら?」
「ああ、その事だけれど事情があって……」
アイカさんのやり取りを見ていたら、僕が手招きされたので、アイカさんに近づいてみる。
「こ、こんにちは」
「私一人の手柄じゃない。彼も手伝ってくれたの」
その言葉にカウンターの人がへぇ……と感嘆の言葉を漏らしていた。
「だから山分け……なんか、らしくないじゃない。もしかしていい男だって思って……」
「冗談キツいわよ。誰がこんな男と……」
「またまた……これを逃すとドンドン婚期が遅れるわよ」
カウンターの人がニヤニヤと笑いながら……アイカさんをからかってる。
はぁ……とアイカさんはため息をついて、話を切り替える。
「そんな事より、依頼の報酬金の話はこれで終わりよ」
「りょーかいしましたよー」
……ここで話が終わって、アイカさんが僕に向き合ってくる。
「ギルドでやりたかった事はおしまい。これでお別れだけれど……」
「えっ……そうなの?」
ここでアイカさんとはお別れなんだ……。
僕より常識あるから助かってたんだけれど……。
これからまた一人になるのかぁ……。
「そうよ。でも、ここまで来たんなら聞き込みでもしてみれば?」
「……そうだね。アイカさんは――――」
「私は依頼をやるわ。もっと……力をつけないといけないし」
「……そっか」
出来れば一緒に来て欲しかったけれど、仕方ないよね。
うん……仕方ない。
「それじゃ」
「あっ……うん」
アッサリとした別れ方をして、少しだけ胸が痛くなった。
……友達と別れる時はいつも、この痛みが襲う。
また会えるのに、いつもだ……。
「……アイカさん!」
「……何よ」
こんな別れ方は嫌だと、一声、出してみる。
「またね!」
一瞬、アイカさんの目が見開いたけれど、すぐに正常に戻る。
そして、手を振って掲示板に目を向けていた。
……ここで見てるだけじゃしょうがない。
僕だって動かないと……何も進まないし。
そう思って、誰かいないかとキョロキョロしてみる。
「おい」
ふと、後ろから声を掛けられたので、振り返る。
そこには、僕なんかより背が一回り大きい、筋肉質の男の人が僕を見下ろしていた。
「こんにちは」
……怖い容姿の人だけれど、悪い人じゃ無さそうかな。
そう思って話を聞く姿勢になった。
「……お前、あのアイカと一緒だったのか?」
「……うん、そうだったけど」
「運がいいヤツだ。アイツといて、怪我もしやがらねぇとは」
……そう言えば、大きな怪我とか無しに無事に辿り着いたな。
アイカさんには感謝してもしたりない。
「……でも、どうして心配してくれるの? 初対面なのに」
「ハッ……そんなんじゃねぇけどな、アイツといると不幸が降り注ぐんだよ」
「そ、そんな事ないよ! 少なくとも僕は幸運だった!」
「だろうな。でもまぁ、悪い事は言わねぇ。あの悪魔とはこれっきりにしな」
……なんでこの人は……アイカさんの事……こんな風に言うんだ……?
なんで……。
「……なんで」
「アイツと組んで依頼にのぞんだヤツは、必ず重傷を負って帰ってくるんだよ。だから、アイツには近づくな」
「そ、それはたまたま……」
「たまたまならいいな。たまたまなら。でも、全員が全員、こういう怪我負ってんだ」
そう言いながら、筋肉の人は服の袖を捲り、左腕の怪我を見せてくる。
……酷い、という感想だけが頭に浮かんだ。
二の腕辺りが全て、かさぶたになってる。
怪我を塞ぐ時に出来る、糸のような物がかざぶた周辺に出来ていて、まるでそこだけ綿で出来てるみたいだ。
「……かれこれ二週間前の傷だ。アイツと組んで出来たな……!」
「――――ッ!」
……アイカさんといると……大怪我する……?
「次、組んだ時……多分俺は死ぬ。だから近づかねぇようにするのさ」
組み続けると……死ぬ?
「まぁ、俺からの助言はこれだけだ。気をつけろよ。あの悪魔には」
筋肉の人は、それだけ言うと、さっさと何処かへ行ってしまった。
僕は……アイカさんを信じたい。
信じたいけれど……でも……あの話を聞いた直後だと、近づき難い……。
チラッとアイカさんの方を見ると、掲示板の下の方を見ている。
多分、聞こえなかったとか……かな。
「……」
アイカさんが心配……だけれど、でも、近づけない。
心のどこかで、抵抗が出来てる……。
『気をつけろよ。あの悪魔には』
……さっきの人の話が、頭の中でこだまする。
本当に……本当に悪魔なの……?
これまで過ごしてきた三日間……全然そんな感じはしなかった。
ただ、少しだけ気遣いが足りなくて、怒りっぽくて、ぶっきらぼうで、でも……時々見せる優しさが……とても温かかった。
「……そんなわけ……」
ない……と言いたかった。
でも、本当かもしれない……。
でも……友達をそう言われて……。
でも……本当だったら……。
僕は、また思考の渦の中に巻き込まれてしまった。
それも、一度も悩んだ事の無い、友達の事で。
証拠もあって、僕を心配してくれた他人の意見を聞くか……。
自分のこの目と、心と……アイカさんを信じるか。
「ちょっと! 早く手続きしてッ!!」
僕が考え込んでしまってる時だった。
突然、勢いのあるアイカさんの声が耳に飛び込んだ。
「本当にやるの? 依頼料が雀の涙程だけど」
「やるわよ! それに、これ大変な事じゃない!」
「そうだけれど……依頼とお金が釣り合って……」
「いいからッ! 早くッ!」
……なんでアイカさんは必死になってるんだろう。
「出来たわ」
「わかった! それじゃ!」
カウンターの人の言葉と共に、アイカさんは風のように走り去っていく。
……一体どうしちゃったんだろう。
「……また始まったよ」
何処からか声がした。
このギルドにいる誰かの話し声だと思うけれど……。
「あれが噂の……」
「アイカ嬢さまのワガママ。あーやって、すっ飛んで行ってはいっつも依頼失敗するっつうヤツ」
「うわっ、恥ずかしい」
「それに巻き込まれたヤツが大怪我して、アイカのヤツはピンピンしてるんだぜ」
「う……わ……! とんだ疫病神だな」
……ほんの会話の一部分……その一部分だけが鮮明に聞こえた。
急いでアイカさんが話し掛けてた女性に話し掛ける。
「すみません! さっきの……!」
「あら、もしかしてギルドに入ってくれるのかしら?」
女性が微笑みながら、そんな事を言ってくるけれど、僕は首を横に振って続ける。
「さっきのアイカさんが受けた依頼! 何処で行うんですか!!」
「えっ……?」
「アイカさんの受けた依頼!! 何処でやるんですかッ!」
……なんか、嫌な事が起こる気がする。
さっきの噂を聞いて、その考えが確信に迫った気がしてた。
アイカさんが危ない……そんな気が……。
「どこでって……」
「依頼の場所ですッ!」
遅い返答に苛立ってくる。
ドンッとカウンターを叩きながら、僕は声をいつも以上に張り上げていた。
「アライの村……だけれど」
「……そうですか! わかりま……せん! どっちにありますか!?」
カウンターの女性二人がなんでか、ポカンとした表情をしていた。
そんな事より、早く教えてよ……!
「大都市の西口から、街道沿いに歩けばいいだけ……」
「わかりましたッ! ありがとうございますッ!」
西口……西口は通りすがりの人や、この都市にあるハズの都市地図を見れば必ずわかる……!
「急がないと……!」
言い知れない不安だけが、自分の中に積もっていって、アイカさんの後を追い掛けて行った。




