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終焉式世界紀行  作者: 慾
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転機

転機は突然訪れる。


その夜は青と赤の二つ月が同時に新月を迎えた、神経質なまでに暗い空だった。代わりに、夏の大三角形を始めとする星座たちが、眩い宝石のように散りばめられていた。<新世界>へと続くこの山脈は不思議な気候をしており。中腹から八合目までは雪に覆われているが、それより上は苛烈な火山口の暑さと、地下を通る温泉の源流により、幾分か気候が和らいでいる。


アルバは今、山頂を目前とした剥き出しの岩肌に、テカムセを抱いて毛皮に包まっていた。そして満天の星と、青い鱗粉を撒き散らす神秘的な蝶を眺め、<大精霊>(ワカン•タンカ)に祈りを捧げた。一筋の星屑が空から流れ落ち、ぷすぷすと健康的な寝息を立てていたテカムセがもぞりとアルバの腕から這い出た。


長い尻尾をピンと立て、ご機嫌に頬を仕切りに舐める腕白娘を優しくどけて、アルバは狩人らしい隙の無い動作で立ち上がった。毛皮の土埃を数度叩いて、ごろごろと喉を鳴らすテカムセの後を追う。いかに星が出ていようと、暗い山中で小柄なテカムセを見失わないのは至難の技だったが、生来の五感の良さが幸いし、何とか奇怪な岩の間をするりと抜け、気づけば山頂の火山口へと到達していた。


以前は砂塵を巻き上げ、頻繁に炎と溶けた鉱石を吐き出していたこの火山口だったが、今では静謐な青い光を湛え、湧き出る温かな水に白い蒸気をもくもくと立ち上げさせている。一見酷使した身体を休ませるために最適な、蠱惑の光景だ。だが、赤い光を頂いた雲から時折打ち下ろされる紫電が、ある種の暴力性を孕んでアルバを躊躇させた。テカムセはと言うと、アルバをこの場所へ連れて来るなり、泉の横にゴロンと寝転がり、悠々と毛づくろいを始めた。


暫く取り憑かれたようにその光景に目を凝らしていたアルバだったが、そのうち、ある奇妙なものを泉の中に見出した。水面から半分だけ顔を出してぷかりと浮かんだそれは、最初は肌色の魚の尻尾を持った頭の大きな何やら生物の赤子のような不恰好な形状をして居たが、すぐに形を変えて人の赤子の姿を取り、やがて大人の女の姿に成長し、老婆のように衰えては、雷の一撃によって塵芥と化し、再びあの不恰好な魚の姿を晒しては生と死を繰り返していた。


それが何であるか、アルバには分からない。だが一つだけ、それを雷の下から救い出さなくてはならない使命を感じた。アルバはようやくここへ来た意味が分かった気がした。竦む足を動かし、無我夢中で泉の中へ飛び込むと、己の巨躯で包み込むようにして、アルバはそれを抱きかかえた。


かくしてアルバは紫電に打たれた。


形を絶えず変える奇怪な物体を抱えながら、溺れるように、喘ぐようにアルバは無我夢中で遊泳した。だが重石をつけたように体が重く、一向に水面へと近づくことはなかった。そして再び紫電が眩い光の柱となって泉水を割り、アルバが呼吸をしようとした瞬間、静謐な青は炎の赤となって爆ぜた。噴き出す岩と黒煙と共に、アルバは山頂付近の岩肌に吐き出されていた。


齢十二、三ばかりの美しい娘が、背中を強かに打ちつけたアルバの胸の上に縋り付くように伏せていた。やおら顔を上げた娘は、太陽のように輝く髪と、赤と青の二つ月と同じ色をした宝石のような瞳を持っていた。肌は雪のように白く、そして驚くほど柔らかかった。


乳飲み子が母親に甘えるように、娘はペロリとアルバの胸を舐めた。欲が擡げそうになるのを感じるのもつかの間、人とは思えない力強さでアルバを押さえつけた娘は、勢いよくアルバの胸椎を噛み砕き、力強く鼓動する心臓に喰らいついた。


視界が赤く染まり、仰ぐ星空が遠のく。雌豹と対峙した時とは違い、物を考える間も与えられず、アルバは息を引き取った。

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