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終焉式世界紀行  作者: 慾
3/5

豹の平原

白み始めた地平線を横に見る。部族との時間は手首に繋がれた麻縄のようにあっさりと断ち切られた。蹄の音、嘶き、懐かしい角笛の音色が遠ざかり、黒々とした豹の影が昇ろうとする太陽の足元から忍び寄る。麻袋から這い出た豹の仔は健気にもアルバを庇って獣達に威嚇している。


恵まれた体格だけでなく、技術も申し分ないアルバは優れた狩人だったが、この時ばかりはなす術もなかった。跪かされ、縄を切られた時から、ずっとうなだれたまま、アルバは身動き一つ取らなかった。今まで屠ってきたものたちに命を奪われる最期というのは、有る意味道理かも知れなかった。


だが、奇妙なこともあるものだった。


痺れを切らした一頭の豹が、飛びかかろうとした、ちょうどその時。岩にぶつかり、折れた木製の槍が、落ちてきた。槍は驚いた馬に蹴り飛ばされ、一直線にアルバの手首を戒める縄を切り裂いた。驚いたように、ニ、三度瞬きして、アルバは自由になった手で拳を作り、そしてまた開いた。握るということを覚えたばかりの赤ん坊が、ちょうどそのことを確かめるような塩梅だった。


何だ、簡単なことじゃないか。


からからとした笑いが込み上げ、アルバは短槍とすら呼べない、へし折れた武器を拾って立ち上がり、そして天に向かって吠えた。雷鳴のような、腸を捩るような、奇妙な声だった。音程は低いくせに、嫌に朗々としていて、それでいて語尾はかすれ、天地にこだました。突然発狂したような様子のアルバに、獣たちは戸惑い、二の足を踏んだ。その隙を、アルバは逃さなかった。


ーーオオオオオオオオオオオオ


膝を曲げて姿勢を低くし、アルバは左手を前に突き出し、右手は投擲の構えで逆手にやりの断片を握りしめた。すっかり昇った陽がジリジリと照りつけ、白刃が反射した眩い光が、獣たちの視界を鈍らせる。刹那、白銀は煌き、眼前に迫った獣の眼球を横一文字に潰した。砂埃を巻き上げながら、勢いを失った巨体が背後に落ち、不恰好に前脚を折ってのたうち回る。


俄かに驚いた他の二頭が、左右に散開しながら愈々距離を詰めてきた。 今だ地面に転がる先の一頭を視界の隅に捉えたまま、アルバは腰を低くしたままゆっくりと崖の方へと移動する。刃からは血が滴り、乾いた熱風が砂を巻き上げて頬を撫でる。


若い経験不足な雄より、左手の年嵩の雌の方が厄介だ。右手の雄はアルバが一頭を返り討ちにしたのを見て混乱し、無意味に殺気立っているが、雌は利き手の反対側から静謐な湖のような目でじっとこちらを観察し、冷静に迫ってきている。アルバは背を伝う嫌な汗を感じながら、急ぎ背後の崖を登り始めた。


果たして、予感は的中した。


高所へと逃れようとするアルバは阻むべく、雄が飛びかかるまでは予定調和だった。大人の身長分崖を登り終わっていたアルバは力強く岩壁を蹴り、大きく上体を反らすと、そのまま宙返りをするように空中を一回転し、落下とともに岩壁に達した豹の背に着地し、回転の力を持って素早くその顎を持ち上げた。ごきりと嫌な音がし、壊れた槍の穂先が柔らかい喉に吸い込まれて行く。


唯一の得物であるその武器を引き抜く間も無く、風を切る肉食獣の鋭利な爪が既に耳の後ろまで迫っていた。気配も音も確かにあった。だが熟練の狩人はアルバが雄を仕留めて見せた一瞬の隙を逃さなかった。辛うじて顔を背け、両腕を交差させる。上腕に爪が食い込み、一人と一頭はもつれ合いながら砂の上を転がった。

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