第八話 羽入源三郎
羽入家へと向かう車の中、そこには重々しい雰囲気が……まったく無かった。
「へぇ〜、じゃあ千坂さんは助けてくれたから羽入家に仕えてるんですね」
「ええ、源三郎様に拾って頂いたおかげで今も生きていることが出来ます。そして命を助けて頂いたその時から、源三郎様の役に立とうと決めました」
「う〜ん、仁義って気がしますね」
「はっはっはっ、そんな大層な物ではございません。ただ助けて頂いたご恩を返す、それだけです」
「でもでも、なんかカッコいいですよ」
何故か千坂と和やかに話す鈴音。その傍らで沙希はまったく表に出さずに呆れていた。
なんでそんなに親しげなんだ鈴音! というか、その話は笑って聞ける内容じゃないぞ。
確かに先程千坂が話した身の上話はまるでどこかの仁侠映画にでも使われるような、そんな内容だった。普通そんな話を聞けば引くか動じるなりするものだが、鈴音はまったく気にすることなく千坂と普通に話している。
沙希は思わず出そうになった溜息を引っ込めると目線を車外へと向ける。
来界村を囲んでいる山並みが通り過ぎていく中で沙希は羽入家の思惑を考えてみる。
羽入源三郎が鈴音を呼び付けたのは、もちろん静音さんの居場所を聞き出すため。けど、私達も静音さんの居場所を知らない。もし、そのことを知った源三郎はどうするだろう?
……答えは二つかな。一つは私達をエサにして静音さんを呼び出そうとする。もう一つは、あえて私達を泳がせて静音さんと接触するのを待つ。どっちにしても危険は付きまとうか。
……どうせなら監禁してもらった方がやりやすい。静音さんを呼び出すためなら私達は殺せないし、手加減している相手なら私と鈴音なら脱出する事が出来る。それに、監禁されたという事実があれば警察の動きも変わってくるかもしれない。そうなれば交渉もやりやすいでしょ。
交渉内容はもちろん静音さんから手を引かせる事。これなら羽入家を叩けなくても静音さんから手を引かせることが出来る。私達の目的は静音さんを安全に取り返すことだから、警察の人には悪いけどそれが一番かな。
沙希達は普通の女子大生に過ぎない。だから沙希自身も羽入家と真っ向から戦って勝てると思っていないし、静音さえ無事に戻ってくれば羽入家の事はどうでもよかった。
「沙希」
「……」
「沙希? どうしたの沙希」
「えっ!」
よほど考え込んでいたのだろう。沙希は鈴音に呼ばれている事にやっと気付いた。
「どうかした?」
考え込んでいる時に呼ばれたから内心かなり動揺しているが、それをまったく表に出さずに普通に振舞う。
「もうすぐ羽入家に着くみたいだよ。ほら、あそこが羽入家だって」
鈴音が前を指差したので、沙希は体を少しずらして前方が見える位置に持っていく。
あれが羽入家か。
探すまでも無かった。フロントガラスの向こう、まだ少し距離は有るみたいだが、一目でその権力を表すかのように広大な屋敷が見える。
思ってたより広そう、時間も無いし、中を全部把握するのは無理か。
内部の地理を把握しておけばいざという時に動きやすい。けれど羽入家は中を確かめるだけの時間はくれないだろう。
どうしようかと悩んでいる沙希を乗せて車は無常にも羽入家へと入って行った。
はぁ〜、すごいな〜、門が自動的に開いたよ。
相変わらず変な所に感心する鈴音。まあ、これだけの広い屋敷なのだから中から門ぐらい開けられないと不便なのだろう。
車は羽入家の敷地へと入り、すぐに玄関へと到着した。
……なんか、思ってたより短かったね。もっと玄関まで距離があると思ったんだけど。
どこかのお屋敷のように玄関まで無駄に長い道が続くとも思われたが、あっさりと屋敷の入り口に着いた事に鈴音は拍子抜けする。
羽入家の裏手はすぐに山になっており、それだけ広い平地が無かったのだろう。だから羽入家の屋敷は奥行きはあまり無く、横に長い作りになっていた。
車から降りる鈴音達。そして鈴音達を迎え入れたのは昨日出逢った人物だ。
「いらっしゃいませ」
「あっ、七海ちゃん、お邪魔しま〜す」
見知った顔だから良いと思ったのだろう、適当に挨拶する鈴音。その後に一応沙希がちゃんとした挨拶を返した。
「七海ちゃん、今日は着物なんだね」
「ええ、お爺様の言い付けで」
鈴音達を出迎えた七海は着物姿だった。鮮やかな青に染まり、白い模様が入っている。まるで七海の名のとおりに海を連想させる着物を身に付けていた。
それから車を戻しに行った千坂を見送ると七海は鈴音達を中へと誘う。
「どうぞ、皆様お待ちになっております」
「皆様?」
「はい、皆様です」
聞き返す沙希だが、七海はまるではぐらかすように笑顔で言葉を繰り返しただけだ。完全にうやむやにされたと思う沙希だが、鈴音はそれ以上の物を七海から感じ取ったみたいで背筋に寒い物が走る。
うわっ、えっ? なに、今の?
急に走った悪寒。鈴音はワケも分からずに辺りを見回すが、何か変化があったわけじゃない。
「どうしたの鈴音?」
心配した沙希が聞いてくるが鈴音は適当にはぐらかした。
「さあ、どうぞ」
急かすように中へ誘う七海。
あまり待たせてもいけないのだろう、鈴音達は羽入家に足を踏み入れる。そして、そのついでに何気なく七海に目を向けてみる鈴音。
……えっと、私なにかしたかな?
何故か鈴音は七海に睨み付けられているよう思えた。七海は笑顔を崩していない、けれども七海は笑顔の向こうで突き刺さるような鋭い視線を感じる。
一応、鈴音は何事も無いかのように玄関を上がる。七海も同じく玄関を上がると鈴音達に振り返り、奥へ進むように誘う。
う〜ん、気のせいだったかな?
鈴音が睨まれていると思ったのは七海の横を通り過ぎる一瞬だけ、現在目の前にいる七海からはそのような感じはしない。
結局、七海に睨みつけられる心当たりが無い鈴音は、気のせいという事で七海を先頭に奥へ進む事にした。
廊下はすぐに表に面している廊下へと変わり、庭を横目に更に進んでいく。途中で鈴音は庭に目を向けて驚いた。
「沙希、池があるよ。しかもあんなに大きいやつがある」
「見れば分かる」
小声で後ろにいる沙希に話しかけるが、返ってきたのは冷たい反応。文句でも言ってやろうかと鈴音は沙希に振り返るが、やっぱりやめて素直に七海の後を付いていくことにした。
沙希……なんか怖いよ。
振り返った時に鈴音が見た沙希は、真剣というより鬼気迫るような顔つきで屋敷の中を見回していた。
もちろん沙希は表に出していないつもりだろうが、羽入家という事もあり隠しきれなかったのだろう。
う〜ん、大丈夫かな?
いつもと違う沙希の雰囲気に鈴音は心配になってしまう。
よし!
沙希の雰囲気を少しでも壊しておこうと鈴音が振り返ろうとしたときだった。七海が急に立ち止まると横にある障子を指し示す。
「こちらです」
そのまま七海は膝を付くと中に声を掛けた。中から年配の声、源三郎の声らしき返事が聞こえて七海は障子を開けると鈴音達を中に入るように促す。
おずおずと中に入る鈴音。だが一歩入ったところで動きを止めるが、すぐに後ろの沙希が急かしたので数歩進む。
……えっと、この人たちは何?
思ってもいなかった事態に固まってしまう鈴音、どうやら隣にいる沙希も同じようだ。更に障子は開かれて七海が入ってくると開いている障子を完全に閉める。
「どうぞ」
いや、どうぞって言われても。
未だに事態を受けきれていない鈴音は動けないでいるが、七海はさっさと両脇にいる人達の間を進むと一番奥にいる老人の隣に座った。
そうか、さっき七海ちゃんが皆様と言ったのはこういう訳か。
そう、鈴音達が通された部屋には何故か二〇人程が中央を空けて両脇に座っていた。
というか、この人達は?
両脇に座っている人達を眺める鈴音。それは相手も同じようで視線は鈴音に集まっていた。
まさかこんなにも大勢の人が集まってるとは思っていなかった鈴音達はその場を動けないでいるが、その場に低い笑い声が聞こえてくるとそちらに目を向けた。
「かっかっかっ、どうやら驚かせてしまったようだな。なに、心配無い。ここにいるのは羽入家縁の者達。皆、あんたを待っておったんだ。さあ、こっちに来て座りなさい」
一番奥にいる老人が前にある座布団を指し示す。
いつまでも突っ立っているワケにはいかない。鈴音達は両脇にいる人達に軽く頭を下げると中央を進み、老人の前に置かれた座布団に腰を下ろした。
鈴音は目の前にいる老人を直視して、老人もじっと鈴音の事を見ている。そして老人は納得したように何度か頷くと口を開いた。
「さて、分かっていると思うが儂が羽入家当主、羽入源三郎だ。あんたが京野鈴音さんだね」
鈴音の方を向いて確認してくる源三郎。
「は、はい」
一応、それなりの態度を持って返事を返す鈴音。だがそれは源三郎の一言で容易く崩れる事となる。
「そうか。……やはり静音さんのほうが美人だな」
「悪かったわね!」
独り言のように呟いた源三郎の言葉に思わず突っ込んでしまった鈴音。慌てて言い繕おうとするが、先に源三郎が笑い出してしまった。
「かっかっかっ、なるほど、妹の方が元気が良いと聞いておったが、どうやらそのとおりのようだな」
「いや、あの〜」
「気にしなくて良い、失礼な事を言ったのは儂だからな」
優しげな笑みを向けた来た源三郎に鈴音は思わず俯いてしまう。そんな鈴音をもう一度軽く笑った源三郎は隣にいる七海に手をかざした。
「さて、七海とはもう知り合っているんだったな」
「えっ、あっ、はい」
そんな事を言って来たので鈴音は顔を上げて慌てて返事をする。そして源三郎は鈴音達の左側に並んでいる人達の先頭を指し示した。
「そっちの頭にいる二人、それが七海の両親で博と智子だ。それから……」
そんな感じで源三郎は両脇に並んだ縁者を紹介していった。どうやらここに集まったのは羽入家の親類らしい。
全て紹介し終えた源三郎は再び鈴音へと顔を向ける。
「さて、今日こうして来てもらった用件だが」
「あの……」
源三郎が本題に入ろうとしたその時、鈴音は言葉を遮った。
「なんだね?」
途中で止められたというのに源三郎は嫌な顔一つせず、逆に優しい顔をしながら鈴音に尋ねて来た。
「いえ、用件というのは姉さんのことですよね。それなら私達も姉さんの事を尋ねようと思っていました」
「お互い用件は同じという事だな。では率直に言わせて貰おう」
源三郎は今まで鈴音に向けていた優しい顔を崩して厳しい顔になった。
「羽入家は静音さんの失踪に関わっていない」
「……それで」
「それだけだ」
「そんな一方的な主張を信じろっていうんですか!」
今まで黙っていた沙希が源三郎に噛み付く。
沙希と源三郎はお互いに鋭い視線を交わす。特に源三郎は先程よりも威圧感が増しているようだ。
「では、そちらに任せよう。信じるも勝手、信じないも勝手、好きな方を選ぶと良い」
「いきなり呼び出しといて勝手にしろと言うのも無責任じゃないんですか」
「では、なら何が望みだ?」
「もちろん、羽入家が握ってる静音さんの情報」
「ずいぶんとストレートに聞いてくる娘だな」
「あなたのご機嫌を取るつもりはありませんから」
部屋の中に訪れる静寂。その中で沙希と源三郎はお互いに睨み合っている。
……えっと、沙希、少しやりすぎなんじゃ。
この空気に耐えられない鈴音はそんな事を思い、なんとか口を出したいのだがちゅうちょしてしまう。
周りからでも口を出してくれないかと、鈴音は両脇にいる人達に目を配るが、誰かが口を開く気配は無い。どうやら源三郎に口出しできる人間はいないようだ。
そうこうしているうちに再び源三郎が口を開く。
「では、お前さんは羽入家が静音さんを誘拐したと思っているのだな」
「そこまでは言ってません」
「悪いが、儂もお前さんのご機嫌を取る気は無いぞ」
「くっ!」
悔しそうに奥歯を噛み締める沙希。
先程の言葉で沙希は源三郎より優位に立つはずだった。気丈な態度を取る事で源三郎を怯ませるはずだったのだが、同じ手を同じ方法で返された事により全てはリセットされて優劣は無くなった。いや、元より源三郎は上にいたのだから沙希が不利な事に変わりない。
「先程の言葉、羽入家が静音さんの失踪に関わってると取って良いんですね」
「おや、儂はお前さんの心情を当てただけで失踪に関わっているとは言っておらんぞ」
そんな事は沙希にも分かっている。もしかしたらボロを出すかもしれないと言ってみたのだが、そう簡単に落ちる源三郎ではなかった。
それどころか源三郎にはかなりの余裕がある。沙希は完全に遊ばれているようだ。
それを感じ取ったのだろう、沙希は手を強く握り締めると俯いてしまった。
えっと……。
そんな攻防を鈴音が理解するはずも無く。二人のやり取りが終わった事だけを感じ取ると、うな垂れている沙希を心配そうに目を向けた後に源三郎と向き合った。
「あの、源三郎さん」
「なんだね」
沙希と変わらぬ態度で鈴音と向き合う源三郎。
「いえ、そろそろ姉さんの事を教えて欲しいんですけど」
「……」
さすがにキョトンとなる源三郎、それは周りにいる羽入家縁者も同じようだ。七海に至っては声を殺しながら笑っている。
「……私の頑張りは一体なんだったの」
隣からはそんな呟きが聞こえてきた。
えっ! なに、なんでこんな空気になるの!
本気で分かっていない鈴音は周りを不思議そうな顔で見回し、とうとう源三郎も笑い出してしまった。
「かっかっかっ、さすが静音さんの妹なだけある」
そう言って笑い続ける源三郎。さすがにここまで笑われれば鈴音も不機嫌な顔になる。
う〜、なんでそんなに笑われなきゃいけないの。
ますます不機嫌になる鈴音を感じ取ったのだろう、源三郎は笑いを堪えながら鈴音に向かって口を開いた。
「鈴音さんや、先程そこの娘さんとの話を聞いてれば分かったと思うが、羽入家は静音さんとの因縁がありすぎる。現に警察も疑っておるからな。だから羽入家が静音さんを誘拐してもおかしくないだろう」
「姉さんを誘拐したんですか?」
「いや、先程も言ったとおり羽入家は静音さんの失踪に関わってない」
「なら姉さんの事で知ってる事を話してください。私達が姉さんを見つけますから」
再び訪れる静寂。
……だからなんで皆いきなり黙るの!
驚いた顔で辺りを見回す鈴音。両脇に並んでいる人は黙り込んでいるが、目の前にいる源三郎と七海は笑いを堪えている。というか、声にならないようだ。
さすがにこれ以上黙っている事が出来なかったのだろう。沙希が鈴音の肩に手を置くと小声で話しかけてきた。
「鈴音、簡単に説明すると羽入家は凄く疑わしいの。誰もが羽入家に疑いの目を向けてるの。そしてそれは源三郎本人も分かってる。そんな状態で何で羽入家を疑わない?」
要するに羽入家は疑われて当然の存在。そんな存在をどうして無視できる、ということらしい。
鈴音は少し考えると、声を殺すことなく全員に聞こえる声で沙希に答えた。
「でもさ沙希、私達源三郎さんに逢うのは初めてなんだよ。どうして今まで逢っていない人を疑わないといけないの?」
またしても静まる部屋の中。
だからどうしていきなり静かになるの!
今度は七海までキョトンとしている。そんな中で源三郎は優しい顔になると鈴音に向かって口を開いた。
「鈴音さん」
「なんですか?」
今までと急に雰囲気が変わった源三郎に鈴音は首を傾げながら答えた。
「鈴音さんは儂の言った事を信じるというだな?」
だが鈴音は人差し指を口に当てると唸る。
「う〜ん、というか、私はまだ源三郎さんの事はよく知らないし。信じるとか信じないとかは源三郎さんの事を知らないと判断できないと思います」
「なんでそう思う?」
そう聞かれると鈴音は急に懐かしい物を思い出した顔になり、昔を思い出しながら話し始めた。
「昔……姉さんがそう教えてくれたから。まずは相手の事を知りなさい。そうしれば頼れる人、信じられる人、嫌な人、信じられない人、そういった事が分かるから。その中で私が信じられる人を信じればいいって」
「……なるほど、さすが静音さんだね」
源三郎は妙に納得したように何度か頷くと黙り込んでしまった。
う〜ん、そこまで納得されるなんてね〜。というか、私もそれが正しいと思ったから実践してるだけなんだけど。
鈴音は静音から教えられたという理由だけでそういう事を実践している訳ではない。それは鈴音自身が考えて判断した事。そしてそれは過去の経験からも繋がっている。
私達は短い間とはいえ施設にいたから、その事を偏見を持って見る人も多かった。姉さんが社会に出るのと同時に私達は施設を出たワケだけど、風当たりは強かったらしい。
だからでしょ、姉さんがそんな事を言い出したのは。
そして鈴音の脳裏にはその時の記憶が蘇る。
「ねえ、鈴音」
「んっ、どうしたの姉さん?」
その時の姉さんはなんだか疲れてるみたいだったから、私が家事の全てをやると言い出して、姉さんはテレビを見ながらくつろいでいたんだけど。どうも姉さんは思い悩んでいるようでテレビの方を向いたまま呆けてるみたいだった。そんな時に急に呼びかけられたのよね。
「お父さんとお母さんが死んでから……何年になるんだろう」
「どうしたの急に?」
姉さんはそのままの体勢で首だけを部屋にある簡素な仏壇へと向けたから、私も何か真剣な話だと思って家事を中断して姉さんの隣に座って同じように仏壇を見たのよね。
「姉さん、何か嫌な事でもあったの?」
姉さんの提案で私達はなるべくお互いの事をよく聞くようにしていた。例え姉妹でも聞かないと分からないというのが姉さんの考えだったから。
それで私が聞くと姉さんは私の両肩をいきなり掴んだのよ。
「聞いてよ鈴音! 今日ちょっと仕事でミスをしたんだけど、それを両親がいないと教育が行き届かないんだね、とか言われたのよ! 教育が行き届いてないのはお前だー! って言い返したかったけど、ぐっと堪えたのよ! 偉い、私偉いよね」
「はいはい、姉さんは立派だったよ」
「そうよね、だから私決めた!」
「復讐でもするの?」
「そんな訳無いでしょ!」
姉さんは急に立ち上がると明後日の方向に向かって拳を突き出したの。というか、私はこっちだけど。
「私はああゆう人間とは逆になる!」
「逆?」
「そう! 鈴音、前に言ったと思うけど、私達がこの世でたった二人だけの家族でも言葉にしないと伝わらない事が多い」
「それは前に聞いた」
「そう、そして他人ならなおさら言葉にしないと伝わらない。だから鈴音、まずは相手の事を知るために言葉を交わしなさい。そうしれば頼れる人、信じられる人、嫌な人、信じられない人、そういった事が分かるから。その中で信頼の置ける人を選びなさい、そうでない人はぶっ飛ばせ!」
……姉さん、最後が物騒だよ。
その時は適当に聞き流したんだけど、後で考えてみれば姉さんが言った事は正しいと思う。
それは第一印象で受ける偏見を取り除き、その人を見詰めることだと思ったから。
懐かしい事を思い出して感傷にしたる鈴音。
そして源三郎も考えがまとまったのだろう、咳払いをしたので鈴音も現実に戻り、源三郎の口が開くのを待った。
「鈴音さんの考えは良く分かった。なら儂は全ての真実を語ろう。それを聞いて儂をどう理解するかは鈴音さんに任せる」
「はい」
そして語られる静音について。だが源三郎の口から出た物は鈴音達がもう聞いたもので、新しい事は何一つ出てこなかった。
「これが、羽入家が知る全てだ」
「えっと、それぐらいなら私達も知ってますけど?」
「かっかっかっ、そりゃあそうだろう。羽入家は静音さんの失踪に関わっていないんだから、失踪にまつわる事実など知りはしない」
あくまでも主張を変えない源三郎。沙希はそんな源三郎にどう攻撃してやろうか睨みつけるが、その前に鈴音が口を開いてしまった。
「分かりました。お話いただいてありがとうございます」
そう言って頭を下げる鈴音。隣にいる沙希は驚きの表情を向けるが、少しだけ考えると鈴音と同じように頭を下げた。
う〜ん、何か分かると思ったんだけど、何も出てこなかったね。
頭を上げた鈴音はその場を辞そうと立ち上がろうとする。
「ちょっと待ちなさい」
それを止める源三郎。鈴音は座り直すと再び源三郎と向き合う。
「ここに呼び出したのは静音さんの事を話すだけでなく、鈴音さんと幾つか約束しようと思ったからだ」
「約束?」
「そう、約束。これから羽入家は、全面的に鈴音さんに協力をしよう」
「……はい?」
いきなりの申し出に鈴音は変な発音で返事を返す。だが源三郎はそんな鈴音を無視して外に顔を向ける。
「千坂、入っておいで」
障子の外から返事が返ってくると、障子が開いて千坂氷河が入り、鈴音と源三郎の間に座る。
「千坂、鈴音さんが村にいる時は守ってあげなさい。その命に代えても鈴音さんを守るんだぞ」
「はっ」
「えっ?」
目の前の展開についていけない鈴音は呆けるばかりだが、源三郎は笑みを向けてくる。
「大丈夫だ、千坂はお前さん達を監視している訳じゃない。だからお前さん達の行動が制限させる事は無い。それにかなりの使い手だ、危険な事があっても助けてくれるだろう」
いや、そういうことじゃないんですけど。
「それから静音さんの事を掴んだら必ず知らせると約束しよう。絶対に静音さんと逢わせてあげるから安心しなさい」
それはありがたいんですけど、なんでこんな展開に?
まさか羽入家がここまで協力的になってくれると思ってなかった鈴音は戸惑うばかりだが、沙希としては別の思惑があると信じて疑わなかった。
「さて、他に聞きたいことはあるかね?」
えっと……。
鈴音は沙希に目を向けるが、沙希も鈴音を見ている。どうやらこれ以上聞く事は無いようだ。
「大丈夫です」
「そうか、何かあったらいつでも来なさい。最優先で実行しよう」
「はぁ、ありがとうございます」
とりあえず礼を言っておく鈴音。
「では千坂、二人を送ってあげなさい」
「いえ、村を見て周りたいので歩いて帰ります」
千坂が返事をするより前に、沙希は源三郎の申し出を断った。
「そういえば、昨日は事件に巻き込まれて村を見てる余裕は無かったですからね」
「そうか」
七海の説明に源三郎は満面の笑みで何度も頷く。
それから鈴音達は周りに羽入家親類にも一応礼を言ってからその場を後にする。
こうして、なんとか羽入源三郎との会談は終わりを告げた。何一つ新しい事は分かっていないが、源三郎と会うことが出来て鈴音はそれなりに満足したようだ。
その後、千坂と七海が玄関まで送ってくれた。千坂は門まで送ろうとしたが、沙希がそれを断ったので二人で羽入家の門まで歩いた。
そして何事も無く羽入家から出られた鈴音達だが、意外な人物が門の外で待っていた。
そんな訳でお送りした断罪の日、第八話。いかかでしたでしょうか。
という訳で、回想とはいえ静音さんが出てきましたね。……というか、静音さんはっちゃけ過ぎ? 静音さんそんなキャラでしたっけ!!! ……とか思っております。
う〜ん、初期設定では名前のとおり静かな人だったんですが、いつの間にやらあのような性格に……不思議だ!!!
さてさて、それからやっと出てきた人物、羽入源三郎ですね。不気味なくらい鈴音に協力的、沙希は裏があると思っているようですが……やっぱり裏はありますよね。まあ、誰しも裏は持っているものです。そんな訳で源三郎の裏とは……たぶん最後の方かな? 下手すれば解答編の方になるかもしれませんね。まあ、そんな訳ですのでお暇な人は源三郎の裏を考えてみてください。
それからついでなんで七海にも触れておきましょうか。とりあえず七海が着ていた着物。あれは広げると大海原に雲が描かれた絵になります。一応紋様とか入れようかお思いましたが、シンプルな方が良いと思い、そんなデザインとなりました。というか、私的にはそういう着物の方が好きです。まあ、どうでもよい事ですが。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想、そして投票もお待ちしております。
以上、着物は半脱ぎが一番だ!!! とか不純な事を思ってる葵夢幻でした。