第七話 羽入家からの誘い
「朝だよ〜」
元気な声と共に部屋に光が差し込み、沙希は素直に意識を浮上させていくが鈴音は抵抗のつもりだろう、布団を被り光を遮断した。
「鈴音お姉ちゃん、朝だよ〜」
だが朝を告げる者はそんな鈴音に容赦しない。最初は布団を引っ張ったが鈴音に力には勝てなかったみたいで、次は思いっきり鈴音の上にダイブする。
「ぐぎゃ!」
車にひかれたウミウシのような声を上げる鈴音。さすがにこの攻撃には耐えられなかったのだろう、布団の中でモゾモゾと動くとやっと上半身を起き上がらせる。
「おはよう、鈴音お姉ちゃん」
「ん〜、おはよう美咲ちゃん」
鈴音は上に乗っかっている美咲に寝ぼけながら挨拶を返し、隣で寝ているはずの沙希にも挨拶しようとするが、そこにはすでに沙希の姿はなかった。それどころか布団すら無い。
寝ぼけならが目を泳がせると、すでに布団を仕舞い終えて着替えを始めている沙希が眼に入った。
「相変わらず朝に強いね」
「鈴音が弱いだけでしょ」
「私が普通だよ」
「鈴音お姉ちゃん、朝が苦手なの?」
「う〜ん、苦手ってワケじゃないけど、少しボーッとしないとダメかな」
「それは苦手というんじゃないのか?」
「普通!」
「私も朝起きてすぐに着替えるよ」
……美咲ちゃん、朝から追い討ちを掛けないでくれる。
寝ぼけていてもちょっと悔しかったのだろう。鈴音は手に布団を持つと美咲に襲い掛かる。
「このこのっ、よくもいじめたな」
「あははっ、いじめてないよ」
布団を使い楽しそうにじゃれあう鈴音と美咲。昨日あんな事があったというのに、すっかり楽しそうだ。そしてそんな二人に沙希は呆れた目線を送る。
「……朝から楽しそうだな」
ショートカットの髪をブラシで梳かしながら、楽しげな二人を見ていた。
しばらく楽しげにじゃれあっていた二人だが、朝からはしゃいだので疲れたのだろう、荒い息をしながら二人の動きが止まった。そして沙希はブラシを片手に立ち上がると、今度は鈴音の後ろに座る。
「んっ、ありがと」
「鈴音のウチに泊まった時はよくやってるからね」
それだけ言うと沙希は鈴音の長い髪をブラシで梳かし始めた。
「なんで沙希お姉ちゃんがやるの?」
当然の疑問に沙希は少し楽しげに答える。
「鈴音は髪が長いからね、こうやっていじってると結構楽しいの」
「沙希お姉ちゃんは髪を伸ばさないの?」
「ちょっとめんどくさくてね、でも時々やりたくなるから鈴音のをやってるの。美咲ちゃんも髪が長いから後でやってあげようか?」
「沙希はいろいろな髪型にしてくれるから楽しいよ」
「うん、じゃあ後でやって」
楽しげに答えた美咲に沙希も笑顔を返し、鈴音の髪を片手に納めるとどうしよかと考え始めた。
「さて、今日はどうしようかな。美咲ちゃん、鈴音にやってほしい髪型とかある?」
「うんと……ドリル!」
「……ごめん、ハードスプレー持ってきてない」
「あったらやる気なの!」
部屋に溢れる三人の笑い声。いつもとは違う楽しい朝からその日が始まっていく。
結局、鈴音の髪型はポニーテールに決まった。そして鈴音が着替えている間に沙希は美咲の髪型を鈴音と同じにしてやり、三人一緒に居間へと向かう。居間にはすでに朝食が整っており、琴菜が三人を待っていた。
テーブルに付く三人、琴菜はそれぞれにご飯を出してそのまま朝食の風景を見守る。
元気良くご飯を食べる美咲に対して鈴音と沙希は少し遠慮しているのだろう、静かに朝食を頂いていた。
そして朝食後、美咲は学校へと出かけて行き、鈴音と沙希は部屋に戻ってこれからの事を話していた。
「それで鈴音、何時ごろ出るの?」
「というか、今何時?」
「んっ、ちょっと待って」
部屋に時計が置いていない所為か、鈴音は今まで時間を気にしていなかった。だから沙希がどこかに置いた自分の腕時計を探している。
「あったあった」
布団を敷いたときに部屋の端にどかしたテーブルの上、その片隅で腕時計を発見した沙希だが、何故か時計を見ると固まってしまった。
「どうしたの?」
沙希の後ろから覗き込む鈴音。そして鈴音も固まる。
えっと、これは……どういうことなのかな? ……あっ、そうか。
「沙希の時計……遅れてない?」
「これは電波時計だから時間は狂わない」
じゃあ、なんで?
「なんでその時計は七時を指しているの?」
何度見ても時計は七時を指しており、外は当然明るい。どう見ても午前七時だ。そして七時といえば鈴音がいつも起きる時間だ。
「私達……何時に起きたの?」
「たぶん、六時……かな?」
「私そんなに早く起きたことなんてほとんど無いよ!」
「でしょうね」
どうやら沙希も同じようだ。けど今から二度寝するわけにもいかない、それに布団はもう片付けてしまった。
う〜ん、まさかこんなに早い時間だとは思わなかったな。というか、美咲ちゃんはいつもこの時間に起きてるの。
「田舎恐るべし」
「せめて健康的と言ってやれ」
それもどうかと思うが鈴音は何も言わずに目線を明後日の方向へと向ける。こんなにも時間が早いと、どうしていいのか分からないようだ。
「さすがにこんなに早く行くわけにもいかないよね」
「門前払いが関の山だろう」
鈴音達が行こうとしているのは、来界村で絶大な権力を持つ羽入家。そんな所にこんな朝早くに出向いてもまともな話が聞けるはずが無い。静音の事を聞きたい鈴音にとってはそれはかなり困る事なるから、それはどうしても避けねばならない。
まあ、だからと言って何かやる事があるわけでもないのも確かだ。
しかたなく鈴音は寝転びテレビをつける。そして沙希はそんな鈴音を踏んづける。
「沙希〜、重いよ〜」
「お前は何をやってるんだ、何を」
踏みつけた足で鈴音の脇腹をくすぐりに掛かる沙希、足の下で悶える鈴音を徹底的にくすぐってやった。
そして数分後、鈴音はやっと解放される。
あ〜、死ぬかと思った。
鈴音は未だに荒い呼吸をしながら、体の一部が痙攣している。そんな鈴音を無視して沙希は自分の荷物を漁る。
そして鈴音が回復した頃には、沙希は指先の無い格闘技用のグローブを身に付けており、鈴音の荷物からも黒い布袋に入っている長い物を取り出していた。
「何してるの?」
沙希は答える代わりに鈴音の荷物から取り出した長い物を投げ渡してきた。
これ、私の愛刀。まあ、愛刀と言っても真剣じゃなくてアルミダイキャスト……だったかな。そんな金属で刃が出来てる居合刀なんだけどね。とりあえず護身用に持ってきたんだけど。
「どうするの、これ?」
刀を沙希に見せながら聞くと思いっきり溜息を付かれた。
沙希の反応に不満な顔になる鈴音。そんな鈴音に沙希は詰め寄ってきた。
「あのね鈴音、私達はこれから危険極まりない羽入家に行くの。だから武器の一つや二つ持っていた方が安心でしょ」
「でもこんな物を持って行くのも怪しまれない?」
「袋から出せば大丈夫でしょ」
まあ、確かにこれは見つかっても怪しまれないように、杖というか棒にしか見えないけど。普通に持ってると警察沙汰になる事もあるから、だから仕込み刀にしてるのよね、けど……こんな物を持ってる時点で怪しまれないかな?
「でも一応武器に見えるよ」
「……盲目なフリをしてれば大丈夫」
「座頭市を演じろと!」
「頑張れ」
「無理だよ」
そんなこと出来るわけないじゃない、私演劇なんてやったことないよ。……でも、やっぱりこれを持っていた方が落ち着くというか安心するのも確かなのよね。
鈴音は柄を持って力を入れていくと、ゆっくりと刀身が姿を現した。
どうやら手入れは行き届いているようで、鈴音の顔が刀身に映るほど綺麗になっている。更に鈴音は刃の状態を確認する。
刃こぼれは……ないね。まあ、いつも手入れしてるし、使ってないから大丈夫か。……って、ちょっと待って。
「沙希」
「んっ、どうしたの?」
刀を手にした鈴音は真剣な顔を沙希に向ける。
「もし、もしだよ」
「だからどうした?」
「もし、これを使う事になったら……私はどういう風に戦ったらいいの?」
「いつもどおりにやったら?」
「いつもどおりにやったらこれでも致命傷を与えちゃうよ。真剣ほどの強度は無いけどこれでも充分に人は斬れるよ」
「いや、峰打ちにしてやれよ」
「峰打ちにする自信が無いよ、峰打ちの練習なんてしたこと無いから」
「……」
「……」
沈黙が立ち込める中で沙希は鈴音の両肩に手を置いた後、今度は親指を立てて見せた。
「正当防衛が成立する範囲で頼む」
「斬れと!」
「あははっ、まあ冗談は置いておいて、何か武器を持っていかないとヤバイんじゃない?」
「じゃあ、もう一本の方を取って」
鈴音に言われて沙希が荷物を漁ると、そこにはもう一本の布袋に入った刀があった。そっちは赤い布袋には行っており、長さは先程と同じ物のようだ。
「これ?」
「そう、そっちのやつ」
沙希は赤い布袋に入った刀を鈴音に渡すのと同時に、先程渡した黒い方を受け取ると鈴音の荷物に戻した。
鈴音は受け取った赤い布袋から刀を取り出す。これも先程の刀と同じように仕込み刀になっている。
そして鈴音が刀を抜くと、先程とは少し違う刀身が姿を現した。先程の刃は鈴音の顔が写るほど表面が綺麗だったが、こっちの刀は少し曇りが掛かっていた。
う〜ん、やっぱりこっちの方が重いな。けど、使えない範囲じゃないし、今までに何度か使った事があるから大丈夫でしょ。
「それで何が違うの?」
沙希がそう聞いてきたので、鈴音は手にした刀を沙希に差し出す。
「持ってみて」
「いいの? 素人が持つと危ないんじゃ」
「大丈夫、これは刃引きした刀だから」
「はびきって?」
「この刀には刃が付いてないの。だから何も斬れないよ」
沙希は刀を受け取ると先程鈴音がやっていたように刃を見てみる。だが、刀の先は尖っておらずに平たくなっていた。
「ほんとだ、尖ってない」
「私は演舞とかで使うけど、それなら武器にしても大丈夫でしょ。真剣だけど刃が付いてないわけだし、いつもどおりに使えるから」
「じゃあ、思いっきり使っても大丈夫だ」
「そうだけど、でも……打ち所によっては死んじゃうんだよね」
「結局ダメじゃん!」
「大丈夫だよ、頭とか急所を打たなければ死なないから」
「……それは正当防衛の範囲に入るのか?」
「信じてよ!」
結局最後はいつものように二人で笑って締める。
だがそんな時だった。急に部屋の外からこちらに向かって走ってくる足音が聞こえ、部屋の前で止まるとふすまが勢い良く開いた。
「こと……な、さん」
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
琴菜は明らかに動揺しており、その顔は驚きで固まっていた。そして琴菜は言葉を搾り出して二人に告げる。
「い、今、表に……羽入家の人が」
「はい?」
「えっ!」
鈴音は一瞬何を言われたのか分からなかったが、沙希は逸早く事態を察するとすぐに琴菜に聞き返した。
「それでその人はなんて?」
「二人に、用があるから羽入家に来てくれって」
「えっと……」
ようやく鈴音も事態を理解する。
つまり、羽入家の人が迎えに来てくれたって事? じゃあ、わざわざ行く手間が省けたって事だね。
微妙に違う気もするが、現状は確かにそのとおりだ。
「よかったね沙希、あっちからわざわざ来てくれるなんて」
「そうじゃないでしょ!」
沙希はすでに警戒態勢には行っている所為か、真剣な顔で鈴音の両肩を掴んだ。
「羽入家が来たって事は、私達の事が羽入家に伝わってるって事でしょ。鈴音が静音さんの妹だって事を掴んでるのよ! まったく、一体どこで知ったんだか」
「いや、沙希、なに言ってるの?」
「私達の情報がどこからか羽入家に漏れたって事!」
「いや、漏れたって、昨日私達が七海ちゃんに話したじゃない」
「……あっ」
ようやくこの事態が不自然でない事に気付く沙希。
そう、昨日鈴音達は羽入七海に会っている。それどころか丁寧に自己紹介もしているのだから、鈴音達の事が七海の口から羽入家に伝わっても何も不思議は無かった。
「そうだった〜」
珍しく落ち込む沙希。まあ、沙希にしてみればこの事態はもうどうしようもない事なのだろうが、鈴音はそう思ってはいないようだ。
「じゃあ、待たせてもなんだし。早く行こうっか、沙希」
沙希とはまったく違って鈴音はずいぶんとのんきだ。そんな鈴音を沙希は珍しくジトッとした目で見てから、大きく溜息を付いた。
「今だけは鈴音の性格がうらやましい」
「それはどういう意味なのかな、沙希?」
沙希を恨みがましい目で見ながら言い返す鈴音。そして沙希も口を開こうとした時、先に琴菜が口を開いた。
「あの、あんまり待たせても悪いのでは?」
『あっ』
二人同時に声を上げて、慌てて準備をする。
えっと、とりあえず持つ物は持ったかな。後は、この刀だけだね。
鞘に収められて杖のようになっている刀を手に取ると沙希に目を向ける。沙希も準備が出来たようで、いつでも出かけられるようだ。
「それじゃあ行こうっか」
「鈴音、油断しないでね」
「たぶん大丈夫だよ」
やっぱり溜息を付く沙希。そんな沙希を鈴音は軽く笑うと部屋を後にした。
玄関で待っていたのは、これでもかと言うほど分かりやすい人だった。
黒いスーツにサングラス、そのうえ口髭を蓄えていた。どう見ても普段なら関わり合いになりたくない人だ。
そして鈴音と沙希がその人の前に立つと丁寧に頭を下げてきた。
「初めてお目に掛かります。私は源三郎様の付き人をやっております千坂氷河という者です。源三郎様の命によりあなた方を迎えに参りました」
「はぁ」
「ご丁寧にどうも」
気の抜けた返事をする鈴音としっかりとした返事を返した沙希。千坂は頭を上げると二人を交互に見て、鈴音に目を向けた。
「京野鈴音様……ですね?」
「えっ、あっ、はい」
えっと、私まだ何も行ってないよね……なんで分かったんだろう?
そして今度は沙希に目を向けて確認する千坂。
「では、あなたが神園沙希様ですね」
「はい、そうです」
「えっと、何で分かったんですか?」
鈴音が聞くと千坂は口元を少し緩めた。
「あなた方のことは七海お嬢様から聞いておりました。そして鈴音様、あなたは静音様によく似てらっしゃる。ですから、そう思っただけです」
そう言って笑顔を向けてくる千坂に鈴音は笑顔を返した。
なんか、見た目はあれだけど、中身は良い人みたいだね。
鈴音はそんな事を思っているが、沙希は絶対に警戒を緩める事はしなかった。ここで何かが起こるとは思っていないが、千坂に対して油断するわけには行かない。源三郎の傍に居る人物なら小さな油断が命取りになるかもしれないからだ。
そんな沙希とは対照的に鈴音はすっかり千坂を信用したようだ。二人は静音の事を話していたが、急に千坂が自分のやるべき事を思い出したのだろう。二人を外に招いた。
「外に車を止めております。それでご案内しますので、どうぞ乗ってください」
どうやら来たのは千坂一人のようで、車には誰も乗っていなかった。
すんなりと車に乗り込む鈴音。沙希は車の外を千坂に気付かれないように確認すると車に乗り込み、千坂が乗り込んでくる前に内部をチェックした。
だが怪しい物は何一つ無い。沙希はなにか武器があると思っていたが、そういう物が積まれている様子は無いようだ。
だが、まだ油断はできない。拳銃なら常に携帯できる、千坂が拳銃を持っていないという確証が無い以上は油断はできない。
そして千坂が運転席に乗り込むと、車は羽入家に向かって進みだした。
そんな訳でやっと上がりました。思っていた以上に時間が掛かってしまった。……これも全部花粉が悪いんだ―――!!! ということで、かなり長い間頭が真っ白になっていました。
さてさて、今回は次に繋げる話となっております。そんな訳で次回、羽入家当主である羽入源三郎との対面となります。そして鈴音と源三郎の意外な関係が明かされたり、明かされなかったり。そんな訳で未定です。というか、そんな関係があるのかどうかも分かりません。つい勢いで書いただけです。
さてさて、今更思いましたが……後六日有るんだよね。いや、断罪の日が始まるまでです。というか、長すぎた――――――――――!!! とか、今になってちょっと後悔したり、したりしてます。いやね、日にちの設定をしたときにも、ちょっと長いかなと思ったけど、まっいいっかとか思ってそのまま来てしまいました。そして今、思っていた以上に話しが進まず、やっぱり長かったか―――!!! とか思ってみました。でもいい!!! 頑張るファイトーー!( ゜д゜)乂(゜д゜ )イッパーーツ!! ということで、この断罪の日は長くなると思いますが、末永いお付き合いをお願いいたします。
まあ、結局のところ、それが言いたかっただけですね。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想、そして投票もお待ちしております。
以上、仕事で右腕が筋肉痛の葵夢幻でした。