第二十九話 崇りについて
「こんにちは〜」
鈴音は駐在所の中を覗き込むのと同時に挨拶をした。何事も無ければ金井が居るはずだ。
そして鈴音の予想通り金井がおり、予想外にも吉田までいた。
警察から情報を貰うのには吉田から聞くのが一番良いと考えていた鈴音達だからこそ、駐在所に寄ったのだが。まさか都合良く吉田が居るとは思っていなかったようだ。
だから少し驚きもしたが、吉田は捜査に個人プレーで行う事が多い事から珍しい事ではないと解釈した。
「こんにちは、鈴音さんに神園さん、どうされました」
挨拶を返し、中へと誘う金井。自分達と同じテーブルに付くように言うと、傍にあるポットの元へと向かった。
「これはこれは、お二人ともこんな所へ何用ですかな?」
鈴音達が椅子に座ると吉田から話し掛けてきた。その顔には笑みを浮かべ、何かしらの期待すらも混じっている。
静音の事があるから鈴音達が何かを掴んでいてもおかしくは無い。だから鈴音達から何かしらの情報が出る事を期待しているのだろう。
それは鈴音達も同じだ。だから沙希も笑みを浮かべて言葉を返す
「吉田さんに連絡を取って貰おうと思ったんですけど、丁度良かったです」
「ほう、それはそれは」
吉田は期待通りに言葉に頷くとタバコに火を付けた。
鈴音達の立ち位置は吉田も充分に理解している。事件に巻き込む気は無いが、協力を拒む気も無い。提出された情報は素直に受け取っておこう、という事だ。
全員に湯飲みが行き渡り、金井が座ったところで吉田から話を切り出してきた。
「それで私に御用とは?」
「もちろん村長さんの事です」
率直に答える沙希。吉田相手に源三郎のような探り合いは不要だ。
それに沙希と吉田は羽入家を敵だと思っているから理解が早い。ここは沙希に任せた方が良いと鈴音は目の前の湯飲みを手に取った。
「その様子だと何かしら知っているようですな」
「ええ、それを踏まえた上で吉田さんには一緒に村長さんの家に来てもらいたいんです」
「お話を窺いましょう」
吉田がテーブルの上に両肘を付くと沙希が説明を始めた。
それは一昨日、村長宅で村長と話した内容。そして村長が示した黒いノート、更にはそこで行われた村長との密約と村長の態度など。吉田の質問に沙希は丁寧に答えながら説明を続けていった。
「まさか、お二人が村長のお相手だとは思いませんでしたよ」
吉田は二本目のタバコを揉み消すと溜息を付いた。
「村長の用件とはお二人との約束だったんですね。そして村長は何かの秘密を伝えようとしてた。そういう事ですね」
「ええ、それが何かは分からないですけど」
それはたぶん静音の事なのだろうが、村長が居ない今では永遠に分らなくなってしまった。
「それで残されているのは、村長が示したノートだけというわけですか」
「ええ、出来ることなら回収したいんですけど、私達だけ……という訳には行かないと思って」
別に黙って持ち出してもよかったのだが、後日そのノートの存在が警察に発見された場合の事を考えると、その存在だけは伝えておいた方が良いと沙希が言い出したからだ。そして鈴音もそれに同意した。
警察に対して隠す必要も無く、情報を提供したという事実は後に役立つと考えたからだ。まあ、そんな事は関係無く、吉田なら協力してくれるだろうという沙希の思いもあった。
そんな沙希の思いに応えた訳ではないが、吉田は沙希の申し出に快く応えた。もちろん沙希の思惑に乗った訳ではない。吉田としても鈴音達がもたらした情報の重要性を理解したからだ。
そしてそれが必要になれば後で警察の権限で押収できる。だから一時的に鈴音達に渡しておいても構わないだろうと判断したからだ。それだけ吉田は沙希を信用しているのだろう。
それに静音の事で村長が殺されたとなると鈴音達の印象を悪くはしたくない、そんな事も思っただろう。こうなってくると鈴音から何が出てくるか分った物ではないからだ。
吉田は頭を掻くと金井に顔を向ける。そして先程の会話を誰にも漏らさない事、上層部には自分から連絡するから報告も無用との事。それから鈴音達の周りにより一層注意しておく事を伝えた。
「それでは行きましょうか」
金井に伝える事を全て伝えた吉田は立ち上がり、鈴音達と一緒に村長宅へ向かおうとする。鈴音達も立ち上がった時、沙希が何かを思い出したのか声を上げた。
何かと鈴音も吉田も振り返り沙希に目を向けた。
「そういえば羽入家は放っておいても良いんですか」
それは羽入家が沢山の銃火器を持ち出していた事を言っている。さすがにあれだけ派手にやっているのだから警察が動かない訳が無い。
けれども吉田は溜息を付いて、その事はもう話が付いていると話した。
「司法取引では無いですが上層部とは話が付いているみたいです。事件の犯人が捕まれば持ち出した武器を全て差し出し、源三郎自身の身柄も逮捕される予定です。まあ、あれだけの武器ですから地方警察の我々にはどうする事も出来ません。つまりその事に関しては私に出来る事は無いわけですよ」
わざわざ肩をすくめて見せる吉田。羽入家への敵対心が無くなった訳ではないが、ここまで力技に出られると何も出来ない事は無いと諦めるしかない。いや、ここまでやられると諦めが呆れに変わるのだろう。
だから吉田に悔しいという感情はそれほど強く生まれる事はなかった。
確かに今現在の羽入家が有している武器と兵士を前にしては、警察でも権威だけで立ち向かう事は無理だろう。下手をすれば大事になりかねない。
すでに大事になっているのだが、来界村は田舎であり、警察と羽入家が緘口令を出せば事態が表立って広まる事は無い。だからこそ、そのような取引が成立したのだろう。
もしかしたら羽入家が来界村から出ないのは、このためかもしれないと鈴音は考えたりもする。
確かに来界村は田舎だけど、東西の都市に連絡をつけるにしても監視するにしても適してるかもしれないね。高速道路から遠そうに思えるけど、山を越えれば結構近いかもしれない。だからそんなに遠いわけじゃない。本拠地にするには打って付けの場所なのかも。
来界村と平坂には主要な街道は無い。来界村近隣にそういう道路が無いわけではないのだが、道が整備されておらず、かなり分りずらい為に利用者がほとんど居ない。けれども道は存在する。
その存在さえ知っていれば有効に活用する事が出来る。つまり来界村は閉鎖された田舎ではないという事だ。
源三郎はその事を知っているからこそ来界村から動かないかもしれない。田舎という目の届き難い利点を最大限に利用しているからこそ、ここまでの事が出来るのではないか、鈴音はそう考えた。それが羽入家が有している最大の武器ではないかと。
そこまで考えて鈴音は思考を止める。たとえその通りだとしても鈴音にやるべき事は一つも無い。羽入家に対処するのは警察機構であり、鈴音ではないからだ。鈴音に羽入家に対する権力も義務も無いからには、それ以上考えても無為な事だろう。
だからこそ口にすら出さなかった。
吉田が車を出してくれたおかげで予定よりも早く村長宅へ着く事が出来た。強くなり始めた日差しを避けられただけでも鈴音達にとってはありがたい事だ。
村長宅の門は閉じられていた。警察もすでに引き上げていて、村長宅はいつもの、いや、いつもより静かだ。
吉田が叩いて中に呼びかけるが応答が無い。そこで鈴音が軽く門を押してみると簡単に動いた。どうやら閂は掛けられていないようだ。
ここで声を上げてもしょうがないと鈴音達は門を潜り玄関へと向かった。呼び鈴を押すと香村が姿を現した。
昨日は眠れなかったみたいだね。
香村は疲れきった顔をしており、目の下にはクマが出来ている。香村にとっても村長の死はかなり堪えているようだ。
「昨日の今日で申し訳ないですが、少し家の中を見せてもらいたいんですよ」
用向きだけを簡潔に伝える吉田。香村をはじめ事情聴取は終わっているようだ。吉田の心情としても少しの間は休ませてあげたいのだろうが、鈴音達がもたらした情報の真偽を確かめるまではそうも言っていられない。
香村は一度頷くと鈴音達を家の中に入れる。吉田は「後は勝手に調べますから」と告げると香村は吉田の行為を受け取り、自室へと引き返して行った。こういうやり取りが行われるのは田舎ならではだろう。もっとも、この場合は警察を信用したのではなく吉田を信用したと言える。
香村を見送った鈴音は沙希を先頭に村長の書斎へと向かった。途中、乱暴に破かれた障子や未だに血が付いている壁が目に映る。どうやら未だに掃除はされていないようだ。
それらを見ると村長が随分抵抗したのだと実感させられる。そんな惨劇の爪痕を目の当たりにしながら、鈴音は複雑な思いで廊下を歩いていく。
……。
さまざまな思いが胸に去来するが鈴音は考えないようにしていた。もし、それらを考えてしまえば落ち込むどころか泣いてしまうのではないかと思えた。だから今は考えないようにする。後悔よりも先にやるべき事があるから。
書斎の障子を開けると、そこは最後に見たときはまったく変わらない光景が広がっていた。どうやら村長はここには逃げ込まなかったらしい。鈴音達に託すべき物の傍には近寄らなかったようだ。
真っ先に本棚へと向かった沙希は村長が最後に示してくれた黒いノートを見つけ出した。
沙希が表紙をめくるのと同時に鈴音と吉田もノートを覗き込む。
……あっ! この字。
鈴音が驚いた数秒後に沙希も驚き固まってしまう。
「ねえ、沙希。この字って」
「鈴音がそう言うんじゃ、間違いないか」
二人の会話に吉田がどういう事なのか尋ねてくる。沙希は答える事はせず、視線を鈴音へと向けた。鈴音が答えた方が良いと判断したのだろう。
鈴音はもう一度確認して間違いないと判断を下すと視線を上げる。
「このノートの字……姉さんの字です」
「という事は……」
「このノートは姉さんが残した物になります……よね?」
最後に疑問詞を付けて確認してくる鈴音に沙希は首を縦に振った。見たのは最初の一ページだけだが、そのページは全て静音の字で埋め尽くされている。沙希は鈴音にノートを渡すとその後の数ページを確認させたが静音の字だけしか出てこない。どうやら静音の所有物なのは間違いないようだ。
だがそうなると当然のように疑問が浮かんでくる。
なんで姉さんのノートがこんな所に?
静音の所有物なら桐生家にあった荷物の中にあるのが当然だ。それが村長宅にあるという事は何かしらの意味があるのだろう。鈴音はその意味を探り出そうと思考を巡らしてみるが、しっくりと来る答えは出てこない。
「内容はどうなんです?」
吉田がそう言うと鈴音と沙希はやっとノートの内容に注目した。今まで静音の字というだけで内容を確認するのを忘れていたようだ。
鈴音はページをパラパラと送ると、書かれている内容が長いみたいで場所をテーブルの上に移した。
隣に沙希、真正面から吉田が覗き込む中で鈴音達はノートの内容を目で追い始める。
ノートの内容を要約すると次の通りである。
来界村祟りと玉虫様について
この村は度々厄災の襲われている。それは決して珍しい事ではない。歴史から見て時代の風流や天災などによって厄災にとは無縁で居られる所は無いからだ。
もちろん来界村も例外などは無い。そういった点だけを見れば何事も無い、至って何処にでもある村といえる。
けど来界村には無視できない事象が存在する。それは歴史の影に隠されて表立っては分らないが確かに存在する。しかもやっかいな事に、これらは人に知られてなく注目されない事が表立つ事を阻害しているようだ。
その事象が猟奇的な殺人である。戦国などの荒れた時代ならそのような事が起きても注目はされないが、平和な時代でもそのような事が度々起きている。それだけならどうという事は無い。注目すべき点はこの村で起きている猟奇的な殺人に全て共通点がある事だ。
それが近い時代ならあまり気にする事でもないのだろう。けれども一番古い記述は室町時代から、新しい物では幕末に記された物まで同一の共通点がある。これは明らかに異常だ。しかも時代を隔てているため注目される事は無い。だからやっかいと言える。
その共通点こそ……死体から首を切り落とすという事。そしてその首が発見されていない事だ。
時代が近いなら模倣犯を考える事が出来る。けれども千年近くも、定期的にそのような事件が起きているのだから、これは考えられない事と言えるだろう。
「ねえ、沙希」
まだ途中ではあるが鈴音は沙希に話しかけた。どうしても気になるのだろう。それは鈴音だけに限らず、沙希も吉田でさえも気になっているようだ。
「いやいや……でも」
「そんな事がありえるんですかね」
沙希も吉田も半信半疑、いや、混乱しているのかもしれない。なにしろ静音が残したノートに今の現状と同じ事が当てはまっているのだから。
静音のノートでなければ沙希も吉田も一蹴しただろう。けど静音の人柄を考えると現実離れしているからという理由だけで無視する事は出来ない。
「……けど、静音さんはこの時点で結論を出しているわけじゃないんでしょ。とりあえず続きを見てみよう」
沙希の言葉に吉田が頷くと鈴音達は再びノートに目を向けた。
数十年、もしくは一世紀近く程の間を空けて起きる首狩り殺人で度々出てくるのが玉虫様だ。だいたい首狩り殺人の半分ぐらいは玉虫様の祟りとされている。けれどもこの場合は犯人とされている人物が精神的な異常を示してる。
つまり犯人とされた人物の気がふれたて玉虫様の祟りとされた。そのような人達は最後に非業の死を遂げている。自殺もしくは村人からの報復、様々な例はあるが最後には犯人が死んで終わるのが全てだ。
その当時の人々にはそれで全てを終わらせたかったのだろう。だから明るみに出ていない事実は玉虫様の祟りとされているようだ。
訳の分らない事象を人外の力と理解するのは昔からの風習みたいなものだ。この来界村もその風習から外れる事無く、玉虫様の祟りとして忘れて行った。だからこそ、この共通点に気付く者は居なかったのだろう。なにしろ何世紀にも渡ってこのような事が繰り返されているとは容易に想像できる物ではない。
けれどもこれらの共通点を全て知っている人物、または人達は確実に存在する。
それらを受け継いでいるからこそ、このような事象を続けることが出来る。人が数世紀も生きられないからこそ、これらは風習として受け継がれているのかもしれない。
何故このような事を続けるのかは分らないが、何かしらの理由で首狩り殺人を続けていたのは確かなようだ。もしかしたら儀式的な物なのかもしれない。儀式で人の命を用いるのは昔から存在しているのだから。
それが近代まで受け継がれていても不思議は無い。文明開化でそのような考えや風習が少なくはなったが、まったく無くなった訳ではない。更にこの来界村は田舎だ。だからこそ儀式的な風習が受け継がれていてる可能性の方が高いだろう。
文明開化で西洋の考えが広まったとはいえ、完全に広まるにはかなりの時間が掛かる。そのうえ確認した一番新しい記述は幕末の物だ。だから幕末までそのような儀式が行われていたとしてもまったく不思議ではないのかもしれない。
ノートの記述はそこで一区切りしており、次からは内容が少し変わっているようだ。
鈴音達もそこで区切りを付けて一度ノートから目を離す。
「つまり祟りを行うのは人であり、不可思議な力はまったく無いということですかね」
吉田はどこからか持ち出した灰皿をテーブルの上に置くとタバコに火を点けてから、そのような言葉を発した。
「そうかもしれませんね」
すぐに同意した沙希とは違い鈴音は少し考えてから口を開く。
「……けど、祟りが実在してるのは確かかもしれない」
意外な言葉に沙希は驚きを示した。そんな沙希に鈴音は真顔で話を続ける。
「考えてもみて、これは姉さんが調べて残したノートだよ。姉さんに調べる事が出来たなら村の人だって調べられたかもしれない。そして姉さんと同じ物を見つけて……実行してる。そう考えれば事件は祟りになるよ」
つまりノートに記されている事を知っているのは静音と今ノートを見ている鈴音達だけではなく他にも居るという事だ。
犯人には何かしらの目的があり、捜査を撹乱するために祟りを持ち出そうとしている。そう考えれば祟りは実在する。
もちろん、不可思議な力や超常的な何かが実在してるとは言ってない。手品と同じでタネを明るみに引っ張り出さない限り、祟りに准えた犯行は祟りであり超常的な現象という事だ。
「なるほど、我々は祟りの謎を解かないといけない訳ですか」
頷く沙希。これは条件反射で頷いたようだ。吉田が言った我々とは警察の事であり、そこに鈴音達は含まれていない。
吉田も鈴音達が警察に任せてくれる物だという先入観から特に何も言わなかった。
そんな二人のやり取りを見ながら鈴音は先程言った事とは真逆の事を考えていた。
確かにそう考えれば犯人が首を持ち去る理由に繋がる……でも、姉さんが言ってた事を考えると、本当にそう考えていいのか迷ってくるんだよね。
鈴音の脳裏に静音の言葉が蘇る。
『ありえない、なんて事はありえないのよ』
それは何処にでもありそうな言葉だ。けれども静音の行動と思考がその言葉を重くしている。
姉さんは超常的な現象、つまり霊とか妖怪とか、そういうのを信じてたわけじゃないけど否定もしてなかった。それは否定する側も説得力を持ってなかったからだって言ってた。
つまり静音はそういう事に結論を出さなかったという事だ。
こういう事は大抵三つの意見に分かれるだろう。信じる、信じない、どちらでも良い。大体この三つの意見が出てくる。静音の意見は三つ目に該当すると思われるがそうではない。
それは静音が問題を直視する事に関係していた。信じるわけでも信じないわけでもない、かと言って無関心でもない。そう言った枠の外で問題を直視して真実を導き出す。それが静音のやり方だ。
だから霊の仕業と結論を出せば静音ははっきりとそう主張するだろう。
その考えだけは鈴音には理解出来ない物だったが、こうして静音のノートを見てると静音の考えが少しだけ分った。
もしかしたら姉さんは崇りを信じた、ううん、崇りに繋がる何かを見つけたんじゃないのかな。そしてそれは常識から外れている物なのかもしれない。人間ではない何かが今回の事件を引き起こしている。姉さんはその証拠を掴んだ、だからこんなノートを残したのかもしれない。
つまり静音は超常的な力に繋がる物を見出した。だから行方不明になった。鈴音はそう考えたが、すぐに頭を振って考えを追い出した。
そんな事があるはず無いよね。いくら姉さんでもそんな考えを……持つよね。
少し呆れながらそう結論を出した。鈴音がそう結論を出したのは前にこの事について静音と話した事があるからだ。
鈴音は静音の考えを真っ向から否定したが、党の静音は笑ってこう言った。
『社会の常識と真実が同一の物とは限らないのよ』
それはまるで科学や哲学などを否定するように聞こえるが、静音にはそんなつもりは無い。ただそういう事で証明出来ない事が確かに存在する。そう主張しただけに過ぎない。
確かにそうなのかもしれないが、だからと言ってそんな不確定な物を素直に信じる気にもなれない鈴音だった。だからこの点だけは静音と意見が別れる事になった。
それでも静音は笑って鈴音の考えを認めるだけだった。自分の考えを理解してくれなくとも静音は鈴音の考えを充分に理解していた証拠だろう。
なんか変な事を考えちゃった。
鈴音は気を取り直すと二人に声を掛けてノートの続きに目を走らせた。
玉虫様の崇りについて
玉虫様の崇り、来界村の歴史では度々このような事が言われている。そもそもそのような言葉が出てくる事が不思議だ。
そもそも玉虫様とは人身御供となった巫女であり、きちんと祀られた時点で終わっているはずだ。しっかりと祀られている玉虫様は何が原因で崇りを起こしたのだろう。
そもそも崇りとは、何かしらの原因とそれに結び神様が起こす物で、原因とまったく関係ない玉虫様が出てくるはずは無い。その逆なら充分に可能性はある。何かしらの厄災を玉虫様に祈って治めてもらう。そういう事なら充分にありえるだろう。
つまり来界村での玉虫様は伝えれているのとはまったく逆なのではないかという事だ。
玉虫様の話は美談として後世に残されているが、その真実はまったく逆の可能性が高い。つまり忙殺または無理矢理人身御供とされたか、そういう事だ。これなら玉虫様は村に恨みを残して何度も崇りを起こしてもおかしくは無い。
まあ、この手の話は書いた者や統治者などによって改変されている例も珍しくない。したがって今に伝わる玉虫様の話も改善されたと見るべきだろう。
そう考えると玉虫様自体が真逆の存在となってくる。玉虫様は村を守っている神様ではなく、村を滅ぼそうとした悪霊で神社に封印されているのでは無いかという事だ。
神社としてはそんな物があるだけで不利益に繋がるだろう。村としても同じだ、そんな物がある時点で不吉な事に申し分が無い。だからこそ玉虫様の物語は改変されたと見るべきだ。
ここで大事なのは『事件という物は加害者は忘れても被害者は覚えている』という事だ。つまり玉虫様の子孫、または血筋に連なる者がそのような事件を崇りと称して起こしているのかもしれない。
表立った恨みというものはすぐに潰されるかもしれないが、隠された恨みは増幅されていずれは取り返しが付かない事になる。数百年に続く来界村に潜む怨念がこのような事件を崇りと称して、または崇りと気付かせずに繰り返されているのではないか。
そう考えても良いが少し説得力が弱い。そもそも数百年後の子孫がかなり昔の敵討ちなどするだろうか? かなりの時間が経てばそのような事は忘れ去られるのがオチだろう。けれども続いているとすれば、そうさせる何かが存在する可能性がある。
差別、虐待、またはそれに連なる何か。玉虫様が原因で何かしらの負い目を持っており、この村にいる限りそれは取り払われない。そのような事が存在すれば玉虫様の怨念が数百年に渡って存在する理由になる。
そのような人達が村に存在するかはまだ不明である。けれども今ではそのような事すらも無くなったのではないかと思われる。
その要因となったのか世界大戦だ。戦時中には疎開で沢山の人達が来界村にも流れてきた。中にはそのまま村に居つく人も多かったと聞く。つまり新しい血が入ってきたわけだ。そのうえ世の中は混乱の最中と言っても良い状況だ。そんな時勢でいつまでもそのような怨念に捕らわれている暇は無いだろう。だからこそ怨念はすでに存在しない。そう考えてよいだろう。
だがそのような説を覆す説が一つだけ存在する。それは……玉虫様の意思が未だに存在するという説だ。つまり霊、悪霊とも言える者が未だに村にある。そう考えれば全てに説明が付く。
つまり玉虫様の崇りは本当に玉虫様自身が起こしているという事だ。玉虫様が非業の死を遂げ、村人に復讐する為に時には崇りと称して、時には崇りを隠してこのような事を行っている。そう考えても辻褄は合うと思われる。
けれどもその考えは未だに想像の域を出ない。なにしろ証拠になり得る物が何一つ出ていないからだ。だがもう少し調べれば出てくる可能性があるかもしれない。これほど面白そうな事はあまり無いだろう。だからもう少し調べてみる事にする。どうせ暇潰しの遊びだから構わないだろう。
玉虫様の復活
羽入家から面白い文献が出てきた。それは玉虫様の復活にまつわる書物だった。その書物によれば玉虫様が復活するには聖域での儀式が必要不可欠のような。そのうえ生贄と御柱も必要らしい。
詳しい手順は次の通りだ。
まずは村人達から千の首を聖域に供える必要がある。これは白骨化しても構わないようだ。けれども現実問題で千の首など揃えられる訳が無い。それこそ数百年にも及ぶ怨念が作り出す計画でも無い限り実行不可能だ。
それともう一つ。それは村を隔離する結界を気付くための御柱だ。玉虫様の肉体はすでにない。無くなった肉体を何かしらの理由で現世に出現させるためには結界のような限定された空間が必要なのだろう。
その御柱の数は全部で10本。今現在、村長さんが意味不明のオブジェを立てているが全部で九本らしく、これはまったく関係ないようだ。何かしらの関係があると思ったのは思い過ごしだった。
そして一番重要なのが玉虫様が復活したら何をするのか? あるいは復活したとさせて何をさせようというのか、その点に限るだろう。
もし裏で何かしらの手引きをしている者が居るとしても、いまいち理由が見えてこない。まさか本当に玉虫様の怨念が村に仕返しを仕様などと迷いごとなど信じられるわけが無い。
どちらにしても、誰かが裏で玉虫様を利用していた事は確かなのかもしれない。
なぜそのような事をしようとしていたのかは調査中だが、それは鈴音が着てから一緒にやる事にしよう。こんな面白そうな事を独り占めにする事もないし、静馬さんもかなり興味が持っているようだ。
これからのためにも鈴音と静馬さんの親交を深めておくに越した事は無いだろう。そういう意味ではこの事はうってつけの事だろう。
玉虫様の謎、まさかこんな事があるとはこれから面白くなっていきそうだ。
ここで静音の書いた文章は終わっていた。けれどもノートにはまだ続きがあるようだ。
けれどもその前に鈴音は静音の事に思いをはせていた。
そっか、姉さんはこの事に加古をつけて私に静馬さんを紹介するつもりだったんだ。確かにいきなり会わされても困惑するだけだよね。けれどもこんな口実があれば自然と姉さんとの仲を認めるようになったかもしれない。たぶん、そこまで計算してそういう事をしようとしてたんだな。
つまり玉虫様の事はすべて鈴音達と静馬達の親交を深めるために静音が用意した遊びだった。たぶん、その中には美咲の事も入っているのだろう。両家の親睦を深めるための遊びを静音は用意していたわけだ。
けれどもそれは静音の思惑と違ってとんでもない事件へと発展してしまった。当の静音も、いや、誰しもこんな事件が起こるとは思っていなかっただろう。
それは沙希も同じである。
「つまりこのノートは私達と桐生の人達の親睦を深めるために静音さんが用意した遊びだったのかな?」
「どうやらそのようですな」
沙希の意見に吉田も同意する。確かにノートの内容だけを見ればそうとしかとれないだろおう。
けれども鈴音は一つだけ引っ掛かる事があった。それは村長がなぜわざわざこのノートの存在を教えたかだ。ノートの内容がこれだけなら鈴音達が来訪した時に渡せばそれで良いだけだろう。それなのに今まで隠し続けてきた。それはこのノートに何かしらの秘密があるのでは無いかということだ。
鈴音はその事を考えてみる。
村長さんがこのノートを隠していた訳、それは誰にもこれを見せるわけには行かなかったからだと思う。けど……それは何のために。これは誰に見られたらマズイの? ……もしかして犯人。いや、全ての真相を知っている人、つまり裏幕。その人はこのノートの存在を知らなかったんだ。だからこそ村長はこのノートの存在を隠し続けた。
……でも、これは本当に重要なの。姉さんが前に言ってたけど『勘違い、思い違い、見当違い、これは人間の性なのよ。だから誰かの秘密が絶対に真実とは限らないわよ』 そう、これが絶対に真相に繋がる秘密だとは限らない。もし、それが繋がるとすれば、それは玉虫様が崇りを起こしていて、本当に復活すると言うことなのかもしれない。
ううん、そんなことがあるわけが無い。たぶん、この中にあるんだ。誰かに知られていはいけない秘密が、それが上手く隠されているのかもしれない。姉さんの事だからそれぐらいやっても不思議は無いけど、そうする理由も見付からない。どちらにしても少しこのノートについて考えてみないとかも知れない。
鈴音はノートのページをめくるとそこには静音の字とはまったく違った文字が書かれていた。
「ここからは姉さんが書いたものじゃないよね。誰の字だろう?」
沙希に尋ねるが首を横に振られた。沙希にも見覚えが無いようだ。そんな時に吉田が横から口を出してきた。
「調べてみないと分りませんが、たぶん村長さんの字ですよ」
つまりこのノートの続きは村長が書いた物のようだ。それも長い文章じゃない。要点だけをそのまま書いたような感じだ。
そこに書かれているのは次の通りであった。
『羽入は兵、来るべきに兵となり掃討する。だからこそ十本の柱を立ててはいけない。もし十本の柱を立ててしまったら村人全ては血溜まりに沈むだろう。だからなんとしても十本目の柱を立てる事だけは阻止しなければ。首はすでに』
「……えっと、どういう意味?」
思わず問い掛ける鈴音だが誰も答えない。鈴音と同様に二人とも困惑しているようだ。
「まるで本当に玉虫様が復活するみたいな書き方ですね」
吉田がそんな感想をもらした。確かにその文章だけを見れば、先程の静音が記した玉虫様の復活に繋がるだろう。まるで玉虫様が復活して村を滅ぼすかのように。
けどそんな事があるはずない。鈴音はそう考えたがすぐに思考を切り替えた。
常識と真実はまったく違う物、そう教えてくれたのは静音ではないか。だから、もしかしたら、万が一に、ここは私達の常識を捨てなければいけないのかもしれない。常識という型で考えていたら何も分からないのではないか。そんな考えが鈴音の頭に浮かぶ。
そう、私は玉虫様の崇りを信じた訳じゃない。けれども否定も出来てない。じゃあ何をすべきなんだろう。村長さんを殺した犯人が玉虫様なら、なぜ殺したんだろう? 結局何も分らない。
……ううん、もしかしたらヒントは揃ってるのかもしれない。肝心なのは私がそれに気付いていないだけ、そうなのかもしれない。
ここに来て鈴音は分らなくなってきた。村長を殺した犯人を捕まえたい。けれどもそれは玉虫様の崇りで超常的な物ならどうする事も出来ない。けれどもそんな力が有る事も照明できない。
結局は何を信じて何を頼れば良いのか分からなくなってきてしまった。
そしてこんな時は必ず鈴音は沙希と話をする。
「ねえ沙希、崇りって有ると思う。まるで人を殺せるような崇りが」
いつもの沙希ならそんな事はありえないと言い切るだろう。けれども今回の事件は不可解な事が多すぎるのと静音が残したノートがそう言い切る自信を失わせていた。
「……はっきり言うと……分らない。けどはっきり言える事が一つだけある。それはどんな状況になっても自分がやるべき事をやるだけ。それが私達の常識が通用しない事でも、自分がやるべき事を見失うべきじゃない。それが鈴音のやる事だと思うよ」
「……うん、そうだね」
鈴音と沙希は調査のプロでも何かの秘密結社の調査員でも無い。ただ普通の民間人だ。ただ静音の影響を受けて考えと視野がもの凄く広いだけだ。
だから捜査に関する専門的な事が何一つ出来るわけではない。けれども自分達の能力で出来る事が有る事は知っている。
一番大事なのは自分の能力を理解して、それをいかに有効活用することだ。それが一番大事な事だと鈴音は改めて実感させられた。
ありがとう……沙希。
言葉には出さないが鈴音は感謝を沙希に送った。それが沙希に伝わったかは分らないが気持ちだけは伝わっただろう。
鈴音は改めてノートのページを確認する。数ページ白紙が続くが、その後に走り書きしたような字が連なっていた。どうやら急いで書いたようなものだ。それも鈴音宛に書いたもののようだ。
『鈴音さんへ。騙された、十本目の柱はすでに完成が近い。このままではすぐに結界が完成するだろう。こんな事を頼めた義理では無いのは分かっている。けれども村を救って欲しい。これは村と直接関係無い鈴音さんだけにしか出来ないだろう、そのための武器は用意した。書斎の机、その下に刀がある。それを鈴音さんに譲渡する、どうかそれを使って、後は頼む』
その後のページを確認してみたが、それ以上は何も掛かれていなかった。
「えっと、どういう事?」
二人に確認する鈴音。吉田が机の下を確認するとそこから先日見かけた風呂敷に包まれた箱が出てきた。吉田が中を確認すると先日と同じように模造刀が入っていた。
「どうやらこれを鈴音さんに託したようですね」
刀の取り扱いが良く分からない吉田はそのまま鈴音に模造刀を手渡してきた。
「いいんですか?」
沙希の質問に吉田は簡単に「構わないでしょう」と答えるだけだった。
模造刀は言え刀には違いない、それにこれは何かしらの証拠物件になる可能性が有る。だが警察といえども令状も無しに個人の所有物を押収は出来ない。それに村長の遺言とも言えそうなべきものに譲渡すると記して有るのだから、その模造刀は鈴音の所有物となる。
だからこそ吉田はその事に関しては黙認する事にした。それに押収したとしても何かしらの役に立つとも思えない。それなら村長の意思どおりに鈴音に渡しておいた方が有益に使ってもらえるとの思いもあったかもしれない。
「分りました。それではこれは預からせてもらいますね」
しっかいとした遺言では無いからには鈴音の所有物とはならない。それなら一時的に預かるという事で鈴音はこの場を治める事にしたのだろう。
まあ、たとえ家の者に知られたとしても誰も何も言わないだろう。そんな物があったとしても大して価値は無いのだから。
手にした刀を見詰める鈴音。村長がこれを鈴音に託したという事は何かに遣うべきなのではないかと思われる。けれども先程思ったとおり、これが確実に何かに繋がるかは分らない。だから鈴音がやるべき事は一つだ。
……とにかく考えるしかない。村長が何を伝えたかったのか、この刀がなんなのか……そして何が起きようとしてるのか。その先にいる姉さんの為に。
それから村長宅で調べられるところは少しだけ調べてみたが、大してこれと言った物は出ては来なかった。たぶんこれ以上は探しても何も出てこないだろう。
それに吉田は昨日も家の捜索をやったのだから、そんなに熱心にはやっていないようだ。すでに警察の手が入っているのだから、ここでこれ以上の物を求めても何も出てこないだろう。
そうなるとやはり手掛かりはノートと模造刀だけとなる。
「さて、それでは私はそろそろ失礼させてもらいますね」
村長宅を調査し終えた吉田は鈴音達に別れを告げた。村長が殺されたのが昨日の事だし、羽入家の事でもいろいろとやっておかねばならない事が多いのだろう。だからそうそう鈴音達に付き合ってはいられない。
「はい、お手伝い頂いてありがとうございました」
沙希の後に礼を告げる鈴音。これで村長宅でやるべき事はもうないだろうう。
二人は吉田を見送るとノートと刀を手にしながらこれからの事を話し合う。
「それで鈴音、これからどうする?」
これと言って犯人や黒幕に繋がる物が出てきた実感は無い。だからまだ時間が有るうちに調べられるところは調べたいのだろう。
その事は鈴音も良く分かっている。だからこそ、これから行くべき所を考える。
う〜ん、ノートは玉虫様の事だけが多く書いてあったし。預かった刀もどうすればいいか分らないからな〜……あっ、そういえば一昨日こんな事を言ってなかったっけ。確かこの模造刀は御神刀を模したものだって。そうなると行く場所は一つか。
「平坂神社に行こう」
はっきりと断言する鈴音に沙希は理由を聞いてきた。
「犯人にどんな意図があるとしても玉虫様が関わっているのは確かだよ。それにこの模造刀は御神刀と深い関係が有る。その二つに繋がるのは平坂神社だけだよ。だから平坂神社行こう」
「……そうね、もしかしたら玉虫様に関してもう少し調べないといけないかもしれない」
頷いた沙希と視線を合わせると二人は平坂神社に向かって歩き出した。たぶん平坂神社に着くのは昼頃になるだろう。
鈴音はまた水夏霞に昼飯をたかろうと考えながら神社へと歩を進めるのだった。それが事態をますます混迷させる事態になるべき事になるとはしらないまま。
え〜、そんな訳で前回とはうって違って非現実的な話になってきましたね〜。というか崇りですよ崇り。
まあ、今回の事件を崇りの所為にしたい方はどうぞご自由に崇りの所為にしてください。まあ、そこはいつもどおりご自身の判断でお願いします。
まあ、なんにしても、事件はますます混迷していく事確かですね〜。次回はもっと混迷していくかもしれませんね。
さてさて、今回は二話を一気に上げましたが、内容があまりにも間逆なので一気に上げさせてもらいました。
次からはちゃんと一話づつ上げますよ〜。なのでご安心下さい? ……誰が? 誰に?
まあ、そんな事はどうでも良いので放置しておきましょう。それではいつもの締めます。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、ネトゲを完徹してやっていた所為で思いっきり眠い葵夢幻でした。