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第二十八話 準備

 ……地面が揺れてる。

 鈴音はそんな事を感じながら寝返りを打つ。睡眠欲を充実させて満足している最中だからか、そんな事はどうでも良いのだろう。だから地面が揺れながら呼びかけられていると感じても反応しない。

 そのうち静かになるだろう、そのぐらいにしか思っていないようだ。そして鈴音の期待通りに静かになる。それに揺れも収まったようだ。

 ん〜、じゃあもう少し寝る……痛っ。

 鈴音がそんな事を決めた時だ。突如として頭に針を刺されたような痛みが走った。確かに痛かったのだけど、起きるほどまで痛いとは感じなかったようだ。だから鈴音はうめき声を上げて睡眠を続行しようとする。

 どうせ何かが当たったのだろう。だからそれ一回だけだと思っているのだろう。そんな鈴音の期待を裏切るように頭の痛みはその後五回ほど続き、このまま寝ていたらいつまでも続くと思った鈴音は上半身を起こすと隣に居る沙希に涙目で訴えた。

「沙希〜、その起こし方は私がハゲるよ〜」

 沙希の手には長い髪の毛が数本。どうやら一本一本抜いていったようだ……もちろん鈴音の頭から。

「人は一日で百本ぐらい髪の毛が抜けるらしい。だから私が数本抜いても問題ない」

「髪の毛を抜いた時に痛いのは、まだ成長する髪だからだよ〜。だから痛くない髪の毛だけでやってよ〜」

 そういう問題でも無いと思うのだが、そもそも髪の成長が止まっているかどうかを見分けるのはどうやれというのだろう? そんな疑問を沙希は抱いたが、所詮は鈴音が寝起きに言った事なので疑問を忘却の彼方に蹴り飛ばした。

「それよりもさっさと起きたら、今日は何かと忙しくなるんだから」

「……うん、そうだね」

 昨晩起こった村長殺害。詳しい事は未だに分ってない、だから鈴音達は詳しい事を知るために、今日は一日中その事について調べてみるつもりだ。

 鈴音達は村長の秘密に一番近いところにいる。村長はそれを鈴音達に伝えようとしたからこそ殺されたのではないか。そんな思いがあるからこそ、鈴音達は静音の捜索を後回しにしてそちらに首を突っ込もうとしている。

 けど二人とも静音の捜索をまったくしないわけではない。この事件の延長に静音が居る。そんな気がするからこそ、二人は事件に介入しようとしている。村長の秘密が静音に繋がる。事件の中心に静音がいる可能性が大きいのなら進むべきだ。それが二人の出した結論だ。

 だから今日は忙しい……はずなのだが、鈴音はゆっくり立ち上がるとノソノソと着替えを始めた。どうやら鈴音に急ぐ気は無いようだ。

 やがて鈴音の着替えが終わると二人は台所へと向かった。そこには琴菜が用意してくれた朝食と食べかけの朝食があった。量からして美咲のだろう。けれども朝食は半分が減っていない事に鈴音の顔は少し暗くなった。

 やっぱりまだ食欲が無いのかな。無理もないか……姉さんの事がよっぽど美咲ちゃんに大きな傷を与えたみたいだからね。

 美咲は未だに伏せっている。どうやら精神的なショックが大きかったようで、未だに鈴音達の前に元気な姿を見せてない。

 その原因となっているのが静音と静馬の事だ。美咲は何かを知っているようだが、それを誰にも話そうとはしない。言わないのか言えないのか分らないが、鈴音は無理に聞く気にはなれなかった。これ以上美咲を傷つけたくないのだろう。

 無理に美咲から聞かなくとも村長が残した手掛かりが導いてくれるかもしれない。そんな期待も鈴音は抱いていた。からこそ美咲の事は放置しておく事にした。

 二人は手早く朝食を済ますと部屋に戻って出掛ける仕度をする。

「とりあえず羽入家に行って、それから村長さんの家だっけ?」

 沙希が今日の予定を確認してくる。予定は昨夜のうちに組んでいたようだ。

「うん、もう情報が入っていると思うし、源三郎さんなら何か知ってるかもしれない。だから羽生家を先にするよ。あ〜、でも、駐在所にも行った方がいいかもしれない。もしかしたら吉田さんがいるかもしれないし」

 鈴音としては羽入家の人間が付いて来てもまったく構わないのだが、沙希が変に気構えるからこそ、そのような言い方をした。

 それに吉田とも連絡を取らなくてはいけない。なにしろ鈴音達は警察の知らない情報を知っている。それを吉田に知らせるにしろ、知らせないにしろ、自分達が村長とそういう約束をしてあったというだけで警察は鈴音達に事情を聞かないといけなくなる。

 それを利用して鈴音達は警察から情報を引き出そうというのだ。なにしろ鈴音達は捜査のプロではない、だから情報だけは貰わないと動きようがない。

 そこで羽入家と警察から情報を貰おうというのだ。上手く行くかは分らないが、このまま蚊帳の外にされるよりかは行動すべきだろう。だからこそ悪いと思っても動かざる得ない。それが村長に報い、静音を見つけることに繋がるのなら。



 鈴音と沙希は琴菜に出掛ける事を告げると桐生家を後にした。その道すがらで話は琴菜の事になった。

「昨日もそうだったけど、琴菜さんいつもと変わらないね。手紙の時は結構悲しそうな顔をしてたのに」

 一昨日の夜、琴菜が鈴音達に静音の手紙について告げられた時の事だ。その時の話を思い出してみても、琴菜が誰にも言えない重圧に耐えてきた事はよく分かる。だから美咲のように心に傷を負っていても不思議はないのだが、琴菜はその素振りをまったく見せなかった。

「……もしかしたら美咲ちゃんがいるからじゃない。静馬さんが居なくなって不安だけど、美咲ちゃんの手前表に出せない。それなら全部忘れて普段を装う、そういうのが楽なのかもしれない」

「美咲ちゃんのため、か」

「もしくは美咲ちゃんのおかげか」

 首を傾げる鈴音。沙希の言った事がすぐには理解できなかったようだ。沙希もあえて説明をしない。特に言うべき事では無いと思ったからだろう。特に鈴音には。

 琴菜には、まだ美咲が居る。琴菜が守るべき相手、そういう存在が近くに居たからこそ、琴菜は不安に押し潰される事がなかった。傷ついた美咲を癒す事は出来なくても支えていくことは出来る。その思いがあったからこそ、琴菜はすぐに普段の生活に戻れた。

 美咲という家族が居たからこそ琴菜はどんな事があってもいつもと同じように振舞える。それはたった一人の家族が居なくなった鈴音とは天地の差があるように沙希には思えたからだ。

 それを話してしまっては鈴音に余計な事を思い出させると、沙希はそう感じたからこそ説明しなかったのだ。

 けれども鈴音は鈴音なりに沙希の言葉について考えていたようだ。だから歩きながら出した答えを話し始めた。

「もしかしたら……他人を責めるより自分を責めた方が楽のかな?」

「はぁ?」

 いきなりそんな事を言い出した鈴音に沙希は表し抜けた声を上げた。どこをどう考えたらそんな結論に達するのか想像できないようだ。だから沙希はとりあえず鈴音の話を聞くことにした。

「琴菜さんは姉さん達の失踪に美咲ちゃんが深く関わっている事を知ってるでしょ。だから美咲ちゃんを責めてもおかしくないじゃない?」

 美咲は二人の失踪は自分の所為だと言っている。その言葉を聞いた琴菜は美咲に問い詰める事はしなかった。それどころか全てを忘れてしまおうとしている。まるで自分に原因があるかのように。

 鈴音の言うとおり、この場合は美咲を責めて自分に責任が無い事を実感すれば何も背負わなくても済む。それなのに琴菜が自分を責めているという事は、美咲を責めるよりも楽なのではないか。鈴音はそういう事を言いたかったのだろう。

 沙希は鈴音の言葉を考え、そう理解した。

「そういう場合もあるかもしれない。まあ、琴菜さんとしては美咲ちゃんを責めるわけにはいかないんでしょ。ここで美咲ちゃんに静音さん達の責任を押し付けたら、今度は誰を支えにして良いか分らないから」

 静馬を失った琴菜には家族と呼べるのは美咲しか残っていない。そこで美咲を責めて切り捨てるような行為を琴菜は出来なかったのだろう。だからこそ自分を責めた、沙希はそう付け加えた。

「だよね〜。琴菜さんにとって美咲ちゃんは残された家族だからね。それを自分から切り離す事は出来ないよね」

 納得する鈴音。琴菜がこんな状況でも日常を続けようとするのは美咲の為。だからこそ鈴音達にも特別な感情を持つ事無く、静音と同じように接しているのかもしれない。鈴音はそう結論付けたようだ。

 けれども沙希には嫌な考えが浮かんだ。

 もしかしたら琴菜さんは別の相手に責任を押し付けているのかもしれない。その相手は恨みの対象になる。そうなれば美咲ちゃんに責任を押し付ける事無く、自分も責任を感じる必要が無い。だからこそ日常を続けられる。

 だがそうなると別の問題が浮かんでくる。その相手が一体誰なのか。その人に押し付ける原因に明確な理由が無い限り対象にはならない。それだけの理由を琴菜が持っているとは思えない。

 さすがにこれは考えすぎかなと、沙希はその事について考えるのを止めた。それよりもこれからの事を考えた方が良いだろう。なにしろ、これから羽入家に行くのだから。



 ……えっと、戦争でもやるの?

 羽入家に辿り着いた鈴音達は羽入の者に案内されて源三郎のところに向かっている最中だった。

 鈴音がそんな事を思ったのは先程から家の中が慌しいからだ。それも尋常な慌しさではない、なにしろ銃火器を隠す事無く運んでいるのだから。

 漫画やドラマで見た事のあるライフルやサブマシンガン。更には鈴音達には何に使うのか分らない武器まで持ち出しているようだ。

 えっと……ここは日本だよね?

 まるでどこかの戦場のような光景に鈴音は唖然としながら歩いている。隣にいる沙希もさすがに驚いていた。まさかこんな光景を目にするとは思いも寄らなかった事だろう。

 以前に羽入家の事について私設軍隊と聞いてはいたが、まさかこれだけの装備を持っているとは想像出来なかったようだ。そもそも鈴音達にはこれだけの武器を持ちながら警察が捜査しない事が不思議だ。

 だからこそ目の前で行われている運び出しの作業が鈴音達にはすぐに受け入れがたい光景になっていた。

 そんな光景を横目に見ながら歩みを進めるといつもの一室に案内された。源三郎と会う時はいつもこの部屋だ。

 案内した者が中に声を掛けると源三郎の声が聞こえた。案内した者が障子を開けて中へと誘う。そして鈴音達が中に入ると障子は静かに閉まった。

「さあさあ、こっちへ」

 部屋の中には源三郎と千坂の二人だけだ。他の者は外で作業しているのだろう。

 源三郎の前に用意してある座布団に腰を下ろす鈴音と沙希。千坂が二人にお茶を出して一息付いたところで源三郎から話を切り出した。

「さて、緒方の事を詳しく聞きたいんだったな」

「緒方さんって誰です?」

 バンッと隣で何かを叩きつけるような音が聞こえた。そちらに目を向けると沙希が畳に突っ伏している。奇跡的にも出された茶碗を綺麗に避けて。

「どうしたの沙希?」

 いきなり突っ伏した沙希に心配そうに声を掛ける鈴音。その沙希はぶつけた額を擦りながら元の姿勢へと戻った。

「まさか、いきなり大ボケをかますとは思わなかった。油断した」

「えっ? えっ?」

 言葉の意味が分らず戸惑う鈴音。助け舟と源三郎達に目を向けるが、そちらも呆れた視線を送ってくるだけだ。もっとも千坂はサングラス越しだから良く分からないが、雰囲気で呆れていると感じる。

 そんな周りに戸惑う鈴音はやはり沙希に助けを求めた。溜息を付いた沙希は、緒方というは村長の苗字だと説明する。

「あははっ、いつも村長って呼んでたから、すっかり忘れたよ」

 とりあえず笑って誤魔化す鈴音。周りの視線は痛いが、そこは完全に無視する事に決めたようだ。

 大きく咳払いをする源三郎、そろそろ話を続けたいらしい。鈴音は座りなおすと源三郎に視線を移して神妙にする。

「では話を続けるとしよう。まず二人には詳しい事を知っておかねばな、千坂」

「はっ」

 千坂の口から昨晩起こった村長殺害について詳しい説明がされた。

 その内容をまとめるとこんな感じになる。

 まず死因は今までの事件と同じく刀傷による出血死。背後に一撃、前に二撃と計三つの傷があった。どうやら背後からの一撃の後、家中を逃げ回って最後には真正面から傷を負ったようだ。

 最後の一撃は心臓付近を刺し貫いている。まるで自分の死を認めたかのように、最後は凛として逝ったようだ。

 当日家には村長だけしか居なかった。何でも隣の家で、とは言ってもかなり離れているが祝い事があったらしい。何でも子供が生まれたとかで、だから家の者は村長だけを残して出ていた。村長だけが『用事がある』と言って行かなかったようだ。

 その用事は未だに分っていない。

 そして首だが、やはり切り落とされてはいなかった。時間がなかった訳ではないようだ。村長の死亡推定時刻は午後六時頃、その一時間前には学と緒方は斎輝を連れて出掛けたようだ。そして六時四十分頃、帰ってきた学達が死体を発見して警察に通報した。

 止めを刺してから発見するまで四十分もある。その間の時間で首を切り落とす事は可能だ。それをやらなかったという事は犯人が別か、何かしらの理由が在ったからかのどっちかだ。

 その点に付いても警察では調査中との事だ。

「以上です」

 千坂はそう締めくくり説明を終えた。そしてすぐに源三郎が口を開く。

「さて、どう思うかね?」

 すぐに鈴音達の意見を求めてきた。そんな源三郎の切り口に沙希が攻撃的な反論をする。

「羽入家当主程の人が私達の意見を聞いてどうするんですか?」

 沙希としてはあまり羽入家に情報を渡したくはない。それに沙希が言った事は全て反論ではなく、源三郎の位置ならば鈴音達の意見を聞かなくとも的確な意見を言える人間が多く居てもおかしくはない。

 だからわざわざ鈴音達に意見を聞く意義が無いという事を沙希は指摘した。そんな沙希の反論に源三郎は少し考えるような仕草をすると「そうだな〜」と呟いてから言葉を続けた。

「お前さん達は村に関わっているが組してはいない。かと言って静音さんの件があるからまったくの部外者ではない。つまり中心とは少しずれた位置に居るわけだ。そうなると儂らより多くの物が見えてくるだろ。だからこそ意見を聞きたい」

 来界村という場所で起きている殺人事件。鈴音達は村に住んでいる訳ではない。その点だけ見れば部外者といえるだろう。けれども静音は村に密接な関係を作りかけていた。その静音を追っているのだから、その点は部外者ではない。

 村の住人ではないからこそ村の人は関係無いからと話してくれる事もある。静音が関わっているからこそ深いところを話してくれる事もある。つまり鈴音達の位置は情報が集まりやすい場所と言える。だから源三郎は鈴音達の意見を求めた。

 確かに鈴音達は源三郎達が知らない事に触れかけていた。それは村長の家に行けば明確になるのかもしれない。

 かと言ってそれを素直に羽入家に知らせる気にもなれない沙希だろう。鈴音はどう言おうか迷っていると沙希が先に口を開いた。

「確かにその通りかもしれません。現につい先程あなた達から村長の情報を貰いましたし、警察からも情報が貰えるでしょう。それだけの要因を私達は持ってます」

 素直に見詰める沙希。その隣では鈴音が少し意外な顔をしていた。

 沙希は羽入家を味方とは見ていない。それなのにここまで素直に認めるとは思っていなかったのだろう。

 けれども沙希の言葉はそこで終わりではなかった。

「かと言って、それを羽入家に提供する義務もありません。静音さんの事で羽入家に対する疑惑が無くなった訳ではないのですから」

「ふむ……なるほどな」

 以前に源三郎は静音の失踪に関する事で警察から疑われている事を自ら指摘している。その後に関わってないと明言しているが、それを裏付ける証拠は無い。だから警戒はしていないが味方だとは思っていない。沙希はそう宣言した。

 まあ沙希の心中では厳重警戒の対象なのだろうけど、それを素直に表に出しては羽入家と無駄に争うだけだと自重している。

 羽入家は怪しいが真正面から立ち向かう気にはなれない。そんなところだろう。

 そんな沙希の言葉に源三郎は数度頷いてから口を開いた。

「あい分った、ならば何も聞かないでおこう。だがこちらの状況を知っておいて貰いたい。それは鈴音さんとって悪い事は無いだろう」

 視線が一斉に鈴音に集まるが、当の鈴音はキョトンとしている。どうやら視線が集まった意味をすぐには理解できなかったようだ。

 えっと、つまり、私達に羽入家の状況を知っておけということなのかな? そのための同意をすればいいの?

 その通りだ。けれども鈴音は少し気が引けた。

 う〜ん、なんか私達だけ厚遇されて悪い気がするな〜。まあ、それを期待していたんだけど、実際にそうなると居心地が悪いな〜。というか……沙希は理解して無いのかな?

 もしかしたら、この場所で一番冷静だったのは鈴音なのかもしれない。だからこそ誰も気付かない事に気付けた。

 私達は羽入家から情報を貰ったけど、言い換えれば羽入家に借りが一つ出来たってことだよね。沙希はその事に気付いてない……か。気付いてればそれなりの代償を出すはずだよね。それに……。

 源三郎の態度も鈴音が気になっている事の一つだ。

 今日の源三郎さんやけに下手に出てるよね。それはなんで? いつもならもっと威厳というか威圧というか、そんな雰囲気があるんだけど、今日に限ってはそれがないな……もしかして、村長さんが死んだ事で羽入家は追い詰められている?

 突然そんな考えが浮かんできた。確かにここに来るまでに見た物は明らかに異常すぎる。それはやってる事ではなく、やらなくてはいけない事なのかもしれない。

 もしそうだとしたら、ここは沙希の為に何かしらの手を打っておいた方が良いのではないかと鈴音は考えた。

 鈴音一人だけなら無条件に源三郎の事を信頼していただろう。けどそんな事をすれば沙希の信頼を失う事になりかねない。だからこそ鈴音は慎重に事を決しようとする。

 今現在、羽入家が置かれている状況。これを利用できないかな?

 上手く行けば羽入家に貸しが出来るが、そこまで行かなくとも貰った情報と同等の対価を得られるのではないか。鈴音はそう結論を出した。

「そうですね……」

 少しもったい付けながら鈴音が話し始める。

「知っておけというなら知っておきましょう。けどそれだと私達だけが得をすることになりますから、私達からも村長さんが私達に告げようとしていた事を提供しますね」

「鈴音!」

 突然とんでもない事を言い出した鈴音に沙希は思わず立ち上がる。そんな沙希は鈴音は笑みを向けながら真意を話した。

「沙希、このままだと私達は源三郎さんに頼りっきりで頭が上がらなくなるよ」

「……あっ……でも、そこまでする必要は無いでしょ」

「そう、そこまでする必要は無いよ」

 はっきりと言い切った鈴音に沙希は首を傾げる。そんな沙希に鈴音は座るように促すと源三郎と千坂に目を向ける。二人とも沙希と同様に鈴音の真意を測れないようだ。

 そんな二人を見ながら鈴音は話を続ける。

「私達は羽入家に恩も義理も無いから、そこまでする必要は無い。けど貰った情報に見合うだけの情報を渡したいと思います。けど……それは源三郎さんにではないです」

「ほう、では誰にその情報を伝えるというのかね」

 源三郎は笑みを浮かべながら聞いてきた。その笑みに陰はまったく無い、純粋に鈴音の言葉を楽しんでいるようだ。

 そんな源三郎に鈴音ははっきりと言いのける。

「もちろん、羽入家の次期当主です」

 源三郎の表情が笑みから驚きに変わる。隣にいる千坂も動揺を隠しきれないようだ。そんな二人とは違い、隣の沙希は鈴音の言葉を理解するために考え込んでいる。

「……保険と言うわけかね」

「はい、悪い提案では無いと思いますよ」

 一時の沈黙が訪れた後、源三郎は大声で笑い出した。そんな源三郎を鈴音は笑みを浮かべたまま見続ける。

 源三郎の笑いが止まると今度は笑みに意地悪を含めて鈴音に向けてきた。

「さすが静音さんの血筋と言うわけか。静音さんと渡り合っていた時を思い出して楽しくなってしまった」

 姉さんと源三郎さんははいつもこんな会話をしていたのかな、と鈴音はその光景を思い浮かべおかしくなった。

「それにしても……いつ気付いた?」

 源三郎の笑みから意地悪が消えた。この場で鈴音相手にいつまでも意地悪を続けても意味は無いと判断したのだろう。それよりも鈴音がその結論に至った経緯が気になるようだ。

 その事については鈴音は何も隠す事無く話す。

「ついさっきです。村長さんが殺されて、羽入家の人が隠す事無く武器を持ち出してる。そして源三郎さんが下手に出てる。それらを考えると結論は一つですよね。源三郎さんは次に殺されるのは自分だと思ってる。だからこそ隠す事無く武器を持ち出して相手を威嚇するのと同時に警察の目を向けて犯行をやりずらくしてる。そうなればあっちから尻尾をだすかもしれないと」

「つまり犯人の目的は村を乗っ取ることか」

 隣の沙希がそんな事を呟いた。正にその言葉は的を射ていた。

 平坂神社、村長、羽入家。この三つが並び立つことで村はしっかりと統治され、先の開発戦争にも勝利することが出来た。だが今現在では平坂神社と村長の席は空席となっている。

 そこに羽入家までもが席を空けるとなると、村の統治機能は無くなり一つにまとまる事は出来なくなるだろう。

 そこに後ろ盾のある村長さえ立てれば、村の行政を一気に握れる。犯人の目的は正にそれだと考えたようだ。

 けど、それを行うには最大の要害である羽入家が立ちはだかるだろう。なにしろ羽入家は源三郎が死んでも嫁婿がいる。すぐに復権するのは目に見えている。

 そこで重要になってくるのが首なしの連続殺人だ。これの犯人は未だに捕まっていない。それどころか今のところは秋月が死んだ事で沈静化しているが、すぐに広まる事は明白だ。

 そうなると村人の不満や不安などは犯人ではなく、いつまで経っても捕まえる事が出来ない警察や羽入家などに矛先を向ける事になる。

 このまま首なし殺人が続き、そのうえ源三郎まで死なせたとなっては、羽入家に村を守る力は無いと知らしめるようなものだ。

 そうなれば羽入家の力でも犯人を捕まえることが出来ないというレッテルが貼られる。それは羽入家の権威が失墜した事を示し、誰も羽入家の言葉には従わなくなるだろう。村長は口で村を守り、羽入家は力で村を守っていたのだから。

 そうなれば羽入家の空席など気にするに足らない。村人の信頼を失った羽入家など勝手に滅びるのを待つだけなのだから。

 そこに新たなる村長が出て来て、この事件を解決に導けば、村人の信頼はそちらに向かうことになるだろう。

 それこそが犯人。いや、最早犯人などという実行犯に意味はない。その後ろにいる黒幕が立てた計画通りに進むというわけだ。

 その後は村長を傀儡に村を好きなように出来る。それこそが黒幕の真意なのだろうと源三郎は考えたようだ。

 そんな結論を出した源三郎が黙って殺しに来る実行犯を待つはずが無い。だから堂々と違法な武器の数々を出しているわけだ。

 銃火器を揃える事で自分達の力を見せびらかすと共に相手を威嚇して行動を自粛させる。その程度で諦めるとは思えないが、実行を困難にしている事は確かだ。それに上手く実行犯を捕らえれば、その後ろにいる黒幕の正体も掴めるかもしれない。源三郎はそこまで考えて、こんな事をしてる。

 だが銃火器を堂々と出しているのだ。警察とて黙ってはいないだろう、いずれは大挙してくるかもしれない。けれども今現在は羽入家の存亡が掛かっている。それに比べたら、この程度の事は取るに足らない事だ。

 その後の事態が源三郎一人が逮捕される事で終わるのなら。源三郎は喜んでその身を差し出すだろう。ここで重要になってくるのは源三郎自身ではなく、羽入家なのだから。

 それを踏まえた上で鈴音の提案は更に保険を掛ける事になる。

 もし万が一に源三郎が殺された場合だ。その時は一度羽入家の権威は失墜するだろう。けれども、羽入家の次期当主が犯人を捕まえて黒幕を暴いたとなればどうだろう。逆に羽入家の権威は以前よりも増すことになる。

 そのためには犯人に繋がる物を持っていなくてはいけない。

 鈴音はその情報を提供すると言った。もちろん、そんな物を鈴音達は持ってはいない。けれども村長が残した物にあるかもしれない。それを生かすか殺すかは羽入家次第である。鈴音達には情報を提供したという事実さえあれば、今回の情報に見合っただけの対価となる。だから羽入家に対して借りは出来ない。

 それに源三郎ではなく次期当主と明言している。これは源三郎が死ななかった場合は情報を提供する必要は無い。あくまでも源三郎が死んだ時に次の当主が復権するための材料として提供するというのだ。

 つまり鈴音達は保険を羽入家に売りつけたわけで、その保険が使われなくても鈴音達は困りはしない。

 それに源三郎さえ生きていれば羽入家に情報を渡さずに済む。羽入家を警戒している沙希や吉田などから見れば、見事に手玉に取ったと言える策だろう。

 だから沙希や吉田からも不満が上がる事は無く納得する。二人から見れば、羽入家を出し抜いたと思えるからだ。

 もちろん鈴音に羽入家を出し抜いたとか、手玉に取ったとかいう気持ちはない。全てを丸く収めようとして考えた結果がこうなっただけだ。

 その点だけを見れば鈴音は最強なのかもしれない。けれども源三郎はそんな鈴音の気持ちや考えを全て見抜いていた。

 全てが分っていながら鈴音に乗ったのは自分達にとっても悪い事ではない、と判断したのが一番大きいだろう。その他にも源三郎は静音と対立していた事が一つの要因となっている。

 鈴音の思考や本音などは静音の影響を強く受けている。そんな静音と対立していた源三郎だからこそ、静音の本意を汲む事が出来た。対立も続ければお互いを理解するのに最も効率が良い方法なのかもしれない。

 そのためにはお互いの思考を理解しようという行為が必要だ。静音は純粋に、源三郎は静音を出し抜こうとして、そうした行為を繰り返した事がお互いの理解を深めたのかもしれない。

 そんな源三郎だからこそ鈴音の真意も簡単に汲み取ることが出来た。そして鈴音の本音さえも。

 だからこそ源三郎はまったく異論を唱える事無く、鈴音の提案を受け入れた。

 なんとか上手くまとまって一安心する鈴音に源三郎が忠告を出してきた。

「鈴音さん、先程言った事と矛盾して、儂がこんな事を言えた立場で無いのは分かっているが、ここはあえて言わせてもいらう……無理はしないでくれ。鈴音さんの立ち位置は確かにいろいろと集り易い。だからと言って無茶はしないで欲しい。勇気と無謀を取り間違えてはいかん」

「……はい」

 簡単な返事だけを返す鈴音。源三郎は静かに瞳を閉じて頷くだけだった。



 羽入家で得るべき物を得た鈴音達は、慌しい中で居座っても疎まれるだけなので早々に羽入家を後にした。

 次に向かうのは村長宅。その前に駐在所にも顔を出していくつもりだが、最終的には村長宅へと向かう。

 そこには村長が示した鈴音達への何かがあるはずだ。それを求めて鈴音達は村長宅へ続く道を歩いていた。

「そういえば今更だけど」

 今までの話とは別に沙希が話題を切り替えてきた。

「最初から羽入家の敵意を隠しておけば、もう少し楽に進められたと思うのよ。つい噛み付いちゃったけど、あれは失敗だったな」

 一番最初に羽入家へ赴いた時の事だ。前日に七海に会い、異様な歓迎を受けた事で沙希は敵意を隠す事なく源三郎と対面した。その結果、沙希は鈴音ほど源三郎の好感は得られなかった。

 もう少し源三郎に対して印象を良くしておけば、いろいろな事で羽入家を利用できると考えたのだろう。

 鈴音の気持ちはともかく沙希はそんな事を考えていた。

「う〜ん、それはどうだろう。源三郎さんはああいう立場だから見せ掛けの好意はすぐに分ると思うよ。だから下手に取り繕おうとすると逆に軽視されるんじゃないかな?」

 源三郎は普段からゴマすりや接待などの行為を受けているとしてもおかしくない。だからこそ向けられる好意が本物かどうか判断できる能力が身に付いているはずだ。鈴音はそう主張した。

 本来ゴマすりや接待などは好感を得るためだけにする物ではない。自分に目を向けさせて実力を見せる。言わば効率良く自分を主張するために行う物だ。

 出来るに越した事は無いが、その後に実力を示す事が無ければ、それだけしか出来ない能無しと判断される恐れがある。

 だから源三郎を相手にその手の行為は逆に軽視される要因になるのではないかと鈴音は言う。

「まあ、確かにそうかもね。けど敵対視されないだけマシじゃない?」

「それは人によると思うよ。敵を嫌う人なら沙希の言うとおりだけど、源三郎さんのような人は敵意でも力を見せれば好感を持つものだよ。だから沙希は源三郎さんに認められていると思うよ」

 そう言われても沙希にはピンと来ないのか、腕を組んで少し考える。

「そうかな?」

「そうだよ」

 それでも首を傾げる沙希を見て鈴音は軽く微笑んだ。

 敵意にも質があり、清く澄んでいれば悪意よりも好感を得る事が出来るのではないか。鈴音は源三郎という人物に触れて、そんな風に思うようになった。

 敵意の受け止め方によって、または人によってそのようになる場合がある。そこは受け止める人の性格が重要になってくる。

 敵意を敵意だけとしか見ないか、敵意の奥底にある実力を見るか。それは受け止める人の度量だろう。

 源三郎の場合は沙希の奥底にある実力を見抜いた。だから胆略的に敵とは見ず、からかいがいがある敵としか見ていないのかもしれない。

 だからこそ源三郎は沙希に直接敵意をぶつけないのかもしれない。からかう時はからかい、素直に出る場合もある。

 鈴音はそう考えたが、すぐに別の考えが浮かんできた。

 もしかしたら……源三郎さんは沙希の事を敵とは見なしていないのかな?

 もっと直接的に言えば沙希は源三郎の敵になり得ない、という事だろう。

 警察という組織に属している吉田はともかく、沙希は組織に組み込まれていないだけに敵になり得ない。鈴音の付き添いとしか思っていないのかもしれない。

 最初はそうだったかもしれないが、最初の対面で沙希が噛み付いたからこそ、沙希を少しだけ信頼した。多大の意地悪を持っているが、それは好感と言っても良い物だろう。

 だから鈴音がでしゃばらなくても沙希と源三郎は渡り合えるのは、そういう事なのかもしれない。

 というか、源三郎さんはああいう人だからね。これが源三郎さんのやり方なのかもしれないね。姉さんと話した時も最初はああだったのかな〜?

 静音も源三郎に認められた時には意地悪を持って迎えられたのかもしれない。そう思うと鈴音はその場を見たかったと思った。

 静音が沙希のように負かされるだけ終わるはず無いから、どういう展開になっていったのか興味が沸く。

 まあ、そこら辺は後で姉さんから聞けばいいか〜。

 まずは静音を見つける事、そして全てに決着をつける事。それが鈴音達がすべき事だ。だからこそ、その手掛かりを得に鈴音達は村長宅へと向かう。そこにある事実が真実か分らないままに。







 え〜、そんな訳で……眠いです!!!

 まあ、これはプライベートな事なので忘却の彼方に蹴り飛ばしておきましょう。

 さてさて、二十八話はどうでしたでしょうか。村長殺害の概要が分りましたね〜。けれども一向に浮かんでこない容疑者。まあ、これは犯人を推理する小説では無いですからね。

 では何を推理するのかと言うと……真相を推理するんです。まあ、これは何度も言ってますけどね。気が向いたら事件の真相を推理してメッセージでも送ってください。

 もし正解していたらブログか解答編の最後にでも発表しますので、気が向いた方はどうぞ〜。

 ……いや、まあ、なんというか。何度も同じ事を言ってますね。実はね、今回の話は特にこれと言った話が無かったなかったので、適当にお茶を濁させてもらいました〜。

 ……うん、まあ、なんだ、ごめんなさい。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、実は今回の話は次回の話を混乱させるための話と言ってみたりする葵夢幻でした。信じるかどうかはご自身で判断くださ〜い。

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