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第二十七話 責任と決意

 何で……こんなにも?

 村長宅の前には何台もの警察車両が止まっていた。幾つもの赤い光が夜を切り裂くように一定の動きを繰り返している。それは鈴音達を誘うかのように、闇夜に入口を作り出しているかのようだ。

「え、えっと」

 警察が来ているかもしれないと千坂から聞いていたが、まさかこんなにも集まっているとは思いも寄らなかった。

 先程から警察の人間がせわしなく村長宅を出入りしている。それに近所の人だろうか、数は少ないが野次馬も集まっている。

 いつもなら静まり返っている村長宅は異常な賑やかさに包まれていた。

「とりあえず行ってみようか」

 行けば何か分かるかもしれないと鈴音はそんな事を言い出したが、七海がすぐに無駄な事を告げる。

「行っても追い返されるだけですよ。鈴音さん達は約束があっただけで関係者ではないですから」

「う、うん、そうなんだけど」

 確かに七海の言うとおりだ。村長の親族なら入れてもらえるかもしれないが、ただ会う約束があっただけなら門前払いされる可能性がある。

 それでも吉田が居れば何か聞き出せるかもしれないと思ったのだが、この大人数の中から吉田を見つけ出すのは難しいだろう。

 ならどうしようか、と迷う鈴音は沙希に視線を送るが首を横に振られてしまった。沙希も打開策は無いようだ。

 ただ手をこまねいている状況を少しでも打破する為、鈴音は意味も無く辺りを見回す。とりあえず辺りを見れば何かが出てくると思っているのだろう。そして極稀ごくまれに出てきたりもする。

 いつの間にか鈴音達から少し離れていた千坂は誰かと話しているようだ。その様子が目に入った鈴音は千坂に近づこうとするが七海に止められてしまった。

「羽入家の者です。これで何があったかぐらいは分りますよ」

 鈴音に微笑を向けながら答える七海。そんな二人の後ろで沙希は誰にも気付かれないように口の端を少し持ち上げた。

 これで羽入家から情報が入る。それに後で吉田に会うことが出来れば警察の情報も手に入る。つまり今現在の沙希が居る位置はどの組織よりも有利だ。

 話が終わるまで待つしかないでしょ、沙希はそう鈴音を落ち着かせると村長宅へと目を向けた。少しでも怪しいところがあったら見つけようというのだろう。

 そんな沙希とは違い鈴音は待ち惚けを喰らい、やる事が無く少しの暇を弄ぶ事になってしまった。

「あっ、そうだ」

 鈴音が突然声を上げる。どうやらやる事を見つけたらしい。鈴音は隣に居る七海に顔を向けた。

「七海ちゃんに聞きたい事があったんだ」

「なんですか?」

「さっき言ってた七海ちゃんの望みって何?」

 いきなり脈絡の無い質問をする鈴音。どうやら鈴音を暇にさせると話が脱線するらしい。

 そんな質問をぶつけられた七海は目を丸くするが、すぐに笑顔を取り戻した。そして右手の人差し指を立てると自分の口元へ持って行く。

「それは秘密です」

「え〜」

 不満の声を上げる鈴音だが顔は笑っている。そして頭では脈絡の無い事を考えていた。

 うわ〜、……可愛い! 七海ちゃん元が良いから、そういう仕草をすると似合うね〜。思わず抱きしめたくなっちゃった。

 ……本当に脈絡の無い事を考えている鈴音。七海がそうした仕草をするのも珍しいが、どちらにも言える事は現状を無視しているという事だろう。

 どうやら二人には村長宅にいる警察の緊張感は伝わっていないようだ。

 そんな二人の会話はまだ続く。

「七海ちゃん大人っぽい仕草が似合うよね」

「そうですか?」

「うん、耳の所の髪を掻き揚げてみて」

「こうですか?」

「そうそう、七海ちゃんがやると絵になるよ」

「そういう鈴音さんだってやれば似合いますよ」

 あんた達に緊張感は無いのか! 二人の会話が自然と耳に入っていた沙希はそんな突っ込みを入れたくなった。けれども、今の二人が思いっきり天然っぽく思えたので無視する事にした。

 沙希には分っているのだろう。ここで突っ込んだら自分までも巻き込まれてしまう事が。

 そんな感じで時間が少し経つと千坂が戻ってきた。さすがに鈴音と七海は今までの話をやめて千坂に目を向ける。その表情から少しだけ緊張感を持った事が見て取れる。

「お待たせして申し訳ありません」

「いいから報告して」

 七海の言葉に千坂が頭を下げると報告を始めた。

「結論から申し上げますと……村長が殺されました」

『……はい?』

 同時に聞き返す鈴音と沙希。千坂の言葉を受け止め切れなかったのだろう。それはそうだ、いきなりこれから会う人物が殺されたと聞かされて耳を疑う者は居ない。

「え、え? えっと、ちょっと待ってください」

 混乱する頭を整理しようとする鈴音。けれども千坂は話を続けた。

「はっきりと裏は取れています。詳しい状況は分かりませんが、村長が殺されたのは確かなようです。だからこそ警察がここまで大騒ぎしているのでしょう」

 村長が殺されたのだから警察どころか来界村にとっては一大事だ。まだ公表されていないとはいえ、知れ渡れば事態が混乱するかもしれない。いや、現に警察は混乱しているのだろう。だからこれだけ大騒ぎになっているのかもしれない。

 唯一の救いは野次馬が少ないという事だろう。今までの事件があったからか、警察が動いても村の人達はそんなに取り乱すことは無くなった。

 嫌な習慣だが警察にとっては助かる結果となった。

 そして警察と同様に鈴音と沙希も混乱していた。

 な、なんで村長さんが? どうして? ……もしかして……私達の所為? 昨日あんな約束をしたから、だから?

 昨日の約束で村長は口に出すだけでも危険な事と言った。その時はそんなに重要視しなかったが、今になって思えばもっと真剣に考えるべきではなかったのか。そうすれば村長が殺される事は無かった。言い換えれば自分達の所為で村長が殺されたと言える。

 そう考えただけで鈴音は怖くなった。自分の所為で村長が死ぬ事になったのなら、自分達が村長に何も求めなければこんな事にはならなかった。

 わ、私の……所為で。

 まるで誰かに非難されているかのように胸が締め付けられる。思い当たる節があるために苦しめられる。

 鈴音は立っている事が出来ずに座り込むと顔を両手で覆う。

「大丈夫ですか?」

 慌てて鈴音に駆け寄る千坂。鈴音は震えながら何度か首を縦に振るだけだ。

「もう少し詳しい事は分りませんか?」

 沙希がいきなり千坂に問い掛けた。鈴音と沙希を交互に見る千坂。どちらを優先させて良いか迷っているようだ。

 そんな千坂の様子に沙希は鈴音を優先して欲しいと願う。

 沙希とて鈴音と同様の事を考えてショックを受けている。けれども、二人の前ではそれを出す事は出来ない。少しでも羽入家に弱味を見せたくないからだ。

 沙希は震える手を強く握り締めると鈴音の元へ寄る。鈴音から離れる千坂、このまま沙希に任せた方が良いと判断したからだ。

 沙希は鈴音の肩に手を回すと、抱き寄せて口を耳元へ持って行く。

「鈴音、後悔は後でしよ。今はやる事がある、やる事があるうちは進まないといけない。後悔や反省は時間がある時に思いっきりやればいい、って静音さんが言ってたから。……自分を傷つける刃を求めてもしかたないでしょ」

 鈴音だけでなく自分にも言い聞かせる沙希。それだけ言葉を掛けると沙希は鈴音から離れて立ち上がる。

 未だにショックは顕在する。けれども沙希は過去の経験から立ち向かう術を知っている。だからこそ、この短時間で立ち上がる事が出来た。

 沙希にその術を教えたのが静音だ。沙希の頭にあの時に言ってもらった静音の言葉が去来する。『沙希は自分を傷つける刃が欲しいの?』初めて静音と会った時に掛けられた言葉。その言葉を聞いた直後に沙希は涙を流した。自覚なんて無い、ただ……救われた気がした。

 そんな経験があったからこそ、沙希はすぐに鈴音を慰める事が出来たし、こうして現実を受け入れる覚悟も出来た。

 けれども鈴音には今すぐには出来ないだろう。だから待つしかない、待っている間に自分はやるべき事をやろうと沙希は千坂に目を向けた。

「もう少し詳しい事は分りませんか?」

 先程と同じ質問をする沙希。今度は全てを受け入れる余裕がある。だから何を聞かされても大丈夫だろう。

 千坂は沙希の質問に答える事無く、沙希と鈴音を交互に見て迷っているようだ。このまま鈴音を放っておくのが心配なのだろう。

 そんな千坂に沙希はあえて笑顔を見せた。沙希には分っている、鈴音がすぐに立ち上がってくる事を。ここで歩みを止めるほど弱くない事を。だからこそ笑顔を作る事が出来た。鈴音がそこまで弱くないと知っているから。

 沙希の笑顔を見た七海は鈴音の元へ寄る。七海なりの配慮なのだろう。それを見た千坂は沙希に顔を向け、分っているだけの事を話し始めた。

「先程も申した通り詳しい状況は分かりません。警察の検死が行われていますので、それが終わればもう少し詳しい情報が入ってくるでしょう」

「そうですか」

 警察でさえ状況を整理している段階だ。だから今の時点で詳しい事を求めるのは無理だ。けど時間さえ経てば分る。ここで焦ってもしかたないと沙希は自分を落ち着かせた。

「それからこれは裏が取れていないのですが」

 話を続ける千坂。沙希になら今の段階で話しても良いと判断したのだろう。だからこそ、最初に確証が無い話である事を言った。

「どうやら今までの事件とは違うようです」

「違うというと」

「変、いや、今までの事件から見れば関連性が無く変と思える、と言ったところでしょう?」

 次の言葉を待つ沙希。確かにそれだけでは何の事か分らない。

「村長の首が繋がっているようです」

「なるほど、そういう事ですか」

 つまり見た目は変なところが無い死体という事だ。それだけなら普通の殺人事件として処理されるだろう。けれども来界村では数日前まで、いや、羽入家の話では今でも首なし殺人が起きているのだから、村長の首があるというだけで変と感じてしまうのだろう。

「今までの事件と関連性が無いと」

「あるいは首を落としている時間が無かったとも考えられます」

 どちらにしても現時点で判断するには情報が足りない。下手に結論を出すのはかえって危険だろうと二人は結論を出そうとはしなかった。

「……刀傷。確か今までの事件ではありましたよね。それは分らないんですか?」

 今までの事件は全て刀のような鋭利な刃物を使用していた。だから死体には必ず刀傷のような物が残っていた。だから村長の身体にそれがあるなら、今までの事件と関連がある事になる。

 そんな沙希の問い掛けに千坂は申し訳無さそうな顔をする。

「それは確認中です、もう少し待ってもらえないでしょうか」

 素直に謝罪してくる千坂に沙希が申し訳ない気持ちになってしまった。

「いえ、分らないならいいんです」

 無理に問い掛けても意味は無いか。そう判断すると沙希は質問する事をやめて千坂からの言葉を待った。

 けれども千坂からは言葉が出てこない。本当に分っている事が少ないと沙希は実感した。

 そうなるとこれからどうするか? 話が終わると沙希はその思考を巡らせる事になった。



 七海の手が自分の肩に置かれている事を鈴音ははっきりと感じていた。未だに座り込んでおり、頭を垂れているが冷静さは取り戻しつつあった。

 未だにショックは抜けきれないが、このままではいけない事は分る。だからこそ、自分の頭をよりはっきりとさせるために鈴音は考えをまとめる。

 ……甘かった。私も沙希も見通しが甘かったんだ。だから……こんな事態に。村長さんはそれが分っていたからこそ、誰も近づけなかったし、誰にも話そうとしなかったんだ。私は……なんでその事に気付けなかったんだろう。

 最近になって始まった村長の秘密と奇行。それは村長が変になったのではなく、事の重要性に村長だけが気付いていたからだ。だから周りから変と思われようと誰にも打ち明けようとしなかった。たぶん鈴音達にだけは打ち明けようとしていたのだろう。けれども、そんな村長の目論見は永遠に成功する事がなくなってしまった。

 けれども、そう考えるとおかしな事が思い浮かんできた。

 何で村長さんは誰にも言わなかったんだろう? 村長さんの立場なら相談できる人は幾らでも居るし、その気になれば権力を使って逆に追い詰める事も出来たんじゃなかったのかな? 

 確かに村長の力なら密かに村の人間を使っていろいろな事が出来ただろう。それをしなかったには何か理由があるのではないか、鈴音はそんな結論に達する。

 ……もしかして、言わなかったんじゃなくて言えなかった。誰かに脅されてたとか、そう考えれば納得が出来る。それに監視もされてたかもしれない。だから村長さんは誰にも言えなかったんだ。

 確かにそれなら辻褄は合う。けどそうなってくると村長は監視をされていた事になる。外部の人間では村長を監視する事は不可能だろう。つまり村長を脅し、監視して、殺した人物は村の人間ではないか。そうとしか考えられなくなってきた。

 けど……それは誰なんだろう?

 鈴音は出会った村の人間を思い出してみるが、その位置に存在する人間は思い当たらなかった。

 確かに来界村の人口は少ないが、それでも全員を把握している訳ではない。まだ出会った事が無い人もたくさん居る。その中の誰かなのだろうか?

 そんな風にも考えるが、その結論はすぐに捨てた。

 違う、そうじゃない。村長さんとは姉さんの事で話を聞くはずだった。だから、このタイミングで村長さんが殺される理由は一つ、私達に姉さんの事を話されては困る人。ううん、私達じゃなくても誰かに話されては困るんだと思う。

 村長だけが知っている静音に関する秘密がある。それは直接的でも間接的でも誰かに知られれば困るのだろう。もしかしたら鈴音に知られるのが一番困るのかもしれない。だからこそ事を急いで村長を殺害したのかもしれない。

 そして村長も鈴音に知らせるのが一番効果的だと思ったからこそ、あのような密約を持ち出したのだろう。

 そんな考えに達すると鈴音に激しい後悔がまたしても襲い掛かった。

 ……姉さん、やっぱり中心には姉さんが居るの? 私達が姉さんを見つけられないから……こんな事が続くのかな? 私達が姉さんを探してるから……こんな事になるのかな。

 鈴音が静音を探さなければ美咲がこれ以上苦しむ事は無い、琴菜も全て忘れられるだろう。羽入家にも迷惑が掛からないし、これ以上誰かが死ぬ事も無いのではないか。

 そんな考えが鈴音の頭に生まれてくる。

 自分達の行動が沢山の人達に迷惑を掛けて苦しめる結果となる。もしかしたら、そんな法則があるのかもしれない、自分達はもう静音を探すのをやめるべきではないのか。

 そんな考えが頭を過ぎると鈴音は涙を堪えきれなくなった。

 ……ごめん、ごめんなさい。私の……私達の所為でいろんな人に迷惑を掛けて、死んじゃった人もいて。

 これが自分達の行ってきた行動の結果なのかもしれない。その考えが事実だとしても……。

 ……でも……私は姉さんを探す事をやめない! たった一人の家族で、一番大事な姉さんだから。もし、この事態が姉さんが元凶で誰かが起こしているのなら、それも解き明かす! ……それが村長さんに対して、私が出来る事だから。

 鈴音は涙を拭いて顔を上げると傍に七海に微笑んだ。七海は驚いた表情を見せるがすぐに笑みを返した。

「大丈夫ですか?」

「うん、七海ちゃんありがとう」

 心配してくれた七海に鈴音はもう大丈夫な事を告げると立ち上がる。その表情はいつもと変わらないが、瞳にはしっかりとした決意が現れていた。

 七海と共に沙希と千坂の元へ行く鈴音。

「おかえり」

「ただいま」

 短いやり取りをする鈴音と沙希。そのやり取りに七海と千坂は軽く首を傾げた。何を話したのか分っていないようだ。二人に分らなくとも鈴音と沙希にはそれだけで充分だ。それだけで鈴音も沙希もお互いに支えあう事が出来るから。

 沙希から先程の話を聞かされた鈴音は率直な感想を口にした。

「じゃあ、今日はもう帰って寝た方が良いよね」

 何故そうなるんだ。鈴音の言葉に他の三人が同じ事を思い、同じように顔に出した。

 沙希はわざわざ大きな溜息を付くと、鈴音の頬を摘んで引っ張る。

「こんな事態なのにあんたは何を言い出すんだ」

「いしゃいよ〜、しゃき〜」

 村長が殺されて警察も羽入家もあたふたしている事態なのに、いきなり帰って寝ようなどとは沙希を始め、七海も千坂も鈴音の考えどころか神経を疑いすらした。

 けれどもそれは鈴音なりの考えから出た言葉だ。

 沙希から解放されると鈴音は頬を擦りながら自分の考えを説明する。

「だって沙希、私達がここに居ても何も出来ないよ」

「それはそうだけど、どうにかして村長さんが殺害された状況だけでも調べないとでしょ」

 せめてそれだけでも知らないと考えようが無い。情報が無いのに考えを巡らしても徒労に終わるだけだ。

 沙希としてはそれだけでもやっておきたいのだろう。だが鈴音はそんな沙希の考えを否定する。

「沙希、今の私達がどんなに頑張っても検察の人以上に詳しくは分らない。羽入家の人以上に知る事は出来ない。それは今だから、明日なら私達にもそういう事を知る事が出来る。だから今は専門の人に任せた方が良いんだよ」

「……」

 言葉に詰まる沙希。鈴音の言うとおりだと納得させられた。

 鈴音達は犯罪調査のエキスパートではない。ただ事件の中心に近いから情報が多く入ってくるだけだ。もちろん、二人にはその情報を処理するだけの能力があるからこそ、今までやってこれた。

 けれどもそれは情報があるという前提があったからこそだ。今現在のように情報が混雑している状態では、二人の出来る事はほとんど無いと言えるだろう。

 だからここは専門家に任せて後で情報だけを貰おうと言うのだ。ある意味では一番美味しいところだけを持って行くように見えるが、捜査のプロでは無いからにはそれもしかたないだろう。

 何より鈴音達は今回の事でも中心に近い位置に居る。村長は鈴音達だけに秘密を明かそうとしていた。それに、その手がかりまで残してくれた。それは警察も羽入家も知りえない事だ。

 だからこそ警察も羽入家も鈴音達をまったく無視する事は出来ない。全ての物事に中心に静音が居て、そのすぐ傍に鈴音が居るのだから。

 鈴音の言葉に三人とも黙り込む。鈴音の言う事はもっともだし、今の状況では何も出来ない事は分っているから。

 鈴音は黙って頷くと千坂に顔を向けた。

「明日、羽入家にお伺いしますね。その時に詳しい事を教えてください」

「……承知しました」

 千坂としては鈴音に首を突っ込んで欲しくは無いのだろう。だが、この事件は鈴音達にとって無関係とは言えない。すでに巻き込まれているのだから。

 それなら少しでも傍に居られる方が良いだろう。千坂はそう考え、鈴音に協力する事を約束した。

 そして鈴音達はその場を後にして桐生家への帰路へ着いた。千坂は送っていくと言ったが、七海までも付き合わせるわけには行かないので、鈴音はその申し出を断った。

 村長宅から離れると騒ぎの喧騒は聞こえなくなり、何事も無かったかのように静かな夜道を沙希と二人。ゆっくりと歩いていく。

「それにしても……大変な事になったね」

 沙希が突然口を開いた。

「うん……そうだね」

 鈴音も短く答えるだけだ。

「……大丈夫?」

「そういう沙希こそ」

 自分達の所為で村長は殺された。その考えは鈴音も沙希も同じであり、同じようなショックと後悔を持っている。だからこそお互いに心配しあった。

「……ねえ、沙希」

「うん?」

「私……この事件の犯人を見つけ出したい」

 突然とんでもない事を言い出す鈴音。そんな事を言い出せば沙希が止めるだろう……いつもなら。沙希も同じような思いがあるからこそ鈴音を止めるようなことはしない。

「そうだね、さすがに私も今回はやらなくちゃいけない気がする。いや、違う」

 自分の目的を人の所為にするのはやめよう。沙希はそう思い、改めて自分の思いを口にした。

「やりたいんだ、私も」

 二人の目的は静音を探し出すことだ。村長は二人を静音に近づけようとしたから殺された。たとえそうでなくても、その可能性が大きいからには二人とも無関心ではいられなかった。

 原因は自分達にある。その思いが二人を動かしたのかもしれない。例えそれが……危険な事であっても。

 鈴音と沙希は顔を見合わせると軽く笑った。お互いに同じ想いを抱いている事が確認できただけでも嬉しいのだろう。

 沙希は顔を前に戻すと、すっかり暗くなって無数の点が散りばめられている空を見上げる。

「全ての中心に静音さんがいる、静音さんの失踪から始まったのは私達だけじゃない。それは悲しく重い。だから願いたい、終わらせたいって。もうこの事で……泣いたり苦しんだりする人を見たくないから」

「……うん」

 静音の失踪から、そのような人を一番見てきたのは沙希だ。そしていつも見ているだけで……何も出来はしなかった。だから終わる事を一番願っているのは沙希だろう。

 もう見たいくない。自分が動く事で終わらせる事が出来るなら精一杯の事をしよう。沙希は、そう決意を新たにする。



 後二日か……一旦帰ってもう一度来ないとかな〜。

 鈴音は湯船に浸かりながら天井を見上げて残された時間を思い出す。

 鈴音達の滞在予定は一週間。最初から一週間で見つけ出せるとは思っていなかったが、実際に時間が過ぎていくと時間が欲しいと思う。

 明後日には帰らないとなんだよね〜。……電話で期限を延ばせないかな?

 二人は未だに学生だ。大学に届けを出して自由に動ける期限は一週間。それ以降は二人の単位に響いてくる。

 静音の事は確かに大事だが、その事で二人が退学なり休学なりの処置が下ったら静音を悲しませる事になる。両立させていかないといけない。

 ……分ってるんだけどね〜。沙希はともかく私はいろいろとヤバいからな〜。少しは講義に出ないとだし。何かもどかしいな〜。

 分ってはいるが残りの時間を考えると気が逸ってくる。

 二日、出来るだけの事を調べて、なるべく早く戻ってこよう。

 鈴音は小さくガッツポーズをすると湯船から身を上げた。

 お風呂から出た鈴音は美咲の所に顔を出しみた。なるべく明るく話したのだが、美咲からは気が抜けた返事しか返って来なかった。どうも未だに調子は戻っていないようだ。

 あまり長居しては負担になるだろうと、鈴音は早々に切り上げた。

 部屋に戻ると沙希はすでに居なかった。どうやら鈴音が上がった事に気付いて、入れ替わりにお風呂に行ったようだ。

 鈴音は特に何かをするでもなく、部屋の中心に座り込んだ。

 余計な物音は聞こえてこない。程よい静寂が鈴音を中心に部屋を包み込んでいた。

『鈴音』

 静音の声が聞こえたような気がした。だが鈴音は身動き一つしない、それが気のせいだと分っているから。部屋の静寂が静音の事を思い出させていると分かっているから。

 鈴音は目を閉じると昔に戻ったような気がした。

 それはまだ幼い頃。二人っきりになって数日が過ぎた夜。全てを理解して、初めての場所で寝ようとしていた時だ。

 悲しくて、ひたすら寂しくて、どうして良いか分らなくて、泣くことしか出来なかった。

 ただ、静音が抱きしめてくれた事だけは安心できた。一人ではないと実感できたから。

 そんな鈴音に静音は語り掛けた。静かに、優しく。

『鈴音、実は皆一人っきりなんだよ。だから他の人が大事になっていくの。それは家族だったり友達だったり、大事な人はこれから増えていくの。だから今は怖いかもしれないけど、大事な人が増えていけば怖くないから。それまではお姉ちゃんが鈴音を大事にしていくからね。たった二人の……家族だから』

 ……そう、私達はたった二人の家族。あれから随分と時間が経って、少しずつ、本当に少しずつだけど大事な人が増えて行った。これからも増えるはず。だから姉さん、絶対に見つけるから。姉さんを一人っきりに、怖い思いなんてさせないから。

 ゆっくりと目を開ける鈴音。そこは目を閉じる前とまったく変わらない光景。これから増える、大事な場所の一つ。静音が失踪しなければ、すでに大事な場所になっていたかもしれない。

 けど、まだ遅くない。これから大事な場所に、大事な人にしていけばいい。静音と静馬が見付かればそうなる。そのために頑張って行かないといけない。

 そんな想いをはせ、鈴音は全てに立ち向かうために、全てを終わらせるために決意を新たにする。

 どんな悪意にでも立ち向かえるように。



 そんな鈴音の決意を飲み込むかのように、夜の闇は一層深くなっていく。一つの光も見えないまま、闇夜を進む事を強制しているかのように。



                    ─断罪の日まで……後一日─







 そんな訳で残り一日です! ……足掛け一年以上。やっと断罪の日が終わりを迎えようとしています。……まだ解答編が残っているけどね。

 まあ、なんと言いましょうか。しかたないよね……てへっ。

 という事で許してください。

 さてさて、お気づきの方がいらっしゃると思いますが。作品のタイトルを変えました。以前は『断罪の日』だけだったのですが。解答編との区別を明確にした方が良いと思い。後にくっつけました。

 それが縁です。ん〜、まあ、鈴音が来界村に着てからいろいろな縁が出来たな、とか思ってこのようなタイトルを付け加えました。

 そんな訳で、残り少なくなって来ましたが『断罪の日 〜縁〜』をよろしくお願いします。

 という事で本編に触れてみましょうか。という事で、やっと事件に本腰を入れようとする鈴音と沙希です。……今更って気がしますね。

 そもそも二人の目的は静音を探し出す事で、殺人事件を解決する事ではないですからね。今までのは巻き込まれたから推理していただけです。

 けど今回の事でそうも言ってられなくなりましたからね。いよいよ本格的に鈴音達が動き出します。……まあ、後数話で終わりだけどね。

 ……うん、大丈夫、解答編では活躍してくれる……と思うよ。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、今更ながら日数計算間違ってないよね、とか思った葵夢幻でした。

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