第二十六話 玉虫物語(後編)
村を襲った非常事態。それは恵みの雨と思わせる物が原因となった。
ここ数日は雨が降り続けていた。けれども、それは梅雨ならば珍しくない出来事だ。だからこそ誰一人気付かぬまま、それは進行していった。
「大変だ村長!」
若者と村長が玉虫が残した願いを巡って、いつもの口論をしていた時だ。突然村の者が村長の家に駆け込んできた。
突然の事態に二人の口論は一旦止まり、二人とも駆け込んで着た者の言葉を聞く。
「か、川が、氾濫しそうだ」
「なんだとっ!」
思い掛けない事態に声を荒げる村長。
確かにここ数日の雨は多かった。けれども、まさか川が氾濫する事態が巻き起ころうとは思いも寄らなかった。第一、この土地では川が氾濫する事が珍しい。村長が今まで生きてきた歳月でも川が氾濫するなどという事は一度も無かった。
「とにかくすぐに来てくれ!」
「う、うむ」
隣で聞いていた若者も一緒に村長達は川へと向かった。
そこは川原との高低差が一番低い場所。今までどんなに水が多くなっても、水位はここの半分程で収まっていた。それが今現在では、もうすぐ溢れそうなほど水位が上昇している。
この事態に村の男達は集まって手をこまねていた。そこに村長達が到着すると現状を見せて対策を問いただす。
「すぐに土嚢を積み上げるんだ!」
水位がそこまで迫っているからにはそうするしかない。村の男達はすぐに作業に取り掛かった。
動ける者を総動員して土嚢を積み上げる。川が氾濫すれば村の田畑は全滅する事は必定。それを防ぐためにも、ここは時間が勝負となってくる。
川が氾濫するのが早いか、防壁を完成させるのが早いか、天災との戦いに村人達は挑む事になった。
土嚢を作る者、運ぶ者、積み上げる者、それぞれが協力して防壁を築いていく。雨乞いでようやく助かったというのに、ここで田畑を潰されてはせっかく繋いだ望みを断たれる事になる。
皆が必死になって防壁を築き続ける。誰一人として手を抜く者など居はしない。皆が分っているからだ。ここで川が氾濫する事態になれば、最早死ぬしかないと。
そんな必死の働きが功をそうしたのか。なんとか川が氾濫する前に充分な高さの防壁が出来上がった。
ほっと胸を撫で下ろす村人達。けれども、まだ安心は出来ない。なにしろ雨はまだ降り続いているのだから。
雨が降り続いているからには氾濫する場所が増えてくる。今のうちに他の場所も補強しておかないと手遅れになる。
村長はその事を村人達に伝えると数人に川の確認をさせる。そして川を見回った者達の報告によれば、やはり数箇所氾濫の気配を見せていた。
作業に当たった者達を一休みさせると、すぐにそれらの箇所に向かわせる。村の者達が散り散りに駈けて行った後で、一人その場に残った村長は空を見上げる。
鈍色に広がる空から舞い落ちる水の雫。少し前まではそれは希望に見えたが、今では苦々しく思える。
村長は奥歯を強く噛み締めると、指示を出すために必要な場所を決めるために一旦自宅へと戻るのだった。
最初に川の氾濫を防いでから三日後、雨は未だに降り続いていた。
三日続いた防壁の建設作業に村人達は疲れきっていた。神はこの村を滅ぼすつもりなのだろうか、誰もがそう思い始めていた。
やっと乗り切った水不足だが、今度は自分達が望んだ水に滅ぼされよとしている。こんな理不尽な事があるのか、村人達に向け所が無い不満が溜まっていく。
そんな村人達の中で一人だけ、違った考えを持った人物が居た。それが玉虫を最後まで見送った若者である。
これは罰ではないのか、生き残るためとはいえ玉虫を犠牲にした自分達への罰ではないのか。若者はそう考えていた。
どれが正しいにせよ、村が窮地に陥っている事には変わりない。雨が降り続いている限り、村に安寧が訪れる事は無い。
村の存亡を賭けた戦いはまだ続いている。だが村人達に残された力は最早微かしかない。このまま雨が降り続ければ、川が氾濫する前に死んでしまうのでないか。そんな思いも生まれつつあった。
そんな時だ。村人の一人が集会所となっている家に飛び込んできた。
「防壁が決壊しそうだ!」
その者の言葉に村人達は一斉に立ち上がると家から飛び出していった。
そこは一番最初に築いた防壁。そこの一部から水が流れ出ている。勢いはそんなに強くは無いが、このまま放っておけば広がっていずれは防壁は決壊する。今すぐに塞がなくてはいけないのだが、その他にも微かだが水が流れ出る場所が幾つもある。
その場所も時間が経てば水が勢い良く流れ出すだろう。
急いで防壁を直さなくてはいけない。けれども動き出す者は誰一人としていない。
もう終わりだ、自分達はここで死ぬんだ、そんな考えが村人達の行動力を奪っている。絶望、それが村人達の目にははっきりと見えた。
ただ流れ落ちる水を見続けながら立ち尽くす村人達。村人達に目はまるで死んでいるかのように生気はない。
そんな村人達の間から突如、静かに一人の人間が進み出た。
笠に左手には錫杖を持っている。どこかの僧だろうか。少なくとも村の人間ではないのは確認できた。
僧は水が一番流れ出ている箇所の前に進み出ると、右手を袂に引っ込めて一枚の札を取り出した。
そんな札ではどうする事も出来ないだろう。村人でなくとも同じ事を思っただろう。
けれども僧は札を水が流れ出ている穴に当てると言葉を放つ。
「オン!」
次の瞬間、村人達は自分達の目を疑った。僧が言葉を放った瞬間、今まで流れ出ていた水がピタリと止まったからだ。
「沙希凄いよ、御札一枚で水を止めちゃった!」
よっぽど興奮しているのか鈴音は声を大きくして沙希に本の内容を告げる。けれども、いきなりそんな事を言われても分かる訳が無い。
そんな鈴音の言葉に沙希はいつものように返す。
「そーかそーか、それは凄いな」
棒読みの返事をする沙希。もちろん視線を鈴音に動かすような事もしない。これが慣れという物なのだろう。
どうやら鈴音は自分が夢中になっている物を他人に報告する子供っぽいクセを持っているようだ。そのクセに沙希も最初は戸惑ったものだが、今ではまったく相手をする事は無くなった。
鈴音としても報告しただけで満足なのだろう。特に不満な顔はしていない。けれども、鈴音の報告はまだ続いた。
「一箇所だけじゃないよ、御札一枚で全部止めちゃった。このお坊さん凄いよ!」
「そーかそーか、凄いお坊さんだな」
「やっぱり術なのかな? それとも神通力?」
「両方だろ」
「両方なの! 両方は凄すぎるよ!」
「うん、凄すぎるな」
会話として成り立っているのか微妙なところだ。言える事はただ一つ、二人とも無意識に会話してるだけで何を話しているのか理解してない事だ。
随分と器用だが、これも二人が会得した特技なのだろう。だから二人とも本を読むのをやめたら何を話したかなど覚えてはいない。この会話に意味など無く、鈴音のクセに沙希が付き合っているだけなのだから。
意味の会話をもう数言続けた鈴音と沙希は、また黙り込みそれぞれの本に集中していった。
突如として現れた僧。決壊の始まった防壁を補強すると村長に話があると居場所を村人に尋ねた。
どうやら高僧らしく、その身からは威厳を感じさせている。
村人達は僧を村長が居る家に案内するとその場に集まり、村長と僧の話をそのまま立ち聞きしている。
僧は出された湯を飲んで身体を温めるとこの村に来た理由を語り始めた。
「この村から強い力を感じました。その力は強すぎるほど村を覆っており、凄く悲しげでした。立ち入った事をお伺いします。もしや……雨を乞うために贄を捧げましたか?」
驚きの表情を見せる村長。本来、神事という物は誰かに言いふらしたりはしない。大きく振れ回るだけで神事は本来の目的を果たす力を失うからだ。
重要な神事であればあるほど隠れて行う事が必定となっている。だから突然来た者に分かるワケがない。それなのに僧はそれを言い当ててしまった。その力は本物だと村者達は一瞬にして信じ込んだ。
それは村長として例外ではない。
「実は……」
村長は行った雨乞いの事を一つ漏らさずに僧に話した。
村長の話が終わると僧は静かに告げる。
「それは、致し方の無い事なのでしょう。けど、その後はあまりにも非情だ」
僧は厳しい顔付きになると村長に激しい言葉を投げ掛けた。
それは玉虫に関する事で、雨乞いの儀式が終わった後は玉虫に冷たすぎるという事だ。
村長を非難した僧は贄を必要とした神事について話し始めた。
本来、贄を捧げる神事は贄を捧げる本祭だけで終わりではない。贄となった者を慰める後祭という物が必要だ。これは贄となった物がこの世に遺恨を残さない為に必要な神事であり、これをやらないと贄となった者が祟るのだという。
今のこの事態は正に玉虫が村を祟っているのだと、僧は村長に告げた。
「やはりそうなのですか!」
僧の話にあの若者が村人を掻き分けて僧の前に進み出た。若者はそのまま僧に玉虫が最後に残した言葉を伝えた。
若者の話を聞いた僧は数度頷くと再び村長に顔を向ける。
「拙僧の力で氾濫を抑えられるのは数日が限界。それまでに玉虫を祀る社を建てて弔わなければ、村を滅ぼすまで雨は降り続けるだろう」
僧の言葉に村人達にざわめきが起こった。天災とばかり思っていた物が祟りだったとは思いも寄らなかった事だ。
それは同時に村人達に希望を見せた。
玉虫を蔑ろにしたのは自分達の過ち。その過ちをまだやり直せるなら、それは何としてもやるべきだ。それが本当に村を救う事になるなら尚更だ。
「……済まなかった」
ふと村長は呟いた。その言葉が誰に向けられたものか、自責の念から自然と出たものかは分らない。どちらにしても、やるべき事が見えたのだから後は行動するだけだ。
若者は僧に手順を聞くとすぐに飛び出して行った。その後を数名の村人が追う。残った者は村長の指示を待っているようだ。
「すぐに……社を建立する」
その言葉を皮切りに村長は指示を出し、村人達は一斉に動き出す。
先程まで村人達が灯していた絶望はもう見えない。今はただ、自分達が犯してた罪を払拭するために勢威的に動くだけだ。
村の男で全て出て行くと残った村長は僧に向かって頭を下げた。様々な想いを抱きながら。
川の氾濫は僧の力によって抑えてくれている。だから村人達は社の建立に集中できたが、なにしろ長雨の中である。洞窟がある山中まで木材を運ぶ道はぬかるみが酷く、下手をすれば転ぶだけでは済まされずに山道を落とされそうになってしまう。
何人かが怪我をしたが、それでも作業のスピードは緩まる事無く続けられた。それだけ必死なのだ。やっと見えた希望を掴むために。
僧の話では玉虫を祀る本殿さえ出来れば今の事態を鎮められるという。他は後で建立すれば良いとして、今は本殿だけを建てる事に集中する。
雨に打たれながらも木を切り出し、運び組み立てる。その作業が繰り返された。
少しでも早く建立するために、あえて総動員はせず。担当を数組に分けて休む事無く建立を続けさせた。
その功がそうしたのか、本殿の建立は僅か二日で成し終えた。見た目は少し荒いが、それは後々に建て直せばよい。今は玉虫を鎮める本殿さえあればよいのだから。
本殿が完成するとさっそく村人全てが集められた。怪我や長雨の病で動けない者以外は全員本殿に集まった。
そんな村人達の前に立ち、本殿に向かって僧は読経を始めた。
降りしきる雨の中で続けられる読経。僧の後ろで村人達も弔いの祈りを捧げている。誰もが玉虫の魂が鎮まり、雨が止む事を祈り続けた。
読経を始めてからどれぐらいの時間が経っただろう。それも分らないくらい村人達は祈り続けた。
その祈りが玉虫に届いたのか、雨足は次第に弱まっていった。弱くなったいく雨に気付いた村人が声を上げる。その声は次第に他の者へも伝わって行き、村人達がざわめく。
これで雨が止む、誰もがそう思った。そんな時に村長は村人達に向かって号令を発する。ここで祈りを止めては意味が無い。玉虫の魂が鎮まるまで祈り続けるのだと。
つまり最後まで気を抜くなという事だ。村長の言葉に村人達は再び祈りを捧げる。僧も今まで以上に声を上げて読経を続けた。
終わりは近い、村人全員がそう思った時だ。突如、雨とは違う光を放つ物が天から僧を目掛けて落ちてきた。
それは僧を刺し貫くと断末魔が響き渡り、村人達は再びざわめく。
僧のすぐ後ろで祈りを捧げていた村長と若者。その他の村人達も目の前の光景が信じられずに息を飲んでいる。
なにしろ僧の体は自らの血溜まりに沈み、深々と刀が突き刺さっているのだから。
どこから刀が落ちてきたかは分らない。ただ天から落ちてきた刀が僧を刺し貫いた事は確かだ。
思いも寄らない事態に混乱する村長と村人。その中で若者だけがその刀に見覚えがあった。
それは紛れも無く、自分が玉虫を刺し貫いた刀だ。その刀は確かに家に仕舞ってあったはず。それがここに、いや、天から落ちてくる事などありえない。
けれども実際はそうではない。その刀は確かに僧を貫いている。それがいくら不可思議な光景であろうとも、刀が僧の命を奪ったのは紛れも無い事実だ。
何故このような事に? 若者も含めて村人全員がそんな疑問を抱いた。そんな中で若者はたった一つの答えに辿り着いた。
「……間違えてたんだ」
若者が呟いた言葉に村長を始め、村人全ての視線が集まる。
「違うんだ。あの人は供養をしてもらいたいんじゃない、忘れないでいて欲しいんだ。だから自分を祀ってくれ、そう言ったんだ」
それから若者は村長に向かって説明する。
若者が言うには玉虫を犠牲になった魂として供養するのではなく、感謝の証として神として祀る事をだったと。
それはとてもいけない事のように感じるかもしれない。けれども、神道では人が神になる事もある。人神、現人神と呼ばれ、安部晴明や菅原道真が有名だろう。他にも人が神として祀られる例は多い。
つまり玉虫もそうして祀られる事で自分が居たという証を立てたかったのだろう。
だから供養という方法を受け入れられなかった。だから僧を刺し殺したのだと若者は主張した。
それは若者が村長に向かって何度も主張した事と変わりはしない。だから村長の反論があるかもしれない、若者はそう思ったが村長からは意外な言葉が返ってきた。
「……そうか……そうだな。間違っていたのは……儂か」
若者の主張が正しい。村長はここに来てやっとそれを認めたのだ。
それからすぐに玉虫を鎮める儀式はやり直された。今度は神として感謝の意を示し、出来る限りの物を捧げて雨が止むのを願った。
今度ばかりは儀式を行う神職者が居なかったため、若者がその代わりを勤めて儀式を進めていく。かなりぎこちないが玉虫を思う気持ちは誰よりも強いだろう。
弱く降る雨の中で儀式は進行し、若者が最後に述べる祝詞が終わるのと同時に雨が止んだ。
止むだけではない、雲の切れ間から日まで射してきた。久しぶりに見る太陽に村人からは喜びの声が上がる。
こうして村は二度の危機から脱する事が出来た。
それから、若者は旅に出た。
あの後の話し合いで若者は自ら玉虫の社を管理する神職者になる事を願い出た。そのためにはしっかりと学ばなければいけないことが多い。だから村長は若者が神職者になれるように旅に出したのだ。
若者が村に帰ってきたのは、それから十年後の事だった。
神職者となった若者がまず行ったのは社をしっかりとした物に建て替えるものだった。突貫工事で行った社のため、十年も経てばいろいろとガタが来ていた。
だから社をしっかりとした物に建て替え、新たに玉虫を祀り直した。そして玉虫への感謝を忘れない戒めとして、玉虫と僧の命を奪った刀も一緒に祀る事にした。
若者が言うには玉虫の命を奪った刀には玉虫の魂が宿っているらしい。だからこそ刀も一緒に祀る必要があるのだという。
だが帰ってきた若者が言うにはそれだけは不足らしい。なにしろ若者が帰るまでしっかりとした祀り事が行われなかった為、このままでは以前のような事態が再び起こってしまうのだという。
だからこそ、しっかりと祀らなければいけない。
そのために必要なのは十本の柱。村を囲むように十本の御柱を立てて、玉虫の力が悪い方向へ行かないようにするのだという。それに十本の御柱は玉虫の力を強めて安定させるため、村を守ってくれるのだという。
十年もしっかりとした神事を行わなかったため、象徴的な物を立てることで補うのだという。
こうして村には十本の柱が立ち、玉虫の社は立派な神社として新たに建立された。
これが平坂神社の根源である。
物語の部分を読み終えた鈴音は本にしおりを挟むと大きく伸びをする。さすがに一気に読んだのだから疲れたのだろう。
それから沙希に声を掛けるが返って来たのは棒読みの答えだけ、どうやら沙希は未だに集中しているらしい。
沙希の態度に頬を膨らませた鈴音はもう一度本に目を落とす。けれども、それから先はその他の由来やら神事の説明などで面白そうでは無い事に気付いた。
それだけでもう読む気を無くしたのだろう。鈴音は本を片付けると再び沙希にちょっかいを出し始めた。
声を掛けただけでは反応が無い事は分っている。ならどうすれば良いかと考えると鈴音は昨日の夜に沙希と話した事を思い出す。
そういえば、沙希ったら姉さんと一緒に人の胸を揉みまくってたんだよね。……ふっふ〜、ここは一つやり返さないと。昨日のお返しもあるからね〜。
沙希が本に集中している事を良い事に悪戯しようというのだろう。
鈴音は沙希に気付かれないように立ち上がると一旦部屋を出た。どうやら鈴音なりの小細工らしい。そしてすぐに静かに部屋の戸を開けると足跡を殺して、沙希の後ろに近づく。
気付いてない気付いてない。
すっかり乗り気の鈴音。沙希の後ろに座るとゆっくりと手を伸ばす。わざわざ指をワキワキさせながら鈴音の手が沙希の胸に迫る。
「ぐごっ!」
だが突如として変な声を上げて後ろに倒れる鈴音。それもそのはず、なにしろ沙希の後頭部が思いっきり鈴音の顔面を直撃したからだ。もちろんそれは自然な動きではない。沙希も狙って鈴音に頭突きを喰らわせた。
沙希は手にしている本を置くと溜息を付いて、後ろで顔を押さえながら転がっている鈴音に目を向けた。
「あんたは何がしたいの?」
呆れた視線を送ってくる沙希に鈴音は泣きながら訴える。
「沙希〜、痛いよ〜」
「そりゃあそうでしょ」
沙希も狙ってやった訳だから痛いのは充分理解している。本に集中していたとはいえ、鈴音が出て行った事もすぐに入ってきた事も沙希は気付いていた。
気付いていながらあえて気付かないフリをしていた訳ではない。ただ単に相手をする気が無かっただけだ。
けれどもちょっかいを出されようとしては相手をしないわけにはいかない。それで沙希は鈴音に頭突きを喰らわした訳だが、思っていたよりダメージが大きかったのか、鈴音は未だに起き上がる事無く涙目で沙希に拗ねた視線を送ってくる。
沙希はもう一度溜息を付くと鈴音に手を差し伸べる。
差し出された手を取り上半身を起こす鈴音。けれども未だに痛いのか、ちょこんと座りながら顔を擦っている。
そんな鈴音に沙希はもう一度先程の質問を投げ掛ける。
「それで、何をしようとしてたわけ?」
「う〜」
悪戯を失敗したのが悔しいのか鈴音は唸るだけで答えようとしない。睨み半分拗ねる半分の視線を沙希に送り続けるだけだ。
何も答えずに視線だけを送ってくる鈴音に沙希が取った行動は……再び本を手に取り読み始めた。
「沙希に捨てられた!」
「いきなり変な事を言うな!」
かまって貰えない事に鈴音は暴言を吐き、沙希は思わず手にしていた本を畳に叩きつけて突っ込む。
そもそも捨てられたという発想はどこから出たのだろう? やはり鈴音の頭故の答えなのだろう。
そして鈴音の奇行、もとい、行動はまだ続く。
「うぅ、沙希に捨てられたら……私はどうやって生きて行けばいいんだろう?」
「なんだ、その男に捨てられた女のような言葉は」
沙希の突っ込みを無視して鈴音は大げさに、よよよという感じで泣き崩れるフリをする。
「こうなったらしかたない……姉さん、先立つ私を許して」
「決断は早いな」
沙希の突っ込みに鈴音は不満の視線を送ってきた。どうやら突っ込みに不服があるようだ。
「……止めないの?」
どうやら鈴音としては止める突っ込みが欲しかったらしい。問いかける事で止めるセリフを求めたのだが、沙希の冷たい態度もまだ続く。
「うん、介錯ならやってあげる」
「切腹しろと!」
わざわざ大げさに驚きを示す鈴音。その大げさな演技はまだ続き、再び泣き崩れる演技に入った。
「沙希に捨てられた後にいじめられた、私に一体何を求めてるの!」
「別に何も求めてない。強いてあげるなら、人形のように静かに座ってる事かな」
「少しはかまって!」
耐え切れなくなってきたのだろう、鈴音はとうとう本音をぶつけた。
「暇なら暇と、寂しいなら寂しいと言え」
鈴音が本音を打ち明けたにも関わらず、沙希からはいつものような態度しか返って来ない。
そしていつもなら、ここいら辺で収拾が付くのだが、鈴音はよっぽど暇だったのだろう。無駄な演技を続けてきた。
「ごめん、姉さん。沙希は人の心を持たない冷たい人に育ってしまいました」
「なんで私の人格をそこまで貶めるんだ? そもそも逆でしょ、私が鈴音を育ててるんだから」
「いつから沙希が私の保護者になったの!」
「天地開闢以来」
「………………沙希がいじめる〜!」
いつまでも冷たい態度を取る沙希に鈴音はとうとう本気で拗ねて、部屋の隅角で体育座りをして壁に向かっていろいろと呟き始めた。
そんな鈴音に思いっきり溜息を付く沙希。さすがにやりすぎたと思いながら、しかたなく本を片付けると改めてテーブルに付いた。
「あ〜、鈴音。相手してあげるから、とりあえず何かやる?」
「いいもん、沙希とは遊ばないもん」
子供のように拗ねる鈴音に沙希はもう一度溜息を付くと立ち上がり、鈴音の傍まで歩み寄るとそのまま後ろから抱き付く。
「なんか、私が悪かったから、そろそろ機嫌を直したら」
「う〜」
鈴音の機嫌取りに出た沙希だが鈴音は唸るだけだ。そんな鈴音の態度に沙希は怒りのマークを一つ頭に浮かべると、抱き付いている鈴音を引き込み、自分に寄り掛かるように座らせる。
「鈴音、今日はどうしたの? なんかやけに私に絡んでくるじゃない」
このまま首を絞めてやろうと企んでいる沙希だが、鈴音は涙目を向けて本当の気持ちを口に出した。
「だって、ここに着てからずっと沙希を引っ張りまわしてたわけだし、今日も夜には村長さんの所に行かないといけないし。だから今だけなんだよ、沙希とゆっくり遊べるのは」
「……鈴音?」
思い掛けない鈴音の言葉に沙希は少し戸惑いを見せた。
「昨日……姉さんの手紙を読んだでしょ。それで思ったんだけど、私……あれからずっと沙希に迷惑掛けてるから、たまには……」
言葉がうまく見付からないのだろう。鈴音はそれ以上は何も言わなかった。それでも沙希には鈴音の言いたい事が良く分かった。
「……まったく」
沙希は軽く息を吐くと鈴音を優しく抱き包む。
「鈴音、私が鈴音を手伝ってるのは私の意志でもあるの。それに静音さんには言い尽くせないほどの恩があるから、そして約束も。それがあるから私はここに居る、鈴音の手伝いをしてる。だから気にする事なんてないでしょ」
「でも……」
静音の手紙を読んでからというもの、鈴音の心はある物を思い出した。それはいつでも沙希が傍にいてくれたという事。
静音が失踪したと分った時には鈴音は思いっきり落ち込んだ。沙希はそんな鈴音を励ましも気休めの希望も言わなかった。ただ……いつものように傍に居ただけだ。それも出来るだけ長い時間を。
それだけで鈴音の心は大分軽くなった。そして沙希の後押しもあり、鈴音は来界村へとやってきた。
今までは自分の事だけで精一杯で傍に居た沙希が良く見えていなかった。けれども静音の手紙が切っ掛けで改めて沙希が傍にいてくれた事に気づいた。どうやら静音を含めて三人で過ごした時間を思い出した事が切っ掛けになったようだ。
今日の戯れは鈴音なりに沙希を労わったり、気に掛けた結果だ。その結果がどうであれ、鈴音の気持ちが沙希に伝わった事は確かなようだ。
「今は私の事なんか気にしないで突き進めばいい、静音さんを見つけるその時まで。それが私達の目標なんだから。だから私の事は後回しにしとけ」
「……うん、ありがとう」
静かに感謝を口にする鈴音。目に溜まっている涙を拭うと首だけを後ろに向けて沙希の顔を見た。
「そういえば沙希、前からずっと聞きたい事があるんだけど」
「何?」
「沙希が姉さんと交わした約束って何?」
どうやら鈴音は沙希と静音が交わした約束について何も知らないようだ。鈴音は以前に静音にその事を聞いた事があったが、適当にはぐらかされ何も聞き出せていない。
だから聞かなくても良い事なのだろうと思っていたが、やはり聞きたいという気持ちもあるようだ。
その問い掛けに沙希ははぐらかすように顔を背ける。
「あ〜、それ、それは私と静音さんだけの約束だから」
「私にも教えてくれないの?」
「そもそも鈴音に教える理由が見付からない」
どうやら沙希も教える気は無さそうだ。結局教えてもらえなかった事が不満なのか、鈴音はまた唸り始めた。
だがいくら唸っても沙希に教えようという気持ちは芽生えない。なにしろ鈴音に関する事であり、何よりも口に出すともの凄く恥ずかしいからだ。特に鈴音に知られる事が一番恥ずかしいのだろう。だから沙希も静音も絶対に鈴音にだけは言わない。
まだ唸っている鈴音だが、別の疑問が思い浮かんだのか。今度はその事を尋ねてきた。
「さっき姉さんに言い尽くせない恩があるって言ったよね。それは何なの?」
どうやらその事は初耳のようだ。沙希との付き合いが深いとはいえ、全てを知っている訳ではない。だから沙希に関する事で始めて聞く事も珍しくは無かった。
今度こそは教えてもらえるだろうと期待の眼差しを送る鈴音。けれども沙希は再びはぐらかす。
「それか……思い出すだけで改めて静音さんの凄さを実感するのよ」
「えっと、だからなに?」
「まあ、あれだ。私が静音さんと初めて会った時にちょっとしたことがあったのよ。その事」
「そう言われても私には分らないんだけど」
どうやらその場に鈴音は居なかったらしい。沙希の様子から言い辛く、立ち入った事であるのは確かなようだ。
それ以上は聞くべきではない、いつもの鈴音ならそう思うだろうが、さっきは沙希に随分と意地悪されたからここで仕返しをしたいという気持ちが湧き上がってきたのだろう。あえてもう一度聞いてみた。
「それで恩って何なの?」
まだ聞くか、という目で見詰めてくる沙希に鈴音は笑みを送る。どうやら鈴音は自分の意地悪に満足しているようだ。
けれども相手は沙希である。鈴音の天敵とも言える存在だ。そんな沙希がこのままやられっぱなしな訳が無い。
「しかたないわね」
溜息を付いて語り始めようする沙希。鈴音はワクワクしながら沙希の言葉を待っている。そして沙希の口から出た言葉がこれだ。
「鈴音の机、引き出しの二番目は上げ底になっていて、その下には」
「わーっ! わーっ!」
いきなり大声を出して沙希の口を塞ぐ鈴音。よっぽど鈴音にとっては重大な事なのだろう、思いっきり慌てふためく鈴音、その姿に沙希は勝利の笑みを浮かべた。その笑みは傍から見ると思いっきりいじめっ子だ。
鈴音は荒い息で落ち着くと沙希を睨みつけてきた。
「……なんで知ってるの? あれは姉さんにも隠してたのに」
どうやら自分だけの秘密で誰も知らないと思っていたようだ。それは鈴音が本質を見抜けなかったとも言えるだろう。もちろん、一番近くに居る静音の本質をだ。
「その静音さんに教えてもらった」
「なんで姉さんが知ってるの!」
まさかの答えに鈴音は思いっきり驚く。
あれは誰にも見せたくないからこそ、わざわざ上げ底という細工までして隠していた。そこまでやれば秘密は守られると考えたからこそだ。けれども静音には筒抜けになっていたようだ。
「う〜、なんでバレたんだろう?」
よっぽど誰にも知られたくなかったのだろう。鈴音の顔は真っ赤になり、額には汗を掻いている。
そんな鈴音の姿に満足した沙希は静音から教えてもらった状況を説明する。
「あの仕掛けを作っている時の鈴音はもの凄く挙動不審だったらしいわよ。それで静音さんが心配になって部屋を物色したら、あれを見つけた。そう聞かされたのよ」
つまり自業自得だ。
秘密の隠し場所を作っている時の鈴音は作業に没頭していたため、静音と交わす言葉も極端に少なくなっていて、静音に悟られまいと行動が怪しくなっていたようだ。そのうえすぐに部屋に籠もる為、何かあったのかと静音が心配した。
静音がシスコン、もとい、妹思いだとしてもむやみやたらに部屋を物色などはしない。何かあっては遅いと思い、鈴音に悪いと思って部屋を物色したようだ。
そして見つけたのが、作りかけの上げ底。要するに秘密を隠す前から秘密を隠す場所がバレていた。それは見付かるのも早い訳だ。
それを見つけた静音は安堵するのと同時に悪戯心も芽生えた。だからあえて知らないフリを続け、沙希にだけこっそり教えた。
そんな事があり、沙希は鈴音の秘密を知るに至った訳だ。
自分の失態を沙希から説明された鈴音は顔を背ける。
「帰ったら隠し場所を変えないと」
知られたとはいえ何度も見られるのは更に恥ずかしいのだろう。鈴音はそんな事を呟くが、その言葉が沙希にあれを思い出させてしまったようだ。
「くっ……それにしても、あ、あれは……ふふっ」
「声を殺して笑わないで!」
どうやら相当笑えるものらしい。沙希は笑いを堪える事で鈴音の羞恥心を高ぶらせる。
その行動は相当効果的のようで、鈴音の顔は依然と真っ赤なままで沙希を涙目で睨み付けてくる。
それでも沙希の笑いは止まらないようで、最後には鈴音がじゃれ付いて沙希に忘れさせようとした。
そんなまったりとした時間に身を任せ、二人は安息の時間を過ごした。
「それじゃあ、行って来ますね」
「気をつけてね」
時間が午後六時を過ぎた頃、鈴音達は桐生家を後にした。もちろん、村長に会いに行くためだ。
昨日の密約で七時頃に来訪すると告げてある。そこで語られるであろう村長の秘密。それはいろいろな事を解き明かすのと同時に静音へ繋がるのも確かだろう。
なにしろ村長が今まで誰にも打ち明けない事を鈴音達だけに話そうというのだから。
だから絶対にその事が漏れてはいけない。そのために昨日はわざわざ芝居までして交わした約束だ。その重要さは鈴音にも充分に分っていた。
沙希などは更に警戒して罠も張っている。そのため今日は今まで一歩も桐生家を出なかった。
あの場で誰かが聞いていたとは思えないが盗聴機等の可能性もある。だから沙希も村長も誰かに聞かれても良いように、あのような芝居で密約を交わした。もちろん、鈴音を置いてけぼりにして。
だから昨日の会話を誰かが聞いていたとすれば、鈴音達はこの時間に来界村には居ないと思っている。沙希はそこに罠を仕掛けた。
もし今の道すがら、この場で盗聴者と出会ったなら驚くはずだ。それは自分があの会話を聞いていたという証拠になる。物的証拠にならなくても今後の対策や警戒につなげる事が出来る。
それに今日は一歩も桐生家を出ては居ない。だから村の者は誰一人として今日は鈴音達を見ていない。そうなると相手も油断して鈴音達と出会った時は大いに驚くだろう。少しでも罠を効果的にする為に沙希はどこにも出かけようとしなかったのだ。
けれども出会わないのが一番だ。もし出会ってしまった時に相手を少しでも追い詰める事が出来る。それが沙希の張った罠だ。
すっかり暗くなり、数少ない街灯の下を歩いていく鈴音達。この時間になれば人と出会う事などほとんど無いだろう。だからこそ村長も夜を指定したし、沙希も出会う人物を充分に観察できる。
そんな二人の気持ちをまったく察していない鈴音は夜道を気楽に歩いて行く。
「あっ」
鈴音が声を上げると前方を指差した。どうやら誰かがこっちに向かって歩いてくるようだ。
心の中で舌打ちをする沙希。確かに罠を張ったが、ここでは誰にも出会いたくないと言うのが本音なのだろう。
こちらに歩いてくるのは二人らしい、かなり身長差がある二人だ。その二人が街灯の下に来ると顔見知りだという事に鈴音は気付いた。
「七海ちゃん、千坂さん、こんばんは」
「こんばんは、鈴音さん」
出会ったのは七海と千坂。七海が挨拶を返してくると隣で千坂が静かに頭を下げた。
この二人の取り合わせは珍しい。七海は普段から羽入家の人間を連れて歩いているのを見たことが無いからだ。
よりによって羽入家か。沙希はそんな事を思いながら二人を良く観察する。けれども二人はいつも通りに鈴音と接してくる。二人とも驚いている気配は無い。七海に関して言えば上機嫌だ。
「七海ちゃんと千坂さんの組み合わせは珍しいですね。何をしてたんですか?」
鈴音が問い掛けると七海が珍しく笑顔で答えた。
「たんなる散歩ですよ。けれども最近は物騒ですから、お爺様が千坂に同行するように言っただけです」
千坂はボディガードと言ったところだろう。羽入家の話ではまた殺人があったようだから警戒してもおかしくはない。
鈴音が千坂に目を向けると頷いてきた。どうやら七海の言うとおりのようだ。
それにしても、と鈴音は七海の態度が気になった。
「七海ちゃん機嫌が良いね、何か良い事でもあったの?」
鈴音の問い掛けに七海は驚きの顔をするとすぐに笑顔に戻った。
「顔に出てましたか。大した事ではないです。ただもうすぐ……私の望みが叶う、それだけですよ」
首を傾げた鈴音は千坂に目を向ける。七海の言葉だけでは分らないから千坂に説明を求めた。けれども千坂は首を横に振る。どうやら千坂も知らないらしい。
じゃあ直接聞いてみようとしたら、今度は七海からの質問が来た。
「お二人は何をしてたんですか?」
う〜ん、なんて答えたら良いんだろう?
鈴音は本当の事を話しても構わないかの判断が付かないようだ。だから沙希に顔を向けた。鈴音の視線を察すると代わりに答える沙希。
「少し用があって村長の所に行くだけですよ」
素直に話す沙希。変に隠すと逆に勘ぐられるだけだと思ったようだ。それに村長の所に行くだけなら変ではない。だから怪しいと感じる事は無いと沙希は踏んでいたのだが、千坂が驚きを示した。
「村長の……所でございますか」
「え、ええ」
しまった。沙希は心の内で千坂の驚きに自分達の行動が知られていると思ったが、千坂の口からは沙希の心を揺さぶる言葉が飛び出した。
「……お二人ともすでにご存知でしたか」
『えっ?』
同時に声を上げる鈴音と沙希。二人は何かあったのかと顔を見合わせる。
そんな二人の態度に今度は千坂が『しまった』という顔をした。
「何かあったんですか?」
そんな千坂を見た鈴音が間髪入れずに問い掛ける。
鈴音の問い掛けに千坂は困った顔をするが、どうせ二人は村長の家に行けば分る事と話し始めた。
「私と七海お嬢様が家を出る直前でございます。どうやら村長宅で何かがあったようで、警察が駈け付けているようです。そんな話を耳にいたしましたので、今頃では羽入の者が村長宅へ出向いているでしょう」
村長さんの家に……警察が?
思いも寄らない言葉に鈴音は混乱してしまった。どうやら七海もその事を知らなかったらしく千坂を問い詰めている。
「何故その事を私に言わない」
「申し訳ございません。七海お嬢様には告げない方が良いと判断しました」
「千坂……」
先程までの上機嫌が消えて苦々しい顔になる七海。けれども七海はすぐにいつもの表情に戻ると千坂に命令する。
「千坂。鈴音さんと一緒に村長の所に行きなさい。あなたはお爺様から鈴音さんを守るように言われているのでしょう」
七海なりに配慮したつもりなのだろう。それが沙希にとっては迷惑な事でも、変に断ればこちらが疑われてしまう。沙希が返答に迷っていると千坂からは戸惑いの言葉が出た。
「しかし、七海お嬢様をお一人に」
七海を放っておいて鈴音と一緒に行けないのだろう。
「なら私も一緒に行けば問題ないでしょ」
すぐに思い切った判断をする七海。その判断力と行動力が羽入家当主の孫たる七海の力なのだろう。
自分達とは別なところでドンドンと話を進める七海と千坂を傍目に沙希は二人に気付かれないように鈴音に話しかけた。
「鈴音、どうする?」
「一緒に来てもらえるなら一緒に行くよ」
本気? という視線を投げつけてくる沙希。そんな沙希に鈴音はあえて微笑んで見せた。
「大した事が無ければ、何も心配無いと二人を説得できるよ。用があるのは私達だけだから無理に入り込む事は出来ないよ。それに何か有るなら羽入家の人を通じて情報が入ってくるし、七海ちゃんと一緒に居れば何かあっても千坂さんが守ってくるからね」
「なるほど」
納得する沙希。この状況は羽入家を利用できる、沙希はそう判断したようだ。
千坂は源三郎の懐刀。だから羽入家での地位は高い。そんな千坂が現場に赴くのだから、真っ先に千坂の所に情報が入ってくるだろう。下手に警察に問い合わせるよりかは早いかもしれない。
逆に何もなければ二人を追い返すことが出来る。何も無いのだから二人がそこまで鈴音達に付き合う理由はない。理由が無いからには二人も無理に鈴音達と同行しようとは出来ないだろう。
それどころか逆にその情報が嘘だと問い詰めれば、千坂は情報の出所や経緯を調査するために動かなくてはいけない。
鈴音達にとって二人に同行して貰った方が得る物が多いだろう。だからこそ沙希は羽入家を利用できると考えた。
そんな沙希とは対照的に鈴音は別の考えを持っている。
何事も無ければ取るに足らない事と話に上がる事はほとんどないだろう。だから源三郎も大して気にする事はない。それに羽入家の人が居るなら何か聞けるかもしれない。
それ以上に鈴音は七海と千坂の事を考えた。ここで千坂だけが同行するなら七海が心配だ。同行を断ってしまったら千坂の顔に泥を塗る事になるかもしれない。つまり全てを円満に済ませるには七海の申し出を受けるのが一番だと判断した。
先程言った理由も含めて鈴音には七海の申し出を断る理由が無い。ただそれだけの事だ。そこに利用してやろうとか、何か掴めるのではという気持ちはまったくないのだろう。
だからこそ、沙希は鈴音を見て軽く笑みを浮かべて溜息を付いた。それが鈴音だと分っているから。
鈴音から七海の意見に賛同する。そうする事で素早く決断させようとした。けれども千坂は困惑を示す。千坂にしてみれば村長宅に近づかないのが一番良いのだろうが、鈴音達はどうしても村長の所に行かなくてはいけない。
結局は鈴音と七海に説得されて千坂が折れる。
走りはしないが夜道をなるべく早く歩く鈴音達。何事も無ければ良いけど、そんな鈴音の期待を裏切るかのように、村長宅には沢山の赤い光が回っていた。
そんな訳でやっと終わった玉虫様の話。その後に鈴音が珍しく沙希を気遣いましたね。……まあ、あれは鈴音なりに気遣っているのです。だからそこに疑問を投げかけないで〜っ!
さてさて、珍しいといえば千坂と七海。この二人が一緒に居るのも珍しいですね。いつもはソロで出てくるのに、今回はパーティを組んで出てきました。
鈴音と沙希のパーティは果たして、この二人に勝てるのか、次回こうご期待!
……うん、なんとなくノリだけでやってみました〜。ちなみに、次回はそのような話ではございません。更に意味の無い悪戯なので意味する物は何もありません。あしからず〜。
まあ、そんな戯れが終わった所で、少しだけ触れますか。
玉虫の話で一番可哀想な人がいましたね〜。それはもちろん、名も無い僧です。少し出てきただけで死にましたからね〜。しかもあんな死に方。……僧の方が化けて出そうだ。
それから、鈴音の机、その二番目の引き出しに何が入っているかは……永遠の謎です。まあ、はっきり言ってどうでも良い事なので永遠の謎になりました〜。あしからず。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想をお待ちしております。
以上、……書き方が変わった? のは分っているけど、少し理解しずらい書き方になったのかな? とか思った葵夢幻でした。