第二十三話 体調急変
相変わらずうっそうとしている草木を横に人気の無い道を大きな鳥居を目指して歩いて行く鈴音達。
短い石段を登る途中で水夏霞の家に寄ってみるが留守のようだ。どうやら本殿にいるらしい。
更に石段を登り鳥居を潜る鈴音達。そして境内には箒を手に掃除する巫女の姿。けれども水夏霞にしてはあまりにも小柄だ。
「七海お姉ちゃん」
境内を掃除していた七海は鈴音達に軽く頭を下げると駆け寄ってきた美咲の頭を撫でた。
「今日はどうされたんですか?」
美咲の頭から手を離すと七海は鈴音達に顔を向けた。鈴音は辺りを見回してから水夏霞が居ない事を確かめてから七海に尋ねる。
「水夏霞さんに用があったんだけどね。七海ちゃん、水夏霞さんが何処にいるか知らない?」
「玉虫様の話を聞きに来たんだよ」
笑顔で補足する美咲。けれども七海の反応は悪いようだ。
「……そう、ですか」
えっと、その話を聞いちゃダメなの?
七海の反応に鈴音はそんな事を思うが、すぐにそれが気のせいだった思い直した。それはいつもの変わらない態度で七海が答えてきたからだ。
「申し訳ないのですが水夏霞さんは用事で出てまして、もうすぐ戻ると思いますが」
「そっか〜」
居ないのならしかたない。鈴音と沙希はどうしようかと迷っていると七海から話を切り出してきた。
「そういえば……お聞きになりまたか?」
少しだけ声を抑えながら口を開く七海。どうやらあまり良い話ではないようだ。
鈴音が何の事かと聞き返すと思い掛けない言葉が返ってきた。
「……また……首無し死体が出たそうです」
『えっ!』
声を上げて驚く鈴音と沙希。
えっと、あれ、犯人の秋月さんは死んだんだよね? それで事件は終わったんじゃ? ……あっ、そっか〜、あの後は姉さんの事で忙しくなったから忘れてたけど……秋月さんの死は疑惑があるんだよね。
確かに犯人とされていた秋月の死で事件は沈静化している。村の人達にしてみれば誰もがこれで終わったと思っていただろう。
けれども吉田と鈴音達は秋月の死に疑惑を感じていたのだが、その後にもたらされた静音への手がかりですっかり後回しになっていた。
……まあ、鈴音はすっかり忘れていたのかもしれない。けどそれもしかたない。事件が終わって欲しいと思っていたのは鈴音だけではないのだから。
「その話、どこから出たんですか?」
七海に聞き返す沙希。確かに七海の話だけでは詳しい事は分らないし、単なる噂という事もありえる。
間違いだったらいいな〜。
鈴音はそんな事も思ったりするが話の出所は確かな場所だった。
「もちろん警察からですよ。羽入家と警察は対立していますが、立場上そういう情報はしっかりと流れてくるんですよ」
羽入家は村の統率機関の一部と言ってもいいだろう。だから村人を煽るのも抑えるのにも羽入家が絡んでくる。
警察にとってこれほどやっかいな存在は無いが、協力出来る時は協力する。それにある程度の情報を流す事で羽入家の出方を窺う事が出来る。まあ、肝心な情報は流してないだろうから詳細は怪しいものだ。
「詳しい事は分りますか?」
一応七海に聞いてみるが首を横に振られた。七海が言うには、この手の話は自分には詳しくしてくれないのだという。
七海は源三郎にとって可愛い孫娘だ。だからその手の話はしないようにしてるのだろう。それでも村の状況を把握していた方が良いと簡単に話してくれただけのようだ。
「う〜ん、なら詳しい事は吉田さんに聞いた方がいいか〜」
そんな事を言い出した鈴音に沙希は思いっきり溜息を付く。
「鈴音、また首を突っ込むつもり?」
あまり鈴音に危険な事をさせたくないのだろう。それに殺人事件に静音が絡んでいる可能性はあまり高くない。別々に考えた方が良いだろうと沙希は思っているようだ。
「えっ、ダメ?」
「ダメとかそういうのじゃなくて、静音さんが関わってこない以上は私達にそこまでするメリットが無いって事」
う〜ん、確かにそうだけど〜。
前回の事件で静音についていろいろと知る事は出来たが、それは事件が無くても知ることが出来た情報だ。事件のおかげで早く知る事が出来たというだけで静音に直接繋がる情報はまったくない。
関わるだけ徒労に終わるだけのようだが、鈴音は何かが引っ掛かるようだ。
……けど、いろいろな出来事の中心に姉さんが居る。羽入家の態度、村長さんの秘密、そして美咲ちゃん。全部バラバラに見えるけど、たぶん……姉さんで繋がってる。だからこの事件も姉さんに繋がってると思うんだよね。……確証は無いけど。
はっきり言うと勘だ。それだけしか根拠は何のだが、それだけを武器に沙希を説得しに掛かる。
「でも、この殺人事件だって姉さんの失踪後から始まってる。何かしらの火種があるとしても……それは絶対に姉さんと繋がってるはずだよ」
「……そう思う根拠は?」
「なんとなく!」
胸を張って自信満々に答える鈴音に沙希は思いっきり溜息を付いて見せた。その気持ちも分からなくもない。なにしろ事件に首を突っ込む要因が鈴音の勘だけなのだから。
鈴音とあまり関わりの無い人なら馬鹿にするか無視するだけだろうが、生憎と沙希は鈴音との関わりが深い。
「……分った」
それだけ返事してソッポを向く沙希に鈴音は笑顔を向ける。それが沙希なりの承諾だという事は良く分かっている。
「ですが、あまりそのような事をやらない方が良いのでは?」
凄く常識的な意見を言ってきたのは七海だ。羽入家を抜きにしても七海の意見は正しいだろう。警察は事件を調査する機関であり、そのために存在しているのだから。
鈴音達はわざわざそこに首を突っ込もうとしている。それは危険でもあり、警察にしてみれば迷惑千番だろう。
けれども鈴音達にはそこまでする理由が在る。
「う〜ん、そうなんだけどね。でも警察も会社も、そして来界村の人達も姉さんを探してはくれるけど辿り着けないでいる。だから私達だけなんだよ、姉さんを探し出せるのは」
「……その根拠は何です?」
「なんとなく!」
先程と同じ言葉を口にする鈴音に七海は疲れたように溜息を付く。その姿に沙希は少しだけ同情する。傍から見ると自分はいつもあんな感じなんだろうな、と思いながら。
けれど沙希も七海もそれ以上は言う事は出来なかった。鈴音の気持ちを察したわけではなく言い返せないのだろう。そんな力が鈴音の言葉にはあるのかもしれない。
……一説にはあそこまで言い切ると呆れて言葉が出ないとも言われるが、どちらかなのは定かではない。
少し雑談をしていると水夏霞が帰ってきた。
どうやら用事は全部終わったのだろう。晴れ晴れとした顔で鈴音達の元へやってきた。
「ご寄進ありがとうございま〜す。いらっしゃ〜い、今日は美咲ちゃんも一緒なんですね」
「こんにちは、というか挨拶の前にそれですか……そもそも私達、賽銭箱に寄進してませんよ」
少し呆れながら挨拶を返す沙希に水夏霞は残念な心を思いっきり態度で示したので、しかたなく鈴音達はそれぞれ賽銭箱に五円を投入してお参りをした。
それからすっかり機嫌を取り戻した水夏霞に本題を切り出す。
「玉虫様の話ですか。なんでそんな事を?」
「う〜ん、ちょっと興味が沸いたから」
深い意味があるわけではなく、美咲の課題をやったついでに興味が沸いただけだ。だから聞けなくても大丈夫なのだが、何故か水夏霞の商魂に火が付いてしまったようだ。
「それなら社務所で玉虫様の本が五千円で売ってますので、そちらを参考にしてみたらいかがでしょうか」
急に接客態度になる水夏霞。売りつける気が満々だ。
五千円って……かなり高くないですか、水夏霞さん。
すっかり商売人と化した水夏霞に鈴音は呆れるが、買おうか迷ってたりもする。そこまでして手に入れる必要も無いのだが、どうやら一度興味が沸いたからには手に入れたいという気持ちもあるようだ。
「水夏霞さん」
鈴音がそんな迷いをしていると沙希が率直な疑問をぶつける。
「そもそも社務所は閉まったままなんですが?」
本来ならお守りやら破魔矢やらが売っている社務所なのだが、こんな田舎では年がら年中開いてるわけには行かず、閉まっている割合が多い。
そんな所で買えというのが無理な話なのだが、水夏霞はあっけらかんと答える。
「大丈夫大丈夫、あんな物いつでも取り出せるし。だいたいお客さんは社務所じゃなく私の所に来るから」
それは社務所が機能していないって事ですよね? というか、あんな物扱いなんですね。
優しく遠い目線でそんな事を思う鈴音。その隣で沙希は呆れている。一方、村の住人である美咲と七海はそれが普通になっているのだろう。大して特別な感想は抱いていないようだ。
そんなやり取りが終わった後に鈴音がとんでもない事を言い出す。
「えっと、それじゃあ一冊買おうかな」
「買うのか!」
光速で突っ込む沙希。興味があるのは分るが、まさか五千円も出してまで買おうとは思わないだろう。それなのに鈴音は買うと言いだしたのだから沙希が突っ込んだ気持ちも分るというものだ。
けど五千円はやはり高い。沙希は鈴音を説得しようとするが、その隙を与えずに水夏霞が動き出す。
「毎度ありがとうございます。それじゃあ今から持ってきますね」
沙希に口を開く隙を与えずに社務所に駆け込む水夏霞。動きの早さに沙希が言葉を失うほどだ。売りつけれる事が確定したようだ。
溜息を付いて諦める沙希。水夏霞は巫女よりセールスレディの方が向いているのではないかと手際の良さに感心している。
そんな沙希とは違って鈴音は期待したような目でワクワクしている心を隠さない。
一体どんな本なのかな〜。
どうやらかなり興味があるようだ。興味本位もここまで来れば大した物だろう。
水夏霞を待っている間に七海は疑問に思った事を尋ねてきた。
「そういえば、何で玉虫様について調べようと思ったんですか?」
「う〜ん、なんとなく」
「……またですか」
またしても同じ言葉を口にする鈴音。七海の呆れた痛い視線を物ともせず、本の到着を待っている。ここまでされると真面目に質問する方がバカらしいくなってくると言うものだ。
実際にしっかりとした理由が無いというのもあるだろう。ただ気になって調べる。どうでもよい理由だが、そういう事からいろいろと分るケースがあるのも確かだ。……まあ鈴音がそこまで考えてるとは思えないが、静音から気になった事は全部調べて知るように教育を受けてきた。だからこそ、鈴音は興味を持った事は出来る限り調べて知るようにしている。
それは鈴音が無意識でやってる事。幼い頃から教えられてきた静音の考えなのだろう。
沙希も鈴音がそこまでやる理由が分からない。二人が出会った頃から鈴音はこうだから、鈴音の性格だと思っているのだろう。だからそれ以上は本について何も言うつもりは無い。
沙希はもう一度だけ溜息を付くと暇を持て余して他愛も無い会話を始めた鈴音と美咲の会話に割り込み、七海も加わって水夏霞が来るまでの時間を埋めていった。
「いや〜、何処に置いたか忘れちゃって、見つけ出すのに時間が掛かっちゃいました」
水夏霞が本を持ってきたのは社務所に突入してから大分後になってからだった。
笑顔で本を差し出してくる水夏霞だが、鈴音は本を受け取るのに躊躇していた。
……えっと、水夏霞さん。この本なんですけど……埃を払った後が残っているんですけど。一体何処においてあったんですか? というか、ちゃんと読めるんでしょうね?
なかなか本を手に取らない鈴音に水夏霞は笑顔で保障する。
「大丈夫、さっき確かめたけどちゃんと読めるから」
汚れてる事は認めるんですね〜。
しかたないと鈴音は本を受け取る。指先から感じるザラつきは否めない。
それでも参考になる本はこれしかないのだから、これを読むしか玉虫様に付いて知る方る方法は無い。そう思い鈴音は本を開いて中を確認する。紙の三方に染みは付いているが中はしっかりと読める。
「五千円になりま〜す」
鈴音が読める事を確認した瞬間に水夏霞が間髪を入れる事無く代金を迫る。まあ、確かに読めるので本としての機能を果たしている。……たとえ汚れていたとしても。
というか水夏霞さん……まける気はまったくありませんね。
これぐらい汚れてたら多少はまけても構わない気もするが、水夏霞にまける気が無いからには何を言っても無駄だろう。
鈴音は財布から五千円を出すと水夏霞に手渡す。
「毎度ありがとうございま〜す」
満面の笑みで接客態度を示す水夏霞。その商魂にはただただ舌を巻くばかりだ。
本を手に入れたことで神社に来た目的は果たしたが他に用事がある訳ではない。日は傾いてきたものの夕暮れにはまだ時間がある。鈴音達は神社に腰を落ち着けるとそのまま水夏霞との井戸端会議へと入って行った。
それからしばらく、鈴音達は他愛も無い話で盛り上がっていたが、話が変な方向にずれて美咲が付いて来れなくなった為、七海が美咲を連れて別な場所で別の話をしている。
そして鈴音達の話題は再び起きた殺人事件へと変わって行った。
「そういえば、また首なし死体が出たそうですね」
沙希が切り出すと水夏霞の顔が曇り、うんざりとした表情になる。
「ええ、やっと終わったと思ったんですけどね」
うんざりしてるのは水夏霞だけではないだろう。来界村の住人全てが事件にうんざりしている。
「水夏霞さんは何か聞いてないんですか?」
この平坂神社も水夏霞一人になる前は村長、羽入家と並ぶ村の統治を円滑にする機関の一部だった。水夏霞の両親である神主夫婦が殺されてからというもの、その機能は失われ普通の神社と化している。
だから水夏霞も詳しい事は知らないのだろう首を振るだけだった。
「ええ、私もさっき七海ちゃんに聞いてびっくりしました」
という事は水夏霞に知らせたのは七海という事になる。だから七海が知っている事しか伝わっていないだろう。
う〜ん、やっぱり吉田さんに聞いた方がいいかな〜。
水夏霞から新たな話が聞けないからには鈴音はもう一度そんな事を思ったりする。
「けど……それにしては冷静過ぎますよね」
いきなりそんな事を言い出す沙希。その言葉に鈴音と水夏霞は首を傾げるだけだ。
沙希は少しだけ美咲の方に目をやると声のトーンを落として話を続ける。
「七海ちゃんの事ですけどね。いくら羽入家の人間だからといって、少し冷静すぎるとは思いませんか?」
確かに水夏霞もその話をするだけで表情が暗くなる。けど七海からはそのような反応は見られない。沙希の考えでは事件の話をしてうんざりしないのは羽入家だけと考えているようだ。
けど水夏霞からは七海自身についての話が切り出された。
「羽入家だからだと思うよ。それに七海ちゃんはああ見えても結構大胆な行動を取るから胆が据わってると思う」
大胆な行動?
その言葉に引っ掛かり首を傾げる鈴音。その隣で沙希も同じような顔をしている。
二人が七海に抱いている印象はお嬢様だろう。物静かだが芯は強くしっかりしている。だから慎重に動く事はあっても大胆な行動を取る姿は想像できない。
意外と思ってる二人の反応に満足そうに頷いた水夏霞は顔を二人に近づけると小声で話を続ける。
「実はね、七海ちゃん一度だけ羽入家を脱走してるの」
「えっ!」
思わず大きな声で反応する鈴音に水夏霞は慌てて人差し指を口に当てて静かにするように注意する。そして七海に視線を移すが、軽くこっちを向いただけで美咲との会話を再会させている。どうやら七海はそんなに気に留めて無いようだ。
水夏霞は安心して息を吐くと続ける。
「ウチは昔から羽入家と関わりがあるから、そういう話が伝わってくるんだけど。なんでも羽入家に嫌気をさした七海ちゃんが家出したらしいの。まあ、羽入家は立場上でいろいろと厳しいからね。それに源三郎さんの孫である以上は将来も決まってる。だから相当嫌だったみたいだよ」
田舎の風習というものだろう。正当な血筋が羽入家を継いで背負う、そして七海は源三郎の正当な血筋。だから将来は羽入家を継ぐ事になる。
本人にしてみれば迷惑極まりないのだろうが、羽入家にとっては一番大事な事だ。そんな古い考えに若い七海がその事に反感を覚えても不思議は無いのだが、家出までするとはかなり大胆な行動だろう。
「でも、今ここに居るって事は連れ戻されちゃったんだね」
七海は源三郎の愛孫。どうしても手元に置いておきたかったのだろう。それに羽入家の力を使えば七海の居場所など手に取るように分るはずだ。だから連れ戻す事は容易いだろう。
けれども水夏霞からは意外な言葉が飛び出した。
「それがね、七海ちゃんは自分から戻ってきたらしいの。それに源三郎さんも探そうとはしないで放っておいたらしいよ」
「えっ!」
今度は沙希が驚きの声を上げる。
あの源三郎なら七海を連れ戻すなど簡単にやってのけるだろう。それをあえて放っておいた。沙希にとってそれほど意外なことは無かった。
「……戻ってくる事は分ってた」
何気なくそんな事を呟く鈴音。その言葉を聞いて沙希は何度か頷いてから口を開いた。
「確かにそれなら探さなかった理由は説明が付く……けど」
やはり分らないのは七海の心境だろう。嫌になって飛び出した羽入家にわざわざ戻ってくるからには、そこに七海の心を変える何かが存在している。
「裏で何か圧力でも掛けたとか?」
羽入家の力を持ってすれば簡単に出来る。七海に気付かれないように居場所を無くす事ぐらい出来ただろう。けれども水夏霞がその考えを否定した。
「それがね、聞いた話だと羽入家は本当に何もしてなかったみたいなの。それに七海ちゃんが戻っても大して騒がなかったし、お父さんも不思議に思ってたんだ」
まるで羽入家は七海の家出など取るに足らない事のようにしていたようだ。
あの源三郎にしてみればあまりにも不可思議な事だろう。鈴音もその事だけは気に掛かるようだ。
……なんだろう? もしかして……最初から分ってたのかな、七海ちゃんが自分から戻ってくる事に。
確かに最初からその事が分っているのなら源三郎の行動に説明が付く。けれども、どうやってそれが分ったかはまるで見当が付かない。
う〜ん、さすがに七海ちゃんの心までは分らないよね〜。
それはそうだ。いくら羽入家の当主と言っても人の心まで掌握するのは不可能だ。そうなると別の要因だろうか。そう思い考えを巡らしてみるが思い付く事は何もなかった。
「う〜ん、なんか、この村の人達って謎が多いような気がする」
ここに来て幾つもの謎が鈴音の前に現れ始めて愚痴をこぼす鈴音。そんな鈴音の言葉に沙希は溜息を付く。
「それを言うなら人は、でしょ。誰にだって言いたくない事や秘密にしておきたい事があるでしょ。私達がやってるのは、そういう事に首を突っ込むってことよ」
「……まあそうだけど」
沙希に突っ込まれて鈴音は言葉を失くす。ここに来てようやく自分がやっている事を自覚したようだ。
沙希の言うとおり、誰にも秘密にしておきたいことはある。けれども、それが静音に繋がるものなら引っ張り出さないといけない。そうしないと静音に辿り着けないのだから。
……警察も因果な商売なんだね〜。
鈴音はそんな事を思った。
取り留めのない話は時間を忘れて続けられ、沙希が空を見上げたら赤く染まり始めていた。どうやら夕暮れが近いようだ。
「そろそろ帰りますね」
「あ〜、もうこんな時間だからね」
腕時計を確認する水夏霞。あれからずっと鈴音達と話をしていたのだから、水夏霞も相当暇なのだろう。丁度良く暇潰しが出来たと上機嫌だ。
「じゃあ今日はお開きだね。私はいつも暇だからいつ来ても歓迎するよ」
……そんなに暇なんですか、この神社って。
少し呆れた笑顔で相槌を打つと美咲を呼び寄せる。美咲は七海に遊んでもらって満足したようだ。その満足度が充分顔に出ている。
三人揃ったところでもう一度水夏霞と挨拶を交わした。そして帰ろうと背を向けたところで突然七海に呼び止められる。
「どうしたの七海ちゃん」
話があるのだろう。けれども七海はなかなか切り出さない。視線を泳がしているから言い難い事なのだろう。
鈴音は首を傾げながら少し待つと、ようやく決心が付いたのか七海が話し出した。
「まだ……確認した情報じゃないのですけど。それにお爺様もお話なるかどうか迷っているようでした」
顔を見合わせる鈴音と沙希。源三郎の元へ入った情報なら静音に関する可能性は高い。けれども二人に話していいのか迷っていると言うことは、あまり良い話ではないようだ。
……けど、どんな事でも知っておかないと。
たとえ悪い話でもそれが静音に繋がるなら聞かないわけには行かない。鈴音に促されて七海は静かに続きを話し始めた。
「どうやら……静音さんは怪我を負っているみたいです」
「……はいっ?!」
すっとんきょうな声を上げる鈴音。そうなってもしかたないだろう、なにしろ静音に関する情報で具体的に出てきたのは初めてなのだから。
「……えっと、あれっ……ちょっと待って」
姉さんが怪我をしている? あの姉さんが? あっ、そっか、姉さんだって人間だから怪我ぐらいするよね。というか姉さんが怪我をする状況って……暴走戦車に突っ込んでいった? ……って、何を考えてるんだ私は!
思いっきり混乱する鈴音。その隣でいきなり自分に突っ込みを入れる沙希。どうやらこちらもかなり混乱しているようだ。
混乱する二人を心配そうな顔で見る水夏霞達。どう声を掛けていいか分らないようだ。
そうこうしている内に沙希は自分を取り戻すと七海に質問をぶつける。
「怪我を負ってるって……どうして? いや、どこでどうやって静音さんは怪我を負ったんですか? 相手は?」
「……あの〜、一辺に聞かれても困るのですけど」
「あぁ、ごめん」
まだ冷静にはなれていないようだ。沙希はゆっくり深呼吸すると少し考えてから、もう一度七海に向かって口を開いた。
「怪我の具合はどうなんですか?」
「分りません」
その他にも怪我をした状況、加害者、今はどこに居るか、そんな質問をしたが、返って来た答えは全て分らないと言う事だった。
「先程も申しましたが、確認した情報ではないんです。ですから、詳しい事はともかく誤報という可能性もあります」
未確定な情報、まだ噂の域を出ない。だから源三郎も二人に話すかどうか迷っているようだ。あまり良い話ではないから伝えるのをためらっているのだろう。それに無駄な心配を掛けて、後で間違いでした。そんな事になれば恥もいいところだろう。
どちらにせよ。詳しい事が分らなければ動きようが無い。沙希は鈴音を揺らして混乱から解き放つと事の全てを自分の口から話した。
……えっと、それはつまり、まだ分らなくて全部嘘かもしれないって事?
そんな所だろう。けれども嘘と決まったわけではない。鈴音は七海に分っている事が他に無いかを聞いてみた。
「後はどういう怪我かという事だけです」
怪我の状態だけは分るようだ。もちろん鈴音は詳しく話してくれるよう七海を促す。
「どうやら刀傷みたいです。背後から一撃、背中の中ほどから腰に掛けて振り下ろされたようです。……けど、傷から見て相手が大人とは思えないようなんです」
……そっか〜、刀傷って事は相手は刀を手にしてる。それだけ間合いが広がるって事だからね。
ナイフなどの短い凶器とは違って刀は長さがある。それだけ相手に凶器が届きやすい。
身長差が大きく開いてなければ刀は肩から腰に掛けて斬り下ろされるはず。それなのに斬り始めたのは背中の中ほど。静音が逃げようとした事も考えられるが、それだと腰まで斬り下げられる事がおかしい。
もし走っている途中なら腰まで斬る事は不可能だ。背中の中ほどから斬り始めた事については説明できるが、腰まで斬り下げるのは無理だろう。振り下ろした刀は肩には当たらずに背中の中ほどに当たり少しだけ傷つけた。それなら説明は付くが、そんな状況で腰まで斬り下げるのは不可能だ。
斬り上げたという事も考えられるが、それは無理だ。人間は走っていると肩が前に出る。つまり腰から上に行くほど距離は遠くなる。腰から斬り付けた刀は背中を走る前に離れてしまう。
深く斬りつければ良いと思うだろうが、深ければ深いほど斬り上げるのは難しい。それだけ刃が食い込むため、引き抜く事は出来るが斬り進む事は不可能だ。しかも走っている一瞬でそれだけの事が出来る者はまず居ない。
そうなると背後から不意打ちが一番可能性があるのだが、それなら怪我は肩から始まるのが普通だ。けれども怪我は背中から始まってる。つまり刀が肩まで届かなかった、そう考えるのが一番しっくり来る。
静音は平均的な成人女性の身長だ。その静音の肩に刀が届かなかったという事は、斬り付けた相手は相当身長が低い事になる。だから七海は大人とは考えられないと言ったのだろう。
けれども子供に刀が使えるかと聞かれれば無理だと答えるしかない。模造刀、居合刀、真剣などは一キロぐらいの重さがある。それの端を持って振り回すのだから、慣れてなければ大人さえ振り回されるほどの重さだ。そんな物を子供が使えるはずが無い。
……う〜ん、何か嘘っぽいな〜。
そんな結論に達する鈴音。それはそうだろう。超能力のような特別な力でも無い限り子供が出来るはずは無い。大人だとすると怪我の具合がおかしい。つまり誤報の可能性が大きくなってきた。
「どっちつかずというところか」
呟く沙希に鈴音は頷く。情報としては不確定な要素が多すぎて判断するには決め手を欠いている。保留としておくのが一番良いだろうという結論を鈴音は出そうとしていた。
「美咲は詳しい事を知らない?」
前触れも無く七海が美咲に向かって尋ねる。羽入家ですら詳しい事が分らないのに美咲が分かるはずないと、鈴音は苦笑いを浮かべながら振り返り驚きを示した。
「えっ、あ、美咲ちゃん」
美咲の顔は先程までとはまるで違い青白く、何かに怯えているように震えている。
「美咲ちゃん、美咲ちゃん大丈夫!」
慌てて美咲に駆け寄る鈴音。声を掛けても美咲は返事をする事が出来ずに、その場へ崩れ落ちて激しく咳き込んだ。
「美咲ちゃん、大丈夫、大丈夫だから」
座り込んだ美咲の背を擦りながら声を掛ける鈴音。
なに、一体何が起こったの?
美咲を介抱しながら落ち着こうとする鈴音。けれども美咲の咳が酷くなり、嘔吐してしまった。
全部吐いて一時的に楽になったのだろう。美咲は顔を上げると傍に居る鈴音ではなく七海の顔を見た。
「な、なんで……見て、七海、おねえ……」
途切れ途切れに言葉を出した後に美咲は気を失ってしまった。
「美咲ちゃん!」
鈴音の声が赤く染まり始めた森に響き、黄昏は全てを飲み込み終わりを迎えようとしていた。
一気に上げたからと言って、ここの後書きが無いと思ったら大間違いだ−−−!!!
そんな訳で、相変わらずここの後書きは続けますよ。
さてさて、今までの待ったりムードが最後で吹き飛んでいきましたね〜。まあ、これを切っ掛けに鈴音達は本格的に……遅すぎ? 動き出す事でしょう。
……それにしても、水夏霞は違った意味でたくましいな〜。あの商魂はどこからくるのやら。
というか、このまま水夏霞に神社を経営させたら、数年後には大社になってたりして……まあ、水夏霞だからそれは無いか。
さてさて、それでは少し本編でもいじりますか。そんな訳で静音の話が出てきて体調を崩した美咲ですが、どうやら前のと違ってかなり具合が悪そうですね。
それだけの事が静音との間にあったのでしょうね。……たぶん〜。
まあ、そんな訳で、二人の話も解答編に明かされるかもしれませんね……たぶん〜。
ではでは、そういう事で。ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、今更ながらここの後書きにいらない事を書くのは趣味なのだろうか? と疑問に思ってみた葵夢幻でした。