表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/31

第二十二話 密約

 ……えっと、あれ?

 刀が入った箱を手に固まっている鈴音と沙希。てっきり村長が入ってくるものだと思っていたが、書斎に入ってきたのは村長ではなく、どう見ても歩き始めた頃だと思われる二、三歳の子供だった。

「……えっと、どちら様でしょうか?」

 まだ言葉を理解できていない子供に丁寧語で話しかける鈴音。人間後ろめたい事があると誰にでも下手に出てしまうようだ。

 そんな鈴音とは対照的に沙希はほっと胸を撫で下ろす。どうやら目の前の子供には現状を理解できないと判断して安心した。

 まあ、こんな現場を村長に見られた時にはかなり怒鳴りつけられる事になるのは明白だから、それを免れただけでも充分に安心して良いだろう。

 そして目の前の子供はと言うと、満面の笑みで部屋の中に居る三人に目を向けている。どうやら何かを期待しているような眼差しだ。

「……えっと?」

 子供に見詰められて対応に困る鈴音。何かをしてあげた方が良いのかと沙希に向かって助けを求める視線を送るが、あっさりと視線を逸らされてしまう。どうやら沙希は助けにならないようだ。

 次に美咲に視線を送ると笑みを向けてきたので一安心した。

斎輝さいきちゃんだよ」

 ……なにが?

「あ〜、この子が村長さんのお孫さんね」

 ……そうなの?

 話の内容を飲み込めない鈴音とは違って納得をする沙希。それから美咲と沙希に説明してもらって、やっと目の前の子供が村長の孫だという事を理解した。

 以前にも話に出た事はあったのだが、鈴音はすっかり忘れていたようだ。……まあ、あまり会話に出た事が無いため、鈴音に覚えていろという事が無理なのだろう。

 それから鈴音の興味はすっかり斎輝へと移り、美咲と一緒に斎輝の相手を始めてしまった。その間に刀の箱を元に戻す沙希に気付きもしないまま。



「将来は村長さんみたいになっちゃダメだぞ〜」

「鈴音、それは思いっきり失礼でしょ」

 すっかり斎輝と遊んでいる鈴音と美咲。沙希の突っ込みを無視したまま斎輝の相手を続ける。村長が未だ持って来ない事で暇を持て余していたのだからしかたないのだろう。

 それに斎輝も相手をしてくれるのでご満悦のようだ。楽しげな笑い声を上げている。

 ……まあ、調子に乗った鈴音が時折危なげな事をしているが、それはご愛敬という事になっている。

 あれっ、なんだろう。

 斎輝を抱き直した事で襟首のがずれたて、そこから背中が少し見えた。鈴音が気に留めたのは背中ではなく、そこにあるものだ。

「ねえ沙希、これって……刀傷だよね」

 斎輝を抱いたまましゃがみ込むと鈴音は襟首を引っ張り、背中にある刀傷のようなものを沙希にも見せる。

「刀傷かどうかは分らないけど、傷が残ってる事は確かね」

 斎輝の背中を覗き見ながら、沙希は傷がある事を確かめた。ついでに美咲にも見せて傷の事を聞くが、そんな事まで美咲が知っているわけが無い。首を横に振るだけで傷の事なんか分らなかった。

「う〜ん、何なんだろう、この傷?」

「それぐらいの歳の子なら危ない事をやって傷が残ったんじゃないの」

 鈴音の問い掛けに沙希はあっさりと答える。

 けれども、その答えは間違っているとは言えない。なにしろ斎輝は二歳、歩き出したらどこに行くか分ったものではない。うっかり目を離した隙に……という事があっても不思議はなかった。

 う〜ん、沙希の言うとおりなんだろうけど。……なんだろう、この傷。どこかで同じ気配を感じたような気がする? ……って! 傷に気配って一体どんなの!?

 自分で思っておきながら自分で突っ込むのだから鈴音自身も良く分かっていないようだ。

 けれども、その傷が不自然、いや、気に掛かることは確かなようだ。

「でも……どうやったらこんな傷が付くんだろう?」

 そんな事を聞かれても二人に分かるわけが無い。返ってきたのは分らないと、知らないとの返答だけ。

 それはそうだ。その場に居合わせない限り、どうやって傷が出来たかなんて分るはずが無い。

 う〜ん、香村さんに聞いてみようかな。この家に住み込みで働いているんだから知っているよね。

 確かに香村なら傷の事は知っているだろう。後で聞いてみようと思い、とりあえず斎輝を下ろしてみるが再び抱き上げた。

 そして斎輝をあやすように大人しくさせると、もう一度傷を観察する。

 ……刀傷。じゃなくても、これほど綺麗に傷が付く事はないよね。よっぽど鋭利な刃物で切らない限り、ここまで綺麗な傷跡は残らない。

 少し見ただけでも分るほど、傷跡は綺麗に、そしてくっきりと斎輝の背中に存在していた。

「はぁ、何がそんなに気になるわけ?」

 鈴音の行動に見かねた沙希が問いかけてくる。

「う〜ん、何って具体的に示せるわけじゃないんだけど……なんか気になる」

 要するに勘なのだろう。はっきりと理由を示せない鈴音に沙希は溜息を付くと立ち上がる。

「沙希、どこ行くの?」

 部屋から出ようとする沙希に鈴音は問いかける。沙希は首だけを振り向かせると呆れた目線を鈴音に向けてきた。

「気になるんでしょ。だったら香村さんに聞いてくるから、鈴音はその子をあやしてて」

「……沙希」

 なんだかんだ言っても鈴音の事を信じている沙希。

 めんどくさそうな仕草で部屋を出た沙希を見送ると、鈴音は美咲と一緒に斎輝をあやし始めた。

 最初は笑みを浮かべていた斎輝だったが、そのうち瞳がゆっくりと閉じ始める。



「沙希〜、助けて〜」

 沙希が部屋に戻ってくるなり、鈴音は沙希に助けを求めた。

 助けを求められた沙希はというと、やっぱり呆れた目付きで状況を確認する。

「……えっと、鈴音。どうして欲しいの?」

 部屋は先程とはまったく変わりない。変わっているといえば鈴音が座って困った顔をしているぐらいだ。その鈴音の隣で美咲も困ったようにオロオロとしている。どうして良いのか分らないようだ。

 大きく溜息を付いた沙希はもう一度何に困っているのかを問いただした。

「斎輝ちゃんが寝ちゃったよ〜。こういう場合はどうすれば良いの? もう腕が疲れてきたよ〜」

 泣きそうな顔でそう訴えてくる鈴音。つまり寝てしまった斎輝をどうすれば良いのか分らないようだ。

 沙希は再び溜息を付くと用意されていた座布団を指差す。

「とりあえず、そこの上に寝かせてあげたら。それから香村さんを呼んできて、ちゃんと寝かせてあげれば良いでしょ」

「……なるほど」

 沙希の言葉に感心する鈴音。さっそく言われたとおりに座布団に横たえ、美咲が香村を呼びに部屋の外へと出て行った。

 寝ている斎輝の寝顔を満面の笑みで覗き込む鈴音。やはり可愛いのだろう、斎輝のほっぺたを突付いたりして遊んでいる。そんな鈴音の隣に沙希が座ると聞いてきた事を話し始めた。

「背中の傷だけど、香村さんは何も知らないみたい。私が聞いたら驚いた顔をしてた」

 ……なんで?

 この家に住み込みで居れば斎輝の傷を知らないなどとはありえないのだが、香村はまったく知らないようだと沙希は念を押した。

「でも、背中の傷は結構大きかったよね。どう見ても大怪我だよ」

 確かにあれ程の傷を負ったのであれば確実に病院行きだ。それなら香村は確実に、香村でなくとも村の人達にも知られても不思議は無い。

 それなのに一番近くにいるであろう香村が知らないとは、そんな事がありえるのだろうか。

「……誰かが意図的に隠してる」

 沙希の呟いた言葉に鈴音は問いかける。

「誰が? 何の為に? どうして? どうやって? なにゆえ?」

「一辺に質問しない。というか、最後が何でないゆえなの」

 どうでもいい突っ込みに鈴音は軽く笑うと話を戻した。

「でもさ、傷があったからといって何か引け目があるわけじゃないでしょ。それなのに誰も知らないなんて」

 この来界村は田舎だ。それでも、傷跡が有るかといって差別されるわけではない。それにそんな風習も無い。だから隠す意味なんかは無い。

 それでも誰も知らないというのは変だよね。

 鈴音はそういう風に考えたのだが、沙希は鈴音の考えに疑問を投げかける。

「でも、誰も知らないわけじゃないでしょ。もしかしたら村長さんや息子の学さんは知ってるかもしれないし。たまたま香村さんが居ない時に怪我をしたのかもしれないでしょ?」

 あ〜、そっか〜。……あれ? でも。

「けどさ、傷から見て大怪我でしょ。それを香村さんが知らないってのは変じゃない? やっぱり」

 まあ確かにそうだ。あれ程の大怪我がすぐに直るはずが無い。どう見ても数ヶ月は掛かるはずだ。まさか数ヶ月も香村がこの家を留守にするとは思えない。

 そう考えるとやっぱり変なのだが、沙希は一つの答えを提示する。

「……香村さんが嘘を付いてる」

 確かにそれなら辻褄はあう。斎輝の傷をこの家の者が一丸となって隠そうとしているなら香村は嘘を付くだろう。けれども、沙希は先程の見た香村の態度が芝居とは思えなかった。

 沙希はその考えを振り払うために頭を振る。そんな沙希を見て、鈴音も先程の言葉を頭から追い出した。沙希がその考えを捨てた事が分ったのだろう。

 結局、何かしら答えが出ないまま、香村と美咲が入ってきた。

「あらあら、寝ちゃいましたね」

 斎輝を抱き上げる香村。そのまま背中を見て沙希に告げる。

「あら、本当だ。いつの間にこんな所に怪我をしたでしょ?」

 どうやら本当に香村は知らなかったようだ。斎輝の傷跡を見て驚いている。

「けど背中だし、傷跡が目立つ事はないでしょ」

 まあ、確かに背中にある傷跡だから人に気付かれて嫌な思いをする事はないだろう。香村は斎輝の将来にそんな心配をしたようだが、鈴音と沙希は別な事を思っている。

「本当にその傷がいつ出来たのかは知らないんですか?」

 少し下手に出ながら香村に尋ねる鈴音。斎輝を抱きなおして香村は平然と答える。

「ええ、ずっと斎輝ちゃんの面倒を見てきたんですけどね。こんな傷跡があるなんて知りませんでしたよ」

「ずっと?」

 香村の言葉に引っ掛かりを感じる沙希。言葉を繰り返されたので香村も沙希が気に掛けている事が分ったのだろう。少し悲しそうな顔で話し始めた。

「ええ、斎輝ちゃんのお母さん。学さんの奥さんが亡くなった事は話しましたよね?」

「はい」

 ハッキリと返事をする沙希とは対照的に鈴音は首を傾げる。それを見ていた沙希は溜息を付くと、学の奥さんが斎輝を生んでから一年後に亡くなった事を説明した。

 例の如く感心する鈴音だが、これは以前に香村から聞いた話だ。相変わらず物覚えは悪いのか、興味が無かったのか、鈴音の頭からはすっかり忘れされられていたようだ。

 沙希が説明し終わると香村は話を続けた。

「それからずっと私が母親代わりを勤めているんですけどね。まあ、学さんも忙しい身の上だから仕方ありませんよね。その代わりの村長さんがよく構っていらっしゃいますよ」

 つまり斎輝の面倒はずっと香村が見ているようなものだ。その香村が知らないということは、そこに何かがあるという事だろうか。

 う〜ん、あるいはお母さんが死ぬ前、その時に傷を負ったのかな?

 そう考えた鈴音は香村に尋ねてみるが、違うとの返答が帰ってきた。

「少し前まで私が斎輝ちゃんをお風呂に入れてましたからね。そんな大きな傷があれば気付きますよ」

 つまり傷が出来たのはつい最近という事になる。

 そっか〜、怪我をしたのは最近か〜。

 けどあれ程の傷だ。大怪我なのは間違いない。それを知らないという事はありえるのだろうか。

 結局、問題はそこに戻って堂々巡りを続ける鈴音。そんな鈴音とは別に沙希は新たな疑問を見つけたようだ。

「少し前まで……ですか。なら今は誰が斎輝ちゃんをお風呂に入れてるんですか?」

 香村が斎輝の傷に気付かなかったのは斎輝の裸を見る機会が無くなったからだ。となると、その機会を奪った人物が怪しくなる。

「村長さんですよ。今まで静音さんの事があって慌しかったですからね。今では余裕が出来たのか、自分から斎輝をお風呂に入れるって言い出して。おかげで大助かりですよ」

 ……村長さんか……一体、村長さんは何を隠してるんだろう?

 秘密主義といい、斎輝をお風呂に入れるといい、どうも村長の行動はつい最近は大きく変わっているようだ。

 やっぱり、村長さんに問い質すしかないのかな?

 だが敵意を剥き出しにしている村長に直接聞くのは難しいだろう。けれども、そこに何かのヒントがある事は確かなようだ。

 それから香村は斎輝を抱いて部屋を出て行き、再び鈴音達は取り残される事になった。いい加減に鈴音も美咲も飽きてきた頃、やっと村長が現れた。

「随分と待たせてしまったね」

 ……えっと、村長さんだよね?

 前に会った時はまるで違う、そう好々爺のような村長。美咲が居るからだろうか、鈴音達に然程冷たい態度を取る気配は無かった。



 それからしばらく、村長は美咲の課題である村の事を話し続けた。来界村がどう生まれたのか、どのような民話があるかを話て、美咲も一生懸命に村長の話をノートにまとめた。

 その間は鈴音は暇を持て余していた。どうやら村長の話にそれほど興味がないようだ。適当に聞き流している。

 一方の沙希は村長の話に耳を傾ける。時々質問をしながら話を掘り下げているようだ。そのたびに美咲は慌しくノートに新たなる事柄を書き留める。

 ……美咲ちゃん頑張ってるね〜。……うん、暇。

 かと言って勝手に歩き回るわけにも行かないから大人しく座って話を聞いてるフリをする鈴音。

 いつまで続くのかと時計を見ながら早く終わる事を願うが、話が終わったのは日少し傾き始めた頃だった。

「うん、終わったよ〜」

 書き留めたノートを村長に見せる美咲。ノートをチェックして村長は笑みを浮かべて返した。どうやら問題は無いようだ。

 それから村長は美咲にご褒美のお菓子がある事を告げ、美咲は喜び勇んで部屋を出て香村の元に向かった。

 鈴音も美咲に付いて行こうとするが沙希が無言で止める。どうやらここに居た方が良いようだ。

 美咲の駈ける音が遠ざき、鈴音は座りなおすと村長を見詰める。改めて見た村長は先程までの好々爺ではなく、威嚇するような威厳を放っていた。

「さて、改めてお二人に聞きたい事があるのですが」

 言葉にどこかしら強みを付けながら問いかける村長。

 沙希はそんな村長に負ける事無く、強さを顔に出しながら村長を見詰めている。そんな二人を尻目に鈴音はいつも通りだ。

「この村にはもう静音さんは居ない。そして静音さんの行方を知っている者も居ない。お二人はいつまで村に滞在するおつもりですか?」

 言葉は丁寧だが、明らかに村を出て行けと言っているようなものだ。態度でそれがはっきりと分る。

 だから沙希も村長に負けないように言い返そうとするが鈴音が止める。邪魔をするなと言いたげな顔で沙希は鈴音を見返すが、鈴音は首を横に振った。

 このまま沙希と村長が話を続けると進まない。だから私に任せて。

 目でそう訴える鈴音。しっかりと見据えてくる鈴音の視線に耐え切れないのか、沙希は息を吐くと座り直して目をつぶった。好きにしてという事だろう。

 鈴音は村長をいつもの変わらない雰囲気で見返すと問に答える。

「もちろん姉さんが事が分るまでです」

 はっきりと言い切る鈴音に村長は溜息を付いた。

「人の話を聞いていないのか、村に静音さんの事を知っている者は」

「なぜ分るのです?」

 村長の言葉を遮り鈴音は問い続ける。

「この村に姉さんの行方について知る者は居ない。村長さんがそこまではっきり言い切る理由は何です? もし村長さんの言うとおりだとしても、村長さんにはそう言い切れる理由があるはずですよね。それを教えてくれるまで、私達は何度でもこの村に足を運びます」

 鈴音の言葉に口を閉じる村長。そんな村長に鈴音は真っ直ぐと目を見詰める。

 鈴音の瞳はいつもとまったく変わらない。けれど、その瞳にははっきりとした強意思と折れない強さがあった。

 村長もしばらくは鈴音の瞳を見ていたのだが、そのうち目を閉じると黙り込む。どうやら何かを考えているようだ。

 静寂が訪れた部屋で鈴音と沙希は静かに村長の言葉を待つ。

 草木が風に揺れる音が聞こえた。山間に吹く風が通り過ぎたのだろう。吹いた風は弱まっていき、再び静寂を訪れると村長はやっと聞こえる声で言葉を発した。

「これから話す事に返事をしちゃいけない。黙って聞き続けなさい」

 えっ?

 鈴音は思わず声を上げそうになったが、どうにかして押し留めた。

 そして村長は無表情で、何も発せず、そこに居ないかのような雰囲気で静かに口を開く。

「明晩、もう一度ここに来なさい。詳しい事はその時に話すとしよう。それと、この事は誰にも言ってはいけない。あいつは何処にいるか分からない、口に出すだけで危険なのだから」

 顔を見合わせる鈴音と沙希。村長の言っていることは理解出来ても納得は出来ない。何がそんなに危険なのだろうか。そう聞き返そうか鈴音は迷っていた。

 えっと、返事をしちゃいけないという事は……質問する事もダメなんだよね。

 まあ、普通に考えればそうなるだろう。けれど、そうまでする理由が不透明すぎる。

それは……村長さんが隠してきた事を話してくれるのかな。でも、誰にも話してはいけないなんて……村長さんは何を知っているんだろう?

 結局の所は村長の話を聞くしかないのだが、今ここでは何も話してくれないだろう。

 どうするか迷っている鈴音は黙り込み、どうすればいいのか対処に迷っていた。そんな時に隣に座っていた沙希が立ち上がると、村長に背を向けて出入り口である障子の方へと向く。

「……鈴音、明日はどうしようか?」

「えっ?」

 いきなり脈絡の無い事を言い出す沙希に鈴音が返答に迷っていると、沙希は勝手に喋りだした。

「ほら、この村に着てからいろいろな事がありすぎて疲れたじゃない。だからさ、明日ぐらいはゆっくりしたいな、とか思ってね」

 ……えっと、今日も休みを兼ねて美咲ちゃんに付き合ったんだけど。

 来界村に着いて早々に遭遇した連続殺人。鈴音達は嫌がおうにも巻き込まれ、その間に静音を探していた。

 う〜ん、もしかして沙希は疲れてるのかな〜?

 そんな事を思ったりする鈴音。まあ、確かに来界村についてからは休み無しで活動しているから疲れてきてもしょうがない。

 そんな鈴音の言葉を肯定するかのように沙希はある提案を持ち出した。

「確か、平坂の方に温泉があったよね。明日は温泉に浸かってゆっくりしない。そうね……どうせなら夜の方がいいかな。夜の七時ぐらい、その時間なら人なんて居ないでしょ。だからゆっくり話が出来る。どうかな?」

 いや、どうかなって聞かれても。

 いきなり持ち出された提案に鈴音は困り果てている。それに鈴音は静音を探すために来界村に来たのだから、あまりゆっくりする気にはなれなかった。

 その事を沙希に言おうとしたが言葉に出すのをやめた。なにしろ、沙希は鈴音ではなく村長に視線を送っているのだから。

 鈴音も振り向いて村長を見ると、村長は目を閉じるとゆっくりと頷いた。

「……うん、たまにはそういうのも良いかもね〜。どうせなら温泉にお刺身の乗った船を浮かべたいね〜」

「自分の懐から出すならいいわよ」

「う〜、沙希のケチ」

 そんな和やかな会話をする鈴音と沙希。けれど二人の顔に笑顔は無く、緊張が走っているようだ。

 ……えっと、これで良いんだよね?

 咄嗟に沙希に合わせた鈴音だが、こんな事をする意味が分からなかった。

 けれども村長には意味が通じたのだろう。立ち上がると机の上に乗っているノートを手に取ると、それを鈴音達に見せる。

 ……えっと、それは一体?

 そう聞きたい衝動を抑えながら鈴音は村長の行動を見守った。

 そんな鈴音の後ろで沙希が頷くと村長はそのノートを本棚に戻した。まるで鈴音達に確認させるようにゆっくりと。

 それから鈴音達に向き直るとやっと口を開いた。

「さあ、話はこれでお終いだ。美咲の元に行くといい」

 それだけを言い残して村長は部屋を後にしようとするが、何かを思い出したのだろう。障子を開ける前に、一人事のように静かに呟く。

「そうそう、羽入家は信用してはいけない。あの一族は……来るべき日に兵になるように仕組まれている」

 顔を見合わせる鈴音と沙希。その間に村長はとっとと部屋を出て行ってしまった。後に残された二人はしばらくの間は呆然としていた。



「……えっと、沙希。少し聞いても良いかな?」

 美咲の元へ向かう途中に鈴音がそんな事を言い出したが、沙希は後にしてと冷たくあしらうだけだ。

 そんな沙希の態度に鈴音が頬を膨らませるが、沙希は無視し続ける。そんな状態で歩き続け、美咲が居る部屋へと到着した。

 障子を開けるとそこは板の間であり、足の高いテーブルと椅子。そこで美咲はホットケーキをご馳走になっていた。

「お姉ちゃん達おかえり〜、お話は終わったの?」

 鈴音達を見て美咲は上機嫌に話しかけてきた。

「うん、終わったよ〜。う〜ん、美味しそうだね〜」

 美咲のおやつに鈴音が鼻をくすぐられていると、香村が鈴音達の分まで出してくれた。

 出された物は残しては失礼と鈴音はしっかりと頂く事にして、用意してあったおやつをすっかり空にした後で鈴音達はようやく村長宅を後にした。



「それで沙希、さっきの事なんだけど」

 家路の途中で鈴音はようやく先程の事を切り出した。沙希にも鈴音が何を言いたいのか分っているのだろう。すぐに分りやすく説明しだした。

「私も良く分からないんだけど、あそこでこれ以上は話をするのは危険だと思った。それは村長さんも分ってるみたいだったから、咄嗟とっさに別の話題を出して話を切り替えた。人に聞かれても大丈夫なように」

 え〜っと、それはつまり……どういう事?

 やっぱりすぐには理解できない鈴音は沙希の話を聞き続ける。

「村長は明晩とは言ったけど時間は指定してない。まあ、夜ならいつ来ても大丈夫なようにしてるんだろうけど、私達としても時間を指定した方が分りやすいからね。それに、あの場で誰かに聞かれてたとしても、私達は明日の夜にはこの村にいない。そう理解するでしょ」

 ……えっと、つまり明日の予定と称して話してたのは嘘で、夜七時って言ったのは、その時間に村長を尋ねるという事かな?

 つまり沙希は明日の夜七時に尋ねると村長に言った。そして村長も黙って頷いたので了承したのだろう。

 わざわざそんな事をしたのは、やはり村長の言葉が原因となっているのだろう。『口に出す事も危険』それはつまり、誰がどこで聞いているか分らない。そして聞かれたら危険な事になる。そう示していた。

「私も最初は迷ったけどね。村長の芝居じゃないかって。でも……香村さんの話だと最近になって村長は密かに何かをやってる。それは誰にも知られてはいけないこと、つまり知られれば危険な事になる。そう思ったから咄嗟にああしたの」

 はぁ〜、なるほど。

 沙希と村長の行動に感心する鈴音。やはり一人置いてけぼりを喰らっていたようだ。

「う〜ん、でも、危険な事ってなんだろうね?」

 やはりそこが気になる鈴音。確かに鈴音達は殺人事件に巻き込まれて危険な目に遭ったが、それ以上に危険な事がこの村にあるとは思えない。

 けれど、沙希はそう思ってないようだ。

「村長が最後に言ってたでしょ。羽入家を信用してはいけないって。やっぱりそこに何かあるんじゃない?」

 沙希はやっぱりそこに行きつくんだね。

 とは言葉に出さなかった。まあ、真っ向から羽入家を疑ってる沙希に何を言っても無駄だという事は良く分っている。

 それでも、鈴音はやはり、源三郎を疑う気にはなれなかった。

 う〜ん、もしかしたら源三郎のおじいちゃんも裏でいろいろとやってるかもしれないけど、少なくとも私達の敵だとは思えないんだよね〜。

 やっぱり源三郎を信用する鈴音。けれども沙希や村長の言葉を覆せるほどの材料を持っているわけではない。それにこの事に関してはもう何度も話し合ったし、お互いに主張を変える気は無いのは判りきっている。

 話がそこに行きついた以上は、これ以上話しても無駄だと思ったのだろう。鈴音は美咲に話しかけた。

「そういえば美咲ちゃん」

 未だに上機嫌で振り返る美咲。そんな美咲に鈴音はある提案をした。

「この村で一番有名な昔話は玉虫様だよね」

「そうだよ」

 来界村に着てからというもの、鈴音達は何度か玉虫様と言う言葉を耳にしている。それはこの村で進行している神様なのだが、詳しくは知らない。せいぜい村の神様としか理解していなかった。

 だから鈴音が玉虫様に興味を持っても不思議は無い。

「せっかくだから神社に行かない? 玉虫様の話も聞いてみたいんだよね」

 そんな提案をする鈴音の隣で沙希は軽く息を吐く。それは沙希が了承したという合図なのだろう。鈴音は沙希に顔を向けると笑顔で頷いた。

未だに日は高く、夕暮れの気配すらない。だから帰ってもやる事は無く、暇を持て余すだけなのは目に見えている。

 だから沙希も付き合う事を了承したのだが、肝心の美咲が意外にも拒否し始めた。

「……行かない」

 先程までの上機嫌は消えうせ、鈴音から顔を背けると暗い声で答える。

 え〜っと、何でいきなり不機嫌に?

 拒否されるとは思っていなかったのだろう。鈴音は少し慌てた様子で美咲に問いかける。

「えっと、美咲ちゃんは水夏霞さんの事が嫌いなの?」

 神社に行くということは水夏霞に会いに行くのと同じだ。美咲が神社行きを拒否したのは水夏霞との間に何かあったからだろうと鈴音は思ったようだ。

 けれども美咲は首を横に振る。

「ううん、水夏霞お姉ちゃんは優しいから好きだよ」

「それじゃあ、なんで?」

 水夏霞に原因が無いとすると神社に行きたくない理由は思いつかない。もしかしたら静音が関わっているのではないかと思ったりもするが、強く聞いても答えてくれるか分りはしない。

 う〜ん、美咲ちゃんは姉さんの事で引け目を感じてるからな〜。美咲ちゃんは悪くないと言っても自分を許せないんだろうな。……けど、それと神社がどんな関係があるんだろう? ……私の思い違いだったのかな?

 なんでもかんでも静音に結び付けるのは良くない、と鈴音は考えを改めると別の言い方に変えてきた。

「それじゃあ、水夏霞さんに会いに行こうか? 水夏霞さんなら玉虫様の話にも詳しいでしょ?」

「……うん、水夏霞、お姉ちゃんは……玉虫様の事は良く知ってる、けど」

 それでもあまり行きたくないのか、はっきりとは言わない美咲。そんな美咲を見て鈴音は無理強いは良くないのかと思い始める。そんな時にいつもは二人の会話にあまり口を出さない沙希が話しに割り込んできた。

「ねえ美咲ちゃん。鈴音は玉虫様の話を聞きたいんだけど、私達だけだと良く分からないから案内とか説明をお願いしたいな。鈴音の為に頼めないかな?」

 ……沙希、私はそこまで強くは求めてないよ。

 そう言われるとあまり拒否できないと思い始めたのか、美咲は少し考え始めてしまった。

 美咲が結論を出す間に鈴音は小声で沙希に話しかける。

「沙希〜、あまり美咲ちゃんに無理強いするのは良くないよ」

 鈴音としては美咲が嫌がることはあまりさせたくないのだろう。けれども沙希は、これが静音に繋がると言い出す。

「私だってあまりしたくないけど……これはチャンスなの。美咲ちゃんの反応を見てれば分るでしょ。これは絶対に静音さんに繋がってる。私達は何としてでも、それを引き出さないといけないの」

「そうだけど〜」

 それでも気が進まないのだろう鈴音はあまり良い顔はしない。もちろん沙希もそうだ。好んでこんな事はしたくないが、静音に一番近いのは美咲だろう。その美咲から重要な事を聞けるチャンスは他に無いのだから。

 美咲と静音を天秤に掛けざる得ない鈴音。どうしようかと迷っていると美咲が先に答えを出した。

「……じゃあ、水夏霞お姉ちゃんに会いに行こう。お話しを聞くのは社務所で良いよね?」

 どうやら神社の本殿には居たくないようだ。そんな美咲の気持ちを察して鈴音は承諾すると、三人は平坂神社に行く先を変えた。







 え〜、半年に渡る休みを経て……復活しました。途中で休筆した事を心よりお詫び申し上げます。

 さてさて、そんな訳で再開した断罪ですけど、それに伴い以前の話にも修正を加えたのでご確認下さい。……いや、だって、話の流れ的に存在してはいけない事柄が……。

 とりあえずごめんなさい!!! ええ、設定の不備! というかすっかり勘違いして書いてました。だからもの凄くごめんなさい!!!

 ……よし! 謝罪したところで許してもらったと勝手に思い込んどこ。もちろん抗議は見る前に捨てます。……ごめん、来たらちゃんと読むよ。

 さてさて、相変わらずこんな作者ですが、よろしければ見捨てないでやってくれたら嬉しいです。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、復活したけど本調子ではない葵夢幻でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ