第十九話 帰還兵達の横暴
「朝だよ〜!」
元気な声と共に部屋のカーテンが勢い良く開かれると、朝の日差しが鈴音と沙希に突き刺さる。
「う、う〜ん」
「ああ〜」
だが鈍い反応を示す二人。さすがに疲れたのだろう。なにしろ半日以上、慣れない山の中を探索し続けたのだから。
そのためか、いつもはしっかりと起きる沙希も今日ばかりは反応が鈍いようだ。
「あと……十二時間〜」
「せめて五分にしとけ〜」
「お姉ちゃん達、朝だよ〜」
相変わらず寝ぼけた事を言う鈴音に、こちらも寝ぼけながらしっかりと突っ込む沙希。そんな二人に痺れを切らして美咲は起こしに掛かるが、どんなに揺らしても起きなかったので、最後には二人の布団を剥ぎ取ってしまった。
そうなると寝ていられないのか、沙希はしかたなく体を起こすが、鈴音は最後まで抵抗するように体を小さく丸めて、枕に顔を突っ込み朝日を遮断する。
その姿に呆れる沙希と美咲。ここまでされると言葉も出てこないようだが、沙希は一応突っ込んでみる。
「鈴音……それで息が出来るのか」
「……」
返事が無い、だた熟睡しているようだ。
しかたなく沙希は立ち上がると美咲を呼び寄せて、美咲の両脇に手を入れるとそのまま持ち上げる。そして目標ポイントまで移動して降下地点を確認すると美咲に目を向ける。
美咲が嬉しそうに頷くと沙希は美咲を支えていた手を離す。当然、美咲は重力に従って落下。見事に降下地点に勢い良く、座るように着地した。そう、鈴音の背中へと。
「鈴音、そろそろ起きな」
「鈴音お姉ちゃん、朝だよ〜」
「……」
返事が無い、ただ悶絶しているようだ。
「……しかたない、美咲ちゃん、第ニ射行くよ」
「うん!」
容赦の無い沙希の言葉に嬉しそうに頷く美咲。だが鈴音もこれ以上やられたくないのだろう。しかたなく、顔だけを横に向けて口を開く。
「……お願いだから、そういう……起こし方は……やめて」
「はいはい、だったらさっさと起きる」
美咲が背中から降りるとようやく起きる鈴音。やられた背中をゴキッと鳴らしながら大きく伸びをすると、ようやく鈴音の意識もはっきりしてきたようだ。
「なんか私……ここに来てからまともに起こされた事が無いような気がする」
「自業自得でしょ」
そうでも無いと思うよ沙希。というか、お願いだから美咲ちゃんを使わないで。美咲ちゃん……本当に嬉しそうに手加減無しだから。
そんな事を思いながら大きなあくびをする鈴音。その隣では美咲が無邪気な笑顔を向けてきているので、鈴音は美咲の頭を優しく撫でる。
「鈴音お姉ちゃん、おはよう」
「うん、おはよう、美咲ちゃん」
(なんというか……鈴音、相変わらず平和だね……)
この二人を見ていると沙希はそんな事を思ってしまう。昨日の鈴音が嘘のように、今では美咲と微笑を交わしている。
それは良い事なのかもしれないけど、鈴音達には静音を見付け出すと言う目的がある。だからこそ、昨日はあんなに必死になって草木を掻き分けたのだが、今の鈴音はそんな事をすっかり忘れているかのように笑っている。
(まあ、その方が鈴音には似合ってるのかもね)
そんな事を思いながら沙希はさっさと着替えを済まし、ブラシを片手に鈴音の後ろに座り鈴音の髪にブラシを通していく。
「さて、今日はどうしようかな」
ここ二日程ドタバタしていた所為で二人がゆっくりとした朝を迎えてはいなかったが、今日は美咲との約束がある。だからだろう、ここまでゆっくりと朝の支度を整える時間が取れたのは。
「美咲ちゃんも今日は鈴音と同じ髪型にする?」
「うん!」
先日、鈴音と一緒の髪型にしてもらったことがよっぽど気に入ったのか美咲も笑顔でそう返してきたので、沙希は二人に似合いそうな髪型を考える。
「となると……ツインドリルあたりか?」
「ツインドリルってなに!」
「……じゃあ、トリプル?」
「増えるの!」
結局、沙希も二人につられて朝から平和すぎる漫才してしまった。まあ、沙希としてもこの雰囲気を大事にしたいのだろう。なにしろ、この来界村に着てからと言うもの二人には安息の時間と言う物があまり無かったのだから。
だが、昨日の疲れが未だに残っているのか。結局、二人の髪型は真っ直ぐに流して下でまとめるという簡単なものになった。
そうこうしている内に鈴音も着替えを終えたので三人揃って居間へと向かう。居間ではすでに琴菜が朝食の支度を整えており、鈴音と沙希は挨拶をすると美咲と共にテーブルに付いて、朝食を頂く。
「そういえば、今日は村長さんのところに行くんだよね?」
「うん、そうだよ。でも、その前に村上のお爺ちゃんのところに行くんだけど」
「村上のお爺ちゃん?」
初めて聞く名前に鈴音は首をかしげる。
「ご近所に住んでいるお爺さんですよ。今は一人暮らしなんですけど」
美咲に代わり琴菜が補足をしてくれた。二人がこの来界村に着てからまだ数日。さすがに桐生家のご近所さんなんて知っているわけが無い。
「へぇ〜、そうなんだ。でも、一人暮らしってことは、子供さんは村を出ちゃったんだ」
「いえ……事件で」
「あっ……」
最後で言葉を濁す琴菜。さすがの鈴音もそこまで言われれば、何があったのか簡単に想像できた。
そっか、家族は皆……事件の被害者なんだ。
来界村を襲った首無し連続殺人事件。それは数多の疑問を残しながらも秋月の死と言う形で一応の決着を見せた。だが、無差別に襲い掛かった災いは未だに、その爪痕を残している事は確かだ。
そんな中で、その村上のお爺さん一人だけ助かったのだから、その心境は複雑だろう。鈴音ですらその事を察するぐらいだから沙希も気付いており、無言で食事を口に運んでいる。
う〜ん、なんか、そんな話をされると行きにくいな。でも、約束だから行かないといけないよね。
鈴音としても事件には良い思い出など無い。だが今更行けないとは言えない。そんな事を言えば美咲を悲しませるのは確かだし、鈴音としても美咲が泣く姿をあまり見たくない。
それは初めて美咲に静音の事を聞いた時、美咲は本当に悲しそうに泣いたから。そのうえ初対面で泣かせてしまったものだから、鈴音にはもう美咲を悲しませる事が出来ないのだろう。
複雑な心境のまま朝食が終わり、三人は支度を済ませると玄関へと向かう。
「それじゃあ美咲、これをお願いね」
見送りに出た琴菜は袋を美咲に手渡してきた。中身を覗き見る鈴音。どうやら中は惣菜のようだ。
「うん、村上のお爺ちゃんにちゃんと渡すよ」
そっか、お年寄りの一人暮らしだもんね。いろいろと大変だよね。
これが田舎の付き合いというものなのだろうと、鈴音は勝手に解釈すると三人は揃って玄関を出て行った。
「おはようございま〜す!」
玄関に入ってから元気に挨拶する美咲。
そこは確かに桐生家からは近いが、随分と歩く事も確かだ。まあ、田畑が広がる来界村では家がかなり離れていても近くにある家は全部ご近所なのだろう。
だから美咲は呼び鈴を鳴らす事無く、いきなり玄関を開けて中に入って行った。その後を、いいのかと思いながらも付いて行く鈴音。そして最後に入った沙希が玄関を閉めた時、奥から人の良さげなお爺さんが出てきた。
「いらっしゃい、美咲ちゃん」
いつもこんな感じなのだろう。村上のお爺さんは笑顔で美咲を迎えるた後、鈴音と沙希にも笑顔を向けてきた。
「いらっしゃい、鈴音さんと沙希さんだね」
「えっ、何で知ってるんですか?」
「あっはっはっ、今では二人とも村では有名人だよ。それに、静音さんの妹でもあるんだからね」
まあ、姉さんの事があるから私の名前が知られてるのは分るんだけど……いつの間に沙希まで有名になったんだろう?
そんな疑問を思う鈴音は沙希に目を向けるが、沙希も首を横に振るだけだ。そんな光景を見ていた村上のお爺さんは笑顔を絶やさないまま説明をしてくれた。
「二人とも今回の事件で大活躍したからね。だから村ではすっかり有名人なのさ」
……えっと、私はそんなに活躍した覚えが無いんですけど。
だが沙希は納得したような顔をしている。そして鈴音が分かっていないとみると補足してくる。
「偶然とはいえ私達は今まで姿を見せなかった秋月を捕らえるきっかけとなった。まあ、結局秋月は死んじゃったけどね」
「だがお二人が犯人を見つけてくれた事には変わりない。これでやっと……」
最後まで言わずに黙り込む村上のお爺さん。その表情は先程までの笑顔ではなく、悲しげであり、どこか遠くを見ているようだ。
途端に重くなる空気。そんな空気をぶち壊すために鈴音は美咲に話を振る。
「そういえば美咲ちゃん。お爺さんに届け物があったんじゃ」
「あっ、そうだった」
村上のお爺さんに袋を差し出す美咲。
「はい、これお母さんから」
差し出された袋を手に取り、中を確認すると村上のお爺さんに笑顔が戻る。
「おやおや、わるいね。わざわざ」
「ううん、今日はお爺ちゃんからいっぱい話を聞かないといけないから」
「はははっ、そうだったね。ささっ、上がって。今麦茶を用意するから」
「あっ、手伝います」
沙希は進んでお爺さんの手伝いを申し出る。いくら他人の家とはいえ、急に家族を死なれたお爺さんを一人でやらせるのは気が引けたのだろう。だが、鈴音と美咲は先に別の部屋へと向かう。
まあ、手伝うぐらい沙希一人で充分だろうし、そこに鈴音まで押しかけては返って気を使わせると思ったのだろう。だから鈴音は美咲の案内で別の部屋へと向かった。
勝手知ったる他人の我が家と言わんばかりに美咲は鈴音を部屋へと案内する。そして部屋に着くと大きなテーブルがあり、美咲は勝手に座ると荷物からノートと鉛筆を取り出した。
それからすぐに沙希と村上のお爺さんも部屋に入ってきて、沙希はそれぞれに麦茶を差し出した後でテーブルに付く。
それから村上のお爺さんは美咲の準備が完了している事を確認するとさっそく本題に入ろうとした。
「さて、じゃあ、どこから話そうかね」
「うんとね、玉虫様の事以外」
玉虫様といえば平坂神社に祭ってある神様だ。その辺についてはさすがに調べてあるのだろう。なにしろ玉虫様は来界村では普通に崇めているのだから。
そうなると、どこから話したいいものかと村上のお爺さんも考え込んでしまった。
「そうかい、じゃあ……ちょっと変わったところで儂が経験した事を話そうか」
「経験した事?」
首を傾げる鈴音。確か美咲の課題は村の歴史についてだ。確かに村上のお爺さんは高齢だが、経験した事となると村上のお爺さんがなにかしらに関わった事になる。
てっきり昔話だと思ってたんだけど。お爺さんが経験した事なら、そんなに古くない時にこの村で何かあったのかな?
鈴音はそんな事を思いながら、お爺さんの話に耳を傾ける。
「この来界村は田舎だからね。それに回りは山々に囲まれているから戦時中には疎開先には適していたんだよ」
「そかい?」
聞きなれない言葉に美咲は首を傾げるのを見て、沙希が代わりに説明してあげる。
「戦争中は人が集まる都会は空から爆弾を落とされて危ないから、人の少ない田舎に避難してたんだよ」
「そう、この来界村にも沢山の人達が避難して来た」
「その時に何かあったんですか?」
よっぽど話が気になるのか美咲の代わりに鈴音が尋ねる。
「いや、戦時中はお互いに助け合ってたからなんとかなったんだよ。それに、その頃は儂も子供だったから戦争に狩り出される事も無かったが、大変だったのは戦後なんだよ」
「戦後? どうしてですか?」
「終戦後、疎開してきた人達はそれぞれの土地へと帰って行ったが。戦争の爪痕はしっかりと残っていた。だからあんな連中がこんな村にまで入り込んできたんだよ」
「あんな連中?」
村上のお爺さんは頷くと、遠い過去を思い出すように語り始めた。
終戦後、この村も静かになって、戦争に行っていた村人の何人かも帰ってきたんだよ。まあ、帰ってこない人数の方が多かったけど、それでも村では帰ってきた者達の帰還を祝ったものだよ。
だが村の外、特に都心部には家族も帰る家も失った帰還兵達が多かった。そのうえ、戦争直後で食料物資は全て軍に持っていかれたからね。だから、都会の人達は数少ない食料を政府の目が届かない闇市での物々交換などが当たり前に行われていたんだよ。
けど、それも食料と交換するだけの物資を持っていた人達だけに限られてる。戦争で全てを失って帰ってきた帰還兵はどうする事も出来ずに、餓死する者や強盗をする者などが絶えなかった。
まあ、軍に居たんだからね。どこからか武器を隠し持って帰って来てたんだろう。そして、そんな帰還兵達がこの村に何人か流れ着いたのさ。
村では食料は自給自作していたらね、それが目当てだったんだろうね。けど、その時の村長さんは流れ着いた帰還兵達に食料を分けてやり、村での農作業を手伝わせる事にした。
どんな事情があるにせよ。お国の為に命がけで戦った兵士さん達だ。村長さんも村から追い出すなんてことは出来なかったんだろうね。それに、その兵士さん達にはもう帰る家も家族もいなかった。だから村に住む事を許したんだろうと思うよ。
それに帰還兵達も最初は村長さんの好意に甘えて村で新たな生活を送り始めてたんだけど、この村の事を知るにつれて帰還兵達の態度は変わっていったんだよ。
なにしろ終戦直後で、この村までは警察も憲兵も目が届かなかったんだろうね。その事を知った帰還兵達は隠し持っていた武器を手に村長さんの押し込んで村の実権を握ろうとしたんだよ。
もちろん、村長さんはそんな言い分は断っただろうね。だからこそ村長さんは……殺されて帰還兵達は村の実権を握る事になった。
なにしろあっちにはかなりの武器があったからね。村の人達じゃ、どうする事も出来なかったんだよ。もちろん警察にも掛け合ったけど、この村にまで回せる人員がいないということで、いつまでも動いてはくれなかった。
まあ、警察が動かないと分っていたから帰還兵達もそんな暴挙に出たんだろうね。そして村は帰還兵達の言いなりになった。
食料は強制的に持っていかれて、逆らう者は最悪……殺されてしまった。そうして帰還兵達は自分達だけで食料を売りさばき、利益を自分達だけの物にして私腹を肥やしていった。
帰還兵達に武器が有る以上、村人にはどうする事も出来ずに、ただ警察が動いてくれるのを祈るだけだったよ。
けど、動いてくれたのは警察じゃなくて……羽入家だったのさ。
当時の羽入家は戦後で混乱してる村々や都心部にまで人員を派遣して治安の維持と勢力を伸ばしていってたのさ。だから、当主がいる来界村にはほとんど羽入家の関係者がいなかったのさ。
羽入家は各地に散った人員を集めるのと同時に軍から武器を買っていたのさ。まあ、戦後で軍もちゃんと機能していなかったんだろうね。だからこそ、羽入家は大量の武器を裏ルートから手に入れることが出来た。
そして武器と人員が集まり、期が熟したと見ると羽入家は帰還兵達が立てこもる村長さんの家に夜襲を掛けた。そして一晩で帰還兵達を掃討してしまったんだよ。
それから羽入家は殺された村長さんの息子を村長にすると、再び人員を武器と一緒に各地に派遣して行ったのさ。まあ、そのおかげでこの村だけじゃなく、近隣の村や各都市部にまで羽入家の力は伝わり、治安が保たれて二度とそんな輩は現れなかった。
そんなことがあったからこそ、今でも羽入家は各地に顔が利いて、村人もいざという時には頼りにしてるのさ。
語り終えたのか村上のお爺さんは麦茶で喉を潤す。美咲は一心不乱にノートに話を書きまとめ、鈴音と沙希はそれぞれ思うところが有るのか考え込んでいた。
なるほど、そんな事があったから羽入家は今でも絶大な力を持ってるんだ。けど……この来界村は凄いな。三権分立……だっけか、それがちゃんと出来てる。
正確に言うと違うのだが、鈴音が思っている事は正しい。
つまり、村長という内政、羽入家という武力、平坂神社という中立。この三つが並び立つ事で村はまるで国のように機能している。
そして羽入家も自らの役割をちゃんと理解している。だからこそ、村長が居なくなった後でも実権を握る事無く、ちゃんと跡目を村長としてすえている。そうしないとバランスが崩れて村の統治体系が機能しなくなる。その事をきちんと理解していないと出来ない事だ。
それでも、田舎の農村に過ぎない村にしては統治方法が完成していたし、確実に機能していた。だからこそ警察も手が出しずらいし、セリグテックスも手を引く以外に無かったのだろう。
それでも……姉さんは村をまとめて見せた。確かに……そこだけを見れば姉さんが羽入家に追われるって言う沙希の仮説も真実味を帯びてくるけど……。
たぶん沙希はその事を考えているのだろう。なにしろ静音という存在は村にとって第四の勢力になってもおかしくは無い存在だった。後ろ盾には村長がいるし、平坂神社も静音との交渉している。そのうえ、村人達からも慕われていた。こうなってくると、ただの介入者では済まなくなって来る。
そして姉さんの存在は村にとって統治の均衡を崩す可能性を持っていた。この来界村は村長さんと羽入家、そして平坂神社が並び立つ事で均衡を保ってたけど、姉さんの介入でその均衡が破られる可能性があった。
つまり、村長と平坂神社が静音によって手を組んでしまう。そんな事態になれば羽入家は孤立、最悪の場合には村人の信用を失ってしまう。
……けど沙希、姉さんだけの力で村の均衡は崩れない。それは源三郎さんと対峙したことがある沙希なら良く分ってるはずだよ。それに……源三郎さんはちゃんと村の均衡が保たれるように手を打ってある。だから、今更姉さんを追いかける必要は無いと思うよ。
その事を沙希に伝えようとする鈴音だが、沙希は未だに考え込んでいるようで鈴音の呼び掛けに答えなかった。
鈴音は大きく溜息を付くと、村上のお爺さんに目を向ける。
「それにしても、羽入家はその時から凄かったんですね」
「ええ、それ以来、源三郎さんは村の英雄ですよ」
「えっ、何で源三郎さんが?」
まさかここで源三郎の名前が出てくるとは思ってなかった鈴音は驚きながら尋ねる。そんな鈴音の反応が面白かったのだろう、村上のお爺さんは笑みを浮かべながら答えてきた。
「それは源三郎さんが夜襲隊の指揮を取ってたし、聞いた話だと源三郎さんが自ら先陣を切って奇襲を掛けたみたいだからね」
「……」
さすがに言葉を無くす鈴音。
指揮を取ってた者が自ら先陣を切るなんて、そりゃあ羽入家の士気も上がるはずだ。でも、あの源三郎さんならそれぐらいの事はやってのけただろうな。
妙に納得する鈴音。なにしろ源三郎が発する独特の威圧感は尋常ではない。だが、そんな話を聞かされると、あの威圧感も納得できるのだろう。
鈴音は何度か頷くと隣でノートに書きとめている美咲に目を向ける。だがノートには空欄がある。どうやら分るところだけを書きとめているようだ。
「美咲ちゃん、分る?」
だが美咲は難しい顔で頭を横に振ってくる。
「はっはっはっ、ちょっと難しく話しすぎたかな」
「じゃあ、分らないところは説明してあげるよ」
「うん!」
それから鈴音と村上のお爺さんは美咲の分らないところを詳しく説明してやり、どうにか美咲は話をまとめる事が出来た。
「出来たよ〜」
嬉しそうにまとめ終わったノートを鈴音に見せてくる美咲。
「……うん、大丈夫みたいだね」
一応、村上のお爺さんにもノートを見せて話の内容が間違ってないか確認する美咲。
「うんうん、こんな感じだね」
「えへへっ〜」
村上のお爺さんも承認してくれたので、嬉しそうにノートを受け取る美咲。これで課題の一つが片付いたのだから嬉しいのだろう。
そして、その様子を傍らで見ていた沙希は美咲の課題が終わったのを確認すると村上のお爺さんに真剣な眼差しを向ける。
「あの、村上さん」
「んっ、どうしたのかね?」
沙希の問い掛けにも笑顔で答える村上のお爺さん。
「少し話してもらいたいことがあるのですけど」
「んっ? 何についてだい」
「……羽入家について、出来る事なら羽入家が誕生した時の事を知っているなら話して欲しいのですが」
「う〜ん」
沙希の質問に唸り声を上げる村上のお爺さん。美咲は新しい話が聞けると思ったのか、再び鉛筆を手に取る。そして鈴音は驚きの表情をしていた。
……なんで、そんな事を? 沙希、今の羽入家について話を聞くなら分るけど、なんで昔の事について聞くの?
そんな疑問を隠せない鈴音を尻目に沙希は真剣な眼差しで問い掛けている。だが村上のお爺さんはどう答えていいものか困っているようだ。
「羽入家の誕生か……儂も詳しくは知らないんだよね。村長さんの分家としか聞いていないからね」
「なにか、村長さんから家系から離れる理由があると思うんですけど」
「そうは言ってもね。う〜ん、直接村長さんに聞いた方が早いかもね」
「……そうですか」
「次は村長さんの家に行くから、その時に聞けばいいよ〜」
少しがっかりした沙希にそんな言葉を掛ける美咲。沙希は微笑むと美咲の頭を撫でた。
「……そうだね」
そのやり取りを傍らで見ていた鈴音には、やはり沙希の意図は分らなかった。
羽入家の誕生か……沙希、今更そんな事を知ってどうするの?
そんな疑問を思いながら沙希に視線を送るが、沙希は鈴音の視線に気が付くと軽く微笑みかけるだけだ。その事に思わず首を傾げる鈴音。
……まっ、いいっか。沙希の事だし、それなりに考えてると思うから軽はずみな行動はしないはずだよね。それに……大事な事ならそのうち話してくれるでしょ。
結局はそういう結論に達する鈴音。まあ、それだけ鈴音は沙希の事を信頼してるという事の現われなのだろう。
それから村上のお爺さんは簡単な昔話を幾つかしてくれて、美咲はそれらをノートに書きとめると満足げに後片付けをし始めた。どうやらここでの話はこれで終わりのようだ。
そして三人揃って玄関に並ぶ。
「お爺ちゃん、お話してくれてありがとう」
元気良く挨拶をする美咲に村上のお爺さんは笑顔で答える。
「はははっ、こんなに賑やかなのは久しぶりだからね。美咲ちゃん、いつでも遊びにおいで」
「うん!」
美咲の頭を優しく撫でる村上のお爺さん。だが、鈴音は先程の言葉に事件の爪痕を感じていた。
……そっか、今はこの家にお爺さん一人だけなんだよね。寂しいはずだよね。……あっ、だから琴菜さんは美咲ちゃんを行かせたのかな?
美咲が行く事で少しでも村上のお爺さんが元気をと戻せればと考えたのだろうと、鈴音は勝手に思い込むが、どうやら間違いではないようだ。
それは村上のお爺さんを見てればよく分かる。村上のお爺さんは笑顔なのは変わりないが、久しぶりに賑やかになったのが良かったのか、少しだけ笑顔が元気になったと鈴音は感じていた。
「それじゃあ、お爺ちゃんまたね〜!」
「では、失礼します」
「あぁ、鈴音さんも沙希さんもいつでも来てください。歓迎しますよ」
「はい、その時はぜひ!」
なるべく元気に返事を返す鈴音。それが村上のお爺さんの元気に繋がれば良いと思ったのだろう。
そして三人は村上のお爺さんに挨拶だけすると、その場を後にした。
「それじゃあ、次は村長さんの家だね」
「うん、そうだよ〜」
美咲を先頭に三人は村長の家を目指して歩いていた。そんな中で沙希は美咲に気付かれないように鈴音に近づいた。
「なにか、言う事があるんじゃない」
美咲に聞こえないように小さな声で話しかけてくる沙希。鈴音もあえて沙希の方に振り向かずに、そのまま歩きながら小声で答える。
「それはこっちのセリフ」
「……やっぱり気付いてたか」
「まあ、沙希にしては不自然だったからね」
「そっか……」
それから少しの間、無言で歩き続ける鈴音達。沙希は真っ直ぐに道を見据えながら、静かに口を開いた。
「鈴音、私はやっぱり羽入家の疑惑を拭いきれない。だからこそ、羽入家の事を一から知りたいと思った。私は……鈴音みたいに無条件に羽入家を信じる事は出来ない」
「それでいいと思うよ」
「鈴音?」
「もしかしたら沙希の答えが正解かもしれないし、私だって自分の考えが絶対に正しいとは思ってない。ただ、感じたままに源三郎さんは味方だと思ってるだけだよ。だから沙希、私が間違ってたら後はよろしく」
それは鈴音が示した沙希への信頼。
沙希がいるから私は沙希と逆の考えを持つことが出来るし、いざとなったら沙希と一緒に協力が出来る。だから沙希は自分の考えたとおりに進んでいけば良いと思うよ。
たぶん、二人とも同じ考えを持てるなら、鈴音はこれほど沙希に信頼を置く事は出来なかっただろう。自分とは違う考えを持ち、なおかつ自分を理解しようとしてくれるから鈴音は沙希を信頼する事が出来る。
鈴音としてはその事を伝えたつもりだったのだが、ちゃんと自分の意思が相手に伝わっているとは限らない。
だからだろう、鈴音が沙希の手刀を思いっきり頭に喰らってしまったのは。
「痛いよ〜、沙希〜」
「うるさい! 鈴音がちゃんとしないから私が苦労してるんでしょ。少しは自覚しろ!」
どうやら沙希は先程の言葉をフォローしてくれるから鈴音は突っ走る事が出来ると思ったのだろう。……まあ、間違ってはいないが。鈴音としては、なんか納得が行かなかった。
「う〜、私だっていろいろと頑張ってるよ」
「あれは頑張ってるとは言わない。暴走してるって言うんだ」
「お姉ちゃん達、喧嘩はダメだよ」
すっかり声を大きくなった二人の会話に美咲が割り込んでくるが、鈴音は美咲の介入を良い事に美咲にすがり付く。
「美咲ちゃん、沙希がいじめる〜」
「そこのけひょん、美咲ちゃんに泣きつくな」
「けひょんって?」
初めて聞く言葉に美咲は沙希に尋ねる。
「鈴音のもう一つの名前。美咲ちゃんもこれからは鈴音の事をけひょんと呼ぶと鈴音が喜ぶよ」
「勝手に決めないで! というか、いつから私のあだ名みたいになってるの!」
「生まれた時からの宿命だ。諦めろ」
「勝手に宿命にしないで!」
「うん、分ったよ」
「美咲ちゃんも納得しないで!」
結局、いつものように最後は笑いで締めてしまう鈴音達。まあ、これが鈴音達には一番似合っている自然体なのだろう。
それから重い話は出る事無く、鈴音達は楽しく村長の家に向かっている。だが突然、美咲が何かに気付いたみたいで、思いっきり嫌な顔で声を上げたので鈴音もそちらに目を向ける。
「あっ」
思わず声を上げる鈴音。その鈴音の声が聞こえたのだろう、その人物が振り返る。
あ〜、そんな訳で断罪の日、第十九話ですが……大丈夫でした?
いやね、風邪で頭が真っ白になり、一週間ほど何も書けない状態が続き、そのうえ、未だに頭が真っ白になっている状態です。ちゃんと書きあがっているかどうか心配なんですよね。
でもまあ、そんな中でも全力を尽くしたつもりなので、自己満足という形で勝手に自己完結しておきます。
さてさて、そんな訳で今回の話は事件とまったく関係ない……かは、ご自身でご判断下さい。まあ、今回の話は昔話ですからね。でも、羽入家が意外なほど活躍してましたね。そこら辺はどうなんでしょうね。まあ、詳しくは後で……って事になるのかな?
ではでは、後書にも謎を残したところで。ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想をお待ちしております。
以上、未だに頭が真っ白な葵夢幻でした。