第十七話 ブレスレット
千坂の運転で羽入家へ向かう車の中で鈴音と沙希は後部座席で静かに座っている。沙希は窓の外に目をやりながら、鈴音は何かを考えているようだ。
う〜ん、あの源三郎さんが見せたいものってなんだろう。千坂さんの話だと昨日行われた山狩りの最中で見つけた物だって言うけど。なんだろうな……まっ、行って見ればわかるか。
結局最後は楽観的な結論に達する鈴音。だが鈴音の思考はすぐに別な方向へ切り替わる。
あの秋月さんが死んだのといい、その死に方が特別なのといい、そのうえ今度は源三郎さんが何かを見つけた。う〜ん、私達も昨日の山狩りに参加すればよかったかな。あ〜、でも、そんなことはあの吉田さんが許してくれるはずは無いよね。今でさえ、羽入家を疑っているのに、私達はのこのこと羽入家に向かっているんだから。吉田さん大丈夫かな……胃とか。
どうやら鈴音でも自分達の行動が吉田に心配を掛けていることは察しているようだ。だがそれでも鈴音はあの源三郎を疑う気にはなれなかった。
そして鈴音は車の中で大きく伸びをする。さっきの事いい、これからの事いい、疲れそうな事が起きそうだから今のうちにのんびりしておきたいところだが、そんな鈴音の目にふと運転席に居る千坂が映った。
……あっ、そういえば昨日は羽入家からも人を出してたんだよね。千坂さんも参加してたのかな。聞いてみよ。
「千坂さん」
「なんですか?」
運転している最中だからさすがに振り向かずに答える千坂に、鈴音は運転席と助手席の間に乗り出して話しかける。
「昨日の山狩り、千坂さんも参加してたんですか?」
「ええ、といっても私は源三郎様の元で若い者の指揮を取ってましたから。実際に山の中に入ったワケじゃないんですよ」
「ああ、そういえば昨日は羽入家と警察が協力してたんですよね?」
だが、その質問には千坂もさすがに苦い顔になった。
「まあ、そうなんですが。羽入家と警察は仲が悪いですからね、村長がその間に入ってなんとかまとまった……っていう感じですかね」
「そっか、村長さんが……」
じゃあ、昨日の山狩りに一番詳しいのは村長さんってことになるのかな。う〜ん、昨日行った時にはろくに話が出来なかったからな。今度行くときにはどうにかして村長さんを抑えないとまともに話が聞けないかな。
どちらにしても、村長が警察と羽入家の情報を持っているのは確かだ。間に入っていたのなら双方の事情に詳しいはずだから。
再び後部座席に戻る鈴音。
なにか村長さんに話させるきっかけがあればな〜。
そんな事を考えているうちに車は羽入家へと到着した。
……相変わらず広いね〜。
相変わらず羽入家に入って同じ事を思う鈴音。その後ろに居る沙希は何かを観察しているようだが、鈴音はもう諦めたようにため息を付いた。
もう沙希に羽入家の事を言っても無駄だろうと諦めたようだ。
そして先頭を歩いている千坂は無言で二人を案内するだけだ。今回に限ってではないが、今日は昨日の山狩りの影響で羽入家の大半が休んでるらしい。そんな中で源三郎は鈴音達に見せたい物があるからというだけで呼び出した。
そこにどんな意味があるのか分らないが、沙希は警戒を解かない。そんな沙希を無視して案内し続ける千坂。部屋に着いたのだろう、突如膝を付くと中に向かって声をかける。
「源三郎様、連れてまいりました」
「ご苦労、入ってきなさい」
「はい」
障子を開いて先に中に入るように誘う千坂。鈴音と沙希が部屋に入ると千坂も部屋に入り障子を閉める。
「おはよう、鈴音さん」
「えっ、あっ、おはようございます」
まだ眠そうな源三郎に挨拶されると思っていなかったのか、鈴音は慌てて挨拶を返すと源三郎は鈴音と沙希を自分の前に誘う。
そこにはすでに座布団が布いてあり、その上に座る鈴音と沙希。千坂は二人の後ろに控えている。
さすがに今日は親類の人達は居ないみたいだね。
部屋の中には源三郎と鈴音達、それと千坂の四人だけだ。そして源三郎はゆっくりと口を開く。
「悪いね鈴音さん、また呼び出してしまって」
「いえ、大丈夫です」
「そうかい」
さすがに源三郎も歳だし、昨日の山狩りで疲れが出ているのを隠し切れなかった。だがそれでも源三郎は鈴音達に向かって話を切り出した。
「昨日行われた山狩りについては聞いておるかね?」
「ええ」
「なら、羽入家からも人を出したのも知っているね」
「はい、聞いてます」
鈴音の答えに頷く源三郎。
「なら話は早い、昨日の山狩りでウチの若い物がこれを見つけたんでね。真っ先に鈴音さんに見せようと思って、こっそり持ち出してたんだよ」
……いや、お心遣いはありがたいのですが、いいんですか、そんなことをして。
そんな鈴音の心境を察する事無く、源三郎は後ろから小さな箱を取り出して、鈴音の前に差し出してきた。
……えっと、開けろってことですか?
とりあえず源三郎に目線を移動させる鈴音。源三郎が頷いて見せたので鈴音は箱を開けてみた。
……これって、……まさか。
驚愕の表情で固まる鈴音。それは隣から覗き込んできた沙希も同じようだ。
「鈴音、私これ」
それから先は言わなかった。まだそうだと決まったわけではないのだから。箱からそれを取り出す鈴音。
取り出したのはブレスレット、そんなに高価な物ではないがブレスレットの中心に長方形の形をした飾りが付いている。
鈴音はその裏を真っ先に見て再び固まり、沙希はそこに刻まれている文字を読み上げる。
「日頃の感謝を込めて、たった一人の妹より。間違いない! 私もこれ見たことがある」
「そうか、やはり」
そう、これは……姉さんのブレスレットだ! この形、この文字、忘れるわけが無い。私がバイト代を溜めて初めて姉さんにプレゼントした物だから。だから、見間違えるわけが無い!
「これ、どこにあったんですか!」
身を乗り出して源三郎に迫る鈴音を、源三郎は手で制すると、とりあえず落ち着かせる。
「まあ、落ち着きなさい」
「でも!」
「今日はそれを確かめたくて呼び出したんだが、どうやら当たりだったみたいだな。儂もそれには見覚えがあったしのう」
源三郎は腕を組むと何かを思い出したかのように語り始めた。
「静音さんはいつもそれを付けておった。よほど大事なものなのだろうと一度聞いてみたんだが、その時の静音さんは嬉しそうに妹が初めてプレゼントしてくれた物だって語ってくれたよ」
そっか、やっぱり姉さんはずっと付けててくれたんだ。
静音を思い出すかのように鈴音はブレスレットを見詰める。少し汚れているが、静音のに間違いはない。
ブレスレットを強く胸に抱きしめる鈴音、その隣で沙希が一番大事な事を聞き始めた。
「それで、このブレスレットはどこで見つかったんですか?」
「うむ、昨日の山狩りの際にな。ウチの若い衆が平坂洞、神社の裏手にある大きな洞窟なんだがな。その付近で見つけたそうだ。若い衆もそれに見覚えがあったから警察ではなく、儂の元へ直接持って来たと言うわけだ」
じゃあ、その平坂洞に姉さんが。
鈴音の思考を呼んだかのように源三郎が先に口を開いた。
「だが、この平坂洞は厳重に封印されておってな。誰も開ける事が出来ないんだよ」
「管理は誰がしてるんですか?」
真っ先に管理者を問いただしてくる沙希。もし静音が生きているとして、その平坂洞が関係あるなら管理者を訪ねるのが一番手っ取り早い。そう思い、源三郎に問いただすのだが、源三郎は困った顔になる。
「それがな、あの平坂洞の管理は代々神社が行ってきたんだ」
「ということは……水夏霞さんが?」
「いや、神社のお嬢ちゃんはまだ若いから、平坂洞の管理までしてたかどうか怪しいものだ。両親が健在なら管理してただろうが」
「でも、その付近でこれが見つかったんですよね!」
再びブレスレットを源三郎に見せる鈴音。源三郎は真っ直ぐに見据えてくる鈴音の瞳に頷いてみせる。
「なら、その平坂洞に行ってみよう!」
「鈴音、行ってどうするの?」
「そんなの分らないよ。けど、行ってみないともっと分らないよ」
相変わらずワケの分からない言い分ではあるが、もっともだと周りの者を納得させるだけの力があることだけは確かだ。
頷く源三郎にため息を付く沙希。どうやら沙希も覚悟を決めたようだ。そんな二人を見て源三郎は千坂に声をかける。
「千坂」
「はっ」
「二人を神社まで送ってあげなさい」
その言葉に鈴音は遠慮がちに源三郎に目を向ける。
「えっと、いいんですか」
「構わんよ、この村にいる間は千坂を好きなように使って構わんから。必要な時があったらいつでも千坂を使いなさい」
「はぁ」
そう言われても鈴音は困るだけだ。好きに使えといわれても、わがままを言うのは気が引けるし、あまり羽入家に頼るのも沙希や吉田が好まないだろう。
だが、ここはせっかくの好意だから甘える事にした鈴音は源三郎に向かって頭を下げる。
「ありがとうございました。いろいろと」
「構わんよ、これも静音さんのためさ」
そう言って遠くを見詰める源三郎。
……もしかして。
「鈴音、行くよ」
もう部屋を出た千坂と出掛かっている沙希が声を掛けてきた。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、気をつけてな」
そう言って慌しく部屋を後にする鈴音達。部屋に取り残された源三郎は昨日の山狩りですっかり眠そうな顔になっていた。
そんな時、障子が再び開いた。
「ああ、どうしたんだい」
急に優しい顔になって来客を呼び寄せる源三郎。その顔はすっかり笑みに戻っていた。
神社へ向かう車の中で、鈴音はじっとブレスレットを見詰める。
……やっと、そう、やっと姉さんの手がかりが手に入ったんだ。……平坂洞、どんな所か分らないけど、とにかくそこに姉さんの手がかりがある。
この来界村へ着てから初めて見つけた静音への手がかり。それが何を意味しているのかはまだ分からないが、平坂洞へ行けば何か他にも手がかりが残っているのではないかと鈴音は期待を膨らませていた。
そして車は平坂神社へと到着した。
「一応水夏霞さんに言っておいた方がいいよね?」
車から降りた鈴音は沙希と千坂にそんな事を言ってきた。
「そうね、確か……平坂洞は平坂神社で管理してたんでしたよね」
「ええ、そうです」
「じゃあ、言っておいた方がいいよね」
「そうかもしれませんが、あまり意味は無いと思いますよ」
「えっ?」
千坂の言葉に首をかしげる鈴音。そんな鈴音の代わりに沙希が千坂に尋ねる。
「それって、どういう意味なんですか?」
「先程源三郎様がおっしゃられたように、現在平坂洞はちゃんと管理してるかどうか分りません。それに管理してても意味はないものですから」
「それって、どういう意味ですか?」
更に突っ込んでくる沙希に千坂はどう答えたらよいものかと考え込んでしまった。だが、意外と早く結論を出したようだ。
「それは平坂洞を見てもらった方が早いでしょう」
視線を交わし首を傾げる鈴音と沙希。そんな二人を察して千坂はとりあえず水夏霞の家に案内すると言い出したので、とりあえず二人は水夏霞の家に向かう事にした。
そこは神社からほとんど離れてなく、境内に続く階段の脇にある家だ。
チャイムを押す千坂だが、中からは何の反応が返って来ない。
……あれっ、水夏霞さん居ないのかな?
だが千坂は何度もチャイムを押す。そんな千坂を見て後ろから鈴音がおずおずと声をかける。
「あの、水夏霞さんは留守なんじゃ」
「いえ、昨日の山狩りで徹夜でしたから、たぶんまだ寝てるのではないかと」
いや、それなら余計に悪いんじゃ。なら後で言っとけばいいし。
もう一度チャイムを押そうとする千坂を鈴音が止めようとした時、やっと中から反応があった。
『ふぁ〜い、どちらさまですか〜』
うわっ、凄い眠そうな声。
チャイム越しに聞こえてきた声に鈴音はびっくりするが、千坂は平然と口を開く。
「羽入家の千坂です。少しご用件があるので伺わせて頂きました」
『ふぇ! ちっ、ちょっと待ってください!』
急に家の中が慌しくなり、中には痛そうな音も聞こえてきたが、それでもすぐに玄関が開いた
「お待たせしました」
いや、水夏霞さん、慌てすぎですよ。
確かに、水夏霞の髪はボサボサだし、寝巻きとして着ている白衣も少しはだけているが、そんな事に構わず水夏霞は千坂を見上げる。さすがに羽入家というのもあるのだろう、水夏霞はかなり慌ててるようだ。
だがそれでもオズオズと口を開く。
「それで、どのようなご用件でしょうか?」
「少し平坂洞について尋ねたいことがありまして、それでこちらの方々に平坂洞を案内してあげたいのですが」
そう言って千坂は体を横にずらすと後ろに居る鈴音達を水夏霞に見せる。
「あっ、鈴音さん」
「水夏霞さん、おはよう〜」
笑顔で挨拶する鈴音に水夏霞も打って変わったように笑顔で挨拶を返してきた。そして沙希とも挨拶を交わす水夏霞。鈴音達と一緒という事で千坂の存在を忘れたかのように明るくなる。
「それで鈴音さん、今日はどうしたんですか?」
「ですから、平坂洞を案内したいのですが」
横から話しかけてきた千坂の存在を思い出した水夏霞は再び慌てる。
「えっ、あっ、そうでしたね、すいません」
慌てて頭を下げる水夏霞、そんな水夏霞を見かねて沙希が二人の間に割って入る。
「それでは千坂さん、平坂洞には水夏霞さんに案内してもらいます。千坂さんも昨日の山狩りで疲れてるでしょうから、今日はもういいですよ」
「いや、そういう訳には」
「それに、いつまでも水夏霞さんにそんな格好させてられませんし」
「えっ?」
沙希の指摘を受けてやっと自分の格好に気が付き、慌ててはだけた所を直しながら玄関の中に身を隠す水夏霞。
さすがに気まずい空気がその場を支配して千坂は居心地が悪いように頬を指で掻くと、しかたないと諦めたように大きく息を吐くと鈴音に向かって軽く頭を下げた。
「では、お言葉に甘えさせていただきまして、今日のところはこれで失礼します」
「いえ、こっちこそ、ありがとうございました」
「それでは」
車に戻っていく千坂に鈴音は大きく手を振りながら見送り、車が立ち去るまで鈴音達はその場から車が去っていくのを見続けた。
「あははっ、さっきはごめんね」
鈴音達を家の中に招き入れた水夏霞は申しわけなさそうにそんなことを言ってきたが、沙希はそんな水夏霞に向かって笑みを向ける。
「いえ、私達こそ、疲れているところに押しかけてごめんなさい。それにあの千坂って人は気が利かないから」
まあ、確かに若い娘があんな格好で出てきたら多少は気を使ってもおかしくない。というか、沙希にとっては気を使って当然だろうと思っている。その点にだけは鈴音も同じようだ。
「まあ、千坂さんは源三郎さんに忠実すぎるところがあるからね。それでもう少し、他の人にも気を回せたら良い人なのにね」
(いや、鈴音、私にはどこをどう見ても良い人には見えないんだけど)
そんな思いを視線に込めて鈴音に送るが、肝心の鈴音は水夏霞と話してて沙希の視線に気付く事は無かった。
そして鈴音の話が一段落すると水夏霞が立ち上がる。
「それじゃあ、私は着替えてくるね」
さすがにいつまでも寝巻きの白衣ではいられないだろう。だが、水夏霞は何かを思い出したかのように立ち止まると振り向いてきた。
「そういえば、もうそろそろお昼みたいだけど、ウチで食べてく?」
「えっ、もうそんな時間!」
時計に目を移す鈴音。確かに時計は一二時の少し前を示していた。
あ〜、駐在所や羽入家に行ってたからね。もう、そんな時間なんだ。
どのみち水夏霞に案内してもらうんだし、水夏霞にも何も食べないまま引っ張りまわすのも気が引ける鈴音達はご馳走になることにした。
「じゃあ、着替えてくるから」
そう言って部屋を後にする水夏霞。水夏霞が去った後、鈴音は先程出してもらった麦茶を一口飲むと沙希に向かって口を開く。
「それにしてもさ、なにもあんな強引に追い帰さなくても良かったんじゃないの?」
「千坂の事でしょ。ああいう無粋な輩は強引でも追い返したほういいの。それに水夏霞さんも居たんだし、まさかあの格好で水夏霞さんを引っ張り出すわけには行かないでしょ」
「まあ、そうだけどさ」
「それに、鈴音は羽入家に甘すぎるのよ。そのブレスレットだって私は怪しいと思ってるんだから」
「えっ?」
思いもかけない言葉に鈴音は驚きの言葉を返すが、沙希は麦茶を口にすると自分の意見を語り始めた。
「タイミングが良すぎるのよ。まるであらかじめ用意していたみたいじゃない。そのブレスレット」
「何のために?」
「もちろん、私達がこの村に来ている事を静音さん達に知らしめるため」
首をかしげる鈴音、どうやら良く分かっていないようだ。そんな鈴音に沙希は身を乗り出して説明を続ける。
「そのブレスレットが昨日の山狩りで発見されたって証拠が無いでしょ。もしかしたら、あらかじめ羽入家が隠し持っていた可能性だってあるじゃない」
「でも、そんな事をしてなんになるの?」
「一つは警察の介入を防ぐため、警察全体はともかく吉田さんは羽入家を深く疑ってるし、確か吉田さんって平坂署では刑事部長でしょう。証拠さえ見つかれば少なくとも平坂所の刑事達を動かせるだけの力を持ってる」
えっ! 吉田さんって警部だったの! 全然知らなかった。
沙希の説明とはまったく違う点に驚く鈴音、そんな鈴音を放っておいて沙希は説明を続ける。
「もう一つは私達。これは可能性で確証の無いけど、少なくとも源三郎は鈴音の存在を知っていた。そしてもしからしたら、この来界村に来る可能性がある。それを利用するため」
「利用するためって、どういう風に」
「もし、静音さんがどこかに隠れてるなら、私達をエサに引っ張り出せる。そうすれば私達もろとも邪魔な者達を一気に始末できる。そして……静音さんが、死んでいた場合。私達に情報を提供する事で静音さんの……死亡を確認できる」
最後の方はあまり口にはしたくないのだろう。沙希の声が少しずつ小さくなっていく。確かに現状で静音が生きている可能性は低いといって、いや、沙希はもうそこに希望は持ってないだろう。
だが羽入家は別だ。静音の生死が確認できない以上、むやみやたらに動き回るわけには行かない。そこで羽入家の変わりに動いてくれる人物がやってくれば丁度いい。
そして、来界村にやって来たのが鈴音達。羽入家にとってこれほど適した人材は居ないだろう。羽入家とはまったく関わりが無く、しかも静音を必死になって探してくれる。そうなれば自分達が動かずとも静音の生死が分かるし、もし邪魔になるようなら一緒に始末してしまえばいい。
だが、あまり好き勝手に動き回られて自分達に知らない情報を持たれても困る。そこで監視役として千坂を付けたのだろうと沙希は考えているようだ。
確かに沙希の言っているのが正しいのかもしれないけど……
それでも鈴音の頭には先程源三郎が見せた遠くを見つめる瞳に感じた物を信じたい。
源三郎さんは、たぶん姉さんを……。けど、そう考えれば一応説明が付くんだけど、沙希も吉田さんも信じないだろうな。私だって正直信じ難いし。……けど、もし、源三郎さんが私の思ったとおりの人なら、その可能性が大きいんじゃないかな。
鈴音も沙希も無言で麦茶を喉に流し込む。
……確かめないといけないかな。源三郎さんの隠している気持ちを。でも……そう簡単には話してくれなさそうだよね。まあ、源三郎さんの性格なら隠したい気持ちも分るけど、それが確かなら羽入家を味方だと証明出来るんだけど。
だが全ては源三郎が隠し持つ胸の内、どうやって実証していいものやら分からない、確証も無いけど、鈴音はそれを信じたかった。いや、もう信じているのかもしれない。
鈴音はもう一度ブレスレットを取り出してみる。その静音のブレスレットは確かに泥で汚れているが、すでに固まっており、いつ発見されたものだか分らない事も確かだ。
それでも、ブレスレットを返してくれた時の源三郎を思い出すと、とても沙希が言う思惑があるとは鈴音には思えなかった。
結局、どっちの意見が正しいのか分らないまま、鈴音はブレスレットを見詰めて、静音の事を思い出す。
「ただいま〜」
いつものように帰宅する静音。
「おかえり〜」
それをいつもと違うように笑みを浮かべながら迎える鈴音。そんな鈴音に静音は不思議そうな顔をしながらリビングに入るとバックを降ろす。
「どうしたの、今日は随分とご機嫌ね」
「えへへっ」
だが鈴音は笑うだけでその理由を話さない。そんな鈴音に静音は首を傾げるが、鈴音は早く着替えて来るように静音の部屋に押し込んでしまった。
しかたなくスーツから普段着へ着替えた静音は再びリビングへ戻ると、そこには両手を後ろに満面の笑みを浮かべている鈴音が立っている。
「一体なんなの?」
困惑する静音の前に立つ鈴音は後ろに回していた両手を静音へ差し出す。鈴音の両手にはラッピングされた小さな箱が乗っている。
「これは?」
困惑の顔で聞いてくる静音に鈴音は笑みを絶やす事無く答えるだけだ。
「私から姉さんへのプレゼント」
「プレゼント?」
「うん、開けてみて」
鈴音の笑みと箱を交互に視線を移動させた静音は、鈴音の言ったとおり箱を手に取り封を解く。そして中から出てきたのはブレスレットだ。
「鈴音、これ!」
驚く静音だが、そんな静音の驚きを無視するように鈴音はそこから離れてテーブルの椅子に座る。
そこから無言で笑みを向けてくる鈴音。どうやら付けてみてといいたいのだろう。
箱を適当な場所に置いた静音はブレスレットを付けてみようとするが、ブレスレットの裏側に刻まれた文字に気が付く。
『日頃の感謝を込めて たった一人の妹より』
「あっ、鈴音」
「うん、私、ずっと姉さんに頼りっぱなしだったから、だからバイト代を溜めて、日頃の感謝を込めてのプレゼント」
「……鈴音」
ブレスレットを握り締めると、静音は鈴音の元へ行き、鈴音の頭を抱きしめる。
「……ありがとう」
「それはこっちのセリフだよ。いつもありがとう姉さん」
静音から離れる鈴音。静音の目には涙が溜まっており、それを見た鈴音は笑みを浮かべる。
「付けてみて」
笑顔でそう言ってくる鈴音に静音は涙を拭うとブレスレットを付けてみる。
「似合ってるでしょ。姉さんに似合う物を探し出してきたんだから」
「……そうね、ありがとう。大事にするね」
「うん」
静音も再び涙を溜めながら、それでも笑顔を鈴音に向ける。その静音の笑顔に鈴音も笑顔で返す。
それが初めて自分の力で静音に笑顔を与えた瞬間だった。だから鈴音にとっても、その時間は幸福で忘れる事が出来ない大事な思い出となっている。
「……音、鈴音」
「えっ!」
突如、呼ばれていることに気付いた鈴音は慌てて顔を上げると、そこには驚きの表情で鈴音を見ている沙希がいた。
「えっと、沙希、どうしたの」
「それはこっちのセリフ、鈴音、なに泣いてんのよ」
「えっ?」
沙希に言われてやっと自分が涙を流している事に気が付く鈴音は急いで涙を拭う。そして沙希に向かって笑みを向けるの。
「あははっ、ごめんね」
だが沙希は急に膝で立つと思いっきり鈴音の頭を引っ叩く。
「う〜、痛いよ、沙希」
再び涙目になって沙希を見上げる鈴音だが、そんな鈴音に沙希は思いっきり指差してきた。
「なに無理してんのよ、今は私だけしか居ないんだから、無理する必要なんて無いでしょ」
そう言って来る沙希に鈴音は驚きの表情を浮かべるが、すぐに俯きまた泣きそうな顔になって行く。
それを見ていた沙希は溜息を付くと、座り直して鈴音に話しかけてきた。
「静音さんの事……思い出してた」
「……ちょっとね」
「……そう」
沙希は片肘を付き顔を支えると外に目を向ける。
「……ねえ、鈴音」
「なに?」
「……ううん、やっぱりいいや」
「んっ?」
鈴音は顔を上げて沙希を見るが、沙希は何か考えているように外を見詰めていた。その事に首を傾げる鈴音。だが沙希に胸の内には、鈴音と同様に静音の言葉が眠っていた。
(大丈夫だよ、静音さん。私は……)
結局、沙希がそんな状態なので無言の空気がその場を支配する。
それから数分後、着替えを終えた水夏霞が戻ってきた。水夏霞は普段着ではなく、いつもの巫女服だ。
「というか水夏霞さん、なんで巫女服」
「あっ、これ、私一応神社の管理してるじゃない。だから神社に行く時は必ず巫女服を着ているようにしてるの」
「そうなんだ」
「それじゃあ、お昼用意するから、それから平坂洞に行こうか」
「あっ、手伝います」
立ち上がる鈴音と沙希。鈴音は静音が働きに出ていたため、沙希は一人暮らしのため、料理どころか家事は得意だ。
だから三人でわきあいあいと昼食の準備に取り掛かる。さすがに三人も若い女性が並べば賑やかなものだ。
そして昼食を終えて、その片付けまで手伝った鈴音達はやっと平坂洞に向かって出発する事になった。
そこでなにが待っているかは分らないが、源三郎の言ったとおりならそこに静音の手がかりがまだ残っているかもしれない。
そんな期待を胸に秘めて鈴音は平坂洞に向けて出発した。
そんな訳でお送りしました。断罪の日、十七話、いかがでしたでしょうか。
今回はやっと静音の手がかりが出てきましたからね。しかも、羽入家から。そして鈴音が気が付いた源三郎の思いとは。
……う〜ん、まあ、今回は静音の話になってしまいましたね。まあ、これも重要ですからね。なにしろ、鈴音達は静音を探しに来ているのですから、連続殺人が疑惑を残してようと、静音優先になってしまうんですかね。
さてさて、連続殺人も落ち着いてきたことですし? まあ、これから数話は静音のことやら、余計な事やらの話で進んで行きますが、実は内心ドキドキだったりもします。
いやね、今までの話でもかなり真相に近い事を書いてますからね。もちろん、ダミーも含まれてますよ。それを皆さんがどう推理してくれているのか、もしかしたら、もう真相に気付いている方もいらっしゃるのではないかと思うと結構ドキドキです。
まあ、まだ重要な部分は出していないので大丈夫かと思いますが、よかったら真相を推理してください。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております
以上、すっかり暑さでまいってる葵夢幻でした。