表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/31

第十六話 山狩り後

 ゆっくりと目を開ける鈴音、そこには何度か見た天井が広がっていた。

 ……あれっ、なんで誰も起こしに来ないんだろう?

 普段なら沙希が無理矢理叩き起こすのだが、今日に限ってはそれは無かった。まあ、未だに眠気がある鈴音にとっては好都合なのだが、鈴音には姉を探すという使命がある。だからだろう、眠い目を擦りながら体を起こしたのは。

 それから布団をたたんで着替えて鈴音は居間へと向かう。

 あれっ、なんか騒がしいな。

 確かに琴菜と沙希だろうか、どうやら騒がしく話しているようだ。そんな中に顔をみせる鈴音。そこには激しく攻め立てる沙希と、どう見ても動揺してる琴菜の姿があった。どうやら美咲は未だに寝ているらしい。今日は休学になっているのだからいいのだろう。

 そして状況を確認した鈴音はまず、考え込んだり、激しく喋ったりしている沙希へと声を掛ける事にした。

「沙希、どうしたの?」

 その問い掛けにやっと鈴音の存在に気付いた沙希と琴菜。そして沙希はすぐに鈴音を座らせると慌てながら喋り始めた。

「いい鈴音、落ち着いて聞いて」

「その前に沙希が落ち着いて」

 その言葉にやっと自分が動揺していることに気付いた沙希は、二、三度深呼吸すると平常心を取り戻してゆっくりと鈴音の目を見て静かに口を開く。

「秋月が……死んだ」

「ほへっ?」

 あまりにも予想外の言葉に変な返事を返す鈴音。

 えっ、あれっ、ちょっとまって、昨日秋月さんが犯人だって事になって、皆で山の中を探し回ってたんだよね。なのになんで秋月さんが死んでるの。だって連続殺人事件の犯人でしょ。

 思いもよらなかった事態に鈴音もパニック寸前にまで陥るが、なんとか平常心で押し留める。

 いやいや、ちょっとまって、秋月さんが死ぬにしても、どういう状況で死んだのか、それが分らないと何も分らないんじゃないかな。

 確かに、鈴音は秋月が死んだとしか聞いていない。その他の情報は未だに沙希の口からは語られていなかった。

「それで沙希、なんで秋月さんが死んだわけ?」

 それが一番の疑問点である。だが沙希は確実ではなく噂である事を告げてからことの真相を話し始めた。

「たぶん、自殺って皆は言ってる。追い詰められて自殺したんだろうって。でも不思議なことがあるみたい」

「不思議な事って」

「自殺なら当然自殺に用いた凶器が残ってるはずでしょ。どうやら日本刀を胸に一突きで自殺したみたいなんだけど、その凶器が残ってないのよ」

 だが凶器が残ってないという事は単なる自殺というわけには行かなくなる。もちろん、他殺もありえる。あの時は山狩りで暗い山の中を大勢の人間がいたのだから、その中の一人が少しの間だけ消えても分からないだろう。その間に秋月を殺して元のグループに戻ったとも考えられる。

 だがその噂はそれだけでは収まらなかったらしい。最後には玉虫様の祟りと言うことで御神刀が秋月を突き殺した。などという話も出ている。だが、どちらにしても、このままでは状況がつかめないことは確かだ。

 だが沙希には一つの通説を唱えているようだ。

「やっぱり羽入家よ! 昨日の山狩りだって羽入家の人間が入ってたって言うし。秋月を始末したのは羽入家の人間に間違いない!」

 どうやら沙希は未だに羽入家の疑惑を捨てきれないようだ。確かに今回の事も羽入家の力なら可能かもしれない、昨日の山狩りにも数人が参加している。そして秋月が不要になったから始末したとも考えられる。

 開発中止の手段として秋月を廃人に見立てて、そのまま殺人を繰り返す。中には秋月自身がやったものも無いだろう。つまり、他にも殺人者がいるということだ。そうする事で秋月の容疑が無くなる。そして同じ手口の殺人で犯人が別にいれば、他の人は犯人は一人だと思うだろう。

 そうなってくるとやっぱり羽入家が怪しくなってくる。かなりの組織力を持つ羽入家なら、それぐらいのことはやってのけるだろう。

 だが鈴音にはどうも引っ掛かる事があった。それが静音だ。羽入家の当主、源三郎は一度は開発の許可として静音を名指しで協力するように言い渡している。この時点で、羽入家が開発を許可したとみてもおかしくは無い。

 だが、その後に起こった静音の失踪が事をより事態が深刻にしている。こうなってしまっては羽入家を疑うのも無理は無いが、それでもあの源三郎がそこまでして静音を始末する口実が無い

 だからだろう、鈴音が羽入家犯人説に異論を唱えないのは。

 それでも鈴音は先程琴菜が用意してくれた朝食を食べながら喋り始める。

「けどさ、どちらにしろ詳しいことが分らないと判断できないんじゃない」

 まあ、確かにそのとおりである。鈴音達は警察でも探偵でも無い、ただの女子大生である。そんな者の元へ素直に情報が降りてくるはずが無かった。そして鈴音もそれで諦めるような性格ではなかった。

 鈴音は朝食をかき込むと琴菜にご馳走様と言ってから自分の部屋に戻ると、すぐに出かける準備に入る。その鈴音の横で沙希も同じように出かける準備をしている。しかも、武器となるグローブまで用意している。

 その様子を見て鈴音は一応聞いてみる。

「やっぱり沙希も行くの?」

「当たり前でしょ。現状では何も分ってないから、まずは情報収集からよ」

 どうやら鈴音の考えはお見通しらしい。鈴音もこのまま噂に振り回されるよりか、吉田か金井に確実な情報が欲しい。そうでないと正しい判断は出来ないし、これからの動き方も分らなくなってくる。

「それで鈴音、まずはどこから行くの?」

 沙希の問に鈴音は考え込む。

 確か吉田は山狩りをしていたから現在の所在は確実に分かっていない。そうなると、確実な情報を持っていながら、事件の詳細を教えてくれる人物となると……。

「駐在所」

 とはっきり言った。

 鈴音が駐在所に決めたのには幾つか理由がある。その第一に金井がいることだ。金井は昨日の山狩りに参加しており、そのうえ来界村の駐在だから警察の事情にも詳しいはずだ。

 それに事態が一段落しているなら金井が駐在所にいる可能性が高くなる。それに吉田の名前を出せば確実に事件の詳細を教えてくれるだろう。

 そして第二の理由がその吉田だ。吉田はよく来界村の調査では駐在所を使う事が多い。まあ、来界村では唯一の警察施設だからしかたないのだろうが、そこに戻っている可能性がある。そうなれば吉田から、もっと詳しい事情が聞けるはずだ。

 だからこそ、鈴音はこれから行く先を駐在所へと定めて、琴菜に一言掛けてから出かけていった。



 ……えっと、この駐在所はいつからこんなに賑やかになっているの?

 鈴音がそう思うのも無理は無い。なにしろ駐在所の周りには幾つものパトカーが止まっており、警察の人間が忙しそうに動き回っているのだから。だが、その様子から見ても噂は先程の信憑性を増していた。

 そして鈴音達は駐在所の横に大きなシートが敷かれているのを尻目に駐在所の中に入って行った。

 外では警察官が大勢忙しそうに動き回っているのに、駐在所にいる吉田は不機嫌な顔でタバコを吸っていた。

 あっ、やっぱりここにいたんだ。

 吉田の存在を確かめると鈴音は声をかける。

「あの、吉田さん」

「えっ、あっ、なんだ鈴音さんですか」

「はい」

 そう言って吉田はタバコを揉み消すと鈴音達のほうへ振り向く。

「それで今日は何の用ですかと、言いたいところですが、もう噂は村中に広まってますし、外のあれもそのうち知れ渡るでしょう」

 そう言って吉田が指差したのは大きなシートに何かしらの布をかけられたものだった。

「あれは一体なんですか?」

 その質問に吉田は俯いて少しだけ考えると、再び鈴音達に振り向く。

「まあ、隠しておいてもすぐに知れ渡る事ですからね。なにしろ、この来界村は面積は広くとも人口は少ないですからね。ですから、妙な噂が流れているわけですよ」

 確かに来界村の人口はせいぜい四〇〇人いるかどうかぐらいの小さな集落だ。そんな中での大事件である。そのうえ田舎という物は近所の付き合いが強いらしく、それらしい噂はすぐに流れるようだ。

 だからだろう、吉田は思いっきり溜息を付くと再びタバコに火を付けた。

「それであれは一体?」

 再び問いただす鈴音。そんな鈴音に吉田は一瞬だけ悔しげな顔になると、すぐに疲れた顔になり、外のシートを指差した。

「あれは青年団の死体ですよ」

「えっ?」

 思いがけない言葉にワケも分からずに動揺する鈴音。沙希もその言葉には固まっているようだ。

 そんな二人を無視して吉田は死体の事を話し始めた。

「山狩りは何組かに分かれて行われていたんですがね。追い詰められて正気を失ったのか、それとも狙っていたのか分りませんが。青年団の一組が突如秋月に教われたみたいで、他の組が悲鳴を頼りにその場所へ辿りつた時には、すでに首なし死体で地面に倒れてたんですよ」

 えっと、それってつまり。

 そう、どういう経緯かは分らないが、秋月が青年団の一組に襲撃を掛けて全員を惨殺した事には間違いないようだ。

「それじゃあ、あそこにあるのは」

「ええ、惨殺された一組五人の死体ですよ」

 鈴音は駐在所から身を乗り出してシートの上を確認するが、すでに鑑識も終わっているのか、遺体は丁寧にモーフのような物が欠けられていた。

 その様子からすると吉田の話は確かなようで、あそこには五人の死体が並んでいるのだろう。そう思うと鈴音は気味が悪くなり、駐在所の中に引き返した。

 だが沙希は意外と冷静に現状を判断しているようだ。

「窮鼠猫を噛む、という事ですかね」

「こっちとしては噛まれたどころか、足の二、三本を持っていかれたような気分ですよ」

 つまり二人とも自棄になった秋月が青年団に襲い掛かったものだと思っているのだろう。確かに犯行現場を見られたうえ、山の中に逃げ込んだ秋月が自棄になって、そのような行為を行ってもおかしくは無い。だが鈴音には何か引っ掛かるようだ。

 ……秋月さん、本当に自棄になってやったことなのかな。第一、逃走中の身なのに五人もの人を殺して首まで持ち去っているなんて。……なんか、話が出来すぎているような気がする。そして犯人の秋月さんはそのまま自殺。確かにすんなり話が通るけど、あまりにも出来すぎてるんじゃないかな。……あっ

 やっとここへ来た目的を思い出した鈴音はその事を吉田に聞いてみる。

「吉田さん」

「なんですか?」

「秋月さんって自殺したんですよね。しかも胸を一突きで即死している。これって本当に自殺なんですか?」

 そう聞かれると返答に困るのか吉田は紫煙をくゆらせながら考え込む。確かにその点だけは不可思議だ。もちろん、そんな死に方をしているのだから他殺の線も考えられる。

 だがそうなると、警察の情報を漏らすことになってしまう。今回の事件に鈴音は静音を通して深く関わっているが、それだけで全てを話すわけには行かないのだろう。

 それでも静音が今回の事件と無関係と立証されたわけではないし、未だに山中に潜んでいる可能性すらある。だからこそ、鈴音という存在が重要になってくる。

 もし、今回の殺人が静音の犯行なら鈴音を使って説得や交渉の材料に出来る。犯人で無い場合でも今回の事件と静音が繋がっているなら、必ず鈴音に何かしらの変化があるはずだ。

 そこまで考えると、このまま鈴音を味方に付いておいた方が今後の展開にとって有利に運べる。

 そう結論を出した吉田は鈴音に振り向くことなく、そのままの体勢で答えた。

「確かに秋月の死に方は自殺とは言いにくいのですが、他殺と決める手段も無いのですよ。それに秋月はすでに連続殺人犯と断定されている。それが死んでしまっては、捜査事態が打ち切られる事態になりかねないんですよ」

「でも、確かに他殺とは言えませんが、自殺とも言えませんよね。なにしろ凶器がなくなっているですから」

「ええ、そのとおりです。秋月の胸を一突き、しかも心臓を貫いた凶器は未だに発見されていません。その周辺を未だに捜索していますが、それらしき物は未だに発見されたと報告が無い以上。確実に言えることは一つだけです」

 吉田はタバコを灰皿に置くと真剣な眼差しで鈴音達のほうへ振り返る。

「秋月が死んだ後、誰かしらが凶器を秋月の体から抜き取り、持ち去ったという事です」

 確かに、現状で確実に言えることはそれだけだ。後は何も分かっていない。というより、何一つすら断定できない。

 幾つもの線があり、その全ての線が全部疑わしく確証がない。こうなってしまってはどう捜査していいのか迷うばかりだろう。

 その事を考えると嫌気が差して来たのか、吉田は再びタバコを口に戻して紫煙をくゆらせる。

 だが迷っているのは鈴音達も同じだ。だからだろう、鈴音は机に身を乗り出すと吉田に尋ねる。

「吉田さん、昨日の事を詳しく話してはくれませんか」

 そう言われても吉田にも警察としての守秘義務がある。どこまで話していいものかと悩んでいるようだ。

 そんな時に外の用事が終わったようで金井が駐在所に戻ってきた。

「いや〜、大変な事になりましたね。ですが、これで事件は解決ですかね」

 随分と楽観的な金井に丁度いいと思ったのだろう、吉田は奥に戻ろうとする金井を引き止める。

「丁度良かった。金井君、昨日の事を詳しく話してくれないか」

「はぁ、昨日の山狩りですか?」

「そう、そのことをより詳しく話して欲しいんだ」

 どうやら金井に話させることが吉田にとっては都合が良いのだろう。鈴音達は偶然その場に居合わせたことにして、別方面からの話しも聞けるからだ。

 吉田も昨日の山狩りに参加していたが、連絡を受けて到着した時には全てが終わっていたときだった。途中で殺された青年団の死体はすでに運び出されており、山頂近くの岩場で自殺した秋月の鑑識も終わりかけていた。

 だからこそ、吉田自身もその時の状況はよく把握していなかったようだ。後から聞いた報告だけでも衝撃的だったもので、吉田はこれからの捜査方針をどうするか迷っているようだった。

 だがそれは上が判断する事、ここで秋月が他殺と証明できて捜査を続行できれば吉田にとても好都合だ。

 だからだろう、鈴音達も同席を許したのは。

 そして吉田は昨日の出来事を話し始めた。



 昨日私達が担当区域は神社周辺でしてね。その中を警察官の組と、青年団との組で分かれて探し回っていたんですよ。

 そして時間は零時近くなって、この付近にはもういないんじゃないかと思ったときですよ。突然悲鳴が聞こえたんですよ。けど場所は山の中で音は反響してどこから聞こえてきたのはちゃんと判別できなかったんです。

 そして警察官の組から連絡を受けて私がその場所に辿り着いた時には、すでに五人は殺されており、首はもうありませんでした。

 まさか追っているこっちがこんな被害に遭うとは思いませんでしたよ。けど、その場話し合いで秋月はこの付近にいると判断してなるべく固まって動くようにしたんですよ。そうすれば秋月も襲いづらいだろうと思いましてね。

 それから神社から羽入家の方へ探索を進めた時でした。突如誰かが争っているような、怯えている叫び声のようなそんな声が木霊してきたんですよ。

 なんか「やめろ!」とか、「これ以上は巻き込むなとか!」そんな叫び声が聞こえてきましてね。それでそっちに方角に向かって進んでいったんですよ。

 そうしたら見晴らしの良い場所に出ましてね。そこには村長が建てたオブジェがありまして、その近くで秋月が倒れてたんですよ。どうやら突き刺されてからそんなに時間は経って無いようでしてね。その時はまだ血が流れ出てたんですよ。それから無線で場所を全員に伝えて、結局なんだかんだの騒ぎでこの有様ですよ。



 そう話し終えた金井は外の様子を指差す。確かに外では未だに殺された青年団の確認などが行われている。

 そして全ては話し終えた金井は吉田に許可を貰って奥へ引っ込んでいってしまった。

 取り残された鈴音達はそれぞれに各々の推理を展開しているようで、鈴音もまた、金井の話について考えていた。

 う〜ん、それにしてもそんな経緯があったなんてね。でも……やっぱり気になることがあるのは確かね。

「あの……これは仮説なんですが」

 突如口を開いた沙希に鈴音は思考を中断させると吉田も一緒にそちらへ向く。

「もし、羽入家と秋月が繋がってるとしたら、今回の事件が見えてきませんか」

「どういう意味です?」

 更に深い説明を求める吉田に沙希はお茶で喉を潤すと自分の仮説を喋りだす。

「つまりですね、今までの連続殺人事件は羽入家が裏で何人かの人間に殺人をやらせていたんですよ。そして今回は秋月が見つかった事で羽入家は秋月を切り捨てることにした。だから秋月は自殺ではなく羽入家に抹殺されたんじゃ」

「ふむ、確かにそお考えれば筋は通りますね。金井君が聞いた叫び声もそれで説明が付きます」

 つまり秋月は以前から羽入家の指示に従って殺人を繰り返しており、そこに犯行現場を見られたという失態を犯した。当然秋月自身も慌てふためくし、羽入家にとってもそれは大きな損害となる。

 そこで羽入家は秋月に逃がしてやると嘘の情報を流して、その指示に秋月は素直に従った。そうでなければ秋月がわざわざ山の中に逃げ込むとは思えないし、羽入家を信頼していた秋月も自分を逃がしているともらえると疑わなかった。

 まさか秋月自身もそこで自分が殺されるとは思っていなかっただろう。だから素直に山中に身を隠して、羽入家近くに潜んでいた。そして山狩りの最中に秋月と合流した羽入家は秋月を抹殺した。

 確かにそう考えれば筋は通る。だからこそ、沙希は今朝から羽入家の事について疑っていた。だが鈴音にはどうしても拭いきれない疑惑があるようだ。

 確かに羽入家はこの村でかなりの権力を持ってるし、村人も羽入家には逆らえないだろうけど。なんでわざわざ秋月さんを使ったんだろう。羽入家の組織力なら羽入家の力だけで連続殺人は実行できるのに、そこに村人である秋月さんをあえて使った理由はなんなんだろう。

 そう考えれば確かに疑惑は生まれる。だが鈴音にはもっと納得が行かない点があった。

 それに殺された青年団の人達もそうだ。まるで狙っていたかのように襲い掛かって、しかも首まで持ち去っている。普通に逃げているだけならわざわざそんな事をする必要は無いし、まるで山狩りを利用して連続殺人の続きをやっているように感じるのよね。

 だが犯人である秋月はもう死んでいる。確かに他殺の線があり、再びこの惨劇が起こる可能性も捨てきれない。だからといって新たに容疑者が浮かび上がったわけではない。

 結局、目の前にある真実は一つだけである。それは秋月の死、それが事件の終幕に繋がる事になるのかは分からないが、最大の容疑者が死んだことは確かだ。

「あっ!」

 それぞれが考えにふけっている時に、鈴音は何かを思い出したかのように声を上げた。

「どうしたんですか?」

 吉田が聞くと鈴音も吉田に視線を合わせる。

「そういえば、青年団の人達が殺されたときには、もう首は無かったんですよね。その首は一体どうなったんですか」

「そのことですか」

 吉田は疲れきったような顔で肩肘を机に頬をで頭を支える。まあ、その態度だけで分りそうな物だ。

「今のところ見つかっていません。これまでの被害者同様、どこかに隠したようですが、その在り処は未だに分かっていません」

「そうですか」

 そうなるとますます鈴音の疑惑は深くなっていく。

 なんで追われている最中に秋月さんはわざわざそんな事をしたんだろう。追われていることは分っているのに、その中で新たな殺人を犯すなんて、しかも狙い済ましたように今度は誰も犯行現場を見ていない。う〜ん、なんだろう、何かが秋月さんに殺人をさせる理由でもあったのかな。

 もうこうなってくると分からない事だらけだ。だからだろう、鈴音自身がそんな事を言い出したのは。

 勝手に駐在所の机に座った鈴音は何かノートのような物を探すと、適当に書けるものを発見して、それを机の上に広げる。

「とりあえず、分からない事だらけだから少し事件を整理してみようよ」

「そうね、確かに秋月には不可思議な行動が多すぎる。それに羽入家近くで死んでるって言うのも気になるしね」

「まあ、そう捜査に協力してくれるなら私は構いませんがね」

 吉田の許可もでたので鈴音は事件を整理すべくペンを取る。

「それじゃあ、どこから始めます」

「なら山狩りの最初から話しましょう」

 そう言って吉田は山狩りについて語り始め、鈴音は山狩りについてまとめて行った。



山狩り

 山狩りは警官二〇〇名、青年団五〇名、それから羽入家からも数人加わっていた。羽入家の人間はそのまま青年団に入ったようだが、指示を出す集会所には警察と一緒に羽入家の面々も顔を出していたようだ。

 そして平坂方面にはすでに包囲網が布かれており、そちらに向かう可能性は無いと見て、逆方向である村の山奥を探索する事に決まった。

 確かに来界村を囲む山は深いが決して抜けられないわけではない。登山ルートは無いが、山中を歩いていけば来界村を出る事も可能だ。だから山狩りは平坂方面を除いた山中を中心に行われた。

 そして組み分けは一組に五人、青年団と警官隊との混合編成でそれぞれの方面へと探索を始めていった。

 探索範囲は大きく分けると三つ、まずは村長宅がある村の東側、平坂神社がある北側、そして羽入家がある西側に分かれて探し始めた。そして南側にある平坂方面には厳重な包囲網が引かれた。それにうまく平坂に逃げ込んでも、その後が続かない。なにも準備が無いと思われる秋月がそのまま公共施設を仕えるわけが無いし、青年団を殺したときに返り血を浴びてる可能性だってある。だから逆に平坂に逃げ込むのは危険だ。

 だからこそ、秋月は平坂とは反対側である神社方面へと逃げ込む事にしたようだ。



「そして神社方面の山中で五人の青年団を殺してる、ということかな」

「まあ、金井さんの話だとそうなるね」

「では次は青年団殺しについて整理してみましょう」



青年団殺人事件

 いくら警官との混合編成と言っても山中を一緒に周るわけには行かない。だから、各方面のリーダーがそれぞれ警官隊と青年団に指示を出していたようだ。だからだろう、青年団が孤立してもおかしくないのは。

 そして完全に孤立した青年団を狙ったかのように襲い掛かった。どうやら全員一刀のもとに切り伏せられたらしく即死だったらしい。それでも断末魔は山中に木霊し、それを聞いた金井を含めた神社方面は悲鳴が聞こえた場所に向かって集結した。

 そして第一発見者達が着いた頃にはすでに首は切り落とされ、死体だけが取り残されていた。

 そして神社方面の探索隊が集結すると、全員で固まって辺りを探索したが秋月を見つけることは出来なかったらしい。どうやらその頃にはすでに羽入家方面に逃走していた可能性が高い。

 それにそれだけの事をしたのだから、この付近にいる可能性は低い。だからだろう、北側の神社方面の探索隊が東西に分かれて探索を始めたのは。



「とまあ、こんな感じかな?」

「ええ、大体そんなもんでしょう」

 整理された紙を見詰めて吉田は頷いて見せた。

「じゃあ最後は、秋月さんのことね」



秋月の死亡

 青年団の殺害により、神社付近には潜んでいない可能性が高く、捜索隊を羽入家方面と村長宅方面へと移す事になった。

 そして金井は羽入家方面を担当しており、羽入家の山奥を探している最中だった。突如、言い争うような声が聞こえてきた。というよりも、一方的に脅されているような感じと言うのが適切だろう。

 どちらにしても、その声に聞き覚えがある青年団の一人が、この声を秋月の声だと判明すると探索方面を全て羽入家方面へと集合させた。

 羽入家の裏側は山になっており、そのまま羽入家に入る事も可能だが、羽入家の人間も警備に当たっている以上、羽入家に近づくわけにも行かなかった。

 だからだろう、秋月は来界村の端、つまりは羽入家の裏手にある場所に辿り着いたのは。そこは見晴らしも良く、村長が建てたオブジェがあった。たぶん待ち合わせだろう。確かにあのオブジェは目印になる。

 そこで秋月は誰かと言い争うというか、脅されているように悲鳴を上げている。

 そして悲鳴を聞きつけて駆けつけた探索隊により秋月の遺体が発見された。

 死因は鋭利な刃物、刃渡りも長く日本刀のようなもので心臓を一突き、それはまるで誰かに刺されたようにも見えるが、自分でさしたようにも見える。なにしろ死体が発見された時には秋月は膝を付き、まるで胸に刺した刀を手にしているような形で俯いていたのだから。

 確かにそのような姿で死んでいれば、自分で突き刺したようにも見えるし、人に突き刺されたようにも見える。だがどちらにしても確実な事は一つ。それは秋月を刺した凶器が見つかっていないという事だ。

 他殺にしろ自殺にしろ、秋月が死んだ後に誰かが抜き取って持ち去った事は確かだ。



「こんなもんかな」

「まあ、だいたいこんなもんでしょう」

 整理し終わった用紙を見て鈴音は改めて、このことが不可思議でならなくなってきた。確かに追い詰められて自殺したと言うなら分る。だがその途中で人殺しをしたり、誰かが凶器を持ち去ったりするものだろうか。

 整理してますます不可思議な点が浮かび上がってくるこの事態。もう、どうしてよいのやら迷っている時だった。突如、駐在所に一人の人物が尋ねてきた。

「こちらでしたか」

「千坂さん!」

 尋ねてきたのは千坂だった。あまりにも意外な人物の登場で驚く鈴音達だが、千坂は鈴音に用があるのか、真っ直ぐ鈴音の元へと向かう。

「源三郎様がお話があるようです。それからお渡ししたい物も。なので、これから羽入家へご足労願いますか」

「話って一体なんですか」

 鈴音を守るかのように間に入る沙希。だが千坂はそんな沙希にも嫌な顔一つせずに、自分が知っている事だけを話した。

「どうしても鈴音さんに見せたい物があるようです。詳細は知りませんが、どうかご足労下さい」

 そして丁寧頭を下げる千坂。そんな千坂を見て鈴音は立ち上がる。

「分りました。じゃあ、これから羽入家に行こう」

 その言葉に驚きを見せる吉田と沙希。だが千坂がいる以上はあまり大げさに騒ぐ事は出来ない。だが鈴音はそんな二人を気にすることなく、千坂に導かれるままに駐在所を出て行こうとする。

 その後を慌てて追う沙希、吉田に至っては頭を抱えているようだ。もう何を言っても無駄だと諦めているようだ。

 そんな事もあり、思いがけず鈴音達は羽入家へと向かう事になった。







 はい、ますます謎めいてきたこの事態、一体どう解決するんでしょうね。まあ、いろいろと皆さんも推理しやすいように所々に事件を整理していきますので考えてみてください。

 さてさて、そろそろいろいろな事が起き始めたこの断罪なんですが、……なんか、意外と早く終わりそう? 

 いやね、最初の頃はかなりの話数を使うと思ってたんですがね。気が付けばもう鈴音達が来界村に着てから三日経ったんですよね。残り数日、このペースで行ったら意外と早く終わるかもしれませんね。

 というか、この時点ですでに犯人が断定できるような事を少し少し書いてはいるんですがね。まあ、まだ書いてないものも多いですが、その中にはもちろん、読者の皆さんを騙すダミーも含まれています。勘違い、思い込み、先入観、人間はそういったことがいろいろとありますからね。この小説にもそういった事を取り入れてみました。

 まあ、そんな訳で皆さんは真相を推理しながら、これからの展開をお楽しみ下さい。

 ではでは、長くなりましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。もちろん、真相が分かったという人もメッセージを下さいね。問題編が終わるまで発表はしませんが、解答編が始まったら発表しようかと思ってます。

 以上、この暑さは気温なのか、風邪なのか、まったく分らない葵夢幻でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ