第十二話 取調べ
ここは?
そこは懐かしい自分の家だった。自分のベットに横になりながら鈴音は目を覚ますと見慣れた天井が目に入る。
なんで、いつ帰ってきたんだろう?
ワケも分からないまま起きようとする鈴音。だがそれと同じく聞きなれた声がドアの外から聞こえてきた。
「鈴音、朝だよ」
姉さん!
思わず驚く鈴音。だがそんな事は関係なくドアは開き静音が入ってきた。
そしてカーテンを開けると朝日が部屋を照らし、静音は笑顔で鈴音に話しかけてきた。
「相変わらず朝は弱いね」
「弱くないよ、これが普通だよ」
何度も交わした会話。そう、鈴音がいつも静音と交わしていた会話の一例に過ぎない。だからだろうか、何も違和感を感じないのは。
静音は不気味なほど静かな笑みを浮かべると言葉を続ける。
「でもさ鈴音、あんまり朝寝坊してるとこんな風になっちゃうよ」
「こんな風って?」
ワケが分からず聞き返す、だがその後に重い物が落ちる音が部屋に鳴り響いた。
えっ! なにこれ! なんで……姉さんの首が?
そう、いきなり静音の首が切り落とされて鈴音を見上げてる。そんな状態にもかかわらず静音は言葉を紡ぐ。
「ほら、こんな風に首が落ちちゃうよ」
「いやぁ――――――!」
受け入れられぬ現実、不可思議な出来事、そして認めたくない真実。全てが交じり合い鈴音はやっと現実に目を覚ました。
「はぁ、はぁ」
上半身だけを起こして荒い息をしている鈴音。一点を見詰めながら先程の事を必至に忘れようとしている。
そして鈴音の悲鳴で起きたのだろう。隣に寝ていた沙希がそんな鈴音の背中をさすりながら心配そうに聞いてきた。
「大丈夫、鈴音?」
呼吸が乱れたまま沙希に目を向ける鈴音。どうやら未だに現状がわからないようだ。それを察したのだろう。沙希は鈴音を抱きしめる。
「怖い夢を見たんでしょ。でも大丈夫だから、何も無かったし、心配することなんて何も無いんだよ」
「……夢?」
その言葉でやっと鈴音は先程の光景が夢だと気付く。
そっか、あれは夢だったんだ。よかった……って、よくないよ!
「沙希」
沙希から離れると今度は鈴音が沙希の両肩を掴む。
「あれからどうなったの? それよりあれは何? なんで首が落ちてたの?」
昨日の事を思い出したのだろう、すっかりパニックになる鈴音だが、沙希は再び抱きしめると鈴音を落ち着かせる。
「詳しいことは後で話すよ。でも、今は大丈夫だから、何も心配することは無いから」
「……本当に?」
「私が鈴音に嘘をついたことがある?」
「……多大に」
「鈴音〜」
鈴音の首を絞める沙希、当然鈴音も抵抗する。それはじゃれあうように二人とも楽しそうに仮眠室のベットで騒いでいた。
その騒ぎも一段落したところで、鈴音はようやくまともに話が出来るようになった。
「とりあえず、今は大丈夫なんだよね?」
「うん、ここは警察署だし、何も心配することなんて無いでしょ」
そう、昨日の事件で鈴音は気絶してしまい。そのまま桐生家に帰る事は吉田に止められた。鈴音には大量の血が付いていたし、その後の事情聴取もある。それがあるからこそ桐生家ではなく警察署に泊ま事に沙希も反対はしなかった。
その経緯を話す沙希。鈴音はそれを聞いて複雑な顔をする。
「そっか、そうなってったんだ。……ごめんね沙希」
「なんに対する謝罪?」
わざと目線を逸らしあやふやな対応をする沙希。そしてそのまま鈴音が口を開くのを待った。
「なんか、いろいろと。だから謝っとかないとかなって」
「そうね、今の来界村は殺人犯が横行していて、しかも暗くなってから私に断りも無く一人で勝手に行動する。確かに危険な事を沢山した事は確かね」
「だからかな、あんな夢を見たのは?」
「夢、そういえば鈴音なんか悲鳴を上げてたけど大丈夫?」
再び心配そうな顔で覗きこんでくる沙希に、鈴音は引きつった笑顔しか返せなかった。そして夢の内容を沙希に話した。
「……」
さすがに黙り込む沙希。そんな夢の内容を聞かせれてもどう対応していいのか分からないのだろう。だが鈴音の胸には以前からの不安が巨大化していた。
「ねえ、沙希?」
「んっ、どうした」
さすがに喉が渇いたのだろう。鈴音は先程沙希が入れてくれたお茶を一気に流し込む。胸の内にある不安を話し始める。
「あの夢、もしかしたら本当なんじゃないかな?」
「死体が喋るわけ無いでしょ。それになんであんたの部屋なのよ」
お茶をすすりならが適当に返事をする沙希。どうやら沙希もこの話題だけは避けたいようだ。それは昨日、吉田と話したとおりのことが沙希の本心だからだ。
「そうじゃなくて。姉さん……もう死んでるんじゃないかなって」
「……」
「だってあんな人殺しがいる村なんだよ。姉さんが生きてるワケ無いよ」
沙希は鈴音の胸倉を思いっきり掴んで引き寄せると頬をひっぱたき、それから思いっきり抱きしめる。
「確かに私には静音さんが生きてるなんて言えないかもしれない。でも鈴音は違うでしょ! たった二人の家族でしょ! だから最後まで信じなさい。本当に諦めが付く……最後の最後まで」
(そう、私には、私にはそれしか出来ない)
最早慰めなんて通じない。ただ支える事しか沙希には出来なかった。そう……それだけが沙希にできる唯一の出来る事だ。
やっと鈴音が平常心をとりもした後だった。それから二人は朝食を取ってから一人ずつ取調べを受ける事になった。まあ、しかたないだろう。なにしろ殺人現場に居合わせたのだから。
鈴音は取調室に入ると吉田と記録係だろうか、離れた机に一人の警察官が座っていた。そして吉田は鈴音を座るように促す。
大人しく座る鈴音。だがさすがにこんな場所は初めてだから居心地が悪いのだろう、何度か座りなおしてから吉田は話を切り出した。
「さて、お分かりかと思いますが昨日の事を話して欲しいんですよ」
「昨日の事って言われても?」
あの時の鈴音はパニックになっていたし、ほとんど覚えていなかった。それを察したのか吉田は笑みを向けると更に促してきた。
「何でもいいんですよ。それに昨日あなたは……こう言ってはなんですが殺人現場を目撃したのと同じ、何か覚えていませんか?」
「……あの時は両手を縛られてたし、目の前にはあの男の顔があったから、他に何も見えませんでした」
吉田は大きく溜息を付くとタバコに火を付けた。そして上に向かって大きく煙を吐き出すと再び鈴音と向き合う。
「では何か覚えていることは?」
「そう言われても、あの時はただ怖くて逃げ出そうとする事で精一杯だったから他に何かを気にする余裕なんて無いですよ」
「そう……ですか」
タバコの灰を灰皿に落とすと吉田は何かを考えてるような仕草をする。その所為だろう、取調室が沈黙に包まれて、鈴音も余計な事を考え始めたのは。
そう、あの時は逃げ出そうと必至だった。だってあんなことになるなんて思ってなかったから。けど、やっぱりあの人はああゆう人だったんだ。姉さんは静馬さんが傍にいたみたいだから被害に遭わなかったんだろうけど、私達は女同士だからこんな事をしてきたのかな?
ってちょっと待って! あの現場に居合わせたのって私とあの人だけだよね。という事は。
やっとそのことに気付いた鈴音は机に思いっきり手を載せて吉田に訴え始めた。
「あ、あの! 確かにあの場所には私とあの人しかいませんでしたけど。私は動きを封じられてたし、だから私は」
鈴音が何を言いたいのか分ったのだろう。吉田は手を前に出すと鈴音の訴えを中断させる。
「大丈夫ですよ。血痕の後があなたが居た場所と一致しました。それからロープですが、それからもあなたの血痕が検出されてます。それだけの証拠が揃えばあなたが犯人ではない事は分ります」
一息ついて自分に容疑が掛かってない事が分ると一安心する鈴音。だがそんな鈴音に吉田は更に質問をぶつけてきた。
「確か……鈴音さんは剣術をやってらして、真剣の扱いにも長けているとか?」
「私が使うのは居合刀と言って真剣じゃないんですけど、それなりに詳しいと思ってます」
「ではお聞きしますが、あの時の状況、つまりあなたが縛られていたときの事ですが。そんな状態で助六さんの首だけを切り落とすことが出来ますか?」
「……あっ!」
どうやら鈴音にも吉田が言いたい事がわかったようだ。二人が重なった状態で上に居る人間だけの首を切り落とすことなど普通は出来るわけは無い。
何故かと言うと、普通は首を切り落とす時には上から切り下げるものだ。もし、あの状況でそのような事をすれば鈴音の首さえも落ちているか、斬りつけられている事は確かだ。
それなのに鈴音は無傷なままで助六の首だけを切り落としている。どうみても常人の技ではない。
そうなると、切り下げたんじゃなくて横に薙いだのかな? それなら私に傷を負わせることなくあの人の首だけを切り捨てることが出来る。でも、横に薙いで首を切り落とせるのかな? 不可能じゃないけど、一体どんな技を使ったんだろう。
「そうれで、どう思いますか?」
とりあえず鈴音の意見を聞いてくる吉田。鈴音的には考えがまとまっていないのだが、とりあえず分ることだけを話す。
「たぶんですけど、犯人は上から首を切り落としたんじゃなくて、横から首を薙いだのだと思います。それなら私を傷つけることは無いでしょうから」
「ふむ、なるほど?」
再び煙を吐く吉田。だが一つだけ納得が行かない事がある? それは鈴音も思っていたことだ。
「ところで鈴音さん?」
「はい」
「なんで鈴音さんだけ無事だったんでしょうね。それに犯人は今回だけはさすがに首を持ち去っていない上に、今までに無い以上に血が飛び散っている。その辺をどう思いますか?」
「……質問は分らないです。けど、もしかしたら、今私が死んじゃうと困るのかもしれない……じゃないかな? それからさすがに私もいたし、水夏霞さんもすぐに駆け付けてくれたから首を持ち去る余裕なんて無かったと思います。そして最後ですが、これは普通に首を切り落としたワケではない証拠です」
最後の発言に興味を抱いた吉田は少しだけ身を乗り出してきた。
「なぜ普通に首を切り落としていないと分かるんですか?」
だが鈴音は困ったようにオロオロとすると声のトーンを落として話し始めた。
「あ、あの、確証は無いんですけど。私達は一回だけ殺人現場を見ているじゃないですか、そのときはあまり血が飛び散っていなかったんですよ。これはかなりの業物を使って達人が首を切り落とした証拠だと思うんです」
そう、あの切り口を見れば分る人には分かる。あれは相当の腕を持った人が切り落としたんだって。
「けど、今回血が飛び散っているのは普通に切り落とせなかったんだと思います。ですから横に薙いだんじゃないかと思うんですよ。それなら血が飛び散る理由が付きます。けど、全部の殺人現場を見たわけじゃないですから、いつもどんな風に地が飛び散っているのか分らないんですよ」
つまり鈴音は一回しか殺害現場を見たことが無く、その時思った事を元に話しただけで、何一つとして確証は無い。だが吉田は違うようだ。
「かなりの名刀で達人が首を切り落とすとあまり血が飛び散らないんですか?」
「えっと……私も聞いただけですが、そういう風に言われています」
吉田は立ち上がると急いで取調室から出て行ってしまった。思わず首をかしげる鈴音、それは一緒に居た記録係も同じようだ。
そして外から何度が怒鳴り声が響くと再び吉田は取調室に入ってきた。
「名刀なら先ほど言った事が可能なんですよね。どうやってそれが名刀だと分る物なんですか?」
「えっと、柄を外して刃の下には必ず試し切りをした時の記録が書かれているんですよ。三ツ胴とか、そういうので」
「そういえば、平坂神社でもそのような話を聞きましたね」
どうやら吉田は他の事で精一杯のようで、平坂神社で鈴音が刀に付いて語った事をすっかり忘れていたようだ。
「それで、今回のように血をあまり飛ばさずに切り落とすのに必要な刀はどれぐらいの物なんですか?」
「三ツ胴、いや、達人なら二ツ胴ぐらいでいけるとおもいます」
「わかりました。では、そちらも調べてみましょう。では、そろそろ本題に入りましょうか」
どうやら今までのは鈴音を落ち着かせるためだけの会話だったらしい。まあ、おかげで鈴音もたいぶ落ち着いたようだ。
「昨日あの時、あなたが現場に居たのは確かです。その時に犯人を見ませんでしたか?」
だが鈴音はすぐには答えられなかった。なにしろあの時はパニックに陥っていたし、ワケも分からずに暴れていただけだ。だが助六の首が目の前で落とされた事は確か、犯人らしき者を見ている可能性がある。
鈴音は必死になって記憶を辿ってみた。思い出したくないことが山ほどあるが、それを我慢しながらなんとか犯人の手がかりだけでも思い出そうとしたのだろう。
う〜ん、確かに必至で暴れてたからな。何か見てれば思い出すこともできるんだろうけど、なんで何も思い出せないんだろう。……というかとは、何も見てないのかな? でも実際に目の前で首が切り落とされているわけだし。横に立ってれば分るはずだよね。
……って、ちょっと待って、横? そうだ! 私の横には誰も居なかった。そうなると犯人は横からあいつの首を切り落としたわけじゃない。そうなると……後ろ!
その事を思い出した鈴音は昔の記憶を手繰り寄せた。
「はぁ〜、凄いね。姉さんよく居合いでそこまで斬れるよね?」
ここは鈴音と静音が通っていた剣術道場。といっても、市立の体育館を週に二回ほど借りているだけだが、それでも充分な稽古が出来ていた。
そして先程、鈴音の目の前で静音が居合いで竹に蓑を巻いた物を居合いで切り落としたところだ。
「鈴音もやってみれば、居合いは一撃必殺だし、結構楽しいよ」
「でもな〜、いつもやってるのとまったく違ってくるから、なんか変なところで勘が鈍りそう」
鈴音の言葉に静音は笑みを向ける。
「まあ、確かに居合いは剣術と違って特殊な部分があるけどね。けど、達人級になれば後ろから一撃で相手の首を切り落とせるんだよ」
「そんなことが出来るの!」
さすがに驚く鈴音。普通首を切り落とすという行為は武士の情けとして相手に止めを刺す手段か、相手を討ち取った証明に使われるものだ。そのため一撃で切り落とす必要などあまり無い。
まあ、介錯の時だけは苦しまぬように一撃で切り落とすようだが。それでも充分に構えて力を溜めて一気に切り下ろすから相手の首を切り落とせる。それぐらい相手の首を切り落とすというのは難しい。
それを一撃でやってしまうのだから居合いの凄さを実感さる得なかった。
「姉さんはそこまで出来るの?」
だが静音は笑顔で手を横に振る。
「無理無理、そんなこと出来るわけないじゃない。それに実際に首を斬る事なんて無いんだから必要ないよ。けどね、気配を消して、第一歩に全ての体重を掛けて一気に切り抜くとそういうことが出来るんだって」
「そうか!」
思わず大声を上げる鈴音。さすがにこれは吉田も驚いたようだ。思わず椅子から落ちそうになってしまった。
吉田は座り直すと鈴音に尋ねる。
「一体どうしたんですか」
「分りました。犯人がどうやって私に気付かれずに相手の首を切り落としたのか!」
「えっ!」
驚く吉田を無視して鈴音は一気に語り始める。
「相手は居合いを使ったんです。つまり、私達二人はお互いに気を取られて辺りを気にする余裕は無い。そこに気配を消しながら近づいて、たぶん、右足だと思うんですけど、それを思いっきり踏み込んで居合いで助六の首を切り落としたんですよ」
一気に説明する鈴音。だが吉田は考え込むような仕草をしている。
「えっとですね、知識がある鈴音さんには分ると思うんですが、私共にはさっぱりでしてね。できることなら私達にも分かるように説明してもらえますか」
「あっ」
まあ、相手が自分と同じ知識を持ち合わせるとは限らない。そんな相手に自分の知識を基準にして話しても通じるはずが無かった。
「えっとですね。まず犯人は気配を消しながら、つまり私達に気付かれないように後ろから近づいてきたんですよ。あの時の私達はお互いのことで辺りに気を使う余裕なんてありませんでしたから簡単だったんでしょう」
まあ、助六は鈴音を犯そうとしていたし、鈴音も必死になって抵抗していたんだから辺りに気を使うはずが無かった。
「それで犯人は刀を抜かなかった。刀を抜いて私にでも見られたら大変だから。だから犯人は居合いを使った。居合いというのは第一歩を大きく踏み込んで、鞘から刀を抜いた勢いで斬る技なんですよ」
つまり刀を抜くという動作と斬るという動作を一緒にやってのける、それが居合いの技だ。だがただ抜いただけでは人を斬る事は不可能。だからこそ、第一歩を思いっきり踏み出して全体重を書けた勢いを使い、刀を抜いた勢い出来る技だ。
「つまり犯人は私達の後ろから近づいて、たぶん私達の左の胴辺りに思いっきり第一歩を踏み込んで助六の首を横に薙いだんです」
「なるほど、確かにそれならあなたが何も見て無い理由が出来ますね」
目の前は助六がふさいでいるし、首だけが着ろ落とされただけで体は残っていた。少し後ろに立たれていたら鈴音から見えるはずが無い。
「それだけじゃないんです。たぶんですけど、犯人は居合いがあまり得意じゃないと思います。それに横からの無理な斬り方をしたからあれだ血が飛び散ったと思うんですよ」
確かに普通に斬るのと居合いとでは基本からして違ってくる。まあ、中には両方が出来る者もいたが、それは戦国とか幕末とかの話で現代ではそんな技を持つ者はいないだろう。
なにしろ居合いを習得せずに抜き打ちだけで相手を綺麗に切り捨てることはかなりの達人技になる。かの有名な新撰組副長土方歳三でもそこまでの腕はもっていなかったらしい。
それだけでも二つの技にどれだけの違いがあるか分かるというものだ。
「つまりまとめると、あなた達が足掻きあっている間に後ろからこっそり近づいて、居合いで助六の首だけを切り落とした。そういうことですか?」
「ええ、そしてすぐにその場を立ち去れば私に姿を見られることは無い」
確かにそれなら筋は通るし、何かしらの疑問点も浮かんでこない。だからだろう、吉田がこの説が正しいのではないかと思い始めたのは。
だがやはり一つだけ疑問が残るようだ。それは沙希も同じ事を言っていたように、何故鈴音だけが無事だったのかという事だ。
犯人にしてみれば鈴音も一緒に殺してしまえば後始末なんて簡単だ。それなのに何故鈴音が無事にここに居るという事だ。
そうなるとやはりあの事が吉田の頭を過ぎる。
『復讐』
そう、この事件の被害者は全て来界村の住人。外から来た者は誰一人として殺された事は無い。そうなるとやはり犯人の目的は来界村の住人を殺す事になる。
だがそうなると、やはり一つの壁にぶつかる。いくら小さい村とはいえ来界村の住人は四〇〇人ぐらい居る。まさかそれを全て殺すつもりなのだろうか。
そんな事は無理だ。たとえどれだけ共犯者がいようと村を一つ壊滅させるなんてテロ行為でもしない限り出来るわけが無い。だが、それをやってのけられる人物が一人だけいる。
それが羽生源三郎。彼の組織力と武力を使えば来界村など簡単に消滅させる事が出来るだろう。だがそのような証拠はないし、尻尾すらも掴むことが出来ない。
それに千坂の事もある。
吉田に鈴音達の事を教えてきたのは千坂だ。だが千坂にはちゃんとしたアリバイがあった。なにしろ千坂が連絡をよこしてきたのは桐生家だからだ。どうやら定期的に鈴音達を見張っているらしい。まあ、本人に言わせれば警護と言うべきなのだろうが。
千坂が事態を知るとそのまま桐生家の電話から吉田に電話。幸い吉田は駐在所にいたらしく早く神社に着くことが出来た。そして千坂が現場に姿を現したのは全てが終わって現場検証が始める寸前だった。
どうやらいろいろやっていたらしいが、桐生家から神社までは車でも二〇分以上掛かる。そんな千坂に今回の犯行は無理だ。そうなると千坂は容疑者から外れる事になる。
だが今回の事が同一犯だということが確定している以上、千坂は他の容疑からも外せざる得ない。そうなるとどうしても詰まり詰まって来る。
さすがにここまで詰まってくると吉田もイライラしてきたのだろう。机を思いっきり叩く。
びっくりする鈴音と記録係、だが吉田はそんな二人を無視して話を元に戻そうとした。
「そういえば、なんであんな手紙の指示に従ったんですか?」
「えっ?」
「罠かもしれないじゃないですか、それなのになんでわざわざあんな誘いに乗ったんですか?」
どうやら吉田のイライラは収まっていないようで、多少声にいらつきを感じさせながら尋ねてきた。
「あの時は姉さんの事が分ると思って、それで頭が一杯になって思わず飛び出しちゃったんです」
「あのですね! 静音さんもあなたもこの村では有名人なんですよ! たよう自覚を持ったらどうですか!」
思わず怒鳴りつけてしまう吉田。それに驚く鈴音を見てやっと自分が焦っていた事に気付いたようだ。
「すいません、どうやら相当焦っているようであたり付けてしまって」
頭を抱え込むように謝ってくる吉田。だが鈴音はそんな吉田にも笑みを向ける。
「こんな事件が続いてるんですから当然ですよ。私は気にしませんから、どうか気にしないでください」
鈴音の言葉に少しは気が安らいだ吉田は顔を上げると、鈴音の笑顔が重なって見える。だからだろう、思わず笑ってしまったのは。
えっ、なに? 私何かおかしな事を言った?
ワケも分からず混乱する鈴音に、やっと落ち着いた吉田は説明する。
「いや、申し訳ない。先程の笑顔が静音さんの笑顔と重なって見えたもので、やはり姉妹なんですね」
いや、今更そんな事を言われても。
まあ、確かに事情が分らない鈴音にはそう言われてもワケが分からないだろう。
以前、吉田は何度も静音と接触している。もちろん羽入家のことがあったからだ。その度に静音は先程のような笑顔でいうのだ「大丈夫ですよ」と。
それは吉田自身にも分らない。だが一つだけいえることがある。あの笑顔で言われるとどんな言葉よりも説得力があり、なにか安心してしまう。
たぶんそれが鈴音と静音が持っていた魅力なのだろう。もちろん、そんな事に気付かない鈴音は不思議そうな顔をしている。
そして吉田は安心したからだろうか、やっと平常心を取り戻して事件のまとめに入った。
「それでは最初からまとめて行きましょうか」
「はい」
「まずあなたは差出人不明の手紙を受け取り桐生家を飛び出した。そして平坂神社へと向かった」
「ええ、あっ、そういえば」
「何か思い出したんですか?」
ああっ、そういえば、どうてもいいことだと思ってからすっかり忘れてたよ。
「神社に向かう途中で七海ちゃんに会ったんですよ」
「羽生七海さんですか」
「ええ、バイト帰りとか」
「それで?」
「ちょっと話をしてからすぐに分かれました。急いでましたから」
確かにあの時の鈴音は七海とゆっくりと話をする時間なんて無かっただろう。そしてたぶん七海の口から千坂に連絡が行ったのだろう。あの時の鈴音の行動はかなり不審だったらしい
「それから神社に着いた後はどうしたんですか?」
「えっと、確か本殿のドアが開いていて。入ってみると何にも明かりが無くて、そのまま奥に進んで行ったらいきなり押し倒されたんです」
長い間暗闇に中にいれば目も慣れてくる。助六は大分前から待ち構えていたようで、鈴音を押し倒す事ぐらい簡単に出来ただろう。
それにもし誰か連れが居るようなら諦めればいい。どうしてもやらくてはいけないことでは無いのだから。
それでも思惑通り鈴音が一人出来たから助六は計画を実行した。
「それからどうしたんですか?」
「精一杯抵抗したんですけど、どっかにロープを隠してたみたいで、それで縛れちゃったんですよね」
「ふむ、そういえば静音さんはかなり強かったみたいですからね。もしからした鈴音さんにもそういうことがあるかもしれないと警戒していたのかもしれないですね」
静音は何度も来界村のに来ているのだから当然相当の使い手だということは知れ渡っているはずだ。だが鈴音はまだ二日目に過ぎなかった。だが静音が相当強いという噂は知れ渡っているようで、助六はそれが鈴音にもあるのではないかと警戒していたのだろう。
まあ、実際に鈴音に剣を持たせればかなり強いのだが。
「それで完全に抵抗できないようにって、両手と両足を縛られちゃって、それでも暴れたんですけどね」
「確かにロープからもあなたの血痕が出てますからね、どれだけ抵抗したか分りますよ」
まあ、鈴音や沙希の性格からしてただ黙って犯されるワケが無かった。どれだけ抵抗できないと分っていようとも抵抗するだろう。たとえ手足が千切れようとも。
「そしたらいきなり音がして、あの人が押さえつけてた力が無くなったんです。そしてしばらくはそのままだったんですけど、そのうち首の無い体が私の上に倒れてきて」
今思い出しただけでもぞっとする。鈴音は思わず自分の体を抱きしめる。どうやらあの時の恐怖が未だに抜けきっていないのだろう。いや、そう簡単に消えるわけが無い。
「その後は?」
「……あの人の首が落ちる前に思いっきり悲鳴を上げたんです。そしてあの人が死んだ後に水夏霞さんが来てくれて、でも、なんか様子が変でした」
そこまで聞くと吉田はタバコに火を付けた。
「まあ、それはそうでしょう。水夏霞さんの両親も本殿で死んでいたんですから」
「そうなんですか」
「ええ、それを思い出したんでしょう。その時の事情聴取でも呆けていましたから、どうやらその時の事を思い出したようです」
そんなことがあったんだ。水夏霞さんの両親が殺された事が知ってたけど、まさか同じ本殿でまた殺人が起きるなんて、それは水夏霞さんにとってはショックだよね。
「あぁ、それから沙希が来てくれてロープを切ってくれたんです。それからは私……怖くて沙希に泣きすがってました」
「なるほど、その後に私が来たということですか」
煙を噴き上げた後に揉み消して再び鈴音と向き合う。
「他に何か思い当たる事は有りますか?」
……う〜ん、そういわれてもな。あの後ずっと沙希にすがって泣いてたし、気付いたら朝になって取調べを受けてるし、他に思いつくことといわれてもな。
考え込んでしまった鈴音を見て、吉田は背もたれに思いっきり寄りかかる。
「どうやらないようですね」
「そうですね。あの時はパニックになってなし、気付いたらここにいましたから」
「まあ、状況だけでも分かっただけでもいいとしましょう。ご苦労様でした。今日はもう、帰っていいですよ」
えっ、いいの?
不思議そうな顔をする鈴音に吉田は思わず笑ってしまう。
「今回の事件は不可解なことが多すぎる。それにあなたもまだ立ち直っていないし、思い出していないことも有るかもしれませんからね」
まあ、確かにそうかもしれないけど。
「ですから、今日はもういいですけど」
吉田は鈴音に顔を近づけて念を押す。
「今度こんなことが有っても必ず一人で行動しないでくださいね」
「は、はい、気をつけます。というか顔が怖いです」
「それから、何か思い出したら必ず連絡をください。連絡先は教えて有りますよね」
「ええ、それはもう携帯に入れときましたから」
そしてやっと吉田は鈴音から離れた。
「さて、次は沙希さんの番ですね。もう少し時間が掛かると思いますから、そうしたら帰ってもらって結構ですよ」
「あっ、はい、分りました」
「くれぐれも気をつけるように」
妙に強調してくる口調に鈴音は一応反省する態度を取りながら取調室を後にした。
それから別の部屋に通されてそこには沙希がいた。それから入れ替わるように今度は沙希が取調室に入ることになり、鈴音は暇を持て余す事になった。
はぁ〜、やっぱり、さすがにあれは失敗だったな。やっぱり沙希にも相談すべきだったかな。というか差出人不明の時点で疑うべきだったのかな。
……でも、なんでだろう。何人かの人は姉さんの事を隠したがっている事は確かみたい。なんだろう、姉さんの事が何か露見すると不味い事があるのかな。う〜ん、姉さんがそれほど重要な仕事に関わっていたとは思えないんだけど。
となると、やっぱりこの来界村かな。この村の何かが姉さんを隠す要因となってるんじゃないのかな。そうなると、やっぱりこの村……何かある!
それがなんなのかは分らないが、それが確実に鈴音達にも関わりあう事になって行く事になろうとはこの時点では思いもしなかった。
そんな訳でお送りしました断罪の日、第十二話。
まあ、今回は前回の話を整理したのであまり進展はありませんでたね。というか、時々整理していかないと事件の概要が分からなくなりますから……特に私がΣ(゜Д゜ υ)
さてさて、そんな訳で次回はいよいよ確信に迫りそうになったり、ならなかったりします。まあ、相変わらずどっちなのか分りませんがね。その判断は皆様にお任せしますよ。
はい、そこの方、それでも事件は進展してるのかとか突っ込まないように。……そんなこと私にもわかるか―――!!!o(`ω´*)o
さてさて、まあ、話がまとまったところで(これをまとまったというのか?)そろそろ終わりにしますか。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想、そして投票とお待ちしております。
以上、なんか絶好調で一日で書き上げてしまった葵夢幻でした。