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青春スクエア  作者: 久遠瑠璃子
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青春スクエア ~弘瀬來の片思い~ 小学生編5

八月三日の夕方。

弘瀬來(ひろせらい)仲原李哉(なかもときしや)浴衣(ゆかた)を着ていた。

來の浴衣の模様は黒い生地で無地の浴衣。

それに対して李哉の浴衣は來とは対照的に違い、白い生地に黒い蝶の模様が描かれている。

二人の浴衣はそれぞれに雪と李菜(りな)()ってくれた物だ。

夏に浴衣を着る理由はただ一つだけ。

そう、今日は夏祭りがある日だ。

大きな夏祭りなので花火があり、その花火は毎年豪華(ごうか)だった。

その夏祭りにみんなで行く事になり、前々から作っていた浴衣が今日出来上がったのだ。

(るい)紺色(こんいろ)の生地に朝顔(あさがお)模様(もよう)(ほどこ)されている浴衣を着て髪を()い、かんざしを()し、団扇(うちわ)(あお)ぎながら二人に声を掛ける。

「ほらアンタ達、さっさと行くわよ。みんな別行動だからって羽目(はめ)外すんじゃないわよ。特に來」

「それを言う姉貴(あねき)こそな。人前で騒ぐなよ」

「アンタこそ李哉君を破産(はさん)させるんじゃないわよ」

「へいへい」

來はめんどくさそうに返事をして夏祭りに向かう。

下駄(げた)をカラコロカラコロと鳴らしながら歩き、団扇で扇ぐ。

夏になったな、と実感しながら団扇を扇いでいるとふと疑問(ぎもん)に思った事を李哉に聞く。

「なぁ、李哉。縁日(えんにち)と夏祭りの違いってなんだ?」

「縁日は神様や(ほとけ)様を供養(くよう)して祭りをする事。夏祭りは夏にお祭りをするから夏祭り」

「――どう違うんだ?」

「だから――來にわかりやすく説明するとね。縁日は金魚すくいや射的、出店がたくさんあって、夏祭りは出店があって盆踊(ぼんおど)りをやったり花火大会をやったりする――って感じかな」

「つー事は縁日は出店だけで、夏祭りは出店だけじゃなくてなんかやるって事だな?」

「まぁ、そうだね」

「ふーん、俺……今まで縁日と夏祭りの区別(くべつ)が出来なかった」

「そういう人っているよね」

「つーか李哉って、なんでも知ってるな」

「そうでもないよ」

「なんでそんなに物知りなんだ?」

「本を読んでるからだよ。來も本を読みなよ」

「漫画?」

「小説を」

「あ――俺、小説とか読めないんだよな。すぐ寝る」

「來の性格だとそうだろうね」

カラコロカラコロと下駄を鳴らして二人は歩く。

出店の近くになると祭囃子(まつりばやし)の音が聞こえてきて、夏祭りらしさを感じさせる。

みんなと別行動なので今回は(うるさ)い涙がおらず、両親もいないので完全に李哉と二人きりだ。

毎年家族が同伴(どうはん)していたので李哉と二人になる時はほとんどなかった。

なので來はウキウキとしていた。

出店へ向かって走っていき、李哉に声を掛ける。

「なぁ、李哉! 今日はいくらでも食べていいんだな!?」

「うん。いいよ」

「出店の商品全部買うぞぉ!」

「來…僕が破産しない程度にお願いね」

「李哉! 金魚すくいしよーぜ!」

「それは最後の辺りにしようよ。最初から持って歩くの來、辛いでしょ?」

「そういえばそうだな……」

「ここは無難(ぶなん)に何かな…?」

「キャアーーーーー!!!! 浴衣男子最高ぉぉぉぉ!!!」

涙の叫び声が聞こえて大抵の人が声のした方を向き、それが知り合いだとは思われたくないし、涙に話し掛けられるのを()けるために來と李哉は足早にその場から離れて行った。

足を止めると丁度そこにヨーヨー釣りがあり、二人はヨーヨー釣りを同時に見つめ、そして顔を見合わせる。

まだ金魚すくいに比べたらヨーヨーの方が持つのにいいだろうと二人は考える。

まぁ、金魚もヨーヨーもよく考えれば同じような物なのだが――

同じ事を考えている事に二人は気付き、李哉は財布(さいふ)を取り出して百円玉を二枚取り出す。

百円玉を一枚來に渡して店をやっている人に言う。

「二人お願いします」

「はい」

女の人は二百円を受け取って先端(せんたん)(はり)の付いた紙をくれる。

來はすぐに近くにあった水風船に(ねら)いを定めて風船の輪に針を入れ、勢い良く持ち上げる。

だが――、水に濡れた紙は強度が弱く、数秒の間は持ち上がったのがすぐに水の中に落ちてしまう。

「くっそ~!」

「來、どれが欲しいの?」

「あれ」

來は先程(さきほど)落とした水風船を指差す。

李哉は少しの間水風船を見つめてゆっくりと針を風船の輪に近付ける。

針だけが輪に掛かると李哉はすぐに持ち上げる。

紙が水に濡れていないので強度は強く、簡単に持ち上げられた。

「すげーな、李哉」

「紙を濡らさないようにすればいいだけだよ。輪が水の底に沈んでるのを狙っても失敗するだけだよ。來が持ち上げて輪が浅い所にあったから取れたんだ。はい」

そう言って李哉は取った水風船を來に差し出してくる。

「でもそれ、李哉が取った奴だろ?」

「僕は來のために取ったんだよ。だからあげる」

李哉は優しく微笑んで水風船を差し出してくる。

その優しさが、とても嬉しい。

さりげなく欲しい物をくれる李哉に思わず抱き付きたくなる。

「あ…ありがとな……」

「いいよ、別に。次は何をする?」

「どこでもいい」

少し照れながら來は曖昧(あいまい)に答える。

李哉から受け取った水風船を少し見つめる。

透明な風船に()藍色(あいいろ)で海の模様が描かれており、見ているだけでなんだか嬉しくなる。

水風船を見ていると丁度(ちょうど)來の腹が鳴った。

李哉はクスリと笑い、來に聞く。

「何か食べようか?」

「そういえば今思い出したけど、食べてもいいのか? 屋台で食ったら後で晩飯食えなくなるだろ?」

「今日は特例(とくれい)で屋台で好きな物を食べていいって言ってたよ。だから今日は食べていいって」

「それってただ単に晩飯のメニューを考えるのがめんどくさかったんじゃないのか?」

來がそう呟いた時、雪と李菜がくしゃみをした事を二人は知らない。

屋台の通りを來と李哉は歩き、何を食べるか考えていた。

たこ焼きの看板(かんばん)の横には焼きそばの看板があり、その横にはフランクフルトの看板がある。

その先には広島風お好み焼きがあり、その横にはホルモンうどんがある。

どうやらB級グルメの屋台があるようだった。

來は食べ物の看板に目移(めうつ)りしながらどれを食べようか迷っていた。

焼きとうもろこしもあり、その横にはタイヤキの屋台も見える。

タイヤキを見た瞬間、來の迷いは一瞬にして消えた。

「李哉、タイヤキあるぞ!」

「來タイヤキ好きだよね」

「当たり前だろ? タイヤキだぜ?」

李哉は財布から千円札を取り出してタイヤキを焼いていたおじさんに言う。

「すみません、タイヤキ二つください」

「はいよ、どの味?」

「え、味?」

李哉が驚いていると來は即答で答える。

「俺はチョコ!」

「え――チョコ味なんてあるの? タイヤキなのに?」

「何言ってるんだよ李哉。タイヤキだからこそあるんだろ? チョコ以外にも抹茶(まっちゃ)とかクリームとかあるぜ? ま、定番はやっぱあんこだろうな」

「ぼ、僕はやっぱりあんこで…」

「はいよ、あんことチョコだね」

おじさんは素早(すばや)くタイヤキを一つ一つ包み、二人に渡してから千円札を受け取り、小銭(こぜに)を李哉に渡す。

來は受け取ったタイヤキをすぐにしっぽから被り付く。

李哉は受け取った小銭を財布に入れて普通に頭からタイヤキに被り付く。

タイヤキを食べながら歩いていると不意に來が聞いてくる。

「なぁ、次は何をする?」

「そうだね。定番に射的とか?」

「じゃ、俺パス。射的苦手なんだよ。それに比べて李哉は得意だよな?」

「うん。得意だよ」

「金魚すくいだって得意だし、この風船だって」

「だって取れないと來が泣くから」

來は食べていたタイヤキが(のど)()まり、(むせ)ながら李哉に聞く。

「いつ俺が…泣いたって言うんだよ!?」

「小さい頃。縁日やお祭りに行っても何も取れないから來が泣いてて、その次の年から僕、射的も金魚すくいも努力して取れるようにしたんだよ。來が泣かないようにって」

李哉の言葉が――心に響く。

李哉は、本当に自分のためになんでもしてくれる。

欲しい物をくれるだけじゃない。

普段の生活を全面的に支えてくれる存在。

もう一人の大切な家族であり、片思いの相手である。

もしも李哉がいなくなってしまったら、自分は一体どうなってしまうんだろうか。

來は手にあるタイヤキに被り付いて考える事をやめた。

そんな事を考えてもなんにもならない。

タイヤキを食べ終えて李哉にいつものように声を掛ける。

「じゃあ遊びまくろうぜ!」

「ま、待ってよ!」

悲劇(ひげき)の物語を考える事は嫌いだ。

もしもそれが現実になってしまったらと思うと怖くて夜も眠れないから。

だからその考えを無理矢理()ち切る。

そんな考えを二度としないように明るく振舞う。

――いつからだろう、このように振舞い始めたのは。

それは李哉への想いに気付いた時から。

李哉への想いに気付いてから世界が変わって見えた。

李哉への想いに気付いた日から、來の世界は李哉が中心に動き出した。

人は、恋をすると変わってしまう。

だったら自分はやっぱり昔とは違うのだろう。

李哉がその変化に気付けないのは近くに居過ぎるからだろう。

近くにいるから逆に気付けない。

気付いてくれないというのがこんなに苦しいものだとは、來は最近知った事だ。




しばらく出店で遊び、來の腹も満たされた頃。

李哉が不意にケータイで時間を確認する。

その姿を見た來が李哉に聞く。

「今何時?」

「六時四十五分」

「じゃあまだ大丈夫だな」

「いや、もう行こうか」

「え、何処(どこ)に?」

「辺りに人がいなくて、花火がよく見える穴場があるんだ」

「マジでか?」

「じゃあ行こう」

先程買った林檎飴(りんごあめ)を食べながら李哉の後ろを歩く。

人とぶつかりそうになったので手から下げていたヨーヨーを手に持ち、落ちないようにする。

しかし、足が速い李哉はその間に先に歩いて行ってしまい、李哉の姿が見えなくなる。

辺りは人で(あふ)れ返っており、李哉の姿を(とら)える事が出来ない。

「李哉!」

李哉の名前を呼んでみるが、周りにいる人が騒がしくて声が()き消される。

李哉の行った方に向かうが、李哉の姿は何処にもない。

どうしようかと思っていた時――

「見つけた!!」

李哉の声が背後から聞こえ、そして浴衣の(すそ)を引っ張られて振り返る。

するとそこには李哉がおり、肩で息をしていた。

「李哉……」

「後ろを振り返ってみると來がいないから探したよ!」

「李哉が先に行くから悪いんだろ?」

「そ、それもそうだけど…」

李哉は溜息を付き、右手を差し出す。

不思議に思って李哉の顔を見ると優しく微笑んで言う。

「今度ははぐれないように手を(つな)ごう。ほら、水風船持ってあげるから」

李哉は――本当に優しい。

李哉の笑顔を見る度に、胸は高鳴り、李哉への想いが()していく。

來は水風船を渡し、李哉と手を繋ぐ。

李哉の手は温かくて優しい。

李哉は握る手に少し力を入れて言う。

「じゃあ行くからね」

そして二人は人の間を縫って歩いて行く。

人と人の(わず)かな間を見つけると李哉はその人の間に入り、進んで行く。

繋ぐ手が嬉しく、來は(うつむ)いて歩いていた。

李哉の手にぬくもりを感じながら。

少し歩いて付いた場所は――

土手(どて)の一番(はし)の方だった。

確かにそこには人はおらず、とても静かだった。

「ここ、前に伯父さんの家に来た時に花火大会に来た事があるんだ。でも僕、その時迷っちゃってここで花火を見たんだ。だから、ここでの花火を來と一緒に見たかったんだ」

そう言って李哉は優しく笑い掛けてくれた。

來は李哉と目が合わせられず、自ら手を離してその場に座り込む。

李哉も來の隣に座り、持っていた水風船を來に返してくれる。

水風船を受け取って來は林檎飴に(かじ)り付く。

すると李哉が聞いてくる。

「全部食べられる?」

「今回は食べてみせるって言ってんだろ」

「毎年そう言うけど、結局食べられないじゃないか」

「うるさいな。食べるって言ったら食べるんだよ!」

「そうですか」

「そうなんですよ」

「來」

「何だよ?」

李哉の方を向くと、李哉はウェットティッシュを差し出していた。

「――何?」

「何、じゃなくて――口。すごい事になってるよ。まるで人を食べたようになってる」

「マジで!?」

「ほら、貸してごらん。拭いてあげるから」

そう言って李哉の顔が近付いて来る。

最初はなんとも思わなかったのだが、李哉の顔が目の前に来たので驚く。

李哉の方は口を拭く事以外には何も考えていないので、意識している來の心臓は高鳴っている。

その時――

花火が打ち上げられる音が聞こえ、夏の夜空に綺麗な花が()いた。

そのおかげで李哉の顔がはっきりと見えた。

拭き終えた李哉は優しく笑い、花火を見上げる。

「ほら、ここだとよく見えるでしょ?」

「あ、ああ――」

來は恥ずかしくなり、花火の方でも李哉の方でもなく、地面の方を見つめて答える。

花火の音は腹にも響くが、一番響いていたのは水風船にだった。

手に持っている水風船は花火の鳴る音を受けてまるで生きているように鼓動(こどう)を打っていた。

それはまるで、自分の心臓のように――

花火の鼓動を打つ水風船を見つめ、そして空を見上げる。

花火が連続で上がり、持っている水風船も連続で鼓動を鳴らし、自分の心臓も鳴っている。

そしてそんな來の隣には李哉がいる。

――とても、幸せだった。

好きな人と同じ物を見る。好きな人と同じ時を過ごす――

李哉が隣にいてくれる事が、嬉しい。

もしもここで告白出来たら――なんていい事だろう。

「――――」

花火の音で聞こえないと思い、來は李哉への想いを口にしようとした。

しかし、言葉が出て来ない。

出さないように意識しているわけでもないのに、〝好き〟の二文字が出て来ない。

この花火の中、聞こえるはずがない。だから言え。

自分に言い聞かせるが、やはり言葉は出ない。

來は溜息を付き、李哉を見つめる。

別に今言うべき事でもない。

今は李哉が隣にいるだけでいいじゃないか。

それでいい。

改めてそう思い、林檎飴に噛り付く。

しかし――

半分ほど林檎飴を食べたのはいいが、流石(さすが)に飽きてきた。

最初は飴の甘い所ばかり食べていたが林檎に辿り着くと食べ進められたが――

小さい方の林檎にしておけば良かったと後悔(こうかい)する。

先程食べられると李哉に啖呵(たんか)を切ったが、どうにも食べられそうにない。

(――どうしようか、この林檎飴……)

『今のでプログラム1、出逢いが終わりました』

アナウンスが聞こえると李哉が來の方を見て聞いてくる。

「やっぱり花火綺麗だね」

「そ、そうだな」

「――來?」

「なんだよ」

「やっぱりその林檎飴――食べられないんじゃない?」

まるで李哉は來の心の中を読んだようで驚く。

李哉は人の心を読む能力を持っているのだろうかと一瞬考えていた來だったが――

來が花火ではなく、林檎飴を見つめていたので誰でもそう思うはずだ。

「えっ、――ん、んな事ないにきっ…決まってんだろ!? 食えるから買ったんだよ!!」

「來、意地(いじ)を張るのもいい加減にしたらどう?」

「う……」

「――食べられないんでしょ?」

「……そうです」

消え()りそうな声で來は答えた。

李哉は溜息を付き、來の手から林檎飴を奪い取った。

「え、李哉――」

その瞬間――

花火が上がり、ドォン!と音を立てて上がった。

花火が上がるのと同時に李哉が林檎飴を食べたのだ。

驚いて李哉の顔を見つめていると李哉が林檎飴を食べながら答える。

「だって食べられないんでしょ? 捨てるのも勿体無(もったいな)いし、食べるしかないじゃないか」

「そ、そうだよな……」

確かに李哉の言う通りだが、來が気にしているのはそれではない。

來が食べていた林檎飴を李哉が食べている――

完全に間接(かんせつ)キスをしてしまっている。

その事に李哉は気付いていない。

いや、もしかして気付いていないのではなくて、気にするような事ではないのかもしれない。

(それって――やっぱ、俺の事なんか家族ぐらいにしか思ってないって事だよな……)

自分で考えた事に來はショックを受ける。

二回目の花火が終わり、李哉が再び來の方を見ると何気(なにげ)(へこ)んでいたので李哉は少し心配して聞いてくる。

「大丈夫…來。あ、もしかして林檎飴の事で…?」

「そうじゃないんだ。なんでもないから放っておいてくれ……」

(せっかく楽しく花火大会に来てるんだから、凹んでいてもしょうがないだろ……)

すると三回目の花火が上がり始めた。

空を見上げ、空に咲いては(はかな)く散る花火を見つめる。

――李哉と一緒に花火を見るのは、一体何回目だろうか。

縁日は家の近くでやるから林檎飴は毎年食べていたが、花火大会は來達が住んでいる地域(ちいき)では大抵盆の季節にやるので数えるほども見た事がない。

そして盆の季節になると、また李哉と離れてしまう。

盆などなくなればいいのにと毎年思う。

李哉と、離れたくない。

來は花火を見つめながら願う。

どうか、今年の盆は李哉と離れないようにしてくださいと――




八月十三日。

盆の季節になると李哉と來は離れ離れになる。

しかし――

今年は離れる事にはならなかった。

その理由は十日の朝の事。

雪と大喜が荷物をまとめて母の実家に帰ろうとしていたので來が両親に反対したのだ。

「俺は行かないからな! 今年はここで過ごす!」

そう言ったのが始まりだった。

雪と大喜は無理矢理來を連れて行こうとしたが、來は意地でも行こうとはしなかった。

こうなったら一番説得するはずの李哉が、今回は説得しなかったので秀が言い出した一言。

「來君は残してくれないか? 毎年李哉君、寂しそうなんだ」

李哉は赤くなって顔を()せていたが、雪と大喜が李菜と政哉を見ると二人は(うなず)いた。

すると涙も残ると言い出し、結局今年の盆は秀の家で過ごす事になったのだ。

花火に願った事が叶い、來は舞い上がっていた。

李哉も盆の季節に來といれると思うと嬉しそうにしていた。

舞い上がっていたのはいいが、涙が二人に現実を叩き付ける。

「それはいいけどさ、アンタ達――自由研究はやったの?」

涙の一言で、來と李哉は一気に奈落(ならく)の底へと落とされた。

――そういえばそうだ。

夏休みの宿題は最初に終わらせたが、自由研究は(なか)ばからすればいいと思ってしていなかった――

自由研究の事など、今の今まで完全に忘れていた。

二人はほぼ同時に壁に掛けられているカレンダーに目を向ける。

夏休みは今週までだ。

来週からは再び学校が始まる。

「自由研究まだやってない!!」

「文化祭なんかやりたくねぇ!!!」

「え゛、そっち!?」

それぞれの思いを叫んだが、來が李哉とは違う事を口にしたので思わずツッコミを入れてしまった。

宿題の事など來にとってはどうでもいいが、文化祭が来ると思うと嫌になる。

「なんで文化祭なんかやるんだよ!? 第一、文化祭って九月十七日にあるんだろ? 演劇(えんげき)だったら覚える時間なんかねぇじゃねぇか!!」

「うん、その前に心配する事があるよね? 來君!」

「心配する事? そんな事あったか?」

「自由研究! 一番忘れちゃいけない事だよ!」

「自由研究? 何それ。俺、一度も出した事ないんだけど」

「だから今年は出そう? ね?」

「って言ってもさ、自由研究って何書けばいいんだよ?」

「研究出来る物ならなんでもいいんだよ」

「李哉は何書くんだ?」

「そうだね…カブトムシの幼虫がカブトムシになるまでとかかな?」

「じゃあ俺もそれで。つーか李哉書いてくれ」

「ダメだよ。僕達が同じ事を書いているのはダメだと思うし、それ以前に僕が來の分を書くのは絶対に怒られるよ」

來は深い溜息を付いてその場に座り込む。

勉強は渋々(しぶしぶ)やったが、今回の自由研究は無視する事にした。

先生に怒られる事にはもう慣れてしまったので別に問題はない。

この六年間、先生に怒られなかった事はなかった。

宿題に関してはもうなんとも思わないほどに。

自由研究は書かなくても前回のように何のデメリットもない。

書かないと夏休みが来ないわけではないのだから。

それよりも問題なのは――

文化祭。

基本的に來は学校行事全てが嫌いだ。

体育祭もそうだが、冬のマラソンの意味がわからない。

どうして寒い中、走らなければいけないのだろうか。

(そういえば――文化祭終わったら次は体育祭じゃねぇか。なんで学校ってこんなに年中行事ばっかあるんだよ)

そう思いながら來は横になり、(ひぐらし)の鳴き声に耳を(かたむ)ける。

風が吹いて風鈴(ふうりん)(すず)やかに鳴り、夏ももう終わりだと感じさせられる。

ふと、李哉の方に目を向ける。

李哉はケータイで先程言ったカブトムシの成長を調べている様子だった。

そんな李哉に背を向けて目を閉じる。

夏が終われば、秋がやって来る。

秋には何をするだろうか。

まず最初に嫌な文化祭がやって来る。

その次は体育祭がやって来る。

体育祭が終われば修学旅行があり、それが終われば冬になり、李哉の誕生日と自分の誕生日がやって来る。

そしてクリスマス、大晦日、正月がやって来てバレンタインがやって来る。

来年こそは李哉にチョコを渡そうと考える。

ここ数年はずっとそう思っていた。

最近では友チョコと呼ばれるものがあるのだから自然に渡せばいいと思うが――

結局毎年、涙や母が作ったチョコを二人で食べる日になっている。

(来年こそは……)

そう思うのだが、結局は毎年同じ結果になってしまう。

「よし、これに決めた」

李哉の小さな呟きが聞こえ、李哉の足音が遠ざかって行くのが聞こえる。

――自由研究をしない素振(そぶ)りを見せているというのに自由研究をするように(うなが)さないのは、どうしてだろうかと頭の片隅(かたすみ)で考える。

今回は夏休み前に宿題をしたから大目に見てくれているのだろうか。

それならそれでいいのだが。

「――君は、彼を愛しているのかね?」

耳元で涙の声が聞こえて思わず飛び起きる。

涙は楽しそうに笑っており、聞いてくる。

「で、で、で? どうなの? 李哉君とは何か進展(しんてん)したの?」

「うるせーよ、腐女子」

「何よ、教えてくれたっていいじゃない。ここにはあたし達以外にいないから」

「――そんなにちょくちょく聞いてきても変わらねぇよ」

「ふぅん。じゃ、あの時から全然変わってないんだ」

「そーだよ。つーか姉貴、応援(おうえん)するとか言ってただ楽しんでるだけだろ?」

「そんな事ないわよ? だって、あたし脅かし役やったし」

「それだけだろ?」

「他にもなんかやるわよ! なんか!」

「はいはい」

適当(てきとう)に返事をしてもう一度横になる。

涙はさらに追求(ついきゅう)しようとしたが、李哉が戻って来たので口を閉じる。

來は心中で深い溜息を付く。

――この夏、李哉との間に進展があったのか、それとも遠ざかったのかわからない。

來的には逆に遠ざかってしまったように思える。

それでもいい。

歩くような速さでもいい。

少しずつ、距離を縮めればいい。

今は、それでいい。




八月十九日。

今日は來達が自分の家に帰る日だ。

昼から帰る事になり、來と李哉は忘れ物がないようにチェックをしていた。

色んな事があったが楽しい夏休みだった。

李哉にとってはトラウマが出来てしまった夏でもあったが、面白かったのでよしとしよう。

茶の間で來と李哉は忘れ物チェックをする。

夏休みの宿題をテーブルの上に置いて一つ一つ入れていく。

「ああ、もうお別れか。時間が流れるのって、本当に早いね」

「そうだな。一瞬だったな」

「実際にこの世界では時が――」

來は涙の口を(ふさ)いで言う。

「じいさん、ありがとな。楽しかった」

「また来年も来てくれると嬉しいな」

「来年は來の家の方の故郷(ふるさと)に行かないといけないから無理だよ」

「そうだね…」

涙が來の手の中から脱出(だっしゅつ)して言う。

「まぁ、再来年でも来るから期待してて!」

「涙ちゃん…ああ、本当に子供はいいなぁ」

優しく微笑む姿は何処となく李哉に似ており、やはり伯父なのだと思わせる。

來は入れた天体観測のレポートを取り出して鞄の底からトランプを取り出す。

トランプを見るとその場にいたみんなの目が輝き、嬉しそうな表情をする。

「最後に、みんなでトランプをしようぜ!」

「望むところ」

そうして來、李哉、涙、秀でのトランプ大会が始まった。

昼になり、昼食を食べてもまだトランプをしようとしていたので雪と李菜に怒られてトランプは中止。

そして帰る時間となってしまった。

來はトランプを片付けて鞄の中に入れる。

「あ、來。天体観測のレポート入れ忘れてる」

「あ、ほんとだ」

「貸して。僕の方に入れるから」

「さんきゅ」

「もう一度自分の使ってた部屋に行って忘れ物がないか確認しなさいよ」

雪の声が聞こえて來が渋々行こうとすると――

李哉が優しく笑って言ってくれる。

「僕が行ってくるから、來は伯父さんとお別れの挨拶(あいさつ)していなよ。しばらく()えないんだから」

「李哉……ありがとな」

李哉は天体観測のレポートを手にしたまま、今日まで使っていた自分の部屋に戻っていく。

残された來と秀は見つめ合う。

――もう語る事など必要ない。

お互いに目で語り合う。

互いに何も言わずにいると政哉がやって来て二人を見て笑い、声を掛ける。

「目で語り合うのはいいけど――もう行くから車に乗って」

「あ――はい」

「來君、また今度」

「おぅ、また今度な!」

來は笑顔で答えて車に乗り込む。

すると李哉が車に乗り込んで、秀を見る。

全員が車に乗り込み、車の中から秀に手を振る。

秀は優しく微笑んで手を振り返してくれる。

車が動き出し、秀の姿が見えなくなるまで來と李哉は手を振り続ける。

そんな二人を見て秀も車が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。

――夏の日差しに照らされて海が綺麗に輝く。

(しお)(にお)いのする風を浴びながら、來と李哉はしばらく世話になった土地(とち)を離れた。




昼頃に秀の家を出て日の沈んだ頃に家に着いた。

秀と離れるのは少し名残惜(なごりお)しかったが、二人は自分の家に帰って来た。

車から降りて自分の生まれ育った地に立ち、來は大きく伸びをして呟く。

「やっぱ、この街が落ち着くな」

「まぁそうだよね」

「李哉、久しぶりにゲームやろうぜ!」

「そうだね」

李哉の家の鍵を開けて二人は家の中に入って行く。

李哉は家の中に入ると玄関の電気を付け、來が(くつ)を投げ捨てて二階の李哉の部屋に行ってしまったので玄関に散乱(さんらん)した靴を(そろ)えて二階へと上がる。

先に上がって行った來は李哉の部屋に入り、部屋の電気を付けてベットに腰掛ける。

李哉の部屋は綺麗に整頓(せいとん)してあり、とても落ち着く。

ぼーっとしていると睡魔(すいま)(おそ)い、いつの間にか李哉のベットに横になっていた。

起きなくてはいけないと思うが――頭も身体も重い。

すると部屋に李哉がやって来て聞いてくる。

「來、眠いの?」

「ん~」

「だったら自分のベットで寝ればいいのに」

「まだ……李哉といたい…」

眠くて自分でも甘えた事を言っていると自覚はあるが、身体は言う事を聞かない。

そんな姿を見て李哉は優しく微笑み、言ってくれる。

「じゃあ少し横になってなよ。あ、ご飯はいる?」

「寝る」

「そっか。來、夏休み中ずっとテンション高かったから今更逆に疲れたんでしょ?」

「ん~…」

李哉の声がまるで子守唄のようで、とても心地が良い。

寝たくはないのに、李哉の優しい声が眠りを(さそ)う。

意識を手放したくないのに、李哉の声を聞いていると夢の中へと落ちて行ってしまった。

しばらくして目を覚ますと李哉は來の隣で漫画を読んでいた。

來が目を覚ました事に気付き、李哉は優しく言ってくれる。

「まだ眠い? なら自分の部屋で寝なよ。その方がよく眠れるでしょ?」

「ん~…」

「靴なら持って来てるから、今日は特別に窓から戻っていいよ」

「ん、ありがとな。オヤスミ」

「おやすみ、明日起こしに行くから」

「ん~」

李哉の部屋の窓を開けて自分の部屋の窓に手を掛ける。

家を出る前に戸締(とじま)りをしろと言われるが、絶対にここの窓だけは開けている。

なので窓は開き、自分の部屋に戻って李哉から靴を受け取る。

「ゆっくりお休み」

「ん」

靴を受け取って窓を閉め、自分の部屋を見渡す。

秀の家に行く前に李哉が片付けてくれたら綺麗に整理整頓されている部屋。

部屋を見渡した瞬間、急に頭が()えた。

なんだか、この部屋に戻った瞬間に孤独(こどく)感が襲ったような気がした。

一人になった瞬間、心に穴が空いたような喪失(そうしつ)感。

來は李哉の部屋を振り返って見つめる。

すると李哉は電気を消してベットに入った様子だった。

思わず時計を見てみると薄暗(うすぐら)い中でも十時を過ぎている事がわかった。

――李哉は、自分が起きるまで待っていてくれた。

「――李哉」

來の呟きは部屋に響く事無く儚く消える。

さっきまで眠たかったのに、一人になった瞬間に完全に頭が覚めてしまった。

せっかく李哉が起こしてくれたのだから夜更(よふ)かしをするわけにもいかない。

仕方なく靴を机の下に転がしてベットの中に(もぐ)る。

李哉の事を想いながら目を閉じていると、またいつの間にか夢の中に落ちていった。

――遠くから、李哉の声が聞こえる。

自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。

李哉の声によって強制的に夢から覚める。

今回は目を開けた時に涙が居ない事を願って。

目を開くと目の前には李哉の顔があった。

起き上がって辺りを見渡すが、涙の姿がないので安心する。

「おはよう、顔を洗ってご飯食べて着替えないと遅刻(ちこく)しちゃうよ」

「おぅ」

そう言う李哉は既に制服に着替えており、來の制服を來に差し出してくる。

――昨日は結構夜更かしさせたはずなのに李哉はもう既に起きていた。

まだ頭がぼーっとしており、一応起き上がって頭をボリボリと荒く()きながら階段を降りて行く。

李哉も後ろから付いてきて、リビングに向かうが來はまずトイレへ向かう。

トイレで用を足し、洗面所で顔を洗う。

鏡で自分の顔を見ると馬鹿みたいな顔をしており、思わず鏡を殴りたくなった。

鏡を割ると雪が(うるさ)いので自分の両頬を叩き、いつもの表情に戻る。

朝にはどうも弱く、(ひど)い日には昼過ぎまでぼーっとしている時がある。

そうじゃない時は寝起きが悪いので一日中機嫌(きげん)が悪かったりする。

少し目を覚ましてリビングへ行くと雪の声が聞こえる。

「アンタ、今日から新学期なんだからシャキッとしなさい。シャキッと」

「うるさいんだよ。眠いんだから仕方ねぇだろ」

「だったら早くその食パン食べて着替えて学校に行きなさい」

「あー、来年こそ夏コミ行きたいな~。そろそろ新しい本欲しいし。よし、今日はこの本を読んで――」

「涙も早く学校行く準備しなさい」

「あたしは今からテンション上げようとしてるんだから邪魔(じゃま)しないで! 銀色の侍で盛り上がりたいんだから!!」

「姉貴、いいから学校行って来いよ。うるさい」

頭に寝癖(ねぐせ)が付いている來が食パンを齧りながらそう言う。

來の寝癖を見て李哉が少し笑い、ブラシを片手に來の寝癖を直してくれる。

來はやはりまだ眠たく、ぼーっとしているので特に気にしない。

「もっ、ちょ――朝からそんなに夫婦(ふうふ)みたいな事しないでくれる!? 朝から貧血(ひんけつ)になるじゃない!!」

「頼むから涙さんはそういう目で僕達を見ないでください……」

もそもそと食パンを食べ、ココアで食パンを流し込む。

――基本的、朝は涙に反論する事はない。

朝はとにかくぼーっとしている。

「來、血圧(けつあつ)低いんじゃない? そんなにぼーっとしてるんだから」

「んー」

食パンを食べ終え、ココアを飲み干して椅子(いす)から立ち上がる。

階段を上って行って自分の部屋に戻る。

部屋に戻って制服を手に取って着替え始める。

だが、やはり眠い。

夏休みの間に比べたらまだ楽だが、まだ眠い。

着替えてランドセルを持って階段を降り、ランドセルを玄関に投げる。

結構派手(はで)な音が聞こえたが無視して洗面所に向かう。

そして洗面所に着くと歯ブラシを手に取る。

「やばっ! よく考えたら今日から新学期じゃん!? 早く学校行かないと!」

「だからさっきから言ってんだろ」

少し頭が冴えて来てツッコミを入れる。

歯ブラシに歯磨(はみが)()を付けて歯を(みが)き始める。

(あわ)てて涙が(かばん)を持って玄関にやって来る(あわただ)しい音が背後で聞こえる。

すると涙が洗面所にやって来て來を突き飛ばし、鏡の前で問題ないかチェックする。

その様子を見て歯を磨きながら來が一言。

「ふははふはってふががらないだご」

「うるさいわね! (はな)の中学生だもの! 見た目は気にするわよ!」

そう言い捨てると涙は玄関から「いって来ます!」と叫んで外へ飛び出す。

――ようやく嵐が去った。

これで休みの日以外はうるさい涙といなくて済むと思うと安心する。

口を(すす)いでもう一度顔を洗ってからリビングに行く。

「んじゃ、俺等も行ってくる」

「行ってらっしゃい」

玄関で靴を()き、來はランドセルを肩に(かつ)ぐ。

李哉も靴を履いて玄関に置いていたランドセルを背負って外へ出る。

外はまだ熱く、(せみ)の鳴き声もまだ聞こえる。

季節はまだ夏だが、夏休みは終わった。

よく考えたら日焼けしたりしたせいでちゃんと海に行ったりしていない事を思い出す。

(あ、よく考えたら夏休みの日記――書いてねぇし)

別にそんな事どうでもいい。

怒られる事は慣れている。

だから問題はない。

李哉の家の前を通ると李菜がいて、見送ってくれる。

「いってらっしゃい」

「「いってきまーす」」

同時に答えて学校へと向かう。

歩いて行くうちに学校は近くなり、同じクラスの友達が声を掛けてくれる。

「おはよう、李哉。――弘瀬」

「おはよう」

そしてついでのように來にも声を掛ける。

みんな李哉に声を掛けているので自分にくる挨拶はいつもついでなのを知っている。

その時、向こう側からすごい勢いでこちらに向かって走ってくる人物に気付く。

誰かと思った瞬間、鬼のような形相(ぎょうそう)をした涙が來と李哉の隣を尋常(じんじょう)ではないスピードで走り抜けて行った。

李哉は声を掛けようとしていた様子だったが、とてもじゃないが声を掛ける(ひま)などなかった。

「……どうしたのかな? 涙さん」

「どーせ忘れ物でもしたんじゃねぇの?」

來は完全に涙の事を無視してようやく冴えてきた頭でいつものように言う。

歩みを止めて後方(こうほう)の家の方を見ている李哉を放って來は学校へと歩いて行く。

学校へ着き、始業式が終わって二人は教室に戻る。

始業式が終わると宿題を提出(ていしゅつ)する時間だ。

來は窓際の一番後ろの自分の席に座る。

李哉は來の隣の席で、李哉の席の周りにはクラスのみんなが集っている。

李哉はクラスで一番の人気者。

それに比べて來は人気所か友達なんて一人もいない。

何度も言うが、話し掛けるのはみんなついでだ。

來はいつもみんなとは仲間外れ。

隣ではクラスのみんなが楽しそうに李哉に話しているのとは対照的で、來は一人で窓の外を見つめる。

――それが、來の学校での日常。

別にそれでいい。

李哉が自分の見える所にいるならどんな人が周りにいてもいい。

どう考えても李哉に好意(こうい)を持ってる女子が寄り付いていても許す。

李哉に告白するならば睨み付けて冷たい言葉の嵐を浴びせる。

しかし、今の所告白する女子はいないのだが。

その時、チャイムが鳴って担任の先生が教室に入ってきた。

「みんなー、席に着けー」

先生の声を聞いて李哉の周りにいたクラスメイト達が自分の席に戻って行く。

そんな中、來が李哉に聞く。

「なぁ李哉。宿題、入れてきたのかよ?」

「もちろん入れたよ。どうせ持って来ないと思ったから」

來は小さく舌打ちをする。

持ってくるつもりなんてなかったのに。

しかし仕方ない。

持って来たのだから出すしかない。

「じゃあ夏休みの宿題から提出しなさい。出席番号順に呼ぶから持って来るように」

仕方なく來は夏休みの宿題を机の上に置き、名前を呼ばれるのを待つ。

「次、仲原李哉」

李哉の名前を呼ばれて隣の席の李哉が教卓(きょうたく)へ向かう。

――何故(なぜ)一度に提出物を受け取らないのか、それに疑問を感じる。

一度に回収すれば何度も教卓へ向かう必要などないのに。

來はそう思う。

(――時間の無駄(むだ)、だよな)

「次、弘瀬來」

仕方なく教卓の前まで行って担任の前に夏休みの宿題を出す。

「お、(めずら)しいな。弘瀬が宿題をやって来るなんて――今年は何かあるのか?」

「しなかったら夏休みが来なかったので仕方なく」

それだけ言い残して來は自分の席に戻る。

そして全ての提出物を提出した後。

後はもう帰るだけだと思っていた李哉と來だったが――

「じゃあ最後に、天体観測のレポートを提出してもらう」

「「えっ!?」」

声を出して驚いたのは來と李哉だった。

全ての提出物は出したと思っていた。

しかし、二人が持って来ていた提出物の中に天体観測のレポートはなかった。

秀の家に行って書いてきた綺麗な星空の天体観測のレポートが。

二人は同時に天体観測のレポートをどうしたのかを思い出す。

確か、帰る日に忘れ物がないように確かめていた時にテーブルの上に來が置き、それを李哉が気付いて持って行き――

「おい、李哉。天体観測のレポート、どうしたんだよ?」

小声で來が聞くと李哉の顔色は青かった。

そして青ざめた顔で李哉は言う。

「入ってなかった…。部屋に忘れ物がないか見に行った時に財布を忘れてて、レポートを机の上に置いてそのまま――」

二人同時に顔を見合わせる。

その顔はお互いに青ざめていた。

――天体観測のレポート、秀の家のテーブルの上に忘れて来た。

「なんだ? やってないのか? 今の二人」

「いや、あの…やったんですけど――伯父さんの家に忘れてきたみたいで…」

「あー、それは……という事は弘瀬もか?」

「はい」

「そうか。じゃあ弘瀬だけこの後教室の掃除(そうじ)をするように」

「なんで俺だけなんだよ!? 李哉も忘れたんだぞ!?」

「お前は宿題こそはやってきたが自由研究も夏休みの日記も書いてきてないじゃないか。だからだ」

「いつもは説教(せっきょう)だけじゃねぇか。なんで今回は――」

「流石にもう先生も声が()れてきたし、弘瀬には効果がないみたいだからな」

「マジかよ……」




――と、いうわけで。

來はみんなが帰った教室に残っている。

教室に(ほうき)を掛けて雑巾(ぞうきん)で拭くようにと言われている。

「――で、なんで李哉までいるんだ?」

「え、だって僕も天体観測のレポートを忘れたから。僕も來と同じだよ」

「いや、だってこれは俺が受けた(ばつ)だし……」

「でも一人でやったらかなりの時間掛かるよ。だから僕もやる」

「でも――まぁいいや。じゃ、やるぞ」

「うん」

今回は適当にやるわけにはいかないのでちゃんと真面目(まじめ)に掃除をする。

机を前に寄せて後ろのゴミを()き取る。

掃き終わると次に雑巾で床を拭く。

それが終わると今度は後ろに机を寄せる。

扇風機(せんぷうき)も付いてない、自然の風だけしかない教室内で汗を()きながら掃除をする。

「そういえば、明日は文化祭の出し物を決めるみたいだね」

「――明日、休んでもいいか?」

「ダメだよ、來」

「はぁ……マジで嫌だな……」

「どうして來、学校の行事が嫌いなの?」

「なんていうか、なんか嫌だ。だって俺、李哉以外に周る奴とかいないし。文化祭の小道具作る時ってなんか他の奴と仕事分担(ぶんたん)でペア組まされるから」

「それが理由?」

「まぁ、そんな感じか?」

「それは仕方ない、それで返すからねもう。なんか今年の文化祭、何をするか既に決まってるみたいだって隣のクラスの子が言ってたよ。今年は先生が出し物を決めたみたい」

「マジかよ!? まだクラスのみんなで決めた出し物だったら別にいいけど、担任の谷山が決めんのかよ!?」

「そうみたいだよ」

「ふざけんなよ~……」

「しかも明日出し物を発表するって言ってたよ」

「ぅあ~……明日が嫌だ。頼む! 明日よ、来ないでくれ!」

「それは無茶だよ」

「くっそ~」

「いいじゃない。やってみればさ。とりあえず今は掃除しよう」

「はぁ、そうだな……」

深い溜息を付いて來は掃除を再開する。

――俺は知らなかったはずだ。

その文化祭でやる事を。

なのに嫌な予感はしていたんだ。

だから俺は文化祭が嫌だったんだ。

だから明日、俺は休みたかったんだ。

あれは、俺にとって一生忘れない事となった。

翌日のホームルーム。

担任の谷山の一言が俺の忘れられない事の一つとなった。

「文化祭でうちのクラスは演劇(えんげき)をする事になった!」

「演劇ぃ!!!?」

それは來が一番嫌いな分野(ぶんや)だった。

なので思いっきり反応を取ってしまった。

叫ぶだけではなく、思わず机を叩いて立ち上がってしまった。

そして谷山は嬉しそうに笑って言い出す。

「そうだ! それに主演(しゅえん)は弘瀬、お前だ」

「俺!? なんでだよ!?」

「今年の文化祭はクラス全員で団結(だんけつ)出来る物というテーマで作る事にして、このクラスでまだ浮いているのは弘瀬、お前だけだ。だから準主役は仲原だ」

「え、僕――ですか?」

「そうだ。脚本(きゃくほん)監督(かんとく)、演出は先生がやる。台本ももう出来ているんだ。この話はこの六年三組だけの話にするぞ!」

「――――俺、やりません」

「え――」

「したくありません」

拒否権(きょひけん)はない。全員絶対参加です」

逃げ場を失い、來は舌打ちをして椅子に座る。

「それでは台本を(くば)ります。九月の五日から全体で練習を始めるから、それまでの間にみんな自分の台詞(せりふ)を覚えるように」

台本がみんなに配られ、來は一応台本に目を通す。

流石主演であって、台詞はみんなより多い。

一番、めんどくさい事になった。

一番やりたくない演劇を、しかも主演でやる事になった。

來は――今日ほど神を恨んだ日はなかった。




「來、本当にやらないの?」

「やりたくない。誰かに(ゆず)りたいくらいに」

「來…何回も言うけどさ、今年は小学校最後の年なんだよ? だからやろうよ。思い出に」

「嫌だ。絶対に」

「來……」

「そんなめんどくさい事出来るか!」

「でも僕、知ってるよ。最初はめんどくさい事でも、どうしてもしないといけない時はするって事」

「絶対にしないからな!」

「練習するようになったら教えて。一緒に練習しよう」

そう言って李哉は自分の家に入って行った。

今日から練習を始めると言っていたのでそうなのだろう。

來は自分の部屋に入ると肩に担いでいたランドセルを机の方に投げ、制服を脱ぎ捨てる。

私服に着替えて漫画を手に取り、ベットの上で読み()け始める。

しかし、演劇の事が頭に過ぎって漫画を読む事に集中出来ない。

漫画から目を()らしてランドセルの方に視線を逸らす。

――主演なんて、どうしてそんなめんどくさい事を強制的にしないといけないのだろうか。

自分が演劇に出なかったらそんな事はしなくて済む。

そう思うが――

本当にそうしたらみんなが困るという事もわかっている。

どうしてこんなめんどくさい事を――

「神……絶対お前を恨むからな」

漫画をベットの上に置いてランドセルから演劇の台本を取り出す。

そしてもう一度台本を最初から読んでみる。

台本を読み終わっての來の一言は――

「谷山、馬鹿じゃねぇの?」

それだった。

話はそれなりにいい。

問題なのは――

役の名前だった。

來の演じる役は〝弘瀬來〟

李哉の演じる役は〝仲原李哉〟

それだけじゃない。

クラス全員の名前が出ている。

その上に担任の谷山の名前までもが。

本当に、馬鹿じゃないかと思う。

この話は谷山が作ったと言っていた。

しかも六年三組だけの話だと。

――確かにそうだが。

役の名前が自分と同じなのは少し変な感じがする。

しかも目次に『自分の台詞は自分の言い(やす)いように言ってもいい』と書いてある。

本当にふざけてる。

これは確かに誰かに役を譲る事は出来ない。

〝弘瀬來〟を演じられるのは、弘瀬來しかいないのだから。

來は深い溜息を付いて台本をもう一度読み返す。

今度は台詞を覚えるように。

次の日。

一昨日と同じような朝を迎え、学校への道を李哉と一緒に歩く。

時間がないので覚えられる時間を見つけては李哉は台本を読んでいた。

声を掛ける事もしないで來はいつものようにぼーっとして通学路を歩く。

教室に着いて自分の席に座り、隣の席に李哉が座るとみんなが李哉の方に(むら)がる。

誰一人として來の方には来ないし、声も掛けない。

別にそれでもいい。

しかし――

「演劇の台詞、李哉君覚えられそう?」

「僕はなんとかなるけど…來が少し心配だな」

「でも弘瀬君がやらないとぼく達、演劇出来ないよ……」

そんな声が隣の席から聞こえたが、來は無視する。

みんなは片手に台本を持っており、自分の台詞を覚えようとしている。

しかし、來だけが台本を持って来ていなければ見てもいなかった。

みんな演劇の心配をしていたが、「來は必ずやるから、みんなは安心して自分の台詞を覚えて」と言う李哉の声が聞こえる。

――出来る事ならやりたくない。

しかし、結局はやるしかないのだ。

全力でやりたくない。

今から全力疾走(しっそう)で逃げてしまいたい。

出来る事ならば……

出来ないのが現実。

谷山の思い通りになっている事に一番苛立(いらだ)ちを感じる。

苛立ちが隠せず、思わず机の(あし)()ってしまう。

すると隣にいたクラスメイト達が驚いて少し來から距離を取る。

(ビビるなら近くで俺の話するんじゃねぇよ)

舌打ちまでしたら流石に李哉に怒られるので心中でする。

その時、チャイムが鳴って担任の谷山が教室に入ってくる。

來は谷山に飛び蹴りか回し蹴りを食らわしたい気分だったが、それをすると教師だけではなく両親にも怒られるのでなんとか(とど)まる。

「おはよう、みんな。台本は覚えてきたか?」

「まだ覚えられない」

「俺の台詞長いから覚えられない」

等と言う声が聞こえる中、谷山が嬉しそうに來に聞いてくる。

「弘瀬は、覚えられたか?」

嬉しそうにそう言うので來は不機嫌そうな表情をして答えない。

すると谷山は何もなかったかのようにホームルームを始める。

ようやく涙から与えられるストレスから解放されたと思ったが――

今度は久々に通い始めた学校でのストレス。

(――いい加減にしないと俺、()に穴が開くぞ)

そう思うが、その声に誰も気付く事はない。

來は教室の片隅で小さな溜息を付くしかなかった。




そして九月五日。

今日から体育館でクラス全体での練習が始まる。

みんなは自分の台詞を覚えているようで、それぞれに自分の台詞を口ずさんでいる人がいる。

そんな中、李哉が來の隣にやって来て聞く。

「來、大丈夫?」

「何が?」

「何がじゃなくて――台詞、覚えたの?」

「知らねー」

「知らないって…じゃあどうするの!?」

「だから知るか」

「それじゃーまず弘瀬、お前の台詞からだぞー」

谷山の声が聞こえて來は体育館の舞台の上に上がる。

クラスメイト達が不安そうな顔をする。

李哉の心配そうな眼差(まなざ)しを受けながら來は口を開く――

「『俺は――いつも教室で一人。その理由は、クラスで浮いてるから』」

李哉が驚いている。

――いや、李哉だけじゃない。

クラスのみんなが驚いている顔が舞台の上からだとよく見える。

ただ一人、満足そうに笑っている谷山には腹が立つが。

來だって自分の台詞を全部覚えている。

台本をもらったあの日から、何度も何度も読み返していたのだから。

本当は誰よりも先に台詞を覚えていた。

学校や李哉の前では台本に目を通さなかったが、部屋にいる時はずっと台本に目を通していた。

だから嫌でも頭に台詞は入っている。

演技力は上手い方ではなく、どちらかと言えば棒読(ぼうよ)みじゃないだけマシなレベルだったが。

それでも谷山は(うなず)いていた。

自分の台詞を言い終えるとクラスのみんなが來に話し掛けて来た。

「弘瀬! なんだよ、台詞覚えて来たならそう言ってくれれば良かったのに!」

「ああ、安心した。弘瀬君が台詞覚えてなかったらどうしようかと思った」

「じゃあみんなで今日からでも一緒に練習しようぜ」

初めてみんなからついでじゃなく声を掛けてくれたので少し戸惑(とまど)う。

どう対応していいか困っていると谷山がみんなに言い出す。

「じゃあ一回、通してやってみよう」

みんな自分の持ち場へと移動する中。

李哉が來の隣に来て小さく聞く。

「ね、やってよかったでしょ?」

「別に。俺は仕方なくやっただけなんだからな。みんなのためとかじゃないんだからな」

明らかに照れて言うわけではなく、少し冷たくそう言う。

ここで照れて言っていたらツンデレになっていただろうから。

それでもツンデレと(とら)える人はいるだろう。

そんな事は気にせずに來は自分の持ち場に戻って演技を始める。

――來の演技する姿を李哉が優しい眼差しを向けている事を感じながら。

全体での練習が終わり、谷山からの演技のダメだしを食らう時間となった。

みんなそれぞれに休憩(きゅうけい)や自分で自分の演技をダメだししている人もいる。

そんな体育館に谷山の声が響く。

「弘瀬、最後の所――涙を流してくれないか?」

「無茶言うな! 俺は俳優(はいゆう)じゃないんだぞ!」

「誰も東夜椿(あずまやつばき)のような演技をしろとは言ってないだろう。涙を流せと言ってるんだ」

「だから無理だって言ってんだろうが!」

「悲しい事を思い浮かべばいいだけじゃないか。演技の基本だろうが」

お前は監督か何かか、とツッコミを入れたかったが我慢(がまん)する。

実際に監督、演出をやると言っていたのでそう言うわけにはいかない。

しかし、涙を流せと言われても――

どうやれば涙が出るかわからない。

確かに最後のシーンに涙を流せば感動するだろうが……。

一応練習はしようと思う。

「仲原、お前は弘瀬を(かば)う時にもっと気迫(きはく)を出してくれないか」

「気迫――ですか?」

「こう、存在感をもっと出して」

「存在感ですね?」

「まぁ、そうだな」

みんな一度は谷山からダメだしを食らい、考え込んでいる様子だった。

そんな事に気付かずに谷山は更に言い出す。

「よし、もう一度最初から通してやろう」

と、言う事でもう一度最初から通して演技をする事になった。

四時間目なので次は給食(きゅうしょく)だと言うのに――

結局給食は他のクラスと遅れて食べる事になったのだが。

そして二回目の時も來は涙を流せなかった。

昼休みにみんなは教室で演劇の練習を始める。

それぞれのグループに分かれて違う場面での演技をし、みんな演技を自分達なりに工夫(くふう)している。

すると谷山がみんなに言い出す。

「今日は二班(にはん)三班(さんぱん)が残って小道具を作ってくれ」

「はーい」

谷山の言葉に二班と三班の子が返事を返す。

それを耳にしながら來達は演技に工夫を(くわ)える。

「ここのシーンなんだけど、結構リアルにしてみてもいい?」

寸前(すんぜん)で止めてくれよ。止めないとキレるぞ、俺」

「止めるから。絶対に」

來が自然にクラスメイトと話していると李哉が笑っている事に気付く。

少し李哉を見つめて笑っている李哉に聞く。

「なんだよ、李哉。その顔は」

「いや、來がこのクラスにようやく馴染(なじ)んできたなぁって思って。夏休みが終わって新学期が来てもクラスに馴染めないのって、來ぐらいしかいないと思って」

「おい李哉。それって俺の事馬鹿にしてるのか?」

「そうじゃないよ。よし、じゃあこのシーンをもう一回やってみよう」

――確かに今日の朝までは完全に浮いていたが、今となってはすっかり馴染んでしまっている。

これも谷山の思い描いていた事だと思うと少し苛立ちを感じたが、今は楽しかったので別に気にしない。

みんなで練習をする度に本番が楽しみになってくる。

早く、早く九月十七日が来ないかと浮かれてしまう。

みんなと楽しそうに笑って、弘瀬來は嫌いだったはずの文化祭の練習をしていた。










                                              ~To be continued~

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