青春スクエア ~弘瀬來の片思い~ 小学生編4
七月二十三日。午前の事。
弘瀬來のテンションは最高潮だった。
「山が俺を待ってるぜぇ!!」
「朝からテンション高いわねぇ……」
どうしてこんなに來がテンションが高いのか――その理由は簡単だ。
以前にみんなでキャンプに行く事にし、今日から一週間キャンプが始まるからだ。
キャンプ場へ向かう車の中、來はすごいテンションが高かった。
「來、テンション高いね…」
「それに比べて李哉! お前なんかテンション低くね?」
「そう? 多分その理由は來が異様にテンションが高いから僕が影に隠れてるんだよ」
「だってテンション上がらないか!? キャンプだぜ!? キャンプ!」
「そうだね」
李哉はにっこりといつもの笑顔を向けてくれる。
その笑顔につられて來も笑顔を見せる。
そんな來と李哉の後ろの席でBL小説を読んでいた涙が叫ぶ。
「キャアアァァァァァ!!!! 女装プレイとかマジ最高!! 岡崎最高ぉぉぉ!!!」
來のテンションが高いからか、今日は涙のテンションがいつもの+10は高かった。
しかしもう來は涙を止める気なんて欠片もなかった。
「そこのテンションの高いお二人さん。もうキャンプに着くよ」
「マジでか!?」
「ちょっと待って! 今合体する寸前――あと三分待ってて」
「待てるかっての! 着いたら先に行くぞ!」
「はい、着いたよ」
車が止まると來はすぐに車から飛び降り、キャンプ場に降り立つ。
まず最初に視界に入ってきた色は辺りが全て緑色。
夏の青々しい草木が風に吹かれて揺れる姿を見て感動する。
「おおぉ……」
少し離れた所から川のせせらぎも聞こえて来る。
すると続いて李哉も車から降りて来て來の頭に麦藁帽子を被せる。
「日焼けはあんまりしないと思うけど、熱中症には気を付けて。あと虫除けも――」
「李哉! 遊ぶぞ!」
「えっ」
「よし行く――」
「の、前に來。テントを作りなさい。じゃないと今日寝る所がないぞ」
走って行こうとする來の襟元を大喜が掴んで捕まえてテントを作るように促す。
まるで猫のような体勢になった來はめんどくさそうな顔をして大喜を見る。
「え~……」
「そうだよ、來。早くテントを作ってゆっくりしよう」
李哉が優しく微笑んで言うと來は仕方なさそうに返事をする。
「へ~へ~」
一応返事をしたので大喜は來を解放し、荷物を運ぶ作業の方へ行ってしまう。
「ちゃんと返事しなよ」
「はいはい」
李哉は小さく溜息を付き、大喜が李哉と來の使うテントを置いた場所に行き、テントを組み立て始める。
來も手伝ってくれるのだと思っていた李哉だったが、來はまったく手伝おうとしてくれない。
手伝う所か、來は涙の所に行って喧嘩をしていた。
呆れ返ってもう止める気所か一瞬テントを來に全て任せようかとも思ったが――そんな事をしたならばきっと來はテントを組み立てる事はないだろうと考え、大人しくテントを一人で組み立てていく。
しばらくしてテントを組み立て終えたのは夕方だった。
後半に雪が流石にテントの組み立て作業を手伝えと怒ってくれてなんとかテントを建てる事が出来た。
テントを建て終えた後、やはり來はテントの中でゴロゴロとしていたというのはいうまでもない。
ゴロゴロとしている來の隣で李哉は休んでいた。
そんな二人の所に涙がやって来る。
「アンタ達、暇そうね~。なんでそんなに暇そうなわけ?」
「來は暇そうだけど僕は暇じゃなくて休憩してるんだけど…」
「それはそうですか。今バーベキューの準備してるから出来たら呼びに来るね~」
「へーへー」
來は適当に答え、そのままゴロゴロとしている。
そのような來の姿を見て李哉が聞いてくる。
「…來、もしかして疲れたの?」
「はい?」
「だってさ…朝、あんなにテンション高かったし、すごいはしゃいでたから」
「ん~、まぁ……そーかもな。ちと疲れた」
「だろうね。まぁ、休んでいなよ。後はバーベキューだけだから」
「わかった。てか寝ていい?」
そんな事を聞いてくる來に李哉はクスリ、と少し笑って答える。
「良いに決まってるじゃないか。どうして僕に聞くの?」
「いや……聞いた方がいいかな?って思ってさ」
「寝ていいよ。おやすみ。涙さんが来たら起こしてあげるから」
「ん、さんきゅ」
來は李哉に背を向けて目を閉じ、少し考える。
夏休みに入ってから横になる度に睡魔がすぐに襲ってくる。
――そんなに疲れていたのだろうか。
自分でもそんな風に思えるほどによく眠れる。
――――と、言い訳をするのはいいが。
本当は今日のキャンプが楽しみで仕方なく、昨日は中々眠れなかったのだ。
(んな事バレたらすげーガキっぽいとか思われるからな……)
キャンプが楽しみなのもあったが、一番の問題は――李哉が隣で眠っている事が一番の問題。
たまに李哉と一緒にいたい時は李哉の部屋で一緒に眠るが、このように毎日一緒だったら毎晩寝不足だ。
だからきっと毎日寝不足だったのだろう。
……と、言う事は今回のこのキャンプでの一週間も寝不足なのだろうか。
(そうだろうな……)
だが、別にその寝不足は嫌ではない。
自分が寝不足になればなるほど、李哉の寝顔が見られるから。
毎晩李哉に自分の想いが届くように顔を見つめている時がもしかしたら一番幸せかもしれない。
小一時間後、李哉の声によって來は夢の中から強制的に引き戻される事になった。
身体を揺らされ、目を開けてみると目の前にいた人物は――
李哉ではなく涙であり、やはりその右手にはマジックペンが握られている。
來は涙を睨み付けて唸るような低い声で聞く。
「……何してんだよ、姉貴」
「定番シチュで顔にラ☆ク☆ガ☆キ☆」
キラッ☆とにっこりと爽やかに笑い、嬉しそうな笑顔を見せる。
次の瞬間、ぶちっと何かが切れる音を李哉と涙が聞き、次の瞬間には來が涙に飛び掛かっていた。
その手には涙から奪い取ったマジックペンがあり、涙の顔にそのペン先を向けている。
「ちょっ……本気?」
「お前は、なんでいつも、俺にしようと、するんだよ……? 一回でいいから自分で体験してみろ!」
「やめっ…冗談! 冗談に決まってんでしょ!? 何アンタこそ本気にして――」
來からマジックペンを奪い取ろうともみ合っていると――涙の頬にペン先が触れ、黒い線が頬に書かれた。
李哉は止める気にならず、そのまま二人を眺めている。
頬に冷たい感触を感じた涙は來からマジックペンを奪い取り、仕返しをしようとペン先を顔に向ける。
だが、來はそれを手で防いだ。
しかし――涙はもう書ければどこでもいいようで來の手にマジックのペン先を押し付ける。
「ちょ、なんで手に付けるんだよ!?」
「女の顔に泥ならぬペンを塗るなんて――!!」
「お前な! 今年に入って何回俺の顔に落書きをしたと思ってんだ!?」
「まだ一回もしてないじゃない」
「嘘付きやがれ!! もう112回だよ!!」
「あれ~? どうしたんだろう? 急に何も聞こえなくなっちゃったぞ~?」
視線を泳がせながらそんな事を言う涙に怒りを感じ、マジックペンを奪い取って更に涙の顔にペン先を走らせる。
涙も負けじとマジックを奪って來の顔に塗り付ける。
その繰り返しをしていると二人の声を聞いて雪がやって来て涙と來を止めてくれる。
「何やってるの!? やめなさい!」
雪に引き離されて來が涙を指差しながら雪に訴える。
「姉貴が俺の顔に落書きをしようとしてたんだよ!」
「しようとしてたでしょ!? だったらいいじゃない! まだしてないんだから!」
「うるせぇ腐女子!!」
「黙れ童貞!!」
雪は深い溜息を付いて李哉の方を見てみる。
「すみません。今回は疲れて止める気力がありませんでした」
またも溜息を付いて來と涙に視線を戻すと――
いつの間にかまた喧嘩が再開されており、雪は思わず自らの拳を二人の頭に振り下ろした。
ゴッ、と鈍い音が聞こえ――
「ッ~~~~~~~!!!!?」
その瞬間、雪の拳が直撃した二人は頭を抱えてその場に蹲った。
痛そうに蹲る來に李哉は少し同情したが、雪が二人に怒号を浴びせる。
「あんた達、いい加減にしなさい! 今すぐその顔を洗ってきなさい! じゃないと今日の夕飯はないわよ!!」
雪に怒鳴られて來と涙は逃げるようにしてテントの中から飛び出していく。
追い出された來は大喜の元へ行き、状況を察してくれた秀が來の顔に付いたマジックを見て少し笑い、濡れたタオルを差し出してくれ、それを使って顔を拭いていく。
顔のマジックが取れているのかどうかわからない時、李哉がテントから出て来て來の隣に来る。
「李哉、取れた?」
「まだ、右顎の所付いてる」
「ここ?」
「違う」
「鏡がねぇからわかんねぇ……」
「じゃあ貸して、僕が拭いてあげるから」
「さんきゅー」
來の手から濡れタオルをもらい、李哉がマジックを拭っていってくれる。
「でも良かったね。毎回取れやすいマジックだから」
「でもこっちは大変だっての」
「はい、取れたよ」
「ありがとな」
タオルを返してもらい、後は手に付いたマジックを拭いていく。
すると向こうで李菜に顔を拭いてもらってる涙を睨み付けると涙も同じように來を睨んできていた。
だが、雪の鋭い視線を感じてすぐに視線を逸らす。
マジックを全て拭き取り、大喜と政哉が肉を焼いている様子を眺める事にした。
「あとどのくらい?」
「もう食べられるから食べてていいよ」
「やったぁ!」
來はすぐに皿の上に置かれていたバーベキューを手に取って食べ始める。
政哉が串に具を差していき、それを大喜が焼いていたのだが、政哉が小さく呟く。
「これ……多いな」
「え、ホント?」
「かなりの量になるよ」
そんな事を呟いている二人を他所にみんなバーベキューを楽しみ始める。
來は肉だけを食べ、一緒に差していた野菜を皿の上に除けて食べる姿を目撃した李哉は來用に野菜だけが刺さっているのを來に渡す。
それを拒否しようとしたが、雪に見つかってしまい、無理矢理食べる事になった。
そんな來を見て涙は笑っていたが――涙の皿にも野菜だけ除けてあったのを來が雪に言う。
結局涙も來と同じ目にあってしまった。
すると、不意に來と李哉は隣でカレーを作っている大学生の姿が視界に入る。
大学生が出来たカレーの鍋を持って仲間のいる方へ歩き出した時――
足元の石に躓き数十秒の間、カレーの入った鍋が宙を浮き――重力が働いて地面に叩き付けられる。
鍋が派手な音を立てたので気付かない人物などどこにもいない。
鍋の音が聞こえた瞬間、もちろん秀達も大学生の方を見る。
扱けた大学生はすぐに起き上がってカレーの有様を青ざめた表情で見つめる。
そこに鍋の音を聞いてやって来た五人の仲間達がカレーの有様を見てカレーをこぼした大学生に言う。
「おめっ……何してんだよ!?」
「俺達の晩飯が……」
「おい! 今日は飯なしかよ!?」
「カレーの材料しか持って来てないのお前、知ってんだろ!?」
「それより、今日の晩ご飯はどうする?」
それぞれの声が聞こえ、扱けた大学生が鍋を片付けながら言い返す。
「お前等、少しでいいから俺の心配もしてくれよ!」
「誰がするか。お前みたいな馬鹿な奴の心配なんか」
「それより晩飯どうするんだよ?」
「帰りの分の金しか持ってないから、買い物も出来ないしな……」
「今日は晩飯抜きだね」
――そんな会話を聞き、來と李哉達、みんながそれぞれに顔を見合わせる。
目の前で見てて放っておく事も出来ないし、何よりもバーベキューは六人分は多い。
みんなの顔が合うと大喜が代表で大学生に声を掛ける。
「あの、良かったら一緒に食べませんか? ちょっと食べる量が多いと思ってた所なんで」
「え、マジですか!!?」
扱けた大学生を放って五人の仲間は大喜の所へ行ってしまったので一人で鍋とカレーを片付けている姿が学生達の背後で見える。
來達はそんな大学生と一緒に騒がしく夕食を迎える事となった。
六人の大学生は小学生の頃から仲の良い友達で、みんなそれぞれ中学からは違う道を歩んでいったので今日は九年ぶりに再会したらしく、すごく六人ははしゃいでいた。
そんな六人を見て雪と大喜が呟く。
「うちの子もあなた達みたいになると思うわ」
「確かに。來と李哉君だったらありえそうだな」
そう言って二人は笑う。
「……父さん母さん、それってどういう意味だ? 俺達はずっと変わらないって事か?」
「それもあるけど、來と李哉君だったらいつまでも仲良くいられると思うんだ。たとえ中学生や高校生になって自分のやりたい事を見つけて二人とも違う道を歩むとしても、この人達みたいに変わりはしないって事だよ」
「――――」
〝変わらない〟
(――またその言葉かよ…)
「でも、そうとは限りませんよ」
救いの声が聞こえ、來は思わずその声のした方を見つめる。
その声の持ち主は李哉だった。
「これから先、僕らが夢を持ったとしたらその夢を叶えるために必死になって…夢を叶えたとしたら――お兄さん達みたいにはなれないと思います」
「まぁ、夢を持ったら人は変わるからねぇ」
ジュースを飲みながら涙が呟いた。
來は李哉の言葉が嬉しく、そして胸の鼓動が高鳴っており、それを気付かれたくなく思わず來は先にテントに戻って行ってしまう。
こんなに赤くなっている顔を――李哉には見られたくない。
來は胸を落ち着かせるため、深く深呼吸をする。
――こんなに李哉の事が愛しいのに、こんなに李哉を想っているのに、この想いは李哉には届かない。
來は顔から表情を消し、目を細める。
片思いは、いつか叶う。
そう自分に言い聞かせた。
初恋は叶わない――本当にそうなのだろうか。
最近は初恋の相手と結ばれたとよくテレビでやっている。
それなら自分の恋も――
〝無理だよ〟
「ッ」
不意に先日の李哉の言葉が頭を掠める。
強くなろうと決めた。
李哉のために強くなると心に誓った。
誓ったのに――李哉の〝無理〟という言葉が頭に過ぎる度に、毎回不安に思う。
本当に、大丈夫なんだろうかと。
翌日。昨日の夜はずっと寝たフリをして一睡もしていなかった來はやはり昼過ぎに起きた。
起き上がるとすぐ横には李哉の姿があり、少し心配するように聞いてくる。
「もしかして來、眠れてない?」
「なんで?」
大きな欠伸をしながら逆に聞き返す。
「だって來、どう考えても最近おかしいよ」
「気のせいだって言ってんだろ。で、今日は何すんだ?」
「えーと、秀伯父さんとお父さん達で川で釣りをするって言ってたよ」
「釣りか! じゃあ行くか!」
來は元気良く立ち上がってテントを出て行く。
テントから出た瞬間、爽やかな夏の風が來の身体を撫でて通り過ぎていく。
森という事で家にいる時よりも涼しく、風が気持ちいい。
見る物が全てがとても美しく輝いているように見えて、一瞬驚く。
鳥の囀る音に風で木々が揺れる音。そして川の流れる音。
自然が來の心を癒していくのを感じた。
しかもその景色の中に李哉が入ってきて、まさにこの景色は完璧な物になった。
今までにこんなに美しいと感じた物はない。
(――自然って、こんなにいい物だったんだ)
そう思いながら目を閉じて更に自然を感じようとした時――
「キャアァァァァァ!!!! やばっ…これはやばっ…人間的に終わってしまう!! でもいい! そこがいい! なんかいい! 特に最後の台詞が良い!! もっと、もっともっと病んでおくれぇ!! もっと、これでもかってくらいに病んで!! これ以上ないくらいに!! 誰も越えられないくらいにぃぃぃ!!!」
背後からBL漫画を読んでいる涙の奇声が聞こえて、鳥達が驚いて羽ばたいていく姿が見える。
來の身体は全身に怒りを溜めて全身をわなわなと震わせ、思いっきり怒りを涙にぶつける。
「うるせぇよ腐女子野郎がぁぁぁ!! 病んでるのはお前の方だろうがぁぁ!」
「私は病んでなんかいないわよ! 私が言っている病んではヤンデレの事よ!!」
「お前が十分病んでる事は知ってるから……はぁ、もういい」
來は深い溜息を付いて体力を全力で削がれた気分で――いや、実際に削がれたのだが……。
よろよろと川の方の向かい、秀と大喜と政哉が釣りをしている所まで歩いていく。
その隣を李哉が歩き、二人は並ぶようにして歩き、釣りをしている男達の所へ行く。
そこには釣りという名の男のロマンを味わっている男三人の元へ良くとそこには來と李哉の分の竿と小さな椅子が置いてあり、竿は既に川に糸を垂らしている状態だった。
三人とも椅子に腰掛けては竿に魚が掛かると竿を握っている様子だった。
來と李哉の姿を見ると秀は待ってたと言わんばかりに二人を椅子に座らせて釣りをさせる。
それはいいのだが――
五分経過した頃、秀の竿に魚が掛かる。
十分経過した頃、大喜の竿に魚が掛かる。
三十分後、また大喜の竿に魚が掛かる。
――釣り糸が絡まない程度に離れた場所に並んで釣りをしているのに、政哉と來と李哉の竿には何も掛からない。
「……なぁ、どうなってるんだ? これ…」
「魚は気まぐれなんだよ…多分…」
「だぁあ!! こんなのいつまでもやってられるかぁぁ!!」
竿を投げ出そうとする來に政哉が優しく宥める。
「來君。もう少し待っててごらん。すると絶対に掛かるから」
「そうだよ、來」
二人に宥められて仕方なく椅子に座りなおして大人しく流れる川を見つめる。
そして五十分が経過した時――
竿に反応があった。
しかしその竿は今まで釣れていなかった政哉の竿だったのだが――
そしてようやく政哉は魚を釣り上げる。
その姿を見て來と李哉から妬みのような念を感じたが、政哉は華麗にスルーして釣り糸を川に垂らす。
更に一時間後――
少し照り付ける日の中、來と李哉は反応のない竿を見つめている。
その時、來の竿に反応があった。
すぐに竿を手にとって魚を釣り上げようとしたが――
魚ではなくて木が釣れた。
それを見て來の怒りが爆発する姿を李哉は目に見えていた。
目に見えたというよりも、見てしまったのだが……
木を見た瞬間、一時間ずっと押し殺していた怒りを爆発させて竿を投げ捨てて叫ぶ。
「こんっ……な、くそ熱い時にちまちまちまちま釣りなんか出来るかぁぁぁぁああ!!!!」
來の叫び声は森に響き渡り、美しい囀りを奏でていた鳥達が驚いて大空へ飛び立って行ってしまう。
そんな事には気付かず、來は網を持って川の中に入って行く。
幸い、短パンだったので服は濡れなかったのだが。
川に網を入れて魚を取ろうとするが、魚達は驚いて大喜達が釣りをしている方へ逃げていき、その魚達を秀と大喜が釣り上げていく。
「うん、これ以上釣ったら食べ切れないからこれぐらいでいいよ。二人ともお疲れ。川で遊んでおいで。片付けは僕に任せて。政哉と大喜さんは二人を見てて」
「わかった」
「じゃあ二人とも、海パンは持ってきてるだろう? それに着替えておいで」
「「はーい!」」
嬉しそうな声で二人は返事をし、それを聞いて政哉と大喜は微笑む。
着替えに行く二人の姿を見て懐かしそうに目を細めて大喜が呟く。
「俺達にもあの頃があったんだな」
「もうかなり昔の事だけどね」
そう、政哉と大喜は小さい頃からの幼馴染み。
今の來と李哉のように同じ時を二人で過ごしていた。
そして李菜と雪に出会ったのは二人が中学生の時。
その時から四人は仲が良く、一緒に大人になっていった。
大人になると大喜と雪が付き合うようになり、そんな二人につられて政哉と李菜も付き合う事になった。
もしかしたら來と李哉もそうなるかもしれない。
昨日李哉は否定していたが、二人にはそうなって欲しいと思う。
そう思うと二人は微笑む。
政哉は少し大喜を見つめ、更に優しく微笑む。
そんな二人の後ろで秀が呟く。
「本当に、子供は良いね…」
その言葉に政哉と大喜は重みを感じる。
秀には奥さんがいた。
しかし――結婚してすぐに事故に遭って亡くなってしまったのだ。
だから秀には子供がいない。
そのため秀は今一人で結構広い平屋建ての家に住んでおり、漁師をやっている。
子供がいないから子供にとても優しく接してくれる。
二人とも秀に声を掛けられず、着替えてやってきた來と李哉に代わりに声を掛ける。
「深い所は行ったらいけないよ」
「流れが速いから気を付けて」
「「はーい」」
川で遊び回った來と李哉は川で釣った魚を焼いて食べるとすぐにテントで眠ってしまった。
そんな二人の無邪気な寝顔を見て秀が微笑んで言う。
「本当に可愛いね、子供は」
「――なんか、ごめん秀兄さん」
「何が?」
「いや…兄さんがそう言う度になんだか罪悪感が――」
「気にする事はないよ。政哉達のせいで事故に遭ったわけじゃないんだから」
「そうだけど……」
「そういう運命だったんだよ。最後まで幸せだったんだ。あの人は」
秀は何処か切なげに星が輝く夜空を見上げて言う。
つられてみんな夜空を見上げる。
自然の中で見る星空はいつもより美しく輝いて見えた。
都会ではネオンの光やビルの光で星があるのかさえわからない状態だったが――
こうして見るととても神秘的な物に見える。
「それに僕はただ子供が好きなだけだから別に羨ましいとか、そういうのはないから」
秀は明るくみんなに笑ってみせる。
「それにしても――本当に今日は星が綺麗ね」
「あ、この子達、天体観測のレポートが宿題で出てなかった?」
「そういえばそうね――」
「今は寝かせておいてあげて。二人とも疲れてるんだ。それに――あと六日も残ってるんだ。また見られるよ。この星空を」
秀の言葉でみんなが來と李哉を起こす事は無かった。
――そんな事を、眠っている二人は知る由もない。
七月二十七日の夜。
昨日は十分に睡眠をとったので流石に今日は寝不足じゃない來と青ざめて震えている李哉は森の中にいた。
どうしてこんな状況になったのか、その理由は数時間前に遡る――
三時間ほど前の事。
今日はやる事がないので天体観測のレポートを書こうとしたのだが、生憎にも本日の天気は曇り。
昨日の天気も曇りだったのでそれは仕方ないのだが。
二人が肩を落としていると秀が唐突に言い出したのだ。
『ならば今日みたいな天気の日は肝試しをしよう!!』
すると涙と李哉以外は皆賛成し、急遽肝試しを行う事になったのだ。
トップを行くペアは來と李哉のペアだった。
ルールは李菜が持っていた可愛いクマのキーホルダーが置いてあるキャンプ場の入り口までを行って帰って来るというものだった。
來は懐中電灯を片手に李哉の前を歩く。
そんな來の背後を李哉が震えながら歩いている。
――こういう場合、普通は腕を組んで歩いたり服の端を掴むのが定番なのだが……。
今の來にはそんな事をさりげなく勧める事なんて出来ない。
(くそっ! この根性無しが!)
すると――
鳥が木から羽ばたいて行く音に李哉が驚いて少し來に近寄る。
しかし、まだ触れるような距離ではない。
もう少しなんだが――李哉は來に触れない。
來は心中で舌打ちをしながらも歩みを止めないで歩き続ける。
その時――
「うわっ!?」
李哉が何かに驚いて來の左腕に抱き付く。
突然抱き付いて来たので逆に來の方が驚いてしまい、李哉に聞こうとしたが――
「キャアァァァァァーーーー!!!!!」
女性の叫び声が近くで聞こえ、李哉は強く目を閉じて抱き付いている手にも力を入れる。
「き…李哉、今のはただの腐女子の奇声だから安心しろ。で? 何があったんだ?」
「あ…ああ、あし…足元に、なんか通った……」
声を震わせながら李哉は必死に伝えようとしている姿を見て抱き締めたい衝動に駆られた。
暗闇の中なので、少し勇気を出してみようと思い李哉を抱き締めようとした時――
「キャアァァァァァァァ!!!!!! そうそう!! もっと、もっと距離を縮めて!! もうキスでも押し倒してなんでもしちゃいなさいよぉぉぉ!!!」
そんな事を叫びながら白装束を身にまとった涙が二人の目の前に現れる。
李哉は驚いて目を閉じたまま顔を來の腕に埋めている。
來は持っていた懐中電灯を左手に持ち、感じた怒りを右手に溜めて涙の頭に手刀を食らわす。
完全に目の前が見えていなかった涙は來の手刀をまともに食らってその場に蹲る。
「安心しろ李哉。悪霊は退散したからな。ほら、先に進むぞ」
目を閉じている李哉を連れて涙の横を通り過ぎて先へと進む。
しばらく歩いていると少し慣れてきたのか、李哉が目を開いて普通に歩く。
腕はまだ掴んだままなのだが。
懐中電灯を道の先に向けた瞬間、李哉が反応して手に力を入れる。
「今度はどうしたんだ?」
「む、向こう――今…光が……」
もう一度懐中電灯を李哉が光を見たと言った方向へ向けた瞬間、懐中電灯の光が消えた。
李哉はもう完全に恐がってしまい、またも目を閉じる。
そんな李哉を見て來がネタばらしをする。
「どうせ電池が切れる寸前までわざと付けてたんだろ」
「ど…どうして來って怖がらないの…?」
「だって、どうせ母さん達が考えた肝試しだろ? 俺は脅かし役がいる肝試しは反応薄いって知らなかったか?」
「じゃあ、脅かし役がいなかったら怖いの…?」
「そうだな…。ほら、前回みたいに李哉の母さんが脅かした――あれはマジでびびった」
そんな話をしていた時――
ぴちゃん――ぴちゃん、と雫が水に滴り落ちる音が聞こえた。
――たしか、この辺りは川から離れているので水の音は聞こえないはずだ。
李哉は身体を強張らせて身動きが出来なくなっていたが、來が無理矢理水の音のする方に行ってみる。
水の音が聞こえる所に行くと地面がぬかるんでおり、足元に注意しながら歩いていると李哉の身体がびくん、と跳ねる。
「どうした?」
「みみみみみ…み、水が上から――」
「上?」
李哉の上を見上げて見るとそこにはペットボトルが吊るされており、中の水が滴り落ちてくるようになっていた。
それを李哉に説明してみせると李哉は安心したように胸を撫で下ろす。
が、それも束の間――
李哉が来た道を振り返ると、そこには全身ずぶ濡れの長い髪を乱した女が立っており、白目を剥いてにたりと笑っていた。
それを見て李哉は声にならない声を出し、來を引き摺るようにしてキャンプ場の入り口まで走っていく。
李哉が來の腕を掴んでキャンプ場の入り口まで来てくれたおかげで予定よりも早くキャンプ場の前に着く事が出来た。
全力でここまで走ってきたので二人は肩で息をしながら息を整える。
來がキーホルダーを探し、それをみつけて李哉の方を見ると落ち着いたのか、胸を撫で下ろしながら呟く。
「ああ…びっくりした…」
「――おまえさぁ、何回自分の母親に驚かされてるんだよ?」
「え?」
「さっきの、李哉の母さんだったぞ」
そんな事を來は真顔で李哉に言った。
來の言葉に李哉は理解出来ていない素振りを見せたが、数秒経ってようやく理解した様子だった。
「だっ、だって…わかるわけないじゃないか! 暗かったし、濡れてたし…!」
「そういう演出だろ? いいか、李哉。出て来るのはみんな生きてる人間だ。だからそんなに怖がるなよ」
「……僕、絶対來とはお化け屋敷に行かないと思う」
「そうですか」
「それに脅かし役もつまらないと思うよ。來の反応は」
「ほら、キーホルダー回収したから戻るぞ」
「う…うん」
二人は再びテントに向かって歩き出す。
懐中電灯の光が消えてしまったので明かり無しで暗い道を進む。
すると――草むらが風も吹いてないのにがさがさと音を立てて揺れる。
その音を聞いて李哉の身体がびくん、と跳ねる。
「気にすんなって言ってるだろ」
「でもぉ…」
「放っていくぞ」
來はそう言い放って足早に歩く。
そんな來の隣を怯えながら歩く李哉。
二人の足音とは別の足音が後方から聞こえて来る。
そしてその足音は少しずつ速度を上げていく。
來も歩く速度を上げながら考える。
今度の脅かし役は一体誰だろうかと。
こんな事をするのは多分秀だろう……。
大喜と雪は脅かし役には回っていなかった。政哉は次のペアなので脅かし役ではない。
そう考えていると不意に足音が消えた。
少し不思議に思って來は歩みを止めて後ろを振り返る。
しかしそこには人の姿がない。
足音が聞こえた距離は結構近かった。
あと四歩ほど近付けば触れられそうな距離だったはず。
そんなに近かったら茂みに隠れる時、音が聞こえるはずだが――その音も聞こえなかった。
それ所か何の気配も感じられない。
――流石秀だ。クオリティが高い。
まるで本物の幽霊のようで背筋がぞくぞくとする。
(姉貴が考えたんだろうな……。相変わらずクオリティ高いな)
來はにやりと口元を綻ばせ、テントへ向かって再び歩み始める。
しばらく歩いているとまた足音が背後から聞こえる。
再び秀が脅かせようと後ろからつけているのだろう。
その思惑通りに李哉は恐怖を感じているのだが――
しかし、今回は様子がおかしかった。
結構遠くから聞こえていた足音がものすごい勢いで二人の元にやって来る音が背後から聞こえて来る。
その音に驚いて李哉が走り出す。
「ちょっ…李哉――」
突然李哉が走り出したので來は引きずられるようにして走り出す。
李哉が來の前を走り、テントへ向かっている李哉に声をかける。
「落ち着けよ李哉!!」
大声を出しても反応がないので來は仕方なく引っ張られていた手を逆に來が強く引き、李哉を止める。
強く手を引かれ、その勢いで李哉が來の方に引かれてそれを優しく抱き止める。
李哉を抱き止めた瞬間、心中でやった!とガッツポーズをしたが、平穏を装って李哉に言う。
「落ち着けよ。あれは多分秀じいさ――」
腕の中にいる李哉は青ざめて來の背後を見つめて手をぶるぶると震わせながら指差している。
一応そちらの方を振り返ってみると――
ものすごい勢いで首のない男が両腕を振り回しながらこちらに向かって走って来ていた。
流石にこれは來も驚き、思わず李哉と声を合わせて叫び声をあげる。
「「ぎぃやあぁあぁぁぁぁぁぁあーーーーーー!!!!!!」」
そしてテントへと全力で走り出す。
離れないように李哉と手を繋いで走るが――
基本的に李哉は足が速く、どうしても李哉が來の前を走って來を引っ張るような形になる。
その時、李哉の後ろを走っていた――いや、李哉に引っ張られていた來の左腕を首のない男に掴まれる。
氷のように冷たい手で掴まれ、背筋に|寒気が駆け抜ける。
冷たいだけではなく、まるで骨を握り折るような力で腕を掴まれている。
「いっ……てぇな、おい……」
振り払おうとしても腕はびくともしない。
まるで人間離れした力で來の腕を握り、左腕にもう感覚が無くなっていく。
そんな來に李哉が気付き、更に走るスピードをあげる。
「――いい加減にしろよ……腕、ちぎれるだろーが…」
來の声を聞いても男は力を緩めない。
怒りがこみ上がってきて脅かし役だとわかっていても構わずに來は――
「流石に脅かすって言っても、ちとやりすぎじゃねぇの…? いい加減にしねぇと……殴るぞゴルァ!!」
來は李哉の手を振り払って男の腹部に思いっきり右肘を沈ませる。
すると男は來の腕を放し、李哉の手を握って再び走り出す。
もうどうやってテントの所まで戻って来れたのかがわからないほど全力で走ってここまで戻ってきた。
二人の姿を見た雪と大喜と涙が笑いながらそれぞれに声を掛ける。
「帰り道びびってたな」
「行き道なんて本当につまらなかったのに」
「なんか出てきたわけ?」
息を切らせながら來が三人に恨みの念を込めながら唸るように呟く。
「誰だよ……俺の腕、ちぎれるくらい掴みやがった奴…」
「え?」
「來君と李哉君、戻ってきた?」
そう言ってやってきたのは政哉だった。
やってきた政哉を思わず睨み付けながらようやく息を整えて怒鳴る。
「秀じいさんはどこだぁ!!?」
「呼んだ?」
來の背後から秀の声が聞こえ、驚きながらも秀を鋭い目付きで睨み付け、掴まれた左腕を見せ付けながら怒鳴る。
「お前だろ!? 俺の腕、すげぇ力で掴んだのって!!」
來の声を聞いて李菜が驚いて來達の元へやってくる。
これでみんなが揃う事になった。
「腕…?」
「ちょっと來、何言ってんのよ。あたし達、行き道は脅かしたけど帰りは次の人の準備のためにみんなここに戻ってきてたわよ」
「え――」
「ちょっと來君、腕を見せて」
秀にそう言われたので一応見せてみる。
特に治療するほどではなかったが、來の左腕には男に掴まれた手形がくっきりと残っていた。
秀はその手形に自分の手を重ねてみるが――
大きさが全く違った。
秀は男性人の中で一番身体も手も大きいのだが、そんな秀の手でも小さかった。
――という事は……。
帰り道で会ったあの男は、本物の――
來と李哉は顔をお互いに見つめる。
その顔が青ざめていたという事は言う事もない。
翌日。
來の腕に残った手形は夕方頃にようやく消えた。
その手形を見る度に昨日の事が本当にあった事だと思い知らされた。
だが、手形が消えるとすぐに來はその事を忘れてしまったが、李哉はトラウマになってしまっていた。
そんな李哉を励ましながら夕食を食べ終わった頃。
「なぁ、李哉」
「なに…?」
「上、見てみろよ」
「上…?」
來が空を見上げていたのでそれにつられて李哉も空を見上げてみると――
暗い夜空にはまるでキラキラと輝く宝石を散りばめたように星が瞬いていた。
昨日と一昨日は曇ってて星空など見れなかったのに、今日は先日秀達が見た星空よりも綺麗に見えているなんて事――この二人は知らない。
その星空を見て李哉が天体観測のレポートを思い出して來に言う。
「來! 天体観測のレポート書こうよ!」
「そうだな」
どうやら星を見たおかげで昨日の恐怖が吹き飛んだようで、すぐにテントから天体観測のレポート用紙とえんぴつを自分の分と來の分を持って來の元に戻ってくる。
レポート用紙を渡されるが、來は書く事は無くえんぴつを片手に李哉に聞く。
「天体観測ってなに書けばいいんだ?」
「あった事を書けばいいんだよ」
「だからなにを?」
「星の様子を」
「――あんまわかんねー。もういいか、適当で」
「一文で終わるのはダメだって」
「はいはい」
二人は綺麗な星空を見上げながらレポートを書いていく。
そんな二人を秀達は見守る。
來はレポートを書かずに星を眺めている。
すると不意に五歳頃に今と同じように李哉の部屋から星空を見ていた事を思い出した。
あの時は抱いていた感情が何だったのかわからなかった。
李哉が隣で笑ってくれているだけで良かった。
あの時見た星空も今のように綺麗だった事は覚えている。
それは隣に李哉が居たからなのか、星が綺麗だったのと李哉が隣に居たからだろうか。
星を見ながら、未来の事を考えてみる。
五年後も、十年後も、今と同じように李哉と星を見ているだろうか。
いや、それはこれから先ずっと変わらない。
ずっと來と李哉は一緒に過ごし、未来も今のように一緒に星空を眺めている。
違うのは――李哉に自分の想いを伝えた場合。
十年後は、ただの幼馴染みではなくて――恋人としてこの星空を見たい。
そう思うと李哉に聞いてみたくなる。
李哉はどんな未来を考えているのか、どんな大人になりたいのかを。
「なぁ、李哉」
「んー?」
「李哉は将来はどんな人間になりたい?」
「どうしたの? 急に…」
「いや、大人になっても李哉と一緒にこうやって星を見られるのかなって思ってさ」
「見られるに決まってるよ。これから先もずっとね」
「そうだな」
そこで会話終了。
話す事がないわけじゃないが、なんとなく話よりも一緒に星を見ていたかったからだ。
李哉と一緒に、二人だけでこの美しい夜空を見ていたい。
そう思ったから何も言わない。
來は立ち上がってテントの中に入り、テントで横になって星空を見上げる。
すると李哉もテントの中に入って來の隣に座って星空を眺める。
トクン、トクン――
ただ隣にいるだけなのに胸はときめく。
李哉への想いが一緒にいるだけで強くなっていく。
ときめく心臓が心地良い。
(李哉のために――なんかしたいな)
そう考えた時、ふと頭にある疑問が過ぎる。
(そういえば、李哉の誕生日どうしようか……。何をプレゼントしたら喜ぶんだろ)
よく考えてみれば今まで李哉の誕生日にプレゼントと呼べるような物をあげた覚えがない。
毎年ただ一緒にケーキを食べてゲームをして一緒に過ごすだけ――
(やっぱりプレゼント、欲しいよな…)
何をプレゼントしていいかわからず、ストレートに李哉に聞いてみる。
「そういえばさ、誕生日プレゼント今考えてるんだけど。李哉、何が欲しい?」
「さっきからどうしたの? プレゼントなんて毎年くれなかったのに…」
「いいじゃんか別に。やりたくなったんだよ。で? 何が欲しいんだ?」
「んー。なんでもいいよ。來がくれるものならなんでも」
「そーゆーわけにはいかないだろ」
李哉はレポートを書いていた手を止めて來の方を見る。
両膝を抱えて膝に左頬を乗せて答えた。
「じゃあ…來が僕のために何か作ってよ」
「何かって…なんだよ? 食いもんか?」
「そうじゃなくて――あ、でも來の手作りケーキ食べたいかも」
「マジでか」
「でも來、料理とか出来ないから無理だよね」
「――作ってやるよ」
「え?」
「李哉の誕生日だ。お前が欲しいと言う物は全部やるし、ケーキだって作ってやるよ」
そう言う來の姿が一瞬、いつもより大人のように李哉は見えた。
いつもと何一つ変わらないはずなのに、何かが違って感じた。
「……ほんと、どうしちゃったわけ?」
「いいだろ。それで、そうじゃなくての続きは?」
「そうそう。ケーキもいいけどさ、僕は一生残るような物が欲しいな。僕の証のような物」
「……難しい注文だな」
「なんて、無茶な事言ってごめん。本当にケーキだけでいいよ。別にケーキ無くてもいいし」
李哉はそう言って笑うが、來は必死に李哉の言った条件に合う物を考える。
しかしそう簡単には思い付かない。
一つ思い付いては消え、三つ思い付いては五つ消えてしまうのような条件。
そんな条件に合う物がはたしてあるのだろうかとさえ思えてくる。
(手作りで一生残って証のような物――なんだそれ)
まるで謎々でも投げ掛けられたような気分になる。
必死に考えていると李哉が急に言い出す。
「あ、來! 流れ星!」
――――
來の返事がない。
不思議に思って來の方を見ると――
來はどうやら李哉へのプレゼントを考えながら眠ってしまったらしい。
そんな來の寝顔を見て李哉は優しく微笑む。
そして綺麗な星空を見上げる。
次の日。
明日帰ってしまうので今日は來と李哉はこれでもかって勢いで遊び明かし、気が付くともう夜になっていた。
遊んでいる時にも李哉のプレゼントについて考えてみたはいいが、全く思い付かなかったので諦めて李哉の誕生日の十一月までに考える事に決めた。
みんなで一週間あった事を語り合っていると夕食を食べ終え、それでもみんなはそれぞれのキャンプの思い出を語る。
すると焚き火をしていると小さく弱い光が辺りに舞うように飛んでいるのが見えた。
火の粉が辺りに飛んでるのかと最初は思ったが、秀が焚き火の火を消すように言ったので火を消してみると――
辺りは小さな無数の淡い光で満ちていた。
最初はその光がなんなのかわからなかったが、不意に李哉が気付く。
「この光――ヘイケボタルだよ」
「ホタル?」
「うん。ほら、前に言ったじゃないか。光が弱いけど六月から九月頃までいるホタルがいるって」
「てか、あのじいさんの言った通りだな」
「ほんとだね」
ホタル達はみんなを囲むように飛んでおり、とても幻想的な雰囲気を作り出す。
「本当に、ホタルの森みたいだね……」
「そうだな」
「そういえば、あの宝探しの問題を作ったのって――秀伯父さん?」
「ん?」
秀は缶ビールを飲んでおり、缶を置いて答える。
「ああ、そうだよ。でも僕は一度も見た事なかったけどね」
「じゃあどうしてホタルの森を知ってたの?」
「僕と政哉の父さん――李哉君から見たらおじいちゃんから話をよく聞いていたんだ。すごく綺麗だったみたいだよ。だからそこを問題に出してみようと思って……。宝探しは楽しかった?」
「「うん」」
來と李哉は同時に答える。
今回のキャンプ。ある意味一生忘れられない大切な思い出が出来た。
そう、忘れる事のない思い出が。
空にはキラキラと輝く星空、辺りはホタルの淡い光。
二つの光に照らされる李哉を更に愛しいと思えた日でもあった。
どうして、過去の記憶はこんなに鮮やかに、鮮明に思い出せるのだろうか。
何故子供の頃の思い出は嫌でも思い出してしまうのだろうか。
その答えは――無邪気な子供だったからだ。
世界の穢れを知らなかった、世間知らずの子供だったから。
だからきっと、子供の頃に見た景色を今見てみると、色褪せて見えるはずだ。
少なくとも、青年はそうだったから。
生まれ育った故郷はこれ以上ないほどに色褪せて見える。
それは〝あの日〟から、ずっとそうだ。
色褪せて見えるからこそ、幼い子供だった頃の記憶が繊細に思い出せるのだろう。
ふと思い出すならまだいい。
何かしている時に思い出すならまだいい。
――夢の中に出て来るのだけはやめてくれ。
俺はお前が大好きで、愛しくて――大嫌いなんだ。
嫌いなのにお前が愛しくて堪らない。
愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて――
お前を殺したいくらいに愛してるんだ――
~To be continued~