青春スクエア ~弘瀬來の片思い~ 小学生編3
夕方の六時頃の砂浜に海を眺める弘瀬來の姿があった。
少年の腕の中には大きな西瓜があり――
「おいお前ら! 準備はいいかぁ!?」
みんなに声を掛けた。みんな――雪と涙と李哉に元気良く問うと、みんなは來の予想していた事と違う事を口にする。
「そんな事より來、早く西瓜割りの準備してよ」
「そうよ。遊んでる暇があるなら手伝いなさい」
李哉と雪にツッコミを入れられ、來は渋々と西瓜割りの準備を始める。
そう、今は西瓜割りの準備をしている最中だ。
割った西瓜を後で食べられるようにシートを敷いている準備をしている。
「そんなに西瓜抱えていなくても西瓜は逃げないよ」
「へいへい」
來が渋々西瓜を転がらない場所に置いて手伝いをしている横で涙も渋々と手伝いをしながら呟く。
「何が楽しくて男のいない砂浜にこなくちゃいけ――って、キャアーーーーー!!! まだいるじゃん! 海パン男子!! そうか! 夜が一番いいのか!! 暗いからみんなから見えないし、水中プレイもなんでも出来るじゃん!!」
「姉貴、口より手ぇ動かせよ」
「涙さ~ん。それ、呟きじゃないですよ」
李哉が涙にそう言いながらもシートを敷く手伝いをする。
少ししてシートを広げて敷き終えると、來が西瓜を一つ持って李哉と涙に先程と同じ言葉を掛ける。
「おいお前らぁ! 準備はいいかぁあ!?」
「OK!」
「じゃない!! 気合を入れる合言葉がそんな事でいいのか!? そこはさ! テメーらァァァ!!それでも銀た――」
涙の言葉を最後まで言わせないように李哉は言葉を遮るように言う。
「涙さんも準備OKだってさ!」
だが、涙の言葉を完全に遮る事は出来なかった。
「ついてんのかァァァ!!! でしょーがぁぁぁ!!」
言い終えてすっきりした様子でガッツポーズをしてみせる涙に対抗して來がそれに負けないように声を張り上げる。
「まず一番手!! 最初に西瓜割りすんのは誰だぁぁぁ!!?」
「はい! 私…銀色の侍――もとい、フォロ方フォロフォローで行かせてもらおう!」
「わけわかんねーよ。いいからやるならやれ」
「御意」
涙は思いっきりオタクネタを言いながら目隠しをしてもらい、西瓜割り用の棒を持ってその場に立つ。
涙が目隠ししたのを確認してから來は持っていた西瓜を涙の背後に置く。
すると――
「そこだぁ!!」
來の気配を感じ取ったのか、涙が來に向かって棒を振り上げる。
「ぬぉわっ!?」
來は棒が当たる寸前に身をかわし、涙に反論する。
「おめっ……俺じゃなくて西瓜を狙え!!」
「ふふふ……あたしの真の目的は最初から一つに決まってるでしょ。アンタの頭をカチ割る事よ」
「ふざけんなぁぁ!!」
來はシートの上を逃げ回るが、涙はまるで見えているかのように走って來の後を追う。
「ふふふ……私には超能力が使える上にアンタの気配を読み取る事も可能なのよ」
そう言って涙は目隠しをしたまま來に攻撃をする。
李哉は涙を止めようかと迷ったが、めんどくさいので本当に危険になった時に止める事にした。
「貴様にこの伝説の木刀、洞爺湖の攻撃を防げるかな…?」
「姉貴!! 頼むから帰って来い!!!」
來の声が聞こえていない状態のようで、涙は棒を振るう。
來に向かって渾身の一撃を涙は与えようとする。
もうかわす事も出来ず、來がその場で身構えると李哉が西瓜を持って來の前に立ち、涙の棒を西瓜で受け止めた。
西瓜は見事に割れ、シートに落ちる。
そんな守り方をしたので服や身体が西瓜の汁で濡れてしまったが、涙の動きを止めるにはこうするしか他に方法はなかった。
「はい、涙さんの西瓜割り終了です」
そう言って李哉は涙から棒を奪い、目隠しをはずす。
「え? 私は今まで一体何を――」
危険が去ったのを見て來が怒鳴る。
「何をじゃねぇだろーが!! お前、絶対俺を殺す気だったろーが!!!」
「そんな事を私が……? きっと洞爺湖にとり付かれたんだわ」
まるで自分は何もしていませんという様子で涙は喋る。
「嘘付け! お前が自分の事〝あたし〟じゃなくて〝私〟って言い出した時はアニメのキャラクターになりきってる時だって知ってんだからな!!」
「もう終わった事なんだからいいじゃない。別に」
そう言って涙は雪達がいる所に行ってしまった。
「…………」
來と李哉はその場に残され、風が二人を虚しく撫でる。
二人だけで西瓜割りと言うものほど悲しい物はない。
「…後でみんなでやろうか? 西瓜割り」
「……そうだな。とりあえずあの腐女子が割った西瓜食うか」
「そうだね…」
來と李哉は涙が残した残骸を虚しく食べる事になった。
日が完全に沈んだ頃、再びみんなで西瓜割りをし、食事をし終わった後の事。
來が海に入ろうとして準備運動を始めた。
「さーて、花火までの間に海で泳いでこよ――」
「その前に、來君。まだ夏の風物詩が残ってるよ」
秀の声が聞こえ、來は振り返って秀を見る。
李哉と涙も不思議に思って西瓜を食べながら秀を見る。
西瓜割りはやったし海水浴はこれからする予定だ。
後やっていないのは花火と夏祭りぐらいだが――
「花火なら後でやるじゃん?」
「花火じゃない」
李哉は秀が言いたい事に気付き、來の後ろに隠れる。
「え?」
「もしかして――」
涙も気付いて顔を青ざめる。
「え――」
來は未だにわからず、秀を見つめる。
「まだ残ってるよ……夏の風物詩。怪談話が――」
「怪談!? マジで!? 俺超聞きたい!!」
怖い話が好きな來が秀の話に食い付くと李哉は來の後ろで小さく言う。
「怪談話をしてたら幽霊が来るんだって…だから、やめようよ」
「あ――あたし、お母さん達の所に――」
「ダメだよ、離れたら。もしも離れたら――幽霊に連れて行かれるかもしれないよ……?」
秀が李哉と涙を怖がらせ、二人を身動きが出来ない状態にする。
基本的に李哉はオカルト系の話が大の苦手だ。
それは小さい頃からだが、昔より今の方が怖がりかもしれない。
夏になると來が怖い話を聞かせるからだ。
涙は小さい頃から怖い話が好きだった來が夏になると毎晩毎晩心霊話をし、涙はどうやら見えるようなので心霊話を聞きたがらない。
「それじゃあ始めようか。みんな一人ずつ本当にあった怖い話をしていくんだ。――じゃあ、まずは誰から?」
「まずはどれくらいのレベルで話せばいいのかわかんねぇから、秀じいさんから話してくれよ」
「わかった。じゃあ話すよ」
秀は少しの間口を閉じる。語りだすまでのその間の静けさが雰囲気を出し始めた所で秀は口を開いて語り出した。
「これは私の母が体験した事です。あれは――夏の出来事でした。母が家族で花火を見て帰る車の中での出来事。昔は海で今は開拓地になっている住宅街を通り、いつものように帰っている時でした。信号に掛かって車を止めた時に母は気付きました。真っ暗な道路脇で腰を曲げ、杖を持っていて銀縁の眼鏡を掛けた白髪のおじいさんがいる事を――」
そこまで聞いて涙は西瓜を片手に真剣に話を聞く。
李哉は怖いのか、來の右腕を掴んで離そうとしない。
來は李哉に腕を掴まれているドキドキと怪談話を聞いてドキドキするのと二重の意味でドキドキとしていた。
「母は最初あの暗闇の中、何を探しているのだろうかと私の父に聞くと父は笑いながらこう言いました。
あれ、幽霊じゃないのか? と――。まさか、と思ったんですが……どう考えてもそのおじいさんが生きている人間だとは思えず、何かを探し彷徨っている姿だとその時母は思ったようです。それから三ヵ月後の事です。テレビである殺人事件の話があったんです。なんと殺された老人の特徴が三ヶ月前に開拓地で見た老人と同じだったんです」
秀の話を聞いて三人が同時に唾を飲み込む。
「だけど、テレビの映像で探している場所は三ヶ月前に開拓地で見た所と全く違い、思わず母は警察に電話して開拓地でその老人を見た事を言い、見た場所を指定しました。すると数日後――母が老人を見た所から出て来たのは……なんだと思う?」
秀は急に話を三人に振り、一瞬三人は驚いたが一応答える。
「骨…?」
「遺留品?」
「そこから出て来たのは腰の骨と老人を見た時と同じ服装、身に着けていた遺留品が全部出て来たんです。そのおじいさんは生き埋めにされたようで、それを母に知らせて早く外に出たかったのでしょうか――。それとも他に目的があったのでしょうか……」
秀が語り終えると辺りが静かになり、虫の鳴き声と風が木を撫でる音だけが聞こえる。
その静けさが逆に怖さを引き立て、まるで霊が寄って来ているかのようなその雰囲気を変えまいと來は怖い話を続ける。
「じゃあ次は俺! これ、俺の友人の話なんだけど――家の近くによく霊が出るカラオケ屋があって、そのカラオケ屋……病院の跡地に作ったからけっこうヤバイのが出るんだけど、ある日友人が久々に逢った親友とそのカラオケ屋に行った時の事。その部屋は3号室で、前から友人はその部屋に入ると空気が重いから何かいると思ってたんだけど――親友と3号室に入った時はいつもと違ってた。
まず部屋に入った瞬間、入ってくるな!!って言うように空気が急に重くなったんだって。部屋を変えてもらう事も出来るんだけど――その時は友人、友人の親友、友人の母で来ていて友人の母が部屋を変えるのを嫌がったのでそこで歌う事になったんだけど。みんなで一曲ずつ歌って友人が歌い終わった後、自分の曲を入れようとした時――」
來がそこで言葉を切るので聞いていた者は皆続きを待つ。
李哉は來の腕に力を入れて聞きたくなさそうな様子だったが少し意地悪をしたくなって來は続ける。
「曲を送信する機械あるじゃん? それと少し離れた所にその機械から曲を受信する機械があるじゃん? その受信する機械とテレビの間に10cmぐらいの隙間が開いてて――その隙間から誰かが覗いてんの」
それを來は李哉の方を見て言うと李哉は目を瞑って來の腕を強く握り、その手は微かに震えていた。
一瞬抱き締めたくなる衝動に駆られたが來は秀を見て話を続ける。
「友人は少し霊が見えるらしくて、でもそんなに直視しないから視線を合わせないようにしてたけど視界に入るのが嫌で手で見ないようにしてたんだけど、自分が歌う番が来ると友人の母がその店はフリードリンクだったから飲み物をおかわりに行った時――友人の親友がさ。かなり霊感があるみたいで自分からそのテレビの後ろにいる霊を見に行こうとする。友人は最初何も思わなかったんだけど、親友がテレビの台を動かした瞬間――
見るなぁ!!!と友人の背後で叫び声が聞こえ、友人は歌う事を忘れて親友に思わず見るなと言ってしまい、そしてすぐに部屋を変えてもらいましたとさ」
李哉はまるで小動物のようにふるふると震えており、可愛いなと思いながらも少し意地悪をしたくなって話を更に続ける。
「それからしばらくしてまたそのカラオケ屋に行くと今度は混む時間帯に友人が母と行くと今まで行った事のない二階に行く事になり――そこの部屋に入った瞬間、音が変わったように感じた友人は少し嫌な気がしたけどそこで歌う事になってマイクのスイッチを入れた瞬間――キュイィィィン!!!と高いハウリングの音が聞こえた。それも普通ではない大きな音で。友人は驚いてマイクのスイッチを切り、少ししてまたスイッチを入れてみるとさっきと同じ音が――」
涙を見てみると先程まで食べていた西瓜が全く減っていない。
真剣に話を聞いている様子だった。
秀は飲み物を飲みながら話の続きを待つ。
「友人はもしかしてと思ってマイクの音量やエコー、曲の音量を見てみると――それは全て最大にされてた。もしもそれを前にこの部屋を使っていた人がした、とは友人は思えなかった。そんな事をして歌を歌えるわけがなかったからだ。エコーとマイクの音量が平均以上を越えたらハウリングばかりして歌える状態ではない。友人はそう思い、音量を通常に設定して歌う事にしました。きっとその音量を変えたのはそこにいる幽霊達だったのでしょう……。話はここでは終わらず、母が怖いからトイレに付いてきてと言い、仕方なく友人が付いていくと――トイレの電気は人の気配を感じると反応するセンサーが付いているのですが、それに関わらず、中に入ってもセンサーは働きませんでした。友人はしばらく手を叩いたり床を蹴ったりするとようやく付き、母は用をたす事が出来ました。しかし、トイレを出てすぐの所にエレベーターがあり、その前にはソファーが三つほど置かれていて使われていない様子でした。そして歌い終わって一階へ降りようとした時、三階へと上がる階段の前にはダンボールが積んであって立ち入り禁止の看板がありました。しかもそこから複数の霊がやって来ていたので本当にここは病院の跡地だと友人は確信したそうです……」
「ねぇ、來…」
語り終えると震える李哉の声が聞こえ、來は李哉の方を見る。
「どうしてさっきからちょっとずつ口調が変わっていったの?」
「ん? いやだって、雰囲気出さないと面白くないだろ?」
「十分怖いよ…」
「じゃあラスト! これはそれから少ししての事です。今度は一階の部屋の霊がいない部屋で歌う事になったんですけど、トイレに行った時の事です。入った瞬間からずっと上から見られているような気がして上を見ないようにしていたんです。でも手を洗っている時――ふと気になって上を見てしまったんです。
そこには――天井のクーラーが壊れており、髪の長くて黒い服を着た女の人がしがみ付いていました。友人はすぐにそのトイレから飛び出して部屋に戻りました。部屋に戻る途中で例の3号室の前を通って部屋に戻ると――ずっと子供の霊が友人に抱き付いていたそうです。でもそれは霊を追い払う事が出来る友人の母のおかげでいなくなりましたが……。それからしばらくして、またそのカラオケ屋に行く事になりました。その日は休日だったので人が多く、またあの二階が回ってきました。初めて行く部屋だったのでどんな部屋かと思っていた友人ですが――その部屋の奥の壁には開き扉のような物がありました。その扉はまるで何かを封じているような物だと友人は思ったそうです。しかもその部屋には霊が渦巻いているようでテーブルの下にすごい数の霊がいたようです。それでもその日は人が多いので部屋を変えてもらう事は出来ず、仕方なくそこで歌う事になり、友人はいつも以上に明るく歌っていると――気が付くと霊が部屋からいなくなっていました。不思議に思ったんですが、どうやら友人の母が部屋から追い出してくれたようでした……。一体あの部屋の開き扉はなんのためにあって、何を封じていたのでしょうか……」
そして來はようやく口を閉じた。
「なんでそんなカラオケに毎回行くの……?」
涙の声が聞こえてその質問に答える。
「なんか家の近くにあって安いかららしいよ」
「だからって……」
「じゃあ次は――李哉」
「ちょっ…僕、そんな話知らないから! 無理! 絶対無理!!」
李哉は全力で首を振って否定する。
確かに李哉はそんな話を知っていても話せるような人間ではない。
「じゃあ、あたしが」
涙は持っていた西瓜を置いて手を拭きながら語り出す。
「これ、この間本屋で見た本当にあった怖い話が書かれてた本の話なんだけど――あるトラック運転手の話です。トラック運転手の男はとある県に荷物を運ばなくてはいけませんでした。高速は事故によって渋滞が起きていたので時間内に運べないので運転手は森の中を通る事にしました。その森には大型トラックが本当にギリギリで通れるトンネルがあり、そのトンネルをなんとか少しづつ、少しづつトラックを進ませてなんとか二、三時間掛けてトンネルを出る事が出来ました。長い時間を掛けてトンネルを抜けたので運転手は尿意を催し、トラックを降りて用をたしに行きました。ある看板の前で用をたし始めると不意に目の前の看板に目が行きました。そこに書いてあった事は誘拐事件で行方不明になっている女性の事でした。女性は髪が長く、白いワンピースを見ている二十代の女性。しかもその女性がいなくなったのは十年以上前の事。運転手はもう既に彼女は殺されているだろうと考えながら用をたし終えて再びトラックに乗り込んで進みました。それからしばらくして、反対側から自分と同じ大型トラックがやってきました。相手も自分と同じ事を考えているのだと思い、運転手はその大型トラックに声を掛けました。
『この先のトンネルは通れないぞ!』と……。
運転手はそれなりのドライブテクニックがあったのでなんとか通って来れたが、普通のトラック運転手では通れないのでそう言った。
するとその反対側のトラックの様子が少しおかしい。
運転席に乗っている人物が見えない。別にカーテンをしているわけでもないのに……」
その場にいる者は嫌な予感を感じながら皆涙の言葉を聞く。
「運転手が声を掛けるとトラックは運転手の隣に止まり、運転席の窓がゆっくりと開いていく。
窓が完全に開くと運転席に乗っていたのが髪の長い女性だと言うことに気付く。
今時女の運転手とは珍しいな、と男が思っていると助手席の方を向いていたその女性がゆっくりと男の方を向く……」
これは、この場にいる皆がその女性が誰なのかわかり、嫌な汗を掻き始める。
李哉は涙の言い方が怖いのか耳を手で塞いでいる。
「やがて男の方を向いた女性は男が先程見た看板の女性だった。その女性は――いや、女は白目をむいてにたりと笑った。男は反射的にトラックを走らせていた。しかし、ミラーを見てみるとその女がトラックにしがみ付いている。男はトラックをとにかく走らせ――気が付くといつの間にか街に出ていた。男は目的地に向かい、いつものように仕事をしたが――今でもあの女の顔は忘れられないと言う――」
涙が語り終わると皆顔を青ざめている。その女の顔が皆頭に浮かんだからだ。
すっかり辺りは静かになってしまい、風が木々を撫でる音と波の音しか聞こえない。
その時――
『その女って――私の事……?』
女性の声が聞こえ、声のした方を見るとそこには髪の長い白いワンピースを着た女がゆっくりとこちらを向こうとしていた。
「ひっ…!?」
女はゆっくりと振り向き、そして白目でにたりと笑った。
「ぎぃゃぁああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
四人の叫び声が聞こえ、その女は笑って四人に言う。
「そんな話をしてたら本当に出て来るからやめなさい」
李哉のよく知っている人の声だったので李哉は安心して言う。
「もう…やめてよね、お母さん…」
そう、その女の正体は李哉の母の李菜だった。たまたま長い髪で今日は白いワンピースを着ていたので涙の話を聞いて真似をしたようだった。
「花火の準備が出来たからいらっしゃい」
秀も驚いた様子で心臓を押さえており、落ち着いたら李菜に付いていく。
涙は荒くなった息を整えながら李菜の後ろに付いていく。
「あ~、びっくりしたね…」
「あ、あのさ――李哉……」
「ん? 何?」
「いい加減、離れてくれないか……?」
怪談話をしてる間ずっと右腕を掴まれていたまではいいが、先程李菜が驚かせたせいで今李哉は來に完全に抱き付いている状態だった。
その事にようやく気付いた李哉は慌てて身体を離す。
「ごめん! 思わず…。まったく、お母さんたら…」
李哉は立ち上がってそう言い、來に向かって手を差し出してくれる。
不思議に思って李哉の顔を見ると李哉は笑って言ってくる。
「花火しに行こう」
來は素直に李哉の手を取ってみんなのいる所へ向かう。
みんながいる所に行くと、既に涙が花火をしており、その花火を振り回していた。
「こら涙! 危ないからやめなさい!」
「キターーー!!! 定番のセリフ! レッツ☆夏本番! 私はやるぜぇ!」
もう完全に來は涙を無視して李哉と花火をする。
二人はロウソクの火で花火に火をつけて花火を始める。
二人きりになって花火をしていると不意に李哉が言い出した。
「ねぇ、來」
「んー?」
「僕達、変わっちゃったね」
「え?」
「小学校に入った時と今じゃまるで別人みたいに…」
「――当たり前じゃん。人間毎日少しずつ変わっていってんだから変わらない奴なんてこの世界にいるわけないじゃん」
「そうじゃないよ。僕は見た目とか身長がって意味で言ったんだよ。でも來はずっと小さい頃から変わってないよ。ずっと僕の知ってる來だから」
「……当たり前じゃん。毎日ずっと一緒にいるんだから。一年も離れてたら変化に気付くだろうけど」
「僕、思うんだ。來はきっとこれから先ずっと変わらないよ。ずっと僕の知ってる來だって思うんだ」
「俺が変わらなくても李哉が変わったら意味ないだろ」
「僕も変わらないよ。ずっと、ずっと…ね」
李哉はそう言って笑う。
――これから先の事なんて、誰にもわからない。
変わらずに生きていく事なんて出来るのだろうか。
だが、李哉がそう言うと本当に変わらないような気がしてしまう。
〝変わらない〟
それは――今の関係も、ずっと変わらないという事なのだろうか。
「そんな未来――来ない方がいい」
思わず口から思っていた事が出てしまい、李哉に聞かれてしまう。
「え、來は嫌なの?」
來は切なげで、真剣な瞳を李哉に向ける。
李哉はそんな來を見て一瞬驚いた様子を見せる。
「変わらない人間なんて、この世にいない」
このままではきっといつか、李哉に自分の想いを伝えてしまうだろう――
そうすれば、今のままではいられない。
この先もずっと〝変わらない〟のならば――いっそのこと……
「なぁ、李哉。俺さ――」
ずっと胸の奥に封じたこの言葉。
〝好きだ〟と言えば――今のままではいられない。
しかしそれを言ってしまうと、今目の前にある物を全て壊す事になる。
この大好きな笑顔を――失う事になるかもしれない。
「來…?」
「――なんでもない」
言いたいけれど言えない。
言えないけど言いたい。
それが苦しい。
李哉の言う通り、この先ずっと自分は李哉に告白も出来ずにずっとこのまま李哉と一緒にいて、〝変わらない〟のかもしれない。
今の想いを抱いてこのままずっと李哉の隣にいる――それでいいのか?
來は自分に問い掛ける。
最後に線香花火をする事になり、來は線香花火を見つめながら考える。
今の幼馴染みの関係を壊したくない、それもあるけれど本当は――
告白する勇気がないだけなのかもしれない。
好きだからこそ、壊したくない。
傍にいたい。
言えないのならば、傍にいたい。
今は――それでいい。
今は子供だから、何も出来ない小さな子供だから、李哉を守る力も、ましてや告白する勇気もない。
だから大きくなって、いつか――
大人になって李哉を守る力を手に入れたら、その時に自分の想いを伝える。
だから今は――それでいい。
線香花火の儚い火が落ちるのと同時に來はそんな事を胸に刻んだ。
だから今は何もする必要はない。
時が来るのを待つだけ。
今は――それでいい。
李哉の傍にいるだけで、いい。
「花火、終わったね。もうそろそろ帰ろうか」
「そうだな。あんな話聞いた後に海なんか入れないしな」
來は決意を胸に李哉の隣に並んで歩いた。
翌日――來は涼やかな風鈴の音で目が覚めた。
まだ頭と視界がはっきりとしない中、少し起き上がってみると來の横に何かがある事に気付く。
(誰だよ……こんなとこに物置きやがった奴――)
目を擦って横にある物を見て來は一瞬身体が固まった。
そう來の横にあった――いや、いた物は李哉だったからだ。
李哉は來に寄り添うようにして來の布団の中で眠っていたのだ。
來はどうしていいのかわからず、そのまま固まっていた。
李哉は無防備な寝顔で來の隣で眠っている。
(こ、これは――俺にどうしろと!?)
うるさいほどに鳴る鼓動の中で來は混乱し始める。
來の中にいる悪魔が今がチャンスだと言わんばかりになんでもしろ、と耳元で囁く。
(いやいやいや! 待て待て待て! それはダメだって――)
「ん…」
李哉はさらに來に近寄り、來の腕に抱き付く。
「ッ!?」
この状態は、來にとっては生殺し状態だ。
(李哉~、頼む! 起きてくれ! つーかお前、最近油断しすぎじゃねぇのか!?)
李哉を払い除ける事に出来ず、助けを求める事も出来ない。
來は仕方なくまた横になり、腕に抱き付いている李哉を優しく抱き締める。
「これぐらいは許せよ……」
朝から心臓に悪い事をしてくる李哉に少し困りながら來は小さく囁いた。
無意識にこんな事しないで欲しい――
まぁ、自分も車の中で同じ事をしていたが……李哉にとってはなんでもない事だっただろうが、來にとっては意識せずにはいられない。
「…來…」
李哉に名前を呼ばれて驚く。
この状況をどう説明すればいいのか――
恐る恐る李哉の顔を見ると――李哉はまだ眠っていた。
(寝言か……。驚かせるなよ)
「來…。……好き、だよ…」
ドキン――
來の胸が跳ねる。
ドキン――
これは、ただの寝言。
李哉には自分のような恋愛感情はない。
李哉の〝好き〟は――家族や幼馴染みとしての――〝好き〟
悪く言えば、友人としての〝好き〟
そう、わかっているつもりなのに……。
「李哉……」
今この状態でそんな言葉、反則だ。
來は李哉を抱き締める腕に力を入れて囁く。
「お前、ズルイよ……」
――そうやって無自覚に俺を誘うな――
それからまた眠ってしまったらしく、次に目が覚めると今度は李哉が起きており、壁に掛けてある時計を見つめていた。
「はよ…李哉……」
「來…どうしよう、寝すぎちゃった…」
李哉は時計を見つめたままそう言った。
來も時計を見てみると――時計の針は十二時前を指していた。
確か今日は秀と政哉と一緒に釣りに行く予定だったはずだ。
二人が釣りに行く時間は十時からだった。
「……完全に寝過ごしたな」
「あ~あ…」
「昨日は遅くまで遊んでたからな。今日もなんかして遊ぼうぜ」
「そうだね…」
少し肩を落としている李哉の肩を軽く叩いて來はそう言った。
結局その日はトランプで遊ぶ事になり、夕方頃に秀と政哉が帰って来た。
夕食を食べている時、不意に政哉が來と李哉に言ってきた。
「二人とも、明日何かやる事はあるかい?」
「特にはないよ」
「じゃあ明日、宝探しをしないか?」
「宝探し!?」
宝探しと聞いて來がすごい勢いで反応した。
「徳川の埋蔵金とかか!?」
「そんなものじゃないけど――簡単な宝探しだよ」
「なんかもらえるのか!?」
「まぁね」
「ねぇ、あたしは参加出来ないの?」
「涙はちょっと私達の手伝いをしてくれる?」
「えぇ~……まぁいいや」
「やるかい?」
來は李哉の方を見て李哉の答えを待つ。
「來がやりたいなら僕に拒否権はないよ。いいよ。やろう」
「やったぁ!」
「じゃあ明日は宝探しの準備をしててね」
「は~い」
夕食を食べ終わって風呂に入った後、李哉と來は自分の部屋で布団を敷いてゴロゴロとしていた。
「明日、宝探しだって」
「なにすんだろーな」
「何って、宝探しだよ」
「それはわかってるって。宝探しでなにするんだろーなって」
「謎を解いて次の宝探しするんじゃないかな?」
「もしかしたらスタンプ集めるだけかもしんないぞ」
「來、それってただのスタンプラリーだよ」
「とにかく、明日が楽しみだな」
「そうだね」
「電気消すぞ?」
「いいよ」
電気を消して來は布団の中に入る。
「ねぇ、來」
「んー?」
「來ってさ、寝相…悪かったっけ?」
「なんで?」
「いや、今日起きたら――」
「え――」
李哉の方を見てみると少し赤くなっている李哉の顔があった。
朝の事を思い出して頭が煮えそうになり、すぐに來は李哉に背を向けて平然を装って言う。
「俺、全然覚えてないんだけど。俺なんかした?」
「いや、來の布団に来ていた僕も悪いんだけど…。來がその…抱き付いていたというか…」
(痛い痛い痛い! これは痛いぞ!)
恥ずかしさで軽く死ねそうで來は今にでも悶えたかった。
だがその衝動を抑えて声も動揺しないようにいかにも平穏に言う。
「悪い、全然覚えてない。ごめんな……もしかして俺のせいで今日行けなかった?」
「別にそうじゃないよ。僕が起きてすぐに來が起きたから…」
「それならいいんだけど……」
「今度から夜更かしは控えようか…」
「そうだな」
「じゃあ明日のためにもう寝よう」
「んー」
來は布団の中で目を閉じるとすぐに眠りの淵へと落ちて行った。
次の日の朝、來は李哉に揺り起こされた。
「來、起きて。ねぇ、起きて」
「ん~……」
なんとか目を開けて李哉を見ると李哉の手には手紙のような物があった。
「なに……それ」
目を擦りながら李哉に聞くと李哉は手紙に書いてある事を読み上げる。
「『さぁ、宝探しの始まりだ! 太陽に身を焼かれ、地に落ちたイカロスの元へ向かえ』」
「……はぁ?」
「この暗号を解いて次の問題の所へ行けって事じゃないかな?」
「あっそうですか」
來は起き上がって欠伸を一つするとトイレへ向かう。
その後ろで李哉が布団を畳んでくれている気配を感じながらトイレへ行くと――ふと違和感を感じた。
最初はその違和感にあまり気付かなかったが、少し気になって居間に行ってみる。
すると――そこには誰にいなかった。
台所にも人の姿がない。
「マジかよ……」
「來? どうしたの?」
「李哉、母さん達がいない」
「えっ」
李哉も居間や台所、雪達がいるはずの部屋へ行くが――そこにもいない。
「本当だ…」
來は顔を青ざめて絶望したように言葉を紡ぎ出した。
「どうしよう……。朝飯が食えねぇ!!」
「そういう問題!?」
「そういう問題だろ!? 飯食わねぇと力出ねぇし!!」
李哉は溜息を付き、自分の部屋に戻って鞄から財布を探しながら言う。
「多分みんな今日の宝探しの準備をしてるんだよ。だからいないんだと――あれ?」
來も部屋に戻って来て李哉の様子に気付く。
李哉は珍しく鞄の中の物を全て出して財布を探している。
「あれ? 昨日までちゃんと――」
「何探してんだ?」
「財布なんだけど――確かここに入れてたはずなんだけど…」
まさか、と思って來も自分の鞄の中を探そうとすると――來の鞄に紙が張られていた。
それは涙の字でこう書かれていた。
『アンタ達の財布は預かった 返して欲しければ宝探しを始めろ 早くしないとアンタ達の財布の中身がピンク色の本に変わってしまうぞ』
來は深い溜息を付いてその紙を李哉に見せる。
「李哉」
「何――え…」
李哉もそれを見て溜息を付く。
「とりあえず、宝探しをした方が良さそうだな」
「そうだね…」
とりあえず二人は服を着替えて宝探しの出来る準備をし、先程の手紙に書かれた謎を解く事にした。
「まずこの『太陽に身を焼かれ、地に落ちたイカロスの元へ向かえ』ってあるけど…ここに次のヒントがあると思うんだ」
「太陽に身を焼かれ――それって俺の事か?」
「そうだね。日焼け止めクリームを塗らないで日焼けした來の事だね」
李哉は〝日焼け止めクリームを塗らないで日焼けした〟を強く強調してそう言った。
「あの時は太陽を舐めていただけだ!! って、そうじゃなくて……。そうだったらヒントは俺って言う事か?」
「どうだろう…。ちょっと考えるから静かにしてね」
李哉はそう言ってしばらく黙ってヒントの手紙を見つめる。
そして――
「海に行ってみよう」
「海?」
「もしかしたらこの『地に落ちたイカロスの元へ向かえ』ってイカロスは無視して來が日焼けした所――サンドアートしてた所の事なんじゃないかなって思って」
「なるほど……じゃあとりあえず行ってみるか!」
「そうだね」
二人が玄関に向かうとそこには大きな蛇の目傘があった。
「なんだ、これ」
「伯父さんの蛇の目傘だ。使えって事かな…?」
「なんで?」
「來の日焼けを心配してだよ、きっと。せっかく用意してくれたんだから使いなよ」
「じゃあ……」
來は玄関から出て蛇の目傘を広げてみるとかなり大きく、広げた瞬間驚いた。
「で、デカイな……」
「そうだよね。僕も初めて見た時にビックリしたから」
二人は海に向かって歩き出した。
潮の香りのする風を浴びながら歩き、李哉が言い出す。
「小さい頃にさ、こんな風に一緒に歩いたよね」
「いつも歩いてただろ」
「その時はちょっと違ってたじゃないか。少し遠くまで歩いて行ったはいいけど迷ってどうやって帰っていいのかわからなくて夕日に照らされながら手を繋いで歩いたじゃないか」
「そうだっけ?」
「そうだよ。どう帰っていいのかわからなくなったら來、泣き出しちゃったじゃないか」
「……そうだっけ?」
「そうだよ。結局歩いて帰ってお母さん達に怒られたんだよ」
「――忘れた」
気が付くとそう言っていた。
本当は覚えているのに――
(なんでお前は俺の失敗談ばっかり覚えてんだよ……)
「でもあの時の夕日、僕は忘れないよ。秋の夕日に照らされて來と歩いていた事を…」
李哉といた時の事を來が忘れるわけがない。
來の記憶にある李哉との思い出は李哉が楽しそうに笑っている姿。
その時の自分の事は覚えていないが――
「なぁ、李哉」
「なに?」
「お前の中での俺って泣いてたりとかしてるのしかないのか?」
「そんなことないよ。來は優しくて、すごくいい人だよ」
「――それだけ?」
「來は人の事を一番に想っている人で、すごく人懐っこい人」
(それは、お前限定だけどな)
「あ、そういえば…どうして來って学校では僕以外の人と話さないの?」
「なんでって……」
「それに僕以外の人と一緒にいる姿なんて一度も見た事ないし…」
「大体俺に話し掛ける奴って李哉と仲がいい奴だろ? 友達なんて最初から作った覚えなんかねぇし」
「え――」
友達なんていらない。
李哉さえ、隣にいてくれるなら――
そう思っていたから、李哉の隣にいるだけだったので友達と呼べる人なんか一人もいない。
來に話し掛けるのはみんな李哉の友達だ。
李哉はクラスの中心的な存在だったから話し掛ける人は多い。
だから來に話し掛けるのはみんな〝ついで〟だったのを來は知ってる。
「どうして來は友達を作らないの?」
どうして――そんなこと、李哉に言えるわけがない。
〝お前以外何もいらない〟なんて事――
「來?」
「――海、着いたぞ」
「あ、じゃあ行ってみる?」
「行くぞ」
來はすぐに走ってサンドアートを作った場所に行ってみると來の力作だったスカイツリーは見事に壊れていた。
別にその事に対して怒りを感じなかったが、砂の中からヒントを探さなければいけないという事に対しては苛立ちは感じた。
溜息を一つ付き、來は砂の中からヒントを探す。
後から追いかけて来た李哉も來の元に来て砂の中からヒントを探し始める。
それからしばらくして、來が砂を掘っている時――手に硬い物が当たった。
それは貝ではなく、何か瓶のような物。
來はそれを掘り起こしてみると確かにそれは瓶だった。
中には手紙のような物が入っている。
「李哉、これか?」
「開けてみよう」
李哉が來から瓶を受け取り、瓶の蓋を開けて中の手紙を取り出す。
「えーと、『次のヒントの場所はホタルの森だ』――だって」
「ホタルの森ぃ? つーか今の時代にホタルなんかいるのか?」
「都会の方にはいないけど、こういう自然のある場所にはいると思うよ」
「でもホタルの季節にしては少し遅いんじゃないのか? ホタルって普通六月頃だろ?」
「一応七月にもいる場合もあるんだって。來の知ってるゲンジボタルの場合は。でも六月から九月頃までいるホタルはヘイケボタルっていうやつなんだけど、ゲンジボタルと光の強さや光り方が違うし、ゲンジボタルの方が光が強いし綺麗だからみんなはゲンジボタルの方しか知らないけどね」
「詳しいな……」
「まぁね。とりあえず海の家の人に聞いてみようか」
「そうだな」
二人は海の家に向かい、砂で汚れた手を洗ってそこにいたおじさんに聞く事にした。
「すみません。ホタルの森って知ってますか?」
「ホタルの森? 聞いた事ないな……」
「そうですか…。でもここってホタルはいるんですか?」
「この辺じゃもう見なくなってね。ここ数年ホタルは見てないからいなくなったんじゃないかな?」
「昔はいたんですか?」
「昔はね。田んぼや畑や川とかにいっぱいいたよ。昔は川も空気も綺麗だったからたくさんいたけど」
「そうですか…ありがとうございました」
李哉はおじさんに頭を下げて歩き出した。
「やっぱりホタルなんかいないんだよ」
「でも不可能な事をお父さん達が、伯父さんが書くわけないし…」
李哉は歩きながら必死に考え、やがて口を開く。
「一度伯父さんの家に戻ってみよう。もしかしたらみんな戻ってきてるかもしれないし」
「そうだな」
二人は再び歩き出し、李哉がヒントの紙を見つめながら呟く。
「それにしても、ホタルの森なんていい名前だね。きっとすごい綺麗な場所なんだろうね」
「ホタルの森、ねぇ……。森にあるんじゃねぇの? 森って呼ぶくらいなんだからさ」
「ホタルの森か……懐かしい名前じゃのぅ」
不意に聞きなれない声が聞こえて來と李哉は思わず声のした方を振り向いた。
そこには八十歳くらいの腰を曲げたおじいさんがいた。
「おじいさん、ホタルの森を知ってるの?」
「おお、知っておる」
「それってどこなの?」
「ホタルの森へ行きたいのかい? それなら連れて行ってあげよう。付いて来なさい」
おじいさんはそう言うと歩き出し、その後を二人は歩く。
しばらく歩き、川や田んぼしかないような場所に連れて来られ、おじいさんはある橋の上で歩みを止めて言った。
「ここが、ホタルの森じゃよ」
おじいさんは少し汚れた川を見つめてそう言った。
「ここがですか?」
「汚い川だな……」
「わしらが小さかった頃、この川は本当に綺麗での……。この季節になると色んなホタルがこの川に集まっていたんじゃ。その光はずっとこの川を流れるようにして飛ぶからまるで天の川みたいじゃった。ホタルの光に満ちていたこの場所をわしらはホタルの森と名付けたんじゃ。今となってはもうあの光景は見られんのじゃが……」
おじいさんは目を細めて懐かしむようにそう言う。
そんなおじいさんの姿を見て、來と李哉は顔を合わせる。
「昔は、本当にこの辺りは自然に溢れていたんですね」
「そうじゃ」
「俺も、見てみたいな」
「この辺りじゃもうホタルは見られんが、今はあそこの山で見られるぞ。キャンプ場とやらがある場所でな」
そう言っておじいさんが指差した場所は今度來と李哉達がキャンプをする場所だった。
「あ、今度僕達あそこのキャンプ場に行くんです」
「そうか……ホタルが見れるといいな」
「はい!」
「じゃあわしはそろそろ行くからの。帰り道はわかるか?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあ頑張るんじゃぞ」
おじいさんはそれだけ言って行ってしまった。
残された二人はおじいさんを見送り、ヒントを探そうとする。
「さぁ~て、んじゃ川ん中入って探すか!」
來は靴を脱いで靴下も脱ごうとした時、李哉が草むらの方で光る物を見つけ、そこに置かれている瓶に気付いた。
「ま、待って。來」
「ん?」
「次のヒントだよ」
「なんだ、川ん中じゃないのか」
李哉が瓶の蓋を開けて中に入っていた手紙を読み上げる。
「『狐の神を祭る神聖なる地へと向かえ。そこに主達の向かうべき真の道がある』って…これ、絶対涙さんの字だよね?」
「姉貴の文だな、絶対に……。なんかそれっぽいよな」
靴を履き終えた來が次のヒントの書かれた紙を見て呟く。
「なんか姉貴のやつだけクオリティ高いよな……。無駄に紙を古びさせてるし、マジで宝探しの地図みたいになってるし」
「じゃあ行こうか」
そう言って李哉は歩き出したのだが、李哉の顔を見てみると熱そうに汗を掻いており、額の汗を手で拭っている姿を見て來は李哉を蛇の目傘の中に入れる。
だが、李哉はすぐに蛇の目傘から出てしまう。
それでも來は再び李哉を蛇の目傘の中に入れる。
「僕はいいから、來が入ってなよ」
「この傘デカイから二人は余裕で入るから入れよ。お前が熱中症になったら困るだろ。俺が日焼けした次は李哉が熱中症なんて笑えねぇぞ」
「來…」
「いいから入れよ」
「…うん、ありがとう」
二人はある意味相合傘をして次の場所に向かって歩き出そ――
「所でさ、どこに行くんだ?」
「え、えーと…とりあえず、神社…かな?」
「どこの?」
「とりあえず! 近くにある神社に行こう! そこで聞けばいいし!」
「そうだな」
とりあえず目的地は神社となり、二人は神社に向かって歩き出す。
すると――來の腹がぐぅ~となった。
「もうお腹すいたの?」
「今何時だ?」
「まだ十時前だよ」
李哉は時計を見ながら答え、來の方を見る。
「頑張ったらきっと、いいご褒美があるよ。何も食べさせないって事はもしかしたらご馳走かもしれないよ」
「よぉ~し!! 李哉! 早く神社に行くぞ!!」
急に元気になった來を少し笑い、李哉は歩みを早くする。
一時間ほど歩き、ようやく來と李哉は一つ目の神社に着いた。
「なぁ、李哉……一つ聞いてもいいか?」
來が息を切らせながら李哉に尋ねる。
「何…?」
李哉も荒くなった息を整えながら聞く。
「この街って何? 田舎なわけ? なんでこんなに歩かねぇと神社がねぇの?」
「伯父さんの家の方は栄えてるけど…その両隣の町は田舎みたいに何もないんだよ…」
「じゃあ俺達、その田舎みたいな所に来てるって事か!?」
「そうみたい…」
「なんだよそれ……」
來は溜息を付いてその場に座り込む。
もう腹も減って動けない状態になり、足に力が出ない。
「なんで俺達、こんなことしてんだっけ?」
「來が宝探ししたいって言ったから」
「その宝探ししようって言い出したの誰だっけ?」
「秀伯父さん」
「あ~…もうめんどくせー!! なんでこんなにあっちこっち行かねぇといけないんだよ!?」
「そりゃ宝探しだもん」
李哉も來の隣に座り、少し休む事にした。
夏の風が二人を撫でて通り過ぎていき、後ろにある木々達を揺らす。
「――來」
「ん?」
「もうちょっと、頑張ってみようよ。辛い思いをした後は幸せな事が必ず待ってるんだよ。だからその幸せの所に行ってみよう」
李哉はそう言っていつもの笑みを向けてくる。
來の大好きなその笑顔を向けられたら断る事なんか出来るわけがない。
それを――李哉にはわかるはずもない。
來は李哉の顔を少し見つめて小さく溜息を付き、立ち上がって言う。
「仕方ねぇな……。李哉の顔に免じてだからな」
すると李哉は満面の笑みを浮かべて嬉しそうな顔をしてみせる。
――俺は李哉のその顔が、大好きなんだ――
再び宝探しをする事にした來と李哉は神社の中に入ってみると――そこは偶然にも狐を祀っている神社だった。
「狐だ!」
「この辺りを探してみよう」
狐の像がある近くを探してみると意外と簡単に狐の像の後ろに瓶があるのを來が見つけた。
「あったぞ!」
「なんて書いてある?」
「ちょっと待てよ……」
來は瓶から手紙を取り出して内容を読み上げる。
「えーと……『人が大勢通る門を探せ。そこに次のヒントがある』だってさ」
「門?」
「門って……学校か?」
來がヒントの紙を持って頭を抱えた時、來の持っている紙の裏に字が書かれている事に李哉が気付いた。
「來、紙の裏に何か書いてあるよ」
「え?」
「『ヒント 夕方にお母さん達がよく行く場所』って來のお母さんの字で書いてあるよ?」
「夕方に母さんが行く場所って、スーパーか?」
「門……あっ! もしかして商店街じゃない!?」
「商店街か! よし、行くぞ!」
來と李哉は答えを導いてすぐに商店街へと向かって走っていく。
そんな二人の姿を神社に隠れていた涙が見ており、二人が神社から出て行くとすぐにケータイである人物に電話を掛ける。
何回かコール音が聞こえ、そして電話の相手が出る。
『もしもし?そっちはどう?』
電話の相手は――雪だった。
「今來と李哉君が商店街へと向かいました。どうぞ」
『わかったわ。じゃあもう帰って来なさい。後は父さん達に任せて』
「ラジャー」
涙は電話を切るとすぐに秀の家の方角に向かって歩き出した。
來と李哉は商店街に向かって歩きながらこんな話をし始めた。
「なぁ、李哉。さっきの神社になんか姉貴みたいな――つーか姉貴の視線と気配を感じたんだけどさ……」
「いたね。涙さん。あれで隠れてるつもりだったみたいだけど全然バレバレだったね」
「あいつ、なんかすごい存在感あるんだよな……」
その頃涙は自分の事がバレている事も気付かずにスキップしながら妄想をしていた。
「何しに来たんだろうな」
「僕達の心配をしてくれてたんだよ」
「そうかな……?」
涙の考えでは他にも目的があったような気がしたが、その事について考えるのをやめにした。
「に、しても…僕達のお金大丈夫かな? 全部涙さんの趣味の物に変わるって…」
「姉貴は本当にそんな事をする奴じゃねぇよ。知ってるだろ?」
「そうだけど…今の涙さんならしそうだなぁと少し思って…」
「あ~……確かにな」
少し困ったような表情をしている李哉を見つめて來はふと考える。
――李哉は、男同士の恋愛をどう思っているのだろうか。
それはずっと気になっていた事だった。
ずっと自分の中にあったものが恋愛感情だと気付いた時から李哉に聞いてみたかった事だ。
今が、聞けるチャンスかもしれない。
「――李哉は、どう思う?」
「なにが?」
「その……姉貴の趣味について――」
「え、あ…えと…」
李哉は更に困った表情でどう返事をしていいのかわからないようで曖昧に答える。
「その…なんていうか…。僕達をそういう目で見ないで欲しいのが一番かな…」
(いや、そうじゃなくて……)
男同士の恋とか恋愛とか男同士で付き合う事をどう思うのか聞きたいのだが、流石にそれを聞いたら自分が李哉に対してそんな感情を持っている事がバレてしまう。
(聞けるわけないよな……)
そんな來の心を読んで取ったみたいに李哉は言う。
「男同士で付き合うのは…ちょっと抵抗があるな……」
「え――」
「いや、だって男同士だよ? 男同士で結婚なんか出来ないし、女の人みたいに付き合うのは無理だよ」
「――――」
〝無理〟
それは一番聞きたくなかった言葉。
本当はわかっていたのかもしれない。李哉がどんな答えを出すのか。
わかっていたから――李哉の本当の思いを聞きたくなかったから聞かなかった。
それを聞いてしまった以上、李哉に告白なんて出来るわけがない。
本当は李哉の隣にいる事も許されないのかもしれない。
「來もそう思わない?」
李哉に自分の想いを伝える事など、一生出来ない。
ズキン、と胸に鋭い痛みを感じた。
この今にも溢れ出そうとしてる激しい感情を伝える事が出来ないなんて……
まるで何かの罪に科せられたかのようだ。
「來?」
「え? ああ、そうだな……」
言いたい事を伝えられないという事がこんなに苦しい事だとは思いもしなかった。
――想いを伝えられないなら、早くこんなにお前の事を想ってるって気付けよ……バカ……――
二人が商店街に着いた頃はもう夕方だった。
なんとかここまで来れたはいいが、來の場合は先程の李哉の言葉が影響していた。
(つーか馬鹿なのは俺だろ。なんであんな事聞いたんだよ。ホント、俺の馬鹿……)
「じゃあ來、門の辺りを探そう」
「あ、ああ……」
宝探しをする気力もほとんど失い、來は門の柱に寄り掛かっていると李哉が瓶を持ってやって来た。
李哉はすぐにその瓶の中身を取り出してヒントの書かれた紙を読む。
「次のヒントは――『君達の大っ嫌いで君達と同い年の子や一つ年下や一つ年上の子供達がいる学び舎に行ってごらん。話の長い人が立つ場所に最後のヒントがある』だって。ほら來! 次は学校だよ! 早く行こう!」
李哉の言葉に反応しない來を見て李哉は來の手を握って学校に向かって歩き出す。
「ちょ、待てよ李哉! 学校って言ったってどこのだよ?」
「この近くに小学校があるんだ。多分その学校だよ。そこに行こう」
李哉はもうやけくそになってるのか、少し怒ったように來の手を握ってずんずんと進んでいく。
李哉だって本当は朝から何も食べていないから腹が減って力が出ないはずなのに泣き言一つ言わないで宝探しを終わらせようとしている。
「なぁ、李哉。ハラ減ってないのか?」
「すいてるから早く終わらせたいんだよ。こんな事するぐらいなんだから絶対に伯父さん達はご馳走を作って待ってるよ」
「そうだな……」
來は李哉の手を握り返して李哉と並ぶようにして歩きながら言う。
「何作って待ってるんだろーな」
「きっと來の大好きなお肉があると思うよ」
「肉か!」
肉と聞いて來のやる気とテンションが上がる。
「それとも來の大好きな麺類かもね」
「夏って言ったらやっぱそうめんだろ!?」
完全にテンションをマックスにしてガッツポーズを取ると李哉が優しく言う。
「來」
「ん?」
「最後まで頑張ろう」
朱色の夕日に照らされた李哉の表情は優しく、微笑んでいた。
その時、ふと昔の記憶が頭を掠める。
それは朝に李哉が言っていた小さい頃の記憶。
小さい頃もこうやって夕日に照らされる中、手を繋いで歩いていた時の事。
あの時も李哉は今と同じように泣いている自分に微笑みを向けてくれていた。
不意に花火をしていた時の李哉の言葉を思い出す。
〝変わらない〟
確かに李哉はあの頃から何一つ変わっていない。
それはきっとこれから先も変わらない事だろう。
そんな李哉の傍にいたら、自分もずっと――
〝変わらない〟
來は握っている手に力を込める。
いつまでもこのままなんて絶対に嫌だ。
(俺は、お前に告れる勇気を手に入れるから……もっと強くなるから、それまでは絶対に変わらないでそのままでいてくれよ。李哉……。だからその時は――俺の想いを受け止められるようになっててくれよ)
李哉に伝わるようにと強く手を握った來だった。
学校に着いた頃にはもう日が沈んでおり、学校の門が閉まっていたので李哉が門の前で佇む。
「どうしよう…。門が閉まってたら中に入れないよ」
「んなの乗り越えりゃいい事じゃん」
そう言うと來は簡単に門を乗り越える。
「ちょっ…來!?」
無事に門を乗り越えて李哉に聞く。
「なぁ、ヒントがあるのって外で校長が話する時に使うあの台だろ?」
「そうだけど…」
「んじゃお前はそこで待ってろよ。すぐに行って来るから」
それだけ言い残して來は走って校庭に向かって行く。
後ろで李哉の声が聞こえたがそれを無視して瓶を探すと朝礼台の上という見つかる所にあり、瓶を回収して走って門に戻る。
門に戻ると來は李哉に声を掛ける。
「李哉! 受け取れ!」
「えっ!?」
李哉が驚きながら一応受け取る体勢に入ったので瓶を李哉の方に投げ、門を乗り越えて李哉の元に戻る。
來が着地するのと同時に瓶は李哉の手の中に納まる。
「李哉、ナイスキャッチ!」
「もう! 驚かせないでよ」
「で? 次のヒントは?」
「ちょっと待って」
李哉はすぐに受け取った瓶を開けて中に入っていた紙を取り出し、その内容を読み上げる。
「『全てが始まった原点へ戻りなさい。そこに求めていた宝がある』……だって!」
それを聞いて來と李哉の瞳が輝く。
家に行けばみんながいる。夕食が食べられる。
二人は気付くと秀の家に向かって走り出しており、全力で走って秀の家に向かう。
それから数十分後。
秀の家の庭で涙が呟く。
「ねぇ、もうあいつら帰って来ないから食べようよ~」
「もうちょっと待ってなさい。もう少しだから」
「もうお腹すいたよ~」
「そんなに言うなら夕食抜きにするよ」
「えー!!?」
「それが嫌だったら――」
「ただいまぁ!!!」
丁度來と李哉の声が玄関の方から聞こえてきた。
「ほら、帰ってきたわ」
玄関の方には李菜が向かい、李菜が玄関に行った時には來と李哉は玄関で力尽きていた。
全力でここまで走ってきた事と朝から何も食べていないので限界がきていた。
「も……動けねぇ……」
「お腹すいた…」
二人とも息を切らせながらなんとかその言葉を口にした。
「二人ともお疲れ様。最後の力を振り絞って庭においで。今日の夕飯は焼肉とそうめんよ」
「肉!! そうめん!?」
「ごはん!!」
力尽きていたはずの二人は身体を起こして庭へと向かって行き、庭に行くと――
そこにはみんながおり、庭には竹で作られた流しそうめんがあった。
その横には焼肉用の肉が置いてある。
「おおぉ!」
「さぁ、お手拭で手を拭いて食べなさい」
「焼肉の方は僕が焼いててあげるから」
大喜がお手拭を二人に渡し、政哉が肉を焼き始める。
「俺焼肉食う~!」
「まだ焼けてないからそうめんの方をお先に」
「じゃあそうめん流すわよ」
雪の声が聞こえたので來はすぐにお手拭で手を拭き、箸とそうめんのつゆの入った皿を手に取る。
続いて李哉も手を拭いて箸と皿を持ち、來の隣に立つ。
「ったく……遅いわね。待ちくたびれたし疲れた」
涙は溜息を付きながらそう呟く。
「疲れたって言っても神社で俺達を見てただけだろ?」
「え、え? じ、神社っテ何のコト?」
涙は明らかに動揺しており、何よりも声が裏返っている。
「あれでバレてないつもりだったのかよ……」
「ま、まぁいいわ。てか、それだけじゃないんだから! 朝からこの流しそうめん作るために竹取りに行って作ってたんだから! 休憩貰った時についでに二人を見て来てって言われたから仕方なく行っただけで……」
「つーか誰だよ、朝から飯を食わせねぇで宝探しをさせようと考えた奴」
聞く前から本当は誰が提案したのかはわかっていた。
こんな残酷な事を考えるのはこの中でたった一人しかいない。
「あ、それあたし!」
「……やっぱりか」
「だって母さん達が宝探しをさせたいけど予算がないからどうしようかって言ってたから『宝探しの宝はご飯! なんてのはどう?』って言ったのよ。そしたら予算なんて関係ないでしょ? それに朝から何も食べさせないで財布を奪ったら嫌でも宝探しやるしかないし、思い出だって出来たでしょ?」
「お前さ……鬼だろ?」
「そんな事ないわよ。名案でしょ?」
「鬼じゃなくて悪魔だ。悪魔」
「何ぉをーー!?」
「ちょっ…やめなよ、來に涙さん!」
「じゃあいいのかしら? この人質ならぬ財布質になっているアンタ達の財布の中身がどうなっても――」
そう言って涙は何処からか來と李哉の財布を取り出して見せ付ける。
「あ! 返せよ!」
「じゃあ私から奪い取ってみなさい!」
「上等だゴルァ!」
來と涙が喧嘩を始めたが今回李哉は止める気力さえ出て来ない。
そのため李哉はただつゆの入ったお皿を片手に二人を見ていると腹が鳴る。
「李哉君。あのバカ達は気にせずに食べなさい」
「はい」
珍しく李哉は即答で答えた。
「返せよ!」
來は涙に飛び掛かるが簡単にかわされてしまい、涙は來にしか聞こえないように聞く。
「それで? なんかあったんでしょ?」
「ッ!」
「そんな事、アンタの顔見てればわかるっての。何があったの?」
來は歯を食い縛って引く事にした。
「――後で財布、返せよ」
來はそれだけ言ってそうめんの方に行ってしまう。
そんな事、言えるわけがない。
特にみんながいる前で言うわけにはいかない。
來はふと自分のケータイを見つめる。
「――――」
そして流しそうめんを食べ始める。
すると、涙のポケットに入っているケータイが鳴り響く。涙はすぐにケータイを見てみると來からのメールだった。
『李哉の奴、男同士の恋愛に抵抗あるって言ってた てかこんな事母さん達がいる前でいえるわけねぇだろーが』
と書いてあった。
來は背後から涙の視線を感じたが、無視してそうめんを食べ続ける。
するとすぐにジーンズの後ろポケットに入れていたケータイが震えた。
箸を置いて來は内容を確認する。
『まぁ、みんな抵抗はあるでしょうね(-.-:) すごい人なんかホモ嫌いだったけど好きになったのとかあるから大丈夫よめげすに頑張りな(^o^)b』
絵文字に苛立ちを少し感じ、だがすぐに返事を送る。
『そう簡単にいけるんだったら最初からやってるっての それ、どうせアニメや漫画の話だろ? 現実はそういかないんだよ』
送信してまたそうめんを食べようとした時、すぐに涙からの返信が来て驚く。
(は……早いな)
驚きで鼓動が早くなった心臓を押さえながらメールを見る。
『アンタ、自分の中に眠ってる可能性を引き出してみたら? 相手を傷付ける事を恐れず自分の想いをぶつけてみなさいよ 自分の真剣な想いを伝えたら相手も真剣に答えるしかないでしょ?』
『そう簡単にはいかねぇって言ってんだろ!? 告って見事に玉砕したらどうすんだよ?』
返信しても來はケータイを手にしていた。
すると先程と同じようにすぐに返信が来たのでメールを見る。
『逆にその方が李哉君、アンタの事が気になるかもしれないかもよ? だから告ってみろo(≧▽≦)o』
「――――」
來はゆっくりと指を動かして打っていく。
『俺にはあいつに告る勇気がないんだよ』
來はそれだけを打って涙に返信し、李哉を見つめる。
李哉は來の方を振り向いて笑顔を向けてくれる。
その笑顔を見ているだけで胸が締め付けられる。
――そう、ただ勇気がないだけ。
李哉を失い事が怖いただの弱虫なだけ。
(んなことわかってんだよ。わかってるけど――この溢れる愛しさは止められねぇんだから仕方ないだろ)
來はケータイをジーンズの後ろポケットに入れて李哉の隣に行く。
(今は、待つ時間なんだから)
――そう、今は大人にまるまで待つ時間。
時が経てばいつの間にか勇気を手に入れ、李哉を守る力を手に入れている。
そう、俺は早く時が経って欲しかった。
早く大人になりたかった。
早く李哉を守れるほどに強くなりたかった。
子供の頃は早く大人になりたいと思うのは本当で、大人になったら子供に戻りたいと思うのも本当だと言う事を俺は知った。
――もしも子供の頃に戻れるなら、俺は……
空から冷たい雫が降ってくる中、一人の青年は傘も差さずに雨に濡れていた。
青年は雨で全身を濡らし、雨の降っている空を見上げる。
空を見つめる目の端には一筋の雫が頬を伝う。
それは雨なのか涙なのか――
答えは一つだ。
もしも――もしも過去に戻れるならば……早く大人になりたいと恋い焦がれていたあの時に戻れるなら、どんなにいい事か。
「……みんな、馬鹿じゃねぇの?」
そう、この世界にいる人間は馬鹿だ。その中には青年も含まれている。
青年は心の底から後悔をしていた。
十六年前に遣り残した事があった。ありすぎた。
もしも今、過去に戻れるなら――今と違った未来があったはず……。
「ホント、馬鹿だよな……。みんな、みんな……。なぁ、時を戻してくれよ……俺の十六年を返してくれよ!!」
青年は悲痛な声で叫ぶ。
しかしその声は雨に掻き消されて誰にも届かない。
雨が青年の心の中にある悲しみと後悔を消してくれる事もなかった――
~To be continued~