御先祖様ありがとう
気高い精神を持つ、ごく平凡な家庭に生まれた兄弟。二人の精神の源、遺伝子の神秘『私の人生』
成多司優は高校で、
犯罪行為が人間の遺伝子にまで影響を及ぼすと勉強した。
殺人や強盗や恐喝等…そうした犯罪者の子は、親と同じ犯罪を犯す危険が非常に高いと言う。
国民の半数以上が何らかの犯罪遺伝子を持つ和久目国で、
犯罪遺伝子の根絶は長年の課題だ、とも。
「兄さんテレビ見て」
小学生の弟、辰間が溜息をつく。
「何だった?」
司優の耳にアナウンサーの声が聞こえた。
『犯罪遺伝子を持つ高齢者のみで構成される宗教団体の幹部らが逮捕されました。
彼らは犯罪遺伝子に苦しむ人を開放するために浄化と称して殺し続けていました。
この殺人には、医療関係者や福祉従事者が複数荷担しています…』
場面がどこかの老人ホームに変わった。
『高齢者は文句や人の話しを聞かない事が多く、しかもすぐ呼び出します。
二、三分おきに呼ぶ人もいます。殺人に加担した人はどの人も過重労働経験者だそうで…』
その後、介護に疲れ果てている家族のインタビューが始まった。
「死にたい、殺してくれ言うんです。
そのくせ、何かあるとすぐ救急車を呼べ、入院するって…」
場面が変わる。
「死にたいなら何もしなきゃいい!あぁ言うのに長生きされると家族は大変だよ。
ある事無い事言いたい放題。
変な話し、病気で苦しむ子供と代わって欲しいと思うのも無理無いだろ?」
次に介護すらしない人々への批判。
「普段自分達は何も世話しないのに、口だけは達者で、
預けてる施設への文句だけは一人前で、どう言う神経だって思う事は多々あります」
司優はニュースから伝わる、人々の絆に走った埋められない亀裂に、深い憐れみを感じた。
少しずつ歪み、正しい形が失われた悲しみ。亀裂が国に満ちている。
(じいちゃん、何か欲しいもんある?)
(気を遣わんでいい、こうして声を聞かせてくれたらいいさ)
(…欲なさすぎ)
じいちゃん達が大好きだった。
(人間心が第一。金や物に走ったらダメ。大切なのは心。
そうすればお金や物は後からついて来るの。
ばあちゃんもおばあちゃんの教えで来て、後悔した事無いの)
祖母はこうも言った。
(二人ともいい子を見つけて。女の子は気遣いや笑顔が大事なの。
気遣い出来て笑顔が素敵な子にしなさい…て、説教くさい?
けど、一言一言が遺言だと思いなさい)
(そんな風にいわないでよ)
辰間が泣きそうになって言うと、
(二人とも。友達が一人もいなくなったり、親も信頼出来なくなるような、
言えないような事があれば…無論それ以外でも、遊びに来い。
他人じゃないんだ、おじいちゃんおばあちゃんだからな。それだけ覚えとけ。
…部屋狭いけどな)
(オレはどこでも寝れるから大丈夫)
司優の言葉に、そうかいのぉ、と祖父は嬉しそうだった。
「こんな夢だ、随分前の出来事をじいさん達が逝ってからよく見る」
司優は幼なじみの阿和恵汰に夢の話しをした。
恵汰が思うに、司優の祖父母はもう生き返る事は出来ないが、
兄弟が心配でじっとしていられないのだろう。
「同じ夢を何度も見るのは、何かのメッセージだろ」
奇しくも今日は、霊界と現世界との境界がなくなり、死者が蘇ると伝えられている日だった。
「もっと早くこの事に気付いてりゃ…ま、オレが言えるのはそれだけ」
弟なんか今も悲しみで一杯で…墓の前で膝をついて泣いてたと彼から聞いた。
司優がベッドで泣き続けている姿も目に浮かぶ。
「お互いさ、よっぽど大事だったんだな」
「あぁ、何でも話し合える…大事な理解者だった」
「その夢を見て、悲しくはならないんだ?」
「逆に嬉しくて泣きそうだ。先祖に感謝してる」
「先祖?」
「先祖が真っ当に生きて来たからじいちゃん達がまともで、
俺達がこれから生きる道も真っ当だと確信が持てる。この気持ちをどうしたらいい?
何とかしてくれ」
兄弟を救いたい。恵汰の思いは、遠く離れた祖父母に届いた様だ。
恵汰は朗らかに笑い、生きなきゃな、と司優の肩を叩くのだった。