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小説になりきれない小説群  作者: ちゅうか
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信者と闘う神父

神父がどれだけタフか…こう言う毎日かと思うと、本当に、頭が下がります

旅芸人の一座の踊り子、ヴァラーチェは、知的で美しく、優しい女性だった。

だが彼女はたまに、凄まじい破壊衝動が込み上げて来る。

今までに培った理性と、人間含めた何かを傷つける事への禁忌感で、

かろうじて押さえ付けられているそれは、自らの心の闇を自覚させる。

そうなると、彼女は自らの持つ闇を受け入れ、

抑制する事が出来る人間を、求めずにはいられなくなる。

他人に見せる事が出来ない望み。

この望みを叶える事が出来るのは、自分以上の強さと、愛を持つ者のみ。

ヴァラーチェはこう考え、望みを実現する為に、

引き止める仲間達から離れ、一人で旅をする事にしたのである。

踊りを披露しながら旅を続ける内に、彼女は、これも芸の一つと身につけた武術を磨く事に、

更に生き甲斐を感じるようになった。

己の肉体を鍛えている間は、自分の醜い闇を見ずに済むのだ…。

そう、彼女は理解していた。

だが、心の闇の深淵から、絶えず封印の壁を破ろうとあがいている、もう一人の自分が囁く。

本当は、今の、宙ぶらりんで、葛藤している状態を愉しんでいるだけではないのか?

「救いを求める者達よ、私は、あなたたちを受け入れましょう」

寂れた村に差し掛かった時、まだ若い神父が、

自らの周りに集う信者へ向けた言葉が耳に入った。

何の気無しに声の方へ顔を向けようとした瞬間、信じがたい事が起こっていた。

赤茶の髪で背の高い、しっかりした体格の神父は、武器を一切身につけていなかった。

にもかかわらず、信者たち−−若者が大半である−−は、武器を手に、

数人ずつ神父に向かって行った。

ヴァラーチェは、驚きで目を見張った。

神父は反射的に身を翻し、信者達は怪我一つ負う事なく、散々暴れた後で気絶させられた。

神父の打撃が僅かでもずれていたら、若者達は、まず間違いなく命は無いだろう。

「神父さま」

信者達が意識を取り戻し、晴れ晴れとした表情で、

神父に礼を言いながら立ち去ったのを見届け、ヴァラーチェは話しかけた。

「これはこれは、旅の方ですか。何か困った事でも?」

落ち着いた、温かい声音で、緊張気味のヴァラーチェに微笑んだ。

「私はレウィリー。私で力になれる事ならいいのですが…」

「あの、レウィリー神父。あ、あなたが殴られるのですか?」

「先程の光景を、見られたのですね。さぞ驚いたでしょう」

神父が、濃紺の目を細めた。

「穏やかに、説き聞かせる事が一番ですが、それが無理な時は…あの通りです」

「でも、あなたは満たされているみたい」

「自らを制御する術を身につけていれば、どんな心の渇きも潤います」

その言葉を聞いた瞬間に、心の奥にある何かが反応した。

「何か、その制御方法を身につける為のコツでも?」

「大切なのは、どんな事があっても、自らや、他者の怒りや悲しみに、

同調しない事なのです」

神父の常人離れした身のこなしと、上品で穏やかな口調を考えれば、

厳しく優れた訓練を受けたと推測出来る。

しかし、この神父からは包み流れるような、温かさしか伝わって来ない。

「例えば、私が怒りで貴方を罵倒して襲い掛かったり、悲しみの余り、貴方にすがりついて、

気が狂ったように泣き叫んだとしても…」

神父はため息をついて、寂しさを秘めた双眸をヴァラーチェに向ける。

「そうですね、例え、貴女が私に罵声を浴びせて、殴っても、泣いても、

私は怒りや驚きで自分を見失う事は無い。…若者には道を示してやらないと、

溢れる力の使い方が分からないから、暴力に使ってしまう」

「ふふっ」

何て立派な人でしょう。自らが矛先に、そして道を示す案内人になるなんて。

おまけに本当は、底知れず強い−−−再び沸き上がる要求が、

ヴァラーチェに、当初の目的を果たすチャンスだと教えている。

レウィリーは不思議そうに、くすくすと笑うヴァラーチェを眺めた。

「神父様も、お若いのに」

レウィリー神父を前にして、激しい力が湧いてくる。

「貴方に、お願いがあります」

ヴァラーチェの漆黒の目から、優しい光が消えた。

「はい?」

「私を、受け入れて下さい」

異様な雰囲気醸し出しながら、声に何の変化が無いのが不気味だった。

「神父様の元へ…行きます」

神父が何かを言いかけた一瞬に、

ヴァラーチェは神父に向かい薄布を投げ付け、短剣を抜き放っていた。

ヴァラーチェの求めに応じるように、神父は攻撃をかわす事無く、

彼女の武器をやすやすと落とし、拳を悠々と受け流す。

やがて、力を解放し続けるヴァラーチェの肉体に、

限界が来たと見ると、彼女を背中から地面にたたき付ける。

「大丈夫ですか?」

薄くなる意識を必死に留め、彼女は頷き、感謝を口にする。

「ぶつかり合う、私の中の境界が…消え…ました…神父様の…お、お陰です、わ…」

神父は、気絶した彼女を教会へ運んだ。彼女が目を明けたのは、それから間もなくだった。

ヴァラーチェの瞳は、かつてない程煌めいていた。

「やはり貴方です…ずっと、探していました」

「え?」

ヴァラーチェは、かすかに頬を染めながら、神父をじっと見つめて、

彼女が感じた何かを言おうとしたらしかったが、

神父の側にいて、確信が持てるまでは言わないでおこうと思った。

「いいんです、何でもありませんわ」

後に、このレウィリー神父の妻になる時、彼女はそれを口にしたと言う。

「あなたは本当に強いわ。でも、その強さが裏目に出たりする時…そう、

その強さと違う部分は私の方が強い。だから、そこは私が守るわ。守り続けるわ…」

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