誰がクラゲを置いたのか
クラゲキライだけどキレイ
そっか…気絶して…病院に運ばれたんだ。
私…琴宗千也子は、泳ぐのが大好きな小学四年生。
病院に運ばれる前、最初は家族で海に行って、まずはドライブ。
私は大好きなおじいちゃんの車に乗った。
あと妹と、従姉妹達と。
海には伝説が沢山あるらしいけど、よく覚えてない。
その浜辺にはミズクラゲ(白い透明なよく見るやつ)がたくさん打ち上がってて…多分、死んでた。
波打ち際を歩きながら、うわーゼリーみたいーとか、スライムだーとか言って、面白がっておじいちゃん除いた四人で、クラゲに棒をぶすぶす突き刺したり、手に乗せて揺らしたり潰したりした。
しばらくして高い波が来て、皆ずぶ濡れになったわ。
その波が来て引いた時に、クラゲの死骸も動いちゃって、私達四人に襲い掛かって(足とかに貼り付いて)きたから、皆で悲鳴を上げて逃げた。
次の日。
泳ぐのが大好きな私は、一人で結構沖まで泳いで行ってしまったの。
振り返ると陸が遠くて、海の中を見ると底が遠くて。
夢中で泳いで…ふと近くの水面を見ると、赤い線が入ったクラゲがいた!!しかも触手長っ!!危険!色つきクラゲは刺されたら色無しクラゲよりヤバイ!
…と、言う思考が駆け巡ったわ。
恐怖のあまりぎゃーーー!!って、絶叫したの。
慌てて浜辺へ戻ろうとして、戻る途中も泳ぎながら叫んでて水が喉に入ってきて苦しいしで散々だった。
で、駆け寄って来た家族の顔見て気絶。
目が覚めたら病院。
背中が痛い。
一体、背中、どうなってるのかしら…。
看護師さんに鏡で見せて貰うと、細めのムチで散々叩かれたような跡。
赤黒くて気もち悪い。
ちゃんと薬を塗れば良くなりますよ、といわれたから少し安心。
でも治るまでお医者さんや看護師さん以外に会えないって言われて寂しい。
お医者さん、払矢先生。
痛み止めの点滴のせいか、お腹空かない。
病院から海が見える。
無性に海水を飲みたくなった。
恥ずかしいけれど、トイレの世話も看護師さんにして貰わないといけない。
一人目の看護師さん、緒比さん。
失敗して彼女の手を汚してしまったから謝ったら、子供がそんな事で謝らなくていいのって叱られた…。
何でか私を見る目が悲しそうに見えた。
それから緒比さんを見なくなった。
次の看護師さん、仲岐さん。
必要な時にフラッと世話をしにきて、フラッといなくなる人。
この人の時、トイレ行かなくて良くなったから楽。
海水が…塩水でもいいから飲みたい、ご飯のかわりにって言ったら、そんな事をしたら数時間しか生きられませんよ、と言われた。
暇と言ったら、あなたに是非読んで欲しいの、とニヤニヤしながら沢山怖い絵本を読ませてくれた。
頭の中でその光景が見えるようになったから、眠りたくなくて眠らないようにしてるうちに眠らなくて良くなった。
お医者さんに伝えたら仲岐さんが何故か謝って来て、仲岐さんを見なくなった。
体があまり動かない、目が少しだけ動く。
久しぶりにお父さんお母さんが来てくれた。
話したいのに話せない、カーテン越しに二人とも泣いてた。
ちや、ちやって呼んでた…お父さんお母さん、どうして?
お医者さんは、千也子ちゃんが眠らないから目も体も疲れてる、そのせいで体も目も良くないと言ってた。
だから無理して少しの間目を閉じるようにしてるうちに、暗い世界と普通の世界…斑に見えるようになってきて。
病院から見える海に帰りたいって思った。
お家じゃないのに変なの。
次に来た看護師さん、顔が暗い世界と重なってよく見えなかった。
どうしてお顔が暗いのって腕に触れると、ギャーッと悲鳴が聞こえた。
まるで私がクラゲに遭遇した時に上げた悲鳴みたい、と思って面白かった。
それからは益々体が動きにくくなったけど、来た人に無理やり触って騒ぐ姿を見るのが楽しみになってきて…。
でもすぐに人の周りに薄い膜が出来て触れなくなった。
そんな私の元に、おじいさんが、やって来た。
私のおじいちゃんはどこ。
その後も、入院中に何度か近くに来て一方的に話しかけて来た。
大丈夫だよ。
この病院は、海洋生物の研究施設からも近いからね。
病院のベッドも飽きてるだろう、元気になったら海へ帰ろう。
触ろうとしても他の人達と同じで触れない。
このおじいさんは衣刀さんと言うらしい。
私の飼い主なんだってお医者さんは言うけれど何なの。
ただ者ではないって言うのは雰囲気で分かる。
ある時、ちょっと待ってって通せんぼをしたの。
あれ、こんなに手が伸びたっけ?
うまく引き止められたと思って嬉しかったな。
けれど酷い事になったわ、このおじいさんは、入院する事になったの。
「あの…完治するまでどれくらいになりますか」
恐る恐るおじいさんがお医者さんに尋ねたわ。
私のせいで心臓発作が起きるようになって、入院と手術を繰り返すようになって。
私はこのおじいさんが、入院している私の様子を幾度も見に来て、私の事で毎回何かよく分からない事を言われて、その度に何度も頭を下げて、死なせないで下さい、もう少し優しく接してやって下さい、と言っている姿を見てた。
「全て…電気ショックになります」
「電気…ですか」
「そうです、ストレスがたまってますからね」
「相談して何とかしますから」
ひどく淋しそうに言ってた日を最後に、おじいさんを見なくなった。
耳まで悪くなってきて、よく聞こえない時がある。
「どうして治してくれないの、いつ帰れるの」
「治したじゃないか。もう痛みは無いだろう?」
「それは無いけど、目も耳も悪くなる時があるし、体もほとんど動かせない、自由が無いよ」
「自由はそのうちに来るよ。どこに帰るつもりだい?」
「海よ」
「そうか。私は海を愛してるんだよ。海に住む生き物達全てをね。だから君を海へ帰せない」
それから延々と聞かされた。
貧乏だったけど人と勉強が大好きで医者になりたくて、でも両親は息子が賢くなるのが嫌で、勉強するなっ麻雀の邪魔だってお父さんに殴られて海が癒しで海も愛しくて…。
お医者さんの過去、延々と。
時々、意識が無くなる時があって。
海に溶け出したいと思うようになった。
お医者さんに言うと、私が流出すると、犠牲になるのは一帯に生息する生き物全てなんだって。
私は毒と同じになってしまったって。
どうして、クラゲに刺されただけじゃないの?
クラゲじゃない?
もう、よく分からない。
分かるのは、体から毒が完全に抜けるまで病院で治療をしないといけないって事だけ。
いつかテレビで見た、油田流出の事故。
人が海獣とか海鳥助けてた。
私が海へ出たら何をするか勝手に想像出来た。
運良く救われるのなんかほんの一部で、あとは苦しみながら…沈んでっちゃうんだろうなぁ…ふふ。
私を見つめる払矢先生が、全てを見透かした様に、
「絶対に逃がさない…必ず…」
その後の言葉は聞き取れなかった。